そのままの君が好き。   作:花道

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♯20  もう一歩。

 

 

 

 帰り道、一人で歩く。

 心が晴れているように感じた。

 誰も陽乃のことなんて見ていない。

 それは、ある意味陽乃が望んだ姿。

 すれ違ったところで、誰も声をかけてこない。

 月が光る。

 星が輝く。

 信号が赤に変わる。

 立ち止まった足元に、もう足枷はついていない。

 スマートフォンを取り出す。

 時刻は19時。

 夜風は少し冷たく感じる。

 でもそれは心地の良い冷たさ。

 身を切るような冷たさもない。

 LINE(ライン)を起動して、一通送る。

 

 

 陽乃

 『もうすぐ家に着くよ。』 既読

 

 

 既読マークがすぐにつく。

 それを見て、少し頬が緩くなる。

 

 

 ーーー♪

 比企谷

 『わかりました。』 既読

 

 

 素っ気ない返事が返ってくる。

 かっこいい台詞なんて元々期待してはいないから、その台詞に安心感を感じてしまう。

 これ以上のLINEはニ人には必要ない。

 いつも必要最低限だけの言葉を送り合う。

 それがとても心地いい。

 目の前を通り過ぎていく車両。

 吹いた風に揺れる髪の毛。

 伏せた瞳の先にある、暖かな笑み。

 弾む心音。

 もう雨は止んだ。

 もう雨が降ることはないと言い切りたい。

 天国にいるはずのあなたにも、ちゃんと伝えたい。

 もう、大丈夫だよ、と。

 今度は二人で逢いに行くから、と。

 また、二人で笑っている姿を見せるから、と。

 どうか安らかに見ていてほしい。

 これからの2人を。

 これからの雪乃を。

 これからの陽乃を。

 手を合わせる。

 あなたにこの想いが届くように。

 世界は今日も平常運転で、新しいことなんて何一つ起きはしない。

 なのに。

 どうしてだろう。

 はやる気持ちを抑えられずにいる。

 自然と笑みがこぼれてしまう。

 秋の風に吹かれ、流れた髪の毛を正す。

 信号機が青に変わる。

 止まる車両。

 歩き始める人たち。

 それに釣られて、陽乃も歩き出す。

 

 

 早くあなたに逢いたい。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 夕食の準備を終えた比企谷八幡は、リビングでスマートフォンを見つめていた。

 聞きたいことはたくさんあった。

 でも、あなたの言葉で聞きたかった。

 だからLINEを送るのを我慢した。

 あなたの帰りを待ちわびている。

 あなたの声が早く聞きたい。

 あなたの口から、今日のことを話してほしい。

 お茶を飲んで、口を潤す。

 チャイムが聞こえる。

 待ちわびた音を聞いて、歩き出す。

 ドアが開ける。

 その笑顔にもう陰りはない。

 それを見て、比企谷も静かに笑う。

 

「お帰りなさい。陽乃さん」

「ただいま、比企谷くん」

 

 

 

 

  ♯20  もう一歩。

 

 

 

  第一章 もう一歩、もう一度、もう一歩。

 

 

 

   終

 

 

 

  次章

  第二章 (ひと)りじゃ何一つ気づけなかっただろう。

 

 

 

   始

 


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