インフィニットストラトス ~空から降ってきた白銀と少女~ 作:鉄血のブリュンヒルデ
「行くよ一夏!」
「おう!」
二人は全速力でVTレーゲンに突っ込んだ。
「はっ!らぁ!」
「くらえ!」
二人の攻撃のスピードは、現行のどのISをも凌駕する。しかし、その攻撃をVTレーゲンはいとも簡単に躱していく。
「クソッ!やっぱり千冬姉のコピーだけあって速い!」
「でも、この動きは現役の千冬さんだから出来た動き。それをボーデヴィッヒさんの体でやるのは無茶だよ!」
会話をしながらも、二人の攻撃は加速し続ける。その攻撃を躱しきれないと感じたのか、VTレーゲンは高速でバックステップした。
「っ!今だ!」
「待って一夏!」
「っ?!」
ステラの声に止まろうとしたが、一度付いた加速はそう簡単に止まらない。一夏の動きに合わせて、VTレーゲンは右手をその方向に向けた。すると白式を纏った一夏の体は空中で停止した。
「VTシステムを発動してても使えるなんて!一夏を放せぇ!」
ステラはAICで一夏を拘束するVTレーゲンに拳を振るう。しかし、今度はその方向に手を向けると、ステラの高速移動さえも拘束した。
「そんな…。AICは意識を一点に集中させなきゃ使えないんじゃ?!」
「な、なんだこれ!体がっ!」
「な、何?!」
ステラは驚愕しながらも次の攻撃に備えたが、次のVTレーゲンの行動に更に驚愕した。AICで縛られていたステラ達の体は、空中で自分の意志とは無関係に大の字にさせられた。
「どう、して?AICは空間自体を停止させるだけじゃないの?!」
ステラの疑問に答える者は無く、VTレーゲンは静かに黒い物体で形成された雪片を構えた。そして雪片からは鈍い赤色の光が放たれた。
「まさか、零落白夜まで再現したの?!」
「ステラ!」
「ステラを、放せぇーーー!」
その時、VTレーゲンを大量のミサイルが襲った。
「はぁ、はぁ…。助かった、のか?」
「ありがとう簪」
「ううん。二人とも無事でよかった。それより…」
ミサイルの主は簪だった。簪は二人を立たせると、VTレーゲンを見た。
「VTシステムを使ってまで勝ちたいなんて」
「違うよ簪。ボーデヴィッヒさんは自分から望んだんじゃないと思う。起動させたのはボーデヴィッヒさんなんだろうけど、多分がむしゃらだったんじゃないかな」
「がむしゃら?」
「負けるのが怖くて、もっと強くなりたくて。その心にあの人はつけこんだんだと思う」
「あの人って、誰?」
「その事はまた後で。今はとりあえず目の前の事でしょ?」
ステラが戦闘への集中を促すのと爆炎と砂煙をVTレーゲンが切り裂くのは同時だった。
「さっきので無傷かよ」
「いや、きっと修復したんだよ。あれ形状定まってないから」
ステラの言葉を肯定する様に黒い物質を波打たせた。
「さっきの攻撃で分かったけど、あれを削れるのは零落白夜だけじゃなくて威力の高い攻撃でもいいみたいだね。サーマルキャノンはチャージに時間がかかるから、削るのは二人にお願いしたい。私が前衛で気を引くから、その二人は準備して、隙を見つけて攻撃して」
「うん!」「了解!」
「それじゃ、行くよ!」
ステラの掛け声と共に、二人は行動を開始した。ステラは目にも止まらぬスピードでVTレーゲンに攻撃を仕掛けた。VTレーゲンはその対処をしながらも二人にも警戒していた。だが、拳を一度振るう度に速く鋭くなる攻撃に、VTレーゲンの意識はステラ一人に向いていく。
「うっ、はぁ!らぁ!」
『マスター、あまり無茶を為さらぬ方が』
「無茶でもしなきゃ勝てないでしょ!」
『しかし!』
「あーもう!うるさい!」
そう言ったステラの顔は苦痛に耐える様な表情になり、目はだんだんと内側から赤黒くなっていく。
「仕留める!今度は逃がさない!シフト!スピード!パワー!」
リミットブレイクで強化されている上でシフトを使い、超強化状態になったギンギラのスピードとパワーは、VTレーゲンの能力をも上回っていた。
「ぐっ、はぁ!はぁ、はぁ…。おらぁ!」
ステラは息を切らしながらもその攻撃を止めなかった。しかし、その行動に一夏と簪は驚きを隠せなかった。
「ステラの奴、熱くなりすぎだろ!」
「これじゃあ、攻撃の隙が無い!」
攻撃の合間を見つけられず動けずにいる一夏達はステラの行動に疑問と驚愕しか抱けなかった。ステラは基本的に独断では行動せずに、常に利己的な感情を表に出さずに、組織や集団の一部として協調を優先する。そんなステラが、今は協調を捨てて自分勝手に行動している。その状況が、二人には信じられなかった。
「いい加減、止まりなさいよ!」
その時、VTレーゲンを追い込んでいたステラを不可視の一撃が襲った。
「なにすんの鈴!もう少しで倒せそうだったのに!」
「ドイツ軍のシュヴァルツェア・ハーゼっていう部隊から正式に要請があったのよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長を助けてくださいって、必死な声でね。あいつ、その隊の隊長らしいし」
「それがなんなの?!」
「あいつを倒せば、その人達はもっと涙を流す!あんたはそれでいいの?!」
「っ!」
鈴の言葉を聞いて、ステラの目はだんだんと深紅に戻っていった。
「………。ごめん、鈴。一夏と簪も、ごめん」
「別にいいわよ」
「うん、私も」
「それより早く助けようぜ。これ以上長引くとボーデヴィッヒがあぶねえんだろ?」
一夏のその言葉と共に、全員の視線はVTレーゲンに、そしてその内側にいるラウラに向けられた。
「役割決めなきゃね」
「それならもう決まってるよ。私が囮として気を引いて、二人がその隙に準備してあの黒いのを削るの」
「一人足りないじゃん」
「え?」
鈴の言葉の意味が分からず、ステラは間抜けな声を上げた。
「削った後に、誰があいつ助けんのよ。アレ再生するんでしょ?」
「………あっ」
「ったく…。本当に変なところ抜けてるわね。ステラは」
「う、うるさい!仕方ないじゃん!焦ってたんだもん!ていうかなんでここに鈴がいるの!ていうかその機体なに!」
「あぁ、私もセシリアも怪我は大したことなかったからまだマシだった私が来たわけ。それでこの機体は甲龍の破損部分をブルー・ティアーズのパーツで補ってんのよ。まぁ、応急処置だからチューニングもなにもしてないけどね」
ステラの苦し紛れの誤魔化しに、鈴はいつもの調子で飄々と答えた。
「それって大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない?殆ど甲龍だからそんなに違和感無いし」
「えっと、それじゃあ役割どうする?」
会話に置いて行かれかけていた簪が本題を切り出した事により場に緊張が走った。
「私が囮代わるから、ステラが助けて」
「了解。でも、怪我大丈夫?」
「大丈夫に決まってんでしょ!」
ステラの心配を、鈴は一言で一蹴する。そしてその笑顔につられる様に、張り詰めていた三人の表情にも多少の余裕が生まれた。
「さてと、そろそろ作戦会議も終わりっぽいね」
鈴の言葉に三人はもう一度戦いに意識を戻した。しかし、四人は次の瞬間には困惑した。
「なん、だ?」
視線の先のVTレーゲンは突如苦しむようにもがきだした。
「不味いよ。ボーデヴィッヒさんが凄く危険な状態になってる!」
「どういうことだよステラ!」
「限界なのよ。あいつの体は本来出来る運動を大幅に超える運動を強要されている」
「それは、筋肉や臓器、そして脳にも負担をかけることになる。下手をすれば、命を落とす」
三人の言葉を聞いても未だよく状況を飲み込めない一夏。
「ガァァァァァァ!」
次の瞬間、咆哮にも聞こえる様なラウラの叫びが、ステラ達しか居なくなったアリーナに木霊した。
「もう時間がない!」
「ボーデヴィッヒにかけられる負担を考えると、チャンスは一回ね」
「たった一回かよ」
「それでも、やるしかない!」
ステラの言葉と同時に鈴はVTレーゲンに突っ込み、一夏はその場で零落白夜を最大出力で発動出来るようにエネルギーをチャージし、簪は空中で山嵐をいつでも放てる様に待機した。
そこからの戦況は、VTレーゲンの防戦一方だった。一時的にでもラウラの意識が覚醒して、VTシステム発動時に起動したAIがエラーを起こした事により動きが鈍っていた。しかし、斬りかかる鈴を跳ね除ける程は出来るらしく、その腕を大きく振るい鈴を弾き飛ばしたが、その瞬間に大きな隙が出来た。
「一夏!簪!今よ!」
「零落白夜!最大出力!」
「山嵐!発射待機!」
「ウオォォォ!」
「行けぇぇぇ!」
一夏は瞬時加速を最小限のエネルギーで行い、簪は残りの山嵐を全て使い牽制と攻撃を行った。そこで生まれた隙に一夏が突っ込み零落白夜を発動させた雪片弐型を全力で振り下ろす。だがVTレーゲンも火事場の馬鹿力を発揮し、黒い物体を必要なだけ残して右腕に集中させてそれを防いだ。
「往生際が、悪いのよ!」
その時、一夏の真後ろに移動した鈴が叫んだ。その髪は、無人機襲撃事件の時のセシリアと同じく白銀に染まっていた。そして鈴は雪片弐型に狙いをつけて龍咆を最大出力で撃った。
ギギギィィ!
「ぐっ!うおぉぉぉぉ!」
その威力に耐え切れずに、雪片弐型が鉄の軋む音を鳴らしたが、構わずに振るう。
「いっけぇぇぇぇ!」
「らぁぁぁぁ!」
そのまま黒い物体は飛び散り、ラウラの上半身が現れた。
「ステラ!今だ!」
「ウオォォォォ!」
ステラは自身の限界を超えて、自身の体のダメージを忘れて、ただ目の前の涙を流す少女を助けるためだけに自分の体を捨てて、まさに音速すら超えてVTレーゲンに開いた穴が修復する前に手をねじ込んだ。
「う、おぉぉ!」
『マスター!機体の耐久値が限界です!ディフェンスにシフトして下さい!』
「くっ!ギンギラ!ごめん!」
『っ?!何ですか!』
「ごめん!約束破る!」
『マ、マスターお止め下さい!』
ギンギラの抗議の声を無視し、ステラは視界に映る項目を承認して叫ぶ。
「バランス、ブレーーーーイクッ!」
その叫びに呼応し、ギンギラからは膨大な光が放たれた。
『マスター!後できっちり話をします!』
「分かってる、よぉ!」
ステラは体の軋む様な痛みに耐えながらも、常に上がり続ける出力を利用して黒い物体を押し広げる。
「ギンギラ!自立展開よろしく!」
『了解!』
ギンギラの返答と共に全ての装甲のロックが外れ、ステラは身を乗り出した。
「もう、泣かせない!貴方が絶望するなら、私が希望になる!何度だって手を伸ばす!だから!」
ステラは必死に手を伸ばす。その手を伸ばして救える者がいる。それならば、救ってやると。そして、その手は。
「届い、た!っ?!」
その瞬間、ステラの視界はブラックアウトして、次に見たのはどこかの研究施設の様な場所だった。そしてステラはそこで知った。ラウラが人工的に作られた命で在る事を。ISが彼女にもたらした苦悩を。千冬との出会いも。そして、本当の願いも。
「一緒に帰ろ」
ステラはそう言って大きなガラスの中に居る白髪の少女に語りかけた。
「何処に?私に帰る場所なんて、何処にも………」
「此処にあるよ」
ステラはそう言って腕を大きく広げた。
「言ったでしょ?私が希望になる。貴方が望むなら、帰る場所にもなるよ」
「お前が?私はお前を一度傷付けたんだぞ?」
「だったら何?」
「え?」
「そんな事毎回考えてたら私きりが無いからいいよ。それに」
「それに?」
「私達、友達でしょ?」
「っ?!」
「だから、ほら」
ステラはそう言いながらガラスに触れる。するとガラスは砕け散り、ラウラはそのまま落下する。それをステラは受け止めて、抱きしめた。
「例え何があっても、私が最後の希望だよ。ボーデヴィッヒさん。いや、ラウラ!」
そこで、二人の意識は完全に途切れた。