インフィニットストラトス ~空から降ってきた白銀と少女~ 作:鉄血のブリュンヒルデ
「ゼアァ!」
ガキンッ!
「ハァッ!」
ドゴンッ!
千冬とデストロの音すらも置き去りにした戦い。
繰り出される拳や剣戟、銃撃等の全てが、一夏達には認識出来ていなかった。
この中で唯一、弾はトランザムで音速を超えた戦闘を経験しているが、それでも捉えられたのは動きだけだ。衝突の際に行われる幾多もの攻防が見えている訳では無い。
「くっ!ハァ!」
そして、千冬が押されだしているという事にも、気付いていなかった。
「フッ。やはりトリガーは未完成の様だな。この程度では僕に勝つ事なんで土台無理な話だよ!」
そう言いながら回し蹴りを放つデストロ。
咄嗟に腕をクロスするが、生身同然の体格とISの衝突だ。いくらトリガーで身体能力が上がっていると言っても、物理法則を無視できる訳では無い。
「かはっ?!」
木の幹にぶつかり、肺の中の酸素が一気に吐き出される。
しかし人間の体は酸素を欲するもの。無くなった酸素を取り込む為に、肺の活動が活発になり、そうなれば苦しくなり咳き込むのは当然の事であった。
「全く。君は変わらないな。毎度毎度同じ事の繰り返しだ。次は誰を盾に生き残るつもりだい?」
「なん、だと?」
デストロの言葉に、千冬は立ち上がりながら睨みつけた。
「だってそうだろう?あの日死んだ者は皆君の代わりに死んだんだ」
デストロは先の挑発と同じ様に大振りな仕草で千冬を煽る。
「初期型インフィニット・ストラトス、そのテスター達。一人一人は大した力も無かったけど、彼女らの連携は素晴らしかったよ。上手く立ち回れば僕を殺す事も出来たかもしれない。
けど、それも君がいたせいで失敗した。
君はあの時、感情に任せて連携を怠り、そこから連携は乱れた。そして君を守る為に純と荘吉は犠牲になり、その他も君が健在なら死ぬ事は無かっただろう。
全て君が招いた事なんだよ。
確かに直接手を下したのは僕さ。でも、君があの日あの時、少しでも己を抑えていれば、被害は少なく済んだんだ。
本当に、愚かだよ」
見下す様に、デストロは言った。
千冬は俯き肩を震わせながら、孤月を杖の様に使い立ち上がった。
「……まれ…」
「なんだい?聞こえないよ」
千冬の掠れた声に、デストロは敢えて大きな声で聞き直す。
「だ、まれ……黙れ、黙れ黙れ黙れ!
貴様を殺す!ここで!今すぐ!」
千冬は激昂し、旋空を放つ。
だがデストロはまるで虫を跳ね除ける様にそれを弾き飛ばした。
その先には、動けずにいた一夏達がいた。
「っ?!メタル!」
咄嗟に数馬がフィリップのメタルを発動させて前に出る。
だが、如何に防御力を上げようと、研ぎ澄まされた一閃は、フィリップの装甲にいとも容易く切込みを入れた。
「ぐぁっ?!」
そしてそれは数馬の腕にも傷を入れ、ダメージで解除された装甲の下から出た腕から血が滴っていた。
「数馬!」
一夏達が駆け寄り止血等をする。
しかし千冬は、その光景をただ眺めていた。
「相変わらずだね。すぐにそうやって力を振るう。そして誰かを傷付ける」
「わ、私は………違う、私じゃない!お前がその方向に飛ばしたんだろ!」
千冬は必死に否定する。
だが、デストロはさらに続ける。
「君は馬鹿かい?動けない者が居る場で、遠距離系の技を使う事自体が愚策だろう。それなのに君は、守るべき物を見失い、それにとどまらず守るべき物を傷付けた。
いい加減気付いたらどうだい?
君の力は、壊す事にしか使えないんだよ」
苛立った様に、デストロは言う。
まるで期待していた物に裏切られたかの様に。
「君は僕が殺すに値しない。外野でただ見ていろ」
そう言いながら、今度は一夏達の方を向いた。
「さて、次は誰が僕の相手をしてくれるんだい?」
デストロはにこやかにそう問うた。
しかし、一夏達は千冬すら勝てなかったという事実と、この中で最も冷静である数馬が倒れた事により、その心から戦意はとっくに失われていた。
「なら、私が相手になるわ」
「っ?!」
一夏は、聞き覚えのある声だと、その方を見た。
「なるほど。確かに君なら、相手になるだろうね」
そこに立っていたのは、祭りで見かけた時には想像もつかない程に、憎悪に塗れた表情の、小夜子だった。
「初期型のISなら、現在の軍用ISよりも高い出力を持っているからね。唯一の欠点は、BT兵器や展開装甲等の特殊兵装が無い事と、体への負担が激しい事くらいだ。
しかし、幾ら出せる力が大きくても、結局は旧世代機だ。広大なスペック差を埋められるかな?」
「私がこの七年間、何もしなかったと思う?
独自に研究を重ね、機体を強化したわ。あなたを殺す為に」
デストロは笑った。好敵手が現れた事を嬉しそうに。
小夜子は、ネックレスを握り締めた。覚悟を求める様に。
「行くわよ、皆………」
そして、ネックレスの紐をちぎり、先端に付いている宝石を握り締めた。
「竜騎士」
小夜子がそう呟くと同時に、その体を鎧が包み込む。
右手には大振りな槍を、左手には盾を装備した、紅の
「これは凄い。
まさか一人でここまでの改造をほどこすとはね」
「あなたを殺す為に、努力も時間も惜しまなかった。
あの日何も出来なった自分を、変える為に!」
小夜子は、腰を落としたかと思った瞬間、既にデストロの懐に飛び込んでいた。
「っ!
特殊な技術などは必要無く、瞬間加速を超えるスピードを持つ反面で、加速がつきすぎて減速し終わるか何かに衝突する以外に止まる方法が無いというデメリットがあるのだが、小夜子にとってはそれはデメリットにならなかった。
何故なら、つまりは何かにぶつかりさえすれば止まるのだ。
このフィールドでならそれが容易に可能であり、更に言えば敵にぶつかれば止まれるのなら問題は無かった。
「ハッ!」
小夜子は盾を前に突き出してデストロを殴った。
勢いの乗った盾はデストロを弾き飛ばし、狙い通り小夜子はその場に静止した。
だがこれで終わるはずもなく、再び瞬間爆速を使い間合いを詰める。
「ハァ!」
右手に持っていた槍を突き出して、デストロへと突撃する。だが正面から来ると分かっている攻撃に対処出来ない程デストロは弱くない。
「フンッ!二度も同じでは食わないよ!」
肘と膝で槍を挟み威力を殺す。
しかし小夜子は狙っていたかの様にすぐ様槍を手放し離脱する。
「竜爆!」
小夜子が叫ぶと、槍は爆発を起こした。
デストロはその事に気が付き、槍を咄嗟に話して蹴り飛ばそうとするが、あまりに距離が近過ぎたせいで、決して浅くは無いダメージを負った。
「くっ、グウゥッ!」
右足を抑えて、デストロは苛立った様に声を漏らす。
「チッ。ここは引くか………クロエ・クロニクル!」
「……はい」
デストロはクロエを呼び、クロエはそれに応えた。
自分を抱き締めていてくれたステラを名残惜しそうにその場に残し、デストロの近くに移動する。
「逃がさない!」
再び瞬間爆速を使用するが、クロエの影忍の能力で、二人は一瞬の内に姿を消した。
「クソっ!また、逃がした…」
小夜子は盾を地面に投げ捨て、膝をついた。
「まだ、届かないの?」
小夜子の悔しそうな呟きが、辺りに染み渡る。
その後、通報を受けた駆けつけた警察や軍関係者による事情聴取が行われたが、大した情報は得られなかったという。