そのままの君が好き。   作:花道

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♯14 もう一度。

 

 

 

 

 

 夢ならどれほど良かっただろうか。

 そう思ってしまう日が陽乃には未だにある。

 後悔などしていない。

 何度もそう言い聞かせていた。

 あの日、全てを投げ出した。

 その結末はもう変えようのないことだ。

 そう。

 後悔は……ない。

 だが……もし。

 もしもまだ……後悔が残っているとしたら、それは逃げ出したことじゃなくて、雪乃のこと。

 悪いことをした。

 陽乃は素直にそう思う。

 陽乃が逃げ出したことによって、結果的に雪乃に全てを背負わせてしまったこと。

 それはまぎれもない事実であり、陽乃に今更どうこう出来るものじゃない。

 飲み込んだ言葉の断片は、消えずに陽乃の中に深く刻まれている。

 雪乃はなにも言わなかった。いや、言えなかった。高校卒業後も雪乃は実家には戻らず、あのマンションで一人暮らしを続けていた。そして今は陽乃が全てを投げ出したせいで、あの家に連れ戻されている筈だ。

 これらは全て憶測でしかない。

 だけど、それでも陽乃にはわかる。

 あの人のことだ。

 どんな手を使ってでも雪乃を呼び戻すだろうし、最悪、陽乃がまたあの環境に戻される日もそう遠くないかもしれない。

 そんなことを思いながら、今日も陽乃は目覚める。

 隣で眠る彼の背をなぞる。

 陽乃の知らない横顔が君にはある。

 君の知らない横顔が陽乃にもある。

 陽乃の過去を君は全て知っているわけじゃない。

 君の過去を陽乃は全て知っているわけじゃない。

 別にそれがどうというわけじゃない。

 そんな事は当たり前のことだし、これからもその事について話すことはないと思っている。

 君の背中は随分と大きくなった。

 か細かった光は太くなった。

 あの日の悲しみも、苦しみも、未だに心から離れない。

 流れた涙は多分、まだ癒えてない。

 溢れた想いは止められずにいる。

 きっと、もうこれ以上傷付くことはない。

 比企谷は陽乃にとっての光。

 それは多分、雪乃や結衣、あの3人の後輩の子にとっても同じだった筈だ。

 今ではその光を陽乃が独り占めしてしまっている。

 一度、光を失った。

 もう二度とあの経験だけはしたくない。

 伸ばした手の先に、貴方が、君がいないことなんてもう考えたくない。だから、出来るならその温もりをいつまでも感じていたい。

 わかっている。

 これは、陽乃のわがまま。

 でも、だけど。

 陽乃の思っている以上に、君は陽乃の光なんだ。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 陽乃は雪乃との間にあまりいい思い出がない。

 姉の後を追いかけていた妹と、その妹にちょっかいを出しては嫌われていた姉。

 陽乃と違って、雪乃にはまだ選択できるだけの自由があった。それが少し羨ましくて、疎ましかった。

 いっそのこと妹なんていなければ、こんな思いを持たずに済んだかもしれない。

 だけど、姉妹の情が無いわけじゃない。

 できるなら、仲良くしたいと思う時もある。

 でも、今は壁がある。とても分厚くて、いくら叩いても壊れない壁がある。陽乃には壊せるだけの力がない。

 陽乃は雪乃が思ってるほど完璧な存在じゃない。ソー=オーディンサンみたいに超人的な力があって、何百万人もの命を救えるような存在じゃない。スティーブ=ロジャースみたいな高潔な心があるわけでもない。トニー=スタークみたいな馬鹿みたいなお金持ちでもない。ブルース=バナーのように7つも博士号を持っている天才なわけでもない。

 陽乃にはそんなスーパーヒーローのような才能はどこにもなかった。

 陽乃にあったのは、努力で人並み以上の結果を出し続ける根性だけだった。

 だが、それも限界はある。

 結果を出せば出すほど、母からの要求は大きくなっていった。テストで100点を取ればその次もそれが当たり前で、学年で一番を取ってもそれが当然だと言われ、全国模試で10位になったら努力が足りないといわれる。

 この道の先に光はあるのか。壁はあるのか。どこまで行けばこの人は満足するんだ。気づけばそんな感情ばかり抱いていた。

 思えば母や父から褒められた記憶が陽乃にはない。

 良く褒められたのは、祖父である雪ノ下翔陽だけだ。

 子供のような無垢な笑顔で、頭をガシガシとガサツに撫でられ揉みくちゃにされた。でも陽乃はそれが好きだった。だからだろうか。気づけばテストで100点を取るたびに、祖父に真っ先に報告しに行っていた。

 それは雪乃も同じはず。

 陽乃は祖父が大好きだった。

 雪乃も多分祖父が好きだった。

 そして今、2人は同じ人を好きになっている。

 かつて、2人が祖父を好きだったのと同じように。

 どのような道のりだったとしても、その先には残酷な結果が待っている。

 姉妹じゃなければこんな思いは抱かずに済んだ。

 何度もそう思った。

 だけど、それは願って良いことじゃない。二人はこの世界でただ二人しかいない血の繋がった姉妹なのだから。

 姉妹だから、陽乃は思う。

 もう一度雪乃に逢いたいと。

 逢って話がしたい。

 今までのこと。

 これからのこと。

 そして、好きな人のことも。

 全部話し合いたい。

 まずはその身体を力一杯抱きしめたい。

 文句を言われても離さない。

 顔を真っ赤にしても離さない。

 二人仲良く家を出ようとはまだ言えない。

 でも、いつかは必ず。

 必ずその手を引く。

 もう一度、

 

 

 

 

 ♯14 もう一度。

 

 


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