艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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Tape4; My Dear Family

──ジョーの小屋

 

ジョーに置き去りにされた形のB.S.A.A隊員は、

自分を縛り上げていたロープをナイフで切ってもらい、ようやく束縛から解放された。

 

「ううっ、ありがとうございます、隊長……」

 

「礼を言うくらいなら、初めからこんな所で民間人に捕まるな。

……こちらレッドフィールド。消息を絶っていた隊員を発見した。特に外傷もない。

救助ヘリは不要だ」

 

クリスは何者かに骨伝導インカムで通信する。

 

『よかった。そうそう、彼のデバイスを調べてくれませんか。

不可解な起動ログが残っているんです』

 

「了解。……おい、閉じ込められている間にデバイスを触ったか?」

 

女性オペレーターと会話したクリス・レッドフィールドは、解放された隊員に問う。

 

「それが、自分の身元を証明するためにデバイスのデータを少し見せようとしたら、

彼が勝手に例のビデオデータを閲覧して、その、イーサンのように……」

 

彼が目を落とすと、床にはB.S.A.A隊員の装備品であるデバイスが転がっていた。

クリスはスリープモードになっているそれを拾い上げる。

 

「……失態だな」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「本部、まずいことになった」

 

『何かあったのですか?』

 

「また、異世界への転移者を出してしまった」

 

クリスは渋い顔をしてオペレーターにそう告げた。

 

 

 

──本館 執務室

 

激闘を乗り越え鎮守府に帰り着いた俺達は、桟橋で解散して、

リーダーの日向と一緒に今日の出来事について提督に報告に行った。

日向が言うには、本来は俺達が行ったところに、

クラゲ女やフード野郎が出ることは絶対にないらしい。

 

「……このようなことがあったのだ。海に明らかな異常現象が起きている。

私から報告できることは以上だ」

 

「そうか……ありがとう日向君。君も傷つきながら、よくジョーを守ってくれた。

早く入渠して傷を癒やしてくれたまえ」

 

「ああ。では失礼する。もっとも、敵の主力を倒したのは他ならぬジョーだが」

 

「なんだと!」

 

また長門が俺を睨む。そんなに怒ってばっかりだと将来シワになるぜ。

 

「あくまで調査目的で海に出ると提督に約束しただろう!そんなに早死にしたいのか!」

 

「待てよ!俺だって調査だけして帰るつもりだったさ。

でも、いざ戦場に出たら訓練どころか大艦隊クラスの深海棲艦にぶち当たってよう。

逃げようにも背中見せたら後ろから撃たれるような状況だったから、

戦うしかなかったんだよ。嘘だと思うなら日向の姉ちゃんに聞いてみろ!」

 

「……そうなのか、日向?」

 

「正確な編成は、戦艦レ級1、戦艦タ級1、空母ヲ級2、潜水カ級1の5隻。

うち戦艦2隻をジョーが撃沈した」

 

「レ級だぁ?ええい、今度はどんな手品を使ったのだ!」

 

「ハハ……よほど左腕のAMGが強力だったみたいですね」

 

「確かにあの鉄拳も強力だったんだが、今回はこいつにも助けられた」

 

俺は腰に差したムラマサを、ベルトを回して皆に見せた。

あんまり無闇に触らないほうがいいことが分かったからな。

 

「そのレ級とか言う奴に殺される寸前、一矢報いてやろうとムラマサをぶっ刺したら、

そいつの生命力を吸い取って、瀕死の状態から立ち直れたんだよ。

それからはズバズバとフード野郎を斬りまくって、

完全回復したところでAMGでドカンだ。妙な刀があったもんだぜ」

 

「村正だと?それが本物の村正だというのか」

 

日向が興味を示した。やっぱり日本人だから気になるのか?

 

「知ってんのか、姉ちゃん」

 

「刀に興味はなくとも、村正の名は大抵の日本人が知っている。

徳川家に災いをもたらし続けた妖刀。お前があの時、半ば正気を失っていたのも、

その一振りに何らかの曰くが付いているせいかもしれん」

 

「なんだって?徳川ってショーグンなら、俺も知ってるぜ。

まったく、そんな物騒なもん、誰がアイテムボックスに入れやがったんだ」

 

「待て待て待て待て!」

 

長門が慌てて話に割り込んできた。ちゃんと説明するから落ち着け。

 

「さっきから不穏当な話ばかりだぞ!

ジョーが正気を失っただの、その刀が妖刀村正だの、生命力を吸い取っただの!

何があったのか詳しく説明しろ!

日向が最低限の説明しかしないから、危うく聞き逃すところだった!

出撃した、大艦隊がいた、殲滅した、それだけだったからな」

 

「性分でな」

 

「俺から話すから座れって。ずっと中腰だと膝、痛めるぜ」

 

それで俺は、レ級との戦いで露わになったムラマサの性質を説明した。

このポン刀は斬った相手の命を吸い取って回復する効果がある。

だが、使い続けていると狂気に取り憑かれ、勝利も敗北も、生も死も関係なくなり、

欲望の赴くままに敵を斬り続けるようになっちまう。

俺が戦場で生き残れたのも、気が狂いかけたのも、

ムラマサの性質によるものだってことを、簡潔に話した。

話し終えたんだが、やっぱり長門が頭を抱えてる。お前も苦労性だな。

 

「とんでもないものを持ち込んでくれたものだ。

……それで?暴走したお前はどうやって元に戻ったんだ」

 

「赤城の呼びかけが胸に響いてな。殺意で満たされた俺の脳をクリアにしてくれた」

 

「ほう、赤城が……なるほどな」

 

「赤城がどうかしたのか」

 

「いや、なんでもない。とにかく、生きて帰ってきてなによりだ」

 

「そうだね。それに、この異変現象についても話し合わなければならない。

……ああ、日向君すまない。すっかり話に付き合わせてしまって。

早く入渠して休んでくれ」

 

「では提督。私はこれで」

 

日向が今度こそ退室していった。今度ばかりは提督も困った様子で腕を組んでいる。

 

「やれやれ、懸案事項が一つ増えてしまったね」

 

「他にもなんかあるのかよ」

 

「うむ、実は……」

 

そこで提督が、俺の世界と艦娘の世界、2つの関係性について説明を始めた。

簡単に言えば、この世界の者は俺の世界の物に干渉できない。

つまり、昨日のB.O.W襲撃の際、艦娘達が奴らを倒すことができたのは妙だってことだ。

イーサンがこの世界に現れたときに分かった理屈らしい。

 

で、一旦そもそもなんで俺がこの世界に来たのかって話に戻る。

実は世界を隔てる壁は意外と薄いらしく、

向こうの世界にいる、と潜在意識に擦り込むだけで肉体まで転移しちまうらしい。

ルーカスの野郎は、サブリミナル効果を仕込んだビデオを見せて、

イーサンやジャック達をこの世界に送り込んだ。これは以前述べたと思う。

 

肝心なのは、ここがゲームの世界だってことだ。

なんでも“艦隊これくしょん”つー日本のパソコンゲームらしい。

俺にはよくわからんが。

逆に言うと、俺達の世界だってこっちの住人から見てゲームじゃない保証はない。

今はテレビもほとんど普及していないが、いずれTVゲームが登場したら、

沼地を舞台にした、俺が主人公のゲームが登場しないとも限らねえんだとよ。

笑える話だが、とにかく、どちらの世界にも絶対性なんかねえってこった。

それで、最後に残る疑問がひとつ。

 

「ルーカスが死亡した今、

なぜ再びB.O.Wが出現し、艦娘がそれらを倒すことができたのか、だ」

 

長門が眉間に指先を押し付けて考え込む。

 

「例のビデオテープはB.S.A.Aが押収して、

誰の手にも触れられないようになったらしいしね」

 

「B.S.A.Aだ?あのガスマスク野郎もそんなこと言ってたな。何だそりゃ」

 

「えっ……あなたの世界の対バイオテロ特殊部隊なのですが」

 

「ずっと沼地にいたから世間の流れには詳しくねえ。

その特殊部隊の隊員から変なペンライトを取り上げて、妙な画面を見てたらここにいた」

 

「はぁ、なぜそうなったのかは知らないし知りたくもない」

 

「とにかく我々には調べるべきことが多い。

深海棲艦の異常発生、B.O.Wの再出現、それを艦娘が食い止められたという矛盾。

長門君、君にはまたB.O.W関連の超常現象について、調査に当たってもらいたい。

イーサンと行動を共にした君にしか頼めない」

 

「はっ、了解した!」

 

律儀に立ち上がって敬礼する長門。

黒カビ野郎共と深海棲艦の関係なんざ俺にはわからねえが、

ここは軍人に任せるとするか。

 

「すまねえな、長門。俺が持ち込んだB.O.Wのせいで結局厄介になっちまった。

まぁ、もちろん何かあったら協力するが、俺はここで限界みてえだ」

 

すると二人共、何言ってんだこいつって顔で俺を見てくる。

そんで、提督がとんでもねえことを言いやがった。

 

「何を言ってるんですか、ジョー。

あなたにも長門君とペアでB.O.Wの調査を担当してもらうんですよ」

 

「なんだって?そりゃあ構わねえが、あんだけ俺が海に出るのを渋ってたのに、

どういう風の吹き回しだ」

 

「確かに今でも無闇な出撃は是認できませんが、

あなたがレ級を屠るほどの強さを持っていると分かった以上、

これまで言ってきたように、モールデッドの撃退や調査には参加して頂きたい。

もちろんあなたの帰還方法の探索も。

なにしろ、そちらの世界の存在には我々は手出しができない」

 

「なるほど、もっともだ。もっともなんだが……

どうも俺には、その“こっちの存在にはあんたらは触れない”って説が信じられねえ。

昨日のB.O.Wとの戦闘で、艦娘達が普通にカビ野郎共殺してるの見てたから、どうもな。

一度確認したほうがいいんじゃねえか?」

 

「確認、というと?」

 

「誰でもいいから1階のアイテムボックス開けてみろ。

別に開かなかったらそれでいいし、開いたら開いたで問題だぞ」

 

「問題とはなんだ?」

 

きょとんとした表情で長門が聞いてくる。多分大丈夫だとは思うんだが。

 

「外に散らばってる木箱なんだが、中に爆弾トラップが混じってる。

誰かが触らないうちに対策を打っといたほうがいい」

 

「イーサンの時と同じか……彼もそんなことを言っていたね」

 

「うむ、念には念をだな。提督、私が試しにアイテムボックスを開けてみよう」

 

「私も行こう。もしかしたら、ルーカスの介入があったイーサンの時とは、

状況が異なっているかもしれないからね」

 

執務室から出た俺達は、階段から下りてすぐのアイテムボックスの前に立った。

うーん、似てるな。やっぱり俺の箱だと思うんだが。

長門がボックスの蓋に手をかける。

 

「提督、ジョー、いくぞ」

 

「うん。頼むよ」

 

「蓋開けるだけだろうが、もったいぶんな」

 

「ええい、わかっている!では」

 

そして、長門が両手で大きな蓋に力を入れると……あっけなく開いた。

中には相変わらずショットガン。これに提督も長門も衝撃を受けた様子で、

 

「なっ!これは、一体どういうことだ!?」

 

「やはり、ルーカスでない何者かが関わっているということなのだろうか……

いや、それどころじゃない!」

 

二人共驚きを隠せない様子だが、いつも開け閉めしてる俺には、

何がおかしいのかいまいち実感が湧かねえ。

いつも通りの箱をいつも通り眺めている俺を放って、

提督がすぐさま長門に指示を出した。

 

「長門君、作戦司令室へ急いでくれ!全艦娘に通達。

“総員に告ぐ。敷地内の不審な木箱には一切触れぬこと”以上だ!」

 

「承知した!」

 

長門も慌てて本館の外に出ていっちまった。するとまもなく、

あちこちのスピーカーから、通信士の声で木箱に対する警告が出された。

まぁ、あんなボロい箱、腰掛け以外に使うやつはいねえと思うが。

しばらくすると長門が息を切らしてトンボ返りしてきた。

 

「はぁ、はぁ、提督……通達については聞いてもらったとおりだ。

爆弾トラップによる被害報告も上がっていない」

 

「ご苦労だった。誰も怪我がなくてなによりだったよ」

 

「どこのバカがこんなもん仕掛けやがったんだ?

イーサンの時はルーカスが犯人だったんだろ?」

 

「その通りなのだが……いや、そうとも言い切れない。

よく考えたら、我々が確証を持てるのは、

イーサンを送り込んだのがルーカスだったというだけで、

共に転移してきたアイテムボックスや木箱については不明なままだったんだ」

 

「おい、しっかりしてくれよ!……って言いたいところだが、

なんにもわからねえのは俺も同じだからな。よくよく考えたら変な話だ。

ビデオを見た俺が飛ばされたのはわかるが、なんで箱までこっちに来るんだ?

映像に細工してたルーカスはもういねえってのに」

 

ああくそ、話が堂々巡りしてやがる。

ルーカスなしでも現れるなら、結局、世界をまたぐと、

もれなくオマケに箱がくっついてきますって話にしかならねえ。

せめて、ビデオなしで箱が来れた理屈さえわかれば、帰還の目処が付くんだが……

頭を悩ませる俺に提督が声をかけてきた。

 

「ジョー、正直私達もわからないことばかりだが、

鎮守府は全力であなた達をバックアップする。

焦るなという方が無理かもしれないが、腰を据えて調査を続けてほしい」

 

「ああ……ありがとよ、提督。何かがわかった所で何の礼もできないんだろうが、

せめて言葉で礼だけは言わせてくれ」

 

「ハハハ!気にするなジョー!転移者はもうお前で2人目だ!

今更あたふたする我々ではない!大船に乗った気持ちでいろ!」

 

「そいつはありがてえが……声がでけえ。耳元で叫ぶのはやめてくれ。

鼓膜が痛えんだよ」

 

「なにをぅ!私は叫んでなどいない!」

 

「じゃあ、本当に叫んだらどうなるんだ?ガラスが割れてもおかしくねえ」

 

「よし、耳を貸せ!私の本気はこんなものではない!」

 

「はいはい、二人共そこまで。やれやれ、まったくイーサンの時と同じだよ」

 

こんな感じで俺達が馬鹿騒ぎしてると、またスピーカーから放送。

今度はかなり切羽詰まった様子だ。

 

《敵襲!敵襲!海岸に新型B.O.W上陸の報せあり!

総員第一種戦闘……え、陸奥さん違うんですか?

訂正!総員距離を保ちつつ、攻撃は控え、B.O.Wの攻撃から身を守れ》

 

よーし、俺の出番だな。陸に上がってきたってことは俺達の管轄だ。

 

「また、B.O.Wなのか!しかも新型だと……?」

 

「提督、俺は行くぜ。陸のバケモンなら俺達の出番ってことでいいんだよな」

 

「ああ。ジョー、長門君。新型B.O.Wを無力化し、その肉体サンプルを持ち帰ってくれ」

 

「任せろ、海岸つったら俺が流されてきた砂浜だよな。行くぜ長門!」

 

「うむ、急ごう!」

 

本館を飛び出した俺達は、目の前の広場を突っ切って、

コンクリートで舗装された海沿いの道をひた走る。

そして、海に面した堤防にたどり着くと、奴がいた。砂浜の真ん中に立つ不気味な怪物。

全身をボロボロの白い表皮で覆い、身体中に巨大なムカデやヒルを生やした巨漢。

体長およそ2m。俺達が砂浜に降り立ち、そいつに近づくと、

奴もズシンズシンと足音を立ててゆっくり近づいてきた。

 

「長門……まずは俺に任せてくれ。その大砲じゃ奴を消し炭にしちまう。

サンプルが取れなきゃ意味がねえ」

 

「……わかった。承知しているだろうが」

 

「死なねえよ。こんなところでくたばってたまるか」

 

俺も、怪物も、互いに歩み寄る。

だが、見た目やデカさとは別にして、こいつには黒カビクソ野郎共とは何か異質な物を感じる。

それが何かはわからねえが、考えてる余裕はねえ。もうお互い拳が届く距離に到達した。

俺はいきなりAMG-78αをぶっ放すべく拳を握る。

 

《チャージ開始》

 

同時に奴も攻撃を仕掛けてくる。

右斜めから振り下ろし、左下から振り上げ、そしてまた振り下ろし、振り上げの四連打。

その豪腕が重たく風を切り、音を立てる。危ねえ。

早めに後退してなかったら、まともに食らうところだったぜ。

 

《チャージ完了》

 

よっしゃ来たぜ!

表皮や垂れ下がった虫で、下顎が破れたようにヒラヒラしている怪物の顔面に、

フルチャージしたAMG-78αを叩き込んだ。

左腕が持っていかれるような推進力を得た拳が顔面にヒット。

冷凍倉庫に吊られてる牛肉を殴ったような重い感触。

 

奴が少しよろめいたが、一撃でノックアウトってわけにはいかなかった。

くそ、頑丈な野郎だ。だが文句言ってる場合じゃねえ。

怪物がふらついてる隙に、いつもの左右交互のジャブを何度も頭部に浴びせる。

命中する度に黒い体液がピシャリ、ピシャリと飛び散るが、

大して効いてる感じがしねえ。

 

そして、体勢を立て直した奴が反撃に出てきた。

今度は思い切り左足を上げ、右腕を大きく振りかぶり、ストレートを繰り出してきた。

なんとかガードしたが、威力が桁違いだ。

 

あん?待てよ。こいつの動きは何かがおかしい。

今度は両手で握り拳を作って、思い切り力を込めてジャンプしてきた。

そして大きな拳を振り下ろす。とっさに後ろに下がったから直撃は避けられたが、

こいつは間違いねえな。

 

分析ばかりしてても勝てるわけがねえ。俺は再度AMGにチャージを開始。

奴と距離を取り、慎重に動きを見定めながら、完了を待つ。

その時、奴が突進してきて、今度は二連打の振り下ろし攻撃。今度は横に回避。

同時にチャージ完了。

攻撃直後で一瞬動きが止まった怪物の頭に、もう一撃お見舞いした。

すると、さすがに奴がうずくまったので、また拳の連打を浴びせようとしたが、

近寄った瞬間、気配を察知した奴が右足で俺を蹴飛ばした。

 

「がはっ!」

 

くそっ、思い切り腹に入った!しかし、もう疑いようがねえ。こいつには、知性がある。

この系統立った戦い方は、人間のそれと同じだ。

確かに、新種だな。何が何でもぶっ殺して持ち帰らねえと。

俺はファイティングポーズを取ると、あえて奴が立ち上がるのを待った。

深追いは危険だ。最初に見せた四連打をまともに食らうと、

ムラマサを使う間もなく死ぬ。

 

『ウグオオ……』

 

立ち上がった怪物が、また地を揺らしながら俺に歩み寄る。即座にAMGにチャージ開始。

怪物は俺が間合いに入ると、また上下に拳を振り上げ、四連攻撃を繰り出してきた。

その攻撃は見切った。落ち着いて後退し、空振りを誘う。

攻撃が終わった瞬間、とっくにチャージ完了した機械の拳を、怪物の頭部に放った。

命中すると、奴が体液を撒き散らしながら叫び声を上げる。

 

『ガアアアア!!』

 

すると、その重い体からは想像もつかない跳躍力で何度もジャンプし、

海の中へ逃げていった。大きな水柱を立てて海底に泳いでいった奴の姿は、

あっという間に見えなくなった。

 

「おい!待ちやがれ!」

 

ちくしょう、取り逃がした。思わず砂を蹴る。

すると、堤防で武装を構えていた長門が声を掛けてきた。

 

“ジョー、引き上げるぞ!帰って提督に報告しなければ!”

 

「ああ、わかった……」

 

 

 

──本館 執務室

 

あれから俺達は来た道を戻って本館に戻って、提督に事の仔細を報告した。

今は執務室のソファで会議中だ。

 

「……なるほど、確かにこれは新種のB.O.Wとしか言いようがないね」

 

「すまねえ、提督。奴を逃しちまった。

やっぱり長門の大砲でぶっ飛ばしてもらうべきだったかもしれねえ」

 

「気にするな。確かにお前の言うとおり、

私の41cm砲では手がかりとも言える新種を粉々にしてしまっていた」

 

「知性を持った新型、か……新たな脅威が現れてしまったね。

正直、またB.S.A.Aが来てくれないかと、ないものねだりをしてしまうよ。

我々にはB.O.Wに関する知識や対抗する術も、ほぼないに等しいからね」

 

「まあ、俺が縛り上げた奴が本当にB.S.A.Aで、

助けを寄越してくれるのを期待するしかねえ」

 

「まったく、何をしているんだお前は……」

 

呆れる長門の隣で、提督がポンと手を叩いた。

 

「ああそうだ、せめて名前を付けようじゃないか。

“怪物”や“化け物”じゃ、新種か既存のB.O.Wなのかわかりにくいからね」

 

「うむ、それがいい。どんな名前がふさわしいだろうか?

私にはあの姿を形容する名前が、思いつかない」

 

「うーん、私は実際には見ていないからね。ジョー、あなたは何か案はありますか?」

 

「そうだな……奴は体中に沼地でしか見られないヒルやムカデを寄生させてた。

シンプルに、スワンプマン(沼男)なんかどうだ?」

 

「それがいい。覚えやすいほうが何かと便利だからね」

 

「決定だな。今後はスワンプマンの足取りを追いつつ私とジョーでこの異変に対処する」

 

「よろしく頼むよ。第一艦隊主力との兼任で大変になるだろうけど、

イーサンと共にB.O.Wと戦った経験のある長門君にしか頼めない」

 

「任せておけ。上手くやってみせるさ」

 

「悪りいな長門、苦労かけるな。海のバケモン退治も手伝うからよ」

 

「お前は陸で仕事をしていろ!生身の人間がMVPを取ったなど、二度とごめんだ!」

 

執務室に提督の静かな笑いが響く。

人間嫌いの俺だが、なんだかこの雰囲気は嫌いじゃねえ。

そもそもなんで人嫌いになったのかは思い出せねえが。

とにかく、沼地にはないもんがここにあることは確かだ。

帰る方法も、スワンプマンの生態も、何も分かっちゃいないが、

ここでならまだまだ踏ん張れる。そんな気がした。

 

 

 

──旧ベイカー邸 子供部屋

 

B.S.A.Aによって屋敷全体が隔離壁で閉ざされたベイカー邸には、

当然ながら、もう誰もいない。その中の一区画。

ぬいぐるみや積み木が散らばる、真っ暗な子供用の部屋、その奥の奥。

誰にも知られることなく、そこに安置された存在。

もし、知的生命体がそこに足を踏み入れていたら、

きっとこんな思念を受け取っていたに違いない。

 

 

こっちに、来ないで

 

 

 


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