そのままの君が好き。   作:花道

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#22 いつかの夢をもう一度。

 

 

 

 

 左から、彼の肩に頭を預ける。

 気がきくような言葉はいらない。

 素晴らしい特別もいらない。

 ありふれた当たり前の日常が、今は、ただただ心地良い。

 心は君で溢れている。

 それはきっと、待ち望んでいた日々。

 どれだけ渇望しても、届かないものだと思っていた。

 だけど。

 今は……。

 その幸せが、もう目の前にある。

 たった一度の、たった一人を、愛する幸せ。

 愛が溢れてゆく。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 赤の衣服を着ることが多くなった。

 以前のように、黒で統一されることが最近は少なくなった。

 どこかワンポイントに赤が追加される、

 今は赤い靴下がお気に入り。

 カフェでのアルバイトも順調だった。

 これだけ長く続いたアルバイトは初めてだった。

 いつも続いて1ヶ月程度だったが、あのカフェは居心地が良く、働きやすい。

 カフェで笑うことも増えた。

 お客様との他愛無い会話が今では密かな楽しみになっていた。

 

「陽乃ちゃんは最近また一段と綺麗になったねぇ」

 

 常連客のお婆ちゃんにそう言われることが多くなった気がする。

 昔から容姿はよく褒められた方だと陽乃自身自覚はしていたが、あの時と今でどう変化したのか、自分ではあまりわからなかった。

 強いてあげるとしたら化粧のやり方は変化した。

 あの時も特別こだわりがあったわけではないが、化粧が薄くなったという自覚はある。

 もしかしたらその変化が今現れているのかもしれない。

 

「ありがとうございます?」

 

 だから、そう言われるとなんて返したら良いかわからず、いつもこうなってしまう。

 あの時は自信が満ちていた。

 綺麗なんて言葉は聞き飽きていた。

 筈だった。

 

「好きな人でもできたのかい?」

 

 そう言われて浮かぶのは彼の顔。

 その瞬間、陽乃の口角が僅かに上がる。

 お婆ちゃんの左の薬指にはめられた指輪が光る。

 

「……はい」

 

「良い人かい?」

 

 その問いに、陽乃はお婆ちゃんの目を真っ直ぐ見つめて返事をする。

 

「はい」

 

「なら良かった」

 

 そう言ってお婆ちゃんは笑う。

 釣られて陽乃も少し笑う。

 店内では静かにピアノが流れていく。

 コーヒーカップに指をかける。

 持ち上げた先にある穏やかな笑顔。

 こんな風に歳を取りたい。

 彼と2人で、穏やかに、気がきくような言葉もなく、素晴らしい特別もない。

 たった一度の、たった1人を愛する喜びを、彼には内緒で、密かに味わいたい。

 ただ、ありふれた毎日をこれからも楽しみたい。

 

 

 ーーねぇ、お爺ちゃん。

 

 

 この想いは祖父には届かないかもしれない。

 それでも伝えずにはいられない。

 

 

 ーーもうすぐあの時の夢が叶いそうだよ。

 

 

 愛が溢れてくる。

 

 

 

 

  #22 いつかの夢をもう一度。

 

 

 

 


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