艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File2; Wonderland In Nightmare

狂った世界を後にし、日常に戻ることができたと考えていたイーサン・ウィンターズは、

まだ悪夢は終わっていない事を思い知らされる。

まずは救助を求めて、最も目につく白い洋館を目指して歩いたが、

すれ違う者全てが少女で男が一人もいない。だが、そんなことは小さな問題。

皆が砲や魚雷発射管、バトルシップの艦橋らしきものを背負っている。

 

外国人が珍しいのか、皆イーサンをちらちら見るが誰も話しかけてこない。

顔立ちからして日本人だろうか。イーサンも気になったが、

異様な格好の彼女たちに話しかける気にならず、ひたすら洋館を目指した。

そして、館の大きな扉の前に着くと、何度もドアを叩いた。

 

「おい、誰かいないのか!助けてくれ!」

 

ドンドンドン!と必死に拳でドアを揺さぶる。

 

「B.S.A.A.を呼んでくれ!頭のおかしい家族に殺される!

バイオハザードが起きてるんだ!おい!」

 

ドンドン、ドンドン、とドアを叩き続けていると、突然扉が開き、

中から伸びた手に中に引っ張り込まれ、腕を捻り上げられた。

抵抗したが重機のような力で押さえつけられ、身動きが取れない。

 

「お前が通報にあった侵入者だな。ここが軍施設と知ってのことか!」

 

少し低い女の声。イーサンが首を回してその正体を見ると、

日本人にしては背の高い女性が厳しい目つきで彼を見ていた。

アンテナのような髪飾りを着け、菊の紋章が付いたベルトを巻き、

サムライを思わせるコートを着ている。

 

「いや、知らない!それより軍施設なら助けてくれ!

化け物に殺される!妻を探してるんだ!」

 

「言い訳はいい。お前を拘束する。他国のスパイかもしれん」

 

「話を聞いてくれ!米大使館に問い合わせればわかる!対B.O.W.の特殊部隊……」

 

くそっ!なんで俺が日本にいる!?そもそもなんで日本語を話してるんだ俺は!

イーサンがパニックに陥っていると、

2階から真っ白な軍服を着た人物が階段を下りてきた。

 

 

「一体どうしたんだい、長門」

 

 

長身痩躯の司令官らしき者がイーサンを押さえつけている女性に話しかけた。

軍人らしくない柔和な雰囲気を持っている。女の名はナガトというらしい。

 

「提督、侵入者を捕らえた。処遇について指示を仰ぎたい」

 

彼はイーサンの姿を上から下まで見る。そして、ふむ、と一人納得すると長門に告げた。

 

「まずは腕を離してあげてくれ。それでは話もできないだろう」

 

すると長門は黙ってイーサンを解放した。ようやく自由になったイーサンは、

話の通じそうな軍人に駆け寄る。そういえばここで男に会ったのは初めてだ。

 

「頼む助けてくれ!特殊部隊が必要だ!

場所はルイジアナ州ダルヴェイ、行方不明の妻が助けを求めてきたんだ!

今も屋敷のどこかで閉じ込められてる!」

 

「落ち着いて。ここは日本だ、今すぐアメリカにどうこうしてくれとは言えないんだ。

まだ終戦間もない微妙な時期だしね」

 

「終戦?微妙な時期?ふざけてるのか!あれから70年以上経ってるんだぞ!?」

 

イーサンは思わず提督の両腕を掴んで訴えていた。

すると、いきなり身体が後ろに引っ張られ、床に放り出された。

 

「提督に触れるな!ふざけているのは貴様だろう!やれ化け物だの、特殊部隊だの!

……提督、やはり不審人物は牢に入れたほうが」

 

「うむ……やむを得ないな。

信じてあげたいが、やはり君の話は突拍子がなくて簡単には受け入れられない。

少し窮屈な思いをしてもらうよ」

 

畜生、何がどうなってる……!俺はミアを助けなきゃならない。

こんなところでくすぶってる暇なんか!

その時、立ち上がろうと手をついた時に気づいた。コデックスを装着した左腕。

イーサンはそれを見せつけた。

 

「……なあ、これ見てみろよ。“一家”の親父にチェーンソーでぶった切られたんだ」

 

腕を切り落としたのは正気を失ったミアだが、話が混乱するのは確実なので

ジャックのせいにしておいた。これには流石に長門も提督も驚いた様子だ。

 

「それは……!?」

 

「……君が、正体不明の攻撃者に襲われたのは事実らしいね。

しかし、そんな雑な処置でよく神経が繋がったものだ。なぜだろう」

 

「知るかよ!頼むからアメリカと連絡を取ってくれ!なぁ、どっちがいい?

明日の死亡記事で俺の名前を見るか、俺を助けて一躍ヒーローになるか!」

 

「ふむ……」

 

提督は右手を額に当ててしばし考え込む。そして閉じていた目を開くと、

 

「わかった。とりあえず米大使館に問い合わせて

行方不明者に君の名が挙がっていないか問い合わせてみよう。

自己紹介が遅れたね。私は当鎮守府の提督、彼女は長門だ」

 

「俺はイーサン、イーサン・ウィンターズ!それとミア、妻だ!」

 

「わかった、イーサン。監視付きだが、君を客人として迎えよう。

長門、君は仕事に戻ってくれ」

 

「いいのか?確かに腕の傷は気になるが……」

 

「問題ない。それに……」

 

 

ブオオオオォン!ブオオオオォン!

 

 

その時、けたたましいサイレンが鎮守府に響き渡った。

 

「何事だ!?」

 

鎮守府各地に設置されたスピーカーが警告する。

 

 

《敵襲!敵襲!現在謎の生命体による攻撃を受けている!非常時に付き戦闘配備を省略!

総員発見次第、敵性生物を排除せよ!これは訓練ではない、繰り返す……》

 

 

間違いない。孤立無援のイーサンに追い打ちを掛けるように”奴ら”の存在が迫ってきた。

 

「くそっ!追って来やがった!」

 

「君、心当たりがあるのか!?」

 

「化け物に襲われてるって言っただろう!……そうだ、武器を貸してくれ!

鎮守府かなにか知らないが、銃くらいあるだろう!?」

 

必死の形相で提督に訴えるイーサン。しかし長門が彼の肩を掴む。

 

「図に乗るな!どこの馬の骨かもわからん奴に軍の備品を貸すと思うか!」

 

「黙れ!お前の仲間が殺されても……おい、マジかよ嘘だろ!?」

 

慌ただしいやり取りの中で気づかなかったが、ホールの階段隅に、

嫌というほど見慣れたものがあった。大きな緑色のコンテナ。

イーサンは長門の手を振り払い、アイテムボックスに駆け寄った。

 

「どうする気だい?それは誰にも……!」

 

提督の言葉を無視して蓋を蹴り上げる。……頼む、カラなんて冗談はよしてくれよ!

イーサンは祈りながら箱の中を覗き込む。

 

「は、はは……まるで宝石箱だ!」

 

心底安堵した。

中にはサバイバルナイフ、ハンドガンG17、ショットガンM37、グレネードランチャー、

マグナム、大量の弾薬その他諸々が収められていた。

イーサンはいそいそと銃火器を装備する。その様子を驚きながら見守る提督と長門。

 

「一体何をしたのかね君!

その箱は艦娘の力でも、どんな工具を使っても開かなかったというのに!」

 

「俺が知るか!とにかく外にB.O.Wが溢れてるのは間違いない!

さっさと皆殺しにしないと手遅れになるぞ!」

 

「お前が、戦うというのか……?」

 

「だったら部屋でバーボンかっくらってテレビでも見てろってのか!?どけ!」

 

そしてイーサンは長門を押しのけ本館の大きなドアを体当たりするように開いた。

……そこに広がる光景は、あの地獄だった。

あちこちから届く謎の少女達の悲鳴、怒号、そして発砲音。

それらに混じってモールデッド達のうめき声が地獄からの呼び声の如くこだまする。

そして、見たくもあり見たくもないものを目にする。

テープを巻かれた色とりどりの粗末な木箱が無数に点在していたのだ。

その時、コデックスに着信があった。イーサンは通話ボタンを押す。

 

 

 

『よう相棒、プレゼントは受け取ってくれたか?』

 

「ルーカス!」

 

『美女とラブラブコース……いや、美少女とイチャイチャコースだったか?

ああ待て待て!カワイコちゃんとウハウハコース(伏)だったような……

まぁ、どうでもいい。伏せたもんの中身はもうわかったろ、

今度はお前がケーキのロウソクを吹き消してくれ。

その手に持ってるやつでドカンとな!』

 

「ざけんな!なんだこの世界は!なんで俺が70年前の日本にいる?答えろ!」

 

『チッチッチ、だーめだ。ネタバレしたらゲームの魅力が台無しだろうが。

ちなみに俺はネタバレOK派だけどな。過程を楽しむタイプだからよ』

 

「いいから答えろ!」

 

『どうしてもってんなら教えてやってもいいが~……じっくり聞いている暇あんのか?』

 

 

うぐうあああああ……

 

モールデッドのうめき声。

 

“来ないで!”

 

少女の悲鳴。直後に遠くから鼓膜を叩いてくる機関銃の銃声。既に戦闘は始まっている。

 

 

 

「そっちに戻ったら見つけ出して殺してやる!」

 

今度はイーサンが先に通話を切った。

そして、銃声の聞こえた倉庫地帯に向けて駆け出した。

道中走りながら、ナイフで木箱を壊し、中身を拾いつつ十字路に入った。

まだ小学生くらいの女の子が、右腕が巨大な刃に変形した

ブレード・モールデッドと対峙している。

 

「いや!」

 

発砲。彼女が小さな単装砲で敵を撃つ。しかし、初めて出会う醜悪な怪物に怯えているのか、

狙いが逸れてしまい、左腕を破壊するに留まった。イーサンは駆けながら大声で叫ぶ。

 

「頭を狙え!」

 

しかし、まだ心に幼さが残る少女は、

汚い体液を撒き散らして歩み寄るB.O.Wを前に足がすくんでしまい、

その場にしゃがみこんでしまった。

 

「でも、いや……助けて……」

 

間に合え!イーサンは全速力で彼女の元に向かう。

そして、背中に下げたショットガンM37を両腕に構えた。

ブレード・モールデッドが刃を振り上げる。

 

ぶああああ……!

 

「あ、あ……」

 

少女は死を覚悟した。だが怪物が右腕で彼女を引き裂こうとしたその時、

彼女とモールデッドの間に白い影が飛び込んだ。

 

耳を裂くような銃声ひとつ。

 

イーサンはショットガンでブレード・モールデッドに至近距離で散弾を食らわせた。

M37で頭部を吹き飛ばされた敵は動きを止め、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。

 

「おい、しっかりしろ、大丈夫か!?」

 

まだ銃口から硝煙がこぼれるポンプアクションショットガンを手にしながら、

イーサンはうずくまる少女に手を差し伸べた。

 

「え……おじさん誰?」

 

「大丈夫なのか聞いてるんだ。怪我はしてないか?」

 

「う、うん!」

 

「他に仲間は?」

 

「先輩方が北の宿舎で戦ってるの!特にあそこが狙われてるみたいで……」

 

「わかった、君はあの屋敷に戻ってろ」

 

「でも敵前逃亡は……」

 

「わかったな!」

 

返事も聞かず念を押し、イーサンは踵を返して北に走っていった。

 

 

 

──艦娘宿舎前

 

艦娘たちが暮らす木造の宿舎付近では激闘が繰り広げられていた。

戦艦は宿舎を吹き飛ばさないよう副砲で正確に照準し、モールデッドを粉砕。

空母は爆撃機を放ち、空から振らせた爆弾で怪物の頭部を粉々にしていた。

 

「加賀さん、状況は!?」

 

赤城が矢を空に放ちながら、偵察機を送り出した加賀に周辺や宿舎内部の状況を尋ねる。

彼女は上空から周辺の状況を、また宿舎内部に1機を放ち内部の情報を探っていた。

 

「敵の大半はこの広場に集まってます。下手に突っ込まずここで迎撃するのが得策。

……待って!」

 

「どうしたんですか?」

 

「駆逐艦の娘が一人取り残されてる!中にも化け物が!」

 

「なんですって!?」

 

それを聞いた戦艦・金剛が割って入った。

 

「ワタシに任せて!救助も戦闘も、金剛にお任せー!その娘は何階?」

 

「2階の書庫に隠れています。一際強力な個体から隠れているみたい」

 

「オーケー!今行くから、待っててネ!」

 

金剛は15.5cm三連装副砲と7.7mm機銃で、行く手を塞ぐモールデッドの群れを

なぎ払いながら、宿舎の中へ飛び込んでいった。

加賀達は引き続き、次々湧いてくるB.O.W.の迎撃に当たる。

 

だがその時、宿舎の中から窓ガラスを突き破って四つ足の化け物が3体現れた。

ガラスの割れる大きな音と枯れたような鳴き声で皆がハッとなる。

 

奴らは凄まじい速さで地を這い回り、戦艦達の副砲を回避し、

航空機以外の武装を保たない赤城に襲いかかった。

反応が遅れた赤城に1体が飛びかかり、その鋭い爪で彼女の飛行甲板を切り裂いた。

 

「キャアッ!」

 

「赤城さん、しっかりして!!」

 

隣にいた加賀が彼女をかばいながら、戦闘機を呼び戻す。

しかし、四方に散らばった航空機が編隊を組み直し帰還するまで時間がかかり、

今度は3体がまとめてカサカサと走ってきた。周りの戦艦達も迎撃しようとしたが、

既に流れ弾が赤城達に当たりかねない距離まで迫っており、

攻撃を踏みとどまるしかなかった。

3体から同時に鋭い爪を食らったら小破では済まないだろう。思わず目を閉じる赤城。

 

「伏せろ!」

 

その短い男の声に、皆、声の主を見た。

彼はあり合わせの部品で作ったような携帯砲をこちらに向け、

まさに引き金を引く瞬間だった。

トリガーと同時に携帯砲から焼夷弾が発射され、怪物の群れの1体に直撃、爆発。

燃える燃料を撒き散らし、周辺の2体を巻き込んだ。

 

ギャオオオ!!

 

激しく炎上する4つ足の群れ。ひりつく熱風が皆に吹き付け、思わず顔をかばう。

炎に包まれた怪物はひっくり返り、のたうち回りながら焼け死んだ。

赤城や加賀は、異常な状況、異様な展開を受け入れるのにやっとで、

こちらに駆け寄ってくる謎の男と、燃え尽きていく怪物の死骸を

ただ交互に見ているだけだった。

そして彼女たちの元にたどり着いた男は名乗ることもなく尋ねる。

 

「今ので全部か!?」

 

「貴方、誰?」

 

「後にしろ!これで全部なのか!?」

 

「……いいえ、まだ宿舎2階に1体残ってる。でも大丈夫。偵察機が送った信号によると、

最後の敵は巨体で動きが緩慢。救助に向かった金剛さんが倒してくれる」

 

「大丈夫なわけないだろう!」

 

イーサンの叫びに加賀が戸惑う。

 

「どういうこと?」

 

「そいつは特別ヤバイ奴だ!考えなしに戦ったら死ぬぞ!」

 

「何がまずいんですか?金剛さんは戦闘能力トップクラスの戦艦です。

この化け物達が少々強くなっても問題は……それに、やはりお名前くらいは」

 

赤城が謎の男に問う。しかし状況は決して芳しくない。

 

「全部後だ!もういい、俺が行く!」

 

「あ、待ってください!」

 

イーサンは全ての疑問を無視して宿舎に向かった。

 

 

 

……宿舎の内部は陰惨なものだった。モールデッドの砕けた死骸が散乱し、

壁に赤や黄土色の体液がへばりついていた。イーサンは木造の床を歩き、階段を探す。

廊下を進むと、やがて上階への階段が見つかった。

階段に足をかけると、2階から争う声が聞こえてきた。

 

ドシン、ドシン…… うっ、うごっ……

 

“Hey, You!よくもワタシ達のお城を汚してくれたネー!もう謝っても許さないヨ!”

 

“金剛さ~ん。あの、巻雲、巻雲、どうすればいいですか……?”

 

“巻雲ちゃんはお部屋に隠れてて!

こいつはワタシがバーニング・ラブしちゃうからネ!”

 

マズい、もうすぐ奴の攻撃が始まる!

イーサンは手持ちの大砲(ハンドキャノン)に分類される大型拳銃を手に階段を駆け上る。

そして2階で見たものは、肥満体モールデッドと向き合う、

純白の着物を着て金の髪飾りを着けた少女だった。

彼女もまた戦艦の大きな模型のような装備を背負っている。

……などと呑気に説明している場合ではない。

肥満体が前かがみになり、ゔっゔっ、と気色の悪い声を出し始めた。

イーサンが金剛という少女に大声で呼びかける。

 

「ガードしろ!腕で顔をかばえ!」

 

「えっ?」

 

「急げ!」

 

「ノープロブレム、ネー!お家を吹っ飛ばさないようにちゃんと副砲で……」

 

 

ぐおえええええ!!

 

 

彼女がウィンクして親指を立てると、聞きたくもない、

こちらまで吐き気を催すほど不快な声が。……間に合わなかった。

奴が顔を上げると、放水車のような勢いで強酸性の体液を彼女に浴びせた。

少女と女性のはざまに位置するような可愛げのある顔がケロイド状に溶け、

背中の装備も茶色く焦げていく。

 

「……い、い、いだあああああい!あづい、あづい!誰か助けてええぇ!!」

 

「くそったれ!」

 

金剛という少女が悲鳴を上げ、その場に倒れる。

俺は両腕で体液の飛沫をガードし、もがき苦しむ金剛の服を掴み、

強引に引きずって階段の踊り場に移動させた。

 

肥満体の視界から彼女をどけた俺は奴と決着をつけるべく、

マグナムを両手で構え、頭部に狙いを定める。

俺の姿を見た奴が再び体液を吐き出そうとするが、俺が引き金を引くほうが早かった。

廊下を揺らさん程の重く鋭い銃声と共に大型弾が発射され、肥満体の頭に命中。

マグナムの威力に巨体の奴も後ろに転ぶ。

 

「うぁぁ……いたい、いたいよぉ……ワタシの、ワタシの顔があぁ……」

 

「待ってろ、すぐにケリをつける!」

 

激痛に涙する金剛に声をかけながら奴が立ち上がるのを待つ。

のっそりと肥満体が立ち上がり、両腕を伸ばしながら俺に歩み寄ってくる。

そこを再び狙い撃つ。

 

しっかりと重量のある拳銃を構え、一発必中の覚悟で引き金を引く。

 

マグナムが火を吹き、今度こそ奴の頭部を砕いた。

後ろに倒れた奴の腹が風船のように膨れ上がる。

すかさず俺は金剛のいる階段の踊り場に身を隠した。

次の瞬間、ブシャッ!と肥満体の身体が破裂し、強力な酸をたっぷり含んだ肉片が

廊下中に撒き散らされる。

奴の最期を確認した俺は、金剛に肩を貸し、宙に向かって大声で呼びかけた。

 

「おい!隠れてる奴がいるなら悪いが自分で外に出てくれ!こっちは重傷者がいる!

……しっかりしろ、致命傷じゃない」

 

「うわあああ!痛いよ、痛いよ……なんでワタシが、ワタシが……」

 

「ガードしろって言っただろう!そこ、廊下だ。足元に気をつけろ」

 

俺達は一段一段階段を下りながら、宿舎の出口を目指した。

 

 

 

宿舎から出ると、武装した少女達が俺達の帰りを待っていた。

そして金剛という少女の姿に悲鳴を上げる。

 

「金剛さん、どうしたの!?」

「すぐお風呂の準備を!」

「一体何と戦ったっていうの!」

 

何を考えているのか、風呂に入れば治ると思っているやつもいたようだが、

とにかく俺は金剛を他の少女に任せた。

彼女が多分医務室に連れて行かれるのを見届けると、手持ち無沙汰になった俺は、

しばらくその場でぶらぶらしながら今の状況について考えをまとめた。

 

まず、俺はルーカスの罠にはまり70年前の日本らしきところに閉じ込められた。

“らしき”と但し書きが付くのは、

当然史実の日本にない奇妙な出来事ばかり起きているからだ。

かつて日本とアメリカが戦ったのは事実だが、

少女に妙な武装を持たせて動員した記録などないし、70年前にB.O.Wがいたはずもない。

少なくともその存在が公になったのはラクーンシティの事件がきっかけだ。

 

……考えていても埒が明かない。とりあえず洋館に戻って

提督と長門とかいう乱暴な女に聞くとしよう。

俺がマグナムをぶら下げたまま帰ろうとすると、不意に声をかけられた。

 

「待って」

 

青い袴と弓道着を身に着けた少女だった。大きな弓を持って俺ををじっと見ている。

隣には黒のロングヘアの少女がいた。彼女も弓道着を着ているが、袴の色は赤だ。

 

「なんだ?」

 

「どうしてあの化け物について知っていたの?そもそも貴方は誰?」

 

「戦ったことがあるからに決まってる。俺はイーサン。イーサン・ウィンターズだ。

……で?君らは誰だ」

 

「私は加賀。戦ったって一体どこで?あんなものが突然この世に現れるわけない」

 

「戦ったのはルイジアナの化け物屋敷だ。あれの出どころは俺も知らない」

 

「知らないって……金剛さんがあんなになったのに、それじゃあんまりです!」

 

赤い袴の少女が食って掛かってきた。

 

「俺が連れてきたとでも言いたいのか!……疲れてるんだ、勘弁してくれよ」

 

「……私は赤城と申します。後ほどゆっくり事情を伺いに参りますので」

 

「勝手にしろ」

 

歓迎してくれとは言わないが、

どうも俺はここの人間から不当な扱いを受けている気がする。

4つ足やデブを殺したことについて、もう少し評価があってもいいと思うのだが。

腑に落ちない気持ちを抱えながら、俺は今度こそ洋館に戻った。

 

 

 

──本館 作戦会議室

 

そして、腑に落ちない気持ちは純粋な怒りに変わる。

俺は本館に戻るなり、提督からこのクラスルームのような広い部屋に同行を求められた。

それはいい。このらんちき騒ぎについて説明が欲しいのはわかる。

提督が壇上に上がり、俺がたくさん並んだ椅子のひとつに座っていた。

 

「……で、君はどこまで知っているのかな。あの新種の生命体について」

 

「最初から言ってるだろう!妻を探しに行った洋館に入ったらもう棲みついてた!

何べん言わせりゃ気が済む!」

 

こうして俺は質問という名の尋問を受けているわけだが、

はじめから俺が首謀者だと疑うような態度に腹を立てていた。

長門が後ろから近づき、俺の手をロープで縛ろうとしたので、慌てて手を引っ込め、

バシン!と彼女の手をはたいた。

 

「くっ、何をする!」

 

「“何をする”はこっちの台詞だ!お前は何の権利があって俺を拘束するつもりだ!」

 

「司令代理としての権限だ!お前が来ると同時にあの化け物が現れた!

無関係だと考えるほうが無理だろう!」

 

「司令は、今、そこにいる!つまり代理の出番はない、下がってろデクの棒!」

 

「何だと!」

 

「まぁまぁ二人共落ち着きたまえ!……長門君、拘束は不要だ。

彼はあの生物と戦っていた。イーサン君、悪かったね。質問を変えよう。

君がこの鎮守府に来た経緯をもう一度説明して欲しい」

 

長門がしぶしぶ俺から離れ、提督の隣に立った。

俺はうんざりした気持ちで同じ答えを繰り返す。

 

「だから、その洋館でイカれた家族の一人、ルーカスっていうんだが、

そいつの罠にはめられてビデオテープを見せられた。

ああ……今の時代にビデオテープはあるか?」

 

「いや、聞いたことが無い」

 

「磁気テープで映像を録画できる記憶媒体だ。さすがにテレビはあるよな?」

 

「ああ。離れた場所から送られた電波信号を受信して映像を見る装置だろう」

 

「そう、それだ。そのテレビでビデオテープを見せられると、

いきなりテレビの画面が光り出して気を失った。

それで……気がついたらここの海岸に倒れてた」

 

「うむ。それについては目撃情報がある」

 

「それで助けを求めてここに来たら、そこのデカいのに引っ張り込まれて、

後はあんたも見たとおりだ」

 

長門がこちらを睨む。いい気味だ。提督が少し黙り込んで考えを整理し、口を開いた。

 

「よくわかった。いや、正直信じられないことも多いが、

君を客人として迎えると約束したし、何より艦娘たちを助けてくれた。

……1人大破者が出てしまったが」

 

「大破だ?重傷の間違いだろう、兵士だって機械じゃないんだぞ」

 

「……ああ、そうだね。今度はこちらが説明する番だね。

実は、隣の長門君や、君が出会った女の子達は……」

 

バタン!

 

その時、ノックもなしに一人の少女が作戦会議室に飛び込んできた。

事務方らしき、眼鏡をかけた黒のロングヘア。走ってきたのか息を切らしている。

 

「どうしたのかね、大淀君!?」

 

「はぁ…はぁ…突然申し訳ありません!金剛さんが、金剛さんが大変なことに!」

 

「落ち着くんだ大淀。深呼吸して、落ち着いて状況を説明してくれ」

 

提督と長門が彼女を落ち着かせて続きを求める。

金剛?ああ、肥満体のゲロを食らったあの娘か。

気にはなっていたが、致命傷ではなかった。

顔は……女の子としては気の毒なことになっちまったが。

 

「ふぅ、失礼しました。……実は、金剛さんの怪我が入渠しても治らないんです。

色々別の治療法を試したのですが効果がなく、

ショックを受けた本人が自室に籠もりきりで……」

 

「なるほど、わかった。私も行って説得しよう」

 

「お願いします!」

 

「……俺も行く」

 

俺は席を立ってバックパックを背負う。

 

「貴様が来て何になる!部屋で大人しくしていろ!3階の適当な客室を使え!」

 

「少なくともどっかの腰巾着よりアテになる自信はある。提督、俺も連れてってくれ」

 

「こいつ……!」

 

「争っている場合じゃない。

あの化け物を知っているイーサン君なら何か知恵を借りられるかもしれない、来てくれ。

もちろん長門君も」

 

「承知した……」

 

そして俺達3人は駆け足で艦娘宿舎に向かった。

 

 

 

──艦娘宿舎(戦艦棟)

 

「お姉様、出てきてくださいまし!」

 

『いや!放っといて!!』

 

俺達が金剛の部屋に到着すると、“金剛”というプレートが張られた一室の前に、

彼女と同じような着物を着た少女3人が集まっていた。

眼鏡をかけた知的な少女の呼びかけに応じようとしない。

 

『こんな顔、こんな顔じゃ……もう提督に会いに行けない!ううっ、うわあああ……!』

 

「お姉様!提督は戦の傷で姉様を嫌ったりするような人じゃないって!

お姉様だってわかってるでしょ!」

 

今度はブラウンのショートヘアが説得する。しかし、

 

『うるさい!綺麗な顔の奴に何がわかるの!大好きだったのに、愛してたのに!!』

 

酷い有様だ。金剛は自分の身に起きたことに絶望してる。

提督がドアを叩き中の彼女に呼びかける。

 

「金剛君、私だ。お願いだから出てきてくれないか。気にするな、とは言わない。

でも君が一人で苦しんでいるままにしておくのは私も辛いんだ。

頼む、私を信じて会ってくれ」

 

『提、督……?』

 

「そう、私だ。君に会いに来たんだ。

疲れも傷も癒えていないし艤装もボロボロなんだろう。

せめて医務室で治療を受けてくれ、きっと何か方法があるはず!」

 

『でも、こんな顔で提督に……嫌ァ!』

 

ガシャン!と中から音がした。多分、鏡か何かを投げ捨てたのだろう。

 

『見られたくない!こんな化け物みたいな顔!!ぐすっ…ああああ!』

 

金剛の泣き声を前に、皆黙り込んでしまった。

ここで初めて俺が口を出した。

 

「なぁ、鍵かなんかないのか?

提督、多少強引にでもあんただけでも会ってやったらどうだ。彼女と親しいんだろう」

 

「それが……合鍵も全部お姉様が中に持って閉じこもってしまったの」

 

しとやかさと活発さが同居する雰囲気の少女が状況を説明した。

それを聞いて提督はますます困り果てる。何も対処できないのは俺も同じだったが。

俺は知性的な少女に話を聞いた。

 

「ちょっといいか、彼女にはどんな治療を施したんだ?」

 

「兎にも角にも、まずはお風呂に入っていただきましたわ。

そしたら出血は止まったのですが、どういうわけか、あの傷だけは治らないのです……」

 

とんでもない話に思わず絶句する。

 

「正気なのか!?風呂に入れば酸で壊死した細胞が治ると本気で思ってるのか!」

 

「……ああ、イーサン君。まだ説明してなかったが」

 

「もちろん高速修復材も使いましたわ!でも、止血以上の効き目がなかったんです!」

 

「修復材?なんの薬か知らんが民間療法も大概にしろ!」

 

修復材。なんだろう。何か引っかかる。

モールデッド、負傷、瀕死。何が必要だ?……!!

俺はとっさに廊下の隅に置かれたテーブルの上にあった細長い花瓶を手に取り、

ひっくり返した。水と花が床に落ちる。

 

「貴様、何をしている!?」

 

長門が問いかけてきたが無視して作業の手を動かす。

続いて俺はバックパックから2つのアイテムを取り出した。

さっきの戦闘中、道すがら木箱から拾ったもの。

まず、俺はサバイバルナイフを抜き、ハーブを細かく切り刻んで花瓶に入れた。

 

「イーサン君……君は、知っているんだね?」

 

ああそうだ。そして2つ目のアイテム。

プラスチックのパウチに詰められた赤い液体。成分は、不明。

だが、今はこいつに頼るしかない。

キャップを開け、効き目の強い薬液を花瓶に流し込んだ。

そして花瓶を軽く振り、ハーブと薬液を十分に混ぜる。準備完了。

俺はドアを叩いて金剛に呼びかけた。提督らが固唾を呑んで見守る。

 

「金剛って言ったな!デブと戦った時に会ったイーサンだ!

治療薬を持ってきた、開けてくれ!」

 

『嘘!薬なんかでグチャグチャになった顔が治るわけないじゃない!

もう嫌なの!みんなに可哀想な目で見られるのは!これ以上……うああ!

提督……お願い、ワタシを解体処分して!』

 

「早まるんじゃない!イーサン君の治療法に賭けるんだ!諦める必要なんてないんだ!」

 

まずいな。精神が錯乱してわけのわからないことを言い出した。やむを得ない。

俺は背負った物を構えた。

 

「……全員、離れろ」

 

「何をする気だ貴様!」

 

「“マスターキー”ってやつを使うんだよ!散弾食らいたくなかったら後ろに下がれ!」

 

「君、正気かい!?」

 

「他に方法があるなら言ってみろ!」

 

俺はショットガンM37を構え、ドアの蝶番に向けトリガーを引いた。

周辺の木材ごと蝶番が吹き飛ぶ。

宿舎に散弾銃の銃声が響き、少女達が悲鳴を上げ、中の金剛が短く怯えた声を上げた。

ポンプアクションを行い排莢した後、二発目。

2個目の蝶番が破壊され、ドアはその役割を果たさなくなった。

俺は花瓶を掴み、ドアを蹴破って靴のまま金剛の部屋に上がり込んだ。

 

「何をなさるの!?」

 

後ろから眼鏡の声が聞こえるが、やはり無視した。答えは結果が教えてくれる。

俺は金剛の肩を掴んだ。

 

「顔を出せ、治してやる!」

 

「いや、来ないで!」

 

女の子とは思えない力で後ろに突き飛ばされ、危うく花瓶の中身をこぼすところだった。

 

「そうまでして私の顔が見たいの!?なら見ればいいじゃない!

“あの化け物とそっくりだね”って笑えばいいでしょう!!」

 

激昂した金剛が俺に向かって叫ぶ。

彼女が、全体がケロイド化し、額付近の髪を無くした顔を見せた。

今だ。俺は花瓶の中身を金剛の顔に振りかけた。

 

俺が作った回復薬が彼女の顔にかかると、彼女の顔から

ドライアイスのように弱い煙が上がり、皮膚の再構成が始まった。

グチュグチュと音を立てながら細胞分裂を繰り返し、元の形に戻ろうとする。

急激な速度で必要な組織を造り出し、不要な組織を破棄。

その現象にパニックを起こす金剛。

 

「うそ、いや!なに、なんなのこれ!気持ち悪い!」

 

「触るな!顔の再生が始まったんだ!」

 

すかさず彼女の両手を掴んで修復を待った。

ドアから提督と少女達が覗き込み、事の成り行きを見守っている。

そして、机の上の時計で2分ほど。ようやく再生現象が止まった。

 

「そんな……」

「嘘でしょ!?」

「お姉様、お顔が……」

 

彼女の妹たちが驚いた様子で金剛を見る。

俺は部屋の隅に散らばった鏡の破片をひとつ手に取り、金剛に突きつけた。

彼女はとっさに目をそらす。

 

「見るんだ。君はもう治ってる。提督に会いに行きたいんじゃないのか?」

 

金剛は細目でゆっくりと顔をこちらに向ける。そして破片を覗き込む。結果、

 

「え、どうして……?」

 

喜びより驚きが勝った様子で破片を受け取り、いろんな角度から自分の顔を見る。

そう、治癒効果のあるハーブを強力な薬液で効果を増幅させ、彼女に使用した結果、

金剛の顔は元の美しさを取り戻した。

それを見た妹たちがドタドタと靴のまま部屋に入り込んできた。

俺は後ろに下がって廊下に出た。

 

「お姉様、すっかり元通りになられて……」

 

「霧島、心配かけてソーリーね」

 

「また、お姉様と活躍できるんだよね!」

 

「比叡にもみっともないとこ見せちゃったカナー?……テヘ!」

 

「あんなことが起きたんですもの、無理もありません。

艤装の修理は明石さんにお任せして、今はゆっくり休んでください」

 

「ありがとう、榛名。……そうだ!」

 

彼女は廊下にいた提督を見ると、彼にダッシュで駆け寄り、思い切り抱きついた。

 

「提督、助けてくれてサンキューね!これからもっと頑張るから、期待しててネ」

 

「金剛……本当によかった。君を失わずに済んで、本当によかった」

 

助けたのは俺なんだが。まぁ、別にどうでもいい。

金剛の頭を撫でる提督を見届けると、俺は3階にあるという客室へ向かった。

どんちゃん騒ぎの連続で今日は疲れた。その時、ふと握ったままの花瓶に気がついた。

2017年の医療技術でも修復不能の傷さえひと振りで治してしまう薬。

俺はこいつに何度も助けられてきたわけだが、

世に出ればノーベル賞ものの代物がなぜB.O.W.の巣窟に転がっているのか。

疑問は尽きない。

 

やはり、こんな薬信用できない

 

俺は花瓶をゴミ箱に放り込むと、洋館への帰路についた。

 

 


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