インフィニットストラトス ~空から降ってきた白銀と少女~ 作:鉄血のブリュンヒルデ
「おぉーーーー!海だー!」
バスの窓に張り付き、ステラが目を輝かせながら歓声を上げる。
「ねぇラウラ!海だよ!ねぇ海!」
「あぁ。そうだな」
ラウラはそんなステラに癒されながらも、返事をする。
「そこ、ちゃんと座れ。小学生か」
「だって!海なんてまともに見るの初めてなんだもん!」
「そうなのか?」
ステラの言葉に、ラウラは不思議そうに首を傾げた。
「うん。一夏の家に入ってからは私自身がドタバタして行く暇なかったし」
「ならいつか皆で行こうよ」
その会話に、後ろからシャルロットが参加する。
「それいいね!」
「いや、というより今から行くんだろ」
「もう!一夏は分かってないなー!臨海学校は学校の行事じゃん!皆で行くから良いの!」
一夏の言葉に、ステラは拗ねた様に言った。
「そろそろ到着する。全員しっかり席につけ」
「「「「「はーい!」」」」」
千冬の言葉に、バスに乗っている全員が返事をする。そして程なくして、一行は宿泊する旅館『花月荘』に到着した。
「ここがお前達の宿泊場所だ。くれぐれも従業員に迷惑をかけないように!」
「「「「「はい!よろしくお願いします!」」」」」
「うふふ。今年の一年生も元気があっていいですね」
そう言って旅館の女将は微笑む。
「あら、こちらが噂の……?」
一夏達男子組に目を向けた女将さんが千冬に尋ねる。
「ええ、まぁ。今年は男子が教員を含めて四人いるせいで浴場分けが難しくなって申し訳ございません」
「いえいえ、そんな…それに、三人共しっかりしているじゃないですか。それに、津上さんも」
「そう言って貰えて助かります。三人共、挨拶をしろ。津上先生も」
そう言って千冬は少し後ろに下がった。
「織斑 一夏です!よろしくお願いします!」
「五反田 弾っす。よろしくです」
「御手洗 数馬です。よろしくお願いします」
「あ、俺も?津上 翔一です!」
「うふふ、ご丁寧にどうも」
そう言って女将はまた丁寧にお辞儀をした
「不出来な弟と生徒がご迷惑をかけます」
「あらあら…織斑先生ったら、三人にはずいぶん厳しいんですね」
「いつも手を焼かされていますので……ほら、お前たちも荷物を取ってこい」
そう言われて男子生徒三人はバスから自分の荷物を取った。そしてそれを見て千冬は全員に指示を出した。
「部屋割りは既に頭に入っているだろう。部屋で荷物を置いた後、自由行動とする。では解散!」
「「「「「はい!」」」」」
千冬の号令に、全クラスが動き出した。
「なぁ、千冬姉」
ギロッ
「………織斑先生、俺達の部屋って何処ですか?」
一夏は千冬に睨まれ、呼び方と態度を改めてからもう一度訊く。
「貰った部屋割りに書かれていないんですが」
「お前達の部屋は教員部屋だ。盛った女子生徒が夜布団に忍び込んできても困るだろう?」
「あー、そういう」
「あざーす」
千冬の言葉に、数馬と弾が答える。そしてそのまま四人は旅館の建物に入って行く。
…………………………
「ねぇ~、一番星ちゃ〜ん」
「ん?どうしたの?本音」
小さなバッグを肩から下げたステラに、後ろから本音がゆったりと声をかけた。
「今から海行くの〜?」
「うん。そうだよ」
「一緒に行こ〜?」
「うん!いいよ」
本音の問に、ステラは笑顔で答えた。
そして、ステラと本音が更衣室に向かっていると、渡り廊下の横の地面に、うさ耳が刺さっていた。
「もうこれだけで分かっちゃう私は重症かな」
「わ〜、うさぎ博士だ〜」
あの食事会以来、本音は束の事をこう呼んでいる。
「抜こうかな…」
ステラが少し疲れた様に歩いて行き、うさ耳を引っこ抜いた。
「ありゃ?」
キィーーーーーンッ!
しかしそこに束の姿は無く、そのタイミングで上空から空気を切り裂く様な音が響いた。
「そっちかー…」
ステラの呟きと同時に、目の前に人と同じくらいの大きさのニンジンが突き刺さった。
「やっほー!スーちゃん久しぶりー!」
「うわぁ?!」
突き刺さったニンジンの一部が展開し、そこから束が飛び出して来た。
「ねぇスーちゃん!あれから何も無かった?!」
「え?まぁ、大した事は。どうしたんですか?」
「え?あ、いや、別に無いならいいんだよ!ただスーちゃんはすぐに無茶するから心配だっただけだよ」
束は話を濁した。それを不振がりながも、ステラはいつもの事と割り切った。
「それと、箒ちゃん見てないかな?」
「え?箒ですか?旅館の方じゃないですか?」
「そっか♪ありがと!じゃあまた後でねー!」
束はそう言って旅館の中に消えた。
「相変わらずだね〜、うさぎ博士は」
「千冬さんに見つからなければいいんだけど。とりあえず、行こっか」
「うん!」
ステラと本音は、ゆったりと更衣室に向かった。
…………………………
「いやっほーーーー!」
ザパァァァンッ!
「ハハハハッ!皆ー!これ楽しいよー!」
海面から顔を出したステラは、崖の上にいる一夏達に叫んだ。
「おっしゃ!私も行くわよー!」
ステラに応え、鈴も助走をつけて海に飛び込んだ。
ザパァァァンッ!
「どう?!」
「最っ高!」
鈴は笑顔で答えた。
「そろそろ戻ろうぜ?のほほんさん達が呼んでる」
「本音が?!今行くー!」
ステラは平泳ぎで近くの岸まで泳いで渡り、後ろの鈴を引き上げた。
「さてと、行こっか!」
「うん!」
ステラは鈴と手を繋いで走り出した。
「一番星ちゃーん、こっちだよぉ」
「うん!」
近くの砂浜では、本音達がビーチバレーをしていた。
「一番星ちゃんもしよぉ?」
「うん!やるやる!」
中にいた一人の生徒と交代して、ステラは構えた。
「いっくよー!」
それから三十分程、互いに拮抗した状態で試合をしていると。
「ビーチバレーか。中々活発だな」
「千冬さん!千冬さんも一緒にやろー!」
「織斑先生だ。まぁ、今はいいか」
千冬は笑いながらコートの中に入った。
「おい、そこの男子三人も入れ。それと、津上先生もどうですか?」
千冬は近くにいた一夏達と翔一に声をかけた。
「え?いや、いいけど人数足りなくね?」
「大人二人とも子供四人。丁度いいハンデだろ」
(千冬さん、もしかして津上先生と一緒にやりたいだけなんじゃ)
ステラはそんな事を考えていた。何故ステラがこう考えたかと言うと、それは臨海学校の二日前の夜。
…………………………
「なぁ、ステラ」
「ん?どうしたの?千冬さん」
ステラが千冬の自室で荷造りをしていると、千冬が唐突に真剣な顔でステラを見た。
「最近、妙に津上先生を意識してしまうんだ。確かにあの人に料理を習いたいとは思うが、ここまで意識するのはおかしいと思うんだ。そこら辺、お前の意見を………おい、何故そんなに目を輝かせている」
自分の状態を話しながらステラの顔を見た千冬は、ステラの目がキラキラと輝いている事に気が付いた。
「それは恋だよ!千冬さん津上先生の事好きなんだよ!」
「なっ?!」
「そうと決まれば、レッツアプローチ!」
「ま、待て!決めるのが早すぎるぞ!」
「あれ?否定しないの?」
千冬は顔を真っ赤にした。あのいつも冷静な千冬がだ。
「だとしても、私等では釣り合わんだろ!」
「世界最強ブリュンヒルデが何言ってんの?!大丈夫だよ!千冬さん綺麗だもん!」
「き、綺麗?!私がか?!こんな、戦いばかりの女がか?!」
「どんだけ自分を低く見てんの!」
千冬の自虐に、ステラは飽きれた様に言う。
「あのね?そういう気持ちには素直になった方がいいんだよ?」
「そ、そうなのか?」
…………………………
(とは言ったものの…………素直になり過ぎでしょ)
ステラは構えながらも、心で苦笑した。
「皆、行くぞ!」
「あぁ、叩き潰す!」
「俺達が終わらせる」
「なに、この無駄な決戦感…」
「フッ、お前達が私を倒す?寝言は寝て言え」
「あの、織斑先生?」
男子組と千冬のふざけに付いていけないステラと翔一はただ困惑するしか無かった。
「せーーっの!」
一夏は、ボールを高く投げて飛び上がった。
…………………………
「おぉー!相当豪華だな!」
「ポテトはねぇのか…」
「流石はIS学園が使用する宿、と言った所か」
「お、お刺身!それにこのマグロ、身が引き締まってる!超高級食!」
「それは中々、美味しそうね」
「うん。凄く美味しそう」
「わぁ、お刺身だぁ」
旅館の夕食はかなり豪華だ。その食事に日本料理に慣れた者は息を飲んだ。だが、セシリア等の外国から来た生徒達はその料理の気品と美しさに目を奪われた。
「なんと落ち着いた気品っ!」
「こんな料理、中々ありつけないよ」
「日本の料理とは、ここまで美しいのか」
「美味い!本わさが効いてる!」
「本わさ?ねぇ数馬、本わさって何?」
「単純に言えば、国産のわさびだ。市販で売られているものは、輸入品や粉末にしたわさびを練ったチューブのものが多いからな。それと区別するための呼び方だ」
「ふーん………それじゃあわさびって?美味しいの?」
「あぁ、美味いぞ」
「へー、この緑のがね……」
そう言いながらシャルロットは箸でわさびを掴み、口に運んだ。
「っ?!か、からひ…っ!」
「えぇ?!シャルロットそのまま食べちゃったの?!一夏みたいに、お刺身につけて食べるんだよ?」
「さ、さきにいっへ…」
「すまん。まさかそのまま食べるという発想に至るとは思わなかった」
「あ、でもステラも二年前に」
「わー!このお刺身美味しー!弾も食べてみて?!」
何かを言おうとした弾の口に、ステラが刺身を突っ込んだ。
「フフフッ、ステラさんも可愛い所がおありなのですね」
「わざわざ察しないでよー!」
ステラは顔を真っ赤にしながら手をブンブンと振った。それを暖かい目で、千冬が見ていた。
「織斑先生、以前から気になっていたんですけど、ターナーさんとはどの様な関係なんですか?」
「そうか。山田君には話していなかったな。知り合いに預けられたんだ。それ以来、家族として私の家にいる」
「そうだったんですか。大切になさってるんですね」
「あぁ」
素っ気ない言い方ではあったが、千冬の顔は、普段より格段に穏やかだった。