インフィニットストラトス ~空から降ってきた白銀と少女~   作:鉄血のブリュンヒルデ

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終わり、そして始まる日

「っ!ステラ!」

 

ラウラは咄嗟に、シュバルツェア・レーゲンを展開した。

 

「きゃっ?!」

 

そしてステラを突き飛ばし、クロエがいた方向に目を向ける。

 

「遅い」

 

声は、背後から聞こえた。

 

「っ?!」

 

ラウラは振り返りつつ裏拳を放つ。

その最中見たのは、今まで見たことのないISに乗るクロエだった。

クロエはそれをいなしつつ、ラウラの腹部に手を当てる。

 

「邪魔です」

 

僅か。

ほんの僅かだけ手を動かす。それがインパクトを生み、ラウラの体内へとダメージを浸透させる。

 

「カハッ?!」

 

ラウラは口から血を吐き、その場に倒れた。

 

「なんだ、今のは……っ!」

 

二人の戦闘を見ながら、ステラは動揺と隣り合わせに、冷静に分析していた。

 

(あれはクロエさんの持っていた黒鍵ではない。

多分、デストロがあの機体を作ったんだ)

 

ステラはゆらりと立ち上がった。

 

「クロエさん。それ何?束さんに貰ったの?」

 

しかし、ステラの口から零れたのは、現実逃避とも言える言葉だった。

 

(待って。私は何を言っているの?)

 

ステラは困惑していた。

今言葉を発したのは、本当の自分なのか、と。

 

「あなたにも分かっているはずです。これはデストロ・デマイド様が作ったIS。その名も影忍。

本来、暗殺特化の機体なのですが、少々改造を施しまた」

 

にこやかに語るクロエに、ステラは戦慄した。

 

(これはやばいかな。戦うしか…)

 

「待ってよ!なんで、そんな!どうしてよクロエさん!」

 

(は?私は何を言っているの?ちょっと、黙ってよ!)

 

思考と発言が噛み合わない。

ステラの意識と思考が、バラバラになる。

 

「…………なるほど。そういう事ですか」

 

クロエが、いつも通りの目でステラを見る。

 

「あのお方が言っていた通りですね。

 

自分を解き放ってあげて下さい、ステラ様。それは紛れもなく貴方です。怖がる事はありません」

 

慈愛に満ちた目でステラを見付けるクロエ。

 

ステラは困惑の瞳でそれに応える。

 

「どういう、事?」

 

「分かっているのでしょう?

自分の中に、もう一人、自分がいるということに」

 

クロエの言葉を聞いたステラは、動揺はしたが、驚きはしなかった。

 

「始まりは二年前です。ご友人に危害を加えた輩に対する怒りで、それはあなたの中で目覚めた。

 

二度目。あのお方との初戦闘であなたは、蓮さんへ行われた攻撃に怒り、再び目覚めた。

 

三度目。あなたはそこのラウラ・ボーデヴィッヒの暴挙に対し怒り、覚醒しかけるも、直前でそれを押さえ込みました。

 

そして数日後、再び戦闘となった際に、あなたはその力を理性を保ちつつ発動させた。

 

そして四度目。あなたは銀の福音シルバリオ・ゴスペルとの戦闘の際に今までとは比にならない程の暴走状態となり、その際に一度"死亡しました"が、エクスサーマルの覚醒によりあなたは海の中から再び舞い戻り、更に能力を完全と言える程に制御しました」

 

「…………え?」

 

語るクロエ。だがステラは、とある一言が頭の中に思考を支配されていた。

 

私が死んだ

 

頭の中で不鮮明に谺響するその言葉に、ステラは思考を手放した。

 

「あぁ、面倒臭い」

 

苛立たしにそう言ったステラは、目を閉じ、そして開く。

その目は、血の様に赤く染っていた。

 

「あぁ。頭がスッキリした。ようやくアレが消えてくれたよ」

 

ステラは、その顔に似合わぬ邪悪な笑顔を浮かべる。

そして闘志を漲らせ、クロエへと歩み寄る。

 

『マスター!落ち着いて下さい!相手はクロエさんです!』

 

ギンギラの制止の声にもステラは歩みを止めない。

 

「だったら何?今は敵でしょ?」

 

今までとは違うステラの変わり様に、ギンギラは動揺していた。

 

『(今まではただ気性が荒くなるか、理性を失うかのどちらかだった。

しかし今回の暴走は明らかに違う!まるで、別の誰かと入れ替わった様な……)』

 

ギンギラの意志を無視して、ステラはギンギラを展開した。

 

「ステラ様。私と戦うおつもりですか?」

 

「だったら何?」

 

クロエの問に、間を開けずに答えるステラ。

その拳は、強く握られている。

 

「いえ、とても嬉しいですよ」

 

微笑むクロエ。邪悪に笑うステラ。

 

不意に木の枝にとまっていた鳥が飛び立った。

 

「「っ!」」

 

それを合図に、二人はスラスターを起動し音を超えるスピードでぶつかった。

 

『マスター!落ち着いて下さい!』

 

「ハァァァ!」

 

ギンギラの言葉は、ステラには届かない。

 

『(私の体が、止まらない?!何故?!)』

 

それどころか、自らの体である機体の制御を、ギンギラは行えていなかった。

 

「流石ですよ、ステラ様。一突き一突きが精錬されています。

努力を重ねたのですね」

 

「うるさい!今は黙って戦えぇ!」

 

ステラの心は、最早戦いへの欲求で支配されていた。

そして、素早く動き回るクロエに対して、苛立ちをおぼえた。

 

「まどろっこしい!」

 

ステラはリングを前方に展開し、拳を構える。

 

『っ!待ってください、マスター!ここでサーマルキャノンを撃てば、祭りの会場に被害が及ぶ可能性があります!』

 

「関係無い!敵を倒す!今はそれだけでしょ!」

 

ギンギラの制止を聞かずに、ステラはその拳を突き出す。

 

「サーマルキャノン!」

 

そして光が一直線に進み、そこには移動の合間のクロエが通りかかっていた。

 

「くっ!」

 

クロエは濁流の様に押し寄せるエネルギーを、シールドを展開する事で防ぐ。だが、それでも溢れる光は爆発し辺りに散らばり、木々を押し倒しながら辺り一帯を炎で包む。

 

 

…………………………

 

ステラのサーマルキャノンの起こした爆発と炎こそ、千冬達が見たものであり、その余波は、一夏達のいる祭りの会場に及んでいた。

 

ゴオォォォォォ!

 

轟音と共に迫る光。

それがエネルギー波であると判断したセシリアは、瞬時にISを展開してそれを狙い撃ち軌道を逸らす事で被害を防いだ。

だが、絶え間なく続く光。

一夏達も自らのISを使い、人々に被害が出らぬ様に尽くす。

 

「あれって、IS?!」

 

「それに男性操縦者もいる!」

 

人々は逃げ惑いながらも、スマホで彼らの姿を写し、世界へと広めていた。

 

「クソ!なんで皆早く逃げねぇんだ!」

 

一夏達と合流した弾は、愚痴を零しながらトランザムを使い、落とし損ねたエネルギー波を潰していく。

 

「ここにいる大半が、ISを過信しすぎているんですわ!」

 

セシリアはBT兵器を使い、それぞれをサポートを行いながら苛立った様に言う。

 

「かつての私の様に、ISがあればどうにかなると。ISがあるなら平気だと、勘違いしているのですわ!」

 

ステラ達と出会う前の自分を現状と重ね、苛立ちを隠せないセシリア。

それを見ながら、鈴が焦った様に辺りを見渡す。

 

「こんな状況でステラが出てこないなんて、変よ!」

 

「確かに、ステラならこの事態を見過ごすはずが無い。それに、ラウラも見当たらないな」

 

トリガーの弾丸にルナの力を付与し、光を撃ち落とす数馬。

その目は、光の出処を掴んでいた。

 

なぁ!気になってんだけどさ!」

 

その時、一夏が光を睨み叫んだ。

 

「これ、多分ステラのサーマルキャノンじゃねえの?!」

 

一夏の言葉に全員が、怒りや焦りを感じていた。

 

「あんたバカ?!ステラがこんな事する訳ないでしょ!」

 

真っ先に否定したのは鈴だった。

 

「そうですわ!何か証拠がありまして?!」

 

「証拠なら、十分すぎるほどにある」

 

それに続く様にセシリアも否定するが、その言葉を否定する声も上がる。

その声は数馬の物で、迎撃をフィリップのオートに任せ、一夏の持つ雪片弐型を指した。

 

「通常のエネルギー兵装なら零落白夜で斬れる筈だ。だが、あの通り弾く事は出来ても打ち消せていない。なら答えは一つしかない」

 

「このビームが、ギンギラのサーマルキャノンって事か」

 

数馬の分析に、弾が答えを結びつける。

だが、鈴やセシリアは納得していなかった。

そして同時に、二人は理解していた。理論的に考えるなら、それが最も正しい答えだということを。

 

「私が行く。この光の先にあるものを見なければ、結局の所全てがただの憶測のまま。確かめなきゃいけない」

 

どこまでも冷静に、簪が告げた。

 

セシリアはその生い立ち故に、常に他人を疑って生きてきた。だからこそ、一度信じた者たちを再び疑う事を怖がる。

 

鈴は、精神的に見ればこの中でもトップクラスの図太さの持ち主だ。だが、この中で最もステラと長い時間を過ごしていた。それが故にステラを信じ過ぎている。

 

それに対して簪は、暗部の家系で育ち、優秀な姉と比較されながらも己を高め育ってきた。ステラの事を信じていない訳では無い。だが、時には疑わねばならない事を理解していた。

 

セシリアや鈴と比べて、簪の思考に感情論は存在していなかった。

 

「あぁ、任せた」

 

数馬がそう告げると同時に、簪は光に逆らい進み出した。

迫り来る光を、時に弾き、時に躱しながら前へと進む。

 

そして、唐突に光が止み、簪はその隙に更に進む。

 

そしてその先に広がっていた景色は、簪が予測していたよりも数段酷い状況であった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ………簪?」

 

予想出来ていたにも関わらず、そうであって欲しくなかった。

 

簪の予想通り、ステラの瞳は赤黒く濁り、好戦的な笑みを浮かべていた。

 

「何?簪も私とやるの?」

 

まるで友達とゲームをするかの様に笑うステラに、背筋が凍った。

 

「今ね?やっとクロエさんが止まったんだ。多分死んではないと思うけど、それでも私の勝ち。それで、簪はどうする?私とやり合う?」

 

躊躇わずに、リングを再び正面に展開するステラ。

簪は、もはや声は届かないのだと割り切り、構える。

 

「そう言えばさ、知ってる?」

 

ステラは唐突に、簪に語りかけた。

 

「私のサーマルキャノンは、競技用に威力を落としてたって事」

 

「っ!」

 

簪も気付いていた。

 

初めてステラの暴走を見た時、デストロに対して放った一撃。

束の作った、IS学園のアリーナの装甲よりも強度の高い壁を、その熱量で溶かしてしまう程の力。明らかに自分と模擬戦をする時とは違う、相手を確実に仕留める為の一撃。

 

それが今から、自分に放たれる。

 

「あっ、あぁ………」

 

覚悟はしていたつもりだった。

だが、足の震えが止まらない。体が思う通りに動かない。

 

「…………はぁ。冷めるよ簪。なんでそこでビビっちゃうの?」

 

ステラは明らかに機嫌を損ねた。しかしその手から放たれる光は、消える所か尚一層強くなる。

 

「もういいや」

 

たった一言だ。

 

「死んじゃえよ」

 

たった一つの言葉が、簪の心を砕いた。

 

光が簪に届くその一瞬。白い光がその間に割り込んだ。

 

「金色白夜!」

 

光の壁がそこにはあった。

それに触れた瞬間、ステラの放った光は霧散し消える。押し寄せる光が、尽く。

 

「………一夏、邪魔しないでよ」

 

「悪いなステラ。お前にこれ以上、こんな事はさせねぇよ」

 

睨み合う二人。

そこに次々と、ISが降り立つ。

 

「ステラ?まさか、本当にあんただったの?」

 

「………はぁ」

 

鈴の語りかけに、ステラは苛立った様にため息をついた。

 

「ステラさん!何か言って下さい!」

 

「あーあ。白けたよ……」

 

セシリアの叫びに、呆れた様に声を漏らした。

 

「ス、テラ……」

 

「ラウラ………………うっ?!」

 

ラウラを見た瞬間に、ステラは突然地に膝をつき、頭を抑えた。

 

「ぐっ?!待て、出てくるな!まだ、私は…………

 

 

 

 

私は…………何を、していたの?」

 

その目が、いつもの透き通る様な青に戻った。

 

「ラウラ?それに、皆…………っ?!クロエさん!どうしたの?!」

 

ステラはクロエに駆け寄り、その体を抱き寄せる。

まるで自らの行いでは無いかの様に。

 

「誰?!誰がクロエさんにこんな酷いことをしたの?!ねぇ!!」

 

いや、事実そうであると、ステラは思い込んでいた。

 

ステラを深く知らぬ者なら「どの口が言うのか」と糾弾しただろう。

だが、ここにいるのは皆ステラの友であり、それを告げる事で、ステラの心を壊してしまうのではないかと恐れていた。

 

友ならば恐れる。友ならば、だ。

 

「まだ分からない"ふり"をしているのかい?」

 

唐突に、男の声が響いた。そしてステラのすぐ側に赤い光が舞い降りた。そして光が爆ぜる。

 

「デストロ…デマイド!」

 

そこには、今までステラと数度衝突し、戦った男が黒いISを纏い立っていた。

 

「お前がやったのか!クロエさんにこんな!」

 

ステラはそう叫び、クロエを抱き締める手に力を込める。

 

「何を言っている。確かに彼女を焚き付けたのは僕だ。けど彼女を傷付けたのは「やめろ!」「それ以上言うな!」、はぁ…邪魔だな」

 

デストロの言葉を止めんと駆ける弾と数馬に、デストロは赤い光弾を放ち動きを止める。そして同時に動きの遅れていた者達にも牽制の光弾を放つ。

 

「もう一度言おう。クロエ・クロニクルを傷付けたのは、ステラ・ターナー。君自身だろ」

 

「………………え?」

 

デストロの言葉に、ステラは間の抜けた声を漏らした。

 

「違う!ステラは悪くない!」

 

一夏が必死にステラの意識を引き戻そうとするが、その耳には今なんの音も聞こえていなかった。

 

「……私が?私がクロエさんを、傷付けた?

なんで、そんな、だって………」

 

ステラは必死に、考えた。

 

誰が悪い、誰のせいだ、と。

 

果てのない思考の末に、ステラは己の中の封じていた記憶を鍵を、開いてしまった。

 

「そんな、私が………"また"、なの?」

 

「またって…………ステラお前、まさかあの日の事を?!」

 

数馬が問う。

だが、その問いに帰ってきたのは、答えではなく困惑だった。

 

「ねぇ、数馬は知ってたの?

もしかして、皆は、知ってたの?」

 

困惑は疑惑に変わり、心は疑心に覆われた。

 

「どうして、私だけが、知らなかったの?去年のクリスマスに、一体私に何をしたの?!」

 

何も信じられなくなっていた。

 

どうして誰も否定してくれないのか。

どうして自分だけが何も知らないのか。

どうして自分だけがこんな目に遭うのか。

 

「ステラ!」

 

その時、力強い声が響いた。

その声にデストロは舌打ちをし、ステラから離れた。

 

「ステラ無事か?!おい、どうした!」

 

千冬はデストロに構わず、ステラを抱き締める。

 

「ねぇ、千冬さん。私ね?思い出したの」

 

「何の事だ?何を言ってるんだ?」

 

千冬は優しく問いかける。だが、顔を上げたステラの顔は、絶望に染まっていた。

 

「あの日、鈴が殴られた事に怒って、あの人達に酷いこと、した…」

 

「っ?!何故、その事を!」

 

千冬は、デストロを睨んだ。

 

「貴様か……貴様がステラの記憶を!」

 

睨まれた本人は飄々と答えた。

 

「皆して僕を悪者扱いかい?

そもそも、君と束が記憶を封じるなんて事をしなければ、彼女は今傷付いていなかったはずだろ?彼女なら乗り越えられない出来事では無かったはずだ」

 

デストロは大振りな仕草で、あえて千冬を煽る様に語る。

 

「だが君達は彼女を信じる事をせず、その記憶を封じた。

だが人間の脳はそう都合よく出来ていないんだ。封じた記憶は何かの拍子に蘇る。特にその時に近い状況だとね」

 

デストロの言葉に、千冬は先程まで燃え盛っていた心を鎮め立ち上がり、スーツの内側のポケットからトリガーを取り出した。

 

「デストロ・デマイド。貴様を斬る」

 

「前にも言っただろう。君では無理だ」

 

デストロが次の言葉を発するより前に、不可視の刃がゼニスの装甲の表面に傷を入れた。

 

「っ?!空気の刃、だと?

 

フッ。まさかそんな不完全な兵器で白騎士同等の力を使うとは…」

 

トリガーを展開していた千冬が、孤月の切っ先をデストロに向けて低い声で唸る様に告げた。

 

「七年前にも言ったはずだ。

貴様を、私のこの手で斬ると」

 

悪魔と剣鬼が、今ここに衝突する。


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