艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File7; Someone's Past Rival

5メートルほど先に木箱がある。普通のボロ板でできた箱。

中身が物資か爆弾トラップを見分ける方法は2つ。

複数本テープが巻かれているかどうかを見る、1本ならハズレ。そして、

箱の近くで耳を澄まして時計の針のような音がするかを聞く。カチコチ音がするなら手を出すな。

 

だが、今俺が見ている木箱のように判断に困る場合がある。

テープの上にテープが巻かれ、1本に見えている。

かと言って、耳を澄ましても常に海から波の音が響く鎮守府では中の小さな音が聞こえない。

1本に見えてはいるが、二重にテープ巻かれているので多分大丈夫だろうとは思うが、

俺は確証が持てる時以外は離れて壊すことにしている。“多分”で死にたくはない。

 

で、どうやって離れて壊すのかって?撃つに決まってる。

俺はハンドガンG17を手に取り、木箱を狙う。

 

「ねえねえ、イーサン!あれには何が入ってるのかな!?」

 

はしゃぎながら俺の肩を叩くプリンツ・オイゲン。

昨日の作戦会議室で会って以来、

物珍しさからか俺に付いてくるようになったツインテールの少女。

軍服の黒十字から見て、恐らくドイツ人。

欧米人の艦娘に会うのは初めてで、俺もなんとなく興味があるので一緒にいる。

 

「ああ、肩を叩くな照準がぶれる!

開けるまでわからない。爆弾かもしれないから隠れてろ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

彼女は頭をかいて、俺達が身を隠しているコンクリートの仕切りに引っ込んだ。

俺は周辺及び弾道に人がいないことを確認し、トリガーを引く。

一発発砲。

乾いた音を立てて木箱が崩れる。当たりだったようだ。

だが、無駄弾だとは思っていない。ハンドガン一発で命が買えるなら安いものだ。

 

「当たりだー!何が出たかな、何が出たかな!」

 

「焦らなくてもアイテムは逃げない」

 

俺は仕切りから飛び出したプリンツを歩いて追いかけた。さて、何が当たったのだろう。

今日、俺は鎮守府全体に散らばった木箱を開けて回っていた。

ワークベンチで作れる物資に限界がある以上、

別の方法でもアイテムを補給する必要がある。

 

壊れた木箱に近寄ると、先に着いたプリンツが興味深げに現れたものを見ていた。

遅れてきた俺がそれを手に取る。油紙に乗せられた黒色火薬。ガンパウダーだった。

 

「これは助かる。

ハンドガンの弾だって、工廠で作るには薬液とスクラップが必要だからな」

 

「ふーん、それは拳銃弾の材料なんだ」

 

「そう。こいつをさっき拾った薬液と調合するとハンドガンの弾に早変わりする」

 

「それって今できる?見せて見せて!」

 

「ああ、待ってろ」

 

俺はバックパックからワークベンチから持ってきた簡易弾薬生成キットを取り出した。

キットとは言っても他のプラスチックの型と変わらない。

ただ、いつでもどの弾薬も作れるよう、

全ての弾薬の型が少しずつ開けられているだけだ。

 

ハンドガンの穴に指示線までガンパウダーを入れ、先程拾った薬液を入れようとした。

そこで手が止まる。今、俺は2つの薬液を持っている。

1つは薄黄色の普通の薬液、もう1つは赤い強力な薬液だ。

普通の方を使えば普通の弾丸が出来上がる。

貴重な赤を使えば火薬の量を増した強装弾が出来上がる。どうするべきか。

 

……悩んだ末、赤の薬液を入れることにした。

ハンドガンは普通の弾だけでは正直戦力として不安が残る。

だから威力の高い強力な弾丸を持っていてもいいだろうと考えたのだ。

赤い薬液のキャップを開けると、プリンツが目を輝かせて俺の作業を見守る。

彼女は明石と似たところがあるな。彼女も呼んでやれば良かった。

 

とにかく俺は生成キットに、また指示線まで薬液を注いだ。

するとガンパウダーが泡を立てて変質し、しばらく待つと

通常の弾丸よりきつく火薬が詰まったハンドガンの弾、強装弾に生まれ変わった。

 

「すごーい!どうして火薬が金属に?」

 

「こいつに関しては一切が謎だ。俺にもわからないが、頼るしかないのが現状だ」

 

強装弾を型から取り出す。まだガンパウダーと薬液は残っている。

俺は残りの材料で強装弾を作り終えた。その数10発。悪くない。

貴重なマグナムを連発しなくて済みそうだ。

……だが、強装弾とて重要なアイテムには変わりない。

その攻撃力を最大限に活かしたい。そうだ、あれを作ろう。

思い立った俺は、今度は工廠に向かおうとした。

 

「なあプリンツ、今度はこの弾専用の拳銃を作ろうと思うんだが、工廠に来るか?」

 

「見たい!私も……」

 

 

「プリンツ・オイゲンさん!その人から離れなさい!」

 

 

その時、後ろからどこかで聞いた声が飛んできた。

振り返ると、銀髪の眼鏡が俺を教鞭で指していた。ああ、他の艦娘より心配症の彼女か。

 

「あ、カトリン!グーテン・ターク!」

 

呑気に挨拶するプリンツを無視して、確か……香取だったか。彼女は俺に叫ぶ。

 

「貴方も、安易に艦娘に近寄らないでくださいまし!

妙な病原菌を媒介されては取り返しが付きません!」

 

俺はため息を付いた。もう俺を警戒するなとは言わない。

ただ同じことを二度言わせるのだけは勘弁してくれ。精神的疲労が想像以上に大きい。

 

「あんた、昨日提督の話聞いてなかったのか?

俺に特異菌が付着してるならとっくに提督はモールデッドになってる」

 

「ねー、ケンカはやめようよー、カトリン。

今日、しばらくイーサンと一緒にいたけど、なんともないよ、私」

 

「プリンツさん!彼から離れるよう言ったはずですよ!

これ以上安全が担保できない人物と行動を共にするなら、

貴方の評価にも反映せざるを得ません!」

 

「そんなー」

 

うんざり感が若干の苛つきに変わる。ちょっと一言、言ってやることにした。

 

「なあ、香取とか言ったな。あんたは何の権利があって彼女に命令してるんだ?

提督に聞いたが、あんたもただの艦娘の一人だろう」

 

「オホン。わたくしは!艦娘全体の安定的かつ効率的な能力向上の為に、

実戦での成績だけでなく、皆の生活態度、規律を重んじる心を総合的に審査し、

提督に報告する役目を背負っています。

もちろんその結果は艦娘の練度評価にもつながっています。

ですから、貴方のような危険人物との接触を見過ごすわけには行かないのです」

 

「まるであんたが艦娘の先生みたいな言い方だが、

さっきの“俺から離れないと成績を下げてやる”、みたいな脅し方が気に入らない。

俺を怖がるのは勝手だが、職権を乱用して他の仲間を巻き込むな」

 

「……なんですって?わたくしは怖がってなど!ただ、貴方が現れると同時に、

怪物の襲撃や深海棲艦の死体化が立て続けに起こったのは事実。

その原因を説明できない間は、貴方の方も

無闇な艦娘との接触を控えるのが筋というものでしょう。

それに……わたくしを職権乱用と言いましたが、君子危うきに、と言うものです。

無用な危険に近づく危機意識の低い艦娘の評価が下がるのは致し方ないこと。

なにか問題でも?」

 

「あんたはいくつも提督の言葉を無視してる。

怪物に関しては俺と長門の調査チームが結成されたことは昨日聞いただろう。

その時、彼はこのチームで不足はないか意見を聞いたが、

あんた手を挙げなかったじゃないか。

それに、俺がどっかの国の工作員じゃないかとも疑ってるみたいだが、

あの日B.O.W.は俺がいなくても艦娘達を襲撃してた。

それに、わざわざスパイが海に出て深海棲艦と戦うと思うか?

事前に奴らに賄賂を渡して俺を殺さないよう示し合わせてたとでも?

とにかく、あんたは根拠のない疑心暗鬼にもっともらしい理由を付けてるだけだ。

それでも納得行かないなら、プリンツ・オイゲンは

イーサン・ウィンターズとアイテム探しをしていたから落第だ、って提督に報告しろ。

二度とあんたの報告書は受け取らないだろうよ」

 

「この……!」

 

まくし立ててやると香取の教鞭を持つ手が震える。やっぱり熱くなりやすいタイプらしい。

 

「お願いだからー。カトリンもイーサンもその辺にしようよ……」

 

板挟みの状況にすっかり困った顔をするプリンツ。

 

「もう、勝手になさい!」

 

香取は踵を返して去っていった。彼女の姿が見えなくなると、

俺も黙って工廠へと歩きだした。プリンツが俺に駆け寄ってくる。

 

「イーサン、カトリンも悪気があるわけじゃないの。

厳しいところもあるけど、いつもしっかり私達を見てくれてる。

激しい戦いの中でも私達に気を配って、

後で直したほうがいい癖とか戦い方とかをアドバイスしてくれるの」

 

「……俺のことは気にしなくていい。それよりプリンツ、悪かったな。

なんだか彼女と気まずくなるようなことして」

 

「大丈夫、ちょっと口喧嘩の切っ掛けになったくらいで私に当たったりしないよー」

 

「そうか……ならいいんだ。でも、今日はこのくらいにした方がいい。

ここでお別れだな。俺はこれからやることがある」

 

「うん、そうだね。Tschüss!(チュース)(バイバイ)」

 

その場で彼女と別れた俺は、再度工廠へと足を向けた。

 

 

 

──工廠

 

またいつものように、小人たちが忙しく

大小様々な装備品や設備をハンマーで叩いている。俺は破砕機の様子を見てみた。

かなりスクラップが貯まっている。これなら行けそうだ。辺りを見回すが明石がいない。

小人に聞いてみるが首を横に振るだけだ。仕方がない。俺だけで作業を……

 

「ストオオオップ!!」

 

突然艦娘建造ドックの自動ドアが開き、明石が猛ダッシュで滑り込んできた。

 

「うわっ!なんだ、そこにいたのか」

 

「はぁ…はぁ…約束したでしょ、新しい物作る時は見せるって!」

 

「悪い、君の姿が見当たらなかったから……」

 

「絶対ダメよ!ふぅ、それは、まだまだ、謎だらけ……明石の、知的探究心が……」

 

「わかったわかった、俺が悪かった!とにかく息を整えて落ち着け、まだ作らないから」

 

俺は彼女をなだめて息が落ち着くのを待った。その間ハンドブックを開いて

目的の物を探していると、ようやく彼女が深呼吸して普通に喋れるようになった。

 

「もう、油断も隙もないんだから。

また明石に内緒で何か作ったらスクラップ全部没収だからね!」

 

「別に内緒にしたつもりはないんだが……気をつけるよ」

 

「それで?今度は何を作るの!」

 

新たな作品への期待に胸を膨らませる明石。怒ったり喜んだり忙しい。

俺はハンドガンのカテゴリーのページを見せた。

 

「“アルバート-01R”。スペックを見るとハンドガンの中では攻撃力が突出してる。

だが……癖の強い銃だな。3発しか装填できない上に反動も大きい。

でも、強装弾と組み合わせればマグナム並の威力が期待できるな」

 

箱のケースに詰めた強装弾をワークベンチに置くと、また明石が怒り出した。

 

「あーまた!やっぱり明石に黙って面白いことして!」

 

「これは違う!ワークベンチじゃなくて、

木箱から拾ったアイテムをその場で調合しただけだ。嘘じゃない」

 

「むむっ、これからはそれも見せて!」

 

「努力はするが確約はできない。また敵襲が起きたら

戦いながらのアイテム回収・合成を余儀なくされることもあるからな。

……そろそろ本命作りたいんだが、始めていいか?」

 

「うん!早く、早く!」

 

本当にコロコロと表情が変わる。

俺はハンドブックの番号が振られた鋳型を取り出し、作業を開始した。

銃身の作成に必要なスクラップは意外と少ない。

今回はハンドガン1丁ということで鋳型も1枚で済んだ。溶鉱炉にスクラップを放り込み、

溶けた金属を鋳型に流す。そして、いつも通りの手順で仕上げたパーツを組み立てる。

 

「よし、完成だ」

 

「うわあ……大っきいね」

 

マグナム並の大きさを誇るハンドガンが完成した。さっそく強装弾を装填する。

よし、準備が整ったぞ。4つあるホルスターの1つに装備した。

これで並のモールデッドなら一撃で仕留められるはずだ。

俺のエイミングが正確なら、の話だが。

 

「ふむふむなるほど、

装弾数を犠牲にしてバレルを大型にすることにより弾速と安定性を……」

 

明石はなにやらブツブツ言っているが、俺は役に立つものが手に入ればそれで十分だし、

彼女も満足したならそれでなによりだ。

 

「今日の所は本当にこれで最後だ。邪魔したな」

 

「明石は大体いつも工廠のどこかにいるからねー」

 

明石が手を振って見送ってくれた。広場を抜け海沿いの堤防をぶらぶらと歩く。

さて、今日は今のところ平穏だ。これから何を……ピピッ、ピピッ。

と、思ったのも束の間。平穏はあっさり打ち破られる。コデックスに着信。

つまりルーカスからの電話だ。無視しようかと思ったが、

口を滑らせて向こうの状況を喋らないとも限らない。俺は嫌々通話ボタンを押した。

 

 

 

『よう、元気か相棒。それにしても、お前強えな!親父殺すの何度目だ?

とにかく、無事第2ステージをクリアしたイーサンに乾杯だ!』

 

「ルーカス!ジャックを送り込んだのはお前か!?」

 

『だって親父がどうしても行きたいってたんだからさぁ。また腕ぶち切られるのやだし』

 

「ふざけんな!何人死んだと思ってる!」

 

『大声出すなって!俺だってこんな事になるとは思ってなかったんだよぉ。

ただお前に会いたがってたんだからさ』

 

「なら、黒いドレスの女の子は?あの子は誰だ!」

 

『あー、エヴリンもそっちか……悪りぃ、それは本当に知らねえ。

ったく、あいつは何考えてるのか本当わかんねえ』

 

「エヴリンって誰だ!深海棲艦が転化したこともすっとぼける気か!」

 

『だからそれも知らねえって。エヴリンの仕業だよ。

エヴリンは家族だ。……あいつが言うには。

俺はただ、お前に、純粋にゲームを楽しんで貰いたいだけなんだよ。信じてくれって』

 

「ゲームだと!?お前のせいで無関係な大勢の人間の人生が滅茶苦茶になったんだぞ!」

 

『無関係な人間、だぁ?ひょっとして艦娘共のこと言ってんのか?

放っときゃいいんだって、そんなの。もうお前も知ってんだろ。

連中が金属や燃料から造られた作り物だってこと』

 

「どうでもいいだろ、生まれ方なんか!

少なくともマーガレットから引っ張り出された

お前みたいなゲテモノよりはよっぽどマシだ!」

 

『あーあー、すっかりゲームにはまり込んじまったみたいだなぁ。

友人としては寂しいぜ。じゃあ、お前を一旦目覚めさせてやる。

”解体処分”。このキーワードについて提督に尋ねてみろ。

人間と艦娘の決定的な違いがわかると思うぜ。じゃあ、頭が冷えた頃にまた連絡する』

 

「おい、どういうことだ!おい!」

 

既に通話は切られていた。俺は腹立ちまぎれに足元の芝を蹴った。緑の葉が舞い散る。

……しかし、奴が言っていたキーワード。何かが引っかかる。

ルーカスから聞いたのに、どこかで聞いたような。いや、考えていてもしかたない。

とにかく提督に聞いてみよう。俺は本館の大扉へ向かった。

 

 

──執務室

 

コンコンコン。と華麗な彫刻が施されたドアをノックする。

 

「提督、イーサンだ。今、ちょっといいか?」

 

“ああ構わないよ。入ってくれ”

 

ドアを開けて執務室に入ると、提督がデスクに着いて何やら難しそうな書面に

サインをしており、長門は書類の詰まったダンボールを運んでいた。

俺はゆっくりと提督に歩み寄った。

すると提督の方からいつもの微かな笑顔で話しかけてきた。

 

「どうしたんだい。また何か送られてきたのかな」

 

「いや、聞きたいことがあって来た。……提督、“解体処分”ってなんだ」

 

場の空気が凍りついたことが俺でもわかる。

長門が作業の手を止めてこちらを見ていることも。

 

「イーサン……誰からその言葉を?」

 

「ルーカスの野郎だ。

人間と艦娘の決定的な違い、らしいんだが、知っているなら教えてくれ。

……思い出した!金剛が重傷を負って閉じこもったときもそう言ってたよな」

 

 

”お願い、ワタシを解体処分して!”

 

 

「なんということだ……

まだ時期尚早、いや、あるいはもっと早く話すべきだったのかもしれない」

 

提督が深い嘆きを吐き出すように息をついた。後ろから長門が話しかけてきた。

 

「イーサン……どうしても今でなければ駄目か?本当に今知りたいことなのか?」

 

「今、知る必要がある。知らないことで長門達に負担をかけているかもしれない。

だから、このままズルズル先延ばしにしたくはない」

 

「そんなことはない。艦娘建造システムは提督が適正に運用していて……」

 

「いや、いいよ長門君。いつかは打ち明ける必要があった。

イーサン、話そうじゃないか。“解体処分”について」

 

「ああ、頼む」

 

提督はデスクから立ち上がり、窓から工廠の建物を眺めながら真実を告げた。

 

「解体処分とは、艦娘建造システムの機能のひとつ。

艦娘をポッドに戻して分解処理を施し、ただの資材に戻すことだ。

もっとも、得られる量は僅かなものだが」

 

「……!!それって、要するに、軍規に反した艦娘を処刑するってことなのか?」

 

絶句し、救いにならない可能性を信じて問う。だが提督は首を振る。そして続けた。

 

「違うよ。我々は毎日のように新たな艦娘を建造しているのだが……

彼女達が住む宿舎の部屋には限りがある。

そこで艦娘を収容できるスペースがなくなった時、

新たに建造した艦娘か、既存の艦娘のうち、どちらかを解体処分する必要があるんだ」

 

頭が真っ白になる。提督は一体何を言ってるんだ?

 

「お、おい、ふざけんなよ……部屋が足りないから殺します、ってどういうことだ!!」

 

俺は提督に掴みかかろうとしたが、長門に羽交い締めにされ、彼に近づけない。

 

「落ち着けイーサン!やむを得ないことなのだ!仕方ないんだ!」

 

「なんでだよ!お前も艦娘だろう!単なる居住スペースの問題で仲間が殺されてるのに、

何がやむを得ないんだ!」

 

「まだ建造システムは不完全なのだ!必要な艦種が確実に生まれるとは限らない!

既に存在する艦娘、目的でない艦種が生まれることの方が多いんだ!」

 

「理由になるかよ!部屋がないなら作ればいいだろう!」

 

「イーサン。君の怒り、疑問はもっともだ。確かに宿舎が足りないなら増やせばいい。

だが、かつてそれを実践したことにより悲劇が起きた」

 

「悲劇……?」

 

意外な言葉に俺は暴れるのをやめた。

 

「“導き手”によって艦娘建造システムがもたらされた当時、やはり君のように

“住処がないなら作ればいい”、“せっかくの兵員を失う意味はない”、との思いから、

山を切り開き、整地し、日本各地でいくつもの団地の建設ラッシュが始まった。

“艦娘団地”という住所が生まれたくらいだ。

結果、1つの鎮守府では管理しきれないほどの艦娘であふれかえった。

そんな時、事件は起こった」

 

話に聞き入る俺。俺を解放した長門は辛そうに目を閉じた。

 

「ある日、団地の一室でひとりの艦娘が首を吊って自殺した。

メモ帳に殴り書きされた遺書も見つかった」

 

「なんて書いてあったんだ……?」

 

《誰も私を必要としてくれない。生まれてこなければよかった》

 

「あまりにも多くの艦娘を生み出してしまったために、

一人一人の生活状態にまで管理が及ばなかったんだ。

後でわかったことだが、彼女は生まれてからずっと一度も

出撃にも遠征にも出してもらったことがなかったんだ。

提督が無数の艦娘を扱いきれなかったせいで。

内気な性格で、悩みを打ち明けられる友人もいなかったらしい。

つまり、彼女は生まれてから死ぬまでを団地の片隅で一人孤独に過ごしていたんだ」

 

残酷な事実に、俺はただ黙って提督の話に耳を傾ける。

 

「その事件をきっかけに、艦娘団地の建設は中止され、

大本営の通達で、艦娘の住宅に関する厳しい規定が公布された。

一つ、艦娘の住宅は鎮守府の敷地内に限り建設を許可する。

二つ、増築は各鎮守府の資金で行うこと。

三つ、増築の上限は提督の階級に比例するものとする……

無尽蔵な宿舎建設を防ぎ、提督による艦娘の安全管理を確実にするために

定められたものだ」

 

「……なあ、その艦娘団地は、今、どうなってる?」

 

「もう使われていない。廃墟だよ」

 

「団地が使われなくなった後、散り散りになった艦娘達の中で、

鎮守府の宿舎に入りきれなかった者達はどうなった……?」

 

「……政府が決めた基準に従い、各鎮守府の提督が解体処分を行った」

 

「他に方法はなかったのかよ!民間のアパートを借りるとか、

ローテーションを組んで深海棲艦の掃討に当たらせるとか!!」

 

鎮守府の悲惨な過去に気が動転した俺は、提督に感情をありのままにぶつける。

 

「どうしようもなかったのだ!

”補助的人権”しかない我々艦娘が賃貸契約を結ぶことはできないし、

数え切れない艦娘を1から育てていては、

深海棲艦の侵攻を食い止めることができなかったんだ!」

 

補助的人権。どこか不穏当な言葉について意味を尋ねてみる。

 

「長門……補助的人権ってなんだ?」

 

「艦娘に与えられる範囲を限定された人権のことだ。

さっき言ったように、名字を持たない我々は部屋を借りることができないし、

裁判に掛けられた場合も弁護士を呼ぶ権利がない。

危険な兵器であり人でもある我々が、人間社会の中で人と共存していくために

必要な措置だったんだ」

 

「お前、それでいいのかよ!

都合のいい時だけ深海棲艦と戦わされて、当たり前の権利すら与えられない!」

 

「……イーサン。私は戦わされているとは思っていない。

海の脅威から人々を守り、平和を取り戻したい。それは私だけの正直な気持ちだ」

 

「提督、あんたはどう思ってるんだ!このままでいいと思ってるのか?

そんなわけないよな!あんたらにも事情があることはわかったよ。

でも、あんたなら、海軍の偉いさんに何か一つでも状況を変えるための

具申くらいはしてくれたんだろう?」

 

「すまない、私には、何もできなかった。

今説明した艦娘の住宅事情や補助的人権については、

海軍ではなく国連で締結された条約に基づくものだ。

世界の決定に対し、ただの一提督にできることは何もなかった」

 

「畜生!!」

 

無情な回答に俺は壁を殴った。

提督には何の非もないことはわかっているが、感情のやり場が見つからない。

そんな俺に長門がゆっくりと説き伏せるように話しかける。

 

「イーサン……お前が我々のために怒ってくれているのは有り難い。

だが、お前が思っているほど私たちは不自由していない。補助的とはいえ人権は人権だ。

普通に生活している分には不便を感じたことはないし、

理不尽な迫害に遭ったとしてもやはり守られる。何も心配することはない」

 

「……悪かった、提督、長門。興奮しすぎた。外で頭を冷やしてくる。

この世界の状況はわかってたはずなのにな」

 

「気にするな!まぁ、茶でも飲んで落ち着け、ハハハ!」

 

長門が無理に笑って励ましてくれる。

たった5日で俺達の関係もずいぶん変わった気がする。

 

「イーサン、きっと人として正しいのは君なんだと思う。

でも、今の我々には君の理想を実践するだけの力がない。

本当に、“恥”の意味を考えさせられる」

 

「……いや、何もできないのは俺も同じなのに、大声を出して済まなかった。

恥は日本人の美徳だと聞いてる。提督にはそれがあるってことがわかってなによりだ。

それじゃあ、騒がせたな」

 

俺は執務室から出ていったが、行くあてがない。

この世界の真実を知ってしばらく何も考えられずにうろうろしていた。

ユラヒメに与えられたテクノロジーで世界はとりあえず平穏になったと考えていたが、

それは間違いだった。あのポッドは、艦娘達の揺りかごであり、棺桶なのだ。

そんなことを思っていたら、いつの間にか自室の前に戻っていた。今日はもういい。

中で休むことにした。鍵を開けて中に入る。

バックパックを下ろしてベッドに大の字になると、電話が鳴った。ゾイだ。

急いで受話器を上げる。

 

「ゾイ?なにかあった──」

 

「イーサン!私よ、ミア!やっと繋がった!」

 

行方不明の妻だった。

 

 


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