ガンダム Gのレコンギスタ リベラシオン   作:かはす

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大富豪ロマーニ(5)

 

 フライスコップの運転席で、トライバ・ボゥイは息を呑んでいた。

 ロマーニは隊長の呼びかけに答えるだろうか。返答が「ノー」だった場合、屋敷を攻撃しなくてはならない。敵国であっても民間人を攻撃するなど軍人のやることとは思えなかった。

 

「かくまう理由なんてないだろ……さっさと引き出せよ」

 

 ひとり呟く。接触回線は常時オープンが原則だから、エフラグの上に乗っているジャハナムには聞かれたかもしれないが気にしなかった。初陣がこんな任務なんて。トライバは神にすがりたくなるような気分になりながら手を合わせ、目をつむった。

 

「……スコード……」

 

 願いをあざ笑うかのように、屋敷は沈黙していた。

 

***

 

「どうした! 何も言わないということは敵対と見なすぞ!」

 

 ハウリングしながら響き渡る声が不快だった。両手で耳をふさぎながら。ドナはロマーニに視線を送った。彼は頭の中で考えをめぐらせているのだろう。耳をふさぐこともせず窓の外を睨んでいる。

 

「ロマーニさん……!」

 

 すがるような声を出してしまったと、内心反省した。しかしシエラを引き渡すわけにはいかない。さりとて彼に迷惑はかけられない。切羽詰まる状況は、異様に長く感じられた。

 沈黙を断ったのは、ロマーニの合図だった。

 右手を水平に上げて執事になにかを目配せしている。彼もそれを即座に理解し、応接間を飛び出すとどこかへ消えてしまった。

 

「……大丈夫だ。アメリア(あいつら)の好きなようにはさせん。前から気にくわなかったんだ。代金踏み倒すし……」

 

 ぼやく姿がなんだかおかしくてドナはつい噴き出してしまった。張り詰めていた糸をぷつんと裁ち切られたようで、たちまち力が抜けていった。

 

「まあ見てな。ただのモビルスーツマニアじゃないって教えてやる」

 

 そう言ってにやりと笑うロマーニは悪そうな顔をしていた。さすがに本人には言えないので、密かにそう思った。

 

 しばしして、再び地面が揺れた。さっきより大きく感じた。それが屋敷のそばから出ていると気付いたとき、何かがアメリアの部隊に突っ込んでいくのが見えた。

 

***

 

「モビルスーツ!?」

 

 屋敷の傍には二つほど大きなドーム状の建物が並んでいる。ひとつはモビルスーツのコレクション・ルームとして使われていて、一般人にも公開されている博物館のような施設であった。もうひとつのドームは普段立ち入り禁止となっていて、その全貌はあまり知られていない。

 いま、その閉鎖されているはずのドームから飛び出してきたのは二機のモビルスーツであった。一機はカットシー、もう一機はグリモアに見えたが、トライバはその姿にぎょっとした。

 

「なんだ、あの派手な装飾は……!」

 

 二機ともに全身ごちゃごちゃと突起物や装甲板、重火器を搭載したモビルスーツはおよそ実用的とは思えない見かけをしていた。言うまでもなくロマーニの個人的な趣味なのだろう。役割としては施設の警護用なのだろうが、にわか仕込みの改造が性能アップにつながっているとも思えなかった。

 カットシーが迫る。原型機の最大の特徴でもある大型の背部ウイングは取り除かれ、右側に大型のキャノン砲、左にはレクテンで使われているビッグアームを装備した機体はバランス調整もロクに行っていないのだろう。やや右に傾きながら突進してくる。

「迎撃します!」

 

 上に乗っているジャハナムの男が怒鳴り、直後にエフラグが揺さぶられた。モビルスーツが離脱したのだろうと理解するより先に眼前に緑の機体が降りてきて、視界を遮った。

 突っ込んできたカットシーはジャハナムによってその動きを止められた。シールドでぶん殴られた敵機は吹っ飛ばされ、すさまじい砂埃を上げて地面に倒れた。

 

「来るぞ!」

 

 誰かの発した通信を聞くまでもなく、ドームからはさらに数機のモビルスーツが出ていた。全機にやはり趣味の悪い装飾が施されている。

 

「全機、戦闘態勢に入れ! 思い知らせてやるぞ!」

 

 隊長の号令のあと、通信にジャミングが入った。ミノフスキー粒子を撒いたのだとわかり、トライバは着陸していた機体を動かした。他のエフラグもそれぞれ上昇し、ジャハナム援護にまわった。

 

「こうなっちゃうのか……」

 

 苦虫を噛むような表情をしているのだろうと自嘲しながらトライバは呟いた。

 

***

 

 裏庭で遊んでいたノォトたちは、事情を察してとりあえず屋敷の中に戻った。大音量で「トワサンガの女を探している」と言われればシエラを隠さないわけにはいかない。不安そうにこちらを見上げるラビをせめて落ち着かせようと、やさしく頭をなでた。触れてみると想像以上に小さい頭だと感じた。

 

「また、あたしのせいで……」

 

 いつになく弱気なシエラの声はか細い。うつむく姿は昔を思い出させた。

 

「気に病んだって仕方ないだろ。今はとにかく避難しないと。……ラビ、隠れられそうないい部屋はないか」

「あ……二階の突き当たりに物置き部屋があって、そこなら安全だと思う」

「案内して!」

 

 ノォトの手からするりと抜け出したラビは先頭に躍り出て、ふたりを先導した。とんでもない大豪邸なだけあって、階段までたどりつくのも一苦労だ。長い廊下を走る途中でも何度かの揺れがあった。外では戦闘が激しくなっているのだろう。また、戦闘か。

 

「そんなに戦争が好きかよ……!」

 

 毒づきながらも、逃げ回るだけの自分がなんなのだろうと思った。彼女の力になりたいといいながら、この体たらく。もう身体の痛みはどこかに消えていた。アドレナリンが麻酔のように全身をめぐり麻痺させているのかもしれない。

 もう一回エフラグで突っ込むか? 冗談のようなことを考えながら、しかしもっと良い案が浮かんだ。すくなくとも今はそう思っていた。これも麻痺しているせいかもしれない。

 

「ノォト、どこいくの!? そっちは……!」

「おとなしく隠れてろよ!」

 

 言いながら、ひとり右に曲がる。外に繋がるはずの道に向かったのは間違えたわけではなく、そっちなら目的のものがあるはずだと感じたからだった。

 

***

 

「ここも危ない。避難しよう」

 

 落ち着いて言いのけたロマーニは、この状況を切り抜けられると本気で思っているようだった。窓から見た限りモビルスーツは装備過多で過剰装飾、パイロットは実戦など経験しているわけもない、ただ動かせるだけの素人に毛が生えた程度だろう。

 

「わたしたちも出ます」

「クアッジは駄目だ。アレにキズをつけたくはない」

「そんなことを……!」

 

 言っている場合か、と言いかけたところで爆発音が響いた。窓の外が真っ赤に染まり、警護用のグリモアがゴムマリのようにバウンドした。中のパイロットが這いずるように脱出するのが見えた。

 

「わがモビルスーツ部隊に任せておけばいい! さあ、早く!」

「……リャンは出します」

 

 返事を聞くこともせず、傍らにいたリャンに目配せする。うなずいたリャンは部屋を飛び出していった。レクテン一機でも援護にはなる。

 ここまできて、なにもできない自分を呪った。

 

***

 

 やはりモビルスーツは素人集団だった。ミノフスキー粒子下では接近戦が戦いの基本となるが、やつらはあくまで重火器を使おうとする。そうなればこちらのジャハナムは懐にとびこみ切り込むだけだ。あっという間にごてごてしたモビルスーツはほとんど地面に伏している。無駄な抵抗だと思え、それが余計にトライバを虚しくさせた。

 

「いわんこっちゃない……」

 

 ほっとしたのは自分が引き金を引かずに済んだということだった。人殺しをせずに済んだという安堵は一瞬の気の緩みを生み、敵の動きを見逃す結果になってしまった。

 火線が味方機を貫いた。打ち抜かれたジャハナムは沈黙し、その場に崩れ落ちた。

 レクテンがいつの間にか出ていた。動きが他の機体と全然違う。

 

「アーミィが出てきた!?」

 

 トライバは機体を降下させ、レクテンに対し銃撃を行う。当たるとは思っていない。牽制の意味で撃ったが、レクテンはジャンプしてそれを回避した。そのまま敵は「角付き」のジャハナム――隊長機に向かった。

 

***

 

 リャンは最初から「角付き」に狙いを定めていた。戦力差を覆せるとも思っていないのだから、まず指揮官機を潰す。それで撤退してくれればよし、そうでなくとも足並みは乱れるはずだ。フットペダルを踏み込み、ブーストをかけて一気に近づいた。

 

「仕留めるっ!」

 

 右手に持たせていたビームサーベルを発振させ、「角付き」めがけて振りかぶる。敵はシールドで受け止めたあと距離を取った。追従しようとするが、後ろから飛来してきたビームの光に踏みとどまった。

 

「ビーム!? どこから……」

 

 背後を映すカメラ画像を呼び出す。二つあるドームの内、「博物館」のほうからモビルスーツが出てくるのが見えた。何という機種なのかは知らない。おそらく前世紀(宇宙世紀)のモビルスーツ、そのレプリカだろう。その機体がビームライフルを構えながらまっすぐ歩いてくる。

 誰が乗っているのか。ドナ隊長かもしれない。密かにそう思いながら、隣に並んだレクテンの肩に手を置く。接触回線が開き、リャンは「隊長ですか!」と叫んだ。

 しかし返ってきたのは「違いますよ!」という絶叫にも似たノォトの声だった。

 

 


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