ガンダム Gのレコンギスタ リベラシオン   作:かはす

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大富豪ロマーニ(3)

 

 キャピタル・タワーは地球の赤道上、旧世紀で南米と呼ばれ今は【エルライド大陸】と呼ばれている大陸の上部に建っていた。その八万キロメートルにも及ぶ長大なケーブルは、遠くから見ると一本の棒さながら地球に刺さっているように思えた。

 宇宙で星は瞬かないのだと知った。ただの光としてそこにありつづける点は、黒い布に広がり続けるまだら模様のようだ。いま足下にある青い星も、離れてみればあんな点のひとつに過ぎないのであろうか。ならば自分という人間は、宇宙にとって微生物――いやむしろ、細胞のひとつよりも小さい存在なのだろう。

 ああ、宇宙は大きいな。アルマ・デッラはそんなことを思いながら静止軌道上を漂っていた。ノーマルスーツの腰には合成ゴムで出来た紐がくくりつけられ、往環船から離れてしまわないように結ばれている。

 

「ぼーっとするな。引っ張られるぞ」

 

 上司の声で我に返った。フェリコ・ポスが紐をつかみながら接触回線でこちらに注意していた。気付けばだいぶ流されている。慌ててロープをたぐり、身体を往環船の甲板に戻した。

 

「すみません」

「来るぞ、準備しろ」

 

 フェリコが言い終わる前に、なにかが上から降りてきた。

 はじめは鎧を着た人間に見えた。モビルスーツであると気付いたのはそれが甲板に降り立ち、胴体中央のコックピットが開いてからだった。宇宙は真空であるため遮るものが何もなく、物体は距離に関係なくはっきり見える。遠近感を狂わせると聞いてはいたが、いざ体験すると混乱しそうだった。

 モビルスーツはホッケーマスクのような顔をしていた。それが先日キャピタル・タワーを襲った海賊の機体であることをアルマは知らない。

 甲板に降り立ったノーマルスーツは見たことのないデザインをしていた。

 

「いつもご苦労様です」

 

 見た目とは違って親しげな口調と差し伸べられた手に拍子抜けした。戸惑うアルマを尻目にフェリコが手を握る。その様子は長年の友人関係を想起させた。

 

「ロマーニ商会にはいつもお世話になってます」

「こちらこそ、そちらの提供してくださる『あれ』に助けられています」

「これ、積み荷のリストです」

 

 そう言うと男は左手に持っていたリストを渡す。フェリコが一瞥している間にアルマもそれをのぞき込む。

 ずらっと羅列された項目の中に、「フォトン・バッテリー 一カートン」と記されていた。

 

「……確認しました。こちらの積み荷をそちらの船に積み替えましょう」

「ああ、それはこちらでやります。そのために【ロド・ゴッゾ】を持ってきたんですから」

 

 男はそう答えながら、甲板を蹴ってモビルスーツのコックピットに戻る。男が中に入るとハッチの閉じられたロド・ゴッゾとかいうモビルスーツは動き出し、往環船の格納庫に向かった。おそらく積み荷――モビルスーツの残骸などジャンク品を運ぶためだろう。

 

「さ、われわれは戻るぞ」

「あの。……何者なんです、あいつら」

「おれたちの大事な『お得意様』だよ」

 

 海賊のモビルスーツが、コンテナを抱えて格納庫から出た。

 

***

 

 アメリア軍の航空輸送機、通称【アウル】は、その名の通り大きく丸い胴体をしている。ミノフスキー・フライト輸送機としては大型で、一般的なモビルスーツなら対面式で六機は収容できるスペースがある。

 輸送機はアメリアのブルク前線基地から発進し、いまはアメリアとキャピタル・テリトリィの国境付近を飛んでいた。ドナ達のダベーを追っているところである。

 格納庫にレジィナのモンテーロが着艦したのはつい半日前のことだ。エフラグに掴まりどうにか戻ってきた機体は右腹部から腰にかけて損傷が激しく、今も整備班がつきっきりで修理に取りかかっている。

 片腹を破られて死んでいるように立ち尽くす愛機を、同じくらい傷だらけのレジィナはただ見つめていた。ガラス片などによる切創は重傷でないものの身体を動かすたび全身に痛みが走る。だが痛むのは身体ではなく、その内側だった。

 

「マゴス……トラッド」

 

 モンテーロの隣にぽっかりと開いたスペースを見る。出撃前はそこに部下ふたりの機体があった。二機のジャハナムの前で、どちらの腕が優れているかよく言い合っていたふたりの姿を思い出す。もう見ることは出来ない光景。

 部下を失ってしまった。死なせてしまった。なのに自分はのうのうと生きている。理不尽とはこういうものかと胸が苦しかった。何度味わっても慣れない痛みは、作戦に失敗したことよりも心に重くのしかかる。

 

「派手にやられたなあ、レジィナ中尉」

 

 感傷に浸る我が身を茶化されたように思えた。腹が立つのをこらえて声のした方を振り向く。

 ジーダック・ムルズが立っていた。ブリッジから降りてきて、こちらの様子でも見に来たか。慰めてやろう、などと思うわけはないだろうが。

 

「……大尉」

「部下を失い、機体も壊し、『トワサンガの女』も捕らえられず。大陸間戦争のエースも腕が落ちたな」

 

 こうも真正面から言われると、嫌味も屈辱的に感じる。なにかあると同じような嫌味を言ってくるこの男を、常々いつか殺してやろうと思っているが堪えている。まがりなりにも同じ基地に所属する上官なのだから、逆らうわけにはいかなかった。

 

「申し訳ありません。油断がなかったとは言いません」

「はじめからこちらに任せてくれれば良かったのだよ。部下の訓練にはちょうどいいと思ったのだろうが……こうなってしまえばな」

「失態です。処分は受ける覚悟です」

「貴様を更迭したところでターゲットは捕まえられん。まあ見ていろ。戦争のやり方を教えてやる」

 

 下品に高笑いをしながら、ジーダックは艦橋に戻っていく。やはりレジィナはこの男が嫌いだった。自分の方が格上なのだと強調してくる、器の小さい男。何かと突っかかってくるのは自分が女だからだろうかと考えて、なんと馬鹿馬鹿しいのかと笑った。

 男のプライドとやらを見せてもらおう。レジィナは笑みをこぼしたが、それが冷ややかなものであることに自分でも驚いた。

 

***

 

「ダベーの動きは?」

 

 ブリッジに入るなり通信席に座るオペレーターに声を掛ける。オペレーターはつまらなそうな顔を見せて返事とした。

 

「変わりありません。ずっと低空飛行で本部に向かってますね」

「このままテリトリィに戻られても面倒だが……攻撃できるポイントはないか」

「距離的に、仕掛ければ間違いなく増援が来ますね。一撃離脱が出来るなら……」

「だが敵には新型がいるんだろう? 未知数ではあるな」

 

 オペレーターをねぎらってその場を離れる。ジーダックはそのまま機長の隣まで歩き、肘掛けに腕を置いた。

 

「どうする、大尉」

 

 機長が尋ねる。

 

「監視は続けてくれ。チャンスができ次第、部下を連れて出る」

「わかった。レジィナは待たないんだな」

「ヤツは挽回しようとするだろう。それでは足手まといになるだけだ」

 

 わかったようなわからないような顔をしている機長の顔を見て、こいつも無能かと思った。部下に恵まれない隊長は大変だと嘆くジーダックにうぬぼれる癖が時々あることは、みなが周知の事実だった。

 

「キャプテン、ダべーから発した通信を傍受しました」

 

 通信オペレーターがいきなり声を張り上げる。停滞していた空気が一気に引き締まるような感覚を抱きながら、機長はつとめて平静な声で指示を出した。

 

「続けろ」

「……ロマーニ商会とコンタクトを取ってます!」

「ロマーニだと……」

 

 ロマーニ商会。キャピタル・テリトリィの北部に本社を構え、世界中で重機の買い取りや販売を主な生業としている企業だが、近頃は戦争で破壊されたモビルスーツの買い付けや部品の提供を行っている。民間から各国の軍まで幅広く相手にしている多国籍企業だが、裏では独自開発のモビルスーツや、さらには宇宙往還船を所有しているという噂もある。一代でジャンク屋から大手企業にまで成長させた取締役のマエネン・ロマーニは、若くして大富豪となったやり手の実業家であった。

 

「補給を受けるつもりかもしれん。いや、宇宙に上がるのか…・・!?」

 

 ロマーニは基本的にどこの軍に肩入れすることもないが、それが自らの利益になると判断したことには出資を惜しまない人間でもある。アーミィがなんらかの取引を持ちかければ、彼らに協力することは充分に考えられた。

 

「ロマーニの屋敷に向かうぞ」

 

 ジーダックがきっぱりと言い切る。眼光するどい彼の表情は険しい。頭の中で策を練っているのだろう。機長は彼に従うだけだった。

 

「よし、回頭だ。本機はこれよりロマーニ邸に向かう」

 

 命令に続いて機体が大きく揺れる。急速転換した輸送機は加速をかけ、ロマーニ邸のあるテリトリィ北部へ向かった。

 

 


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