艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File8; Funny Bakers' Dining

電話越しに再会した妻は泣いていた。

彼女の声を聞くのは、ジャックに廃屋から屋敷に連れてこられる途中、

意識を失っている間に離れ離れになって以来だ。俺も胸に熱いものがこみ上げる。

だが、今はそれどころじゃない。

あふれ出す気持ちを押さえ込んで冷静に互いの状況を確認しようと試みる。

ミアは嗚咽を漏らしながら言葉を紡ぐ。

 

『ううっ、イーサン。ずっと探してた……うっ、ああっ!私、あなたに酷いことを……』

 

「いいんだ、君が無事でいてくれただけで十分だ。

多分……君もあの一家と同じものに冒されてたんだと思う」

 

『そう、私もカビに冒されてる。

あの時は……ぐすっ、エヴリンに意識を支配されて……』

 

「もしかして、エヴリンってのは、髪もドレスも黒い女の子のことか?」

 

『知ってるの!?あなたは大丈夫なの?おかしな幻覚に惑わされてない?

私は、急に意識が解放されて、気がついたら中庭に』

 

「俺は大丈夫。……彼女を知ってるってことは、

君はあの家族と何か関わりがあったってことなんだね」

 

『ごめんなさい。本当にごめんなさい……

私、あなたに嘘をついた。全部私のせいなの!』

 

「落ち着いて。知ってることを話してくれ。そうだな、まず、君は今どこから電話を?」

 

『トレーラーハウスの中。電話のそばに、おかしな番号が書かれたメモがあったから、

かけてみたらあなたが出たの。ねぇ、あなたは、今どこにいるの?』

 

「話すと長くなる。とにかく、ルーカスの罠にはまって、

今は屋敷から遠く離れた場所に……軟禁されてる。

こっちから外部に連絡する手段もないんだ」

 

『そう……とにかく、あなたが無事でよかった。本当に』

 

「俺は大丈夫。

それより、さっき言っていた嘘ってなんだい?君のせいってどういうことだ?」

 

『彼女を連れてきたのは私!私のせいでみんながおかしくなって!

……ああっ!私の、任務……それは……』

 

電話の向こうから人が倒れる音が聞こえた。そして足音。

倒れた者を抱えてどこかに寝かせているようだ。俺は受話器に向かって大声で叫ぶ。

 

「そこに誰かいるのか!ルーカスか!?ミアに何をしている!」

 

すると、向こうの受話器がゴトッと音を立て、返答が返ってきた。

 

『大丈夫、あたしだよ。ゾイ』

 

「ああ、よかった。……ゾイ、この前送ってくれたファイルだが、君の記録を見た。

全部ミアのせいって何のことだ?」

 

『文字通りの意味だよ。長くなるからまずそっちの状況を。そっちの具合はどう?』

 

「とうとうこっちのB.O.Wまで特異菌に冒され始めた。

元気よく大砲や魚雷を撃ってた連中が、

噛み付いたり引っ掻いたりしかできなくなった!」

 

『じゃあ、エヴリンもそっちに行ったんだね。じゃなきゃそうはならない』

 

「ゾイもエヴリンって子を知ってるのか?

B.O.Wの群れを一瞬で挽肉にして消えていった。海の上でだぞ!?」

 

『あの子に場所は関係ない。菌が届く範囲ならね。

もうわかるでしょ、私達一家はエヴリンのせいで化け物に変えられたの』

 

「その、エヴリンが一体どうやって」

 

『詳しくは分からない。

でも、ある嵐の夜、ジャックが難破した船から流れ着いたあの子とミアを連れて帰ってから

全てがおかしくなった。まずは母さん、それから父さんが次々と。

ルーカスはどうしてたのか知らないけど、

とにかくこの家でまだ化け物になってないのは私だけ』

 

「ミアは、なんでそんなやつと一緒にいたんだ?」

 

『わかんない。目が覚めたらもう少し話を聞いてみる。それじゃあ』

 

「ああ、頼む……」

 

呆然として受話器を置く。考えが上手く整理できず、しばらく突っ立ったままだった。

ベイカー家が化け物になったのはミアのせい?ミアはエヴリンと何をしていたんだ?

わからない、どうしてもわからない。

俺は来客用の清潔なベッドに腰掛け、ただぼんやり床を見つめていた。

 

 

 

──執務室

 

……おや、居眠りをしてしまったようだ。長門君はもういない。デスクにメモがある。

 

『指定の書類を探しておいた。お疲れのようだったから私は失礼する。 長門』

 

彼女に悪いことをしてしまったな。私もちゃんと自分の部屋で……!

立ち上がろうとするとガチガチと何かが音を立てて邪魔をする。なんだこれは!

左腕が手錠で肘掛けに固定されている。一体誰の仕業だ、一体いつの間に!?

私が力任せに手錠の鎖を外そうとしていると、外からヒタヒタと足音が近づいてきて、

ドアの前で止まった。そして、ノックもなくドアが開かれると、

 

「よいしょ。両手が塞がってると出入りも不自由だねぇ」

 

“そいつ”が執務室に入ってきた。中年らしき女性。

しかし、ボサボサの髪、くぼんだ目、土色の肌のせいで老婆にすら見える。

女は私に気づくと、ニッコリ笑いかけながら近づいてきた。

 

「もう起きたのかい、ねぼすけさん。

さぁ、お前のために夕食を作ってきてやったよ。ほら、食べな」

 

彼女が食事の形をした物体を乗せたトレーを私のデスクに置いた。

……だが、私にはヘドロで生ゴミを煮込んだような汚物にしか見えない。

添え物には、何かの腸らしき緑色の奇妙な物体。臭いで既に吐きそうだ。

 

「すっかり寒くなったからね。今日はシチューにしたよ。

腕によりをかけて作ったんだ。どうだい、旨そうだろう?」

 

彼女がぎらついた目で問いかけてくる。どう答えるべきだ?

大声で助けを呼ぶべきか、機嫌を損ねず脱出の機会を窺うべきか、

それとも腰のピストルで戦うべきか……

こいつはきっとイーサンが話していた狂った一家のひとりに違いない。

私一人で倒せる相手ではないだろう。

身動きが取れない今、無闇に刺激するのは危険だ。私が選んだ選択肢は。

 

「……うん、なんと言うか、とっても!……いい匂いだ。

すごく美味しそうだ、とっても」

 

すると彼女は不健康そうな顔をシワだらけにして喜んだ。

 

「あぁ、そうだろう!

こっちの皿はベイカーズ・スペシャルって言ってね、この家じゃ一番のご馳走なんだよ。

さあ、私は用事を片付けなくちゃ。戻るまでに食べるんだよ、いいね!」

 

そして彼女は退室し、どこから手に入れたのか

この部屋の鍵でドアを施錠して去っていった。用事とはなんだろう。

いや、そんなことより、まずはここから脱出しなくては。

大声で叫べば3階のイーサンは気づいてくれるだろうか?駄目だ、リスクがでかすぎる。

あの女が戻ってくる可能性の方が高い。自力で脱出するしかないだろう。

 

私は手の届くデスクの上にあるものを確認した。

料理という名のゴミ、スプーン、万年筆、数枚の書類、引き出しの中には、

ファイルの束しか入っていない。

とりあえず私は万年筆を手に取り、テコの原理で手錠のつなぎ目の部分に力を入れ、

内部の金具を壊し、とりあえず拘束を解くことに成功した。

 

急いでドアに駆け寄り、開こうとする。

だが、ポケットに手を突っ込んだが、肝心の鍵が抜き取られていた。

しかも、鍵穴自体が潰されており、

向こう側からしか鍵の開閉ができないようになっている。

くそっ、ここまで部屋を細工されていて、どうして気づかなかったんだ。

 

悔やむのは後だ。まず部屋の内部を見回す。デスクはもう調べた。

隅には対面式ソファ2つ。その間のテーブルに重そうなガラス製の灰皿が置かれている。

念のため灰皿を調べてみた。私は煙草を嗜まないが、よく上官が視察や面会に来る。

彼らが吸った葉巻の灰が大分溜まっている。

 

こんなところになにもないか、と思ったが、灰の中から何かが頭を覗かせていた。

摘んでみると、細いタイピンだった。来客が落としたのだろうか。

何かの役に立つかもしれない。とりあえずポケットに入れた。

 

すると、外から足音が近づいてきた。きっとあの怪物女だ。

部屋をうろついていたことがバレたら、間違いなく戦闘になるだろう。

そうなればアウトだ。私は席に戻り、こじ開けた手錠を手にかけて、形だけ元に戻した。

同時にドアが開き、さっきの女が入ってきた。女はキョロキョロと辺りを見回す。

 

「う~ん、変だねえ……あんた、何か動かしたかい?」

 

「いや、何も」

 

「それならいいんだけど……あ、こいつ!ちっとも食べてないじゃないか!

どういうことだい!」

 

女が激怒し鬼のような形相で私に詰め寄ってくる。手錠の細工がばれなければいいが。

 

「あんたのために作ったんだよ!それをなんだい!

あたしの料理が食べられないって言うのかい!!」

 

「ごめんよ、胃の具合が悪くて、食べられなかった……」

 

すると、彼女は表情をコロリと変えて、また不気味な笑顔を浮かべた。

 

「なんだい、それならそうと早く言いな。

今度は胃に優しいものを作ってやるから、少しお待ち」

 

そして女はトレーを下げて出ていった。もちろんドアに鍵を掛けるのを忘れずに。

ほっとした私は再び部屋の探索に戻る。今度は給湯室を探してみる。

いろいろ棚や引き出しを開けてみるが、意外と役立ちそうなものが見つからない。

果物ナイフが一本見つかったが、これであの女と戦うのは無謀だろう。

 

すぐに部屋に戻り再度部屋全体を見回すが、

何も脱出を助けてくれそうなものが見当たらない。

くそ、どうして自分の部屋なのに何があるかもわからないんだ。今あるものはなんだ?

タイピンと果物ナイフ。これでどうしろと……私はデスクに手をついて途方に暮れる。

 

が、その時目に付いたもので閃いた。そうだ、別にドアから出る必要はない。

私は窓に近寄る。やはり鍵が潰されていたが、蝶番は平型だ。つまりネジを回せる。

タイピンをネジ頭に差し込み、ゆっくり慎重にネジを回す。

焦ってタイピンを壊したら終わりだ。……私はあえて一つの蝶番のネジを全部外さず、

2つ程度残してそれぞれの蝶番のネジを回していった。

今度マーガレットが来て去っていったら、一気に全てのネジを回して窓を外せるように。

 

案の定、また女の足音が聞こえてきた。私はすぐさま机に戻り、手錠を元に戻した。

同時にドアが開く。今度はトレーに大きな鍋を乗せている。

そして、また部屋の状況に不審な何かを感じた様子で、

 

「う~ん、やっぱりどこか違うねえ。

あんたがどこにも行くはずないし、どうなってるんだい」

 

なんて鋭さだ。たかがネジ数本の違いを感じ取るとは。

 

「まあ、なんともないならいいけどね。

ほら、“肉”と野菜のスープだよ。隠し味も入れてあるから精がつくよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「今度はちゃんと食べるんだよ。……あたしはあの子を探さなきゃ。

もう晩ごはんだってのに、どこほっつき歩いてんだか」

 

女はブツブツ文句を言いながらまた部屋から出ていった。と、同時に私は手錠を外し、

窓に向かおうと……思ったが、よせばいいのに鍋の中身に興味が湧いてしまった。

具が見えないほど黒く濁ったスープの中には、確かに野菜が浮かんでいる。

でも“肉”ってなんだ?私はフォークで鍋をかき混ぜてみる。ギョッとした。

1匹のネズミの死骸が引っ掛かった。

 

最初の料理が出された時、うっかり試しに一口だけ食べてみようかと思ったが、

やめておいて正解だった。私は大急ぎで窓に飛びつき、残りのネジを外した。

指先で蝶番から開放された窓の枠組みを掴んで外す。

吹き込んでくる冷たい潮風が私の頭を冷やし、冷静さを運んでくる。

 

続いて私は、果物ナイフでカーテンを切り取る。

ご丁寧にフックから外している暇はない。

二張りのカーテンを切り離すと、今度はそれぞれの端を結びつける。

更に、重量のあるデスクの足にしっかりと結ぶ。

手早くこれらの工程を終え、カーテンを窓の外に放り投げた。

1階には届かないが、端まで伝えば飛び降りられない高さではなくなる。

いざ降りようと窓の桟に足を掛けると、女の足音が聞こえてきた。

 

急がなければ!私はカーテンを両手でしっかりと掴み、

壁を蹴りながら先端まで降りていった。

そして飛び降りても安全に着地できる位置にたどり着くと、思い切って手を離した。

芝生に降り立つと私はイーサンを呼びに本館の玄関を目指して一気に裏庭を駆け抜けた。

 

 

 

──本館

 

音を立てないように本館の扉を開くと、2階から絶叫が聞こえてきた。

 

“あああ!!あの野郎逃げやがったよ!あたしが食事を作り直してやったのに!

せっかく作ってやったスープ全部残して!見つけたら虫のエサにしてやる!”

 

思った通り、あの女はイーサンの言っていた人間型B.O.Wに間違いない。

見つかったらおしまいだ。ばれないようにイーサンのいる3階までたどり着かなければ。

腕時計を見ると時刻は2000。幸か不幸か職員の艦娘はもう帰っている。

 

私は忍び足で2階へ続く階段を上るが、

上りきったところでハッ!として数段戻り身を隠す。

こちらに歩いてきた女と鉢合わせしそうになった。こっそり様子を窺う。

女はランタンを持って憤怒の形相で通り過ぎていった。

彼女の周りには羽虫が飛び回っている。

 

“出ておいで!逃がしゃしないよ!”

 

彼女に気配を悟られない距離まで離れたことを確かめると、私は急いで3階へ登った。

 

 

 

──客室

 

いつの間にか眠っていたらしい。ふと目が覚める。

洗面所で顔を洗って眠気を落としてさっぱりすると、ドアをノックする音が。

巻雲にしては大きい。俺はやはりドアロックをかけてから少しだけドアを開けた。

 

「イーサン、すぐ来てくれ。異常事態だ」

 

提督だった。俺はドアを閉めてドアロックを外し、すぐ外に出た。

 

「どうしたんだ、異常事態って」

 

「B.O.Wだ!恐らく君の言っていた“家族”に違いない。

さっきまで執務室に監禁されていたが、なんとか逃げ出した」

 

「なんだって!どんな奴だ!」

 

「シッ!声を落としてくれ。奴が私を探してうろついてる。

とにかく薄気味悪い女だ!全身に虫がたかっている」

 

俺達はかがんで話を再開した。

 

「間違いない、マーガレットだ。ジャックの妻だ」

 

「やっぱり知っていたんだね。危うくネズミの死体を食わされるところだった」

 

「酷い臭いだっただろう。本当は俺が倒すはずだったんだ。

だが、戦う前にルーカスの罠でこの世界に来た。

だから、本気で戦うのはこれが初めてだ。ジャックの時みたいには行かないと思う。

提督はここで鍵をかけて隠れててくれ」

 

「……いや、私も戦おう。武器ならある」

 

提督は果物ナイフと、細長いバレルに木製グリップが特徴の十四年式拳銃を見せた。

 

「正気か!相手は何をしてくるかわからない能力も未知数の化け物なんだぞ!?」

 

「曲がりなりにも私はここの提督だ。

鎮守府の中枢たるこの城を守れずに、鎮守府の長を名乗る資格はない。

……頼むイーサン。これでも軍人だ、足手まといにはならない。

せめて何か手伝わせてくれ」

 

俺は悩む。もし提督になにかあったら、俺はどう償えばいい。

だが……彼の必死な目を見るとその覚悟を“やめとけ”の一言で片付けたくはない。

 

「なら、まずは身を守る方法を覚えてくれ」

 

「教えてくれ!」

 

「奴は大量の虫を従えてる。手のひらくらいの大きな食人虫に出会ったときの対処だ。

そいつは最初、目の前を何度も左右に飛び回るが、落ち着いて待つんだ。

攻撃してくる直前、宙に静止するから、そこを狙ってナイフで突き刺せ」

 

「わかった」

 

「だが、スズメバチの大群のようなやつに出会ったら迷わず逃げろ。

ナイフや拳銃じゃ手に負えない。倒し切る前に穴だらけにされる。

逃げ切れないようなら大声で俺を呼べ」

 

「了解だ」

 

「あぁ、最後に聞きたいことがあるんだが、ここで火炎放射器をぶっ放しても問題は……

あるに決まってるよな?」

 

しかし、提督はニヤリと笑って答えた。

 

「心配無用だ。何しろ住人が住人だからな。

この本館には全体に強力な防火処理が施されている。ただし、爆発を伴うものは厳禁だ。

見た目通りの耐久力しかない」

 

「なるほど、グレネードランチャーは無理ってことか。だが問題ない」

 

俺はショットガンM37を構えて戦闘準備を整えた。

 

「固まってると二人共ダメージを受ける可能性が高い。

まず、提督はこの階にいてくれ、俺が2階にいるマーガレットに喧嘩を売ってくる。

あとは二人共出たとこ勝負だ」

 

「わかった、無事を祈るよ」

 

「あと、これだ」

 

俺は回復薬を1瓶提督に渡した。

 

「ありがとう、死ぬんじゃないぞ」

 

「任せろ」

 

そして、ショットガンM37を両手に2階に降りた俺は、

廊下の先にマーガレットの後ろ姿を見た。

 

“あたしの料理の何が不満だってんだい!

また捕まえて今度はホースで胃袋に流し込んでやる!”

 

「臭くて鼻が曲がりそうだって言ってたぞ!」

 

“なんだって!!”

 

俺はマーガレットが振り向いた瞬間、トリガーを引いた。

12ゲージ弾が破裂する音が本館中に響き、無数の散弾が奴の顔に突き刺さった。

顔中から出血しながら俺に叫ぶマーガレット。

 

「あんた!そんなところにいたのかい!

今度こそ縛り付けてでも私の料理を食わせてやる!」

 

「あんなもんは料理じゃない!腐った生ゴミ以下の廃棄物だ!」

 

「こいつめ!二度と生意気な口を効けなくしてやる!これでも喰らいな!」

 

マーガレットがランタンを振ると、

周囲の小型食人虫がひと固まりの群れになって襲い掛かってきた。

作ってから長らく放ったらかしだったが、ようやくこいつの出番が来た。

 

俺は必要最低限の鉄骨で作られたバーナーを構えて、

食人虫とマーガレットが一直線上になるよう狙いを定め、トリガーを引いた。

すると銃口から猛烈な勢いで炎が吹き出し、真っ暗な廊下を照らし出し、

食人虫と共にマーガレットを激しい炎で包み込んだ。

その熱風に俺も思わず顔をしかめる。

 

「ギャアアアア!!はぁっ、はぁっ!なんてことをするんだい、もう許さないよ!」

 

食人虫は全滅。マーガレットは手すりから飛び降り、1階ロビーに降りた。まずい。

 

「提督、聞こえてるか!マーガレットを見失った!周囲に気をつけろ」

 

“わかった!”

 

俺は1階に下りてマーガレットの捜索を始めた。いやな静寂だ。

背中に不快な汗が流れる。

バーナーを構えながら俺はアイテムボックスの辺りを探す。いない。

階段の裏側、いない。どこに行ったんだ?

 

「こっちだよ!!」

 

マーガレットがロビー中央の休憩スペースに設けられた植木の中から飛び出し、

俺に組み付いてきた。

奴は口から巨大なトカゲを吐き出し、俺の口にねじ込もうとしてくる。

 

すかさずサバイバルナイフを抜き、マーガレットの首に何度も突き刺した。

たまらず後ろに下がった敵に、再び火炎放射で攻撃する。

奴の身を焼く灼熱の炎がロビーに吹き荒れる。

ここが耐火仕様でなければとっくに全焼していただろう。

 

“アアアアアッ!!アアッ!熱い!熱い!なんだってあたしがこんな目に!!”

 

マーガレットがまたも目にも止まらぬ俊足で階段を駆け上がっていった。

俺は提督に声を掛ける。

 

「今度は2階だ!気をつけろ!」

 

“了解だ!”

 

俺はまた2階に戻りマーガレットの姿を探す。

しかし、今度は待てど暮らせど奴は姿を表さない。その時、

 

“あ…ああ……うう、うっ”

 

マーガレットの不気味な声がホール全体に響く。一体何が起こっているのか。

次に声を上げたのは提督だった。

 

“イーサン、こっちに食人虫が来た!……よし、仕留めた!”

 

「そっちにマーガレットは見当たらないか?」

 

“こっちには……いや、イーサン後ろだ!!”

 

「なにっ!」

 

振り返ると、廊下の対角線上の壁からマーガレットが飛びかかって

強烈な体当たりを食らわせてきた。

ガードが間に合わず、思い切り吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。

全身に鈍い痛みが走る。だが、痛がっている余裕もない。

 

悲鳴を上げる身体に鞭打って立ち上がると、そこには変異したマーガレットが。

腹部から下腹部が大きな卵嚢に変化し、

更に醜悪さを増したベイカー家の母が立っていた。

 

「ハッハッ、捕まえちゃうよ!」

 

……俺はバーナーを一旦ホルスターに引っ掛け、1丁の銃を取り出した。

アルバート-01R。強装弾を装填した大型拳銃を構え、

撃ってくれと言わんばかりの卵嚢に一撃をお見舞いした。

 

どのメーカーさえもわからない無骨な銃が、銃口から

耳を貫く銃声、炎、煤、そして多量のガンパウダーで強化された弾丸を打ち出した。

強装弾は螺旋を描きながらまっすぐにマーガレットに直撃、卵嚢に深く食い込んだ。

一発放ったアルバートが、ガコンと内部の機構を戻すような重い音を立てる。

 

「ぎゃああっ!」

 

マーガレットがよろける。やはりとてつもない破壊力だ。

俺は立て続けに2発を打ち込んだ。

その時、パシン、パシンと上の階から身を乗り出し、提督も援護射撃を敢行してきた。

 

「これでも、射撃は得意なんだ!」

 

「助かる!でもお互い無茶は無しだ!」

 

俺達の攻撃でたまらずマーガレットが蜘蛛のように壁を這い、1階に逃げ出す。

ちょうどこっちも弾切れだったので好都合。俺はリロードしながらマーガレットを探す。

アルバートを構えたまま1階の床、壁、遮蔽物と素早く視線を走らせる。

 

今度は楽に見つかった。なんと、奴が虫の卵らしきものをベンチに産み付けている。

素早く狙い撃って破壊したが間に合わず、

今度は小型食人虫の群れが3階へ飛んでいった。

 

「提督!小型がそっちに行ったぞ、逃げろ!」

 

「わかった!」

 

提督は手近な客室に避難した。俺は厄介な虫を殺すために

再度バーナーを手にしながら階段を上る。今日は下りたり上ったり忙しい!

 

3階に着くと、小型の群れが提督のいる部屋のドアにたかっている。

俺はバーナーを向け、炎を放ち、食人虫を焼き殺した。

燃料はまだあるか?残量を確認すると、あと半分くらい。

少なくともマーガレットにとどめを刺すには十分だ。いや、そうでないと困る。

 

俺は提督を呼ぼうとしたが、背後に殺気を感じ、

すかさずショットガンM37を構えて振り返る。3階まで登ってきたマーガレットが、

まさにこっちに飛びかかる瞬間だった。だが、一瞬の差で俺のトリガーが早かった。

 

またも本館に響く炸裂音。空中で12ゲージ弾を食らったマーガレットはバランスを崩し、

そのまま1階に落下した。ドシンという音が聞こえたので手すりから覗くと、

奴がジタバタしながらもがいていた。

 

“うえああああ……!!”

 

「提督、虫は片付けた!今だ!」

 

「すまない!」

 

客室から出た提督が再び戦闘態勢に入る。

彼とこうして面と向かって話したのがずいぶん昔のような気さえしてくる。

マーガレットはまだ1階で立ち上がれないでいる。

 

「奴の様子を見ててくれ、俺はあいつにとどめを刺す!」

 

「了解!」

 

マーガレットと決着をつけるべく、1階に降りた俺は、

アルバートと共に敵の元へ向かった。奴はまだそこにいた。

ようやく立ち上がった様子で、俺の姿を見ると、

また呻き声を上げて股から虫をひり出す。

 

「お前には恥じらいってもんがないのか!」

 

俺は忙しくバーナーに持ち替え、食人虫もろともマーガレットを焼き尽くす。

全身に火が回り、やはり逃げ出す。今度は1階の壁に飛びつき、ゴキブリの様に這う。

少なくとも、一気に3階までジャンプする体力は残ってないのだろう。

 

次はアルバート-01Rを構え、マーガレットを追撃する。

壁を動き回る奴の頭部に、正確に狙いを定め、少しだけ息を吸い、トリガーを引く。

吹き抜けのホール全体に響く破裂音、そして銃身の重い内部が動く音。

マーガレットは地面に転がっていた。命中。

 

俺は間髪を入れず残り2発を卵嚢に撃ち込んだ。奴はゆっくりと立ち上がる。

その間も、俺は容赦なくリロードし、強装弾を卵嚢に突き刺す。

両手が反動でしびれるが、またリロードし、最後の強装弾を放った。

その一発がまっすぐ突き進み、マーガレットの体内に突き刺さり、破裂すると、

奴が両膝をついた。

 

「あ、あああ……」

 

強装弾を使い果たした俺は、ショットガンに持ち替えるが、もう奴は動くことなく、

全身が真っ白になり、劣化した石膏の人形の様に、ボロボロと崩れ去っていった。

俺は油断することなく、ショットガンを構えたまま奴の死骸に近づく。

だが、もうマーガレットの身体は完全に風化しており、復活することはなかった。

 

これは……なんだ?死骸の中から光るものが見つかった。マーガレットのランタンだ。

役に立つかどうかはわからないが、念のため持っておこう。

そして俺は提督に声をかけた。

 

「おーい、提督!奴は死んだぞ!もう大丈夫だ!」

 

“ああ、よくやってくれた!”

 

3階から手を振る提督。とりあえず悪夢の夜を乗り切った俺達。

今後どうするかは明日決めよう。

 

 

 

 

──執務室

 

「そんなことがあったとは……すまない!私が提督のそばにいれば!」

 

翌日。事の経緯を聞いた長門が悔しそうな表情を見せる。

 

「君は悪くない。ただ定時に仕事を終えて宿舎に戻った、それだけなんだから。

誰にも防ぎようがなかった」

 

「ああ。今回は提督もB.O.W退治に大活躍だったからな。

あの奮闘を見せられなかったのは残念だ。マーガレットを背負い投げするわ、

ジャイアントスイングでぶん回すわの大立ち回りで……」

 

「なんだって!?くそっ、なぜ昨日残業しなかったのだ私!」

 

「イーサン!適当な脚色はやめてくれ!

私は奴を2,3発撃った程度で、殆ど君が殺したようなものじゃないか」

 

「悪い悪い。長門、冗談だ」

 

「なに?イーサン貴様!提督をダシに冗談など!

軍人魂を叩き直してやる、そこに直れ!」

 

「わかったわかった、悪かったって!」

 

マジで怒っているようなので謝っておく。

こいつは普段から怒りっぽいが、提督のことになると尚更反応しやすい。

 

「それで……提督、昨日食わされそうになったゴミはどうなった?

正直、まだ臭うんだが」

 

「今朝、調理室から悲鳴が聞こえたよ。一度目の料理が残ってたらしい。

分析班も臭いに耐えきれず、結局食器ごと溶鉱炉に放棄した」

 

「炎って便利だな」

 

「全くだ。それはそうとイーサン。君から大事な話があると聞いたんだが。

だから長門君の出勤まで待っていたんだろう」

 

「大事な話?なんだそれは」

 

俺はミア、そしてエヴリンに関することについて打ち明けることに決めた。

 

「実は……ミアから電話がかかってきた」

 

「なっ!」「それは……!」

 

「昨日の朝のことだった。

部屋に電話がかかってきて、出たらミアが泣きながら語りだした」

 

「お前の、妻だったな」

 

「ああ。彼女はこう言ったんだ。全部自分のせいだ。

エヴリンに意識を支配されているって。そして、エヴリンを連れてきたのも自分だと」

 

「エヴリンというのは?」

 

「長門、お前は見たはずだ。数日前の海戦で現れた黒ずくめの女の子。

深海棲艦の群れを一瞬で皆殺しにしたあの子だよ」

 

「あいつが!?あの子とお前の妻にどんな関係があるんだ!」

 

「分からない。彼女は全てを語る前に気を失ってしまった。

ただ、自分はベイカー家とも関わりがあるとも言っていた」

 

「ふむむ……要するに、エヴリンという少女は他者の意識を支配する力を持っていて、

ミアが彼女をベイカー家と接触させた可能性が高い、ということか」

 

「可能性、というより確定事項だ。

その直後、ゾイが電話を代わったんだが、彼女が言うには、

エヴリンは“菌”の届く範囲ならどこでもその力を発揮できる。

エヴリンはある日ミアと共に嵐で難破した船から連れられてきた。

エヴリンがベイカー家を狂わせていった、重要なのはその三点だ」

 

しばしの沈黙が漂う。誰もが慎重に考えをまとめているようだ。そして提督が語る。

 

「つまり、特異菌を放っているのはエヴリンという少女、

彼女をベイカー家に連れてきたのはミア。

でもわからないな、エヴリンは一体何を求めているんだ?

一家を化け物に変えたり、深海棲艦を殺したり、鎮守府にB.O.W.を放ったり」

 

「俺にもわからない。向こうに戻れない以上、調査のしようもない」

 

「敵か味方かもはっきりせんな。問題がややこしくなってきた」

 

長門が頭を抱える。わからないことだらけなのは俺も同じだった。

その時、コデックスがピピッと鳴った。

いい加減にしろと怒鳴りたい気持ちを抑えて通話ボタンを押す。

長門と提督が俺の様子を見ている。

 

 

 

「おい、今重要な話をしてるんだ、お前の与太話を聞いている暇じゃない」

 

『困るぜ相棒~第3ステージ開始宣言前にクリアされちゃあよう』

 

「ふざけるな!お前が送り込んだんだろうが!」

 

『違うって、お袋が勝手にビデオいじったからこうなったんだよ。本当だって!

ろくにビデオの録画もできない癖に、俺のもん勝手にいじるのマジ勘弁して欲しいぜ』

 

「どうでもいい。エヴリンの目的はなんだ、ミアと何の関係がある!」

 

『そんなもんとっくに答え出てんだろうがバカ!

”家族“だよ、話聞いてなかったのか!?ミアとの関係?知らねえよそんなもん。

親父が勝手に連れてきたんだ。

その結果が、お前が殺してきた親父やお袋やその他大勢だよ!

親父はまだ死んでるかどうか怪しいもんだがな!』

 

「知らないなら用はない、第4ステージにはお前が来い。焼き殺してやるから」

 

『ああ待てって、もっと喋ろうぜ。この部屋、狭っ苦しくて息が……』

 

 

 

ピッ。俺は通話を切った。長門も提督も会話に聞き入っていた。

 

「今のが、ルーカスなる人物かい?」

 

「ああ、このクソ野郎のせいで俺がこっちの世界に来ることになった」

 

「しかし、そんな大掛かりなこと、“体質”だけではどうにもならないだろう」

 

長門がもっともな疑問を示すが、その答えは俺が知りたいくらいだ。

 

「どうやって奴が俺をここに飛ばしたのかは俺にもさっぱりだ。

向こうに居る以上、見つけ出して締め上げることもできない。とにかく今はエヴリンだ。

彼女はこっちの世界にいるからな」

 

「そうだね。我々のほうでも警戒しておこう。

怪しい少女を見かけたら接触せず、直ちに通報するよう、

艦娘達にも通達を出しておくよ」

 

「すまない。多分、妻のせいでこの世界が混乱しているのに」

 

「まだそうと決まったわけじゃない。元はと言えばルーカスだ。

君はこの世界で堂々としていればいい」

 

「ありがとう……」

 

「気にするな!落ち込む部下を励ますのも上官の役目だ!」

 

「いや、お前に言ったんじゃない」

 

妻が全ての元凶かもしれない。そんなときにも支えになってくれる。

ベイカー邸でただ独り戦っていた時には考えられないことだった。

俺は二人の仲間、そして窓の外の朝日を、存在を確かめるようにゆっくりと見回した。

 

 


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