艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File3; Ready To Die

一人洋館に戻った俺は、長門が言った通り3階に上がり、

ホテルのように同じドアが並ぶ客室のうち、適当な一室に入りベッドに身を投げた。

途端に眠気が襲ってくる。今日は色々なことがありすぎた。

 

事の発端は、ベイカー邸旧館から戻るなり

突然本館がトラップと凶暴化したモールデッドだらけに変化したこと。

俺は死に物狂いで娯楽室にたどり着き、そこでルーカスの野郎が用意したビデオを見た。

するとテレビが強烈な光を放ち、気がついたら俺はこの世界の海岸に倒れてた。

 

やっと外に出られたと思ったが、そこからも苦労の連続。

暴力女に締め上げられたと思ったら、提督に今は終戦直後だの

わけのわからんことを言われるし、やっぱりB.O.Wが追ってきて戦うハメになるし、

負傷して閉じこもった女の子を治療して、今ようやく一息つけた。

 

思い出すと、今更疲れが出てきてまぶたが降りてくる。

しかし、突然部屋に備え付けられていた電話が鳴り、ギョッとした。

またルーカスか?いや、あいつはいつもコデックスで連絡をよこしてくる。

俺は立ち上がり、躊躇いつつも受話器を上げた。

 

 

 

「……誰だ」

 

『あたしだよ、ゾイ』

 

胸を撫で下ろした。彼女は狂った一家で唯一正気を保っている女性。

共に脱出する方法を探すべく、時折電話で連絡してくる。

 

『やられたね……

ルーカスの監視カメラをハッキングして、あんたに何が起きたのかは見てたけど』

 

「ここの様子は見えてるのか?」

 

『断片的には。ルーカスがそっちの様子を見てる時は

再生用のパソコンをハックして覗けるけど、電源落とすと駄目。多分今は寝てる。

あんたの状況がわかんない』

 

「どうやってここに掛けてきたんだ?」

 

『ルーカスのパソコンを経由して奴のコデックスから変な番号を抽出した。

屋敷の電話から掛けたらビンゴってわけ』

 

「そうか……

なぁ、ルーカスが俺を異世界に飛ばした方法とか、戻る方法とかわかんないか?」

 

『ごめん、そっちは全然。

昔から機械いじりは得意だったけど、あんな不気味な技術どこで仕入れたのか。

あ、それはそうと、”腕“はどうなってるの?』

 

ちなみに俺の左腕のことじゃない。

特異菌に冒されているゾイとミアの治療するための血清を作るのに必要な、

“D型被検体の腕”の方だ。

 

「すまない。マーガレットに邪魔されてまだだ」

 

『そう……あんたが戻るまでそっちは一旦中止だね。

あたしはどうにかルーカスが何やらかしたのか調べてみるよ』

 

「俺もこっちで帰る方法がないか探してみる。気をつけろよ」

 

『あんたもね、それじゃあ』

 

 

 

電話が切れ、俺は受話器を置いた。久々に味方の声を聞いてほっとする。

何より、ゾイが電話をかけてきた。

つまり、声だけでも2017年へ繋がる方法があるとわかり、

わずかばかりの希望が見えたのだ。

今度こそ俺はベッドに倒れ込み、目を閉じると同時に深い眠りに落ちた。

 

 

 

翌日。

目が覚めて疲れは取れたが、まだ頭がぼんやりしている俺は、

シャワーを浴びて汗を流した。身体を拭き、服を着てさっぱりしたところで、

トントンとドアをノックする音が聞こえた。

俺はドアロックを掛けてからドア越しに尋ねた。

 

「誰だ」

 

「あ、あのう。駆逐艦・巻雲ですぅ。

司令官様がお呼びなのでお越しいただきたいんですけど……だめですか?」

 

駆逐艦?妙な階級があったもんだ。

まあいい、今までの疑問を全部提督にぶつけてやろう。

 

「待ってくれ、今開ける」

 

俺はドアロックを外し、ドアを開けた。

眼鏡を掛け、若干サイズの合わないシャツを着た少女が立っていた。

やっぱり奇妙な武装を装備して。彼女は少しおどおどしながらこちらを見る。

まあ仕方ない。いきなり現れた変な外人に警戒するなという方が無理だ。

 

「ご、ごあんないします~」

 

「ああ、頼むよ」

 

そして俺達は廊下を歩きだした。

巻雲という少女が何か言いたげにチラチラこちらを見ている。

 

「どうしたのかな」

 

「あの、えと……昨日は、助けてくれてありがとうございました」

 

思い出した。姿は見えなかったが、昨日金剛が守ろうとしていた少女が“巻雲”だった。

 

「ここの大人はダメだな。初めて“ありがとう”を言えたのが君みたいな子供だなんて」

 

「ああ!金剛さんを悪く言わないでください!あの、金剛さんは、怪我で、あの……」

 

「わかってる。彼女のことじゃない。提督とやたら態度のでかい女の事を言ってるんだ」

 

「それもダメなんですけどぉ……」

 

「2階だ。どっちに行けばいいんだい。右、左?それとも1階?」

 

いつの間にか階段を降りていた俺は、巻雲に引き続き案内を求める。

彼女が長過ぎる袖で、遠目でも高級感を感じられるドアを差す。

この館はホールが1階から3階まで吹き抜けになっており、見通しがいい。

 

「左です!あちらの一番奥の……」

 

 

『高波、なぜ呼ばれたかはわかっているな』

 

その時、別の部屋から長門の声が聞こえてきた。なにやら不穏な雰囲気に耳を澄ます。

 

『はい……』

 

『敵を目の前に逃げ出すとは何事か!お前には艦娘としての矜持がないのか!』

 

『申し訳ありません!あの時、助けてくださった方が避難するようにと……』

 

『お前は軍の規律より、おかしな外人の言葉を優先したのか!?』

 

『す、すみません!申し訳ありません!』

 

『……高波、歯を食いしばれ』

 

 

俺は部屋に飛び込む。

長門が今にも緑のショートカットの女の子を平手打ちしようとしていた。

昨日ブレード・モールデッドに襲われていた少女。俺は長門の手を掴んだ。

 

「何だ貴様、お前には関係……げはっ!!」

 

「キャアアア!」

 

もう女だろうが知ったことか。

完全に頭に血が上った俺は、長門の右頬に思い切り右ストレートを叩き込んだ。

長門が机を巻き込んで派手に床に転がった。

俺は高波という少女の手を引き、部屋の外に出した。彼女と巻雲が悲鳴を上げる。

くそ、馬鹿みたいに固い女だ、右手が痛む。

 

「ああ~うぅ~!暴力はだめです、どうしよう、巻雲どうしよう!」

 

「君、昨日も会ったな。もうこんなクズの言うことなんか聞かなくていい。

君は部屋に戻るんだ」

 

「で、でも!」

 

「貴様……!こんな事をして」

 

立ち上がった長門が怒りに満ちた表情で詰め寄ってくる。

 

「もっとただで済まなくしてやる!来いよ、ほら!」

 

「調子に乗るな、たかが人間が!今度こそ牢獄送りにしてやる」

 

「お前には無理だ、デクの棒……!」

 

長門が殴り返してきた。とっさに俺は両腕でガードし、拳を受け止めた。

ダメージを大幅に軽減したが、かなり痛い。

だが、俺は素早く距離を詰め、今度は全力でアッパーを食らわせた。

 

「あがっ!……なぜだ、骨折してもおかしくないものを!」

 

「答えはシンプル、お前が弱いからだよ!」

 

「舐めるなぁ!」

 

今度は回転蹴りを放ってきた。馬鹿力で脚がビュオッ!と空を切る。

俺はしゃがんで再びガード。左側からの攻撃を防ぎきった。

その脚を掴み、思い切り引っ張る。片足で立っていた長門がすっ転んだ。

そして素早く立ち上がり、奴の腹を力を込めて踏みつけた。

 

「ぐふっ……!」

 

流石に今度は効いたようだ。両腕がジンジン痛むが、こらえながら長門に問いかける。

 

「……おい、なんで俺がキレてるかわかるか?」

 

「ふん、どうせ……お前も化け物の一味なのだろう」

 

「救いようのないバカだ!お前は」

 

「何をしているのかね君たち!!」

 

その時、開きっぱなしの出入り口から駆けつけた提督が飛び込んできた。

巻雲達が彼の後ろで恐る恐るこちらの様子を窺っている。

 

 

 

──執務室

 

「一体何があったというんだい、詳しく説明してくれ」

 

あの後、俺達は提督の部屋に連行され、二人共立ったまま尋問を受けていた。

こんな経験は学生時代、校長に呼び出されて以来だ。

 

「私が部下を指導していたところ、この男が突然殴りかかってきたのです」

 

長門が後ろで手を組み、直立姿勢で答える。

 

「本当かい、イーサン君」

 

「ああ。こいつは“叩かれると痛い”ってことがわからないようだから、教えてやった。

ただ身を守ろうとした女の子に暴力を振るおうとしたから止めただけだ」

 

「どういうことかな?」

 

長門が少しためらった後、事情を説明した。

 

「敵前逃亡を図った艦娘にやむを得ず処分を。

本来、敵前逃亡は極刑にも相当する重罪ですが、それではあまりに忍びないので、

その……私の個人的判断で、鉄拳制裁で手打ちにしようと」

 

「おい、なに自己弁護してんだ。もともと小学生程度の女の子に

武器を持たせて最前線で戦わせてる時点で狂ってんだよ、お前らは!

それがなんだ。化け物から逃げるってだけの当然の権利を認めない。

平手打ちだけで“許してやる”。

その程度の人権意識しかないからお前らは負けたんだよ!」

 

「口を慎め!私はともかく、提督を侮辱するのは許さんぞ!」

 

「“負けた”?どういうことだろうか。

交戦していた国々とは講和条約を結び終戦したはずなのだが……」

 

毒づくイーサンを気に留めず、顎に指を当て、マイペースに質問を続ける提督。

 

「面白いこと教えてやるよ。

俺のいた世界ではな、日本は第二次世界大戦でアメリカに負けたんだよ!

グルー駐日大使の言葉にも耳を貸さず、無謀な戦争をおっ始め、

広島・長崎に原子爆弾を落とされて、無条件降伏という最悪な結末を迎えたんだ!」

 

「それは貴様の世界の話だろう!」

 

「ならお前らが終戦を迎えず、

戦争を続けてたらアメリカに勝ててたとでも言いたいのか!」

 

「独りよがりな正義を振りかざすだけの貴様らが戦争を語るな!」

 

再びヒートアップする二人を提督が止めに入る。

 

「もうよしたまえ!今日の本題に入る前に、この状況をどうにかしようじゃないか。

……イーサン君。理由はどうあれ、先に手を出したのは君だ」

 

「ああ俺が悪かった!

今度から理不尽な暴力を受けてる子供を見ても無視するように気をつける」

 

「まぁ、そうカリカリするんじゃない。そして、長門君」

 

「はっ!」

 

「致し方なかったとはいえ、

敵前逃亡という事案を独断で処理しようとしたことも見過ごせない」

 

「……申し訳ありませんでした」

 

長門は提督に深々と頭を下げた。

 

「う~ん、困ったな。

本来なら二人共、何らかの懲罰を受けてもらわなければならないんだが……

そうだ、こうしよう、うん!」

 

提督は一人で勝手に納得して手を叩く。

 

「二人にはこれから協力して、この異常事態への対処に当ってもらおう!

怪物の撃退はもちろん、その出処や生態の調査をペアで行ってくれ。

もちろん我々も奴らの迎撃に戦力を貸すけど……

この任務にはお互い友好的な関係を築くことも含まれるからね?」

 

「冗談じゃない、こんな暴力女!」「ご勘弁願います!こんな不審者!」

 

俺とと長門は同時に不服を申し立てた。

 

「じゃあ、仕方ないね。イーサン君は牢獄へ。長門君は第一艦隊から外れてもらう」

 

「よし頑張ろうぜナガタ!」「共に力を合わせようじゃないか、ナガトだ!」

 

二人とも作り笑いを浮かべて握手をした。互いの手を握りつぶさんほど力を入れて。

それでも提督は満足した様子で、

 

「うむ、これで二人がいがみ合う必要などないし、

イーサン君を正式に我が鎮守府の構成員にできる。これでよし!」

 

上手くいくかどうかはともかく、とりあえず相棒となった俺と長門。

問題が片付いたところで、提督達3人は対面式の二人がけソファに座った。

提督と長門が並び、その向かいのソファに俺。そして提督が口火を切った。

 

「さて、今日来てもらったのは他でもない。お互いの状況についての情報交換だ。

その中で昨日の敵性生物の襲来についてもイーサン君に説明してもらうつもりだ」

 

「俺はもう呼び捨てでいい。じゃあ、まず俺の知ってることについて話すぞ。

多分信じられない事だらけだが、話し終わるまで質問は遠慮してくれ。

いつまでたっても話が終わらないからな」

 

「もっともだ。了解したよ」

 

「俺が妻を探して訪れた洋館で化け物や狂った家族に襲われ、

逃げ回っているうちに拾った変なビデオテープを見たら、この世界に来てた。

ここまでは話したな」

 

「ああ、昨日話してくれたね」

 

「それで、ここに助けを求めてきたら、ごちゃごちゃと揉め事があった後、

サイレンが鳴ってB.O.Wが襲撃してきた。B.O.WってのはBio Organic Weapon。

つまり“有機生命体兵器”の略だ。昨日のバケモンみたいな造られた生物兵器の総称だ」

 

「総称ということは……ああ済まない。続けてくれ」

 

あまりに興味深い事実につい口を挟んでしまった提督。

ついでに俺はその疑問を解消する。

 

「提督の言いたいことは正解だ。

俺達の世界では、そういう生物兵器によるテロが世界中で起こってる。

テラグリジア・パニックなんか最も悲惨な例のひとつだ。

巨大な人工島まるごと一つが人間を化け物に変えるウィルスに汚染され、

無数の犠牲者が出た。

覚えてるか?俺が初めてここに来た時、“B.S.A.Aを呼べ”って言ってたこと」

 

「ああ。何のことかはさっぱりだったが」

 

「そういったバイオテロ対策部隊がB.S.A.Aだ。

国連の公的組織なんだが、この世界には……ないんだよな」

 

「やっぱり聞いたことがないよ」

 

「俺のところの世界情勢はこんなところだ。話を身近なところに移そう。

まず、1階にある緑色のコンテナなんだが、

あれは化け物屋敷の各所に置かれていた物資の保管箱だ。

どういうわけか、あれは、中身が共有されているんだ」

 

「共有?もう少し詳しく説明してくれないか」

 

「ああ、言葉が足りなかった。

例えば1階の小部屋で保管したショットガンを別館の小屋で取り出すことができる。

つまり、中身の空間が繋がってるんだよ、あの箱は」

 

提督が驚きを吐き出すように、ひとつ息をつく。長門はやっぱり疑わしげな表情だ。

 

「あの時提督が、“あの箱は開けられない”ような事を言っていたが、

原因は俺にもわからない。敵襲の時もいつも通り開けられたからな」

 

「あれはほんの一週間ほど前、突然ホールに現れたんだ。

移動しようにも動かせない、開けようとしても戦艦の腕力でも開かない。

どうにもならなくて困ってたんだが、ついに正体が明らかになったね」

 

「まぁ、それほど大したもんじゃないことはわかってもらえたと思う。

後は……マズい!提督、今すぐ警告を出してくれ!」

 

重要な事実を思い出して思わず立ち上がり、切迫した様子で提督に迫った。

 

「ええい、どうしたというのだ!」

 

「箱で思い出した!昨日、外にいきなりボロい木箱が現れただろう!

誰も触るなと伝えてくれ!」

 

「あの箱がどうしたんだい?」

 

「アレには大体物資が入ってるんだが、中には爆弾トラップもあるんだ!

見分け方はあるが、中には判別しづらいもんがある!」

 

慌てる俺を提督が手で制した。

 

「心配はいらない。

あの箱も既に皆が開けようとしたが、いくら殴っても主砲で撃っても壊れなかった。

どうも君の世界の物に我々は干渉できないようになってるみたいだ」

 

「そう、か……」

 

ほっとしたイーサンは再びソファに座った。

 

「落ち着きのない男め、話はそれで終いか?」

 

「それと……俺の世界にゾイって仲間がいる。

俺が狂った家族に襲われてたことは話したと思うが、彼女は唯一正気を保ってる。

特異菌に冒されている自分とミアを治す血清を作ろうとしていたんだが、

その途中でこの世界に飛ばされた。

特異菌ってのは、感染すると昨日の化け物みたいになったり、

人の形をとどめていても、狂った家族みたいにまともな思考能力を無くした

怪物になっちまうウィルスのことだ。

今朝、彼女から電話があった。ルーカスの野郎から情報を盗んで、

向こうから電話程度なら出来るようになったらしい」

 

「本当かい!?もしかしたら君が元の世界へ帰るための手がかりになるかもしれないね」

 

「ああ!今のところそれ以上のことはできないが。

それと最後に。金剛にかけた赤い薬だが、成分はわからん。以上だ」

 

「わからん、って……そんなものを彼女に使ったのか?」

 

「仕方がないだろう。副作用がないことは身をもって確認済みだ」

 

「確かに、金剛君をあのままにしておくよりずっとマシだった。

……本当に助かったよ、仲間を助けてくれて、ありがとう」

 

「別にいいさ。ようやく聞けたその言葉で十分だ」

 

ほんの少し皮肉交じりに返してみた。

提督は気にした様子はなかったが、やはり彼女の方が黙っていない。

 

「調子に乗るな!今の待遇でも特例中の特例なのだぞ!」

 

「お前とは喋ってない。でしゃばるな」

 

「に・ん・む」

 

「……わかったよ」「失礼した……」

 

ニッコリ笑った提督の一言で俺達は引き下がった。

 

「それじゃあ、今度は私達の世界についてイーサンに話そうか」

 

「ああ頼む。待ちかねたよ」

 

「そうだなあ、どこから話せばいいものか。

確か、君の世界では第二次世界大戦の講和は成らず、

日本の敗戦という結末を迎えたんだったね」

 

「ああ、枢軸国と連合国が世界を二分して激突した、人類史上最悪の戦争だった」

 

「その辺の事情は余り変わらない。

バラバラに散発的な宣戦布告や停戦を繰り返していた世界各国が、

次第に2つの勢力に分かれ、とうとう二大勢力が激突しようとした寸前、

ある異変が起こった」

 

「……続けてくれ」

 

聞きたいことが出てきたが、質問は最後にと言った手前、黙って続きを促した。

 

「“深海棲艦”が現れたんだ。奴らは生命体に大砲や魚雷を融合したような化け物。

ある日突然世界中に現れた深海棲艦は、瞬く間に人類から母なる海を奪った。

今では地球上の約9割の海域が奴らの手に落ちた。

もちろん我々海軍も抵抗したが、生物の柔軟性と戦艦の火力を併せ持つ奴らの前に、

従来の艦艇では全く歯が立たなかった」

 

「要するに、人間同士で争ってる場合じゃなくなったわけか」

 

「その通りだ。深海棲艦に対抗するため、枢軸国も連合国も慌てて講和条約を結び、

かろうじて第二次世界大戦の危機は去った。

だが相変わらず深海棲艦の問題は残っている。

そんな時、我々の前に現れたのが、艦娘だ」

 

「カン、ムス?」

 

「そう。先の戦争で沈んだり、軍縮条約で解体された艦艇の転生体。

皆、この鎮守府の工廠で建造された、造られた存在だ。

今、君の目の前にいる長門君や、今までに出会った女の子達は人間じゃない。

戦艦のように自由に海を駆け抜け、艤装と呼ばれる砲や魚雷で深海棲艦を駆逐する存在。

この鎮守府は、いわば彼女たちの家なんだ」

 

「つまり、さっきの女の子やデカ……いや、長門がその人造人間だって言いたいのか」

 

急にオカルト地味た話になり不安になる。

俺はこいつらと喋っていても大丈夫なのだろうか。

 

「……人造人間という呼び方だけはやめてくれ、イーサン。

彼女たちは戦う力を持ち、我々と生まれ方が違っただけの、普通の少女なんだ。

感情もあれば心もある。喜びもすれば、あの日の金剛君の様に絶望し涙することもある。

人と全く変わらないんだ」

 

「あ、うん、悪かった。でも……なんていうか、

それを示す何かが欲しいのが正直なところだ」

 

「提督を疑っているのか?」

 

長門が俺を睨むが、気づいた提督がすぐに制止した。

 

「やめたまえ、長門君。

この世界の人間でないイーサンがすぐに信じられないのも無理はない。

……そうだ、工廠に行きたまえ。彼女たちが“建造”されている様子が見られる」

 

「工廠だ?」

 

「うむ。艦娘建造施設があり彼女たちの装備改修を行っている。

明石君には電話で話を通しておこう。……長門君、彼を案内してくれ」

 

「……はい」

 

明らかに嫌そうな顔で返事をする長門。こっちこそ願い下げだが、

交代を頼める立場でもないので、仕方なく工廠とやらに行くことにした。

 

「ああ、連れてってくれ」

 

「じゃあ、一旦解散だね。明石君から一通り説明があると思う。

きっとこの世界についてよくわかるはずだ」

 

こうして、俺は一度提督と別れ、長門に嫌々ながら案内されこの本館を後にした。

 

 

 

──工廠

 

そこに足を踏み入れると未知の世界が広がっていた。

天井のチェーンから吊られている大小様々な砲や船体を、

童話に出て来る妖精みたいな小人達が、トンテンカンテンとハンマーで叩いている。

思わず彼らを指差し長門に尋ねる。

 

「おい、長門!ありゃ一体なんだ!?」

 

「肩を叩くな鬱陶しい!……あの小人たちは艦娘と同時にこの世に現れた存在で、

我々を手助けしてくれる。あいにく言葉は話せないがこちらの話は理解している。

今後世話になるから覚えておくことだ。それよりこっちだ、急げ」

 

「うるさい、急かすな」

 

長門は開けた工場区画の南側にある、大昔の建物に相応しくない、

近代的な掌紋認証式の自動ドアを開けた。

多分俺は開けられないので、長門の後ろにくっついて素早く中に入った。

そこで再び面食らうことになる。

 

SF映画に出てくるような人間が入るポッドがいくつも並び、

その中のいくつかには人が眠っていた。

暗い研究室のようなその区画は、ポッドが放つ青白い光だけで照らされている。

 

『なるほど~この娘は後3時間で建造完了っと。強い娘期待できるかも!

後で提督に連絡しなきゃ!』

 

ピンク色のたっぷりな髪を両サイドで一房ずつまとめ、残りを後ろに流した少女が

ポッドの前でブツブツ言っている。長門が奥に進み、彼女に話しかけた。

彼女は2、3長門と言葉を交わし、こちらに気づくと笑顔で手を振ってきた。

長門が俺を呼ぶ。

 

「おい、こっちだ。早くしろ」

 

ゆっくりその不思議な人物に歩み寄る。彼女に出会うと、俺は彼女に手を差し出した。

 

「初めまして。俺はイーサン、イーサン・ウィンターズだ。

ここに来ればこの世界の仕組みを教えてもらえると提督に聞いてきた」

 

「よろしく。私は明石!君が噂の謎の異邦人ね?この工廠のまとめ役をやってるの!」

 

彼女は俺の手を握り、気持ちのいい挨拶を返してきた。

 

「じゃあ、さっそくだけどイーサンにこの世界のシステムについてお話ししよっか。

立ち話もなんですし、長門さんも座りましょう」

 

「ああ、忙しいところ済まないが、よろしく頼む」

 

俺達はガラスとアルミでできた丸テーブルに座った。

執務室にあったアンティーク調のテーブルとはまるで雰囲気が異なる。

なぜだかここだけが2017年の匂いがする。皆が席に着くと、明石が口を開いた。

 

「ん~と、何から話せばいいのかなぁ。いざ自分たちのことを説明するのって難しいね。

知りすぎてて相手にとっても当たり前って思っちゃうから」

 

明石が両手の人差し指で頭に円を描く。何かのまじないだろうか。

 

「“我々の始まり”から話してはどうだろう」

 

「それがいいですね!じゃあ、イーサンも多分疑問に思ってる

明石達の起源から話すね!」

 

「ああ、教えてくれ」

 

「君も不思議に思ってるだろうけど、

この艦娘建造技術は人間が造り出したものじゃないの」

 

「どういうことだ?空からUFOがやってきて教えてくれたとでも?」

 

「当たらずとも遠からずってところかな~」

 

冗談のつもりだったのだが、半分肯定されて調子が狂う。

 

「まだ艦娘が現れる前は、

世界中の国々が争っていたってことは提督から聞いてるよね?」

 

「ああ。第二次世界大戦の一歩手前だったらしいな」

 

「そう。それが回避された原因が良くも悪くも深海棲艦の出現だったってわけ」

 

「そいつらのせいで、この世界の海がほとんど使い物にならなくなってるって聞いた」

 

「その深海棲艦を撃滅するのが明石達の使命!で、話を戻すよ?

明石達を生み出す、あそこに並んでるあのポッド。

その技術をもたらしたのが、最初の艦娘。国連では彼女を“導き手”って呼んでる」

 

「導き手?」

 

「明石達は直接彼女を見たことはないんだけどさ、

深海棲艦の出現と同時に世界各国の海軍基地に現れて、

奴らに対抗するためのオーバーテクノロジーを託していったの。

その正体が何だったのかは今となってはわからない。

とにかく“彼女”は艦娘建造技術を託すと、何処ともなく消えていった。

彼女から技術を貰った国々は、彼女をいろんな名前で呼んでる。

ちなみに日本は海の女神にちなんで由良比女命(ユラヒメ)って名付けた」

 

「ユラヒメ、か……」

 

「そうだ。彼女は我々にとって創造主のような存在だ」

 

「明石達の生まれについてはこの辺にして、身近なところ、行ってみようか。

これも提督に聞いたかもだけど、明石たちは失われた軍艦の転生体。

ほら、艦には女神が宿るっていうでしょ?

ああいうのが具現化した存在だと思ってもらえればいいよ」

 

「その伝説は俺の世界にもあるな」

 

「まぁ、でもほとんどの所は人間と変わらないよ?

違うところと言えば……深海棲艦の砲撃に耐えられるほど身体が丈夫、

負傷したら“お風呂”っていう修復溶液のプールに浸かって

身体を癒やすってとこくらいかな。そのお風呂も普通のと全然変わらないんだけど」

 

「金剛がやられた時、周りのやつがやたら風呂にこだわってたのはそれか……」

 

「そうそう!聞いたよ?金剛さんを治したのはイーサンだって。

……その魔法の薬なんだけどぉ、

よかったら少しばかりわけてくれないかな~なんて、イヒヒ」

 

急に明石が身を乗り出して来たので思わず身を引く。

 

「わ、悪いが今は品切れだ。今度木箱を漁って探しとく」

 

その時、ピーッ、ピーッ!と突然の連続した音に少し驚いた。

ポッドの1つがアラーム音を発している。

 

「おっ、新しい仲間の誕生だね……あ、イーサン、向こう向いててくれるかな?」

 

「どうしたんだ?……うがっ!」

 

明石がポッドに駆け寄り、キャノピーを開いた。中にいる艦娘の姿が露わになる。

その瞬間、視界が闇に包まれた。

 

「馬鹿者!ポッドから出たばかりの艦娘は裸なんだ!

隣の小部屋で同時に生産された服と装備を着けて初めて一人の艦娘になる!」

 

「離せ馬鹿力が!目を潰す気……かっ!!」

 

両手で潰れるほどの力で俺の目を覆う長門の足を全力で踏みつけた。

 

「いだあっ!何をする、乱暴な男だな!」

 

「お前にだけは言われたくねえよ!」

 

「ふん、とにかく!艦娘に男はいない!

女ばかりだから女性に対する付き合い方を今のうちに勉強しておくことだ!」

 

「なんだって!?それじゃあ、お前は女だったのか!

そいつは初耳だ。この世界には驚かされてばかりだな」

 

肩をすくめて両腕を上げ、大げさに驚いてやった。

 

「こいつめ……!」

 

「あの~お取り込み中すいませんけど、

この娘、提督に会わせなきゃいけないんで明石はこの辺で……」

 

明石のそばに、大人しそうな、制服のような仕立ての服を着た少女が立っている。

 

「ありがとう、明石。おかげでここの仕組みがよくわかった。

ここの娘達が駆逐艦や戦艦を名乗ってる理由や、

負傷した時に風呂にこだわってた理由も」

 

「手間を取らせたな明石。こんな男のために……ん!?」

 

急に長門が何かの信号を受け取ったように、こめかみに指先を当てて集中した。

 

「どうした、拾い食いでもしたのかナガタ」

 

「出撃命令だ!

小笠原諸島付近に深海棲艦が出現。直ちにこれを撃滅されたし、とのことだ!」

 

俺の悪口を無視して長門が答えた。

 

「あちゃ~急がないとまずいですね。

住民にも危害が及びかねませんし、北米への唯一の航路にも近いですから」

 

「とにかく私は失礼する!」

 

「待て、俺も連れて行け!」

 

「馬鹿め、自力で海も進めないただの人間など足手まといだ!

部屋で大人しくしていろ!」

 

そう言い残して彼女は行ってしまった。俺はすかさず明石に尋ねる。

 

「なあ明石!俺もその、オガサワラに行く方法はないか?ボートでもなんでもいい!」

 

「ええっ!もしかして戦う気?無茶だよ、人間の敵う相手じゃ……あれっ!?」

 

彼女の視線の先には例の箱。

緑色のアイテムボックスがまたしてもこの世界に現れたのだ。

 

「そんな!さっきまでなかったのに!」

 

「頼む!深海棲艦とやらがB.O.Wに分類されるのは間違いない!

ユラヒメが俺に戦えって言ってるんだよ!」

 

「う~ん……そうだ、もう使ってないんだけど、

港に1隻だけ軍用のクルーザーが……」

 

「貸してくれ!」

 

「必ず、生きて帰ってきてよ?貸した明石の責任問題になっちゃうから」

 

「ああ!約束する!」

 

俺はアイテムボックスに駆け寄り、昨日の戦闘で消耗した弾薬と、持てるだけの武器、

奇妙な巻物二本、そしてメダル1枚を取り出した。

指先でメダルをピィンと弾いて片手でキャッチ。ポケットに入れて準備完了。

そして再び明石の元へ。

 

「待たせて悪い!案内してくれ!」

 

「こっちだよ、工廠の裏口から直接港に出られる!」

 

 

 

そして、工廠裏手のドックに、

装甲板でガチガチに固められたクルーザーが1隻停泊していた。

 

「深海棲艦が現れだした頃、偵察用に使われてたんだけど、

軽巡以上の攻撃には耐えきれないことと、

艦娘が生まれて不要になったことで放置されてたんだ。……これ、エンジンキーね」

 

明石は俺に古ぼけた鍵を渡した。

 

「本当にマジでありがとう!絶対に返す!」

 

「お気をつけて……」

 

俺はクルーザーに乗り込むと、操舵席に座り、キーを差し込んで回した。

長く使われていなかったせいでなかなかエンジンがかからなかったが、

何度も回していると、やがて船体を震わせて息を吹き返した。

慎重に加速し、ドックから外海に出る。モニターには6つの光点。多分長門達だろう。

その時、無線に明石から連絡が入ってきた。

 

『イーサン?モニターで見えてるだろうけど、レーダーの点が長門さん達。

全速で追いかければ間に合うけど……なるべく戦場に突っ込むことはやめてね?』

 

「努力はしてみる!」

 

『本当お願いね?それ、結構高いから』

 

「わかってる!ふっ飛ばされたら俺の生命保険で弁償する!」

 

イーサンは取舵を切り、長門達の戦場へと全速で突き進んだ。

ただのシステムエンジニアが海の侵略者と激突するまで、あと1時間。

 

 


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