そのままの君が好き。 作:花道
手を引かれ、君の隣で、歩き慣れた街を歩く。
心の空白はいまだに埋まらない。
傷はまだ癒えない。
だけど、笑顔は少しだけ取り戻した。
時間はまだまだかかる。
でも、焦らないでいい。
だって時間はこんなにも2人の背中を押して進んでいってくれるから。
ゆっくりでいい。
少しずつでいい。
歩くような速さで、2人で進んでいけばいい。
だから、この温もりだけは消えないで。
ーーーーー
そのままの君が好き。
ーーーーー
手を引かれながら歩いていく。
風が気持ちいい。
どこまでも青空が広がっている。雲は一つもなかった。陽乃の大きな瞳に青が彩られる。
37℃の温もりを感じながら、目的地へさらに進んでいく。
どんどん進んでいく。
肌寒くなってもまだロンTで十分対応できた。
靴のすり減る音。呼吸音、風の音。群衆の声。
360度見渡しても、そこには見慣れた景色しかない。
なのに、何故だろう。
心には当然まだ不安がある。
会話はない。
なのに、何故だろう。
それなのに楽しかった。
歩きながら、色々考える。
もし、比企谷と陽乃が同じ年だったら、どうなっていただろう。こんな関係になっていたのかな。ただの友達で終わっていたのかな。それとも友達ですらなかったのかな。
さらに色々考える。
逆の立場だったら、陽乃はどうしただろう。比企谷が名家の長男で、陽乃が普通の家庭の長女。比企谷の性格を考えると、多分、接点なしに終わっていたかもしれないし、陽乃の性格を考えればなんとかして友達になったかもしれない。
でも、やっぱりこの形が一番ベストだ。
風でポニーテールが揺れる。
そして再確認する。
ーーーあぁ、そうか。
刈り上げられツーブロックになった髪の毛。その後頭部のアホ毛が風に揺れる。
ーーー好きだから、会話がなくても、なにもなくっても楽しいのか……。
手を引かれながら歩いていく。
ーーーわたしはやっぱり比企谷君が好きなんだな。
一歩ずつ。
また一歩ずつ。
ーーーいつからだろう。
手を繋いで歩いていく。
目的地にはまだ着かない。
ーーーいつから、君のことが好きだったんだろう。
人が溢れている。
他人か、友達か、恋人か、家族かはもちろん解らない。陽乃達の姿はどんな風に映っているだろう。恋人に見えるだろうか。そう考えると陽乃の顔がりんごのように真っ赤に染まった。平熱なんて超えていた。
不安はいつのまにか消えていた。
心は確かに燃えている。
過去と未来の真ん中で今分岐点に立っている。
このまま進めば未来は変わる気がする。
色々あったね、と笑い合える未来が訪れるかもしれない。
それは友達としてか。恋人としてか。
流れる黒髪。揺れる風景。すれ違う光。
当たり前の日常とはどういう事なのか陽乃にはまだ解らない。
多分、これからも解らない。
だってまだこの生活は始まったばかりなのだから。
♯11 〝今〟が、
比企谷が行きたかった場所は千葉市にある小さな楽器屋だった。陽乃は初めて楽器屋に来た。店内には以前聞いていた好きなロックアーティストの歌が流れていた。見渡す限り楽器で埋め尽くされた小さな部屋。ギター、ベース、見たことがないギターのような楽器。ドラムも少し置いてあった。
ギターを適当に眺めている。
こうして見ると色々なギターがある。その中でも鳥がネックに何度も描かれているギターは綺麗だなと思った。値段を見て、以外に高いなとも思った。
ーーーそういえば比企谷君のギターにも鳥が描いてあったな。
もしかして同じやつだろうか。そんな事を頭の片隅で考えながら、さらに見ていく。
ーーーこっちは多分ベースかな。弦が4本しかないし。
正直陽乃にはギターとベースの違いがそこまで解らない。解っているのは、弦の本数が違う事と、音が違う事。それ以上の事はなにも知らない。
そんな事を考えながら待つ事数分。
「すいません、修理してたギター取りに行くのにここまで付き合わせちゃって」
ギターを背負った比企谷が陽乃に声をかける。
「ううん、大丈夫だよ」
そう言って陽乃は笑う。
「ギター始めたんだね」
「はい」
陽乃の問いに頬をかきながら、比企谷は答える。
「楽しい?」
「まぁ弾けるようになれば」
「そっか」
再びギターを眺める。
「陽乃さんも始めます?」
「え?」
予想外の一言に陽乃はキョトンとなってしまった。
「新しいこと始めたら案外楽しいかもしれないですよ」
「無理だよ。楽器買うお金ないし」
「俺のギター貸しますよ」
意外と強い押しに陽乃は少し悩んだ。
「……考えとくね」
悩んだ末に、決められなかった。
「はい、考えといてください」
そう言って比企谷は笑った。