そのままの君が好き。   作:花道

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♯17 姉妹③

 

 

 

 何度も。

 何度も忘れようとした。

 貴女が残していった思い出とともに。

 距離が離れて、時間が経って取り返しがつかないほどに、貴女は遠くへ行ってしまった。

 もう2度と、逢うことはない。

 そう思っていた。

 なのに。

 貴女はふらりとわたしの前に現れた。

 もう2度と逢うことはないと。

 そう、思っていたのに。

 何度も。

 何度も忘れようとしたのに。

 貴女の代わりになろうと。

 貴女を越えようと。

 貴女はきっと知らない。

 わたしの努力も。

 あの人の嘲笑も。

 彼の悲しみも。

 彼女の心配も。

 貴女は、まだ知らない。

 間違いは正せない。

 過去は変えられない。

 だけど、未来は変えることができる。

 だから、せめて。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 視界が歪んだ。

 溢れ出した雫が頬を伝い、線を残して消えていく。

 涙の意味はわからない。

 安心か、不安か。

 背中に回した両手の力が強くなる。

 唇を噛んで、頭で言葉を紡いで、口にする前に消えていく。

 どれだけ考えても、言葉が纏まらない。

 涙ばかり溢れてくる。

 揺れ動く木の葉。

 光のざわめき。

 37度の温もり。

 

「泣いてるの? 姉さん」

「……うん」

「……姉さんも泣けるのね」

「最近、涙腺が緩いの」

「……そう」

「……、」

「ねぇ、姉さん」

「なに? 雪乃ちゃん」

「わたしはなにも変わっていないわ」

「……」

「あの時のまま、わたしの時間はずっと止まっているの。超えるべき存在を失って、それでもあの人に認めてもらえるように必死になって頑張って、バカみたいにまっすぐ進んで、でも。……でもやっぱり、つまらないの。張り合いがないの。姉さんのいない日々が恐ろしくつまらないの。ずっと、ずっと、前に進めないの。どれだけもがいても、姉さんの背中すら見えない」

「……雪乃ちゃん」

 

 背中から肩へ移した両手が一気に陽乃を突き放す。

 肩に手を置いたまま、雪乃は陽乃を見つめる。

 陽乃は雪乃の表情を見て気づいた。

 充血した瞳。流れた涙。震える唇。

 泣いていたのは、陽乃だけじゃなかった。

 大きく、綺麗な青色の瞳が揺れていた。

 一筋流れた雫が、陽乃の胸を抉る。

 止まってしまった時間。

 引き裂いた現実。

 ずっと追いかけてきた妹。

 ずっと走り続けた姉。

 相変わらず、陽乃は言葉を紡げない。

 いつのまにか不器用になっていた。

 あれだけ簡単だったコミュニケーションがうまくできない。

 あの時の陽乃はもういない。

 手にした仮面はとうの昔に光を失われた。

 培った力の半分も発揮できない。

 でも。それでも、なんとか言葉にしようと必死になって考える。

 正しい選択なんて陽乃にはわからない。

 それでも必死になって考える。

 だけど。

 

「わたしが、どれだけ……」

「……、」

「どれだけ心配したかなんて、姉さんは知らないでしょ?」

 

 

 不意の言葉に、纏まらない言葉が完全に溶けてしまった。

 

 

「どれだけ由比ヶ浜さんが心配してくれたか、姉さんは知らないでしょ?」

「……」

「どれだけ彼が……比企谷君が姉さんのことを探していたかなんて知らないでしょ?」

「……」

「なにも知らないのよ、姉さんは。わたしの時間を止めたことも、由比ヶ浜さんの心配も、比企谷君の心配も、なにも知らないのよ」

「……」

「改めて聞くわよ、姉さん。そんな姉さんが今さらなんのよう?」

 

 なにも言えなかった。

 小さく開いたままの口。

 瞬きの回数が急激に増える。

 誰にも理解されないと思っていた。

 誰とも心は繋がらないと思っていた。

 家族や友人との思い出すらもなく、ずっとあの人以外ーーー祖父以外味方なんていないと思っていた。

 そう思っていた。

 勝手にそう決めつけていた。

 誰にも理解されない。

 誰とも繋がれない。

 あの日から、ずっと一人で生きてきたつもりだった。

 でも、実は違うのかもしれない。

 本当は誰かが後ろから追いかけていたのかもしれない。

 慕ってくれた後輩はいた。

 でも、陽乃はその後輩に全部をさらけ出せていただろうか。

 なにも、知らない。

 陽乃はまだなにも知らない。

 突き刺さった言葉。

 心臓が動いている。

 心がずっと熱い。

 誰にも聞こえない悲鳴が内側で響いている。

 それを言葉にしなくちゃいけない。

 たった一言。

 簡単な一言。

 

「……逢いたかったじゃ、だめ?」

 

 流れた涙は君に羽を貰って、キラキラ輝いて飛んだ。

 あまりにも綺麗だから。

 雪乃は右手を伸ばして、人差し指でその涙を優しく拭き取る。

 伏せた瞼に思い出が重なる。

 あまりいい思い出はない。

 祖父に拳骨を落とされて泣きながら笑っている陽乃。

 二人で手を繋いで、一緒に食べたアイスクリーム。

 親に内緒で祖父から貰ったお小遣いで、はしゃいでいる2人。

 それでも、数少ない思い出たちが確かにそこにはある。

 さよならだけの人生じゃない。

 あの時、こうしていれば。

 あの日に戻れたら。

 だけど、あの頃には決して戻れない。

 進むしか、できない。

 過去は変えられない。

 だけど、未来は変えられる。

 だから。

 だから……。

 せめて、これからも続くであろう未来だけは、暖かな景色を。

 

「また、ただの姉妹に戻れないかな?」

「もう……遅いよ」

「……遅くないよ」

「もうやり直せないんだよ?」

「また一から始めよ?」

「姉さん、わたしはーーー」

 

 言葉を塞ぐかわりにもう一度抱きしめる。

 もう離さないように。

 もう一度、姉妹に戻るために。

 

 

 

  ♯17 姉妹③

 

 

 

 あの日わたしが全てを投げ出さなかったとして。

 それで今も抱えてるわたしの後悔はなくなるのかな?

 あの日君が心の奥底に静かにしまい込んだ言葉を聞いたとして。

 それで今も続いてる亀裂を埋めることができたのかな?

 君の体温が、その指が、その瞳が。

 全て愛おしくて、離したくなくて。

 だから、神様。

 ほんの少しでいいから、もう二度とはなれないように、今を強く結んでほしくて。

 

 


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