そのままの君が好き。 作:花道
茜空、赤く染まった雲、赤く染まった街並み。
左手にはまだ37℃の温もりがある。
ギターを背負う比企谷。買い物袋を持つ陽乃。
今日も楽しかった。
当たり前の日常は当たり前のように過ぎていく。
追いつけない速度で過ぎていく。
穏やかな毎日。
チカチカと光る一番星。
何十光年も離れた過去の光。
それは存在しているのかも解らない星の光。
それなのに、その光はとても綺麗だ。
手で掴むことはできない。触れることもできない。
それなのに、その光に魅せられている。
心は踊っている。
トラウマや傷なんて忘れているかのように。
一つ、夢があった。
多分、ありふれた夢だと思う。
漫画家になりたいとか、音楽で食べていきたいとか、そんな大それた夢じゃない。
望んだ事はそんな難しい事じゃない。
幸せになりたかった。
ただ普通の女の子として生きたかった。母親の決めた許嫁じゃなくて、好きな人と自由に恋愛して、その人と結婚して、子供を作って、みんなで旅行に行って美味しいものを食べて、家族で楽しいねー美味しいねーって言って笑いあって、老後も子供や孫たちに囲まれて仲良く暮らして……そんな風に生きてみたかった。
周りから見たら、雪ノ下に生まれたことが恵まれて見えたかもしれない。でも、それは違う。それは本当の陽乃を知らないからそう見えただけ。
この生活に幸せなんてどこにもなかった。
親の言いつけを守り、何事においても一番になって、勝ち続けて、トップに立ち続ける人生。
そんな人生楽しくない。人を蹴落としてまで一番になる必要はない。陽乃には才能がなかった。母にはそれをこなすだけの力があった。親が出来れば当然娘も期待される。
そんな生活が嫌になった。
思い出はなにかあるだろうか。
父と母との思い出はどれだけ考えても出てこない。
雪乃との思い出すらあまりない。
たくさん出てくるとすれば、それは祖父ーーー雪ノ下
どうしてあれだけの時間を過ごしたのに、家族との思い出があまりないのだろう。
答えが解らないまま、陽乃は湯船に浸かり続けた。
お風呂に入って、夕食を終えて、2人で並んでテレビを見ていた。ニュースはいつも通りの日本を報道している。とくに面白くはなかったが、ほかに陽乃の興味が湧く番組はやってなかった。
比企谷はMAXコーヒーを一口飲む。
陽乃はオレンジジュースを一口飲む。
甘酸っぱい。
こてん、と比企谷の左肩に陽乃は頭を預ける。
シャンプーの匂いがする。
比企谷はなにも言わなかった。
陽乃もなにも言わなかった。
ずっとこのまま……、と思ってしまう。
いつまでも……、と願ってしまう。
テレビでキャスターが淡々と喋っている。隣のキャスター気取りの芸能人は偉そうに持論を語っている。
なにも変わらない日常。超常なんてものはどこにも存在しない。
それでもやっぱり楽しいと思える日常がある。
ギターに視線を送る。青、黒、黒と、三本のギターが並んでいる。
テレビからは変わらず芸能人が持論を語っている。
もう一度オレンジジュースを飲む。
伸びきった髪の毛がやっぱり邪魔だ。
視界に入る髪の毛をはらう。
秋が過ぎていく。
夜が更けていく。
自然に涙が流れていく。
長い睫毛に縁取られた赤い瞳が濡れている。
そして、心の中で一言陽乃は呟いた。
ーーーー今まで生きてきて今が一番幸せかもしれない。
とーーー。
そのままの君が好き。
♯12 一番幸せかもしれない。
状況整理。
9/25、陽乃、比企谷と再会し、一緒に住み始める。
10/2、陽乃のアルバイトが決まり、前に住んでたマンションを解約する。
10/4、まだまだ距離が遠い二人。でも少しずつ距離は縮まっている。
完結まであと40話くらいかな?
頑張ります。