艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File15; I Don’t End It In a Dream

これまでに何度その言葉を使ったかわからない。

だが、奴こそ“化け物”の名に相応しかった。

血肉と機械が融合したその姿は、完全に人間をやめたことを語らずして表している。

 

胴体は2台のマッスルカーの底面を無理矢理くっつけた頑丈なもの。

車両の中にもたっぷりと奴の肉体が詰まっている。

両足は、人間で言う骨盤の辺りに取り込まれたダンプカーのエンジンに接続されている。

二本共、骨と筋肉でエンジンに繋がれ、動力を伝達されている。

片方はやはりダンプカーのダブルタイヤ、もう片方はどこで手に入れたのか、

戦車のキャタピラで構成されている。

 

右腕に巨大なガトリングガン、そして左腕に大型のチェーンソー、

それぞれに筋肉や血管が絡みつき、凶暴な武装と化している。

頭部に該当する部分は見当たらないが、

まさに生物と大出力の装置の境目がなくなり、超進化を遂げている。

 

俺も、長門達も、5mを優に超えるその異様な姿に目を奪われる。

エヴリンほどの大きさはないものの、その吐き気を催すような醜悪さは比較にならない。

俺達が立ち止まっていると、左肩から粘性の高い液体金属が、

意思を持った生物のようにずるりと漏れ出し、やがてルーカスの顔の形に変形した。

 

奴はこちらを見てニヤリと笑うと、その顔を伸ばして大きく口を開け、

潰れかけたスピーカーからノイズ混じりの声を出した。

 

『よう相棒!このクソガキ……いや、ババアは俺が殺すはずだったんだが、

先を越されちまったなぁ、おい』

 

完全変異ルーカスはダブルタイヤの足で、砕け散ったエヴリンを踏みにじる。

むき出しの大型エンジンが獰猛なまでの排気音を立てる。

 

『なぁ、聞いてくれよ。俺、もう人間の形に戻れなくなっちまったんだ。

だからよう、いっそ、とことん行くとこまでイッてやろうと思ったんだよ!

見ろよ俺の身体!最高にイケてると思わねえか?イーサン』

 

「死体にしか見えないぞ、木偶野郎!」

 

『寂しいこと言うなよぉ。

だったらよ、今からこの体のフルパワーを見せてやるからよく見とけ。

見た瞬間に死んでるかも知れねえけどな!ヒャヒャヒャ!!』

 

最後のB.O.Wである完全変異ルーカスとの戦いが始まった。

奴が右腕のガトリングガンをこちらに向ける。

数本の銃身を束ねたガトリングガンは、2秒ほど空転すると、

銃口から1分間に数千発という破滅的な発射レートで5.56mm弾を吐き出し始めた。

 

空を切り裂くほどの銃声と共に鋼鉄の嵐が襲いかかる。

俺はガードしたが、即座に回避に切り替えた。

尋常でない威力に、一瞬に肉をちぎられ、体力を持って行かれた。

横にジャンプするように転がり込んで、射線から逃げ出す。

両腕は真っ赤な血に染まっていた。

 

「くそっ!」

 

回復薬を取り出し、慌てて腕に振りかける。傷が塞がるとすぐにジグザグに走り、

屋上の屋根をえぐりながら追いかけてくる銃弾の雨を回避する。

ルーカスは笑いながらガトリングガンで追撃を掛けてくる。

 

『おいおいもう降参か?もっと楽しもうぜ、お互い力持ってるんだからよう!』

 

「お前みたいになるなら死んだほうがマシだ!」

 

俺は駆けながらマグナムを取り出し、奴の胴体に一発放った。

しかし命中はしたものの、手持ち武器としては最強のハンドキャノンですら、

マッスルカーのボディに弾き返される。

 

『アヒャヒャ!もしかしてそいつが効くと思ったのか?

違えよ、違うんだよ。ケンカ相手をぶっ殺すにゃ、こうするんだよ!』

 

ダンプカーのエンジンが突如出力を上げ、左右非対称の脚が唸りを上げて突進してきた。

そして、あっという間に距離を詰めてきたルーカスは、

左腕のチェーンソーで斬りかかってきた。

またもガードするが、激しい勢いで肉が削り取られ、激痛が走る。

 

「あああ!があああ!!」

 

『おいおい、頼むからこんくらいで死なないでくれよ、イーサン。

イーサン、イーサン……テメエのせいでこんなことになっちまったんだからよォ!!』

 

突然怒りを爆発させるルーカス。液体金属のおぞましい顔を鼻先まで近づけて語りだす。

 

『テメエさえ来なきゃ俺は人間のまま最強でいられたんだよ!

なあ、よく聞け?俺はよう、ただ力が欲しかった、それだけなんだ。

力を手に入れて艦これに復讐して、いずれは

世界中に張り巡らされたネットワークと一体化して、

このインターネットなしじゃ生きられない社会全体を支配するのが最終目的だった。

だからクソガキのご機嫌取りも我慢して続けてきたんだ。

お前をここに送り込んだのは言わば実験だったんだよ。それがなんだ?

モルモットなら大人しく箱庭ん中で生きてりゃ良かったのに、イーサン!

テメエが暴れたせいで何もかもご破算だ!

エヴリンが死んだ。奴らは俺を許さねえ。もう“鎮静剤”は手に入らない。

もうすぐ俺の自我がなくなっちまうよ……どうしてくれんだ、オイ!』

 

「笑わせるな。お前にはその不細工な着包みがお似合いだ!」

 

『もういっぺん言ってみろォ!お前に俺の苦しみがわかるか!!』

 

ルーカスは右腕を振りかぶり、ガトリングガンの銃身で殴りつけてきた。

ガードしたものの、後ろに思い切り吹っ飛ばされてしまった。

 

「イーサン!」

 

長門が非常階段の塔から飛び出してきて、倒れた俺に駆け寄る。

 

「もういい、お前は下がって治療しろ!あいつは私が片付ける!」

 

「やめ、ろ……あいつは」

 

「ルーカス!お前がどのような存在だろうが、異世界の存在だろうが、

艦娘の名に賭けて、私が貴様を打ち砕く!」

 

長門は41cm連装砲に砲弾を装填し、ルーカスに砲口を向ける。

超重量の砲身が各機構と摩擦し、音を立てて照準を合わせる。

彼女の目がまっすぐにルーカスを捉えた。

 

「撃てっ!!」

 

やはりマグナムとは比較にならない轟音が空を叩き、

焼ける41cm砲弾が大気を切り裂きながらルーカスに襲いかかる。

奴は避けようともせずニヤけた顔のまま。そして着弾。

屋上で大爆発が起き、エヴリンとの戦いで集まっていた鎮守府全ての艦娘たちが

思わず立ちすくむ。

 

濃い煙が屋上を包む。激しい戦闘でこの屋上も崩壊の危険性が出てきた。

早く決着を着けないとまずい。風が吹き、硝煙が晴れる。そこには。

 

『だめじゃねえか、イーサン。ちゃんとこいつらに説明しといてくんねえと。

お前らはゲームのキャラクターなんだってな!ヒャヒャヒャヒャ!』

 

傷一つ付いていないルーカスの姿。長門はやはりか、と忌々しげに歯噛みする。

 

「長門よせ、こいつは、俺しか倒せない……」

 

「そんな傷でどうするんだ!」

 

「頼む、行かせてくれ」

 

非常階段で血が止まるのを待っていた俺は、提督の肩を借り、ようやく立ち上がった。

そして再び屋上に足を踏み入れる。長門の横を通り抜け、再びルーカスと向き合う。

今度は強装弾を装填したアルバートを構え、露出した肉の部分を狙い撃つ。

大型拳銃が火を噴き、弾丸が命中した筋肉から出血する。

 

『おおっと、大命中!でもなあ……悪いが0ポイントだ』

 

ルーカスが傷口に注意を向けると、体内から撃ち込まれた弾丸が押し出され、

高温で溶けたように周りに広がり、銃創を完全に塞いだ。

 

『俺みたいに覚悟を決めるとよぉ、こんなこともできるんだから、

案外バケモンになるのも悪くねえよなあ!!』

 

くそっ!どこに当てても殺せる気がしない!奴の弱点はどこだ、どこにある!

俺は必死に考えを巡らせる。その間もルーカスの高笑いが辺りに響く。

うるさい、死に損ないめ!

 

死に損ない。その時、俺はあることに思い至った。

ずいぶん昔のようで、ついさっきの出来事。確かに、奴の言う通り、覚悟が必要だ。

 

「長門……俺から距離を取れ。提督を守ってくれ」

 

「何をする気だ!」

 

「いいから、時間がない!」

 

「……わかった。必ず勝て」

 

「当たり前だ……」

 

全身の激しい痛みを無視して一歩ずつルーカスに近づく。

回復薬はもうない。必要もない。屋上の中央で俺は歩みを止める。

 

『第2ラウンドスタートか?体中ボロボロなのにお前も大変だなぁ。

仲間がいねえって辛れえよな。

何しろ“艦これ”で“BIOHAZARD”なのは俺達だけなんだからよう』

 

「仲間は、いる。だから、戦うんだ」

 

『ちっとも役に立たなかったさっきの女か?悪いなイーサン。

女の子とイチャイチャゲームは、そろそろお開きなんだよなこれが』

 

「ああ。全てを、終わらせる。お前を、殺して」

 

『お前が?俺を?どうやって?まあいいや、思えばお前には可哀想なことしたかもな。

あの時、娯楽室でビデオなんか見ねえで蜂の巣になってりゃ、

こんな苦しい思いしなくて済んだっつーのに』

 

うつむくイーサンの体温が急激に上昇する。彼の周囲が熱せられ、ゆらゆらと揺らめく。

 

「後悔は、ない……」

 

『おい、テメエ。まさか、やる気なのか……?』

 

「アアアアァ……」

 

彼は答えることなく、低く唸り声を上げる。ルーカスも焦りを覚えて止めに来る。

 

『バカか、よせ!最後までイッちまったら自分でも止められねえんだぞ!』

 

だが、イーサンは耳を貸すことなく、自分自身に呼びかける。

自らに宿る特異菌を呼び覚ませ。全てを開放しろ。

周辺の大気が焼けるような熱を帯びる。彼の足元に二つの赤い光。

そして、次の瞬間、彼は全身を大空に向けて──吠えた。

 

 

 

──鎮守府上空 アンブレラ社所有ヘリ

 

「隊長、一旦退避しましょう!ここはあまりにも危険です!」

 

イーサンの咆哮は、難聴をもたらすほどうるさいヘリのローター音さえ掻き消して、

彼らの耳に届いた。

 

「駄目だ!B.O.W消滅を確認するまでここを離れるわけにはいかない!」

 

「しかし……このままでは我々まで!」

 

確かに、ここにいても我々にできることはない。

そればかりか、ついに要救助者の完全変異まで招いてしまった。

俺達に出来ることは……クリスは機内を見回す。そしてパイロットに無線で問うた。

 

「おい、このヘリに搭載されている物資は!?」

 

「一体何を!まさか隊長まで!?」

 

「いいから答えろ!」

 

「はい!先程投下した特殊拳銃と……」

 

パイロットから詳細を確認したクリスはそれを格納庫から取り出し、

動作確認して保管ケースに戻した。

 

「よし、俺のタイミングで屋上に向かえ。それまでは回避行動に専念しろ」

 

「ラジャー」

 

 

──本館屋上

 

[グルアアアア!!]

 

完全変異したイーサンはその背に翼のような炎を纏い、両目を真紅に染め、

寄るもの全てを焼き尽くす熱を発しながらルーカスに向かって駆け出した。

彼の変貌に慄いたルーカスは、再びガシャンと右手のガトリングガンを構え、

猛烈な勢いでイーサンに鉛玉の嵐を浴びせる。

 

しかし、彼は瞬間移動のような目で追うこともできない速さで移動し、

5.56mm弾の連射を回避し、スピードを落とすことなくこちらに接近してくる。

バキ、メキ、ボコ。イーサンは異音と共に右腕を急速に進化、

重機の様に巨大化させ、ルーカスに殴り掛かる。

 

『は、はは……いいじゃねえか!バケモン同士ガチバトルと行こうじゃねえか!』

 

ルーカスもエンジンをフル回転し、キャタピラとダブルタイヤを高速回転し、

イーサンに突っ込む。左腕のチェーンソーを振り上げながら。

 

『死ねや!!』

[グルオオオ!!]

 

鋼鉄の巨人が振り下ろす刃、炎の超人が放つ拳。

両者がぶつかりあった時、全てを打ち砕かんばかりの衝撃が四方に打ち付け、

足元のコンクリートが砕け、舞い上がった。

 

一部は完全に屋根を貫通し、客室の内部が顔を覗かせた。

二人はお互いが放った破壊力で後ろに放り出され、

何度もバウンドしてようやく停止した。

 

しかし、自らを制御するものを失った者たちは戦うことをやめない。

イーサンも、ルーカスも、互いへの殺意に取り憑かれ、

体全体をバネにして跳ねるように立ち上がるなり、再び戦闘態勢に入る。

 

ルーカスはマッスルカーのボディが大きくへこみ、チェーンソーが完全に折れ曲がり、

イーサンは口からあふれる血が自らの体温で蒸発を続ける。

 

『へへ……やってくれたじゃねえか。親父の形見が台無しだ。

だが、もうこんなもん必要ねえ。俺はこの世に金属がある限り何度でも……』

 

[コロス……ウウ、ガアアアア!!]

 

イーサンはルーカスの言葉に耳を貸さない。というより、

もう彼の耳には誰の声も届かない。

彼は両手を合わせるように小さな空間を作り、熱エネルギーを収束する。

その中央に小さな火球が現れ、それは瞬く間に巨大化する。

 

彼は左目で一瞬ルーカスを睨むと、右手でその火球を思い切り投げつけた。

そのごちゃごちゃとした体型と重量が仇となり、

回避行動が取れなかったルーカスに直撃。

 

『アグオォオオオ!!アアア!溶ける!俺の、身体がああ!!』

 

マッスルカーのボディが溶鉱炉に投げられたスクラップの様に溶け落ちる。

その熱は車内に詰め込まれた肉体を焦がし、焼き、大出血を引き起こした。

 

[ハァッ、ハァッ、グルルル……]

 

暴走を続ける変異イーサンは再び敵に接近し、顕になった肉体に、

鋭く尖った爪で何度も斬撃を加える。

 

『やめろ、やめろクソ野郎!やめてくれぇぇ!!』

 

[グオオオ!!]

 

だが、理性を失ったイーサンが攻撃を止めるはずもなく、返り血を蒸発させながら、

突く、斬る、刺すを繰り返し、ルーカスの命を削り取っていく。

ルーカスもガトリングガンで殴りつけながら必死の抵抗を試みるが、

どんな攻撃も一瞬で再生する変異イーサンの前には無駄な抵抗だった。

 

敵の心臓を潰すまで彼が止まることはない。そして、何層目かの筋肉を剥がした時、

ついにルーカスの心臓が現れた。奴が生物であるという最後の証。

それを見たイーサンは獰猛な笑みを浮かべる。

そして、手刀を構え、突き刺そうとしたその時、

 

 

“やめて、イーサン!!”

 

 

後ろからの声にその手が止まる。

振り返ると、声の正体は香取に付き添われた赤城だった。

しばらく手入れもしていなかったのだろう、

出会った頃には艶のあった美しい黒髪はボサボサになっており、

顔色も決して良くなかった。彼女は香取の手を離れ、屋上に上がり込んできた。

そして、危うげな足取りで変異イーサンに近づく。

彼が放ち続ける熱波に臆することなく。

 

「もうやめてください、お願いだから……

貴方が私たちにしてくれたこと、本当に感謝しています。

私、自分達のことしか考えてませんでした。でも、もう違う!

イーサン、貴方ひとりにこれ以上重荷を背負わせはしません。

だって、私は、艦娘だから!」

 

赤城のまぶたには隈ができていたが、その瞳には輝きが戻っていた。

そして、彼女はふらつきそうになる足に力を込め、弓に矢を番え、空に向けて放った。

その矢は空中で弾け、戦闘機・烈風に姿を変えた。

烈風は即座に編隊を組み、ルーカスに機銃掃射を開始した。

 

当然、異世界の存在に対し、その攻撃はただ金属音を立てるだけで

効果は見られなかったが、それを間近で聞いていた変異イーサンの荒ぶる意識に

波紋のような静寂をもたらした。

 

[カ…ゾク……カンムス…ミア…カンコレ、バイオハザード……]

 

はっ!?

イーサンは自我を取り戻す。気がつくと目の前にルーカスがいて、

必死に右腕のガトリングガンで上空の戦闘機を撃ち落としている。

 

『しつけえんだよ!効かねえつってんだろ!何やってんだ、マジでイラつくぜ!

ちくしょう、なんでこんな世界に関わっちまった、俺!』

 

俺は、何をしていたんだ?

後ろを振り返ると、赤城が香取に支えられながら何本も矢を放っている。

そばには長門と提督が。危険を顧みず屋上に上がり、俺を見つめている。

 

そうだ、俺は力に支配されていた。でも、もうそんなことをする必要はない。

もう、ひとり洋館をさまよっていた時とは違う。仲間がいる。

その時、北側から更に水上機が飛来してきた。

 

「イーサン、ワタシも、手伝います!

お願い、ワタシたちのために、人間を、やめないで!」

 

コマンダン・テストがLate 298Bと瑞雲を放ち、ルーカスに爆撃を行う。

やはり効果は見られないが、確実に奴の心をかき乱している。

 

『このクサレビッチ共は自分が何やってるのか分かってんのか、ああん!?

イーサン、テメエのせいだ!お前がこいつらを手懐けとかねえから

面倒くせえことになるんだよォ!』

 

「なに焦ってんだ、マザーファッカー」

 

『なっ!?』

 

正気を取り戻した俺は、特異菌を制御し、自我を保ったまま、

能力を発現することに成功した。炎の翼で、ゆらりと宙に浮くと、徐々に高度を上げ、

ルーカスを見下ろす空でホバリングした。

そして、手のひらから機関銃の様に火の玉をルーカスに叩き込む。

“世界の壁”すらなければ見た目通りの鉄でしかない奴の体が熱で焼けていく。

 

『うぐああああ!!やめろ、やめろ、やめろおおぉ!あぢいよおお!!』

 

だが、その時コデックスに通信が入ってきた。思えばこいつも頑丈だ。

ルーカスの攻撃にも俺の熱にも耐えきった。

 

『それ以上能力を使うな!特異菌を活性化させる!

二度と元に戻れなくなるぞ!』

 

「誰だあんた!」

 

『B.S.A.Aのレッドフィールドだ!』

 

「あんたが電話の!?」

 

『そうだ!君はあくまで要救助者。バイオテロとは無関係の一般人なんだ!

人間として奴を倒せ!』

 

「マグナムも効かないのにどうやって!」

 

『そっちに行く、受け取れ!』

 

すると、バロバロバロ……というヘリのローター音が近づいてきた。

炎の熱に身をかばいながら、全身に防護アーマーを着た隊員が大きなものを投げてきた。

とっさに俺はそれを受け取ると、ヘリが飛び去っていった。

きっと俺の熱に耐えられる限界の距離だったのだろう。

 

そして、俺は決意する。炎の翼をしまい、

俺の手に渡ったことで二つの世界の存在となった“それ”を抱えながら、

屋上に降り立った。

ルーカスはちょうどガトリングガンで赤城やテストの航空機を殲滅したところだった。

銃身が真っ赤に焼けたガトリングガンを下ろし、俺に目を向ける。

 

決着の時。俺は受け取ったスティンガーミサイル(ロケットランチャー)を構え、奴に照準を合わせた。

こいつならとどめを刺せる!

致命傷を負わせる強力無比の必殺兵器を手に入れた俺に気づき、ルーカスが驚き、

慌ててガトリングガンを向けた。

 

『やめろおお!!』

 

だが、奴をスコープに捉え、トリガーを引く俺の指が早かった。

 

 

「Good bye, ass hole!(さよならだ、クソ野郎!)」

 

 

砲身からミサイルが、空を裂く音と共に蛇行する煙の尾を引きながら、

ルーカス目がけて飛翔した。気づいた奴もキャタピラとダブルタイヤをフル回転させ、

慌てて逃げようとするが、

赤外線センサーによる追尾機能を備えたミサイルからは逃げられない。

逃げ惑う奴にとうとう炸薬を満載したミサイルが、直撃。

 

『うああああ!!』

 

轟音が鳴り響き、大爆発を起こし、金属と肉の固まりは本館の3階部分、

約3分の1と共に粉砕された。煙や砂埃が屋上を包み込む。

俺はミサイルを撃って空になったスティンガーミサイルを放り出し、

視界が戻るのを待った。

 

やがて徐々に屋上の全体像が見えると、俺は何も言わずに奴に近づいた。

多くの残骸の中に、ルーカスが顔だけの存在になって呻き声を上げていた。

 

「気分はどうだ、ゲームオタク」

 

『いやだ……こんなところで死にたくねえ……』

 

「もう、終わりだ。そのちっぽけな姿のまま、特異菌に支配されて、

ルーカス・ベイカーは消滅する」

 

『俺は、違う、違うんだ……“力”に選ばれなかった、敗者とは違うんだよォ……!』

 

「ああ違う。お前は、ひとりじゃ何もできない、惨めなB.O.W.に過ぎない」

 

『へっ、お前も、似たような、もんだろうが……

お前も、もうすぐ……うっ、げあああ!』

 

ルーカスが汚い悲鳴を上げる。

その液体金属の顔が、渦を巻くように歪み、一瞬球体のような形を取ると、

破裂するようにその場に散らばった。その液体は、すぐに水分が蒸発し、

やはりジャックたちと同じく石膏の様に脆い何かに変わり果てた。

それを見届けると、俺は後ろを振り返る。

 

そこには、提督や長門を始めとした仲間達。

少し思い詰めやすい赤城や心配症の香取。

彼女がいなければ俺は戦えなかった、明石。

少しの間だが共に楽しい時を過ごしたコマンダン・テスト。

他にも大勢の艦娘達が集まっていた。

 

俺は万感の思いで皆のところへ向かおうとすると、

上からヘリのローター音が近づいてきた。ヘリが屋上に着地すると、ドアが開き、

中から防護ベストとフルフェイスのマスクを被った兵士がこちらに歩いてきた。

彼は俺の前でマスクを脱ぐ。精悍な顔立ちの素顔が現れた。

 

「レッドフィールドだ。無事でよかった」

 

「遅かったじゃないか」

 

異世界の壁を乗り越えて来た救援に、思わず軽口を叩く。俺は心底ほっとした。

……いや、まだ終わりじゃない。特異菌はまだ完全に消滅したわけじゃない。

艦娘達の集団の中、目的の人物を探し、彼女に近づく。

俺が目の前に立つと、彼女は若干驚いたようだが、すぐに笑顔になって、

 

「イーサン……また会えて嬉しいヨ」

 

「俺もだ、金剛。これで、やるべき事を終わらせることができる」

 

「ホワット?敵を倒したのに何をする必要があるネ?」

 

その問いには答えず、黙って彼女の手を取る。

そう、彼女の体内に残る特異菌を死滅させなければ。最後の力で。

 

「どうしたの、イーサン。何か答えて?……あれ、なんだか身体があったかいヨー?」

 

俺は精神を集中して彼女の手から力を送る。震えろ、俺の中に眠る最後の力。

彼女を蝕む菌をゆっくりと焼き殺せ。お前自身を燃やしながら。

他の艦娘達も、金剛の手を握ったまま何も語らない俺に徐々に戸惑い始める。

 

突然ボッ!と俺の背中から火が出る。自発的な能力の発動ではない。

俺の体内に残る特異菌が、金剛に与える熱を生み出すために燃えているのだ。

皆、驚いて思わず一歩下がる。

 

まだだ。手足、胴体の菌は殺した。生き残りが彼女の脳に集まろうとしている。

そうはさせない。俺は更に集中力を高め、金剛の身体を熱消毒する。

後遺症が出ないよう、ゆっくり、確実に。

 

「う、ん……なんだか、熱っぽくなってきたヨ……イーサン、私、どうしちゃったの?」

 

大体97%。あと少し、もう少しだけ保ってくれ、俺の特異菌。

彼女を救う前に全滅したら意味がないんだ。背中の熱傷が首や足に回り出す。

急げ、火達磨になったら彼女の手を握っていられなくなる。

 

俺の意識も混濁してくる。遠くに艦娘達の悲鳴が聞こえるが、

何を言っているのかわからない。

ただ金剛の体内から特異菌を死滅させることだけを考える。

 

99%!耐えろ、耐えろ、耐えろ!

俺の身体から何かが抜けていき、金剛の中に入っていく。

その力は、彼女の脳幹に達しようとしていた特異菌を捉えて、包み込み、

振動して熱を発して焼き殺した。特異菌、全滅。

 

……やったか。全てをやり遂げた俺は、ようやく周りに意識を向ける余裕ができた。

気づけば、後ろから香取達が消えない炎を消そうと俺の背中に水をかけ続け、

金剛は火に包まれながら決して手を離さない俺に何かを叫んでいた。

 

「イーサン、何をしてるの!?どうして逃げないの!」

 

俺は金剛の手を離した。彼女は急いで俺のバックパックを持ってきて回復薬を探した。

 

「ない、ない!ねえイーサン、私を治した薬、また作って!その火傷じゃ!」

 

「もう、いいんだ。怖い思いをさせて悪かったな。でも、もう君は大丈夫だ。

そして、俺は治っちゃいけないんだ」

 

「どうして!?」

 

「君には謝らなきゃいけない。君はあの時の怪我で、特異菌に感染していたんだ。

俺と一緒に来たB.O.W.のせいで。

放っておけばジャックや俺みたいな化け物になる運命だった。でも大丈夫。

君の中の特異菌は焼き尽くした。最後の菌ももうすぐ消える。

この悲劇も、本当に終わりを迎えるんだ」

 

「どういうこと?」

 

「すぐに、わかるさ」

 

それが、最期の言葉だった。俺の身体が脚から石膏と化し、動けなくなる。

だが、それでいい。両腕が石になる。後はB.S.A.A.が片付けてくれる。

どんな方法を使ったのかはわからないが、

ミッション遂行のためなら世界の壁も超えてくるとは優秀なもんだ。

 

もう首が動かない。ミア、君が今どこで何をしているのかわからないけど、

最後まで君を抱きしめられなかったのは残念だ。

もう、何も見えない。俺の心にジャックやマーガレットが語りかけてくる。

化け物じゃない、ごく普通の生活を営んでいた頃の人間が。

俺に謝り、礼を述べ、苦労をねぎらう。彼らも破壊されたのだ。

エヴリンという存在してはいけない存在に。そして、悲劇に終止符が打たれた。

 

「イーサン……?イーサン、イーサン!!」

 

完全に石膏と化したイーサンの身体に亀裂が走り、バシッと音が鳴ると、

その場に砕け散った。遺された者たちは目の前の現実を受け入れるのに時間がかかり、

また、受け入れることを拒否した。

 

「いや、イーサン!死なないで!いやよ、どうして!!」

 

金剛が泣きながらイーサンだった石ころをかき集める。

 

「嘘よ……死んだ。また死んだ。助けられなかった……!イヤアアァ!!」

「落ち着いて赤城さん!」

 

赤城が髪を振り乱しながらその場に崩れ落ちる。

 

「え、イーサン死んじゃったの……?なんで。嘘だよね。なんで、ねえ、なんで」

 

現実を受け入れられない明石。コマンダン・テストは悲痛な表情を隠しながら、

ただその場に座り込んでいる。そんな彼女達にクリスが近づく。

 

「B.S.A.A.アルファチームのクリス・レッドフィールドだ。

ここの責任者と会わせてくれ。イーサンは、救出命令が出ていたが……

残念な結果になった」

 

「私が当鎮守府の提督だ。あなたがイーサンと連絡を取っていた人物だね。

彼の身に起きたことについて私もまだ飲み込めていないんだ。

詳しい話を聞かせてほしい」

 

「了解した。我々が異世界の存在だということは知っているな」

 

「ああ。イーサンから聞いているよ。他にはB.O.W.という……」

 

クリスと提督が話をする中、立ち尽くして拳を震わせる者がひとり。長門だった。

 

「馬鹿者……!上官に許可なく、勝手に死ぬ奴があるか!」

 

もう日が沈む。悲しみにくれる皆を夕陽が照らす。

彼女の足元にはイーサンのバックパック。

いつも武器や不思議な道具を取り出しては困難を乗り越えていた。

長門はそっと手に取り、中身をひとつひとつ並べる。全て遺品となってしまった。

武器も、弾薬も、薬も、使うものはもう誰もいない。

 

回復薬だろうか。紫色のボトルを手に取り、ただじっと眺める。

水平線から差し込む夕陽が眩しい。本当に眩しい。

こんなに眩しい夕陽があっただろうか。

長門はそれを若干鬱陶しく感じながら、それを足元に置いた。

 

こうして、ベイカー邸から始まったバイオハザードは幕を閉じた。残されたのは悲しみ。

そう、バイオテロが残すのは悲しみでしかない。

それでもB.S.A.A.は戦い続けなければならない。一際大きな潮風が皆をなでた。

 

 


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