そのままの君が好き。   作:花道

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#23 いろは、襲来。

 

 

 

 

 今日は怠けようと決めていた。

 だけど、そんな日に限って連絡が来る。

 震えるスマホを拾い上げ、着信を確認し、出ることなくその場にそっと置く。

 今日は怠ける。

 その強い意思が比企谷にはある。

 だから絶対に電話には出ない

 どんなことがあっても、今日は家から出ない。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 いろは唄という美容院がある。

 比企谷も何度か行ったことはあった。

 その美容院に、今日比企谷は訪れていた。

 散髪が目的……ではない。

 散髪ならつい1週間前に行った。

 呼び出されたのだ。

 その美容院の一人娘に。

 

「……」

 

 そして、彼はもうその一人娘の目の前にいる。

 彼女は何故か怒りを露わにしていた。

 腕を組み、比企谷を見下ろしていた。

 比企谷は目を逸らしていた。

 言葉を発することなく、目だけで怒りを表現する彼女の女優としての才能に戦慄しながら、比企谷は恐る恐る口を開く。

 

「……なんで怒ってんの?」

 

「なんでだと思います?」

 

 

 質問を質問で返される。

 これほど嫌なことはないだろう。

 目を逸らしながら考える比企谷に彼女が口を開く。

 

「先輩」

 

「なに?」

 

「他のところで髪切りましたよね?」

 

「……切ったけど」

 

「それを怒ってるんです」

 

「それでなんでお前が怒るんだよ」

 

「私の練習台なので」

 

「ちょっといろはさん? 今の発言普通に酷いからね?」

 

 彼女ーー(いっ)(しき)いろはが怒っていた理由は簡単だった。

 比企谷が他の美容院で散髪した。

 たったそれだけの理由だった。

 高校卒業後、美容師の専門学校に通い、美容師になったいろははまだ見習いだった。

 やることはいつもカット後の清掃、接客、洗髪のどれか。

 お客様の髪を切ることなど、まだまだ先の話だった。

 それはもちろん比企谷も同様だ。

 彼の髪を切ることはないが、洗髪ならできる。

 いろはの技術向上の為の練習台。

 と口では言っているが、

 

「まぁそのことはもういいです。横に置いておきます」

 

 別に彼がどこで髪を切ろうか、実際はあまり気にしていない。

 

「横に置けるかどうかは俺が決めるから」

 

「ラーメンでも食べに行きますか」

 

「行ってらっしゃい」

 

 そう言って出口に向かう比企谷の手首を強引に掴むいろは。

 怪訝な面持ちで振り返る比企谷。

 

「なに言ってるんですか? 先輩も行くんですよ」

 

「無理。忙しい」

 

 もちろん嘘だ。

 今日は怠けると昨日から決めていたのだ。

 それなのに呼び出されてここまで来た。

 そのことを褒めてほしいくらいだ。

 そう思いながら、いろはの手をほどき、ドアへ向かう。

 

「セミロングのお姉さん」

 

 その声を聞いて、比企谷の足が止まる。

 

 ーーセミロングのお姉さん? お姉さん……? ……陽乃さん? まさか、知っているのか? どこで見られた? いや、まだ陽乃さんとは決まっていない。

 

 様々な言葉が浮かんでは消えていく。

 情報を整理していく。

 

 ーーそうだ。まだ陽乃さんとは決まってない。

 

「なんのことだ?」

 

 だから知らないふりをする。

 

「陽乃さんとデートしてたこと、結衣先輩に報告しちゃおうかなー」

 

 ーーあ、終わった。

 

 観念して固まっている比企谷にいろはは屈託のない笑顔を浮かべながら、

 

 

「じゃあラーメン、食べに行きますか」

 

 

 

  #23 いろは、襲来。

 

 

 

 


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