「だいたいどんな感じかわかりました?」
会議の休憩時間、疲れ顔の俺に一色が尋ねてきた。手にはプリントの束を抱えている。その厚さは1cmに満たないほどで、普通のコピー用紙であれば7〜80枚くらいだろうか。一見すると何かの資料の様だが、どうやら仕事を受け取って来たらしい。
俺は大きく背中を反る様に腕を伸ばす。長い時間椅子に座っていたので尻や腰が痛い。実際にはそれ程長い時間ではなかったかも知れないが、そう感じるのはやはり会議の内容のせいだろう。
前の世界でもこの会議に出ているのである程度の気構えはあったが、いざあいつらの若いマインドだのイノベーションだのウィンウィンだの言う意識高い系の発言を聞いてはみたものの、全くもって内容が頭に入ってこなかった。そもそも内容がない。言わんとしている事は何となく分かるが、前提条件を決めるための条件の基盤となる条件の話をしている様な……とにかく、まったく建設的な議論になっていないのだ。
「いや、何も分かんなかった」
「あぁ、何か難しい事言ってますもんね。けど「すごーい」とか「私も頑張らなきゃー」とか言うとちょー受けいいですよ。後はメールの相手だけしとけばおっけーみたいな感じです」
一色は得意げに親指を立ててくる。
「お前、いつか刺されるぞ…」
「でも先輩も時々あぁいう感じですよ。頭良さげというか、意識高い系っていうか」
「一緒にするな。俺は意識高い系じゃない、自意識高い系だ」
ふと、雪ノ下さんから自意識のバケモノと言われた事を思い出した。
「…はぁ、よく分からないです」
呆れた様に声を漏らすと、一色は手にしていたプリントを見せてくる。
「とりあえず、やる事集めて来たので取り掛かっちゃいましょう」
「そだな。まぁ何にせよ内容は早く決めた方がいいな。クリスマスなんてあっという間だぞ」
やらなければいけない事は分かっている。今はまだ時間に余裕があるが、この先を考えるとあまり悠長な事は言ってられない。
「ですよね…」
一色も懸念があるのか、声のトーンを落としてそう答えた。
「いろはちゃんっ。ちょっとお願いしてもいいかな?」
コンコンと強めに机を叩く音に合わせて玉縄の声が飛んでくる。ピクリと反応した一色は「はーい」と返事をしてすたこらと向かって行く。不遜な態度と感じつつも玉縄のもとへ行く一色の背中を見ていると、同じ様に隣では生徒会の面々が何やら不安げな表情で一色を見つめていた。
数言で会話を終えた一色。くるりとスカートを回してこちらへ帰ってくる。玉縄と話している間終始絶えなかった笑顔はこちらを振り向くと同時に失われ、なんだか重いぬかるみの様な表情に変わっていた。
「大丈夫か?」
「もー、向こうの生徒会長ってば議事録まとめまでこっちに押し付けようとして来たんですよ」
一色は項垂れて肩を落とす。
前の世界での話だが、一色は自分から遠い人間に好かれるという事に重点を置いて生きていた。葉山しかり玉縄しかり。そのような相手に対して意見をいうことはなく、あくまでも意見を聞き入れるだけ。そのため自校の生徒会の事はおざなりになり、結果大量の仕事を押し付けられた。
生徒会がうまく機能しているなんてお世辞にも言えたものではない。まだ生徒会が始まったばかりでお互い遠慮があったんだろう。特に一色は一年生ということもあり、二年生に強く言いにくいという状況もやりとりを阻害する原因のひとつになっていた。
一色が玉縄に遠慮しなくなること…二校の対等な関係を築くにはそれが重要なファクターになる。玉縄を一色にとっての近い人間にするのことができれば、このクリスマスイベントも上手く進められるだろう。その為に、まずは生徒会のわだかまりを解消して内部を固めなければいけない。それから…
そんなことを考えていたのだが、一色の口からは思わぬ言葉が飛び出してきた。
「まぁ、断ったからいいですけど…ちょっとこっちに振ろうとし過ぎなんですよね」
「えっ!お前断ったの?」
「そうですけど…なんですか、いけませんか?」
一色は怪訝そうな顔をしつつも、俺の反応を見て間違ったのではないかと不安げ訊いてくる。
「いや、てっきり引き受けたんだと思った」
「そりゃ最初は言われたとおり引き受けてましたよ。けど、限度があるっていうか…正直面倒くさいっていうか…」
恐らく主な要因は最後にぼそりと言った言葉だろう。まぁあんな言われ方したら誰だって嫌だろうし、俺も人の事は言えないな。
とは言え、一色が玉縄の意見をはね除けたのには驚いた。
「ていうか、先輩が教えてくれたんですよ?人への頼み方」
そんなの教えた覚えはないが、どうやらまた俺の知らない所で物語が進んでたらしい。
「そうだっけ?」
「期待を操る…でしたっけ?自分は期待されていると思わせるとか、問題はあまり大きく見せないとか…」
そんな事を言ったんだろうか。言ったんだろう、知らんけど。
ないはずの記憶を思い返して、やはりないと確認した時、副会長が一色に声を掛けてきた。
「会長、何かやる事は…」
「あっ、じゃあこれお願いしまーす」
軽い説明をして一色は持っていた資料を渡す。そこに遠慮はなく、どちらかと言えば副会長の方が尻込みしている様にも見えた。どうやらこちらの世界では一色は生徒会や玉縄に遠慮する事なく話せているようだ。想定外ではあったが、一色が一色らしさを出せているならこのイベントも案外大丈夫なのかもしれない。
僅かな光明に安堵した俺だったがそれも束の間、何気なく見回した室内に違和感を覚えた。
総武高の生徒会は一色から受け取ったプリントの処理をしている。枚数もそれ程ないので20分もしないうちに片付くだろう。対して海浜高の机の周りには幾つものプリントの束が山積みにされている。必死に手を動かしているが、とても今日中に終わるとは思えない。シャーペンを走らせる音や電卓を叩く音から焦りや苛立ちが伝わってきて、部屋全体にぴりぴりとした重苦しい空気が充満している。
「なんか向こう大変そうだけどいいのか?」
「やだなぁ先輩。向こうがやってくれるって言ってるんだから大丈夫ですよ」
一色はにこやかに否定する。その表情はとても可愛らしく、したたかさ溢れるものだった。
聞けば、最初はこっちが言われた事をすべて聞き入れていたらしい。しかし次第にエスカレートしてくる仕事の押し付けに、一色は我慢の限界に達し断った。そして持ち前のあざとさで玉縄を絆し、自ら進んで面倒な仕事を請け負うように仕向けた…という事らしい。
確かに向こうが引き受けたのなら向こうでやるのが当然だ。しかしこれはあまりにも一方的な気もする…。その事を一色は気にしている様子はないがこちらの役員は不安げな表情で、少なからず罪悪感を感じている様だった。先程玉縄のところへ行く一色へ向けていた視線の正体は、おそらくこれだったんだろう。
対等になったと思っていた両校の立場は逆転し、やはり一筋縄ではいかないのだと思い知らされた。
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会議が終わり、始まった頃にはまだオレンジ色だった空もすっかり青暗くなっていた。暗いと余計に寒そうに感じるのは、やはり冬が近づいているせいだろうか。建物の中であっても、廊下に出ると少しばかり冷える。背中を丸めながら一階に下り、入り口付近の自販機で缶コーヒーを買った俺は備え付けのベンチに腰を下ろす。2階には海浜高校の生徒がまだ残っており、鍵を返すギリギリまで作業を続けている様だった。
俺は管コーヒをこくりと飲んで、ふぅと一息つく。
「よっ!お疲れ」
あんな会議の後だというのに、疲れを感じさせない溌剌とした声が頭の上に降ってくる。顔を上げるとそこには折本かおりが立っていた。折本は俺と目を合わせた後、ぼすりと隣に腰掛ける。
「……大変そうだな」
「だよねー。みんなちょー忙しそう」
「忙しそうって…手伝わなくていいのかよ」
「私?だって私生徒会じゃないし。今日来たのだって友達に誘われただけだし…比企谷もそうじゃないの?」
折本は考えもしなかったとでも言う様に手を横に振る。
「いや、俺は…」
「あっ、分かった。一色ちゃんの事狙ってんでしょ?」
「何でそうなんだよ」
「だってこの前も一緒にいたじゃん」
「…ただの部活の手伝いだよ」
「ほんとー?てか何、比企谷部活やってんの?ちょーウケる!何部?」
折本は楽しそうに笑う。何がそんなに面白いのか。
「いや、ウケないけど…奉仕部だよ」
「奉仕部…あははっ、比企谷が奉仕部って似合わな過ぎ」
更に折本はからからと声をあげて笑い出す。部活をやってるだけでこうも笑われるとは思わなかった。
「似合わな過ぎって、奉仕部がどんな部活か知らねぇだろ」
「けど、どこの学校でもだいたい同じ感じでしょ?」
その言い方はまるで、総武高の奉仕部については知らないが、奉仕部という部活の活動内容自体は知っているという様な口ぶりだった。
「…そっちの高校にも奉仕部があるのか?」
俺は冷静を装って折本に尋ねる。奉仕部なんて普通の学校にはない部活だ。平塚先生の様なおかしな教師や、学校生活に馴染めない残念な生徒がいなければそんな部活は発足しない。つまり、折本の高校にもそういった人物がいるということになる。
「あるよ。私は行った事ないけど友達が……っと、じゃあ私ちょっと上の様子見てくるわ。それじゃね」
「えっ、ちょっ…」
話の途中ふと視線を逸らした折本は、何故か慌てた様子で立ち上がるとそそくさと行ってしまう。途中、丁度階段を下りて来ていた一色と二言三言言葉を交わしてから、またねと挨拶し階段を上って行った。
「先輩どうしたんですか?ひょっとして私の事待ってました?」
折本と入れ替わるように近づいて来た一色はからかう様に言う。
「ちょっと休憩してただけだよ」
「折本先輩と何話してたんですか?」
「別になんでもねぇよ。お前らこそ何話してたんだ?」
「別になんでもないですよー。ただ妙にニヤニヤしながらまたねって言われました」
「何だそりゃ」
一色は俺の側に立つと、入り口のガラス戸の外に目を向ける。
「すっかり暗くなっちゃいましたねー」
「そだな」
折本の話が気になっていた俺は適当に相づちを打つ。するとその反応が気に入らなかったのか、一色は俺の隣に腰を下ろしてずいっと顔を近づけてくる。
「暗くなっちゃいましたねっ!」
同じ言葉を繰り返す。そこで俺はこいつが何を言いたいのか理解した。
聞こえていなかった訳じゃないんだから、そんな大声で言わなくてもいいのに。それに顔が近い。まつ毛長いし目がでかい。
「…わかったよ。駅まで送りゃいいんだろ」
「わぁ嬉しい」
一色は両手を合わせて首を少し傾けると、満足そうに顔をほころばせる。
「ていうか、そのあざとさ雑すぎない?」
「もっと甘える感じの方が好きです?」
いやもう可愛いから何でもいいんだけどね。
駅はすぐそこだ。これも仕事の範疇と割り切り、俺は一色と駅までの道を歩いた。
折本の話は、まぁ明日また訊いてみることにしよう。
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翌日の放課後、俺は昨日と同じ様にコミュニティセンター前で一色を待っていた。コミュニティセンターは3階建てで、講習質の他にも和室や料理実習室、音楽室やホールもあったりする。サークル活動や地域のイベントも定期的に行われたりと、駅に近いこともありそれなりに利用されているようである。1階には図書館もあり、学校帰りの小学生や地域のご老人がちらほら俺の前を通り過ぎて行った。
自転車にもたれながらぼうっとしていると、同校の生徒会メンバーがやってきたので軽く会釈をする。一色はもう来ているかと聞かれたのでまだ来ていないと答えると、そうかと呟いて中に入って行った。俺は副会長の、どこか哀愁漂う背中を見送ってから時計を確認する。待ち合わせの時間までにはまだ少しあった。ただ待っているのもつまらないので、俺は先日の屋上での出来事を思い返してみる事にした。確かあの日もこうやってぼうっと待っていた…。
スピーカーから流れるチャイムの音が、その日最後の授業の終わりを告げる。一日の勉学から解放され晴れやかな顔やくたびれた表情を浮かべるクラスメイトを横目に、俺はそそくさと教室を後にして屋上へ向かった。廊下にはいつもの様に高い笑い声や低い騒めきが聞こえている。これから部活に向かおうという生徒や帰宅しようとする生徒が昇降口に向かう中、俺は流れに逆らう様に一人階段を上った。3階4階と登り進めるうちにだんだんと人気は薄れていき、屋上への扉の前に着く頃には辺りはしんと静まり返っていた。ドアノブにひんやりと体温を奪われながら俺は屋上に出る。
夕暮れにはまだ早く、空はうっすらと青みを残していた。放課後は吹奏楽部などが練習で音楽を鳴らしているのだが、その日は静かだったと思う。グラウンドを見下ろすと、サッカー部や野球部が用具の準備をしたりストレッチをしたりしていた。一日中机に縛られて頭を使い、そのうえ身体まで動かして体力を削ってやろうという発想がスゴい。みんなカンペキ超人にでもなりたいんだなと思った。
「文化祭の時もそうだったけど、比企谷って屋上が好きなのか?」
グラウンドを走るちまちまとした人影を眺めていると、後ろから声を掛けられる。別に驚きはしなかった。そいつが来ることを俺は知っていたのだから。
「悪かったな、部活前に呼び出して」
冗談混じりの質問に返事をしなかったが、葉山隼人がそれを気にかける様子はなかった。
と言うか、文化祭の時は実行委員長の責務を投げ出した相模を探して屋上に行ったのであって、それは葉山も知ってるはずだ。馬鹿と煙と比企谷八幡は高い所が好き、というわけではない。
…こっちの世界の俺が本当に屋上が好きな奴だったという可能性もないわけではないが。
「構わないよ。けど用件は手短に頼む」
まぁ大体の予想はつくけどな。葉山はそう付け足すと、俯き加減に目を逸らした。俺は手短かにと言われたので、単刀直入に葉山に質問する。
「葉山、お前三浦を振ったそうだな」
「…姫菜たちから聞いたのか」
「何で振った?」
「聞いただろ。付き合ってる人がいるって」
「あぁ。けどそれはどうでもいい。俺が訊いてるのは、何で教室…それもクラスの連中が見てる前で振ったのかってことだ」
「仕方がなかったことだ」
葉山は淡々と喋る。その抑揚のない口調はどこか決められたセリフを擦っているようだった。こちらを見ているようでどこか違う所を見ているような視線は、以前雪ノ下さんから放送で呼び出されて教室を出ようとした時に向けられたものと似ている気がした。
「いつものお前らしくないんじゃねぇの?」
「俺らしいってなんだ?ずっと一人でいる比企谷に、他人の気持ちが分かるって言うのか?」
葉山の言葉に少しの生気が戻る。悪意や敵意とは違う何かに俺がぴくりと身体を揺らすと、葉山も自分の声が強くなっていることに気付いた。
「…すまない」
「…別にいい。ぼっちは周りからの視線に敏感ってだけだ。誰からの注目も浴びないようにいつも周りを伺ってるからな、人間観察に優れてるんだよ」
葉山が何を思って三浦を振ったのかなんて、そんな事は分からない。だが、葉山がどういう人間なのか俺は知っている。
こっちの世界に来てしばらく経つが、分かったことがひとつある。それは、たとえ周りの環境や立場が変わったとしてもその人の人間性は、元の世界だろうがこっちの世界だろうが変わらないということだ。奉仕部じゃなくなった由比ヶ浜が明るく優しいように、葉山とは関係なしに生徒会長になった一色があざといように、川崎や海老名、三浦だってその本質は変わっていなかった。ならば、たとえ彼女ができたとしても葉山は葉山のはずだ。
正義感に溢れ、クラス内外問わず人望も厚く、グループの中心人物として人気も高い。人の良心を信じ、好意を受け入れ、敵を作らない。みんな仲良くをモットーに、周囲の人間関係を大切にし、現状維持に固執し、壊れて失うことを恐れる。
そう決めつけるのは高慢なことかも知れない。だが、少なくとも俺から見れば葉山隼人とはそういう人間だ。
「ところで、雪ノ下陽乃さんって知ってるか?」
唐突な質問に不意を突かれたようで、葉山は反射的に応える。
「あぁ…家同士で付き合いがあって、小さい頃から知ってるよ。けど、何で今陽乃さんが出てくるんだ」
「この間俺が放送で呼び出された事があったろ。あの時お前だけ周りの奴らと反応が違ったからな」
「まぁ、知ってる声だったからね」
葉山はなるほどという表情を見せるが、その目は探るようにこっちを見つめている。
「最初はわざと…人間関係に疲れたお前がひとりになるためにやったんじゃないかって考えた。けど…お前、雪ノ下さんに何か言われたんじゃないか?」
みんな仲良く…周囲の人間関係を大事にする葉山が、その信念を曲げてまで断った理由。
それが何かは分からないが、仮に誰かに言われたからだとすれば、そんな事をできる人物で思い当たるのは一人しかいない。
「…陽乃さんから何か訊いたのか」
「まぁ多少はな。仮にお前と雪ノ下さんが付き合っていたとして、自分の彼氏に知らない女子が群がってるなんて気持ちのいい話じゃないだろ」
もちろんそれらしいことは何も聞いてない。単なる鎌かけだ。
「驚いた。比企谷でも冗談を言うんだな」
葉山はふっと息を吐くと、少しだけ微笑みを創る。
「残念だけどその考えは正確とは言えないな。確かに俺は陽乃さんの言うことを断れないだろう。けど言ったろ?折本さんたちと出かけるように言ってきたのは陽乃さんだ。仮に俺と陽乃さんが付き合ってたとしても、彼女はそんなこと絶対に言わないよ」
葉山はフェンスにもたれ掛るとグラウンドを見下ろす。俺もそれに習って下を見ると、サッカー部員がパス練をしている。いつの間にか部活が始まっていた様だ。
「そろそろ行くよ」
「最後にひとつだけ…」
立ち去ろうとする葉山を呼び止める。葉山はこちらを見返すが、これ以上話す事はないという空気を漂わせていた。しかし、ここまで訊いてこれを訊かない訳にはいかない。俺は意を決して口を開く。
「雪ノ下さんって妹いるか?」
「…直接訊けばいい」
「訊いたらいないって言われたからな」
「…陽乃さんがそう答えたのなら俺から言う事は何もないよ」
「そうかよ」
「…じゃあ行くよ」
そう言って踵を返す葉山の表情は笑っていた。普段周りの仲間に見せている様な柔らかさはなく、冷たい笑顔。
「全く…、君が羨ましいよ……」
その言葉は風に流されて聞こえなかったが、入り口のほうへ歩いて行く葉山の背中を俺はただ無言で見つめていた。
出入り口付近で葉山はくるりとこちらを振り返る。
「比企谷!やっぱり俺は君が嫌いだ」
「気が合うな。俺もお前と同じだよ」
それ以上何も言わず、葉山は屋上を去って行った。