艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File5; Genocide Circus

──工廠

 

3日目。

俺は昨日現れた破砕機隣のワークベンチで作業を始めようとしていた。

そばにはワクワクしながらその様子を見守る明石と、興味深げな長門がいる。

 

まずハンドブックのレシピに従い、まずは昨日の戦闘で無くした

サバイバルナイフを作成することにした。

ほぼゼロのスクラップで作成できるから練習にはもってこいだろう。

 

明石が用意してくれたスクラップ保管用のペールからスクラップを1つ摘み、

ワークベンチ隣の小型溶鉱炉に放り込む。

そしてタッチパネル式の小さなモニターで作成する武器を選び、

“決定”ボタンを押した。明石がゴクリと唾を飲み込み音が聞こえる。

 

すると溶鉱炉内部が一気に加熱し、一欠片のスクラップは、ほぼ一瞬にして溶け、

溶鉱炉がピピッと溶解完了のアラームを鳴らした。

今度はワークベンチから多種多様な鋳型のうち、

ハンドブック指定の番号が振られたものを取り出し、

溶鉱炉の排出管の下に置き、“排出”ボタンを押した。

 

すると、僅かな溶解金属が排出管から流れ落ち、鋳型に溜まる。

俺は鋳型をワークベンチに置き、隅の扇風機で冷やす。

溶解金属はまたたく間にナイフの形に固まった。

 

だが、まだ刃を入れていないこの状態では、レターオープナーにしかならない。

続いて数種類の薬液から、スポイト状の口が付いたボトルに入った

黒の薬液を手に取り、ほんの一滴だけ垂らすと、薄い膜のように広がり

ただの鉄の塊をギラリと刃が光るサバイバルナイフに仕上げた。

最後に軽く砥石で刃を研ぐと、満足の行く仕上がりになった。

 

「完成だ」

 

「うわあ……すごい!見せて!」

 

「手を切るなよ」

 

明石が感激して完成したサバイバルナイフを眺めている。

柄の部分は後で適当な廃材で作るとしよう。

 

「ふむむ、これは便利な機械だな……他にもまだ作るのか?」

 

あまり細々した作業に興味がなさそうな長門も、少々驚いた様子で俺の作業を見ていた。

 

「ああ、ここに来る前壊しちまった武器がある。

深海棲艦には効かないだろうが、またモールデッドが来たときには有効だからな」

 

「何それ!何作るの!?」

 

明石がぴょんぴょん跳ねてはしゃぐ。

確かに便利な機械だが、技術者にとっては尚更魅力的なのだろう。

 

「バーナー。要するに火炎放射器だ。食人虫の大群を焼き払うのに便利だ」

 

「火炎放射器!?凄―い!ねぇ早く、早くやってみせて!」

 

「わかった、わかったから落ち着け!」

 

目をキラキラさせて肩を揺らす明石に少々辟易するが、

とにかく俺は作業に取り掛かった。

 

「食人虫……そんな物騒な虫が存在するとは」

 

「多分、艦娘でも噛まれると痛いぞ。ええと、バーナーは何ページだ」

 

明石とは異なるものに関心を示す長門に応えながら、俺はバーナーの作り方を参照する。

次は大量の部品が必要になる。

今度はスクラップを両手で一すくい山盛りにして持ち上げ、小型溶鉱炉に投入。

作製品一覧からバーナーを選択し、決定ボタンを押した。

 

溶鉱炉がスクラップを溶かしている間に、

俺はハンドブックを見ながら必要な鋳型を取り出す。今度は大きく広いものが2枚。

部品と部品の間が細い溝で繋がれ、溶解金属が全ての部品に行き渡るようになっている。

すると、また溶鉱炉が作業完了のアラームを鳴らす。

1枚目の鋳型を置き、排出ボタンを押した。

 

今度はさっきより勢い良く溶解金属が排出され、鋳型全体に流れ出した。

全ての型に行き渡ると、一旦排出が止まる。

俺は1枚目をワークベンチに置き、2枚目をセットした。

すると排出が再開され、同じ要領で今度も溝に溶解金属が満たされていく。

 

これで部品作成は終了。冷めた1枚目から、ハンマーで余計な部分を軽く叩いて

落としながら、部品を一つ一つ取り出していく。

1枚目の部品を取り出したところで、ちょうど2枚目も冷えたので、

同じく固まった部品を取り出した。これで必要なものは揃った。

 

最後に俺は、全ての部品に黒の薬液を一滴ずつ垂らした。

シュウゥゥ……と音を立てて、細かい傷やバリが溶け、無骨な鉄の塊が、

精密な研磨機で磨いたような輝きを得た。これでいい、後は組み立てだけだ。

子供の頃、プラモデルを作るのが得意だった俺は、ハンドブックを見ながら、

各パーツを組み上げ、ものの10分で新たな装備を完成させた。

数だけの雑魚を一掃するにはもってこい、バーナーの出来上がりだ。

 

「よし、これで害虫の群れなら楽勝だ」

 

「いいなー、明石もそんなの欲しい」

 

指をくわえてワークベンチを見つめる明石。

 

「必要ないならその方がいい。

こいつだって気色の悪い羽虫の大群と戦うのに使うものだからな」

 

俺は完成したバーナーをいろんな方向から眺めて異常がないか確かめる。

 

「だな。そんなものが蔓延したら日本中を焼き払う必要がある」

 

「そういうことだ。今日の所はこのくらいにしとこう。

この本にも書いてたが、使い過ぎは禁物だからな」

 

「ふむ、確かにこの機械はお前にとって今後の戦いの役に立つだろう。

詳細を提督に報告する必要がある。行くぞ」

 

「ああ、行こう。明石、またな」

 

「さよーならー」

 

俺は長門と工廠を後にし、本館の執務室に向かった。

そういえば、これで1日も立たないうちに2回も報告に行くことになるな。

昨夜、提督に長門達と共に深海棲艦と交戦した状況について報告した。

 

 

……

………

 

「なんだって!?君もクルーザーに乗って深海棲艦と戦った?

なんて無茶をしたんだい!」

 

提督の叫びが俺の報告を遮った。

長門が横目で“言わんこっちゃない”という視線を送る。

 

「無茶もなにも、俺はあんたの任務に従っただけだ。二人で協力して怪物を殺せって」

 

「それは新型の生物兵器のことであって……」

 

「実際見て分かったが、深海棲艦は間違いなくB.O.Wだ。

それも意思疎通ができるほど知性が高い。これは珍しいケースだ。

俺の世界で報告されている他種や、洋館で出会ったモールデッドは

ドアも開けられないほど知能が低かったからな」

 

「奴らと何か喋ったのか!?」

 

「長門が訳した言葉を無線越しにな。

内容はくだらない皮肉と意味不明な主張だけだったが」

 

「深海棲艦の主張?」

 

「聞く価値もない戯言だ。海は元々自分たちのもの、最初に現れたのは自分たちだ。

まぁ、テロリストがよくやる破壊活動の正当化だ。

ちなみに皮肉の方は俺だ。こっちはもっと聞く価値がない」

 

「しかし、よく生きて帰って来られたものだ。

もうこんな無茶はやめてくれたまえ、心臓に悪い……」

 

提督が呆れた様子で、はぁ、と大きく息をついた。

 

「戦わなくてどうするんだよ!奴らを放置しておいたら、

そのうち日本全体を侵略してくる。そうなれば結局俺達は終わりなんだ!」

 

「だからといって君が戦う必要がどこにある!

海での戦いは艦娘に任せて、君はモールデッドという怪物の撃退と

元の世界に戻る方法の探索に集中して欲しい」

 

「その戻る方法の手がかりが深海棲艦にあるかもしれないじゃないか。

ここがルーカスの用意した世界なら、その世界にしかないもの、

つまり深海棲艦について知る必要があるんだ」

 

「う~ん、確かにそうだが……どうするべきか。すまない……少し時間が欲しい。

答えが出るまで、海に出るのは待ってくれ」

 

悩みに悩んで、提督はその場での回答を避けた。

 

「わかった。だけど、なるべく急いでくれるとありがたい」

 

「ああ、努力する。そうだイーサン、君に伝えることがあったんだ」

 

「なんだ?伝えることって」

 

「うん。君の身元に関することなんだがね、米大使館に問い合わせたんだが、

やはりイーサン・ウィンターズ、そしてミアという女性の行方不明者はいなかった」

 

それほど落胆はしなかった。右も左も分からなかった初めはともかく、

ここが全くの異世界であると知った今は、

この世界のアメリカに俺は存在しないだろうということは予測できていた。

 

「そうか。無理を頼んで悪かったな、ありがとう」

 

「力になれなくて済まない」

 

「まあそう気を落とすな!この鎮守府で腰を据えて帰還の方法を探せばいいじゃないか!

私も手伝ってやる、大船に乗った気持ちでいろ!ハッハッハ!」

 

そして俺の背中をバシン!と叩いた。あまりに痛いので飛び上がるかと思った。

 

「痛ってえな!どうにかなんないのか、その馬鹿力は!」

 

「なにを!人がせっかく励ましてやっているというのに!」

 

「加減を考えろ!何かにつけて力入れすぎなんだよ、お前は!」

 

「はいはい、そこまで。……その様子を見ると、二人の距離は若干縮まったようだね」

 

「どこが!」「どこが!」

 

「ふふっ。まあ、その調子で任務を続けてくれたまえ。

長門君は、第一艦隊旗艦と二足のわらじで大変になるだろうが、よろしく頼む」

 

「はっ、承知した!」

 

長門の雰囲気が、瞬時に軍人らしい張りつめたものに切り替わり、

直立姿勢で敬礼をした。

 

「うむ、頼りにしているよ。イーサン、これからも彼女と上手くやってくれ。

この異常事態を終息できるのは、恐らく君達だけだ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

………

……

 

 

昨日はそんなことがあった。

まぁ、今から報告することは、新たな異世界からの漂流物とその使用法だけだから、

10分もあれば終わるだろう。俺と長門は本館の大きなドアを開けて、中に入っていった。

 

「……」

 

そんな俺達を工廠の影から見ている者がいたなんてその時は知らなかったんだが。

 

 

 

──執務室

 

「……そんな具合で、また新しい設備が現れたんだよ。

ルーカスの野郎の仕業かはわからんが、念のため報告しとこうと思ってな」

 

俺は工廠に破砕機とワークベンチが現れたことと、その使用法について提督に説明した。

 

「なるほど。そんな便利なものがあるなんてね。

70年後の世界というのは不思議なところだ」

 

「言っとくが、あの化け物屋敷にあったものは俺の時代でも不可解なものばかりだ。

ワークベンチだって、付属の本を読むと、どうも怪しい組織が

極秘に開発したものらしい。肝心な部分が伏せられていて詳しくはわからなかったが」

 

「そう、不自然なのだ。あの工作機械では薬品なども作れるのだが、

作るたびに必要な破砕金属が増えていくんだ!」

 

長門が胸を張って、覚えたての知識を提督に披露する。

ちなみに昨夜、長門にこの理屈を飲み込ませるのに1時間かかった。

 

「とにかく、報告ありがとう。上手く今後の戦力として役立ててほしい」

 

「じゃあ、俺達はこれで」

 

「うん。イーサンも長門君も今日は出撃の予定はない。ゆっくり休んでくれ」

 

「はっ、失礼する!」

 

長門は敬礼し、俺はそのまま出ていこうとドアノブに手をかけた。その時。

 

ジリリリリと、提督のデスクにある古風な電話が鳴った。彼が受話器を上げる。

なんとなく気になった俺はその様子を見ていた。

 

「こちら執務室……ええ、ええ、確かにそうですが。

当鎮守府の裁量で処遇を決定しました。……そうかもしれませんが、それが何か?

……今日!?突然お見えになられても困ります!

こちらとしても準備が……貴方がたには関係ない!!」

 

いつものんびりした提督が大声を出したので、俺も長門も目を丸くする。

 

「とにかく、彼は関係ありません。失礼する!」

 

そしてガチャンと電話を切った。若干興奮しているのか、少し顔が赤い。

 

「なあ、提督。どうしたんだ?」

 

「イーサン、すまない……」

 

「一体どうしたというのだ?」

 

長門が心配そうに彼に歩み寄った。

 

「陸軍だ。東部陸軍基地の将校がイーサンの存在を嗅ぎつけた。

どこから情報が漏れたのかは知らないが、今日、君に“面会”に来ると言っている。

だが、君の身柄と装備が目的なのは間違いない」

 

「なんですって!?」

 

「艦娘達には箝口令を敷いておいたのだが……イーサン。

済まないが、君には今夜危ない目にあってもらわなければならないかもしれない」

 

「……提督のせいじゃない。こうなったら出たとこ勝負しかないだろう。

それに心配はいらない。俺の世界のものは誰にも扱えないんだろう」

 

「それで彼らが納得するかどうか。

彼らが君を連行し、“尋問”に掛けることは想像に難くない」

 

「まあ、そうなったら最後まで暴れるだけだ。

不審な外国人が鎮守府から脱走、陸軍と激しい戦闘の末、行方不明、ってことにすれば

全てカタが付く」

 

「そんなこと認められない!君は、ここの客人であり、もう立派な構成員なんだ。

君がここを去る理由など、どこにもない!」

 

「提督……その通りだ。交渉事となると、一兵卒の私に出来ることはないが、

提督の采配に期待しよう!」

 

「任せてくれ、無作法な客人を追い返して見せる」

 

どんどん話が進み、俺は慌てて割って入る。

 

「待て待て!いいのか?下手すりゃ同じ日本軍で敵同士になるかもしれないんだぞ!

俺一人のために!」

 

「もともと海軍と陸軍など他人みたいなものだ。

理不尽な要求などはねつけてやればいい。それに言っただろう。君はここの一員なんだ」

 

「……提督、すまない」

 

「君が謝ることじゃない。彼らの到着は今夜1900だ。

とにかくその時本館前に集合してくれ」

 

「私も護衛に付く。とにかく今できることは何もない。

とりあえず部屋に戻ろうじゃないか」

 

「そうだな……いや、俺は工廠で支度をしてくる」

 

「お前、まさか」

 

「万一の保険だ。使わずに済むよう提督を信じる」

 

「……そう、そうだな」

 

そして退室した俺達は一旦別れ、俺は工廠に戻った。

長門は自室で艤装の手入れをするらしい。スクラップには余裕があった。

まだ何かできるはず。

 

 

 

──工廠

 

俺は再びワークベンチに向き合っていた。

陸軍の偉いさんが来るからには多数の護衛が付いているはず。提督はああ言っていたが、

ほぼ間違いなく撃ち合いになると踏んでいる。なら、必要になるものは。

 

ペールから二掴みほどスクラップを溶鉱炉に投げ入れ、“マシンガンP19”を選択、

決定ボタンを押した。そして、例によって必要な鋳型を取り出し、

パーツ作りを開始した。何枚も鋳型を使って部品を鋳造し、組み立てる。

俺はただひたすら戦う準備を続けていた。

 

「あれ?イーサン、今度は何作ってるのかな!」

 

また武器の作成をしている俺を見た明石が近寄ってきた。

だが、さっきとは違う雰囲気を察したのか、不安げに尋ねる。

 

「……ねえ、どうかしたの?」

 

「なんでもない。それより今夜は、部屋から出るな。

多分、ちょっとした揉め事が起きる」

 

「それってどういうこと?」

 

「悪い、話が込み入ってる。説明してる時間が惜しい。しばらく一人にしてくれ」

 

「うん。わかった……」

 

明石はとぼとぼと去っていった。

本来ここの主である彼女には申し訳ないが、今は本当に時間がない。

俺は出来上がったパーツに急いで黒の薬液を垂らし、新品同様の部品に仕上げた。

 

そしてハンドブックの手順通りに組み上げる。今度は結構複雑だ。

組み立てに30分ほどかかった。次に必要になるのは、弾薬。

消耗品の作成は初めてだ。上手くいくといいが。

 

まず、ビーカーにハンドブックに書かれていた基準量のスクラップを入れ、

今度は淡黄色の薬液を手に取り、これもシリンダーで基準量を量り流し込んだ。

すると、スクラップが泡を立てて溶け、一旦粘性の高い液体になった。

 

次に、各弾薬の形をしたプラスチックの型からマシンガン用のものを選び、

液体を入れた。しばらく待つと液体が徐々に固まり、金属で覆われた火薬、

すなわち弾薬になった。なるほど、これからは状況に応じたさじ加減で、

薬液とスクラップの量を調節しろっていうことか。

 

完成したところで型を逆さにし、弾薬を取り出し、空のマガジンに詰めた。

大量の弾をばらまくマシンガンの弾倉だけあって、全部を詰めるのに時間がかかった。

これで新たな武器と弾薬の準備は完了だ。

俺はそいつをバックパックに詰め込んだが、まだペールのスクラップには余裕がある。

他になにかできないか。ハンドブックをめくって目ぼしい物を探す。

 

今度は……武器のアップグレードを試してみるか。

俺はマグナムを取り出し、今度はマグナムの形に似たアクリルの型に銃をはめ込む。

型は銃より一回り大きい。まずは指定量のスクラップを上から被せる。

今度は今までにないほど大量のスクラップが必要だ。

続いて型の上から黒の薬液を多めにかける。

これだけの量を溶かすのに結構な量を使ってしまった。必要だから仕方ないのだが。

 

すると、スクラップが溶け、溶けたスクラップが更にマグナムの銃身を溶かし、融合する。

見守っていると、今度は溶けた銃が再形成を始めやがて固まった。

最終的に銃身が一回り太くなり、安定性が増し、

弾速と威力が増したマグナムに生まれ変わった。

 

「一体どうなってんだ?この薬は……」

 

手にしたボトルを見るが答えがわかるはずもなく、

早々に諦めアップグレードしたマグナムを装備した。

ペールを見るが、ほとんどスクラップは残っていない。今、できるのはこれだけだな。

外を見ると夕焼け空。どうにか間に合った。

 

俺はバックパックを背負うと工廠から出ていった。

ピピッ、ピピッ。そのタイミングでコデックスに着信。

出るまでもなく発信者は決まっている。通話ボタンを押す。

 

 

 

「なんだルーカス!この忙しい時に!」

 

『第1ステージクリアおめでとう相棒、ヒュー!

まさか本当に化け物ぶっ殺すとは思わなかったぜ。いや、マジですげえよお前』

 

「あの深海棲艦もお前の作り物か!」

 

『いんや違う。アレは正真正銘、そっちの世界の生き物だ。

まぁ、生き物に分類できるかどうか微妙だけどな。ヒヒヒ』

 

「帰る方法を教えろ!ミアはどこにいる!」

 

『それにつきましては非常に申し上げにくいんだがぁ~……どっちもわからん!』

 

「ふざけるな!お前がやらかしたことだろう!」

 

『信じてくれよぉ。入り口を作ったんだが出口を作るの忘れちまった。

まぁ、作る気もないけどな。そっちで何とか探してくれ。

こないだも言ったろ。求めよ、さらば与えられ……』

 

ピッ。俺はろくな情報を寄越さないバカとの通話を切った。

すると、今度はコデックスにメールが届いた。差出人はルーカス。

無視しようとも思ったが、一応開いてみた。

 

“第2ステージの始まりだ!”

 

一体何を意味するのか。いや、奴は深海棲艦との戦いを第1ステージだと言った。

そうなると……いずれにせよ、何かとの戦いは避けられないようだ。

悪夢の夜が始まろうとしていた。

 

 

 

──本館前広場

 

1900。

俺と長門、そして提督は、本館に面する開けた広場でその時を待っていた。

とうに日は暮れ闇に包まれている。すると、ブロロロ……というエンジン音が近づき、

陸軍の軍用トラックが姿を現した。トラックは停車すると、荷台と運転席から、

カーキ色の軍服を着た10人ほどの兵士が素早く降りて隊列を組み、

三八式歩兵銃をこちらに向けた。

 

そして、助手席から丸縁眼鏡をかけ、同じくカーキ色の立派な軍服と

マントを着けた軍人が、隊員達の後ろに立った。

 

「大佐……これは一体何の真似ですか!今日来られても困ると言ったはずです!」

 

提督が丸縁眼鏡に怒りをぶつける。大佐と呼ばれた人物は、肩の糸くずを払って答えた。

 

「それを聞きたいのはこちらの方だよ。君達は、怪しい外国人を匿っているそうだね」

 

「匿っているのではなく、収容しているのです。

まだ事情聴取の途中であり、ご報告できることはありません」

 

「“収容”ね……その割にはずいぶんと自由にさせているようじゃないか。

昨日の深海棲艦との戦いにまで参加させたと聞いているよ」

 

「それは我々の知るところではありません。

危険を感じた彼が、逃げるより攻めることを選んだまで。

再発防止に努めるつもりではありますが……そもそも貴方がたには関係のないことです」

 

「関係ない?彼がここに現れたと同時に深海棲艦とも異なる化け物が現れた。

今後その化け物が外部に蔓延しないと何故言い切れる?

その男が他国の放った工作員で、なんらかの方法で

鎮守府に化け物をばらまいたとは考えられないかね?」

 

「既に化け物は艦娘や彼自身の手によって殲滅されたからです。

それに、想像で話をされても困ります」

 

「なるほど……君、名前は?」

 

「……イーサン・ウィンターズ」

 

だ、クソ野郎と付け加えたくなったが飲み込んだ。提督の立場を悪くするだけだ。

 

「入国ビザは?パスポートは?」

 

「ない」

 

「だから我々が収容して身元を調査しているのです!もういいでしょう!

この鎮守府は貴方がたの管轄外!これ以上の詮索は無用に願いたい!」

 

「そうか、それならそれでいい。

今日はこれで失礼するが……イーサン君、君の所持品を渡しなさい」

 

「何の権限があって我が軍の捕虜から所持品を押収するつもりなのかお答え頂きたい!」

 

「日本国全体の利益を考えてのことだよ。

イーサン君は便利な道具を使って、昨日の深海棲艦との戦いに大きく貢献したようだね。

連中を麻痺させる特殊弾頭、生身で砲弾を受け止めるほど

肉体を強化する不可思議な物資。

そうそう、とうてい修復不可の傷を一瞬で治療する妙薬もあると聞いたよ」

 

「ハッ、何かと思えば彼の装備を横取りしに来ただけではないですか、バカバカしい!

イーサン、渡す必要はない!」

 

もちろん渡すつもりはない。……しかし夜風が冷えるのか、なんだか寒気がする。

 

「君ィ。私はね、戦後を見据えているのだよ。

今は深海棲艦という共通の敵がいるから、辛うじて世界情勢の均衡が保たれているが、

奴らが殲滅された時、再び世界規模の争いが起こることは明白だ。

その時、軍事力で先んじている者が戦いを制するのは言うまでもない。わかるかね?」

 

ヒタ、ヒタ、……何かの足音が近づいてくるが、トラックのライトが逆光になり、

大佐の向こうが見えない。

 

「渡さなかったらどうするおつもりで?」

 

「誠に不本意だが、御大将にご報告し、陸軍が総力を上げて危険分子を排除する他ない。

もちろんそれを匿った者達も含まれる」

 

エンジン音で気づかないのか!?俺はようやく“奴”の姿を見た。

 

「正気なのですか!?ただでさえ深海棲艦という国難に相対している時に、

味方同士で内紛を起こしている場合ではないはずです!」

 

「おい大佐、後ろだ!逃げろ!」

 

俺は叫ぶ。奴が何かを持ち上げた。

 

「君、無意味なごまかしはやめたまえ。

ともかく、そうなるかどうかは君達の出方次第……」

 

グシャアッ!という生々しい音で彼は最後まで話すことができなかった。

 

その瞬間、逆光と大佐の身体に隠れて見えなかった存在が、

後ろからシャベルを突き刺し、大佐の頭を斜めに切断したのだ。

丸縁眼鏡と大佐の頭部が地面に落ち、ピンク色の脳がこぼれ出した。

彼の死体が膝を付き、前のめりに倒れた。

 

突然の惨劇。誰もが言葉を失った。そこに立っていたのは中年の西洋人。

血まみれのシャベルで、大佐の死体を何度も突き刺している。

たった今まで喋っていた男がいきなり頭を切り落とされた。

その現実に、提督も、長門すらも目を見開くばかりだったが、

ようやく隊員の一人が声を上げた。

 

「て、敵襲!総員、射撃開始!」

 

隊員が三八式歩兵銃で一斉に発砲。

だがそいつは大昔のボルトアクションライフルの斉射など気にも留めず、

シャベルを手に隊員の一人にゆっくりと近づく。

彼は慌てて次弾を装填するが、返り血を浴びた殺人鬼に手が震え、

弾丸を落としてしまう。

 

「あっ……」

 

落とした弾丸を拾おうとした。それが彼の最期だった。

男は隙を見せた兵士にシャベルを振り上げ、彼の頭に叩きつけた。

ドグシャッ!!と頭蓋骨と脳が砕かれる音と共に兵士は絶命。

真正面から頭を叩き割られ目玉が飛び出していた。

呆然としていた俺がようやく我に返り叫ぶ。

 

「ジャック!!」

 

2回も殺したのに!何回生き返れば気が済む!

俺は急いでバックパックからマシンガンP19を取り出し、構えながら提督に叫んだ。

 

「提督、逃げろ!こいつだ!こいつが狂った一家の親父なんだ!」

 

「なんだって!?」

 

「とにかく中に入って絶対出てくるな!長門は提督を守ってくれ!」

 

「しかし、私の41cm砲なら!」

 

「流れ弾が工廠に飛び込んだら鎮守府が吹っ飛ぶ!

それに奴は艦娘でも死ぬような攻撃をしてくるんだ、頼む!」

 

「わ、わかった!提督、こちらへ!」

 

「死ぬんじゃないぞ!イーサン!」

 

長門が提督を連れて中に入ったのを確認すると、

俺はジャックと3度目の対決を開始した。

 

「なんでお前がここにいるんだ、ジャック!」

 

するとジャックは血まみれの顔で微笑んだ。

 

「久しぶりだな、坊や。お前の相手は後でたっぷりしてやる。

まずはこいつらを皆殺しだ」

 

「攻撃続行!撃て撃て撃て!」

 

兵士達が再度ジャックに一斉射撃をするが、弾丸が命中しても、

その恐ろしい皮膚の硬さで若干血が出る程度の効果しかなく、

全く動きを止めることができない。

そしてジャックは銃弾の雨に撃たれながら、木箱のひとつを蹴り壊した。

 

「おお!これだこれ!……やっぱりイカすだろう!」

 

ドゥルオオオン!!とそいつが獰猛な唸り声を上げる。

 

ジャックが木箱から取り出したのは、一方の刃がノコギリのような歪な刃物、

もう一方にチェーンソーを強引に取り付け片側の刃にした巨大なハサミ。

それを手にしたジャックは、それまでのゆっくりとした足取りから一転、

猛スピードで残りの兵士に駆け寄り、その禍々しい凶器を振りかざした。

 

「来るな!来るな来るなぎゃあああ!あああ……」

 

ギュイイイ!バツン。素早く胴の肉を引き裂き両断する音。

あるものは胴を真っ二つにされ、

 

「怯むな、撃ち続けろ!弾はまだ残ってる!

総員頭部を狙え……」

 

ギュイイ、シャイン!あるものは首を挟まれ、あっという間にちぎられた。

……ゴロンと重たい人間の頭部が転がる。

 

俺はマシンガンP19を構え、ジャックに狙いを定め、トリガーを引く。

9mm弾の高速射撃が始まり、奴の背中に突き刺さる。

だが、常人ならとっくに肉片になっていてもおかしくない量の弾丸を食らっても、

相変わらずジャックは殺戮を楽しんでいる。くそっ、全然効いてない!

 

ギュイイイィン!と聞くに堪えない人間が切り裂かれる音が再び。

 

「あがががが!がが、げほあっ……!!」

 

そして、また一人の隊員が肩からチェーンソーで斬りつけられ、

そのまま斜めに身体を半分に切断された。

不死身の怪物に恐れをなした兵士達は戦いを放棄し、逃走を始めるが、

ジャックが獲物を逃がすはずもなく、乗り捨てられた軍用トラックに乗り込んだ。

 

「おいおい一体どこに行くつもりなんだ?」

 

ジャックはアクセルを全開にして広場の中をドリフトしながら暴走する。

逃げようとした兵士二人を見つけると、彼らに後ろから追突し、

放り出された彼らに乗り上げ、息の根を止めた。

 

車から降りると、タイヤの下で、

内臓を潰された兵士達が大量の血を吐いて死んでいた。

それを満足気に見ると、再びジャックは巨大なハサミを構えて狩りを再開した。

 

「さあ、もっと楽しませてくれ!」

 

暴走トラックから身を隠していた俺も追いかけるが、

暗い夜道の中、木々が生える遊歩道の中でジャックを見失ってしまう。

 

 

 

その兵士は、広場の端の木々が立ち並ぶ区画に逃げ込んだ。

なんなんだあいつは!何だか知らないが、海軍の連中はヤバイもん抱え込んでる!

全力で逃げてきたので呼吸が荒い。庭石に背を預けて息を整える。

そして、鎮守府の外に逃げ出そうと再び立ち上がった瞬間。

 

ドグサッという妙な音。ふと腹を見る。

そこには腹から飛び出たチェーンソーの刃と、真っ赤に染まった軍服。

痛みより混乱で思考が乱れる。高速回転する刃が胴体を縦に裂きながら上ってきた。

 

「あががうごおあががが!!」

 

血しぶきを撒き散らしながら声にならない悲鳴を上げる兵士。

刃が胸に達した時、彼は絶命した。

ジャックは刃を引き抜き、傷から大量の血と臓物をこぼす死体を嬉しそうに眺める。

 

「まだまだお楽しみはこれからだ」

 

人の形をした怪物はハサミを抱えて再び獲物を探し出す。

 

 

 

3人の兵士達は増援を呼ぶという名目で、

鎮守府から逃げ出すために北へひた走っていた。

 

「あの化け物はなんなんだ!」

「知るかよ!」

「大佐がやられた!海軍は何かがおかしいんだ!」

 

真っ暗な夜道。全力でゆるい坂を走る兵士達。

その時、道の脇から先頭を走る一人に何かが飛びついた。そして、

 

バツン……!闇に重い刃物が閉じる音が一度鳴る。

 

巨大なハサミで彼の身体を二つに切り離された。地面に放り出される下半身と上半身。

まだ比較的切断面が綺麗だったためか、

彼は死にきれずに、腸を引きずりながら腕で仲間の方へ這ってくる。

 

「おねがい……つれてっ、て──」

 

それが最期の言葉。上半身だけの姿で助けを求め、死んでいった。

その凄惨な光景に残る兵士は震え上がる。

そして仲間を殺した犯人は、やはり笑顔でこちらに歩いてくる。

 

「来るな、来ないでくれ!」

「う、撃て!撃つんだ!」

 

二人は歩兵銃を構え、再びジャックに銃撃。

一発は頭部に命中したが、やはり全くと言っていいほど効果がなく、

もう一発はチェーンソーに弾かれてしまった。

うろたえる2人にジャックは早足で近づき、ハサミを開くと、

突然駆け足になり1人をその刃で挟み込んだ。

 

「ぐぶごぼごおお!!」

 

鋭利な刃物とチェーンソーに挟まれ、残る兵士の1人が首を切断される。

ゴロンと転がり落ちた生首を見た最後の1人は腰が抜け、その場に座り込む。

 

「楽しいディナーもお開きだ!……おっと、メインディッシュが残ってたな。

もう前菜に用はない!」

 

ジャックはハサミのチェーンソーの付いた刃を振り上げる。

 

「やめろ……やめてくれ、頼む!ああああ!!」

 

命乞いにも耳を貸さず、ジャックは兵士の頭にチェーンソーを振り下ろした。

堅いものが割れる音、柔らかいものがかき回される音、ガタガタと骨が砕かれる音。

 

「ひぎゃああ!あぐおがおがが……」

 

頭頂部から身体を縦に切断されていく兵士。

ジャックは手慣れた様子で兵士の身体に上から下まで刃を通し、きれいに縦半分にした。

ぱっくり割れた身体は、ほぼ左右対称に別れ、人体の様子がよく見える模型と化した。

こうして陸軍部隊は、たった一人の狂人によって全滅したのだ。

 

「待っていろイーサン、今度こそ家族にしてやる」

 

彼は本館前に戻るべく、来た道を引き返そうとしたが、そこで足を止めた。

 

「ジャック……!なんでお前がここにいる!」

 

「おお!自分からやってくるとは大した度胸じゃないか、イーサン」

 

「何回死ねば気が済むんだ!」

 

「お前に殺されても、俺は何度でも生き返ってやるぞ!

さぁ、今度こそお前に家族の一員になる資格があるのか試してやる」

 

「お断りだ!俺はお前達を始末して、ミアを連れて帰るんだ!」

 

既に覚悟を決めた俺はアップグレードしたマグナムを構える。

 

「可哀想に、まだあんなアバズレが忘れられんのか。

そんな役立たずの脳みそ、俺が切除してやる」

 

ジャックもまた巨大ハサミを持ち上げる。こうして、宿敵同士の殺し合いが幕を開けた。

まず、ジャックがハサミを開いてこちらに突進。

今夜何度もそうしたように、俺の胴を真っ二つにしようとする。

 

「ふっ!」

 

だが、何度もかわしてきた攻撃。接触するタイミングを見計らってしゃがむ。

チェーンソーと大型刃物が閉じる音が真上で聞こえた。

重量のある武器の一撃をかわされ、一瞬硬直状態になった隙に

ジャックの足元から飛び出し、走って距離を取る。

同時にアップグレードしたマグナムを取り出す。

ずしりと手に食い込む大型拳銃でジャックの頭部を狙い、引き金を聞く。

 

ズドォォン!!

 

大砲のような銃声が響き、弾速が早まり破壊力を増した大型弾がジャックの頭に命中。

手にビリビリとその反動が伝わってくる。

 

「ぐおっ!ああ……」

 

大きくふらつくジャック。

しかし、普通の人間の頭なら落としたスイカのように砕けていなければおかしいのだが、

奴は今だ人の形を留めている。なんてやつだ!俺はもう一度マグナムを構える。

ジャックは頭を振って、またハサミを構えてこちらに近づいてくる。

 

「俺だって好きでこんなことしてるんじゃないんだ」

 

「余計なお世話なんだよ!」

 

俺は叫んでトリガーを引く。

また砲声。意味のわからないことを言うジャックにもう一発お見舞した。命中。

だが奴は死ぬ気配を見せない。

 

「ああ!くそっ」

 

アップグレードして強化したはいいが、反動と隙も大きくなったような気がする。

一発ずつ慎重に当てなければ。俺は深呼吸して3発目に備える。

 

「うおおおお!!」

 

ジャックがハサミを開いて突進してくる。今度は回避行動を取らず、精神を研ぎ澄まし、

狙いを定めて照準をジャックの顔、ど真ん中に定め、引き絞るようにトリガーを引いた。

 

銃声が耳に痛いが結果は上々。よし当たった。

三発も破壊力の詰まった弾丸を食らったジャックに異変が起きる。

 

「うおお!ああああ!!」

 

背中がパックリと割れ、上半身が膨れ上がり大きな肉の固まりになったのだ。

今だ!この状態の上半身が奴の弱点。マグナムでその肉塊を狙い撃つ。

標的が大きくなったので狙いを付けやすかった。

肉塊がマグナムの破壊力でブシャッ!と内部から弾ける。

この調子だ、俺は追撃を掛けるべくまたトリガーを引く。だが、

 

カチッ、カチッ、……

 

弾切れ。こんな時に!

急いでバックパックを探すが、予備の弾薬を持ってきていなかった。

畜生、奴を殺すチャンスなのに!ジャックの身体が驚異的な再生力で

元に戻ろうとしている。他の銃じゃあいつを殺し切る前に弾切れになる。

 

やっぱり、奴を倒すにはあれしかないのか……!ジャックが完全に人間の形を取り戻す。

再生したばかりで棒立ちになっている隙に、工廠へ向かって駆け出した。

林を抜け、広場を横切り、赤レンガの建物に飛び込む。

 

“どこにいるんだ?隠れてないで出てこい”

 

後ろからジャックの声が聞こえてくる。もう追いついてきたのか!?

とにかく俺は目的のものを探す。工廠内を駆けずり回る。

電動ドリル?違う、これじゃない!普通のノコギリ?これでどうしろってんだ!

そして、俺はとうとう工廠の隅に立てかけられていた、それを見つけた。よし、これだ!

 

チェーンソーのワイヤーを2,3度引いてエンジンを掛ける。

そしてジャックを迎え撃つべく奴を待った。程なくして姿を表す。

無数の銃弾を浴びて服が破け上半身は裸だが、傷は全くない。

さっき変異した時に修復したのだろう。

天井から鎖で釣られた砲身の影からジャックが現れた。

 

「そんなところにいたのか!じっとしてろよ」

 

「ああ、今度こそお前を殺すまでどこにも行かねえよ!」

 

今度は俺がチェーンソーのトリガーを引きながらジャックに斬りかかった。

奴の腹にチェーンソーの刃を突き出す。

高速回転する刃がジャックの固い皮膚を切り裂き、血を撒き散らす。

 

「おお!?おぐおうおお!!」

 

思わぬ俺の反撃に油断したジャックは思わずのけぞる。

今度は危険を承知で、しゃがみながら奴の足を切断すべく

左足にチェーンソーを押し付けた。出血はしているから効いているのは確か。

だが、奴の骨が尋常じゃないほど固い。

チェーンソーが刃こぼれしないか心配になったその時、真上から声を掛けられた。

 

「おい坊や、俺があの世に案内してやるよ」

 

見上げると、まさにジャックがハサミを振り上げる瞬間だった。

慌てて左に飛んだが、刃が肩にかすってしまった。それでもシャツがみるみる血に染まる。

とんでもない切れ味だ。早くケリを付けないとマズい。

俺は一旦ジャックから逃げ、回復薬を取り出し、傷口にかけた。

 

“ハッハッ、楽しくてやめられねえな!”

 

天井から吊り下げられた船体に身を隠し、ジャックの隙を窺う。

工廠隅の広いスペースに出たジャック。俺を探して辺りを見回している。

奴に気づかれないよう、忍び足で背後に周り、十分に近づいた瞬間、

チェーンソーを叩きつけ、トリガーを引いた。

凄まじい勢いで回転するチェーンソーが背中の広い範囲を切り裂く。

 

「ぎゃああ!ぐおおあっ!……ああ」

 

背後からの不意打ちで大きなダメージを受けたジャックは、

再び膝を付き、その上半身を肉塊に変えた。今だ!

俺は弱点であるむき出しの内臓らしき部位にチェーンソーを突き出した。

固い皮膚と違い、こちらは柔らかく、出血量も多い。

奴が死んでくれることを願いながら、ひたすら肉塊を切り裂く。

だがその時、思いがけないことが。

 

「くそっ、こんな時に!」

 

チェーンソー本体のランプが点滅し、オーバーヒートを警告した。

つまり、間もなくエンジンが停止する。それでも俺はジャックを攻撃し続ける。

案の定、程なくしてエンジンが止まり刃も回転を止めた。同時にジャックの身体も再生を始める。

 

俺はまた奴から距離を取り、吊り下げられていた砲身の影に身を潜め、

チェーンソーのワイヤーを引き直した。ジャックも行動を再開したようだ。

 

“虫ケラみたいに踏み潰してやるぞ!マーガレットに聞かれちゃマズいがな”

 

普通に歩いているはずなのに、何故か接近が速いジャックの声がどんどん近づいてくる。

俺はタイミングを測って奴と正面から対決することにした。

 

“すぐに見つけ出して殺してやるぞ!”

 

今だ!俺は影から飛び出し、ジャックにチェーンソーを振り下ろした。

だが、ジャックもハサミの片側、つまりチェーンソーで受け止めた。

鍔迫り合いになる互いの刃が激しく火花を散らす。

 

「とっととくたばれ!」

 

「今度こそ殺してやるよ!」

 

力勝負はジャックの怪力が勝り、奴はチェーンソーを振り抜いて、

俺を武器ごと後ろに突き飛ばした。

なんとか転ばずに済んだが、大きく体勢を崩してしまう。

 

気づくと、ジャックがハサミを広げて俺に突っ込んできた。まずい!

俺は無理に立ち上がろうとせず、そのまま倒れ、

ジャックの両足をチェーンソーで薙ぎ払った。

間髪を入れずそのまま片手を付いて立ち、ジャック後方に走って距離を取る。

 

「そんなやり方で殺せると思ってるのか?ウソだろ?」

 

なんとかしなければ。しかし、正面から攻撃しても防がれる。

もう不意打ちという同じ手も成功しないだろう。

俺は何か利用できるものがないか素早く見回すが、振り向いたジャックがどんどん迫る。

また後退して考えを巡らせる。そうだ……これなら、一回くらいは!

俺は遮蔽物を背に隠れる。

 

「隠れても無駄だ坊や」

 

ジャックの声が遮蔽物の反対側から聞こえてくる。

その時、俺は吊り下げられた船体を思い切り蹴った。

重量物が振り子のように揺れ、向こう側でドシンと何かに当たる音がした。

 

“ぐおっ!!”

 

上手く行った!俺はすかさずジャックに走り寄る。

奴は巨大な鋼鉄の固まりをぶつけられ、地に伏していた。今だ。

俺はジャックの頭にチェーンソーを全力で押し当て、脳を身体から切り離そうとした。

 

「あぎゃおごごえがが!!」

 

ジャックが聞くに堪えない悲鳴を上げ、

チェーンソーが徐々にジャックの頭を割っていく。

そして、刃が頭部の半分ほどまで達した時、またジャックの上半身が肉の塊に変わった。

 

今度こそとどめを刺すべく、チェーンソーを突き刺す。

柔らかい肉の内部で刃が暴れ、確実にジャックの体力を奪っていく。

飛び散る鮮血、肉片。奴の終わりが近い。

 

ジャックを斬り続けていると、またチェーンソー本体のランプが点滅を始めた。

構わずトリガーを握り続ける。すると、度重なる攻撃に耐えかねた

ジャックの肉体がついに崩壊。上半身が砕け散った。同時に俺のチェーンソーも停止。

……どうにか化け物にとどめを刺すことができた、かどうかはわからない。

俺は、ジャックの下半身を持って工廠を出た。

 

 

 

──本館前広場

 

俺は工廠から引きずってきたジャックの下半身を広場に運んだ。

そして燃えやすい物がない開けた場所を選び、放り出した。

今度は、バックパックからバーナーを取り出し、二度と再生しないよう、

激しい炎を放射し、ジャックの死骸を焼いた。

燃える炎の明かりが見えたのか、執務室から提督と長門が駆けつけた。

 

「イーサン、大丈夫だったかい!?」

 

「なんとかな。あいつとはもう腐れ縁だ」

 

「工廠から激しい音がしていたぞ、一体何があったんだ?」

 

「知らないほうがいいぞ。下手すりゃ俺も周りの連中みたいになってたとだけ言っとく」

 

「どういうこと……うっ!」

 

「これは……」

 

夜の闇で気づかなかったが、長門と提督は周りに散らばる惨殺死体を見て戦慄した。

首や胴をちぎられた死体が血や臓物を垂れ流して、

恐怖の表情を顔に貼り付けたまま死んでいる。

 

「提督、納体袋はあるか?死体を片付ける。

戦艦はともかく、駆逐艦の子どもたちに見せるわけにはいかないからな」

 

「1階の倉庫にある。確か……11人だったな。

長門君、すまないが11セット持ってきてくれ」

 

「……承知した」

 

若干顔色が悪い長門は本館に戻っていった。

しばらくやることがない俺達は、燃えるジャックを見ながら語り合った。

 

「こんな惨劇が起きてしまうとは……一体あの化け物はなぜこの世界に」

 

「ルーカスの仕業だ。コデックスに着信があった。“第2ステージの始まり”だって。

奴は俺達が殺し合うのをゲームみたいに楽しんでるんだよ!」

 

「そうだったのか。しかし、気になると言えば陸軍もそうだ。

どこでイーサンの情報を嗅ぎつけたのかが気になる。

しかも嫌に詳しく君のことを知っていた。昨日の戦いのことまで詳細に」

 

「考えたくはないが、密告者がいるとしか考えられないな」

 

本館の扉が開き、分厚いビニール製の袋をたくさん抱えた長門が現れた。

 

「提督、納体袋を持ってきた。こんなものでいいだろうか」

 

ドサッと大量の納体袋を地面に下ろす長門。

 

「うん、ありがとう」

 

「じゃあ、夜が明けないうちに死体の収容に取り掛かる」

 

「私も手伝おう」

 

長門が助力を申し出たが、さっきの彼女の様子を見た俺は断った。

 

「いや、あんなものを見るのは一人でも少ないほうがいい。気持ちだけ貰っとく」

 

「そうだね。私とイーサンで十分だ。君は執務室で……」

 

 

ぐすっ……うう……ひくっ

 

 

その時、どこからともなく泣き声が聞こえてきた。

皆が周りを見回すと、そこには見覚えのある艦娘が。赤城だった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……私、こんなことになるなんて……」

 

とめどなくあふれる涙を拭いながらひたすら何かに謝っている。

提督が彼女に近づき、事情を聞いた。

 

「どうしたんだい赤城君。なぜ君が謝る必要があるんだ?」

 

「ううっ……陸軍に、彼の情報を漏らしたのは、私なんです……」

 

「なんだって!?」「何だと!!」

 

驚く提督と長門だが、薄々そんな気がしていた俺はただ彼女を見ていた。

昨日の深海棲艦との戦いに居合わせて、俺の行動を見ていて、

なおかつ俺を疑っている者。それは彼女しかいない。俺は黙って成り行きを見守る。

 

「なんということをしたのだ、この馬鹿者がぁ!!」

 

パシィン!と長門が赤城の頬を張った。

 

「ごめんなさい……!私、またあの化け物が現れたら、

金剛さんみたいに傷つく人が出るんじゃないかって、ずっと不安だったんです!

だから、陸での戦いに慣れている陸軍の人に助けを求めたんです。

海軍と陸軍が協力すれば、化け物にも深海棲艦にも立ち向かえると……

それで、聞かれるままに事情を全部話したらこんなことに!

本当に、本当にごめんなさい!!」

 

泣きじゃくりながら自分のしたことについて説明する赤城。

俺は立ち上がり彼女に一言だけ告げた。

 

「君を責めはしない。でも、その結果から目をそらさないでくれ」

 

広場に転がる死体のひとつを見る。上半身だけになった兵士の骸。

それを見た彼女は青くなる。その場に崩れ落ちて、また涙で頬を濡らす。

 

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

 

「ごめんなさいで済むと思っているのか!こいつらは怪我じゃない、死んだんだ!

イーサンも危うく死にかけた!お前のしたことは艦娘の誇りに背く恥と知れ!」

 

大声で赤城を叱責する長門。提督は彼女をやんわりと止める。

 

「長門君、今日の所はその辺にしようじゃないか。処分は後日追って決めよう。

今はやるべきことがある」

 

提督が燃え尽きたジャックの死体を見た。

 

「……承知した」

 

「じゃあ、イーサン。さっそく始めよう。夜明けまで時間がない。これを使うといい」

 

提督は俺に小型の懐中電灯を貸してくれた。これで死体探しが捗る。

 

「あんたまで手伝わせて悪いな」

 

「いや、我々も君一人であの化け物と戦わせてしまった。それにこれでも軍人だ。

多少の死体は見慣れている。長門君、君は彼女と一緒に宿舎に帰るんだ。

今日はもう休むといい」

 

「ああ、済まない」

 

こうして俺と提督は陸軍兵と大佐の死体を探し、納体袋に詰める作業を始めた。

胴体と生首を袋に入れて、チャックを閉めながら提督に尋ねた。

 

「なあ、陸軍の偉いさんまで殺されたわけだが、どう弁解するんだ?」

 

「上陸した深海棲艦にやられた、で押し通すさ」

 

向こうで半分に切断された死体を収納しながら提督が答える。

 

「通せるのか、それで」

 

「通してみせるさ。この遺体の損傷具合なら軍部も納得するだろう」

 

「まあ、その辺は提督に任せるしかないな」

 

「任せてくれ。これ以上君を厄介事に巻き込ませはしない」

 

「……ありがとう」

 

「なぁに」

 

俺達はバラバラ死体の収容というおぞましい作業をしながら、雑談を続けた。

傍目には異常な光景だったろうが、

俺はそんな状況でも仲間がいるありがたさを噛み締めていた。

そして、最後の1人の死体を納体袋に収め、作業終了……ではなかった。

 

「ふぅ、しばらく執務室に籠もっていたから、こんな力仕事は久しぶりだ。

たまには運動しないと駄目だね」

 

「お互い明日は筋肉痛だな……あ、しまった」

 

「どうしたんだい?」

 

「工廠を片付けるのを忘れてた。ジャックの肉片だらけだ。

そっちは一人でなんとかなる。提督はもう休んでくれ」

 

俺は提督に懐中電灯を返した。

 

「いいのかい?」

 

「ああ、手早くやればすぐ終わる。ビニール袋かなんかはあるか?」

 

「納体袋と同じ、1階の倉庫にあるよ」

 

「助かる。それじゃあ、行ってくる」

 

「終わったら君も早く休んでくれよ」

 

「わかってる」

 

そして俺は倉庫からビニール袋や軍手と言った道具を取り、工廠に向かった。

 

「明日、明石に謝らないとな」

 

勝手にチェーンソーを使い、彼女の城を汚い肉片だらけにしてしまった。

一刻も早く掃除しなければ。俺は激闘を繰り広げた工廠に再び戻り、

ジャックにとどめを刺した場所に行ったが、そこで信じがたい物を見た。

 

チェーンソーで撒き散らされた肉片。チェーンソー自体にこびりついた血。

何もかもが、完全に消えてなくなっていたのだ。

 

 


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