そのままの君が好き。   作:花道

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♯2 存在価値。

 

 

 

 いつ以来だろう。

 こんなにも人目もはばからずに泣いたのは。

 いつ以来だろう。

 こんなに力強く人を抱きしめたのは。

 いつ以来だろう。

 こんなにも心が満たされていくのは。

 暖かかった。

 嬉しかった。

 でも、少し悪いことをしてしまった。

 彼の服を濡らしてしまったから。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 恥ずかしい事をしてしまった。

 穴があったら入りたい。

 あんな往来で比企谷八幡に抱きついたことが今頃になって恥ずかしくなってきた。

 さらに手を握られて、比企谷の家に着いて来て行ってしまった。

 今はバスタオルで髪と体を拭いて、少しサイズの大きい比企谷のジャージとTシャツに身を包んで、彼の家に、彼のベットに腰掛けている。

 実家を離れ、一人暮らしをしているとは思わなかった。以前の彼なら、絶対に家を出て行かないと思っていた。

 だから、少し意外だった。

 ガチャ、とドアを開け比企谷が顔を出す。

 

「風呂、沸かしたんで入ってください」

 

「うん、ありがとう。比企谷君」

 

 立ち上がって、彼の前に行く。

 彼は陽乃の髪の毛を見つめていた。

 

「……髪の毛、伸びましたね」

 

 セミロングだった髪の毛は伸ばし続けてロングに変わっていた。

 

「うん」

「少し、痩せましたね」

 

 もともとスレンダーだった身体は少し痩せていた。

 

「……うん」

 

 伸ばされた比企谷の右手が途中で止まる。彼は視線を左下に落とし、右手を引っ込める。

 なにを思っているのか、考えたくなかった。

 こんな落ちぶれた姿を見て、失望されるのか怖かった。

 だから、逢いたくなかった。

 ずっと、ずっと。

 逢いたくなんて、なかった。

 

「今日はもう遅いからうちに泊まってください。男と二人はちょっと抵抗あるかもしれないですけど」

「ううん、大丈夫だよ。ありがとう、比企谷君」

 

 陽乃はできる限り、あの時と同じ笑顔を浮かべようとした。

 けど、思ったよりも笑顔は長続きしない。笑い方を、あの時の笑い方を忘れてしまった。どうやって笑っていたのか、そんな簡単なことすらも思い出せない。

 「なにをしてるんだろう」と陽乃は思いながら、彼の横を通る。

 思わずそんな感情を心に抱いてしまった。

 雨に濡れて、行くあてもなくて、後輩の男の子の家に上がり込んで、新しい服やお風呂まで用意された。

 もう、あの時の雪ノ下陽乃ではないのか。

 わずかに残っていたプライドも彼の前では完全に砕け散ってしまった。

 お風呂場の前まで来ると、比企谷は新しいタオルを渡して、部屋に戻った。さすがに下着の用意はできない。

 扉を閉めて、Tシャツを脱ぎ、ジャージを下ろして下着を外し、畳んで、お風呂に入る。

 お湯をとって軽く指先で温度を確認する。熱すぎず、ぬるすぎない丁度いい温度のお湯を身体に流していく。三回ほど、それを繰り返す。陽乃は先に身体と髪の毛を洗うことにした。

 

 

 ちゃぽん、と水が跳ねる。

 右足から、お湯に入っていく。両足、身体とゆっくり浸かっていく。

 温かい。

 お風呂ってやっぱり気持ちいい。

 当たり前のことを再確認した。

 思わず両眼を閉じてしまう。

 

 今日まで色々あった。死にたいと考えていたのに、彼に、比企谷八幡に再会しただけでその思いは簡単に霧散した。

 閉じかけていた未来は簡単にまた道を開いた。

 理想はもう存在しない。

 夢は諦めた。

 目指すべき道も解らない。

 今まで生きてきた人生が正しかったのかも、それさえも解らなくなってしまった。

 チカチカと光るあの星のように、今、陽乃が消えたところで誰も気にしない。

 だからこそ、こんなことを考えてしまう。

 

 

 ーーーわたしに、まだ価値なんてあるのかな……。

 

 

 自分の存在価値を。

 

 

 

 ♯2 存在価値。

 

 


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