インフィニットストラトス ~空から降ってきた白銀と少女~ 作:鉄血のブリュンヒルデ
「ねぇねぇ数馬。今日一緒に出掛けない?」
朝、食堂で軽く朝飯を済ませてコーヒーを飲みながら本を読んでいた俺に、シャルロットが声をかけてきた。
「俺も今日はフィリップを束さんに任せているから暇だからいいが。何処にだ?」
俺の愛機フィリップは、セカンドシフト時に発現した能力であるファングの暴走のリスク軽減の調整の為に束さんの所に預けてある。確か弾も預けてた筈だ。二機とも、ISの通信機能を介せばコアの人格と会話が出来るらしく、他のISへの導入の為にもデータをとりたいという思いもあるらしい。
「実は、あのレゾナンスの近くの城址公園にあるクレープの屋台があって、そこのミックスベリーが人気らしいんだ。食べてみたいんだけど、一人で行くのも寂しいし、誰か一緒に行かないかなって」
「なるほどな。いいぞ」
ちょうど暇だったんだ。それに……いや、これ以上は無粋か。
「あ、でも、その前にレゾナンスで買い物したいんだけど、いい?」
「あぁ。程々にな」
レゾナンスか。最近頻繁に行くようになったな。まぁ、大概はアイツらのお守りみたいなもんだが。
…………………………
さてと。来たはいいが、俺は別に買いたい物がある訳では無いから、シャルロットの隣に立つくらいか。
「ねぇ数馬。ここの近くにコーヒーの豆を売ってる店があるって聞いたんだけど本当?」
「ん?あぁ、あるぞ。月に一度程行くが、落ち着いた雰囲気の店内と気の利いた店主のいるいい店だ」
実際に俺はその店に豆を買いに行く。あそこにある豆は、常に最高の状態に保たれている。そのまま店内で淹れば、最高のコーヒーが生まれるだろう。
「それがどうしたんだ?」
「今度僕もコーヒーを淹れてみたいんだ。数馬ならどんな豆がいいとか分かるかなって思ってさ」
なるほど。いつもコーヒーを淹れている俺に聞こうと思った訳か。判断としては正しいが、俺としては答えられないな。
「……なるほど。だが生憎、俺はどれが良いかは分からない」
「そっかぁ流石に数馬でもそこまでは「豆を選ぶというのは本を選ぶのと変わらない」え?」
「親父の言葉だ」
今や敵となった親父の言葉を自然と零す。あの人の言葉は俺の中にいつまでも巣食っている様だ。
「人は本を選ぶ時、その題名や表紙。そして不思議と惹かれる何かを感じる物を選ぶ。豆も同じだ。その豆の名前やその置かれ方。そしてこれだという不思議な感覚。俺が初めて自分の豆を選んだ時はそうした」
結局は借り物の言葉だ。シャルロットの心に何かを刻めればいいんだがな。
「そっか……じゃあ、数馬には道案内をお願いするよ。豆は僕自身で探してみる!」
「あぁ、分かった」
俺たちはそんな会話をしながら歩みを進め、一つの店の前に着いた。
「ここは?」
「ここはアクセサリーショップだよ。流石にピアスとかは無理だけど、ネックレスくらいならいいかなって」
ネックレスか。そういえばコイツのISの待機状態もネックレスだったな。
「ねぇ数馬。せっかくだしペアルック買わない?」
「ペアルック?俺とか?」
「うん。僕は数馬のおかげで諦めなかった。だから、お礼の気持ちと、これからもよろしくって意味も込めて」
なるほどな。確かにいいかもしれないが、問題は値段だ。高校生の俺達に買える値段だといいが。
「えっと…お、これなんていいんじゃないかな?値段も安いし、デザインもいいし」
「それか」
なるほど。片方が青いイルカで、もう一つが桃色のイルカ。それらを合わせれば見事にハート型に……待て。
「これは恋人同士が買うものじゃないか?」
「え?あ、そ、それもそうだね!流石にこれは無いか!他の探そっか!」
俺としては別にいいのだが。まぁ次はシャルロットが選ぶ物に任せればいい。
「じゃあ、これとかは?」
それは指輪だった。赤い宝石の物と、青い宝石の物だ。
「これ店の人に言えばネックレスにもなるみたいだよ?」
「なるほど中々凝った装飾だな」
これはいいかも知れない。シャルロットも気に入っているようだし、これにするか。
「これにしよう。俺もこれが気に入った」
「本当に?じゃあ店の人呼んでくるね!」
その後シャルロットとネックレスを買い、レゾナンスを後にした俺達は先程話に出たコーヒー豆を扱う店。”origin”に来ていた。
「ここだ」
「凄い。こんな店って本当にあるんだ」
驚くのも無理は無い。この店は薄暗い路地の中にひっそりと隠れるようにその店先を構えている。普通はヒント無しにここへ辿り着くのは難しい。確かここを見つけたのは、中二の冬休みだったか。
「中では大きな声を出すのはご法度だ。まぁ普段通りで大丈夫だから気を張る必要は無い」
「う、うん」
まだ何処か緊張気味のシャルロットを連れて、俺は店の中へと入る。扉を開けると、微かなコーヒー豆の香りが、照明が醸し出す独特の温度に乗って鼻腔を擽った。
「ん?おや、数馬君か。今日は彼女さん連れかい?」
「いえ、学友です」
俺がそういうと、シャルロットは前に出て会釈をした。俺に話しかけてきたのは、ここの常連の城嶋さんだ。俺より長くここに来ていて、よく色んな話を聞かせてくれる。
「マスターなら奥の倉庫だよ。なんでも数馬君に渡したいものがあるそうだ」
「そうですか。ありがとうございます。来週あたりにもう一度来るので、その時は色々な話を聞かせてください」
「いいよ。今回は結構面白い話があるんだよ」
それは楽しみだ。俺は城嶋さんに会釈をしながら横を抜ける。すると、コーヒー豆特有のなんともいえない香りが更に漂ってきた。
「倉庫って、ここ?」
シャルロットに聞かれ、俺は頷く。俺は目の前にある扉を開き中へと入る。
「マスター」
俺がそう言うと、店の奥から少し物音がした。
「ん?おや、数馬か。いらっしゃい」
棚の陰から出てきたのは、まるで探偵映画に出てくるカフェのマスターをそのまま抜き出した様な人物だった。
「この人が?」
「あぁ、この店の主の結城 信也さんだ」
彼は、俺の憧れる人のうちの一人だ。その立ち姿や、客との間にある不可視の壁。男として持ち合わせるべき物を、この人は持っている。
「ほほう。数馬も隅に置けないな」
「違いますからね」
やはり、女子を連れて歩くとこういう事を言われて苦手だ。それが例え、好意的に思っている相手でもな。
「そういえば、俺に渡したい物があると聞いたんですが」
「あぁ、そうだったな。これだ」
マスターはそう言いながら近くの棚から一つの箱を取り出して俺に手渡した。
「これは?」
「開けてみろ」
俺は言われた通りに箱の蓋を開けた。そこには、一つの帽子が入っていた。
「これは?」
「壮吉が居なくなる間際に私に渡した帽子だ。もしもの時は、これをお前にとな」
「もしもの時?なら、何故今なんですか?」
俺には、この人の考えが読み取れなかった。いつもそうだ。この人は、他人との間に確固たる壁を築いている。それは拒絶ではなく、ボーダーラインだ。親父はそう言った物を持っている人間のそれより先を”心の不可侵領域”と呼んでいた。
「実は先日、一人の男が尋ねて来てな。彼は最近壮吉と会ったと言った。アイツは死んだ筈だ。葬儀にも出たから事実確認は済んでいる。それが今になって何故か。そう考えた時に、アイツの言葉を思い出した」
ここを訪れた男。恐らくはデストロ・デマイドだ。奴の思考は俺には読めない。読みたいとも思わないが。
「さて。こんな暗い話は終わりだ。今日は何の用だったんだ?」
「あぁ、コイツがコーヒーを淹れてみたいと言うんで、ここに連れてきたんです」
「なるほどな。なら店内に戻ってくれ。あそこにある物の方がいいだろう」
俺達は再び店内に戻る。そこに並んだコーヒー豆達が、今か今かと待ち侘びている様に見えて面白い。
「数馬から選び方は聞いたかい?」
マスターが豆を眺めるシャルロットに声をかける。するとシャルロットの手には一つの瓶が納まっていた。
「これだと感じた物、でしたよね?」
シャルロットの手の中にある瓶のラベルを見て、マスターが目を少し見開いた。
「数馬。お前自分の豆の名前を教えたのか?」
「いえ、教えてませんけど」
俺はまさかと思い、シャルロットの手の中の瓶のラベルを見た。そこには”
「これは俺の知り合いが作ったんだ。これでこれを選んだのは四人目か」
「ねぇ数馬、これでいいかな?」
「決めるのはお前だ。どうする?」
俺が聞くと、シャルロットは笑いながらすぐに答えた。
「これにするよ!」
…………………………
「すみませーん、クレープ二つ下さい。ミックスベリーで」
そして場面は変わって城址公園クレープ屋。もう日が沈みかけているな。
「あぁー、ごめんなさい。ミックスベリーはもう終わっちゃったんですよ」
「あ、そうなんですか。残念……。数馬、どうする?」
なるほど。随分と意地の悪い店主だな。
「ストロベリーとブドウをくれ。一つずつな」
「はい、分かりました」
少し笑った。やはりか。俺はそのまま料金を払い、近くのベンチに腰掛けた。
「どっちがいいんだ?」
「うーん。じゃあイチゴ」
シャルロットはそう言いながらイチゴのクレープを受け取った。
「これ美味しいな。今度アイツらにも教えてやるか」
「そうだね。ラウラとかが食いつきそうだよ」
笑いながらクレープを頬張るシャルロット。その頬に、クレープのクリームが付いているのを見つけて、俺はそれを指ですくった。
「うわぁ?!なに?!///」
「いや、クリームが付いていたんでな」
俺はそれを舐めて、再びクレープを食べる。
「気を悪くするな。はら、俺のもやるよ」
「いいの?」
聞き返すシャルロットに頷く事で答えた俺は、それを差し出した。
「んっ………こっちも美味しいね」
笑いながら言うシャルロットに、俺は答えを教えることにした。
「シャルロット。ミックスベリーは美味かったか?」
「え?」
気付いてはいなかったか。まぁ、その方が面白いか。
「このクレープはブドウだ。厳密に言えば違うが、ブドウによく似ていて、ベリーと名のつく果物はなんだ?」
「え?………あぁ、ストロベリーとブルーベリー?!」
「ご名答」
俺の言葉に、シャルロットが納得したようにウンウンと首を振る。
「そっかぁ。ブドウをブルーベリーに見立ててそれでミックスベリーか」
「そういえば、これは恋人とする願掛けの様な物だったな。俺とで良かったのか?」
「…もう。人の気も知らないで」ボソッ
その時、シャルロットが小さく何か言った。
「ん?何か言ったか?」
「ふぇ?!あ、なな、なんでもないよ?!」
俺が聞き返すと、シャルロットは慌てて否定する。だが次には急に静かになり、しっかりと俺の目を見て口を開いた。
「いや、あるよ………。僕は、数馬の事が好きなんだ」
聞き間違いかと、一瞬耳を疑った。だが、目の前のシャルロットの赤く染まった顔を見るに、どうやら違うらしいな。
「俺は半端者だ。お前を幸せにすることは出来ない」
「半端者だとか、そんなの関係ない!僕はただ、今目の前にいる数馬が好きなんだ!」
そうか。コイツはこんな思いを抱えていたのか。ならば俺も、それに答えなければならないな。
「さっきも言ったが、俺は半端者だ。俺一人の力でお前を幸せにすることは出来ない」
「だから、そんなの!「まぁ聞け」え?」
「俺が幸せにするんじゃない。二人で幸せになろう」
「え?」
シャルロットの顔から緊張が抜ける。それと同時に間の抜けた声も出てきた。
「このミックスベリーだってそうだ。例え一つ一つが完成していても、二つ揃わなければ意味を成さない。だから、俺たちも一人で完成である必要は無いんだ」
「どういう、こと?」
「あー、つまりだな」
ここまで言って伝わらないのか。まぁ、シャルロットも困惑しているだろうから仕方が無いか。
「俺が少しでも完成形に近付ける様に、俺と一緒にいてくれ」
この言葉を聞いた瞬間、シャルロットの目頭から一筋の涙が流れた。
「いい、の?」
「あぁ、むしろこちらから言うべき事だったのにな」
シャルロットは泣きながら、俺に抱きついてきた。
「ありがとう、ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとう」
俺は、シャルロットや皆を守りたい。今その気持ちが高まった。今までより強く、そして高く。
「数馬……大好きだよ」
「あぁ、俺もだ」
俺達の舌には、ストロベリーとブルーベリー。ミックスベリーの甘酸っぱさが残っていた。それは俺達を表している様で、今この瞬間、この甘酸っぱさをもっと長く感じたいと強く思った。
半端者のハーフボイルド?上等だ。ならば俺は足らない物をシャルロットや皆が補う。皆の足りない何かを俺が補う。きっとそれが、俺達の完成形であると信じて。