そのままの君が好き。 作:花道
左から、彼の肩に頭を預ける。
気がきくような言葉はいらない。
素晴らしい特別もいらない。
ありふれた当たり前の日常が、今は、ただただ心地良い。
心は君で溢れている。
それはきっと、待ち望んでいた日々。
どれだけ渇望しても、届かないものだと思っていた。
だけど。
今は……。
その幸せが、もう目の前にある。
たった一度の、たった一人を、愛する幸せ。
愛が溢れてゆく。
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そのままの君が好き。
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赤の衣服を着ることが多くなった。
以前のように、黒で統一されることが最近は少なくなった。
どこかワンポイントに赤が追加される、
今は赤い靴下がお気に入り。
カフェでのアルバイトも順調だった。
これだけ長く続いたアルバイトは初めてだった。
いつも続いて1ヶ月程度だったが、あのカフェは居心地が良く、働きやすい。
カフェで笑うことも増えた。
お客様との他愛無い会話が今では密かな楽しみになっていた。
「陽乃ちゃんは最近また一段と綺麗になったねぇ」
常連客のお婆ちゃんにそう言われることが多くなった気がする。
昔から容姿はよく褒められた方だと陽乃自身自覚はしていたが、あの時と今でどう変化したのか、自分ではあまりわからなかった。
強いてあげるとしたら化粧のやり方は変化した。
あの時も特別こだわりがあったわけではないが、化粧が薄くなったという自覚はある。
もしかしたらその変化が今現れているのかもしれない。
「ありがとうございます?」
だから、そう言われるとなんて返したら良いかわからず、いつもこうなってしまう。
あの時は自信が満ちていた。
綺麗なんて言葉は聞き飽きていた。
筈だった。
「好きな人でもできたのかい?」
そう言われて浮かぶのは彼の顔。
その瞬間、陽乃の口角が僅かに上がる。
お婆ちゃんの左の薬指にはめられた指輪が光る。
「……はい」
「良い人かい?」
その問いに、陽乃はお婆ちゃんの目を真っ直ぐ見つめて返事をする。
「はい」
「なら良かった」
そう言ってお婆ちゃんは笑う。
釣られて陽乃も少し笑う。
店内では静かにピアノが流れていく。
コーヒーカップに指をかける。
持ち上げた先にある穏やかな笑顔。
こんな風に歳を取りたい。
彼と2人で、穏やかに、気がきくような言葉もなく、素晴らしい特別もない。
たった一度の、たった1人を愛する喜びを、彼には内緒で、密かに味わいたい。
ただ、ありふれた毎日をこれからも楽しみたい。
ーーねぇ、お爺ちゃん。
この想いは祖父には届かないかもしれない。
それでも伝えずにはいられない。
ーーもうすぐあの時の夢が叶いそうだよ。
愛が溢れてくる。
#22 いつかの夢をもう一度。