そのままの君が好き。   作:花道

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♯11 〝今〟が、

 

 

 

 手を引かれ、君の隣で、歩き慣れた街を歩く。

 心の空白はいまだに埋まらない。

 傷はまだ癒えない。

 だけど、笑顔は少しだけ取り戻した。

 時間はまだまだかかる。

 でも、焦らないでいい。

 だって時間はこんなにも2人の背中を押して進んでいってくれるから。

 ゆっくりでいい。

 少しずつでいい。

 歩くような速さで、2人で進んでいけばいい。

 だから、この温もりだけは消えないで。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  そのままの君が好き。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 手を引かれながら歩いていく。

 風が気持ちいい。

 どこまでも青空が広がっている。雲は一つもなかった。陽乃の大きな瞳に青が彩られる。

 37℃の温もりを感じながら、目的地へさらに進んでいく。

 どんどん進んでいく。

 肌寒くなってもまだロンTで十分対応できた。

 靴のすり減る音。呼吸音、風の音。群衆の声。

 360度見渡しても、そこには見慣れた景色しかない。

 なのに、何故だろう。

 心には当然まだ不安がある。

 会話はない。

 なのに、何故だろう。

 それなのに楽しかった。

 歩きながら、色々考える。

 もし、比企谷と陽乃が同じ年だったら、どうなっていただろう。こんな関係になっていたのかな。ただの友達で終わっていたのかな。それとも友達ですらなかったのかな。

 さらに色々考える。

 逆の立場だったら、陽乃はどうしただろう。比企谷が名家の長男で、陽乃が普通の家庭の長女。比企谷の性格を考えると、多分、接点なしに終わっていたかもしれないし、陽乃の性格を考えればなんとかして友達になったかもしれない。

 でも、やっぱりこの形が一番ベストだ。

 風でポニーテールが揺れる。

 そして再確認する。

 

 

 ーーーあぁ、そうか。

 

 

 刈り上げられツーブロックになった髪の毛。その後頭部のアホ毛が風に揺れる。

 

 

 ーーー好きだから、会話がなくても、なにもなくっても楽しいのか……。

 

 

 手を引かれながら歩いていく。

 

 

 ーーーわたしはやっぱり比企谷君が好きなんだな。

 

 

 一歩ずつ。

 また一歩ずつ。

 

 

 ーーーいつからだろう。

 

 

 手を繋いで歩いていく。

 目的地にはまだ着かない。

 

 

 ーーーいつから、君のことが好きだったんだろう。

 

 

 人が溢れている。

 他人か、友達か、恋人か、家族かはもちろん解らない。陽乃達の姿はどんな風に映っているだろう。恋人に見えるだろうか。そう考えると陽乃の顔がりんごのように真っ赤に染まった。平熱なんて超えていた。

 不安はいつのまにか消えていた。

 心は確かに燃えている。

 過去と未来の真ん中で今分岐点に立っている。

 このまま進めば未来は変わる気がする。

 色々あったね、と笑い合える未来が訪れるかもしれない。

 それは友達としてか。恋人としてか。

 流れる黒髪。揺れる風景。すれ違う光。

 当たり前の日常とはどういう事なのか陽乃にはまだ解らない。

 多分、これからも解らない。

 だってまだこの生活は始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

  ♯11 〝今〟が、

 

 

 

 

 

 比企谷が行きたかった場所は千葉市にある小さな楽器屋だった。陽乃は初めて楽器屋に来た。店内には以前聞いていた好きなロックアーティストの歌が流れていた。見渡す限り楽器で埋め尽くされた小さな部屋。ギター、ベース、見たことがないギターのような楽器。ドラムも少し置いてあった。

 ギターを適当に眺めている。

 こうして見ると色々なギターがある。その中でも鳥がネックに何度も描かれているギターは綺麗だなと思った。値段を見て、以外に高いなとも思った。

 

 

 ーーーそういえば比企谷君のギターにも鳥が描いてあったな。

 

 

 もしかして同じやつだろうか。そんな事を頭の片隅で考えながら、さらに見ていく。

 

 

 ーーーこっちは多分ベースかな。弦が4本しかないし。

 

 

 正直陽乃にはギターとベースの違いがそこまで解らない。解っているのは、弦の本数が違う事と、音が違う事。それ以上の事はなにも知らない。

 そんな事を考えながら待つ事数分。

 

「すいません、修理してたギター取りに行くのにここまで付き合わせちゃって」

 

 ギターを背負った比企谷が陽乃に声をかける。

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 そう言って陽乃は笑う。

 

「ギター始めたんだね」

「はい」

 

 陽乃の問いに頬をかきながら、比企谷は答える。

 

「楽しい?」

「まぁ弾けるようになれば」

「そっか」

 

 再びギターを眺める。

 

「陽乃さんも始めます?」

「え?」

 

 予想外の一言に陽乃はキョトンとなってしまった。

 

「新しいこと始めたら案外楽しいかもしれないですよ」

「無理だよ。楽器買うお金ないし」

「俺のギター貸しますよ」

 

 意外と強い押しに陽乃は少し悩んだ。

 

「……考えとくね」

 

 悩んだ末に、決められなかった。

 

「はい、考えといてください」

 

 そう言って比企谷は笑った。

 

 

 

 

 


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