ネギまに美遊兄と美遊を放り込んでみるだけの話(仮)   作:かにかまちゃーはん

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 オーブントースターから、じゅうじゅうと鮭が焼ける音が鳴る。

 チチチチチという音を奏でながらタイマーが回るのを横目で見つつ、鍋に入った味噌汁……になる前の出し汁を少し小皿に取り、味をみる。

 

「……うん、こんなものかな」

 

 誰にということもなく呟き、脇に置いておいた味噌——ちなみにうちで使うのは白味噌である--を軽くおたまにとり、カカカカカ、という小気味好い音と共に手早く出し汁に溶かす。出し汁と味噌が混ぜられたその汁は、おたまから鍋に落とすと鍋全体を白味噌の淡い色に染めた。

 そうすれば、ふわりと味噌の良い香りがキッチンに広がり

 ――刹那。

 ドタドタと慌ただしい音が部屋の外から響き、その騒々しさのままスパーンとキッチンとつながった居間の障子扉が開かれる。

そこに立っていたのは、長い黒髪の少女で――

 

「やっぱり、お兄ちゃんまた先に作ってる!今日は私が朝ごはん作るはずでしょ!?」

 

 ――つまり、我が妹だった。

 

「いや、先に起きたからさ。せっかくだしと思って。美遊も気持ち良さそうに寝てたし」

「だから、起こしてっていつもいってるじゃない……!もう、私が作ってあげたいのに」

 

 妹――美遊は、不機嫌そうにぼやきながら目尻を吊り上げ頬を膨らませる。

 いかにも「不機嫌ですよー!」と言いたげなその表情は、しかしその端正な顔立ちも相まって非常に愛らしい事になっていた。起き抜けでまだ整えられていないボサボサの髪だって、今ならチャームポイントになるだろう。

 だから個人的にはこのままでもまあ良いかなと思わないでもないが……しかし、不機嫌な顔よりもやはり笑顔の方が見たいので。

 

「悪い悪い。でも、お弁当はまだ作ってないからさ。美遊はそっちを作ってくれないか?」

「……むー」

 

 機嫌を取るようにそう言うと、膨れっ面が少し和らぐ。このまま調理に入ってしまえば勝手に機嫌も上向いて行くだろう。誰に似たのかは知らないが、美遊はたいがい料理好きだ。

 そうして、ブツブツと何事かをぼやきながらエプロンを準備しだした美遊を横目に見つつ調理を再開しようとして……ふと、思ったことを口にしてみる。

 

「そういや、美遊」

「……なに、お兄ちゃん」

「髪、整えなくて良いのか?」

 

 瞬間。

 一瞬キョトンとした美遊の顔が、茹でた蛸のように真っ赤に染まる。

 そしてそのまま美遊はわたわたと髪を手櫛で梳かして――

 

「ちょっと直してくる!」

 

 手櫛では直らないと気付いたのか、そう言い残して居間に入る時と負けず劣らずの慌ただしさで部屋を飛び出した。

 それは騒がしくも、確かに平和な一日の始まりで――

 

「……うん、よし。弁当も作ってやるか」

 

 ――俺は知らずのうちに口元を緩めながら。

 そんなことを、呟いていた。

 

 

 始まりは四年前。

 妹である美遊を助けるために戦い抜いた聖杯戦争の終わり、エインズワースからの刺客との戦いに敗れ、しかし勝利した俺――衛宮士郎は気を失い、次に目が覚めた時にはもうこの街に来ていた。

 そのときは何が起こったのかわからず酷く混乱したし、またエインズワースが何かしたのかと警戒もしたが、どうやら美遊が聖杯に何事かを願った結果らしいというのを聞いたのは後の話。具体的に何を願ったかは、美遊が顔を真っ赤にして黙秘したためわからなかったが。

 それはともかくとして、目覚めた直後の、混乱と警戒の入り混じった俺がいた部屋――おそらくはどこかの保健室だったのだろう――に入ってきたのは、若いように見えたがどこか老獪で年齢の読めない男と、人かどうか少し怪しい骨格の老人だった。

 彼らによると俺たちはこの街にある世界樹……と呼ばれる超大な木の、基幹となる根の部分――すなわち、世界樹の中心に突如として現れたらしい。

 

「……ふむ、なるほど。中々面白い人生ですねこれは」

 

 そう言ったのは男の方。

 彼……アルビレオ=イマ、アルと呼んでほしいと名乗ったその男は、俺の人生を読んだ感想としてそんなことを言った。

 人生を読む、というと中々にエキセントリックだし、それに付け加え彼の趣味は人生の蒐集だと言っていた。それだけだと何が何やらと言った感じだが、彼の持つ魔術礼装……いや、こちらだと魔法道具(アーティファクト)だったか。彼の持つそれは、人の人生を本にする力を持つ。その本を使って他者の能力や人格をコピーすることもできるそうだが、彼にとってメインになる機能は他者の人生を読むことができること、ということらしい。

 そうして本にした他者の人生を蒐集、閲覧することを好むと言った彼に対し、俺は自分の人生を差し出し、その見返りとしてすぐ横でまだ眠っていた美遊の身の安全を約束させた。

 そして、俺とアルの話をずっと静観していた老人はそこで一言――

 

「それならお主ら、麻帆良で学校に通わんか?」

 

 ――そんなことを、言った。

 子供が自分の命を賭けねばならないようなのは悲しいことだとか、ここまで苦労して来たのだからこれからは幸福に生きるべきだとか、そんなことを理由として述べた老人の真意はわからない。何か目論んでいたのか、もしくは案外それが本音だったのかもしれない。

 だが、それは実際ありがたい申し出ではあった。

 俺のことはいい。しかし、美遊は――美遊を、学校に通わせてやる事ができるというのは。

 学校に通って。友達を作って。勉強をして。友達と遊んで、喧嘩して、仲直りして――そんな、普通の子供のような生活を送らせてやれるかもしれないというのは。

 それは、俺がどれほど望んだ事だったろうか。

 結論としては。

 少し悩んで、俺はかの老人の言葉に頷いた。

 こうして俺と美遊は、老人――この学園都市・麻帆良の総責任者である近衛近右衛門と、その場に居合わせたアルビレオ=イマの保護の下、学校に通うこととなった――

 

 

 あれから、四年。

 当時高校生だった俺は高校卒業後、美遊の通う事になった小学校……というか小中高一貫校である麻帆良学園本校の近くに、美遊の薦めもあって定食屋を開いている。

 自宅も兼ねているそれは、体力と食欲の有り余っている学生向けの値段設定やメニューになっており評判も悪くない。

 さらに言うのであれば、今では中学生になった美遊も開いた時から手伝ってくれているし――というより俺と一緒に店ができるから料理屋をやるように言った節がある――それに、やっていて多くの学生と話せるのは自分にとっても楽しみになっている。

 また、高校を出てからは実は少しだけコンプレックスを感じていた俺の背も伸びたし、美遊も元からかわいらしい少女だったけれども小学校を卒業し中学校に入るにつれ背も手足もすらりと伸びて美人になった。兄としては鼻が高い。美遊が通っているのは女子校だからまだ恋愛の話は聞かないが、共学だったならさぞかし人気者だっただろう。

 こちらでの知り合いに関しても、俺はまあ高校にいたのが短い間だったからあまり友人はできなかったが、定食屋に来る客のうちの何人かとは親しく話すようになったし――美遊は、クラスの中に仲の良い友人が何人かできたみたいで……安心した、と言えばいいのだろうか。最初に友達を連れてきたときは思わず涙をこぼしてしまったことを覚えている。

 そんな色々を総合して言うのであれば、今の俺は幸せと言っても良いのだと思う。――たまに胸の内に去来する、空虚な疼きを無視すれば。

 

「……お兄ちゃん?どうかしたの?」

 

 そんなことを思い返していたらいつの間にか食事の手が止まっていたのか、美遊が怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 先ほど朝食と、それから俺に弁当まで作らせまいと大急ぎで髪を整えてきた美遊も加わってお弁当も作り終え。今は俺の作った朝食を食べている最中である。

 

「……いや、なんていうかさ。昨日も泊まっていったなって思って」

「今更でしょ」

 

 誤魔化すように言った俺に、美遊はツンと澄ましてそんな風に答える。

 確かに今更と言えば今更だが……そもそもの問題として、美遊の通う麻帆良学園本校は全寮制の学校である。特別な事情のない普通の生徒は皆寮暮らしをしている。

 そして美遊も、特別といえば特別であるかもしれないが……しかし、俺は美遊に普通の子供として生活してほしかったし、そうなるように配慮もしてもらった。その結果、美遊も寮に部屋があるし、普通ならそこで暮らすべきだ。

が。

 美遊は当然の権利のように大体の日はこの家に泊まりに来る。もはや寮暮らしの中でこちらに泊まりに来るというより、この家で暮らしててたまに寮に泊まりに行くと言った方が良いレベルだ。

 別段寮暮らしに不満があるとは聞いていないし、寮の部屋にはルームメイトもいるようだがその子たちと仲が悪いというわけでもない。むしろたまに連れて来てうちに全員で泊まっていくので仲が良いと言ってもいいはずだ。

 つまり、美遊があまり寮に帰らないのは何か問題があるからではなく……ただの我儘、というわけだ。しかもその我儘を通しておきながら何事もなかったかのように澄まし顔でいる。

 無論、俺としても妹と会えるのは嬉しいことではあるし、我儘を言うのも可愛い物ではあるが――

 

「……寮監さんが嘆いてたぞ。衛宮さんの外泊が多すぎるって」

「うっ」

 

 電話で美遊が泊まると連絡するたびに、またですかと心底疲れた声で答える寮監さんは可哀想だと思う。昔は怒っていたが今はもう諦めの境地に達してしまっているのだろう。

 美遊も罪悪感はあるのか、俺の言葉に気まずそうに目をそらす。

 まあそうは言ってみたものの、そもそもが話を逸らすために出した話題ではあるしあまり追及する気もない。そのままなおも小声でちまちまと言い訳をする美遊にハイハイと返しつつ、かちゃかちゃと食器を動かし――

 

「ごちそうさまでした」

「……ごちそうさまでした」

 

 完食。

 綺麗に食べ終えた朝食の食器の片付けも手早く済ませてしまい、俺は店の準備を、美遊は学校の支度をする。

 制服に着替え、鞄を持ってきた美遊は家を出る――前にこちらに夕焼け色の組み紐を差し出し一言。

 

「髪、やって」

 

 その言葉に、苦笑する。

 もう自分で髪を結うこともできるだろうに、美遊は毎朝俺に髪を任せてくれる。

 それは、きっと美遊にとっては兄に甘える行為で……そして、俺にとっては自らの幸福を確認する儀式のようなものになっている。

 

「仕方ないな……今日はどんな髪型がいいんだ?」

「ん……なんでも。お兄ちゃんに任せる」

 

 そう言って甘えるようにこてんと後ろ頭を俺に預ける美遊の髪を軽く撫ぜ、さて今日はどんな髪型にしてやろうかと思案する。

 さらりと流れる髪に櫛を通し、なんとなく今日は軽く耳から上の部分を後ろで束ねハーフアップスタイルにする。……が、これではシンプルすぎるか。それじゃあ後ろに回した髪を軽くねじり、それをゴムで止め組み紐を手に取り――そこでふと、最近聞いた話を思い出した。

 

「そう言えば美遊、今日は新しい先生が来るんだって?」

「うん。そう聞いてる」

「どんな先生かっていうのは聞いてるのか?」

「ううん。高畑先生も、来てからのお楽しみだって」

「そっか。……いい先生だと良いな」

「うん」

 

 そんな会話しながらも手は止めず、組み紐を結び終える。美遊の黒い髪に夕焼け色の赤がよく映え、シンプルな結び方ではあるが品のある出来に仕上がった。

 と、そこで表から「美遊ー!」と呼ぶ少女の声が聞こえてくる。いつも美遊がともに登校しているクラスメイトかつルームメイトの声だ。

 

「ほら、美遊。終わったぞ」

「うん」

 

 そう言って肩をたたくと、一つ頷いた美遊は髪の出来を軽く鏡で確認し、満足そうにまた頷いてそのまま立ち上がる。

 そして、鞄を手に取り玄関まで歩いて靴を履き……

 

「それじゃあお兄ちゃん。行ってきます」

 

 そう、緩やかに微笑み言って家を出る。

 あの頃は、美遊が衛宮の武家屋敷にいた頃ずっとあったのはこの逆の光景だった。その立場が逆になることなどなく美遊を犠牲にするものだと思っていたときもあり、美遊と世界とどちらを取るべきか悩んだ日々もあり。そうして俺が美遊を選び、美遊が初めて衛宮の家の外に出たその日は――美遊を一度、失った日で。

 だから、今のこの光景は、たとえ毎朝のように見るものであっても、俺にとっては奇跡にも等しいものであり――

 

「……行ってらっしゃい、美遊」

 

 ――今日も一日、君が幸福でありますように、と。

 毎朝と同じようにそう祈りながら、朝の眩い日差しの中学校に行く美遊を見送った。




どうでもいい話だけどなんでネギまに突っ込んだのかってそれは昔やたら流行ってたネギまに衛宮士郎を突っ込む二次創作呼んでた頃の熱が再燃したからさ!
でも設定とか曖昧になってたり間違ってたりすることあったらごめんね!

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