艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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Last Tape; Heroes Never Die

──ジョーの客室

 

広場の清掃用蛇口で水上移動ブーツの泥を洗い落とし、

シャワールームで丁寧に仕上げ洗い。

そして、ストーブと扇風機で温風を送って乾かした。

元々丈夫な樹脂性だったから早く乾いた。こんくらいでいいだろう。

俺は、ブーツをテーブルの足に立てかけ、道具袋から無線機を取り出し、

そっと上に置いた。

 

ずいぶん世話になったな。また俺みたいな奴が現れたら助けてやってくれ。

……そろそろ時間だ。もう行くか。

俺は部屋を出ると、ドアに鍵を挿したまま、仮の宿を後にした。

1階へ続く階段を下りていくと、今日一日の出来事が思い出される。

 

 

 

──本館前広場

 

ドロシーとの激闘を征した翌日。

俺はB.S.A.Aの連中に混じってクリスの説明を聞いていた。

 

「帰還は今夜19時。輸送ヘリから例のビデオを投影する。

全員が視覚情報として認識し、自己の存在意識を書き換える必要がある。

わかりやすく言うと、しっかり見ろ、ということだ。いいな?ジョー」

 

「うるせえ。なんで俺なんだよ」

 

「退屈でも寝るんじゃないぞ。ひとりだけこの世界に置いてきぼりになる」

 

「お前に言われなくてもわかってるよ!大人しくカラーバー見てりゃいいんだろうが!」

 

「ならいい。……まだ日没までには時間がある。ジョーは定刻まで自由行動だ。

俺達は撤収の準備がある。別れを済ませるなら今のうちにな」

 

「ああ、そうだな……」

 

 

 

 

 

クリスが気を利かせて手伝いを免除したのか、

そもそも俺にできることがなかったのかは知らねえ。

とにかく知り合った連中にゆっくり挨拶できることになった。

さて、どいつから会いに行くか……と、考える間もなく向こうから走ってきた。

ピンクのロングヘアを跳ねさせて手を振ってくる。

 

「ジョー、おはよう!AMG見せて!新型のやつ!」

 

「会うなりそれかよ。アレはもういらねえから、アイテムボックスに全部入れといたぞ。

勝手に見ろ」

 

「ありがと、じゃあね!」

 

明石が慌てて転げそうになりながら本館に入っていった。

やれやれ、一人目がこれじゃ先が思いやられる。次はどいつに……

 

バタン!

 

なんだなんだ?明石が泣きそうな顔でとんぼ返りしてきた。

そして俺の両腕を掴んで訴える。

 

「ジョー、ないよぉ!」

 

「なにがだ!」

 

「AMG-78シリーズが全部なくなってるの!他の物資も!そっちはどうでもいいけど、

とにかくテクノロジーの結晶が、私の手からこぼれ落ちてしまったぁ~!!」

 

「ははん、さては俺達が帰るのを見越して、先に帰っちまったんだな。せっかちな腕だ」

 

「うわ~ん!イーサンのワークベンチといい、世界は私にイヂワルだー!」

 

「付き合いきれん。気が済むまで泣いてろ。元気でな」

 

人目もはばからず、広場の真ん中で悲痛な叫びを上げる明石を置いて、

俺は次の人物に会いに行った。俺の衣食住の衣食を支えてくれた人。

提督に聞いたが、まさか食堂の係が洗濯までしてくれてたとはな。

本館に入り、食堂に向かう。

 

今は次の飯時まで時間があるからちょうど暇だろう。

厨房に近づくと、思った通り鳳翔という艦娘が、のんびりと皿を拭いている。

俺はカウンターの向こうから話しかけた。

 

「あー、ちょっといいか?すまねえ、あんた確か軽空母の鳳翔さんでよかったよな」

 

「あらジョーさん。はい、軽空母・鳳翔です。なにか軽食でも?」

 

「そうじゃねえ。俺達、今日帰ることになったんだよ。

今まで世話になった礼を言いに来た。まさか服まで洗ってくれてるとは知らなくてな。

あんまり喋ったりできなかったが、本当にありがとよ」

 

「いえ、そんな……そうですか。もう、お別れなんですね。

寂しくなりますが、ご家族も心配なさっているでしょうし、仕方ありませんね。

どうぞ、お元気で」

 

「あんたも、達者でな」

 

俺は鳳翔に向かって軽く手を上げると、食堂を後にした。次だ。

何度も彼女に助けられたおかげで生き延びられた。

本館にはいなかったからとりあえず外に出る。

通りかかった艦娘に声を掛けて、彼女の居場所を聞いた。

今の時間はいつも宿舎近くの訓練場で汗を流しているそうだ。

 

さっそく訓練場に向かうと、弓を構えた艦娘達が、

遠くの的に狙いを定めては矢を放つ、を繰り返している。その中に彼女がいた。

邪魔しちゃ悪いな、後にしよう。と思ったら、向こうが俺に気づいたようで、

俺を呼び止めて急いで訓練場から出てきた。

 

「なんか済まねえな。練習の邪魔してよ」

 

「……はぁ、はぁ、ふぅ。

いいえ、ジョー達が今日帰ることは、クリスさんから聞いていましたから。

私も最後にお別れを言いたくて」

 

「赤城。お前には何度も助けられた。俺がムラマサに頼りすぎてバカになった時、

お前の声が聖水みたいに汚れた心を清めてくれた。

北方水姫と最後まで戦えたのも、お前のおかげだ。ありがとうな。

身も心も強く、美しい。あんたは俺が聞いたヤマトナデシコそのものだ」

 

「ジョーったら……大げさですよ。

大和撫子は大和さんや尾張さんのほうが似合ってます。でも、嬉しいです。ふふっ」

 

「そないなことはござんせん」

 

「尾張さん?」

 

気づくと尾張が側に立っていた。相変わらず派手な着物を着てやがる。

あ、てめえにゃ何も言わねえからな!鉄扇でぶん殴られたこと忘れてねえぞ!

 

「あんさんや大和は昼の桜、太夫のわちきは夜の桜。

わちきがお天道様の下で輝くことは、ありんせん……」

 

「大和さんを知っているんですか?」

 

「大和は……いや、長うなりんす。わちきはこれで、おさらばえ」

 

言いたいことだけ言って尾張は行っちまった。

まあいい、ちょうど赤城ともここでお別れだ。

 

「俺達は今夜発つ。赤城、元気でな」

 

「ジョーも、お体を大切にしてくださいね」

 

「おう!」

 

赤城と別れると、次に会っときたい人を探し始めた。

とりあえず一旦人が多い広場に戻るか。

そう思って、南へ伸びるゆるい坂を下ると、運良く目的の人物を見つけられた。

ピクニック用のカゴを持って、キョロキョロとしている。

俺は大きな声で彼女に呼びかけた。

 

「おーい、テストー!」

 

「あ、ジョー!」

 

広場の端で出会った俺達。

テストはここに来たばっかりの時、わざわざ俺のために鎮守府を案内しに来てくれた。

……まぁ、ちょっとしたアクシデントで工廠の案内だけに終わったが。

 

「よう、テスト。俺、今日の夜に元の世界に帰ることになった。

お前にも色々世話になったから礼が言いたくてな」

 

「別にそんな。ワタクシなんて大したことはしてませんから。

姫級との戦いにも行けませんでしたし……

そうだ!クロワッサンを焼いたんです。一緒に食べませんか?」

 

「ありがてえ。ちょうど小腹が空いてたんだ」

 

それから俺達は海岸に場所を変え、

堤防に腰掛けてテストの作ったクロワッサンを食べた。

焼き立てでバターのいい香りがたまらねえ。3つも食っちまった。

 

「……B.S.A.Aの人から聞きました。今日で、お別れなんですね」

 

「ああ。異世界の名前も知らないジジイに優しくしてくれたお前のことは、

絶対忘れねえよ」

 

「いろんなことが、ありましたね」

 

「明石に工廠から追い出されたりな」

 

「ふふっ、いきなり暴れだすからびっくりしちゃいました」

 

「わかってくれ。力が支配する沼に生きる奴の、精一杯の解決策だったんだ」

 

「明石さんもカンカンで」

 

「広場で会わなかったか?AMG-78がなくなって今度は泣いてたが」

 

「いいえ。多分、建造ドックで落ち込んでると思います。

何かあると、すぐあそこにこもるんです」

 

「へへっ、なら今頃泣き疲れて寝てるところだ」

 

「もう、ジョーったら」

 

ふと、会話が止まる。一陣の潮風が通り過ぎ、その方角を見ると日が傾きかけていた。

俺は残り一口のクロワッサンを口に放り込み、立ち上がった。

 

「そろそろ行くぜ。遅れるとクリスがうるせえ」

 

「はい。その時は、ワタクシも見送りに行きますね」

 

「最後まで、優しいやつなんだな、テストは。

俺にはゾイって姪がいるんだが、テストと同じくらいの歳なんだ。

もし会えたら、友達になれてたかもしれねえな」

 

「……会いたいけど、会っちゃだめなんですよね。本当なら、ワタクシ達は」

 

「別れは辛いし悲しいが、避けては通れねえ。

だが、その先にはもっと素敵な出会いが待ってる。

……そう信じて背中で泣きながら進むしかねえんだ、結局は」

 

「ワタクシは、泣きません。ジョーの思い出がある限り」

 

「俺もだ。人生のゴール間際で、テストと出会えた記憶は死ぬまで大事に抱えとく。

それじゃあ、俺はやることがあるから本館に戻る。また、後でな」

 

「はい。必ず、また会いましょうね」

 

俺が歩き出しても、テストはそこから動こうとしなかった。

振り返ると、俺に小さく手を振っている。

長い長い堤防を歩く度、冬の北風が心に染みていくようだった。

 

 

 

──本館2階

 

そして、艦娘達との別れを思い返していると、いつの間にか2階にいた。

俺は執務室の前に立ち、ノックした。

この怪しげなジジイを受け入れてくれた提督にも、一声掛けとかなきゃな。

 

“どうぞ”

 

「ジョーだ。入るぜ」

 

中に入ると、提督がデスクで書類に判を押して、

長門は何かの段ボール箱を運んでいるところだった。

 

「邪魔するぜ」

 

「ジョー。時間まで、あとすぐですね。まだ行かなくてもいいんですか?」

 

「今から行くところだが、その前にあんたと長門にも礼が言いたい」

 

「お前……」

 

長門がストンと段ボール箱を落とす。なんだ、そんなにおかしいかよ。

 

「いきなり乗り込んできたジジイを住まわせてくれて、お前にゃ本当に感謝してる。

お前を無視して旅に出てたら、戦うこともできずに野垂れ死んでただろうぜ」

 

「あなたがこの世界にしてくれたことに比べれば、なんということではありません。

ありがとう、ジョー。そして、さようなら……」

 

「長門、お前とは短い付き合いだったが、なんだかんだで俺を助けてくれた。

お前が信じる司令官は優秀だ。ただのジジイを立派な戦力にしちまうんだからな。

ありがとうよ」

 

「ふ、ふん!まったく、本当はお前のような暴れ馬は、

放り出すべきだと具申していたのだ!私はただ、提督の指示に従っただけだ!」

 

「おや、私はそんな意見を聞いた覚えはないよ?」

 

「提督!」

 

「まあ、ともかくこれでお別れだ。……二人共、元気でな」

 

「あなたも、病気などなさらないように」

 

「提督に拾って頂いた命、せいぜい大事にすることだ!」

 

長門がぷいと顔を背ける。

 

「部屋の鍵はドアに挿してある。ブーツも無線機も部屋に置いた。もし、もしもだ。

またあの部屋に誰かが来るようなことがあれば、渡してやってほしい」

 

「ええ。任せてください」

 

「壮健でな」

 

「ああ……お前達もな」

 

 

 

──本館前広場

 

外に出ると、もうヘリの周りにB.S.A.Aの隊員が待機していた。

ヘリを取り囲むように艦娘の人だかり。それをかき分け乗り込もうとすると、

クリスに怒鳴られた。

 

「自由行動は定刻までと言ったはずだぞ!とっくに準備は終わっている!」

 

「あー、悪い。沼地に住んでると太陽で時間を読む癖が付いちまってよ。

大体7時だと思ってた」

 

「もういい、座席に着け!」

 

「わかったから怒んなって」

 

俺は硬い折りたたみ式シートに座ると、後ろの小さな覗き窓を開いた。

見慣れた顔ぶれがちらほら。

テストが俺を呼びながら手を振り、げっそりした明石が彼女の肩に寄りかかりながら、

片手を握ったり開いたりしている。多分、“AMGくれ”とでも言いたいんだろう。

 

赤城は、じっとこちらを見ている。その吸い込まれそうな澄んだ瞳。

大きな心の葛藤を乗り越えて磨かれたものに違いない。

鳳翔も、尾張も、俺達を見送りに来てくれた。

もっとも尾張は、ヘリが消えるのを見物に来た、という感じだったが。

 

とうとう出発の時が来る。

クリスが、プロジェクターの側で待機している隊員に指示を出した。

 

「投影を開始しろ、パイロットはスピーカーで注意喚起!」

 

「はっ!」

 

《日本海軍の皆様、長らくお世話になりました。

B.S.A.Aの活動にご協力頂き、誠にありがとうございました。

只今より時空転移シグナルを含んだ映像を投影します。

大変危険ですので、後ろを向くなどして、

絶対にご覧にならないよう、ご注意ください》

 

その放送を聞いて、外の艦娘達がゴソゴソと後ろを向く様子が伝わってくる。

クリスが反対側の搭乗口を大きく開き、全員が本館の壁一面が見えるようにした。

……そして、俺は耐えかねてクリスに問いかけた。

 

「……クリス、話がある」

 

「後にしろ」

 

「重要な話なんだよ!!」

 

突然大声を出した俺に、思わず振り返ったクリス。

何かを感じ取ったのか、俺の話に耳を傾ける。

 

「何だ」

 

「とぼけんな、お前だって分かってるんだろう!」

 

「だから、何がだ!」

 

「この世界からB.O.Wを殲滅なんか出来ちゃいないってことだ!」

 

「……ジャックのことか」

 

「あいつをほっぽり出して、そのまま帰っちまうのか!?

そりゃあ、あの時はどういうわけか俺達に加勢してた。

だが、あいつがこれからこの世界で暴れない保証がどこにある!

なんでジャックを置いたまま帰還なんか始めちまったんだよ!」

 

「作戦行動時間が長引き過ぎた。

AIの計算によると、本来存在しない異世界の存在、つまり、俺達がいることによって、

世界の壁に亀裂のようなものが生じ始めている。

要するに、本来5人しか入れないフラフープに無理矢理追加で3人が入ってきたようなもので、

耐えきれなくなった壁がいつ崩壊してもおかしくない。

その結果どうなるかは誰にもわからないが、悲惨な事態になるのは間違いない」

 

「な、なら!ジャックが居ても同じことじゃねえか!」

 

「7名もの我々がこれ以上この世界に留まるより、

たった1人のジャックの処理をここの住人に任せる方が、危険性は大幅に下がる」

 

「ふざけんな!あの野郎に生半可な奴が勝てるもんか!

俺の弟だ!俺の次に強いんだぞ、わかってんのか!」

 

「……既に提督に事情を話し、1マガジンだけラムロッド弾を渡してある。

これ以上、できることはない」

 

「くそったれ……!」

 

俺はうなだれるしかなかった。

艦娘達が向こうを向いていてくれたのが、せめてもの救いだ。

その時、本館の壁がパッと明るくなり、映像が始まった。

クリスが俺の身体を起こし、ドアの外に向ける。

 

「さあ、見るんだ!この世界は危機に晒されているんだぞ!俺達がいるせいで!」

 

気だるい気持ちで顔を振り上げ、半月以上を過ごした館を睨みつける。視線の先にはカラーバー。

全ての始まりになった、映像検査用の色とりどりの光。

俺は見たんだ、あの流氷の海で、あいつが俺の声に少しだが……!

 

一切何も動かない映像が続く。

が、気づくと、視界が水の波紋のようにゆらゆらと揺らめき、

そのゆらぎは徐々に大きくなり、俺の身体を巻き込んで波打ち続ける。

そして、波紋の真ん中に突然大きな穴が開き、俺達はヘリごと吸い込まれていった。

 

 

 

──B.S.A.A空軍基地

 

気がついたら、俺を乗せたヘリは、見たこともない基地のヘリポートに停まっていた。

ちくしょう、ジャック!……お前を始末するのは俺の役目だった。

だが、俺はお前を見捨てちまった!

 

「全員、身体に異常はないか!」

 

“はっ!”

 

「こちらアルファチーム、クリス・レッドフィールド。

只今帰還した。作戦成功。要救助者は無事。ターゲットのB.O.Wを撃破した。

……ああ、1名殉職。他5名は健在」

 

クリスがすぐさま状況確認。手際の良いことだ。

 

「ジョー、気分はどうだ」

 

「バケモンになった弟にとどめを刺せずに逃げ帰ってきたような気分だ」

 

「……こんな時に言うべきかどうかはわからないが」

 

「もったいぶんな、さっさと言え」

 

「ゾイ・ベイカーと会うことはもうできない」

 

それを聞いた瞬間、頭が真っ白になり、クリスに殴りかかっていた。

とっさに奴は拳を受け止め、全力で押し返す。

やっぱりこんなガスマスク連中、信じるべきじゃなかった!

隊員どもが寄ってたかって俺を押さえ込もうとするが、

ブチ切れた俺をどうこうできると思ってんのか!?

 

「てめえらゾイに何しやがった!!」

 

「落ち着け!やめろ!」

 

「うるせえ!」

 

俺は雑魚の一人を殴り飛ばす。狭いヘリの中で戦いが始まり、機体がガタガタと揺れる。

 

「ゾイは俺の、大事な家族だ!」

 

右から迫るやつの腕を捻り上げ、左フックでぶん殴る。

後ろからスタンガンを持って近寄って来たやつには、

腰を落として腹に肘鉄を食らわせて、右膝でヘルメットごと頭を蹴り上げた。

 

「ジャックの次は、俺からゾイまで取り上げる気かぁ!!」

 

「話を聞けと言っている!」

 

吠える俺に、クリスが一気に距離を詰めて、右ストレートを放ってきた。

左頬に命中し、口を切る。

 

「ベイカー邸の事件で、エヴリンの正体を知った彼女を、

バイオテロリストが放っておくと思うのか!」

 

「わけのわからねえこと言ってんじゃねえ!」

 

「彼女はいつ殺されてもおかしくない!

エヴリンやドロシーを作ったのはそういう組織だ!

アメリカに留まれば、ゾイはいずれ口封じに殺される!」

 

「殺される……?」

 

隊員の手を振りほどこうともがいていたが、その言葉に攻撃の手を止め、

次の言葉を待つ。

 

「提督から聞いた筈だ。ベイカー家がエヴリンの放った特異菌で異形と貸した事件。

イーサン・ウィンターズによって、ジャックを除く全員が殺害された。

ゾイは事件の当事者で、当然奴らはその存在を掴んでいる。

“コネクション”というバイオテロ集団だ。

人間兵器を作るような連中が、知りすぎた民間人を消すことを躊躇うと思うか?」

 

「じゃあ、ゾイは、どこにいるってんだ……」

 

「俺にもわからない。テラセイブという組織の支援を受け、

名前、経歴、国籍を変え、別人として国外で生きている」

 

「ならゾイは、無事なんだな?」

 

「ああ。もうその名を使うことはないが」

 

「そうか。……ならいい。俺は、ダルヴェイの沼に戻してくれ。

またワニ漁しながら死ぬまで生きていくさ」

 

「……待ってろ。

レッドフィールドだ。ああ、問題ない。少しトラブルになっただけだ。回線をこちらに」

 

床に座り込んでると、クリスがまたどっかと通信してる。

俺はなんだかすっかり腑抜けちまった。

もう沼に戻ってもワニを捕るのは無理かもしれねえ。

あん?クリスがなんか携帯電話みたいなもんを寄越してきた。

 

「元ゾイ・ベイカーからだ。話してやれ」

 

「ゾイが!?」

 

俺はそいつをひったくると、思わず早口でまくし立てた。

 

「ゾイ?そこにいるのか?今、どこにいるんだ。何か酷いことはされなかったか?」

 

『そっちこそ大丈夫!?

イーサンみたいに異世界に行っちゃったって聞いたときは、耳を疑った!

ああ、ごめん。落ち着いてジョー。あたしは平気。

テラセイブの人達が、新しい家と名前を用意してくれたから、

やっと落ち着いた暮らしが手に入った』

 

「ああ、俺のことは心配すんな。もう全部終わった。

……そうか、よかったぜ。お前だけでも生き残ってくれて」

 

『あんなバケモノたちと3年も一緒で……何度も殺されかけた。

ようやく終わったんだね』

 

「いや、あいつらは……お前の家族だった。ずっとお前のことを、愛してたはずだ。

特にお前の親父はな。最後までずっと……」

 

『それって、もしかして父さんが、まだ……?』

 

「ああそうじゃねえ……兄弟だからわかるんだ。

きっとあいつも、もう一度お前と話したかったに違いないんだ」

 

『うん……やっと人並みの生活が手に入ったけど、もう会うこともできないし、

どこに居るかも言えないんだ……電話もこれで最後。ジョー、元気でね』

 

「クリスから事情を聞いた。慣れない国で大変だろうが、今度こそ、幸せになれよ。

お前は俺の、最後の家族なんだからな」

 

『ありがとう、ジョー。ずっと、忘れないから……』

 

「俺もだ。ゾイ、愛してる。さようならだ」

 

『あたしも愛してるよ、ジョー』

 

通話が切れると、俺は携帯電話をクリスに返した。

愛してる、か。そんな台詞を吐いたのは、いつ以来だったか思い出せねえ。俺のせいだ。

ゾイにも、ジャック達にも、もっとあいつらに会ってその言葉を掛けてやるべきだった。

俺の胸にただ、後悔が残る。

 

「今日はもう遅い。ここに泊まっていけ。

明日から、お前が向こうで見聞きした事について、

事情聴取を受けてもらうことになるが」

 

「……ああ、わかった。だが、その代わり約束しろ!

ゾイやジャック達の人生をメチャクチャにしやがった、

コネクションとかいうクズ共を一人残らずぶち殺せ!俺が生きてる間に、必ずだ!」

 

「……約束しよう」

 

「ならいい。連れてけ」

 

「こっちだ」

 

そして、ようやくヘリから降りた俺達は、

深夜なのに全室明かりが点きっぱなしの、明るい建物に向かって歩いていった。

ベイカー家は、俺の代で終わる。いや、そうじゃねえ。終わらされたんだ。

何もかもを失った。

 

ただ奪われ、復讐する相手も見つからず、

また沼でくすぶり続けることになった俺の心に、怒り、憎悪、後悔、

そして、わずかな希望が渦巻き、考えることを放棄させる。

何も言わずにクリスの後に付いていくだけの俺は、一気に歳を取っちまった気がした。

 

 

 

──B.S.A.A隔離地区(元ベイカー邸 子供部屋)

 

後日。

俺はゾイ・ベイカーだった女性の情報を頼りに、

元ベイカー邸でD型被験体の捜索をしていた。中は真っ暗だ。

暗視デバイスのスイッチを入れる。目標エリアに入ると、通信が届いた。

 

『そこの東側の壁を押してみてください。

情報提供者によると、それで隠し部屋への扉が開くようです』

 

「了解」

 

色のくすんだ壁。

何の仕掛けもあるように見えないが、とにかくオペレーターの言うとおりに押してみた。

すると、壁一面が軽い素材でできており、巨大なボタンになっていた。

足元から、小さく何かが開く音がした。

見てみると壁の下方に、隠し通路、というより抜け道のような穴が空いていた。

 

「空間を発見。これより侵入する」

 

分厚い防護ベストのせいで、狭い隠し穴を通るために、

ほふく前進をしなければならなかった。やっと通ると、そこは小さな部屋。

中には祭壇があり、子供のミイラが安置されていた。

一歩ずつ歩み寄り、入念にそいつを調べる。

両目から、乾いた古布を絞りに絞って、ようやく絞り出したかのような黒い液体が、

涙のように流れ、頬を濡らした痕があった。

 

「……お前だったのか、D型被験体」

 

俺は、ヘルメットをビデオモードに切り替え、指示通りD型被験体の姿を録画し、

残った左腕からサンプルを収集。こんなものを外部に持ち出したくはないが、

コネクション確保に必要となる重要な証拠品だ。

採取が終わるとまたモグラのように隠し穴を通って小部屋を出た。

 

そして、焼夷グレネードを手に取り、それを少し見つめた後、

ピンを抜いて、小さな穴に投げ込んだ。カン、と一度だけ落下音がすると、

ゲル状の特殊燃料が爆発を起こし、小部屋は火の海になった。

 

──キャアアアア!!

 

それは俺の耳ではなく、意識に直接響いてきた。幼い少女の悲鳴。

あの時、本館の屋上で聞いたものと同じだった。

俺は、燃え盛る炎を確かめるように、一瞬視線を送ると、来た道を戻っていった。

そして、ベイカー邸を出ると、間もなく火は屋敷全体に燃え広がり、

惨劇の舞台が炎に包まれていく様子が見えた。俺は本部と通信を開く。

 

「レッドフィールド、任務を完了した」

 

『お疲れ様です。離れの別館も、間もなく空爆部隊による滅菌が開始されます』

 

「そうか。これで、よかったのか」

 

『カビは完全に消滅しました。あの家族が、最後の犠牲者だといいのですか……』

 

「そうだな……今から戻る」

 

恐怖、絶望、そして悲しみ。全てを飲み込む炎に背を向け、

ヘリの待つ荒野に歩みだした。

俺は、戦い続ける。エヴリン、ベイカー家、そして、ドロシー。

彼らのような悲劇の象徴を再び生み出すことのないように。

 

 

 

──ジョーの小屋

 

あれから何日経ったのか。

俺が暮らした半月あまりは、夢だったのだろうか、現実だったのだろうか。

この汚れたシャツを洗ってくれるやつも、パンを焼いてくれる優しいやつも、

もういない。

くそったれ、何メソメソしてやがる。

恵まれた生活を送っているうちに、すっかり心弱くなっちまったみたいだ。

 

たった一人で、さばいたワニ肉を焼いていると、頭上をうるさい航空機が飛んで行った。

向かった先を見ると、夜空が明るく照らされ、もうもうと煙が上がってる。

思わず立ち上がる。

 

「ジャックの家、か?」

 

そして間もなく、絶え間ない爆発音が轟き、更に空が明るくなった。

俺はワニ肉を放り出し、あいつの家が消えていく様子をずっと見守っていた。

 

「……あばよ、ジャック」

 

 

 

──大ホッケ海北方

 

流氷の広がる極寒の海。

北方水姫を失った深海棲艦達は、未だに乱れた指揮系統を修復しきれず、

何をするべきか決めかねていた。

その状況を打開すべく、上級深海棲艦が集まり、彼女達にしかわからない言葉で、

今後の対応を模索していた。

 

『北方水姫様が倒れられてからもう半月、いつまでこのような体たらくを晒している!』

 

『黙れ、今日は愚痴をこぼすために集まったわけではない』

 

『我々だけで反撃に出るべきだ!』

 

『人間共に?しかし、姫を失った我々がどうやって』

 

ゴポゴポ……

 

『新たな姫を迎える準備をするのだ!

総力を上げ占守島を奪い返し、彼女の玉座とする!』

 

『そして誕生の日を待つ、か。悪くない。我々深海棲艦が絶えることはない。

姫もまた然り』

 

ガボッ、ブクブク……

 

『決まりだな。そうなれば、全部隊を結集し……』

 

その時だった。

 

『グアオオオオオ!!』

 

流氷を叩き割り、吹き荒れる雪のように白い姿をした巨体が海から飛び出してきた。

驚愕する深海棲艦。謎の存在は流氷に着地し、右手を長く巨大なヒルに変え、

手近な一体に巻きつけ、彼女を捕らえた。

 

『やめろ!離せ化け物め!!』

 

当然、ジャックが耳を貸すはずもなく、右手を引き寄せ、

戦艦ル級を両手で掴み上げ、強烈な頭突きを食らわせた。

 

『ぎゃああっ!!』

 

海に放り出される戦艦ル級。

驚きのあまり動けなかった深海棲艦達は、彼女の悲鳴で我に返った。

 

『う、撃て撃て撃て!』

 

8inch三連装砲、16inch三連装砲、5inch連装砲。

彼女達のそれぞれの艤装が放つ無数の砲弾がジャックに襲いかかる。

ジャックは大きく跳躍して砲弾の嵐を回避、深海棲艦の群れに飛び込み戦いを挑んだ。

 

軽巡に組み付き彼女の首を折り、

 

『うぐ!あ──』

 

ヒルの腕で流氷の上に引きずり出した駆逐古姫に、

情け容赦ない上下交互の四連打を浴びせた。

 

『あがっ!痛い!ごほっ!やめ……!』

 

しかし、大技を繰り出した後の隙を突かれ、一発の砲弾を食らった。

左腕が吹き飛びジャックが苦悶の声を漏らす。

 

『ウグアアッ!!』

 

『今だ、集中砲火!撃て!!』

 

今度はとっさに海へ飛び込み、致命傷となる集中攻撃をなんとか回避。

そして、彼は見る。海中を泳ぐ深海棲艦。

 

『潜水部隊、攻撃開始!』

 

その声と同時に、ジャックは残った右腕に進化を促し、再び強靭で長いヒルに変えた。

彼を狙って突き進んで来る22inch魚雷。

身体を思い切り回転させ、右腕でそれら全てを薙ぎ払った。

 

『奴を探せ!』

『魚雷は!?』

『着弾せず!』

 

だが、海面に大きな揺れが。

 

『!?』

 

何本もの魚雷を抱えたジャックが、高い水柱を上げて海中から飛び上がってきた。

再び流氷の上に着地し、右腕を更に伸ばして回転させ、勢いを付ける。

そして、仮のリーダーを務めていた戦艦棲姫に狙いを定めた。

 

『グルル……グオオオオ!!』

 

ジャックの顔にムカデが這い回る。次の刹那、その瞳で標的を睨みつけると、

炸薬が詰め込まれた魚雷の束を、全力で叩きつけた。

同じく火薬が満載された彼女の16inch三連装砲、12.5inch連装副砲、その砲塔に。

 

『あっ……!』

 

と、彼女が声を出した時には全てに決着が付いていた。大ホッケ海が閃光に包まれる。

魚雷が直撃した戦艦棲姫の艤装が大爆発を起こし、周囲にいた深海棲艦を巻き込み、

彼女達が数珠つなぎのごとく連鎖爆発する。

その日、大ホッケ海に展開していた深海棲艦の残存部隊は、

謎の超爆発によって跡形もなく消え失せたという。

 

 

ツングースカ大爆発。

1908年6月、ロシアのポドカメンナヤ・ツングースカ川上流で発生した巨大爆発。

約2150平方キロメートルの範囲の樹木がなぎ倒され、

その破壊力はTNT火薬にして5メガトンに及ぶとされている。

爆発の原因は長きに渡って結論が出なかったが、

2013年の近年になってようやく隕石の落下が原因であるとの物証が発見された。

 

 

この世界でも、不可解な大爆発について調査が行われたが、

事件当日、当該海域で深海棲艦と交戦した記録はどの国にもなく、

隕石らしきものの落下も観測されなかったため、真実は闇の中に消えた。

……そして、誰も知る由がなかったが、最後の異世界の存在が消滅したことにより、

ほころびが生じていた世界の壁は、崩壊間際で安定を取り戻した。

とある人物のデスク引き出しに眠る特殊弾。そして北の海に沈む一振りの刀。

この小さな存在を受け止めるだけの余力を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□停止

 

 

俺はリンゴを一口かじると、殴るようにビデオデッキの停止ボタンを押して、

退屈で長ったらしい記録映像を無理矢理終わらせた。デッキがビデオテープを吐き出す。

固い椅子に座ったまま、長いことどっかのジジイの冒険物語を見せられてケツが痛え。

 

「ちょっとジェイク!まだ途中でしょ!?」

 

「こんだけ見りゃ十分だ。行くぞ」

 

荒野の真ん中にある、殺風景なB.S.A.Aの秘匿支部とやらから早足で出ようとすると、

シェリーや局員連中が慌てて追いかけてくる。

打ちっぱなしコンクリートの床が放つ足音が、やたら天井の高い鋼鉄製の屋内に響く。

 

「十分って何が!?コネクションへの手がかりだったルーカスが死亡した今、

あのテープをもっと精査しないと……」

 

「そのコネクションとか言うアホ共が、

そこら中に足跡残してたのに気づかなかったか?」

 

「足跡?足跡って何!」

 

「行きながら話す。乗れ」

 

シェリーにヘルメットを投げると、愛車のバイクにまたがった。

立方体のクリスタル型デバイスで現状を確認するが……間違いねえ。

 

「行くってどこへ?」

 

「連中のアジト、の一つだ。まだバレてねえと思ってやがる。多分殺し合いになるぞ。

俺が全部片付けるが、一応銃は持っとけよ。……ああ、それと確認しとく」

 

俺はうろたえる局員どもを指差して念押しする。

 

「成功したら今度こそ5000万いただくからな」

 

シェリーがシートの後ろに乗って、俺の腰に手を回した。

そして俺は胸ポケットから取り出したサングラスを掛け、

ツインマフラーの愛車にキーを差し込み、クラッチを切ってエンジンを爆発させる。

 

発進したところで最速ギアに踏み込むと、ブラックのネイキッドバイクが一気に加速し、

タイヤがむき出しの砂地を蹴り、疾走を始めた。

砂を孕んだ熱い風を受けながら、風にかき消されないよう、

大声で後ろの相棒に話しかける。

 

「なんでDSOのお前がB.S.A.Aの分析班とつるんでんだ!?それになんで俺だ!

いくら行方がわからないからって、全米ネットで俺の名前連呼するんじゃねえ!」

 

「バイオテロが地球だけじゃなくて、別の世界に及ぶようになった今、

新たな危機的状況に対処できる新組織の編成が国連で決定されたの!

国と組織の垣根を超えて、バイオハザード鎮圧のプロや“経験者”を募ってる!

私の場合はそのテストケース!お願いジェイク、あなたも参加して!」

 

「やりたきゃ勝手にやれって言いてえところだが……お前放っとくとドジこきそうだ。

報酬次第だって上に言っとけ」

 

「……ジェイク」

 

腰に回った手に、わずかに力が入る。

俺は更にアクセルを吹かし、人馬一体の風となって、

標的を目指し荒野を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

……以上が、ジョー・ベイカーの物語の結末である。

バイオテロは、争いとは無縁の一般人にも無慈悲に襲いかかる。

それでも過酷な運命を跳ね除け、生還を果たした者達がいる。

ジョーもそのひとりだった。そして、彼と家族に起きたような悲劇のない世界を目指し、

バイオテロとの戦いに身を投じる者もまた存在する。

その英雄達が生きている間にバイオテロが地球上から根絶される日は、

もしかしたら来ないのかもしれない。

それでも、ジョーが示したような勇気が人の心から消えない限り、

後を継ぐ者は必ず現れる。

ヒーローは、そう、死なないのだ。

 

 

 

 

 

「艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil」

Joe Must Die 《再生終了》

 

 

 




Last Tape; 未再生部分


──2017年 どこかの並行世界


よいしょ。よいしょ。この坂にはいつも一苦労させられます。
昔はとっても力持ちだったのに、歳は取りたくないものですね。ああ、やっと着いた。
白い小さな一軒家を見上げます。

終戦後、国連決議で私達艦娘を縛り付けていた悪法が是正され、
艤装の返上を条件に、私達にも人間と同等の人権が認められるようになりました。
おかげで、すっかりお婆ちゃんになった私には、二人の子供と孫が一人います。
数年前に夫に先立たれてからは一人暮らしですが、娘夫婦の家が近所にあるので、
こうして時々遊びに来ています。

インターホンを鳴らしますが、応答がありません。中からは物音が聞こえるのだけれど。
仕方なく小さな鉄の扉を開けて、玄関のドアを叩きます。
やっぱりうんともすんとも言わないので、ドアノブに手を掛けると、
開いてしまいました。もう、不用心なんだから。
勝手に中に入らせてもらうと、奥から声が聞こえます。

「あーくそっ!またタイムオーバーだ!スワンプマン強すぎて間に合わねーよ……」

まったく、うちの孫ったらテレビゲームばかりなんだから。
私の若い頃は、寒くなるとみんな喜んで、暗くなるまで外で遊んでいたものだけど。
リビングに入ると、テーブルにいろんなゲームソフトがいっぱい。
そのうちの1つを手にとってみると……
真っ赤に血塗られた背景に、黒だけで描かれた不気味な顔。
あらあら、このゲームは18歳未満は買っちゃいけないのに。
今はネット通販で誰でも何でも買えちゃうから困るわね。

「あ、赤城ばあちゃん来てたんだ。母さん達ならまだだよ。もうちょっと待っててよ。
僕、エクストリームチャレンジで忙しいから」

孫の隣に腰掛けて、さっきのゲームを眺めてみます。
そのタイトルを読むと、懐かしい思い出。そっとブルーのパッケージを撫でます。
あの人は在るべき世界で、幸せな人生を送ることができたのかしら。

「ああっ、あと10秒あれば行けるのに!……え、ばあちゃんゲームできんの?
まあ、いいけどさ。僕、疲れた。ちょっと見てるよ」

孫からコントローラーを受け取ると、私は“彼”を操ってB.O.W退治に繰り出しました。
まずは持ち物を確認して、足りないものを持ち出すために一旦引き返しましょう。
小屋に入ると、懐かしい箱。そう、大きくて緑色をした、なんでも入る魔法の箱。

「そっかー、ショットガン使う手もアリかもしんないね」

赤茶色に錆びた船の中をどんどん進みます。
やっぱり彼は拳だけで化け物をやっつけていくわ。

「へー、そんなとこにショットガンの弾落ちてたんだ」

それで、とうとう彼は姪を助けるための薬を手に入れるんだけど……
あらまあ、そんなに叩いたら機械が壊れるわ。
あの頃、明石さんが不機嫌だったのは、きっとこのせいね。
薬を手に取ったら、突然後ろからスワンプマンに襲われたの。
ああ、船の床に叩きつけられて痛そう。

「こっからなんだよなー。
ばあちゃん、右上のタイマーがゼロになる前にそいつ倒せる?」

さあ、B.O.Wの親玉との直接対決。ここはショットガンで慎重に頭を狙うのよ。

「すげえ!3発当てればさっさと1段階目のイベント攻撃にたどり着けるのか~」

あとは彼次第。さあ、姪御さんを助けるために頑張って。
私にできることはL2とR2、そして2本のスティックで貴方を導くことだけ。
……まあ大変血だらけ。そこに薬があるわ。もうひと頑張りよ。
貴方の猛攻に耐えかねてスワンプマンが膝をついたわ、とどめを刺して。
彼はスワンプマンの後ろに回ると、その頭を掴んで強引に回して首を折ったの。
さしものボスキャラもこれにはひとたまりもなかったみたい。
右上のタイマーは……ギリギリセーフ。上々ね。


──ざまあみやがれ、フゥー!


彼が大の字になって倒れるスワンプマンを指さして、高らかに勝利を宣言。
孫も彼と同じように大はしゃぎ。

「すげえよ、ばあちゃん!これでエクストリーム全クリだよ!
やっと“ムラマサ”ゲットだぜ!」

ムラマサ。……そう、そうだったのね。
孫にコントローラーを返しながら、湧き上がるような思い出に浸る。
ここで、私達はつながっていたのね。世界の壁を乗り越えて、手を取り合って。
だからこそ巡り会えた。例えもう会うことはないとしても、離れ離れなんかじゃない。
私は真っ赤なジャケットのゲームソフトをもう一度手にとって呟いた。

「イーサン、ジョー、……大好きよ」


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