そのままの君が好き。   作:花道

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♯18 姉妹④

 

 

 

 偽りじゃない本当の気持ち。

 彩りのない日々が、鮮やかな君の面影で輝きだす。

 声にならないくらいに、溢れてくるこの想い。

 いつか、この瞬間を思い出せなくなる日が来ても、きっと、必ず思い出すから。

 君の体温も。

 君の呼吸も。

 君の涙も。

 君の影も。

 全部、必ず思い出すから。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 ベンチへ腰掛けた陽乃と雪乃は無言のまま、空を見上げていた。

 正直に言えば、複雑な感情がまだ雪乃にはある。

 陽乃にも、まだ似たような感情がある。

 たった数ヶ月逢わなかっただけで、どんな顔をして会話をしたらいいのか、2人とも今さらになってわからなくなっていた。

 でも、会話などなくてもいい。

 もともとそんなに仲良くはなかった。

 だから、これでいい。

 会話はいらない。話し合ったところで、全てを理解できるわけじゃないから。

 たった2人の姉妹だから、分かり合えることもある

 だから、このままの関係でいいと思っていた。

 だけど、言わなければならないことがある。

 今の生活。比企谷八幡への想い。そしてこれからのこと。

 だから、陽乃は言う。

 

「雪乃ちゃんに言わなきゃダメなことがあるの」

 

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 緊張している。

 陽乃は弱くなった。

 力を失った。

 仮面は光を失くした。

 全て過去のものになってしまった。

 

「わたし……ね」

 

 だけど言わなければいけない。

 心配をかけた。

 後悔ならたくさんした。

 これ以上の後悔はしたくない。

 だから陽乃は言う。

 

「わたし」

 

 手が震える。

 怖い。

 陽乃は知っている。

 雪乃が彼のことを好きだったことを。

 言ってしまえば、変わってしまうかもしれない。

 だから怖い。

 

「……」

 

 言おうと決意したのに、やっぱり言葉は消えてしまう。

 それが悔しくてたまらない。

 

「姉さん」

 

 震えてる手に雪乃の細い手が重なる。

 顔を見ると、雪乃は笑っていた、

 その笑みに釣られて、陽乃も少し笑う。

 

「頑張って」

 

 優しい言葉が今は嬉しい。

 たった一言でも陽乃に勇気をくれる。

 

「うん、ありがとう。雪乃ちゃん」

「教えて。今の姉さんを」

「……うん」

 

 手に感じる温もり。

 偽りはない本当のことを言う。

 彩りのない日々はようやく終わる。

 頬を撫でるような風。

 雪乃の長く美しい黒髪が風に舞う。

 その姿が天使のように美しく思える。

 

「……今……ね、……比企谷くんの家に住んでるの」

「うん」

「もう2週間くらいかな。バイトも始めたんだ」

「うん」

「今は毎日が楽しい」

 

 そう。

 今は陽乃は毎日が楽しい。

 でも、雪乃はどうなのだろう。

 きっと辛い日々を過ごしているはずだ。

 後悔はない。

 未練はない。

 だけど、雪乃のことだけは心配だった。

 陽乃が逃げたから、多大な迷惑をかけた。

 そう考えるとまた言葉が止まってしまう。

 陽乃だけが今幸せを感じている。

 そう思うと、涙がまた溢れてしまう。

 無傷のまま、雪乃を愛することはもうできない。

 

「姉さん」

 

 手を握られる力が少し強くなった。

 そう感じてもう一度雪乃を見る。

 笑みを浮かべながら、雪乃はもう一度同じ言葉を言う。

 

 

「続き、聞かせて」

 

 

 片手で、陽乃は雪乃をもう一度抱きしめる。

 回された雪乃の手が陽乃の背中を優しく撫でる。

 答えなんてわからない。

 正解なんてわからない。

 逢おうと決めた陽乃のこの行動にどれだけの意味があるのか。

 向き合おうと決めた雪乃のこの行動にどれだけの意味があるのか。

 ざわめく心は風のように吹き荒れる。

 涙腺はずっと緩い。

 頑張って、と耳元の声が頬を濡らす。

 この温もりだけは本物であってほしい。

 

「ねえ、雪乃ちゃん」

「なに、姉さん?」

「辛かった」

「……」

「ずっと辛かった」

「……、」

「雪乃ちゃんに逢いたかった。昔のようにまた話したかった」

「姉さん」

「もう、離したくない。ずっとずっと大好きだった」

 

 

 

 ♯18 姉妹④

 

 

 

 姉さんは涙もろくなった。

 姉さんは笑うのがへたになった。

 多分、これが本当の姉さんの姿。

 あの人に強要されて演じてきた仮面を脱ぎ捨てて、弱くなった。

 それはあの頃と同じ。

 お爺ちゃんに拳骨を落とされて泣き笑うあの時と同じ姿。

 お爺ちゃんが生きていた時と同じ姿。

 でも、笑うのはへたになった。

 ねぇ、お爺ちゃん。

 帰ってきたよ、あの時の姉さんが。

 

 


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