個人的には普段から一万文字近く書いているので、五千文字前後にまとめているこの作品がすごく新鮮です。
あと五千文字くらいだと処理落ちしないのでそれも具合がいい理由。
第23回天下一武道会準決勝。
奇しくも対決は前回の決勝戦と同じく天津飯対孫悟空となった。
クリムゾンはお互いに大きく実力を伸ばしたことを見抜いていたが、それでも悟空が頭ふたつは抜きん出ているのがわかった。
「ピッコロ、この勝負どう見る」
「見るまでもない。孫悟空はまるで本気を出しちゃいないからな」
序盤、悟空の弱点をスピードと見抜き翻弄する天津飯だったがそれは悟空がハンデを背負って戦っているがゆえだった。
悟空はおもむろに道着を脱ぎ出すと、無造作に投げたそれが地面へめり込んだ。
「お、お前、そんな重い道着を着て今まで戦っていたのか……!」
戦慄する天津飯だが、悟空が次々と外していくのは何も道着だけではない。
靴やリストバンドも同じく超重量のものであった。悟空いわく“大体百キロ”とのことだったが、クリムゾンは恐らくそれ以上だろうと考えていた。
そこからの試合。
天津飯は奥の手として四人に分身する四身の拳を繰り出すも、即座にそれぞれの分身の能力までもが四分の一になっていることを見抜いた悟空によって各個撃破されてしまう。
天津飯自身も言葉で悟空に敗けを認めさせようとするなど、いささかハッタリの面が強い技のようだ。
「さて、次の試合はなかなか面白いことになりそうだな」
「……ふん! すぐに化けの皮を剥いでやる」
そう言うとピッコロは腕を組んだ姿勢のまま武舞台へ宙を浮いて移動していき、それを見たアナウンサーが目を丸くしている。
武空術という桃白々の扱う鶴仙流の技らしいが、驚くべきことにピッコロは独学でこれを身に付けてしまった。しかも本家以上にうまく扱っており、暇さえあればこれを行うことで日頃から気を負担して己を鍛えている。
次の試合、準決勝第二試合はマジュニアことピッコロ対シェン。しかしすでにその正体を見抜いたピッコロはつまらなそうに一見木訥な中年男を睨んでいた。
「因果だな。だが、これ以上地上の者に迷惑はかけられんよ」
「そう言うならさっさとその人間から出てきたらどうだ、“神”よ」
武舞台にあがった二人はにらみ合い、シェンの方から舌戦を開始した。
因果だ運命だといった言葉はクリムゾン自身が常日頃から否定していることでもあり、ピッコロ自身もあまり好きな言葉ではない。
「そうはいかん。神である以上、易々と地上に姿を現しては……」
「だったら俺が手伝ってやる!」
ピッコロは最後まで言わせず、シェンを名乗る男の中身を狙うかのように目に力を入れると、シェンに対して不可視の衝撃波が叩きつけられる。
「ぐく……! こ、これほどの実力を身に付けていたとは……!!」
戦慄するシェン。大量の気で防御したのをクリムゾンは見ていたが、これ以上借り物の体で戦うのは無理だろう。
「さっさと出てこい。さもないとその男の体ごと貴様を吹き飛ばしてやる」
「……致し方あるまい」
そう言うと、シェンを名乗る中年男からまるで幽体離脱するように緑色の肌をした男が現れた。
その姿を見て、亀仙人や天津飯といった面々は驚愕を隠せない。なぜならばその姿は、かつて自身らを追い詰めたピッコロ大魔王に瓜二つだったのだから。
「ご、悟空。お主は知っておったのか」
「うん、なんとなく気づいてた。神様がピッコロ大魔王と似てるのは、なんでも元々同じ存在だったってことらしい」
「それであれほどに似ているのか……!」
天津飯はかつてピッコロ大魔王と対峙したが、その部下を相手に手も足も出なかった。
鍛え直した今であれば遅れを取らないだけの自負はあったが、それでも神を名乗る男から感じる気は天津飯を大きく上回っているように感じたのだ。
「神よ。俺と同じ存在であるお前が死ねば、俺も死ぬ。もちろん逆もしかりだ。相討ち狙いなどという下らないことを考えているなら、さっさと敗けを認めて降参しろ」
「ふ、ふふ。大きく出たものだと言いたいが……なるほど確かにお前は私よりも強いだろう。もしお前が心底邪悪な存在であるならお前を命に代えても討たねばならないと考えていたが……ふふ、あの男には感謝せねばならないな。私の敗けだ」
ピッコロの清々しいほどの武人としての気質に完全敗北を認めた神は、周囲の期待をよそにあっさりと敗けを認めて武舞台から勝手に降りてしまった。
「じょ、場外! えっと、シェン選手の敗けです!」
一応アナウンサーが勝負の決着を告げるものの、そんなことは当事者達に関係なかった。
そしてピッコロは、すでに目の前で武舞台を見据えて立つ男を視界に捉えている。
「孫悟空。この日を待ちかねたぞ」
「オラもだ。こうして立っているだけでおめえの強さがよぉくわかる」
悟空は隣を通りすぎる第二の師でもある神と視線を交わすと、なにもかも分かっていると言わんばかりに頷き武舞台へとあがった。
「な、なーんと怒濤の展開です! ですがこれ以上盛り上がることはありません! 急ではありますが、これより決勝戦を開始します!」
悟空は先程再び身に付けた、道着の下に着込んだ重りを脱いでいく。
そしてそんな悟空に張り合うかのように、ピッコロを笑みを浮かべると自身の肩当て付きマントをおもむろに脱ぎ捨てる。
マントは悟空の道着と同じように地面へとめり込んだ。
「ピッコロ、おめえも重いのを……!」
「貴様だけではないということだ」
さらには同じく超重量のターバンを脱ぎ捨て、完全に本気となった二人が対峙する。
クリリンはかつて肩を並べた親友がはるか先に行ってしまったように感じて、悟空の背中をひどく眩しそうに見ていた。
「はじめぇっ!」
アナウンサーの声を皮切りに二人の姿が消える。
誰もがその姿を探すなか、やはり先に見つけたのは武天老師ら達人組とクリムゾン及びブルー将軍だった。
彼らは上空を見つめ、そこでぶつかり合う影を見る。
「だだだだだっ!」
「うわたぁっ! そりゃあ!」
ふたりの拳と拳が、蹴りが、肘がぶつかり合う。
気を十全に扱う達人同士の戦いにおいてはすべての攻撃が致命傷になりえる。
ぶつかり合う衝撃音だけでも下から見上げる人間達の腹に響くほどだが、それは同時にふたりの攻撃の威力が尋常ではないことも現していた。
「落ちてくるぞ!」
ヤムチャが叫び、直後にふたりが武舞台に落下してきた。
激しく叩きつけられた両者だが、即座にバク転で距離を取り構えを取って対峙する。
「……ハァ、ハァ、ハァ! すげえな、ピッコロ。オラ限界まで鍛えて神様よりも強くなったつもりだったけど、こんなにおめえが強えだなんて嬉しいぞ!」
「……ハァ、ハァ、ハァ! 戦闘狂め、俺はきさまを倒すつもりなんだぞ……!」
「へへっ、やってみな!」
「はっ!」
再び激しくぶつかり合う二人。
悟空の裏拳がピッコロの鼻先を捉えたかと思うとその姿が消え、背後から悟空の側頭部を狙って放たれたピッコロの蹴りが当たる寸前、今度は悟空の動きが消える。
「残像拳か……! しかしなんとレベルの高い!」
武天老師は手に汗握りながら、極限の戦いとでも言える激闘の一挙手一投足を見逃すまいとサングラスを外していた。
互いに姿を消しては現し、やがてそれらにフェイントが混ざりはじまると途端にピッコロが有利になりはじめた。
「よし!」
「いかん……! ここに来て経験の差がでたか!」
対照的な声をあげたのはクリムゾンと神だ。
悟空へ挑むまでの三年間。ピッコロはひたすらに修行を繰り返し、その合間に様々な勝負を経験してきた。
組手だけでもレッドリボン軍の兵士100人以上とハンデ付きで戦うなど、実戦経験の人数においては悟空を上回る。
そして頭脳戦によって研ぎ澄まされた戦略は悟空の超反射を超え、ついに一撃が悟空の鳩尾を捉えた。
「ぐほぉっ!?」
吹き飛ばされる悟空。だが意地でも武舞台から下りるつもりはないのか、腹を抱えながらもぎりぎりのところで耐え抜く。
「さあ! 形勢は俺の有利だ! 次はどうする?」
一気に自身の有利となったことに気分をよくしたのか、ピッコロは両腕を広げて悟空を待ち構える。
しかしその瞬間、にやりと笑った悟空の笑顔に合わせて地面の下から予想外の一撃が飛び出した。
「ぐあぅ!?」
完全に意識の外から打ち込まれた想定外の一撃はピッコロの顎を正確にとらえており、彼の意識を混濁させる。
「あの馬鹿……! あれほど油断するなと言っただろうに!」
クリムゾンは思わず武舞台と観客席をしきる壁を握りしめて唸る。
悟空がやったことは、地面を通しての気功波だった。かめはめ波を応用し地面の下へと発射した悟空は、それを操りピッコロの足元から打ち上げたのである。
操ることを優先した気弾の威力はそれほどではないし、ピッコロがきちんと警戒していればこれほどまでのダメージを負うことはなかっただろう。
視界が揺れるピッコロは、腹を押さえる悟空へと意地で対峙しその側へとゆっくり近づいていく。
「こ、これでもう小細工はできんぞ……!」
「は、ははっ、おめえ面白えな。でも望むところだ……!」
視界が揺れるピッコロが取った手段は単純明快。近づいて悟空と握手したのである。
勿論それは和解などではない。そんなことは悟空もわかっている。
これは
「ふん! ……ぐほぉ!」
「ぬん! ……ぐあぁ!」
互いの渾身の力を込めた一撃が無防備なボディへと叩き込まれる。
動きは緩慢としたものだが、勝負は結果として意地の張り合いへと移行していた。
互いに逃げ場のないデスマッチ。もはや気を失う以外にここから逃れる術はない。
しかしピッコロも悟空も目を血走らせながら、どこか楽しそうにお互いを殴り合う。
さきほど空中から聞こえてきた打撃音に匹敵する重い音が、次々と響き渡る。
骨が折れ、肉が潰れ、血が流される。
二目と見れない顔になりながらも、しかし男達は殴り合うのを止めようとしない。
だがそれにも限界は来た。
お互いの一撃がクロスカウンターの要領で互いの頬を捉え、等分に分けられた衝撃が同時に意識を奪ったのだ。
それでも倒れることなく、握りしめた手の影響で互いにその場で崩れ落ちるふたり。
膝立ちの状態となった悟空とピッコロを、多くの声援が包む。
「カウントを開始します! 先に起きて勝利を宣言した方が勝者です!
アナウンサーによるカウントが始まる。
「
二人はびくともしようとしない。
「
ブルマが叫び、天津飯が吠える。
「
ヤムチャとクリリンが悟空の名を呼び、武天老師が弟子にありったけの声をかける。
「
そして声をかけられているのはピッコロも同様だ。
クリムゾン自慢の、大舞台でも一個大隊に響き渡る自慢の大声が周囲の人間を驚かせつつ響く。
「
レッドリボン軍の兵士達が一様にピッコロの名前を呼ぶ。メタリック軍曹が横断幕を掲げて足踏みする。
「
起きない両者。しかし、意外なほどに可憐な声がピッコロの耳に届くと、にわかに彼が動き始める。
「
その声は、今年3歳になるクリムゾンの愛娘スカーレットの声だった。
「ぴっころー! おきてー!」
不思議なことに、面倒を見ていたときは邪魔で仕様がなかった声がピッコロのなかにわずかな意思の炎を灯す。
そしてこちらは意地かそれとも生来のタフさゆえか。悟空もまた、目を覚まし立ち上がろうとする。
「9《ナインッッッ》!!!!」
──先に立ち上がったのは、ピッコロだった。
「「「「おおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」」
爆発するような歓声が武道会を包み込む。
悟空はすこし意外そうにした後、目の前で誇らしげに手を掲げるピッコロを見る。
もはや彼を大魔王と等しく見る者は限られるだろう。
ピッコロはまともに見えない視界ながら、再び倒れそうになった悟空を握った手で立ち上がらせる。
すると、彼の手もまた天高く掲げてその健闘を祝した。
第23回天下一武道会優勝者はマジュニア選手。そのことが後の歴史にどういった影響を与えるのか。
それは未来を垣間見たクリムゾンも、まだ知らない。
ピッコロさんが善人すぎる? 育った環境って大事よ。ピッコロさん原作だと荒野でひとりで育ったみたいだし。
最後の殴り合いはまんま紅の豚な感じ。そしてチビッ子の声援で立ち上がるのはヒーローとしての鉄板です。
あとは単純に私がピッコロさん大好きです。それが一番の理由。ちなみに意外と勘違いされがちですが、この時点で原作でも悟空とピッコロさんはすでにラディッツ戦のときくらいの強さがあります。つまりお互いに本気を出せば戦闘力1000前後だった可能性が高いのですよ。
まあ実際の戦闘力というのは作中描写以上に「実はこうだったのでは?」といったものが多いので考察すると楽しいです。
ではまた次回もお楽しみに。