インフィニットストラトス ~空から降ってきた白銀と少女~ 作:鉄血のブリュンヒルデ
「んっ……もう朝?」
ゆっくりと目を覚ました簪は、カーテンから漏れる光に目を細めた。
「ラウラ、またいる」
隣のベッドには、もはや恒例となった光景がある。そんな微笑ましい光景を見ながら、簪は頭の中で今日の予定を確認していた。
「まずは本音と一緒に実家に帰る。そして、家で食事をして、倉持技研によって、ホテルに泊まって……この先は別に何も無いか」
そんな事を呟きながら、洗面所に入り歯磨きや洗顔、軽いメイク等をしていた。その時。
「うわぁぁ?!ラウラ?!///」
同室のステラが目を覚ました。そして、布団に忍び込んでいたラウラに気が付いたのだろう。間抜けな声で叫んだ。
「ステラ、おはよう」
「あ、簪!おはよう!って、そうじゃなくて!なんでラウラがいるのに言ってくれなかったの?!」
一瞬普段通りに戻ったと思いきや、また騒ぎ出す。とても忙しい様だ。
「寝てたから」
「なら起こしてくれればよかったじゃん!」
「起こしてもその時点でラウラに気が付いて同じリアクションをとるでしょ?そのパターンはもう、五回くらいやってるよ」
「でもでも!でもぉ…………///」
反論は返って来ないと分かったのか、簪は着替えの為にクローゼットを開いた。
「あれ?今日、どこかに出かけるの?」
「うん。久しぶりに家族で食事。本音も行くから、今日はラウラと一日イチャイチャしててもいいよ」
「っ?!///」
反応を楽しんでいるのか、簪の口角が少し上がる。
「簪。あまり私の嫁を弄ってやるな」
その時、ラウラが体を起こした。それだけなら問題は無かった。しかし、その格好が完全にアウトだった。
「だから、なんで毎回裸なの!///」
そう言われたラウラは、少し不機嫌そうな顔になりながら反論した。
「ムッ、失敬な。今日はちゃんと下着は着ているぞ。裸ではない」
「そういうことじゃないの!ちゃんと服着てよ!」
普段から何度も経験しているのだが、ステラは一向に慣れない。元が純粋だからか、それとも恋人を意識し過ぎるが故なのか。
「夫婦だからいいだろ」
「まだ夫婦じゃないってば!」
「まだ、な?」ニヤニヤ
「なっ?!///」
これまた恒例となった会話だ。それを聞き流しつつ、簪は着替えを終えた。
「簪、その服新しく買った?」
「ううん。なるべく整った格好で来なさいって言われてるから、この服にしたの」
「なるほどね。とりあえず、頑張ってね!」
「ステラもね」
「その話はもういいの!///」
ステラを茶化しつつ、内心で心を固めていた。
(確かに、頑張らなくちゃね)
簪はステラの声を背に、部屋を出た。そして校門のあたりで本音と合流し、モノレールで本島に戻る。そこから新幹線に一時間程揺られ、そこから迎えの車に乗って、二人は更識家の家に着いた。
「四ヶ月ぶりだねぇ」
「うん」
簪は短く返すと、そのまま門を潜って屋敷内に入った。
「お嬢様。おかえりなさいませ」
「ただいま、虚さん」
そこには、着飾ってはいないものの、どこか華やかさを感じさせる着物を着た虚が立っていた。
「お姉ちゃんは?」
「執務室にいらっしゃいます」
「ありがとう。本音は先に行ってて」
「いやぁ、先にお姉ちゃんと話してから行くよぉ」
本音は、そう言いながら虚と一緒に奥の部屋へと入って行った。
…………………………
本音と別れた簪は、執務室の前に来ていた。
「……えぇ、分かっています」
ノックをしようと手を上げた時、部屋の中から声が聞こえた。
「ステラ・ターナーの監視は、引き続き行います。未登録のISを持つ彼女は、政治的にも軍事的にも、無視できませんから」
「っ?!」
簪は思わず耳を疑った。学園であんなにステラを可愛がっている姉が、そんな任務を受けているという事を示唆する言葉が、信じられなかったからだ。
「いいえ。彼女のISには人工知能が搭載されているので、データの入手は不可能です。男性操縦者のISにも、コア人格の発達が見られます。同様にデータの入手は困難です。……えぇ、ではまた」
ガチャッ
「お姉、ちゃん?」
「っ?!」
突然声をかけられて、楯無は扉の方を見た。そこに表情を強張らせた簪が立っている事に、更なる衝撃を受けた。
「簪ちゃん………今の、聞いたの?」
「ねぇ、ステラを監視ってなに?どうして監視する必要があるの?ステラが、テロなんかすると思っているの?」
簪の問いに、楯無は表情を曇らせた。
「簪ちゃん。私達は日本の影そのものの様な家系よ。日本政府が危険視する者が例え身内でも、私にはそれを徹底的に調べて、真実を明らかにする義務がある。そこに、私情を挟む余地は無い。それが、楯無の名を継ぐという事なの」
楯無は、そう言いながらステラの資料を取り出した。
「分からないよ。そこまでして、この国を守る意味はあるの?人一人まともに信じられないような国に、信じる価値があるの?!」
「……だから、それは楯無を継いだ者として「違う!」っ…簪、ちゃん?」
楯無の返答を、簪が遮り、更に続けた。
「私は、更識 楯無に聞いているんじゃない。私の姉の、更識 刀奈に聞いてるの!」
「っ!………更識 刀奈は、もういないわ。その名前は、捨てたの」
「それでいいの?!お姉ちゃんには、約束があるんじゃないの?!希望を捨てないって、約束したんでしょ?!」
簪の感情は、更に昂ぶる。その熱は静まる事無く、簪の心を業火の様に燃え上がらせた。
「楯無の名を継ぐ前に、誰かと約束したんでしょ?!何があっても、名前を捨てたとしても、絶対に希望だけは捨てないって!その約束を、お姉ちゃんは無視するの?!」
「その事は今、関係無いでしょ?」
「あるよ!名前を捨てたから何?お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ?!私のたった一人のお姉ちゃんだよ!」
その瞬間、楯無の………刀奈の中で何かが弾けた。そのまま立ち上がり、簪に詰め寄って感情を爆発させた。
「簪ちゃんに何が分かるの?!次女と言うだけでこの責務を逃れた貴方に、私の苦悩が分かるの?!私だって、普通に生きたかった!それすらも私には許されない!私には、そんな権利は無いの……」
姉の絶叫に、簪は唖然とした。そこにいたのは、常に含み笑いを浮かべて、誰に対しても親しく接する楯無ではなく、笑顔の仮面の下で苦しむ刀奈だと気が付いたからだ。
「私には、お姉ちゃんの気持ちは分からないよ」
簪はか細く、だがはっきりとそう言った。
「この世の誰も、誰かの気持ちになる事は出来ない。けど、思いやる事は出来る。私の大好きなヒーローは、そう言うんだ」
簪の言葉の真意が、刀奈にも、楯無にも分からなかった。
「つまりね………辛いなら、私に吐き出しても良いんだよって、事」
「っ?!」
簪は姉の目をしっかりと見て言った。それは刀奈でも楯無でもない。ただ一人の自らの姉の目だ。
「私だけじゃない。虚さんや本音、ステラだって受け止めてくれる。だから、苦しくなったら、いつでも泣いたっていいんだよ」
「あ、あぁ………あぁぁぁぁ!」
少女は、その場に崩れ落ちた。嗚咽を漏らし、涙を流す。決してもう誰にも見せまいと封じてきたその全てを、目の前の妹に晒した。
「辛かったね。頑張った事は、皆が知ってるよ。だから、今日は思う存分、泣いても良いんだよ」
少女は、ひたすらに泣いた。今まで溜め込んだ全てを吐き出す様に。
「………これで、やっと仲直りだねぇ」
「そうね。これで、お二人はまた姉妹に戻れた…………全く、不器用なんだから」
その従者は扉越しに、その感情をしっかりと受け止め、抱きしめた。