雪ノ下雪乃の消失   作:発光ダイオード

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一色と玉縄が教壇に上がって乾杯の挨拶をすませた後、部室には両校の参加者の賑やかで楽しげな声が溢れていた。最初の頃は仕事を押し付け合ったり、同じ部屋にいても学校ごとで固まって交流の浅かった両校の生徒会。しかしその溝はいつの間にかなくなり、見渡せば誰もが混じり合うように散らばって笑顔を浮かべている。何か冗談を言いながら身振りをする海浜の生徒や、笑ってツッコミを入れる総武の生徒。スマホの写真をたねに会話に興じる両校の女子達。みんな長年の友人のように、気軽な雰囲気の中で打ち解けて、居心地良さそうに話し合っている。

そんな賑やかな雰囲気の中、俺は存在を隠すように隅の方でひっそりと壁に凭れ掛かっていた。感じる空気の温度差から、木板の床に視線を落とす。ぼんやり眺めていると、木目は足に絡みつくように渦巻いて見える。弾まないわけじゃない。気に入らないわけじゃない。ただ、やはり自分にはこういうのは似合わないと、改めて実感する。

 

「比企谷」

 

名前を呼ばれ、視線を剥がすように顔を上げると、目の前に葉山が立っていた。さっき見た時は女子に囲まれていたと思ったが、どうやら開放されたらしい。両手に紙コップを持って、ゆっくりと近づいてくる。片方を俺に差し出すと、葉山は隣に凭れ掛かった。

 

「随分と変わったみたいだな」

 

こっちは見ず、部室を眺めながらぽつりと呟く。

 

「何がだよ?」

 

「雪ノ下さんさ。あんな風に話してる姿は滅多に見ない」

 

そう言われて同じように視線を向けると、部室の真ん中で雪ノ下は由比ヶ浜や折本達と楽しそうに話をしていた。

 

「…だいたいあんな感じだろ」

 

いつも由比ヶ浜達といる時と変わらなく見える。まぁ、俺と話す時はもっと蔑んだ目をしてるけども。

 

「それは比企谷が以前の雪ノ下さんを知らないからさ」

 

「そりゃ、最近知り合ったばっかだからな」

 

葉山は、小さくかぶりを振る。

 

「でも彼女が変わったのは、たぶん比企谷のおかげだ」

 

「そんなんじゃねぇよ……言ってんだろ、雪ノ下とは最近知り合ったばっかだって」

 

半年ほど一緒に過ごした前の世界でだってそんな気はしない。ましてやこっちじゃ精々一ヶ月くらいだ。身分を隠している名前の知れない王子ならまだしも、そんな短い間に他人を変えられるほど、俺は自分のことを大した奴だなんて思っていない。

 

「時間じゃないさ。ずっと一緒にいても、何もできないことだってある」

 

葉山は薄い笑みを浮かべてそう言った。その声には、どこか懐かしむような、嘆いているような響きかある。それから紙コップに口をつけると、一呼吸置いてから肩をすくめて、俺を見据える。

 

「でもそれだけだ。確かに陽乃さんの言う事ばかり聞いていた頃とは少し違う。でも、変わってきたけど…ただそれだけの事だ」

 

まっすぐな瞳から僅かな冷たさを感じる。俺は唇が乾いている気がして、口の中でそっと舐めた。

 

「…いけないのか?」

 

眉をひそめ、葉山は俺の言葉を繰り返す。

 

「いけない?」

 

「………」

 

「……本当にわからない訳じゃないんだろう?」

 

まだ、考えてないだけなんだろう?

そう言いたげに訊き返してくる。黙り込む俺に、葉山は言葉を続ける。

 

「比企谷、俺は君と対等でいたかったんだ。だから期待しないと心に決めていた。だけど…」

 

そう言いかけたところで、

 

「葉山先輩っ」

 

とだしぬけに明るい声が飛んでくる。葉山の表情が一瞬だけ険しさを増すが、すぐに眉根を綻ばせる。

 

「どうした、いろは?」

 

「…生徒会長がこんな隅っこにいていいのか?」

 

そう言うと一色はこっちを見て、快い表情をくしゃっとしかめた。

 

「それなら葉山先輩だってそうじゃないですかー」

 

確かに。こんな隅っこが似合うのは俺か埃くらいなもんだ。

俺の憎まれ口を軽くあしらい、一色は葉山に向き直る。

 

「それより葉山先輩っ。これからちょっとした余興をするんですけど、よかったら葉山先輩も手伝ってくれませんか?」

 

「…あぁ、いいよ」

 

少しだけ躊躇う様子を見せたが、葉山は笑って頷いた。

 

「わあ、ありがとうございます。ではこちらへ…」

 

「俺はいいのか?」

 

「先輩は別にいいです」

 

さいで。

 

「じゃあ先輩、期待してまっててくだいね」

 

一色はわざとらしくウィンクをしたあと、葉山とふたり部室を出て行った。

別に面倒なことをしたい訳じゃないが、こうもキッパリ断られると、それはそれで寂しい気分になる。ぽつりと取り残された俺は、渡された紙コップに視線を落とす。オレンジジュースが入っていた。ひとくち口をつけると、甘酸っぱい香りが口に広がった。

 

 

 

 

 

やる事もなくなり、ふたたびぼんやりと部室を眺めていると、

 

ん?これは…。

 

と妙なことに気がづいた。なんだかさっきよりも人が少ないような……。

他人の顔を覚えるのは得意じゃないが……いや、実際ここにいる連中の顔なんて全くわからないが、何というか人口密度が減っている気がする。ぎゅっと目を閉じたあと、しばたいてもう一度しっかり確認してみると、違和感は実感へと変わる。どうやら本当に人が減っているようだった。気がつけば三浦や折本、それに雪ノ下の姿も見当たらない。さっき一色が言ってた余興の準備というやつか?不思議に思った俺は、近くで話をしていた由比ヶ浜達に訊ねる。

 

「他のやつはどうしたんだ?」

 

声を掛けると、由比ヶ浜と海老名と川崎が揃って振り返る。

まず海老名が、

 

「さっきいろはちゃんに呼ばれてったよ」

 

続いて由比ヶ浜。

 

「これから何かするみたい」

 

しかし川崎は肩を落として、何も言わずにため息をつく。

 

「……何か芸でもやるのか?」

 

昨日俺がいない間に、こっそり踊りの練習でもしていたのだろうか。

訝る俺に、海老名は眼鏡のつるに手を当てて曖昧に小首を傾げる。

 

「ううん、違うと思うけど…。やるにしても多分簡単な事じゃないかな?」

 

一色には期待してまてとは言われたが、正直不安しかない……。

 

 

 

 

「皆さーん、注目してくださーい」

 

暫く由比ヶ浜達の側にいると、部室に戻ってきた一色が扉の前で元気な声を上げる。残っていた生徒もみんな一色の方へと視線を向ける。

 

「これからちょっとした余興を始めますっ。後で皆さんにも参加してもらいますので、そのつもりでお願いしまーす」

 

いったい何をやらかすつもりだ?

愛想を振りまきながら、一色は扉に手をかける。

 

「それではどうぞっ」

 

勢いよく扉を開くと同時に、数人の生徒が部室に入って来る。その中には三浦の姿もあった。特に音楽が流れ出したり、踊り出したりする様子はない。いきなり傘を開いて、その上で玉を転がしたりすることもない。ただひとつ、目に見えて違うのは……。

 

「どーよ?結構よくない?」

 

三浦は面白そうに笑いながら、揚々と正面を向いて歩いてくる。俺の前に立つと、ネイビーブルーのスカートをひらひらと揺らしてみせる。

 

「うちらのはリボンだけど、ネクタイもイケてるっしょ?」

 

得意気に鼻を鳴らして言った。

襟元で緩く締められたワインレッドのネクタイ。身体を揺らすたびに、ボタンの外れたブレザーの下からシャツの裾が見え隠れする。そう、三浦の着ているのはうちの高校の制服じゃなかった。部室から出て行った連中はみんな、総武高校と海浜高校の……互いの制服を交換して着ていたのだった。

 

「いいなあ、優美子。すごい似合ってるよっ」

 

手放しで褒める由比ヶ浜。

 

「結衣も絶対似合うし、後で着てきなよ」

 

ふたりは笑顔で両手を取り合うと、互いを称えあった。

海浜高校の制服を着た三浦はいつもと違って見えるが、受ける印象はあまり変わらない。おそらく自分に合うように制服を着崩しているからだろう。どんな格好をしても自分のままの三浦に、少しばかり感心する。

 

「他の人は?」

 

由比ヶ浜の後ろから、海老名が三浦に訊く。

 

「いま順番に着替えてっから、そのうち来んじゃない?」

 

「へぇ、そうなんだあ」

 

海老名は何か思いついたように川崎を見る。

 

「さきさき、私達もやってみる?」

 

「えっ、私も?」

 

突然そう言われ、川崎は思わず顔を赤らめる。

 

「比企谷君も見たいよね、さきさきが違う制服着てるの」

 

「えっ?」

 

いやぁ…そんな急に言われても……。

川崎と海老名の瞳が俺を見つめる。確かに興味がないと言えば嘘になるが、素直に答えていいのだろうか。見たいと言って変態扱いされないだろうか…。

 

「……やっぱいい」

 

言い淀んでいる間に、川崎はむすっとした表情に変わり、海老名にはあからさまに溜め息をつかれた。どうやら応えを間違えたらしい。ぼっちにそんな高度なコミュニケーションを求められても困る。

 

「比企谷っ」

 

今度はなんだ?

矢継ぎ早に、弾むような声を掛けられる。折本だった。着替えてきたらしく、総武高校の制服を着ている。こっちも三浦と同じように、自分流に制服を着崩している。

 

「どう?似合ってる?」

 

「あぁ、いいんじゃね?」

 

「えっ…?えへへ、でしょ」

 

折本は意外そうに目を丸くするが、すぐに表情を崩して、照れ臭そうに笑う。

同じ轍を踏まない様に注意していたため、今度はすぐに答えられた。しかし、背後から険のある視線を感じるのは何故か……。

 

「もし私が比企谷と一緒の高校だったら、こんな感じだったのかな?」

 

「まぁ、そうかもな」

 

「なんか変な感じだね」

 

「…だな」

 

折本が頬を赤くするので、なんだか見ているこっちにもその熱が伝わってきた。

はにかみながら、折本はスマホを取り出す。

 

「ねぇ、一緒に写真撮ろうよ」

 

女子とツーショットなんて撮ったことないぞ。どうする、うまく笑えるか?

心の中であくせくしていると、入り口の方で黄色い歓声が上がる。見ると、ちょうど葉山が海浜高校のブレザーを着て戻ってきたところだった。

 

「うわっ、ヤバイ!葉山君うちの制服着てるっ」

 

折本の身体が波打つように揺れる。

 

「相変わらず、凄い人気だな…」

 

見る見るうちに、葉山の周り位に女子達が集まっていく。

 

「あたし、ちょっと行ってくるっ」

 

言うや否や、折本はスマホ片手に踵を返すと韋駄天のように馳せて行く。取り残される俺。まあそんな事だろうとは思ったが、慣れないことをされると浮き足立ってしまうのでやめてほしい。

 

「私達も行く?」

 

葉山の方を見ながら、海老名が三浦に訊く。三浦は、

 

「えっ?んー、あーしは…」

 

と歯切れ悪く呟いた。

 

「せっかく着替えたんだしさ、一緒に写真撮ったらいいじゃんっ」

 

「わっ!ちょっ…姫菜、待ってってばっ!」

 

そのまま三浦の背中を押す様に、海老名達も女子の群がりの中に飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

「比企谷君」

 

三たび、名前を呼ばれる。なんで今日はこんなに呼ばれるんだ?今日の比企谷八幡は大繁盛である。若干飽き飽きしながら振り向くと、思わず視線を縫い付けられる。そこに立っていたのは雪ノ下だった。総武高校の制服を着ている。三浦や折本と違い、リボンをきちんと締め、折り目正しく制服を着こなしている。

なんだかずっと見ていなかった様で、ひどく懐かしく感じる。今まで雪ノ下の事をまじまじと見たことなどないと思っていたが、いま俺は、あぁと思う。こっちの姿の方が、確かに俺の知っている雪ノ下だ。

 

「どうかしら?」

 

雪ノ下はわずかに顔を逸らしながら、自分の髪に二、三度手櫛をかける。ちらりと目が合う。咄嗟に言葉が出なくなってしまった。ぐっと、奥歯を噛む。

 

「…いいと思う」

 

「……そう」

 

それだけだったが、雪ノ下は満足そうに微笑んだ。

 

「すごく似合ってるよ、ゆきのんっ」

 

意気込んだ様子で褒める由比ヶ浜。

 

「ありがとう、由比ヶ浜さん」

 

「なんかっ……、ゆきのんって感じ!」

 

ん。その意気やよし。

 

「…これは褒められているのかしら?」

 

「とりあえず、由比ヶ浜の語彙力が低いってことは確実だな」

 

「ちょっとヒッキー、酷くないっ?」

 

頬を膨らませて俺を睨む由比ヶ浜。それを見た雪ノ下は、口許に手を当ててクスリと笑う。つられて俺も目を細めると、由比ヶ浜も嬉しそうに笑った。

 

「…けど、こうやってここにいると、なんか戻ってきたって気がするね」

 

「そうね」

 

「部室はこんなだけどな」

 

周りには奉仕部じゃない生徒や、学外の連中が沢山いる。いつも使っている長机は後ろに下げられ、窓や壁にはクリスマスのモチーフが飾り付けられている。いつもの奉仕部の面影はまるでない。けれど…。

 

「もうヒッキー、そういうことじゃないんだってば」

 

由比ヶ浜は唇を尖らせる。

けれど、由比ヶ浜の言いたいことは、わかる。俺達三人が、今、こうして、この場所で、以前のように笑いあっている。それを言っているんだと。決して戻ってきた訳じゃない。だが今この場所は、確かに俺達がいたあの場所に限りなく近いんじゃないか……、俺自身そう感じていた。

 

「ねぇ、ゆきのん。最初に会った時のこと覚えてる?」

 

由比ヶ浜が訊くと、

 

「えぇ、覚えているわ」

 

と雪ノ下は遠くを見つめるように微笑む。

 

「あの時はびっくりしたわ。あんなにも料理が苦手な人、初めてだったもの」

 

一瞬だけ、時間が止まった気がした。由比ヶ浜がきょとんとした表情で雪ノ下を見る。

 

「えっ?ゆきのん、いま……何って言ったの?」

 

柔らかく緩んでいた雪の下の頬が、ぎゅっと引きつる。血の気が引くというのは、こういう事を言うのだろう。しまったという表情……雪ノ下の顔が青白くなる。

 

「雪ノ下…お前」

 

「っ……」

 

俺が口を開くと同時に、雪ノ下は逃げる様に部室を飛び出した。扉の前にいた連中も、何事かと俺達を見る。

 

「えっ、何っ?」

 

一部始終を見ていた川崎だったが、当然状況は飲み込めていない。開いたままの扉と俺を交互に見返すが、それを気にする余裕はなかった。

 

「由比ヶ浜っ!」

 

息を切るように呼び掛ける。けれど、由比ヶ浜は凍りついたように動かない。

 

「…由比ヶ浜?」

 

もう一度呼ぶと、数秒遅れて顔を向ける。

 

「ヒッキー……」

 

そう言う由比ヶ浜の声は、これまで聞いたことがないほど弱々しい。

 

「……追うぞ」

 

答えはしばらく返らなかった。やがて俯いて僅かにかぶりを振り、

 

「ヒッキー、行ってきて…」

 

震えるような声で言う。

 

「私じゃダメだった……。私じゃゆきのんを見つけられなかった。ヒッキーじゃないとダメなんだよ。だから……行って」

 

俺は由比ヶ浜に、あの日の自分を重ね合わせる。部室を飛び出して行く雪ノ下に、どうしていいのかわからず、なにも考えられなくなった自分を。あの時、雪ノ下を見つけられなかった。由比ヶ浜はそれをずっと後悔していたんだ。こっちに来てからも明るく振る舞っていたが、後悔は次第に諦めに変わり、やがて歪んだ期待となって俺に託されようとしている。

そう言えば、あの時の雪ノ下も分からないと言っていた。結局、俺達は誰も分かってなかったんだ。分からないまま、分かったフリも出来ず、有耶無耶にしようとして、それでこっちの世界に飛ばされたんだ。

今、俺達の置かれている状況は、奇しくもあの日と一致している。元の世界に戻れるタイミングがあるとすれば、今をおいて他にない。

 

「確かにお前は雪ノ下を見つけられなかったのかもしれない。でも、それは俺だって一緒だ」

 

「でも……」

 

「もう一度探しても、きっと結果は変わらない」

 

その言葉を諦めと捉えたのか、由比ヶ浜が顔を上げる。

 

「じゃあっ……」

 

目に涙が溜まっていく。溢れそうなほど潤んだ瞳を見つめながら、俺は手を固く握る。

 

「由比ヶ浜だけじゃダメだ。俺だけじゃ、ダメだ。俺と、お前の、ふたり……。

一緒に行くぞ。雪ノ下もきっと、そう望んでる」

 

自分に言い聞かせるように、ひとことひとこと言葉を紡いでいく。

 

「だから……」

 

徐に、握った手を開いて由比ヶ浜に差し出す。

由比ヶ浜は袖で涙を拭った。目尻は少し赤くなっていたが、その瞳にもう迷いはなかった。力強く俺見つめると、ぎゅっと手を握り返した。

 

「すまん、ちょっと行ってくる」

 

「ちょっ、どういう事よ!?」

 

由比ヶ浜の手を握ったまま踵を返す。背中に川崎の叫び声が飛んでくるが、俺達はそのまま走り出す。

扉の近くに群がっていた女子達は、俺達が近づいていくと海が割れるように開ていく。割れた先の扉の前には、行手を遮るように葉山が立っていた。睨み合う形で目が合うが、葉山はふっとため息をついて肩をすくめる。

 

「……期待してる」

 

ぽつりと呟いて、ズレるように扉の前から離れた。

葉山の考えてることは、やはり俺にはわからない。だが、今はそれを気にしている余裕はない。俺と由比ヶ浜は、雪ノ下を探しにいく為に部室の扉を開ける。

 

「きゃっ!」

 

ガラリという音と共に悲鳴が聞こえる。目の前には、いきなり扉が開いたことに驚いたのか、一色が身体を強張らせながら立っていた。

 

「あの…声かけようと思ったんですけど…」

 

「いろはちゃんごめん。また後でね」

 

由比ヶ浜はそれだけ言うと、一色に目をくれることなく部室を出ていく。続いて俺も一色の横を通り過ぎようとすると、

 

「あっ、ちょっと先輩っ!」

 

と、一色は俺の制服の裾をぐいっと掴む。俺の目をじっと見つめながら、人差し指を上に向ける。

 

「雪ノ下先輩なら上です、上」

 

「あ…わりぃ、助かる」

 

それから何か続けるように口を開くと、俺を呼ぶ由比ヶ浜の声と重なった。

 

「ヒッキーっ!」

 

「……ちゃんと見つけてあげてくださいね」

 

一色は少し困った顔をするが、すぐにいつもの笑顔に戻る。

 

「さ、早く行ってください」

 

一色に見送られ、俺たちは渡り廊下の屋上へ向かった。


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