そのままの君が好き。   作:花道

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♯12 一番幸せかもしれない。

 

 

 

 茜空、赤く染まった雲、赤く染まった街並み。

 左手にはまだ37℃の温もりがある。

 ギターを背負う比企谷。買い物袋を持つ陽乃。

 今日も楽しかった。

 当たり前の日常は当たり前のように過ぎていく。

 追いつけない速度で過ぎていく。

 穏やかな毎日。

 チカチカと光る一番星。

 何十光年も離れた過去の光。

 それは存在しているのかも解らない星の光。

 それなのに、その光はとても綺麗だ。

 手で掴むことはできない。触れることもできない。

 それなのに、その光に魅せられている。

 

 

 

 心は踊っている。

 トラウマや傷なんて忘れているかのように。

 一つ、夢があった。

 多分、ありふれた夢だと思う。

 漫画家になりたいとか、音楽で食べていきたいとか、そんな大それた夢じゃない。

 望んだ事はそんな難しい事じゃない。

 幸せになりたかった。

 ただ普通の女の子として生きたかった。母親の決めた許嫁じゃなくて、好きな人と自由に恋愛して、その人と結婚して、子供を作って、みんなで旅行に行って美味しいものを食べて、家族で楽しいねー美味しいねーって言って笑いあって、老後も子供や孫たちに囲まれて仲良く暮らして……そんな風に生きてみたかった。

 周りから見たら、雪ノ下に生まれたことが恵まれて見えたかもしれない。でも、それは違う。それは本当の陽乃を知らないからそう見えただけ。

 この生活に幸せなんてどこにもなかった。

 親の言いつけを守り、何事においても一番になって、勝ち続けて、トップに立ち続ける人生。

 そんな人生楽しくない。人を蹴落としてまで一番になる必要はない。陽乃には才能がなかった。母にはそれをこなすだけの力があった。親が出来れば当然娘も期待される。

 そんな生活が嫌になった。

 

 

 

 思い出はなにかあるだろうか。

 父と母との思い出はどれだけ考えても出てこない。

 雪乃との思い出すらあまりない。

 たくさん出てくるとすれば、それは祖父ーーー雪ノ下(しょう)(よう)との思い出だけ。

 どうしてあれだけの時間を過ごしたのに、家族との思い出があまりないのだろう。

 答えが解らないまま、陽乃は湯船に浸かり続けた。

 

 

 

 

 お風呂に入って、夕食を終えて、2人で並んでテレビを見ていた。ニュースはいつも通りの日本を報道している。とくに面白くはなかったが、ほかに陽乃の興味が湧く番組はやってなかった。

 比企谷はMAXコーヒーを一口飲む。

 陽乃はオレンジジュースを一口飲む。

 甘酸っぱい。

 こてん、と比企谷の左肩に陽乃は頭を預ける。

 シャンプーの匂いがする。

 比企谷はなにも言わなかった。

 陽乃もなにも言わなかった。

 ずっとこのまま……、と思ってしまう。

 いつまでも……、と願ってしまう。

 テレビでキャスターが淡々と喋っている。隣のキャスター気取りの芸能人は偉そうに持論を語っている。

 なにも変わらない日常。超常なんてものはどこにも存在しない。

 それでもやっぱり楽しいと思える日常がある。

 ギターに視線を送る。青、黒、黒と、三本のギターが並んでいる。

 テレビからは変わらず芸能人が持論を語っている。

 もう一度オレンジジュースを飲む。

 伸びきった髪の毛がやっぱり邪魔だ。

 視界に入る髪の毛をはらう。

 秋が過ぎていく。

 夜が更けていく。

 自然に涙が流れていく。

 長い睫毛に縁取られた赤い瞳が濡れている。

 

 

 

 そして、心の中で一言陽乃は呟いた。

 

 

 

 ーーーー今まで生きてきて今が一番幸せかもしれない。

 

 

 

 とーーー。

 

 

 

 

 

 そのままの君が好き。

 

 

 

  ♯12 一番幸せかもしれない。

 

 

 




状況整理。

9/25、陽乃、比企谷と再会し、一緒に住み始める。
10/2、陽乃のアルバイトが決まり、前に住んでたマンションを解約する。
10/4、まだまだ距離が遠い二人。でも少しずつ距離は縮まっている。

完結まであと40話くらいかな?
頑張ります。

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