ガンダム Gのレコンギスタ リベラシオン   作:かはす

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大富豪ロマーニ(4)

 

 甲高い電子音で目を覚ました。横になっているうち、いつの間にか寝てしまっていたらしい。二、三回まばたきをしてぼやけていた視界がクリアになると、窓の外が真っ暗であることに気付いた。今はもう真夜中のようで、照明を抑えた薄暗い運転席にはドナだけが座っている。ノォトは目を細めて彼女の後ろ姿を見た。

 

「……はい、では……」

 

 声をひそめて交信しているらしい彼女をよく観察しようと身体を起こす。衣擦れの気配に気付いたのかドナが振り向いた。

 皆を休ませてずっと起きていたのだろう。目の下にくまが出来ている。ぼんやりとしたコン・パネの灯りに浮かび上がる顔は、しかし疲れた表情は見せていない。こちらを見てすこし驚いた後、穏やかな明るい笑みを作っていた。

 

「起こしちゃったかな」

「いえ、そんな」

「……ごめんなさいね。君を巻き込んでしまって」

 

 そう言って頭を下げる姿はほんとうに申し訳なさそうだった。ノォトは慌てて「や、やめてください」と言ってそれを止めさせようとした。

 

「ドナさん……ドナ大尉が謝ることじゃないですから」

 

 言い慣れない「大尉」という言葉は、まるで現実感無く口から放たれた。

 

「それに、もうおれは無関係じゃないです」

「でもシエラは君のこと……あくまで知らないと言い張っているのよ」

「わかってます。だけどあいつ、独りでなにかやろうとしてるじゃないですか。そういうのほっとけないって言うか……知っちゃった以上、危ない目にあわれても嫌なんですよ。こっちの夢見がわるくなる」

 

 我ながらやけに饒舌だと感じたのは、照れ隠しからなのだろうかと思った。恋とかそういう感情から来るものではないはずだと自分に言い聞かせてみる。それは当たらずとも遠からずだ、という答えが脳裏に浮かんだ。

  

「……好きなんだ」

「そうじゃないですよ」

 

 ノォトは苦笑した。

 どぎまぎしているとでも勘違いしてくれたのか、ドナの表情はいっそう穏やかな笑みになった。ほんの一日程度の付き合いでしかないが、この人は自分やシエラの味方でいてくれる。そう信じさせてくれるような心地よい雰囲気を身に纏っていた。殺された同僚の死を悼んでくれた。自分はこの人のために何が出来るだろうか。シエラのために何が。ノォトはひとり思いを巡らせた。

 

「どこに向かうんですか」

「ロマーニ商会って聞いたことあるかしら」

「そりゃまあ。……そこに?」

「あそこの代表とはちょっと顔なじみでね」

 

 いたずらっぽくほほえむドナは何かを含んだような口調で答えた。ロマーニといえば名の知れた大手企業だ。ノォトも仕事上何度か関わったことがあるが、さすがに代表者を見たことはない。どういう人なんだろう、この人。わずかに疑問が浮かんだが、それ以上語らないドナを追求することはしなかった。今は詮索されたくないのだろうとひとり納得し、ベッドから抜け出した。

 久しぶりに使った全身の筋肉が緊張しているかのように張っている気がした。調子を確かめるように歩き、ドナの隣に立つ。

 

「代わりますよ」

「大丈夫なの?」

「もう痛みは治まってきましたし、リハビリしないと。寝てくださいよ」

 

 ありがとう、と言ってドナは隣のシートに移り、背もたれを傾けて横になった。ノォトはさっきまでドナが座っていたシートに座る。お尻がほのかに暖かいと感じた。しばらくするとかすかな寝息が聞こえてきた。無防備に眠る姿はとても軍人に見えない。もう何も音を発さなくなった運転室内で、ノォトは計器類の推移を眺めていた。

 

***

 

 キャピタル・テリトリィの国境付近にある小さな町、デルム。その郊外にある高台にロマーニ邸はそびえ立っていた。付近の廃墟にあった大型ドームにエフラグを隠し、ドナ達は屋敷の大きな門まで向かった。

 さすが世界有数の富豪ロマーニは、その住まいも豪華絢爛そのものだった。門をくぐってまず目に飛び込んできたのは広い庭と、その真ん中にある噴水だった。人魚の石像を真ん中に置き、その周りを水の塔が囲む。さらさらとした水の音は絶え間なく、よく見ればその水は色がついていた。中から光を当て照らしているようで、いくつもの色に変化しながら流れ続けていた。

 噴水のある広場を通り過ぎると、立派な屋敷の玄関に着く。外観は中世期のルネサンス様式で構成されていて、真っ白い外壁といくつもの円柱が左右対称に規則正しく配置されていた。

 荘厳な扉の前に老人が立っていた。クラシックな屋敷にふさわしいタキシードを着こなした老人は、ノォト達を見るなりうやうやしく頭を下げた。

 

「ようこそみなさま。旦那さまがお待ちしております、どうぞこちらへ」

 

 人に仕えることが喜びとでも言うような腰の低さで手招きする老人に案内され、一行は奥へ通された。

 木製で観音開きのドアは重厚な音を立てて開く。鏡のように磨かれた床を歩けば跳ね返ってくる抜けるような音が気持ちいい。窓から差し込む光すら屋敷を彩る装飾になっていた。生まれて初めて見る高さの天井にノォトは圧倒された。人の住む空間で、これほど広い場所が存在していたのか。見たこともない大きさのシャンデリアがぶら下がっているのにそれすら小さく見える。本物の豪邸に、ノォトは呑まれそうになった。

 執事に続いて応接間に入る。たちまち「よう、よく来たな」と声を掛けられた。やはりとてつもなく広い部屋の真ん中に置かれたテーブルを挟むようにソファが設置されていて、奥側のソファに腰掛けている男がその声の主だとわかった。

 事務所にあったものよりも格段に高級なソファに大股開きで座る男は、豪邸の持ち主には似つかわしくない若さだった。年齢を聞いたことはないが三十代だろうドナと二人で並べば、案外お似合いのカップルに映るのではないかと思わせる優男で、とても大企業の社長には見えない。

 

「マエネン・ロマーニだ。ようこそ、歓迎するよ」

 

 ロマーニは立ち上がって一同に頭を下げ、手を伸ばす。その手を握ったドナは「お久しぶりです、ロマーニさん」と礼を告げた。ノォトやシエラたちもみな頭を下げる。

 

「とりあえず、まずは汗を流せ。おまえらクサいぞ」

 

 言われて、全員ものすごい臭いを放っていることを思い出した。年中暑いキャピタル・テリトリィでまる一日シャワーも浴びていないのだから、それはすさまじい汗をかいている。ボディシートなどで身体を拭いてもべたべたした肌が気持ち悪いのも確かだった。

 

「お風呂の用意が出来ております。どうぞこちらへ」

 

 ずっと扉の前に立っていた執事がさらに奥へと招く。

 しばし歩く。屋敷の最奥までたどり着いて扉をくぐると、そこには大浴場があった

リギルド・センチュリーにおいて、羞恥心などは現代における一般的なものとはすこし感覚が異なっていて、入浴施設においては混浴がスタンダードなものであった。だから男女がお互いの裸を必要以上に意識することはなく、余計な気をつかわずに入るのが当たり前のことであった。

 みな、久々の湯浴みに嬉々としている。女性陣などはとくに顕著で、これまで溜まっていた疲れを吹っ飛ばしたような笑顔を咲かせている。

 しかしとんでもなく広い大浴場は、ノォトにとっては居心地が悪かった。普段はシャワーで済ませてしまうものだから「湯につかる」という感覚が慣れたものではない。だから湯に入ってもすみっこに小さくなっているだけで、湯船の真ん中にすっと泳いでいったリャンなどが内心うらやましくも思えた。

 

 それでも風呂から上がり身体を拭くとさっぱりしたという気分になる。

 大浴場を出て右に曲がったところにある部屋にバルコニーがあった。ノォトは風に当たろうと外に出る。冷たくはない風でも、ほてった身体を冷ますのには充分だ。

 太陽はまだ真上にある。青空が一面に広がっていた。ここからではキャピタル・タワーも見えない。

 バルコニーには先客がいた。シエラだった。ノォトは内心しまったと思いながらも後には退けず、すこし距離を開けて隣に並んだ。

 彼女はまだノォトには気付いていないようで、濡れた髪を拭くこともせずぼうっと空を見上げている。その目ははるか遠くを見ているようで、どこかうつろだった。

 

「……髪、渇かさないとカゼ引くぞ」

「うん」

 

 不意打ちのつもりでかけた言葉に意外な反応を返されて、逆に不意を突かれた。こちらが呆気にとられている間に彼女が口を開く。

 

「なんで関わろうとするの」

「なんでって、そりゃ」

「余計なお世話は昔から、かしらね」

「ほっとけないだろ。幼なじみが狙われてるなんて知っちゃったら」

「命を落とすことになるかもしれないのよ」

「お前がそうなったらいやだよ」

 

 本心を話したつもりだった。口にしてしまえばなんと単純な言葉だろうと思ったが、それがいま言えるいちばんの気持ちであることは間違いなかった。

 シエラが急に黙り込んだものだからよけい気まずくなった。まだ湿っている髪をタオルで削るように拭きながら、なんとなくシエラから目をそらす。

 

「ノォト」

「え?」

「あたしもいやなのよ。あたしのせいであんたが死ぬのも、あの人が傷つくのも」

「あの人って……?」

「トワサンガから来た人。うちで匿っていたけど、警察に通報されて捕まりそうになったからあたしが逃がしたの。身代わりになってね」

「……それで自称していたのか。『トワサンガの生まれ』なんて、ちょっと調べればすぐ分かるウソだろうに」

「そうするしかなかったの。あたしに出来ることなんて、それくらいでしかないから」

 

 彼女がそこまで言う“あの人”とはいったいどんな人物なのだろう。本当にトワサンガなる場所から来たのだろうか、何の目的で、どうやってベルガモまで来たのか。

 

「宇宙に上がって、そいつを探すのか」

「うん。彼が無事でいるか知りたいし、力になりたい。余計なお世話かもしれないけど……」

「なら、おれと一緒だな」

 

 シエラがはっとしたような顔を向けてくるから、ノォトは歯を見せて笑った。さすがに彼女もつられて口元をほころばせ、あきれたように鼻を鳴らす。先ほどから距離を詰めたわけではないのに、なんだか彼女の体温を感じた気がした。

 

「……あの……」

 

 とつぜん後ろから声をかけられてノォトは飛び上がった。あわてて振り向くと、目線のやや下にちいさな少女が立っていた。

 少女はおどおどした様子でこちらを見上げている。よく見れば身なりはかなり整っていて、いかにもこのお屋敷の御令嬢、といった趣だった。

 

「……お兄ちゃんたち、お父さんのお客さま?」

「そうよ。ロマーニさん……お父さんにお願いしたいことがあってきたの」

 

 ノォトが発言する前にシエラが屈んで答えた。小さな女の子はロマーニの娘らしい。なるほど目元がそっくりだとノォトは思った。

 

「仕事の話?」少女はとたんに興味をなくしたような、つまらない様子になってしまった。おそらく今までも、仕事の話をしに訪問する人間をたくさん見てきたのだろう。

 

「そうじゃないわ。あたしがね、お父さんの持ってる船に乗せてほしいって。それで宇宙に行かなきゃならないの」

「キャピタル・タワーじゃ駄目なの?」

「このお姉ちゃん、悪い子だからこっそり行かないと捕まっちゃうんだ」

 

 ノォトも少女と同じ目線になって言った。

 

「ミッコウするのね」

「そう、密航。それで今からお父さんに頼みに行くんだよ」

 

 シエラが睨んでいるような気がしたが、気にしない振りをした。ノォトの説明に納得した表情を見せた少女だが、その前になにやらもじもじした様子だ。

 

「お願いがあるの」

「なあに?」

「ちょっとだけでいいから、一緒に遊んで」

 

 改めて見てみれば少女の腕の中には大きなボールが抱えられている。

 そのボールはまだ新品のようにきれいで、使い込まれた様子はない。金持ちだから、という理由からではないのだろう。それを使って遊ぶ相手がいなかったのだと推測できて、その少女の願いを聞いてもいいのではないかという気持ちになった。

 

「うん、いいよ。あたしはシエラ。こっちはノォト。あなたは?」

「ラビ。こっち来て、シエラ!」

 

 ラビはシエラの手を引っ張りバルコニーから飛び出していった。急いでノォトも後を追う。

 広い庭で三人はボールを投げ合った。誰かがボールを受け取り、ほかの相手に投げる。単純な遊びだったが、ラビは心から楽しんでいる様子だった。自然とこちらの顔もほころぶ。

 

「楽しい? ラビ」

「うん! こういう事するの初めてだから」

「お父さんとか執事に遊んでもらわないのか」

 

 その言葉にラビの表情が曇った。ノォトは内心しまったと思いつつ、投げようとしたボールを胸元に抱えた。

 

「……お父さん、忙しいから。家に帰ってくるのもたまにだし」

「じゃあ普段は執事と……ふたり暮らしか」

「お母さんが亡くなってからはね。……でも、寂しくはないよ。今はお姉ちゃんたちとも遊んでるし」

 

 少女が作った笑顔はどこかぎこちなかった。

 

***

 

「それで。あの娘を上げるのにウチの船を使いたいってことか」

 

 さっぱりしたドナは、応接間に戻りロマーニに礼を告げたあとで本題に入った。大体の事情を説明し、彼の船にシエラを乗せてほしいと頼んだところだ。

 

「頼めますか」

「かまわないが、タダでとはいかないな。こちらにメリットが無いのはよくない」

 

 商売人である以上、見返りが必要か。どんな条件を出されるか想像をめぐらせるが、その答えが出る前に彼の口が開いた。

 

「……そうだな。アレをくれ。ダベーに載せてきたあのモビルスーツ」

「クアッジを、ですか?」

 

 予想外の要求に驚いたが、ロマーニの趣味を思い出し納得した。

 モビルスーツ・コレクター。彼はその点でも有名だった。新機種から前世紀のクラシックなモビルスーツまで、古今東西あらゆるモビルスーツを収集し展示しているというモビルスーツマニア。そんな男だから、見たことのないモビルスーツなどは喉から手が出るほど欲しいものかもしれない。

 

「あんな機種は見たことがない。“薔薇の設計図”がらみじゃないのか。だからあの機体と、その設計図をまとめて売ってくれ。それが条件だ」

「払い下げという形を取らせていただけるなら、要望には答えられましょう。では……」

 

 とつぜん、地面が激しく揺れた。地震かと思ったが揺れは一瞬で、そのあとに続いたのはスピーカーから流れる大音量だった。

 

「聞こえているな、マエネン・ロマーニ!」

 

 窓の外を見ると、屋敷の前にアメリアのジャハナムとエフラグの一個中隊が並んでいた。「角付き」の指揮官機らしいジャハナムのコックピットは開いていて、そこからジーダックが身を乗り出していた。

 

「『トワサンガの娘』をこちらに引き渡して貰おう。要求が受け入れられなければ屋敷を破壊する」

 

 ジーダックは不敵な笑みでそう言い、ロマーニの返答を待っていた。

 

 

 


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