艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File6; Hopeless Dawn

殺戮の夜が開け4日目。

 

案の定、俺は筋肉痛に悩まされていた。

便利なワークベンチが送られてきたと喜んでいたのも束の間、

今度はジャックまでプレゼントされてきて、

その撃退と後始末に一晩中かかりきりだった。俺は部屋に戻るなり、

ベッドに横になってそのまま気絶するように眠り込んでしまった。

 

そして朝。目が覚めると、風呂にも入っていなかった事に気づいた俺は、

まずシャワーを浴びた。シャワーの蛇口をひねると、その手には乾いた血が。

ジャックの物か陸軍兵のものかわからない。

今更気持ちが悪くなった俺は、急いで湯で洗い流し、石鹸で洗った。

 

ユニットバスから出た俺は、服を着ようとしたが……これは酷い。

返り血まみれだし、肩はジャックの一撃で破けている。

とても着る気になれなかったので、俺はしばらく上半身裸のまま椅子に座り込んでいた。

すると、コンコンと小さなノックが。ドアロックをかけて問いかける。

 

「誰だ?」

 

「あ、あの、巻雲です。おはようございます~」

 

「ああ、君か。おはよう。すまない、今シャワーを浴びたところで出られないんだ」

 

「大丈夫です!お荷物を届けに来ただけですから!」

 

「荷物?なんだいそれは」

 

「お着替えです。1着しか服がないと不便だろうって鳳翔さんが縫ってくれたんです~

ドアの前に置いときますね!」

 

「ありがとう、そりゃ助かる。今の服はちょっと……汚れちまったからな」

 

「それじゃあ巻雲は失礼します~……あ、そうだ!」

 

「なにかな」

 

「今度から洗い物は洗濯かごに入れて外に置いておいてください。

鳳翔さんが洗ってくれますから」

 

「何から何まですまないな。鳳翔って人にお礼を言っておいてくれないか」

 

「わかりましたです!それでは~」

 

小さな足音が遠ざかっていった。ドアロックを外してドアを開ける。

すると、俺のシャツに似せた柄の服と肌着が3着ずつ置かれていた。

早速着てみると、少々大きめな程度でほぼぴったりだった。ありがたい。

血まみれのシャツはゴミ箱に捨てた。ようやくすっきりすると、電話が鳴った。

急いで受話器を取る。

 

 

 

「ゾイ!?」

 

『イーサン、大丈夫?まだそっちに行ってない?』

 

それだけで全てが通じた。

 

「もう殺した。だが、あいつは何回殺せば殺せるんだ!?」

 

『わかんない。ジャックは特に再生能力が高いから』

 

「一応残った下半身は燃やしておいたが、

飛び散った肉や血がきれいさっぱりなくなってた」

 

『じゃあ……覚悟はしといたほうがいいね』

 

「また来るってことか?」

 

『そう思っといた方がいい』

 

「くそっ!あいつはどうやってここに来た!」

 

『ごめん、それは見てない。どこかカメラのない場所のテレビから来たとしか……

もう誰か殺られた?』

 

「陸軍兵が10人も殺された」

 

『間に合わなかった、か。

……とにかく私はこっちの探索を続ける。あんたも帰る方法を探して』

 

「ああ、わかってる」

 

『それじゃ、お互い生き延びましょう……

そうそう、屋敷でいろんなメモや書類を見つけた。

なんかの手がかりになるかもしれないから、一応アイテムボックスに入れとく。

そっちのボックスに届くといいけど』

 

「助かる。後で見てみるよ。それじゃあ」

 

 

 

ゾイとのやり取りを終えると受話器を下ろした。

部屋から出た俺は、執務室に行く前にさっそく1階のアイテムボックスに寄った。

開けると中には大小様々な紙の束が入っていた。

やはりこのボックスは俺の世界ともつながっているらしい。

中にはホームセンターのレシートなど、どうでもいいものがあったが、

気になるものもいくつかあった。

 

20名ほどの名前とその結果らしきもの、「名前・(死亡または転化)」という具合。

その中に見過ごせないものがあった。ミアだ!彼女は、“結果”が書かれていない。

つまり、まだ無事だということ。ほっとして胸をなでおろした。

次に気になったのはクランシーなる人物。結果に→Lという意味不明な記号が。

何を意味しているのだろうか。現時点では何もわからない。

 

次の資料に目を通す。他のメモには、あの一家が犠牲者を追い詰める様子や、

犠牲者達が最後の抵抗を試みる様子が記されていた。……俺は彼らと同じにはならない。

また別のメモを手に取る。ゾイだ。

彼女が自分の身に起きていること、つまり感染が進んでいる事実を書き残していたのだ。

だがその中に見過ごせない一文があった。

 

『ミアが何か知ってる』

 

ミアが!?どうしてミアが怪物への転化に関わりがあるんだ?

 

 

○ゾイの調査記録

 

どんどん体がおかしくなってる

そのうち父さんや母さんみたいになる

 

みんなあいつのせい

 

あいつと一緒に来た女…ミアが何か知ってる

 

「血清」があれば 体を治せる

 

もっと聞き出す必要あり

 

 

血清が必要なのはもう知っているが、あいつって誰だ?

ミアと一緒に来たと言っているが。ひょっとして、海に現れた謎の少女のことだろうか。

……しまった、肝心な事を聞き忘れた。次の電話で必ず聞いておかなければ。

ざっと全ての資料に目を通した俺は、階段を上り、執務室に向かった。

 

 

 

──執務室

 

ドアをノックし、中に入ると、もう長門は中で俺を待っていた。

いつもの彼女なら、“遅いぞ!軍人たるもの云々……”と

大声で説教してきそうなものだが、どこか暗い表情で伏し目がちのまま、

ただ立っているだけだ。

 

……やはり昨日の陸軍兵の惨殺死体を見たショックが尾を引いているのだろうか。

もしかしたら、艦娘は人間の死体はあまり見慣れていないのかもしれない。

海での戦いはあっという間に死体が沈んでしまうが、

陸の死体は誰かがなんとかしない限り、いつまでもそこに残り、

やがて醜く腐敗し、形容し難い悪臭を放つ。

それが与える精神的ダメージは計り知れない。俺は彼女の背中をポンポンと叩いた。

 

「辛いなら座ってろ」

 

「……うるさい」

 

憎まれ口も精彩を欠いている。やはりショックは大きいようだ。提督も同調する。

 

「イーサンの言うとおりだ。話しは座ってしようじゃないか」

 

「済まない……」

 

俺達は対面式のソファにいつもの配置で座り、

現状確認と今後の対策について話し合いを始めた。

 

「さて、イーサン。昨日は大変だったね」

 

「まあな。提督の言うとおり筋肉痛であちこち痛い」

 

「ハハ、私もだよ。

陸軍兵の遺体だが……今日中に彼らの所属基地の部隊が引き取りに来る」

 

「結局あの言い訳は通ったのか?」

 

「“突如として現れた深海棲艦と戦い、皆壮烈なる戦死を遂げた”と伝えたよ。

もちろん簡単には信じなかった、というよりまだ不審に思ってるだろうが……

まあ、実際に見れば信じざるを得ないだろう」

 

「危ない橋を渡らせたな」

 

長門は相変わらず黙りこくっている。特に話すこともないということもあるだろうが。

 

「そうだ……前から聞きたいことがあったんだが」

 

「何かな」

 

「提督や艦娘の中で、体の不調を訴えているやつはいないか?特に俺がここに来てから」

 

「いや、そう言った者がいれば仲間から私に報告が上がってくる。

病人を戦わせるわけにはいかないからね。もちろん私も正常だ。筋肉痛を除けば」

 

「そうか……」

 

「どうかしたのかい?」

 

「いや、ここの人間、正確には艦娘だが、彼女たちが感染していないか不安になった。

ゾイも徐々に体が何かに冒されていると感じているらしい」

 

「また彼女から連絡が?」

 

「ああ。互いの現状報告くらいのものだったが」

 

ミアのことは伏せておいた。彼女は俺にあの一家に繋がる何かを隠していた。

そして謎の少女の正体。

これらがわからないうちに、洗いざらいぶちまけても混乱を招くだけだろう。

 

「とにかく、特にみんなの体調には今まで以上に気を配って欲しい」

 

「わかった。気をつけよう」

 

「私も!……異常はない」

 

ようやく口を開いた長門だが、異常はなくても元気がない。

 

「それと、提督……」

 

「何かな」

 

「赤城は、どうなるんだ?」

 

「とにかく今は自室で謹慎処分だ。

陸軍が遺体を引き取りに来た時、彼女にも事情を聞くかもしれないからね。

それからのことは、全てが終わってから決める。

いつまでも第一艦隊の空母枠を空けておくわけにはいかない」

 

「そうか……俺が言えた義理じゃないが、なるべく穏便に頼む」

 

「私もできればそうしたい。全力を尽くそう。

……さて、他に議題もないようだし、朝のミーティングはこれくらいにしよう。

陸軍兵の引き渡しは私がやっておく」

 

「悪いな。俺がしゃしゃり出ても面倒が起きるだけだろうし」

 

「気にしないでくれ。

……長門君、今日は他にやることがない。宿舎で待機していたまえ」

 

「いや、しかし!」

 

「待機も立派な命令だよ?

気分転換に友人とおしゃべりしたり読書等することも許可する」

 

「済まない……」

 

「イーサンも休んでいてくれたまえ。激しい戦闘の後で、まだ疲れているだろう」

 

「ありがたい。正直、筋肉痛でリロードもままならないからな」

 

「以上、解散!」

 

提督がパン、と手を叩き、その場は解散となった。

執務室から出た俺は、自室に戻る前に大事な用を思い出した。工廠に行かなければ。

 

 

 

──工廠

 

小人たちが天井から吊られた砲や船体をハンマーで叩き、

破砕機が相変わらずスクラップを排出している。

俺は昨日ジャックにとどめを刺した場所に行ってみた。

やはり血痕のひとつも残っていない。

 

「やっ、イーサンおはよう!」

 

後ろから元気のいい聞き慣れた声が。

 

「ああ、明石。おはよう……」

 

「いやあ、昨日はなんか凄かったらしいね。

戒厳令が出てたからよくわかんないんだけどさぁ。

工廠の方からもチェーンソーを振り回すような音がしたから、

ここも心配だったんだけど、とりあえずは無傷でよかったよかった!」

 

どうしたものか。正直に話すべきだろうか。

ここのチェーンソーを使って血みどろの戦いをしましたすみません。

……もう工廠に入れてくれないかもしれない。

しかし、彼女の屈託のない笑顔を見ていると、隠し事をしていることが心苦しくなる。

俺は思い切って打ち明けることにした。

 

「なぁ、明石。昨日現れた敵について、提督から何も聞いてないのか?」

 

「敵って……またカビ人間みたいなやつが現れたの?」

 

「もっと厄介なやつだ。俺が気の狂った一家に狙われてるって話はしたか?」

 

「んー長門さんから簡単には」

 

「その一家の親父が現れたんだ」

 

「ええっ!大丈夫だったの?それでどうなったの?」

 

「奴を殺すには銃では威力と弾が足りなかった。それで……言いにくいことなんだが、

工廠のチェーンソーで奴と戦った。

奴にとどめを刺した時、このあたりが血まみれになったはずだったんだが、

後で見てみると完全に消えてなくなっていた。

見えなくなったとは言え、君の大事な作業場を汚してしまったことは本当に申し訳ない。

この通りだ」

 

俺は明石に頭を下げた。彼女は腰に両手を当て、眉をひそめて怒ったような表情をする。

 

「そういうの困るー」

 

「本当にすまない」

 

「……でも、そいつを放っておいたら、みんなはどうなってたのかな」

 

「陸軍兵10人が殺された。

もし俺が殺されてたら、次は提督やみんなに刃を向けてただろう。

奴は人殺ししか頭にない」

 

「ふむむ……」

 

明石は少し考え込んで、頭を下げる俺を指差した。

 

「今後、また面白そうなものが流れ着いたら真っ先に明石に見せること!

あのワークベンチで変わったものを作るときにも明石に見せて!

約束したら許してあげます!」

 

「それで、いいのか?」

 

「まぁ、チェーンソーじゃなきゃ死なないような化け物相手じゃ、

しょうがないっちゃしょうがないし、

君がみんなを守ってくれた、と考えることもできるからね」

 

そう言って彼女は微笑んでくれた。

 

「ああ、約束する!そうだ、さっそくマグナムの弾を作りたい。

ジャックとの戦いでたくさん使っちまったから補充したいんだが、見るか?」

 

「見る見る!……ジャックってその化け物の名前?」

 

「そう。人間だった頃の名前だが、上半身を砕かれて生き返るようなやつなんか、

もう人間とは呼べないだろう」

 

「うえ、最悪。よくそんなのと戦ったね。

あ、そうだ。イーサンにプレゼントがあるんだ」

 

「本当か。なんなのか楽しみだ」

 

「それは見てのお楽しみ」

 

俺と明石は言葉を交わしながらワークベンチに向かった。

 

 

 

──作戦司令室

 

その頃。長門を除く作戦司令室のメンバー、戦艦・陸奥代理補佐と、

軽巡・大淀通信士は海から不審な反応をキャッチし、その対応を協議していた。

 

「なんなんでしょう、これ……」

 

大淀が首を傾げる。モニターに4つの光点があり、それが徐々に近づいてくる。

 

「深海棲艦ならもっとスピードがあるし、そもそもとっくに撃ってきてるはずだよね」

 

陸奥にも訳がわからない。

 

「とにかく提督に連絡しようか」

 

彼女は電話の受話器を上げ、執務室の番号を押した。

 

“こちら執務室”

 

「提督、陸奥です。至急ご報告したいことが」

 

“なんだい?”

 

「不審な反応が鎮守府に近づいています。

ですが、深海棲艦にしては速度も遅く、攻撃してくる気配もありません。

正体不明の存在への対処についてご指示を願います」

 

“妙だね。今、第一艦隊は訳あって動かせない。直ちに第二艦隊を出動。

謎の存在について調査し、必要とあらば排除せよ”

 

「承知しました」

 

陸奥は受話器を下ろすとすぐに別の番号へかけた。

 

 

 

──海岸

 

そして、10分後。

 

第二艦隊が海岸に勢揃いしていた。

司令室からの連絡によると、謎の反応はもう目前まで迫っているとのこと。

第二艦隊は以下のメンバーで構成されている。

旗艦は戦艦・伊勢、軽空母・龍驤、重巡・加古改二、Prinz Eugen(プリンツ・オイゲン)、練習巡洋艦・香取、以上。

 

彼女たちは砂浜から海面にその足を乗せる。

すると不思議な浮力で沈むことなく宙に浮く。

香取がクイッと眼鏡を直し、全員に告げた。

 

「皆さん。例え戦闘にならなくても、

わたくしが皆さんの状況対応能力を審査し、提督にご報告します。

くれぐれも油断なきよう。特に、プリンツさんは当鎮守府初の同盟国からの艦娘。

ご活躍に期待していますよ」

 

そしてまた眼鏡を直す。

特にズレてもいないのに直してしまうのは、眼鏡持ちだけがわかる癖だ。

 

「任せてよ、カトリン!いざとなったらいつでも私のSKC34が火を噴くんだから!」

 

喋りながらも足を進める第二艦隊。すでに謎の物体がはるか遠くに点として見えてきた。

 

「ちょっとぉ。旗艦は私よ、わ・た・し!

私を放ったらかして盛り上がられると、ぶっちゃけ寂しいんだけど!」

 

伊勢が文句を飛ばす。そして、龍驤が彼女に話しかけた。

なんだか納得行かない、と言いたげだ。

 

「でも伊勢さん、多分こんなん敵襲やないと思いますよ。

難破船かなんかとちゃいます?」

 

「そうだねぇ。ここまで来て何も起こらないというのは……え、なんだこりゃ!?」

 

その時、加古たちの精神にノイズ混じりの思念が飛ばされてきた。

 

 

“ザ…ザザ……タ、スケ…テ……ザザ……”

 

 

「やだあ、何これ怖い!日本の幽霊?うらめしや~なの!?」

 

「落ち着いてプリンツさん。異常事態に対する平静さも審査の対象ですよ?」

 

怯えるプリンツ・オイゲンをなだめる香取。

 

「でもこれ、本当になんなの?

これ送ってきてるのがあいつらってことは、やっぱり深海棲艦?」

 

「そんなの近づかなきゃわかんないっすよ、とにかく突撃あるのみ!

みんなもビビってないで全速前進だー!」

 

「う、うちはビビってへんで!」

 

心配する伊勢とは対象的に、楽観的な加古。龍驤も多分平気。

一行は加古の言うとおり、目標に接近すべくスピードを上げた。

近づくに連れ、徐々にその姿が露わになる。

そして、その全貌が明らかになると、皆に戦慄が走った。

 

 

「ゔゔ……ゔああああ……あああ」

 

 

確かに正体は深海棲艦だった。ただその姿があまりに異常で、今度は香取も言葉を失う。

 

「ね、ねえ。日本ではこんな奴らと戦ってるの……?」

 

プリンツの問いに皆は首を振るだけだ。

眼の前にいるのは戦艦レ級らしきものとタ級らしきもの2隻ずつ。

いちいち“らしきもの”が付くのは、

彼女達が得体の知れない怪物に変貌してしまっていたからだ。

 

全身にボロボロになった灰色の紐のようなものが巻きつき、

口から飛び出るほど長い牙、そして鋭い爪を持っている。

彼女達は、普段艦娘の脅威となる大口径砲を撃つこともなく、

飛行甲板から艦載機を発艦することも、魚雷を発射することもなく、

ただ、こちらに近づいてくる。

 

「総員、戦闘開始!単縦陣に展開せよ!」

 

いち早く冷静さを取り戻した伊勢が、総員に指示を出す。

皆、異形と化した深海棲艦に対し、横一列に距離を取った。

まずはプリンツがSKC34 20.3cm連装砲でタ級に照準を合わせる。

 

「来ないで!」

 

彼女の連装砲が吠える。大型弾頭2発を発射。

足を引きずるようにゆっくりとしか動かないタ級に全弾命中。

だが、全くと言っていいほど効果が見られない。

僅かな傷口から不気味な黄土色の粘液を垂れ流すだけだ。再び彼女達に思念が。

 

“アア……イ……タイ…ザザ……カゾク……”

 

「もう、なんなのかなぁ、こいつら!これで吹っ飛びなよ!」

 

今度は加古が二基装備した20.3cm(2号)連装砲で再度タ級に集中砲火。

計4門から放たれた砲弾は鈍重な動きの深海棲艦に全て命中したが、

やはりほとんどダメージが通っていない。

それでも彼女達は反撃に出ることもなく、ただひたすら鎮守府を目指している。

 

「ここは第二艦隊旗艦、伊勢さんが行かせないよっと!」

 

続いて伊勢が35.6cm連装砲の砲塔を回転させ、強力な戦艦の主砲を叩きつけるべく

発射角を修正、用意よし。

 

「沈みなさい!」

 

爆炎と共に砲塔から飛び出した砲弾が三度タ級に襲いかかる。

まるで何発喰らおうがどうでもいいと言わんばかりの彼女に3発とも直撃したが、

やはり痛がるだけで目立った損傷が見られない。

 

「どうなってるの!?とにかく、みんな!絶対こいつらを行かせちゃ駄目!

何かがおかしい!」

 

そう、おかしい。何度も艦娘から攻撃を受け、対抗する兵装も装備しているのに、

腐乱死体のような深海棲艦達は反撃もせず、ただ前進を続けるだけなのだ。

 

「反撃しないならこっちのもんさ!縛り付けて工廠の溶鉱炉に放り込めばいいんだよ!

あたし、喧嘩も自信あんだよね!」

 

そして加古がタ級に急接近し、飛びかかる。腕を捻り上げようと近づいた瞬間。

 

「うげああああああ!!」

 

タ級が獣じみた雄叫びを上げ、その口の端を引き裂かんばかりに大きく開き、

加古に噛み付いてきた。

 

「!?」

 

瞬時に後ろに身を引き、一瞬の差で回避。

タ級の口が、ガチン!と音を立てて閉じられた。

 

「いきなりなんだよこいつ!」

 

全くこちらに無反応だった深海棲艦が、

突然原始的な方法で反撃してきたので戸惑う加古。

 

「私もやってみる!」

 

伊勢も今度はレ級に接近戦を挑む。姿勢を低くして、腹に一撃を加えようとした。

しかし、やはり。

 

「ぎゃおおおお!!」

 

今度は両腕を大きく広げ、その鋭い爪で伊勢を切り裂こうとしてきた。

回避しようとしたが、艤装を損傷してしまった。

砲塔がへこみ、砲が一門使用不能になる。伊勢は慌てて後ろに距離を取る。

 

どうする!?手出ししなければ動かない。しかし、倒すこともできない。

奴らはゆっくりと着実に鎮守府に近づいている。

たどり着いた時には、ろくでもないことをするのは間違いない。

どう対処していいかわからない敵に対する伊勢の判断は。

 

「総員撤退!援軍を要請し、全戦力を以って敵艦を迎撃する!」

 

“了解!”

 

第二艦隊は不気味な怪物を前に一時撤退を選んだ。

急いで司令部に詳細を報告し、迎撃態勢を整えなければ。

鎮守府の本館が見えてきた。海岸が近い。

 

「奴らの上陸にはまだ時間があるわ!無理を言ってでも第一艦隊の……ってええっ!?」

 

伊勢の目にまたも信じがたいものが飛び込んできた。

外国人の男が海の上をこちらに向かって走ってくるのだ。

彼から彼女達の心に通信が入ってきた。

 

『そいつらには近づくな、感染するぞ!』

 

「ちょっと!感染ってどういうこと?っていうかあなた誰?なんで海を走れるの?」

 

『説明は後だ!奴らみたいになりたくなければ近づくな!』

 

思念と電波による通信は終了。

彼女達はただ当初の目標通りに鎮守府に上陸し、援軍を呼ぶしかなかった。

その際、謎の男とすれ違ったが、両手に散弾銃のようなものを持っていた。

あれで戦う気なのだろうか?戦艦の主砲弾でもかすり傷しか付かなかったというのに。

疑問は尽きないが、今は迎撃準備が先だ。

 

なぜイーサンが海を走り、艦娘と通信できているのか。少し時を遡る。

 

 

……

………

 

「これがプレゼント!はいどうぞー」

 

「これは?」

 

明石が差し出したのは、ラバー製で伸縮性の高いブーツと、小型の無線機だった。

さっそくブーツを履いてみる。信じられない軽さと密着性で、

靴の上から履いても存在を感じさせない快適さだ。

 

「名付けて、水上移動用、“靴!”……言っとくけど明石のネーミングじゃないからね。

これ作ったのは別の鎮守府の“明石”なんだ。新たな発明や発見はみんなのもの。

全“明石”の協定なんだー」

 

「ああ。君達は全く同じ存在が生まれるって聞いたな」

 

「そーいうこと。履くだけで艦娘みたいな浮力を体全体に与えて自由に海を駆けられる。

これでもう艦娘と同じように海で戦えるよ」

 

「マジかよすげえ!」

 

「ほら、前に言ったでしょ。私達艦娘の建造技術はユラヒメがもたらしたって。

人も艦娘もその技術を他の分野にも活かしてるの。

だから今、世界中でちょっとしたパラダイムシフトが起きてる。

ブーツもそのひとつってわけ」

 

「なるほど。無線機のほうもなんか特殊な機能があるのか?」

 

「もっちろん!ただの携帯用無線機じゃないよ。艦娘の思念を受け取ったり、

こちらから通信を送ったり出来る。広い戦場で普通の無線と同じ感覚で使える」

 

「これなら、クルーザーなしでも海で戦えるな!」

 

「そう。まあ、当分出番はないだろうけど、一応渡しとこうと思ってさ」

 

「ありがとう、本当に助かる!」

 

その時、5人の艦娘達が大急ぎで海岸へ向かって走っていった。

 

「なんだろう。サイレンもないのに敵襲?」

 

不審に思った明石が壁掛け式の電話を取り、作戦司令室に問い合わせた。

短いやり取りの後、彼女は電話を切った。

 

「イーサン、早速それの出番かもしれないよ」

 

「どういうことだ?」

 

「実はね……」

 

明石が状況を説明した。すると、やはりイーサンは飛び出そうとする。

 

「待った待った!まだ敵かどうかもわかんないのに、君が行ってどうすんのさ!」

 

「行動パターンからして間違いなくモールデッドだ!

上陸するのを待ってたら手遅れになる!」

 

「ええ……?」

 

突然の展開に付いていけない明石を横目に、

イーサンは掌紋を登録してもらった自動ドアを開け、アイテムボックスに駆け寄る。

そして箱を開けて武器と弾薬を取り出し、外にとんぼ返り。

 

「じゃあ、行ってくる!」

 

「気をつけてねー……」

 

ただ手を振る明石だった。

 

 

 

そしてイーサンが海岸へ走り、

双眼鏡で接近中の物体を見ると嫌な予感が当たってしまった。

 

「……感染してやがる!」

 

イーサンが海面に片足を乗せると、ふわりと押し返すような感覚があり、

これなら行けると感じた彼は、一気に海の上を走り出した。

 

………

……

 

 

──海岸

 

連絡に向かった伊勢を除く第二艦隊メンバーは、

4体の深海棲艦モールデッドに向けて走り続けるイーサンをただ見ているだけだった。

 

「あのオッチャン誰なん?」

 

「そういや最近、提督の部屋に出入りしてる余所者がいるって噂聞いたよ。

あいつがそうなんじゃない?」

 

加古が龍驤の疑問に答えてみる。しかし彼女にもはっきりしたことはわからない。

 

「あ、さっきの人が戦い始めたよ!無茶だよ、生身で深海棲艦と戦うなんて!

アメリカ人もカミカゼするの!?」

 

イーサンの姿にプリンツ・オイゲンが悲鳴を上げる。

そう、イーサンが深海棲艦モールデッドに接近し、戦闘を開始したのだ。

 

「皆さん落ち着いて!そう、こういうときは確か、人を4つ書いて……じゃなくて、

4つ数える息を吸う……じゃなくて、とにかく皆さん落ち着いてくださーい!」

 

そして、一番慌てている香取が皆を落ち着かせようとしていた。

 

 

 

──鎮守府近海

 

「ああ……うああ……」

 

体を揺らしながら重い足取りで鎮守府に向かう深海棲艦モールデッド。

 

「……間違いない。どこかで感染したんだ」

 

その姿を見た俺はショットガンM37を構え、レ級戦艦に狙いをつける。

 

奴の胴体目がけて散弾を発射。

重い衝撃波と鋭い銃声と共に、腐敗し柔らかくなったレ級の胸がはじけ飛び、体液を撒き散らす。

 

「うおああ……」

 

「ぐっ!」

 

大きなダメージを与えることができたが、体中に痛みが走る。

こんな時にたかが筋肉痛に苦しめられるとは!

それでも痛みを堪えてポンプアクションで排莢し、2発目の発射準備を行う。

 

すると、危機を感じたレ級や他の3体が俺を殺すべく向きを変えて集まってきた。

一対多の時はこれだ。今度はバックパックからマシンガンP19を取り出し、

右から左に薙ぎ払うように9mm弾をばらまいた。

 

「うぐ……」「えああ」「ぎゃっ」「ううう……」

 

効果はてきめん。無数の弾丸が突き刺さり、片腕を吹き飛ばされた者も入れば、

膝を砕かれ動けなくなった者もいる。だが、またしても問題が。

 

「痛ってえ!くそっ!」

 

地味に襲いかかってくる筋肉痛。

マガジンを入れ替えようとするが、手が震えて上手く装填できない。

着実にダメージを与えているとは言え、まだ4体とも健在。

1発撃つ度この有様では体力が尽きるのが先だ。

俺は筋肉痛というありふれた現象に追い詰められていた。

 

 

 

──海岸

 

第二艦隊は驚きの目でイーサンの戦いを見ていた。

 

「なんでだ?あたしらの砲が効かなかったのに、なんで人間用の武器が効いてんだ?」

 

「そもそも人間が海に浮いてるのが不思議なんだけど、誰か知らない?ねえ」

 

加古もプリンツも疑問だらけだ。

 

「落ち着きなさい、落ち着くのよ。教官育成マニュアルには新種の深海棲艦出現に人間が対処している場合採るべき軍事行動は……書いてないから、第4章の海上警備行動第7節の海難救助の手引……は全然当てはまらないし、あと考えられるのは、ええと、ええと……」

 

香取はずっとブツブツ言っている。

 

「みんなお待たせ!第一艦隊で出られる人に来てもらったよ!」

 

伊勢が長門を始めとした赤城以外のメンバーを連れて戻ってきた。

報告を受けた提督も駆けつける。

そして彼女達が変異深海棲艦を迎え撃つため素早く陣形を組んだ。

 

「提督、やはり危険だ。戻っていたほうがいいのでは?」

 

長門が提督の身を案じるが、彼は帰ろうとしなかった。

 

「イーサンが退却する事態になれば、私が直接指揮を執る必要がある。

ここで待機しなければ」

 

彼の視線の先には、どこか苦しそうに銃を撃つイーサンの姿。

提督は小型無線機で彼に呼びかける。

 

「イーサン、提督だ。どうした、ダメージを受けたのか?」

 

『違う、筋肉痛だ……一発撃つ度に体がバラバラになりそうだ。

これじゃとてもじゃないがマグナムなんか使えない。

もうすぐ、腕が上がらなくなる……』

 

「なんだって!?」

 

『ゔあああ!…… くそっ! (銃声)』

 

「どうした、しっかりするんだ!」

 

『大丈夫だ、なんとかふっ飛ばした。でも、これ以上は、保たない……』

 

「くそ!」

 

なにか方法はないか?提督は考えを巡らせる。湿布は……そんなもん効く前に殺される!

軟膏……却下だ!他に医務室にあるものは……あった、あれに賭けるしかない!

 

「ああ提督!どちらへ!?」

 

彼は香取の呼びかけも無視して、医務室に向かって走っていった。

 

 

 

──鎮守府近海

 

その頃の俺はもはや防戦一方だった。

手にしたショットガンM37はもう持っているのがやっとだった。リロードもできない。

さっき無理矢理弾を込めようとしたら、危うく貴重な12ゲージ弾を落としそうになった。

4体の元戦艦から繰り出される噛みつきや引っかきを辛うじてガードしているが、

それももうすぐ出来なくなる。

 

一旦後退して距離を取る。後ろには鎮守府。

艦娘達が大勢集まっているが、俺の考えが正しければ、

恐らく彼女達ではこいつらは倒せない。俺が何とかしなきゃいけないんだが……

回復薬を飲んでみたが、腹が悲鳴を上げるような苦味が口に残っただけで、

筋肉痛には効果がなかった。

 

……ん?海岸で提督と艦娘が何かやり取りしている。

 

 

 

──海岸

 

急いで医務室から戻った提督は、加古にそれを渡した。

 

「はぁ…はぁ…加古君、合図をしたら、それを彼に投げてくれ!」

 

「は、はい!いいっすけど、なんですかこれ?」

 

「説明は後だ!イーサン、今から多分役に立つ物を投げる。しっかりキャッチしてくれ」

 

『多分ってなんだよ多分って!』

 

「いいから投げるぞ!3,2,1,今!」

 

「オラッ!!」

 

加古はその強肩で提督から受け取った物をイーサンに投げた。

 

 

 

──鎮守府近海

 

海岸から何かがメジャーリーグ級のスピードで投げられた。

 

「うわわ、なんだなんだ!」

 

俺が猛スピードに驚いている間にも、何かがどんどん近づいてくる。

痛む体で何とか構えを取り、どうにかキャッチした。

パシィン!と音を立て、それは手のひらに収まる。

それを見て、俺は叩かれるような手の痛みも忘れ、勝機に笑みを浮かべた。

 

「ありがたい!」

 

そして俺は、ケースから取り出した筋弛緩と抗不安の効果がある薬が詰まった注射器、

スタビライザーを左腕に突き刺した。固まっていた筋肉がみるみるうちにほぐれ、

追い込まれていた精神も落ち着いた。もう邪魔な痛みも焦りもない。

俺は再びショットガンM37を構え、レ級の頭部を狙ってトリガーを引いた。

 

大海原に散弾銃の銃声が遠く響き、標的の頭部を打ち砕いた。

 

普段は艦娘の主砲でも手に負えないレ級も、腐り果てて弱った今は、

ショットガンの近距離射撃に耐えられないほど弱体化していた。ようやく1体撃破。

だが、あまりモタモタしてはいられない。あと3体残っている。

俺は再びマシンガンP19を掃射する。

 

激しく打ち付ける9mm弾に3体とも体液を吹き出しながらよろける。

その隙に俺はバックパックからマグナムを取り出す。

さっきまではとても撃てなかった代物だが、今なら派手にお見舞いできる。

最初に体勢を立て直し、こちらに両腕を広げて迫ってきたタ級の頭部に照準を合わせる。

落ち着いて、正しい姿勢で撃つ。必ず当たる。俺はゆっくりと引き金に指をかけ、引き絞った。

 

貫通力の高い弾頭が銃口から飛び出し、獲物に食らいつく。

強化マグナムでタ級の頭部が吹き飛んだ。残り2体。

 

「うう……うう……」

 

相変わらずゆっくりと、しかし、確実に俺を殺しに来る深海棲艦モールデッド。

だが、この種は海を渡れる事以外大した脅威ではないことがわかってきた。

ダッシュすれば簡単に後ろが取れる。

俺はマグナムを節約し、ショットガンM37に切り替えた。

まずは残るタ級の攻撃を引きつける。

奴が思い切りのけぞって噛み付こうとした寸前に、M37をぶっ放す。

ほぼゼロ距離で散弾を食らった奴が苦悶の声を上げる。

 

「ああ、うあうう……」

 

通常体のような金切り声を上げる力も残ってないのだ。

俺はすかさず腰からサバイバルナイフを抜き、奴の後ろに回り込み、

頭部を何度も斬りつけた。傷口から滝のように出血する。

その後も俺は奴が振り返るたび、後ろに回り、ナイフでの攻撃を続けた。

すると、とうとう大量の血を失ったタ級がその手をだらんと落とし、前のめりに倒れ、

沈んでいった。

 

最後に残されたレ級は、ただ濁った目でその様子を見ている。

ただ、俺を殺せれば他はどうでもいいとでも言いたげに。

そして、奴もまた俺に襲い掛かってきた。両腕を広げて、長く鋭い爪で挟み込んでくる。

俺はガードして攻撃を防御。わずかなダメージと引き換えに攻撃のチャンスを得る。

M37のハンドグリップをスライドし、排莢。そして次弾装填。

目の前にいるレ級の成れの果てにヘッドショットを食らわせる。

 

奴が大きくのけぞるうちに、撃ち尽くした弾をリロードする。

スタビライザーの効果で指先が滑らかに動き、以前よりリロードが早くなった。

そしてまたハンドグリップを引いて、装填完了。同時にレ級も立ち上がる。

 

奴が不揃いの牙が生えた口を大きく開けて噛み付いてきた。だが、今度こそ終わりだ。

俺も瞬時に構え、頭部を狙い、発砲。

M37が吐き出した散弾が奴の頭部に集中的に食い込む。

小さな破壊力の粒を大量に食らい、レ級は頭部を破壊され、完全に生命活動を停止。

ズブズブと立ったまま海の底へ沈んでいった。

 

海に静けさが訪れると周りを見回す。前みたいに潜水艦とやらがいなければいいが。

とりあえず敵の殲滅を確認した俺は鎮守府へ戻っていった。

今度こそ休息の時間が取れる。そのことにありがたみを感じながら。

 

 

 

──海岸

 

が、そんなものはなかった。海岸に降り立った俺に艦娘の群れが詰めかけてきた。

 

「オッチャン誰やねん!なんで鉄砲で深海棲艦が死ぬねん!」

 

妙な言葉を使う艦娘が質問をぶつけてきたのを皮切りに、

 

「あたしの20.3cm(2号)連装砲2基が駄目で、なんで人間の銃が効くんだよ!

ちょっと見せてみろ!」

 

「ああ、やめろ!」

 

危うくバックパックを奪われそうになり、

 

「Americaの銃はどんな構造をしているの?Waltherとの違いは何?私、気になります!」

 

ヨーロッパ系の女の子に質問攻めに会った。たまらず提督に助けを求める。

 

「提督!俺のことは艦娘達に説明してくれてたと思ってたんだが?」

 

「ああ、本当にすまない。

何しろ君に関しては言葉だけでは信じがたいことも多いからね。

いつ、どう伝えるか思案していたら今日になってしまった」

 

「とにかくこの混乱をどうにかしてくれ!」

 

「あのう……本日の戦果ですが、結果的には戦術的敗北。

しかし、彼を味方とするなら勝利となるのですが、どう判断すればよろしいのでしょう」

 

「香取君すまない後にしてくれ。……よしわかった!総員本館の作戦会議室に集合!」

 

提督の鶴の一声で、俺にまとわりついていた艦娘達が、

ガヤガヤと本館へ向かっていった。ようやく一息ついた俺は提督に愚痴る。

 

「はぁ、勘弁してくれ。スタビライザーの事は礼を言うが……」

 

「いや、申し訳ない。これから第一、第二艦隊の艦娘諸君に君のことを詳しく説明する。

君にも一緒に来て欲しい」

 

「まだあるのか!?」

 

「本人がいなければ話にならないだろう。もうひと踏ん張りだ」

 

「今朝、“今日は休んでいてくれ”と言われた気がするんだが……」

 

俺は疲れた体を引きずりながら提督と本館へ向かった。

 

 

 

──作戦司令室

 

結構な数があった机は艦娘で満員となり、ここがどこかの学校のクラスルームです、

と言われたらうっかり信じそうだ。

俺と提督と長門が壇上に上がると、ざわついていた彼女達は静かになった。

 

「えー、君達。特に第二艦隊の諸君はこの事態に混乱していることと思う。

そこで、遅くなってしまったが、当鎮守府の新しい構成員、つまり仲間だ。

イーサン君を紹介しよう。イーサン、自己紹介を」

 

俺は一歩前に出て手短に自己紹介をした。

 

「……俺はイーサン。イーサン・ウィンターズだ。よろしく」

 

また艦娘達がガヤつく。

 

“普通の人にしか見えないけど”

“やだ、あの左手どうしたのかしら……”

“どうしましょう、民間人を鎮守府に編入するにはマニュアルが……”

 

「落ち着いて欲しい。彼は少々特殊な経緯でこの鎮守府に来た。

今、君達が目にしている奇妙な事態とも関係がないとは言い切れない。

だが、これだけは間違いない。彼は、味方なんだ。それを今から説明しようと思う」

 

そして、今度は提督が語りだした。

俺はミアを探しに来た洋館で罠にはまり、この世界に転移してきたこと。

先日現れた化け物はB.O.Wという異世界で人為的に造られた生物兵器であること。

俺がそいつらと戦ってきたこと。突然現れた木箱やアイテムボックスは

俺の世界の物体で、この世界の者は扱えないこと、等々。

わかりやすく簡潔に説明してくれた。もっとも、彼女達が信じるかは別問題だが。

 

「特に、昨日は皆に外出禁止令を出したね。

あれは、陸軍とちょっとした小競り合いがあって、

武装した艦娘を出して向こうを刺激することを避けたかったからなんだ。しかし」

 

提督は一拍置いて続けた。

 

「そんな時、新たなB.O.Wが襲撃してきた。

私は避難するよう言われたので姿しか見ていないが、イーサンの報告によると、

それは見た目は普通の人間だが、凄まじい耐久力と再生能力を持ち、

陸軍の兵士でさえ歯が立たなかった。それをイーサンが激闘の末倒してくれた。

彼がいなければ、きっと艦娘を巻き込む惨事になっていたことは間違いない。

……なお、このことは機密事項に指定する。口外は無用に願いたい」

 

またも艦娘達の間に動揺が走り、一斉にざわつく。

 

「ええい、静まれ!」

 

そして長門の一喝で再び静けさが戻る。

 

「何が言いたいかというとだ。イーサンは私達の仲間だ。

彼にも妻を探すという目的はあるが、深海棲艦やB.O.W撃滅に力を貸してくれる、頼れる人物だ。

だから私は彼をここに迎え入れた。皆にもこの事はわかって欲しい」

 

目だけで艦娘を見回してみる。反応は半々というところか。

俺を歓迎もしくは興味を持って見ている者が半数。疑わしげな目で見ている者が半数。

早速後者が手を上げた。

 

「香取君」

 

「そ、その、貴方イーサンと言いましたね!

先日の化け物と戦ったと提督はおっしゃいましたが、

その化け物は貴方が持ち込んだのではありませんか!?

あと、その、貴方が他国の工作員という可能性もあります!」

 

なぜか少々切羽詰まった様子で、銀髪を後ろでまとめた艦娘が俺を教鞭で差す。

俺の代わりに提督が答えた。

 

「当然その可能性も考慮した。

だが、彼は後日単身深海棲艦との戦いに参加し、その勝利に大きく貢献した。

仮にイーサンがスパイだとしても、ただでさえ生態のわかっていない深海棲艦の前に

身を投げ出すだろうか。殺されては元も子もないというのに」

 

「それは……やっぱり信じられません。何もかも都合が良すぎます!」

 

何人かの艦娘が頷く。再び長門が前に出る。

 

「練巡・香取!貴艦は提督の言葉を疑うというのか!」

 

「え、それは、あの、だって、いきなり変な木箱が現れたり、

工廠に見慣れぬ機械が設置されたりしたものですから……」

 

長門の威圧感に遠慮がちな口調になる香取。

 

「それはイーサンが転移してきたのと同じ原理らしい。そうだったね、イーサン」

 

「ああ。あれは俺が戦っていた化け物屋敷にあったものだ。

でも全部を知っていたわけじゃない。工廠の破砕機は俺も見たものがないものだった。

それについてはなんとも言えない」

 

「……はい」

 

今度は黒のショートカットで左目を隠した艦娘が手を挙げた。

 

「加古君」

 

「イーサンに聞きたいんだけどさ。なんであたし達の砲が効かなかったのに、

あんたの銃が効いたんだ?そもそもなんで海を渡れるんだ?」

 

「まず、海を歩けるのは、明石が作ってくれた靴のおかげだ。

それで……これは俺の仮説なんだが、

あの深海棲艦にほとんど君らの攻撃が効かなかったのは、

奴らが“向こう”の存在になりかけてたからだと思う」

 

「“向こう”?どういうことだ?」

 

「ああ悪い。俺がいた世界のことだ。

本館1階のアイテムボックスやそこら辺に現れた木箱が

この世界のものには開けられないことから、

提督が向こうの世界のものにここの人間は干渉できない、っていう仮説を立てたんだ。

そう考えれば納得が行く。今日現れた深海棲艦は2つの世界両方の性質を持ってた。

多分、君らの攻撃でも、少しくらいはダメージが通ったんじゃないか?」

 

「確かに、切り傷程度は付いてたな……もう一ついいか」

 

「どうぞ」

 

「あいつら、砲も魚雷もあったのに一発も撃ってこなかったのはなんでだ?」

 

「あそこまで転化が進むと知性は殆ど失われる。

火器を扱う知能すらなくなってたんだろう」

 

「そうなのか……」

 

「はいはいはーい!」

 

今度は艦首を模したバイザーを付けた小柄な艦娘が手を挙げた。

 

「龍驤君、“はい”は1回でいい……どうぞ」

 

「じゃあ、そもそも、なんであいつらはバケモンになってもうたん?」

 

「提督、俺が答えるよ。それは特異菌に感染したからだ。

先日ここを襲撃してきた化け物たちも、元は人間だった」

 

今までにないほどのどよめき。俺は構わず続ける。

 

「感染経路はわからないが、今日の深海棲艦も特異菌に感染した。

あの見た目からしてモールデッド化したのは間違いない。

さっきも言ったが、俺の銃が効いたことからも明らかだ」

 

「そそそ、そんな危険なものがあるなんて!提督、今すぐ彼を隔離すべきです!

そのモールデッドなる生命体が彼と共に転移してきたなら尚更です!」

 

香取という艦娘が眼鏡を直しながら叫ぶ。

彼女は知性的な雰囲気があるが、どうも熱くなりやすいようだ。

 

「落ち着きたまえ、香取君。君は一連の出来事を忘れたのかね。

彼がいようがいまいが、B.O.Wは艦娘に攻撃してきた。

イーサンひとりを独房に入れたところで無意味だ。

それに、彼が感染源なら私はとっくにモールデッドになっている。

また、特異菌やB.O.Wについては既に対策チームを編成した」

 

「対策チーム……?」

 

「この件に関してはイーサンと戦艦・長門が共同で調査に当たる。

バイオテロに関する知識を持つイーサンと、

当鎮守府でも特に戦闘能力に秀でた長門君のペアが適任だと判断した……のだが。

これでは不十分だと思うものは遠慮なく手を挙げて欲しい」

 

“長門さん、なら大丈夫かな?”

“でも怪物になっちゃう菌なんて防ぎようが……”

“やっぱりイーサンって人がどうも……”

 

やはり場がざわめくが、手を挙げる者はいなかった。

 

「いないようだね。では、遅くなったがイーサンの紹介と、

現在この鎮守府を取り巻いている状況についての説明を終わる。

この場にいない者にもこの説明会の内容を追って通達する。一同、解散」

 

提督が終了を宣言すると、艦娘達はぞろぞろと作戦会議室から出ていった。

途中、俺を横目でちらちら見ながら去っていく者も少なくなかったが、

まぁ、仕方ないだろう。いきなり妙な外人を見せられて、

怪物と一緒にこの世界に来たけど無関係だから安心してね、で

納得しろという方が無理だ。

皆が出ていくと、俺は軽くストレッチして提督に話しかけた。

 

「なあ提督、感触としてはどうだ」

 

「半々と言ったところだろう。

B.O.Wや深海棲艦と戦った実績、金剛君を助けた事を評価する者もいれば、

そのB.O.Wを君が連れてきた、敵国のスパイだと疑念を抱いている者もいる」

 

「提督もそう思うか。俺も艦娘達の反応を見てそう感じた。特に銀髪」

 

「なに、落ち込むな!どこであれ、新入りは最初は似たような経験をするものだ!

お前には私という頼れる上官がいるではないか!

大船に乗った気持ちでいろと言っただろう!ハハハ!」

 

「だからお前の部下になった覚えはねえよ!

あと、いちいち声がデカいんだよ、馬鹿力に加えて!」

 

「なにおう!この私の激励を無碍にするつもりか!」

 

「ボリュームを落とせって言ってんだ!」

 

「はいはい、いつものケンカはそのくらいにして、執務室に戻ろうじゃないか」

 

提督が俺達の間に入り、無理矢理言い争いをストップした。

俺としても一刻も早く帰りたかったので助かったが。

しかし、香取の懸念は俺としても気になるところだ。

せめて特異菌が空気感染するのかしないかだけでもはっきりすれば、

だいぶ気が楽になるんだが。

 

さて、執務室で今日の出来事をまとめたら、さっさと帰って寝るとしよう。

今日は無駄な戦闘で疲れた。

収穫といえばスタビライザーで少し手先が器用になったことと……

長門が調子を取り戻したことくらいだな。

 

 

 

──本館 食堂

 

真夜中。

 

キィ……キィ……

 

「ああ……あ、ああ……」

 

そのマフラーを巻いた白髪の老婆は、車椅子に座りながら、うわ言を繰り返していた。

ただ独り。誰に気を留められることもなく。

 

 


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