月に至る2番目の歌   作:きりしら

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第4話 私にとっての陽だまり

都市から離れた廃病院、そこにFISの隠れ家はあった。

 

誰もがその存在に目を当てることもなく、ぽつりと存在するそれは、潜伏には格好の場所である。

 

 

ライフラインを整え病院の設備を活用したことで、不便はあれど生きていくには申し分ない。

 

 

あの宣戦布告から24時間が経過した。

 

私たちはこの場所で次の作戦までの待機を命じられている。

 

今は私やマリアたちのメディカルチェックをしているところだ。

 

 

「アン、ギアの調子は如何ですか。

 先程も言いましたが、身体の不調があるのならすぐに報告するように。」

 

「大丈夫だよナスターシャ、リンカーも問題なく作用してるみたい。

 でも貴重なリンカーを使って良かったの?

 私のエスクラピウスならリンカー無しでも運用できるのに。」

 

 

胸にかかるペンダントに触れる。

 

私のギア、エスクラピウスは回復に特化した干渉系のものだ。

 

歌によって自分や特定の誰かの傷を癒し、また不可視の防御膜を形成する。

 

ギアの応用、技を多用することによる身体へのバックファイア以上に回復を続ければ、リンカーを使用しないでもある程度の行動だって可能だ。

 

資材も少ない中、ウェルが作れるリンカーの数も限りがある。

減らすところは減らしてマリア達に譲渡したい旨を申し出たけど、ナスターシャは私に徹底してリンカーを使わせようとするのだ。

 

 

「いいですかアン。

何度も言いますが適合係数が低い状態での装着は、最悪貴女の命に関わるのです。

ここで貴女を失うわけにはいきません。

物の数など気にせず、十分お気を付けなさい。」

 

「でも…」

 

「二度は言いませんよ、アン。」

 

「……分かった、ごめんなさいナスターシャ。」

 

「よろしい。では貴女もシャワーを浴びてきなさい、そろそろ夕食の時間です。」

 

 

優しすぎて困ってしまう。

 

はあい、と気の抜けた返事をして、私はシャワー室へ歩き始めた。

 

 

 

 

電気がぽつぽつとついた薄汚れた廊下を数分歩いて、シャワールームに入る。

 

さっと服を脱いで簡素なバルブを回すと、すぐに熱いお湯が出てきた。

 

 

「はぁ…。」

 

 

洗っていると嫌でも目に入る自分の身体。

 

何処を見ても傷やシミ一つない綺麗な身体は私の自慢であり、同時にコンプレックスである。

 

切歌やマリアのように、こう、出るところが出ていないのだ。

 

調とは日々成長について議論を重ねているが、体質というものは恐ろしい。

 

 

「うん、今日も調と話し合わなきゃ。」

 

 

髪を洗い、凹凸の少ない身体を流してから、手早く髪をまとめてタオルで水気を取っていく。

 

 

(そういえば、私が拾われてそろそろ1年が経つんだ。)

 

 

壁に掛けられた電子時計を見てふと思い出した。

 

一年前、身寄りのない私を拾ってくれたFIS

 

私はロシアの研究所での爆発事故に巻き込まれたらしく、目が覚めたときにはアメリカの聖遺物研究機関であるFISに救助されていた。

 

体調が戻ってからFISの研究員の人たちに色々質問されたけど、私が覚えていたのはエスクラピウスのことと名前も分からないお姉ちゃんがいた、というぼんやりした事だけ。

 

私が助けられた時に持っていた、復元不可能なまでに破損したギアはきっとお姉ちゃんが使っていたものなのだろう。

 

そんな私に名前と居場所をくれたナスターシャやマリア達には、感謝してもしきれない。

 

この計画に協力したのも、そんなナスターシャ達が世界を救うと奮起したからであり、私の力が必要だと言われた時には役に立てる時が来たと、本当にうれしかった。

 

 

「あ、アーニャ。ここにいたのね、もうすぐ夕食の時間よ、一緒に行きましょう?」

 

 

シャワールームを出ると、マリアと鉢合わせた。

 

私を探してくれたみたいだ。

 

 

「うん!ありがとうマリア、すぐ着替えるね。」

 

 

 

 

この道は険しく、きっと沢山傷つくのだろう。

 

それでも無辜の命を救うためにと立ち上がったのなら。

 

ならば私は、この暖かくて優しい家族に恩返しを。

 

この大切な陽だまりを、もう二度と失わない為に死力を振り絞らなくては。

 




2018/01/29 文章を訂正および追加。

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