艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File11; Into The Madhouse

──海岸

 

俺は、一週間前にこの奇妙な世界に降り立った砂浜をぶらついていた。

提督にはああ言ったが、手がかりなどあるはずもなく、

ただ砂を蹴ってみたり、棒でなぞってみたりしているだけだ。

だんだんそれにも飽きてきて、俺は小高い堤防に腰掛けて海を眺めていた。

後ろから足音が近づいてくる。

 

「……何か、見つかったかい」

 

「手紙は読んだろう」

 

提督は何も答えずに俺の隣に座った。

 

「気づいたのはいつだい」

 

「あの屋敷に入ってから、うすうすそんな気はしていた。

おかしいだろう、いくら強力な薬でも、

チェーンソーで切断面がグチャグチャになった手が神経まできれいにくっつくなんて。

特異菌の効果、あるいは副作用としか思えない」

 

「そうか……でも、そうだとすると納得行かないところがある」

 

「なんだ」

 

蒼い静かな波が寄せては返す海岸。男二人が並んで語らっても画にならないだろう。

だが、俺達は話し続ける。

 

「金剛君だ。彼女はこの世界の住人なのに、焼けただれた顔が君の薬で元に戻った。

そこがわからないんだ」

 

「提督……それについては謝らなきゃならない。

きっと彼女も、金剛も、モールデッドの攻撃で感染した」

 

「そうなのか。やっぱり、そういうことなんだね」

 

全てを知っていたかのように、つぶやくように答える。

 

「それでよく俺をここに置く気になったな。

治ったとは言え、彼女がああなったのは俺のせいなのに」

 

「君のせいじゃない。一番の悪はB.O.Wを生み出した何者かで、

君は奴らと傷つき戦ってきた。

責任の所在をきちんと見極められる冷静さがないと、提督にはなれないよ」

 

「あんたは強い人間なんだな。

頭ではわかっていても、感情ってものが横槍を入れてくる」

 

「強くなんかないさ。

私に出来ることと言えば、安全な建物の中で艦娘達に出撃命令を下し、

無事に彼女達が帰ってくることを待つだけだ」

 

「待ってくれてる人がいるから、背中に守りたい人がいるから、みんなは戦える。

俺はそう思う。……さて、そろそろ行くよ。ここには何もなかった。

なら次は倉庫の防空壕だ」

 

俺は立ち上がって、いくつも並ぶ赤レンガの倉庫を遠くに眺めた。

それぞれに大きく番号がペイントされている。

三番の影に隠れて見えにくいが、問題の六番倉庫が倉庫区画の隅に位置している。

 

「じゃあ、提督。またな」

 

「必ず、戻ってくるんだぞ」

 

「当たり前だ」

 

そして俺は提督を残して歩み出した。彼は座ったまま海を眺めている。

そう、俺は戻らなくちゃいけない。

とうとうこの異世界にまで特異菌の感染者が出てしまった。

何としてでも再び血清を手に入れ、エヴリンを、始末しなければならない。

 

 

 

──第六倉庫

 

「くそっ、ふんっ、なんだよこれは!」

 

第六倉庫は広いが保管されている設備や資材等は少なく、

防空壕の入り口は簡単に見つかった。だが、その入り口が開かないのだ。

本当に何十年も使われていなかったらしく、

鍵穴はボロボロに錆びついて鍵を刺しても回りそうにない。

そのくせデッドボルトは新品同様の強度で、

何度も全力で取っ手を引いてもびくともしない。

 

「提督に鍵を借りるか?いや、どうも鍵自体が壊れてるようだな」

 

鍵穴を覗き込むと、絡まった蜘蛛の巣の糸や、砂埃が詰まっている。

鍵があったとしても回るとは思えないし、そもそも今の提督が持っているかも怪しい。

どうするか。

 

「いっそ明石にバールでも借りて壊すか?

でも無駄に頑丈そうだから時間と体力の浪費に終わりそうだ。……ん、明石?」

 

そうだ、彼女の存在を忘れていた。俺は一旦第六倉庫を後にし、工廠へ向かった。

 

 

 

──工廠

 

「明石、いるか」

 

彼女はどこだろう。小人達が作業する中、広い工廠内で明石を探して回った。

すると、装備開発システムの前で首から下げたクリップボードに

何やらメモしているピンク色の後ろ姿が見えた。彼女に声を掛ける。

 

「明石、今ちょっといいか。ワークベンチを使いたいんだが」

 

「本当?見るー!今度は何を作るの?」

 

「薬品と弾薬だ」

 

俺達は大きな資材コンテナや工作機械の間を横切りながらワークベンチに向かう。

そして俺はワークベンチに着くと、ハンドブックを開き、目的のページを開いた。

“金属溶解液”。あの頑丈な入り口を開くにはこれしかない。

 

わりと多いスクラップが必要だ。俺は一番大きなビーカーに指定量の赤い薬液、

そして薄黄色の薬液を混ぜ、両手で二すくいほどのスクラップを放り込んだ。

スクラップは音を立ててあっという間に溶け、濃い紫色の液体に変わった。

これを手で持っていくわけにはいかない。

ワークベンチの小さい引き出しから、各薬液と同じく、

先端がスポイト状の空ボトルを取り出し、完成した液体を注いだ。これで使い物になる。

 

「ねえ、ねえ、これは何に使うの?」

 

軽く跳ねながら好奇心いっぱいの笑顔で聞いてくる明石。

……彼女にも感染してはいないだろうか。

できればワークベンチを使うのはこれで最後にしたいが。

 

「どんなに堅い金属でも溶かすことができる、らしいぞ」

 

俺はハンドブックに書いてあった説明を読み上げた。

 

「何か溶かすの?」

 

「ああ、鍵穴がバカになって開かなくなったドアがあるんだ。

いっそ鍵を溶かしてしまおうってことになった」

 

「ふぅん、どこのドア?私に言ってくれれば工具で鍵ごと取り外してあげたのに」

 

「まぁ……その手があったな。でも、もう作っちまったからとりあえず使おう」

 

あの入り口の奥に何があるかわからない。

特異菌に塗れたモールデッドの群れが待ち構えているかもしれない。

いや、そうだと考えておくべきだ。

激しい戦闘に備え、俺は最後の武器の製造に取り掛かる。

 

「明石、次は最後の武器を作ろうと思う」

 

「最後!?え、もうここじゃ何も作らないの?

ちょっと待ってよ~まだ奇妙な液体について何も分析できてないのに……」

 

「いや、そういう意味の最後じゃない。リロード不要の強力な武器だ」

 

明石に目的のページを見せる。これを作ればちょうどスクラップが底をつく。

これがあれば、後は手持ちの弾薬でなんとかなるだろう。

 

「ふむふむ、これは丸鋸だね。でも丸鋸ならガレージに……

え、嘘!電源不要で何時間でも駆動する近接武器!?モーターはどうなってんの?

……ああもう、ブラックボックス!鋳造して薬液で変形させたのを使うしかないみたい」

 

ハードの方は専門外の俺を放って、

ハンドブックに顔をくっつけるばかりに熱心に読む明石。

その間に、俺は小型溶鉱炉のタッチパネルで丸鋸を選択し、

指定量のスクラップを放り込む。両手で山盛りのスクラップを何度も投入口に運ぶ。

今までにない多さだ。

 

熱を蓄えた溶鉱炉がスクラップを溶かしている間、

俺はハンドブックに書かれていた番号の鋳型を取り出す。

意外にも中型の物1枚で済んだ。要となるモーター以外は大した部品がないからだろう。

スクラップの溶解が済む前に排出管の下に鋳型を置いておいた。

しばらくハンドブックを読んで時間を潰していると、

溶鉱炉が完了のアラームを鳴らした。

 

次に排出ボタンを押して鋳型に溶解金属を流し込む。

こぼれない程度に冷え固まったところでワークベンチに置き、

扇風機で冷やし、完全に固める。後はいつも通り。

鋳型から部品を叩き落とし、各パーツに黒い薬液を垂らす。

 

ブレードは鋭い切れ味を持ち、俺も気になっていたモーター部分は、

初めはただの小さい鉄の塊だったが、薬液が染み込むとカリカリと音を立てて、

外側からでもわかるほど精密な部品で作られた駆動部と化した。

やはりエネルギー源は謎だったが。

 

「ねえ!組み立てる前にちょっとだけそれ見せて!」

 

明石にせがまれて作業の手を止めモーターを見せた。

恐らく0.1mmもない隙間から必死に中を覗き込む。

 

「うう、見えないィ!どこに電源があるのよ~!……ねぇ、イーサン?これもう一つ」

 

「無理だ。スクラップがない」

 

「しょぼーん……」

 

虫眼鏡まで持ち出して外からモーターの仕組みを知ろうとした明石だったが、

こればかりはどうにもならない。

主なパーツはブレードとフレーム、そしてモーターだけだったから

組み立ても案外すぐに終わった。

 

俺は完成したそいつを手に取る。

一見何の変哲もない丸鋸だが、電源コードもバッテリー収納口もない。

完全永久機関で動いている。軽くトリガーを引いてみる。

瞬時にモーターが回転数を上げ、無数のギザギザの刃を持つブレードが、

耳に痛く、そして力強い駆動音をかき鳴らした。

 

「キャッ!……本当に動いてる。この動力源があれば石油も石炭も要らないわね。

世界に発表すれば英雄扱いなのに、どうして自分たちでこっそり使っているのかしら」

 

「ハンドブックの解説を読む限り、これを作った組織はそんなものどうでもいいんだ。

影で褒められない仕事をしながら、逆に世界から資源が枯渇する時を待ってる。

その時こそ永久機関という最強のカードが活きてくる。

俺の世界じゃ、もう人間は電力がなければ何もできない。

この組織はそんな事態に陥った時に初めて表に出てきて、

エネルギーと引き換えに世界の覇権を要求するつもりなんだろう」

 

明石が唾を飲み、さっきまで小さなモーターを握っていた手を見る。

 

「……ねえ、イーサンの生きてる70年後のエネルギー事情ってどうなってるの?」

 

「表向きはたくさんの原発のおかげで、

昼も夜も世界中の大都市に莫大な電力を供給できてる」

 

「“表向き”ってどういうこと?」

 

「使い終わった原発を動かすための核物質を処分する方法がないんだ。

そいつは目に見えない人体を崩壊させる放射線を出し続け、

自然分解するには最長なら2万4,000年かかる。

要するに、未来の繁栄を前借りしてるだけだ」

 

「え?そんな物騒なもの、一体どうやってんのさ……」

 

「ドラム缶に詰めてプールに沈める。あるいは地中深く埋める。

できているのはそれだけだ」

 

「それじゃあ、その核なんとかが漏れたりしたらイーサンの世界はどうなっちゃうの?」

 

「どうにもならない。俺達にできるのは、大人しく半減期を待つか、

なんとか放射性廃棄物を消滅させる方法が発明されるのを祈ることだけだ」

 

「そんな……」

 

つい話し込んでしまった俺は、丸鋸を手に立ち上がった。

 

「まぁ、余所者の俺が言えた義理じゃないが、この世界の人には、

核に手を出すかは慎重になって欲しいと思う。

せっかくユラヒメからもらった技術もあるんだしな」

 

「そう、だよね!ユラヒメのテクノロジーがあるもん、

私がそのモーターの技術を再現してみせる!」

 

「明石なら、できるさ」

 

俺は艦娘建造ドックの入り口の認証パネルに手を置きながらそう言った。

中に入り、相変わらず水色の淡い光だけが照らす薄暗いエリアの隅、

アイテムボックスに歩み寄り、蓋を開けた。俺は腰に差したサバイバルナイフをしまい、

ホルスターに丸鋸を引っ掛けた。……これで戦う準備は整った。

ドックから出て俺は明石に別れを告げる。

 

「じゃあ、今まで世話になったな明石」

 

「どーしたの?今生の別れみたいに。イーサン変なの」

 

「そうだな。変だな……」

 

覚悟を決めた俺はいつものように明石に見送られて工廠を後にした。

再び俺は第六倉庫へ足を向ける。工廠から伸びる長い道を歩いていると、

後ろから“ヘーイ!”と声をかけられた。

振り返ると、白い和服に少し茶の混じった黒のスカートを履いた艦娘が

手を振ってこちらに駆け寄ってきた。

彼女はこちらに来ると、息を整えながら顔いっぱいの笑みを向けた。

思い出した。彼女は……

 

「初めまして、金剛デース!提督から話は聞いてるヨー!

この前私を助けてくれたのは、あなただって」

 

「君は、デブの攻撃で怪我した……」

 

「イエス!でも見ての通りイーサンの薬で元通り!

本当はもっと早くお礼を言いたかったけど、

霧島達に念のためって医務室に閉じ込められてたんだヨー。

マイシスターズにも困ったものネ」

 

「はは……それは、災難だったな。でも、礼なんか言わないほうがいい」

 

「どうして?イーサンのおかげで私、艦娘……いや、女としての自分を取り戻せた。

堂々と提督にも会いにいけるようになった。生きる希望をくれたのはあなたなのに」

 

そうじゃない。俺のせいで君は。

 

「とにかく、俺はもう行かなきゃ。提督によろしくな」

 

いたたまれなくなった俺は立ち去ろうとした。

しかし、金剛が俺の手を握って引き止めた。

 

「待って!ちゃんとお礼を言わせて。……ありがとう。

人間として生きられない私の夢を守ってくれて、ありがとう」

 

「……夢?」

 

「そう。人間と同等の人権がない私達艦娘は、

結婚して籍を入れることも認められていないの。

でも、例外的に仮想婚姻制度が認められているの」

 

「仮想婚姻制度ってなんだ?」

 

「血の滲むような修練を積んで、練度を限界まで高めた艦娘は、

提督と鎮守府内だけで通用する夫婦になれるの。

もっとも、選ぶのは提督だし、結婚指輪だって軍から支給された無骨なものだけど。

それでも、私はあの人に選ばれたくてずっと努力してきた!

毎日朝早く起きて髪を結って、購買部で買えるだけのもので精一杯お化粧して、

用事もないのに提督の部屋にお邪魔して……

まあ、提督は苦笑いだし長門にも時々怒られたけどネ」

 

ぺろりと舌を出してはにかむ金剛。

戦いを宿命付けられた彼女達の、少女としての顔を覗かせる。

 

「でも……そんな希望が一気に崩れ去った。そう、一週間前のあの日。

巨大な怪物に酸を掛けられた私の顔は、

醜く焼けただれ二目と見られぬ化け物みたいになった。

もう提督に会いに行けない、提督は私を選んでくれない。

絶望した私は死のうとすら思った。でも、そんな時、私を救ってくれたのが、あなた。

不思議な薬で私の顔を治してくれた。

さすがにショットガンでドアをふっ飛ばして入ってきたのには驚いたけどネ、ふふ」

 

俺は黙って彼女の話を聞いていた。その薬が効いたのは、恐らく。

 

「とにかく、あの時は何が何だかだったし、

イーサンも帰っちゃってたから遅くなったけど、本当に、本当にありがとう」

 

金剛は俺の手を両手で握って礼を述べる。白く細い指。

これで数百キロもある大砲を操っているのか。

俺は、彼女のささやかな夢を奪おうとしている。……いや、そうはさせない。

絶対にそうならない。だから俺はこいつを作ったんだろう。

ホルスターに下げた工作機械に手を触れる。

 

「いいんだ。礼なら俺を信じてくれた提督に言うといい。

それじゃあ、今度こそお別れだ」

 

俺の視線に何かを感じ取ったのか、金剛は黙って頷いた。

 

「うん。イーサン、今度妹達と紅茶でも飲みながらゆっくりお話がしたいネ。

必ず戻って欲しいヨ」

 

「楽しみにしてる」

 

そして、金剛と別れた俺が再び謎の防空壕に向かおうとしたその時、

俺の世界がテレビのゴーストの様に二重にぼやけた。

何度もまばたきをすると、次の瞬間、目の前に黒いドレスの少女が現れた。

 

「エヴリン!」

 

気づくと回りには誰もいない。俺とエヴリンだけの世界。

エヴリンが憎しみの感情をぶつけてくる。

 

「お前だけは……お前だけは絶対に許さない!」

 

「エヴリン、ミアに何をした!?

ミアだけじゃない、ベイカー家の連中も!お前が全てを狂わせた!」

 

「“家族”が欲しかったの。あの女にママになって欲しかった。

他のみんなも、みんな家族に。でもあいつは結局私を置き去りにして逃げていった!

お前をパパにすれば言うことを聞くと思ったのに!全部、全部、お前のせいだ!!」

 

ドウッ!と彼女の激昂と共に衝撃波が放たれる。

直撃を受けた俺は後ろに吹っ飛ばされた。

 

「ぐあっ!」

 

「ママもお姉ちゃんも、もういない。

お前は私から全てを奪った。ママを奪い、家族を殺し続けた」

 

「げほっ、ミアは……お前の母親なんかじゃない。

菌の固まりに、家族なんか、いるもんか」

 

エヴリンは憎悪でその表情を歪ませる。

 

「もういいよ。お前は最後の家族に殺してもらう。彼もお前を殺したがってるからね」

 

「……どういう意味だ」

 

「もうすぐわかる。じゃあね」

 

エヴリンが背を向けた瞬間、ぼやけた世界がまばゆい光に包まれて元に戻り、

彼女の姿も消えていた。

 

「くそ、どこに消えた」

 

あいつを消滅させない限り同じ悲劇が繰り返される。

エヴリンを追うべく俺はショットガンを手に走り出したが、

その時、鎮守府全体のスピーカーが大音量で警告を発した。

 

 

《敵襲、敵襲!本館に超大型B.O.Wが出現!総員直ちに……違う、貸せ!

イーサン、聞こえるか!?本館の屋上にB.O.Wが現れた!

お前にしか倒せない、まだ中に提督がいるんだ!速やかに撃退してくれ、頼む!》

 

 

通信士からマイクをひったくった長門が俺に呼びかけてきた。俺は本館の方に振り返る。

すると視線の先に信じがたい物を見た。どす黒い巨大な何かが

本館の屋上でもぞもぞと動いているのだ。

奴は何かを探すように3階の窓にその腕を次々と突っ込んでいる。

間違いない、俺との決着をつける気だ。

 

俺はショットガンM37を抱え、本館に走り出した。

全速力で来た道を逆戻りし、本館の裏手に回り、

扉を施錠していた南京錠を銃把で壊し、非常階段を駆け上る。

ワークベンチで作った薬の効果だろう。不思議と息切れはしなかった。

そして、屋上にたどり着いた時、そこで見たものは。

 

『おお……お前を探していたんだ…イーサン』

 

もはや人のものではない顔に、4本腕、体中に赤く光る目玉、

胴体は膨れ上がり巨大な軟体生物と化している。

完全に変異が進み、人としての姿を失ったジャックが現れた。

俺はショットガンのハンドグリップを引き、奴と向き合う。

 

ジャックはその大きな腕で横から俺を薙ぎ払ってきた。

屋上全体に届くほどのリーチで正確に俺を捉えてくる。とっさに両腕でガード。

バックパックにある二本の巻物と鉄壁のコインの効果で

ダメージはごく僅かに留まったが、屋上から叩き落されたら終わりだ。俺も反撃に出る。

 

「おい、しつこいぞジャック!」

 

『お前は……俺から、娘を……奪い取って』

 

奴が意味の分からないことを言いながらでかい顔を近づけてきた。

ギョロリと真っ赤な目玉で俺を睨めつけてくる。なるほど、撃つならここしかない!

俺はショットガンM37を構え、奴を睨み返しながらトリガーを引いた。

白亜の邸宅の屋上で銃声が轟く。

アップグレードの効果で爆発力と弾速が増した12ゲージ弾を至近距離で食らい、

顔面の目玉が水風船の様に血を撒き散らして破裂した。

 

『グルオオオ!!』

 

ジャックが顔を抑えて後退する。間違いない、奴の弱点は体中にある目だ。

俺はポンプアクションして排莢、次は最も近い右腕の肘に狙いを付けながら

慎重に近寄る。

 

『隠れて……何か企んでるな、俺の家族と』

 

家族というキーワードが先程のエヴリンが話していたことと重なるが、

その意味を考えている余裕もないし意味もない。俺は黙ってまたトリガーを引く。

今度は右肘の目玉が消し飛んだ。

またジャックが悲鳴を上げ、今度はその腕を振り下ろしてきた。

縦の攻撃に対し、今度は横にダッシュして回避した。

 

その隙に次の目玉に狙いを定める。

が、奴は堅い皮膚を持ちながら蛇のようにウネウネと這い回るので

なかなか照準が合わない。俺は屋上を駆け抜け、奴の後ろを取る。

足元を見ると尻尾の辺りに目玉が。チャンス!

俺は狙いもそこそこに12ゲージ弾を放った。またも弾けるジャックの目。

 

一つ潰す度に奴が悲鳴を上げる。つまりダメージを受けているということ。

だが、ここで問題が起きる。背中にも目玉があるのだ。

グレネードランチャーに換装している暇はない。

俺は強装弾を装填したアルバート-01Rに持ち替えた。

 

『マ…マ…マーガレット…マーガレェット』

 

死んだ妻を呼ぶジャックは屋上全体を移動しながら、

思い出したように突然腕で薙ぎ払ってくる。

一度でもガードのタイミングを間違えたら、即死だ。

そんな状況で、奴の体勢次第で見えたり消えたりする背中を狙撃しなくてはならない。

俺は息を吸ってゆっくり吐く。

 

『お前が……死ぬのを……見るのが楽しみだ』

 

ジャックが首をこちらに向けた時、背中の目玉のてっぺん部分が顔を出した。

限界まで集中力を高め、引き金を引く。

工廠でハンドガンアップグレード効果を受け、

威力以外の性能を捨てた大型拳銃が吠える。再び大空にその咆哮が響き渡った。

アルバートが撃ち出した強装弾は、強化に強化を重ねられ、

空間を切り裂くように敵を殺すため突き進む。

そして、真っ赤に充血した強大な目玉に命中。内部で破裂し、

その運動エネルギーと爆発で目玉を完全に砕いた。

 

『アギャアアア!!』

 

ジャックが凄まじい悲鳴を上げる。落ち着け、俺は確実に奴の体力を奪っている。

その後も俺は狙いやすい4本腕にアルバートを叩き込み、目玉の数を減らしていった。

明らかにジャックの動きも鈍くなっている。

あと少し、あと少しでこいつとの因縁を断ち切れる。

だが、次の瞬間俺の希望を打ち砕く事実が。目視できる目玉は全て破壊した。

しかし、何故奴は生きている?

 

『早く死ねばよかったと……後できっと後悔することになるだろう』

 

奴が身をよじった瞬間見えてしまった。奴の腹に最後の目玉が。

見たと思った瞬間奴はまた体勢を戻し、目玉は見えなくなってしまった。

どうする!?腹の下なんか狙いようがない!

迷っているうちに奴が近づいてきて尻尾を振るってきた。

危なかった、一瞬の差でガードできたが、次はないと思った方がいい。

 

俺は逃げながら考える。どうする、どうすればあの目を破壊できる?

ノシノシと後ろから俺を追いかける巨体が迫る。

バックパックもバタバタと俺の背中で暴れる。その時、中から硬い感触を覚えた。

……そうだ、あれなら効くかもしれない!

俺は走りながらバックパックを体の前に回してそれを取り出し、

一瞬だけ振り向きジャックの進路に投げた。頭の中で奴の速度と位置を計算する。

 

『イーサン……イーサン……イーサアアアァァン!!』

 

ジャックが俺に手を伸ばそうとした時、タイミングが訪れた。

俺がスイッチを押すと、奴の腹の下でリモコン爆弾が爆発。

2つほどあった目玉を同時に消し飛ばした。

 

『ギャアアアアァ!アアアァァ!』

 

全ての目玉を破壊され、ジャックがその巨体を硬直させ、地に倒れた。

束の間の静寂が訪れる。

やっと死んだか、と思った次の瞬間、残る力で抵抗するジャックに俺は足を掴まれ、

目の前に引きずられた。

奴は最後の再生能力で顔面の目玉をひとつだけ作り直し、

俺に熾烈な攻撃を仕掛けてきた。

その恐竜族の足のような両腕で、左右から俺を力任せに殴ってくる。

ガードの上からも耐え難い衝撃を与えてくる。

 

『この馬鹿め!お前には殺せん』

 

だが、逆に言えばあれがラスト。今こそ本命を使う時だ。

俺はホルスターからマグナムを抜き、最後の目玉を狙い、正確に狙いを付ける。

そして、上空でゆらゆら揺れる奴の頭部を捉えると、ゆっくりトリガーを引く。

常人なら手の中で何かが爆発するかのような衝撃を受けるが、

ステロイドやワークベンチの体力強化で補強された俺の身体は、

その反動をものともしなかった。

 

ハンドキャノンが凶暴な.44AMP弾を発射する。

銃口から炎と鋼鉄の牙が吹き出し、音速を超え、とうとうジャックの最後の目を貫いた。

弾けた奴の目からあふれる血が白い屋敷を赤く染める。

そして、奴はゆっくりとその巨体を倒した。

 

『ああ……ああ……』

 

俺の足を掴んでいた力も抜け、奴が死んだことがわかる。

 

「さすがに……もう終わりだろ」

 

ジャックの死体を見ながら、俺は非常階段に戻ろうとしたが、その瞬間、

後ろから大きな手で掴まれた。凄まじい力で身動きが取れない。

 

「ぐあああ!」

 

『俺を置いていくつもりか?』

 

身体を雑巾のように絞られている気分だ!

こいつはまだ死んでないのか?それとも俺を道連れにしたいだけなのか?

俺は最後の抵抗を試みる。

ほんの、ほんの僅かに動かせる左手でホルスターに引っ掛けた物を手に取る。

ちょうど片手で使うものなので後は手首さえ動かせばなんとかなる。

 

そして俺はトリガーを引いた。

丸鋸のモーターが唸りを上げ、暴力的なまでに鋭いブレードが高速回転する。

俺は手首を曲げて俺を掴んでいるジャックの右手を切り裂き始めた。

丸鋸はとてつもない切れ味で、まずは奴の小指を切り飛ばした。

 

『うぐおあぁ!!』

 

小指が無くなった分、拘束も緩くなる。

さらに自由になった左手で次は薬指を切り落とす。たまらずジャックは俺を放り出した。

奴は苦悶の声を上げながら、

俺に構わず指二本を落とされた手をすがるように見つめている。

再生できない、ということは本当に、これで最後だ。

意を決して丸鋸を前に構えて突撃した。

目の前の怪物に死の安らぎを与えてやるために。

 

『あああ!やめろおぉ!!』

 

ジャックは右手で俺を押し返そうとするが、丸鋸は手のひらをざっくりと切り裂き、

親指まで巻き込んで切断した。単なる工具だと思っていたが、とんでもない威力だ!

これなら行ける!激痛に耐えかね、ジャックは右手を下げた。

 

「おおおお!」

 

そうなると、あとは頭しかない。

俺は丸鋸を構えながら走り、ついに奴の眼前にたどり着いた。

そして、その大きな頭を切断するべく奴の首に丸鋸を押し当てた。

奴はもう何も見えない目で、

恐怖を掻き立てるブレードの回転音を聞きながら切り裂かれるしかなかった。

 

『あががが!ぐぼあああ!!』

 

ブレードが血と肉片を撒き散らす。俺も返り血を被るが、気にしている余裕はない。

全体重を丸鋸に込めて、太い首にブレードを当て続ける。

どれくらいの時間がかかったのか、そんなことは知らない。

とにかく俺は奴を殺し切ることに必死だった。そして、とうとうその時がやってきた。

ギュオン!とブレードが向こう側に抜けた。つまり奴の首を切断することができたのだ。

 

『あ…あ……』

 

最期にジャックが俺に手を伸ばそうとしたが、ピクリと手の甲を動かしただけで力尽きた。

奴の死体がマーガレットの時と同じく、脆い石膏のように崩れていく。

もう、再生はできないだろう。風が、風化したジャックを運び去っていく。

 

戦いの興奮から冷めた俺はなんとなく気になる。

ジャックは最後、俺を殺そうとしたのではなく、何かを伝えようとしたのではないか。

根拠はないがそんな気がした。……だが、今となってはもう何もわからない。

 

俺は屋上から広場を見下ろす。そこには無事脱出した提督や長門、金剛もいた。

更に遠くに目をやると、例の第六倉庫。あそこに行くのは一日遅れになりそうだ。

激闘の後に不気味な防空壕の探索をするのは正直しんどい。

皆のところに行こうと非常階段へ向かった時、コデックスに着信があった。

もうルーカスについては腹も立たない。俺にはやるべきことがある。

通話ボタンを押すと、奴はいつになく狼狽した様子でまくし立ててきた。

 

 

 

『てめえ何してくれやがったんだこの野郎!俺の城がめちゃくちゃじゃねえか!』

 

「そりゃ愉快だな。今、何ステージ目だ?ちなみにさっきジャックが死んだところだ」

 

『ふざけんじゃねえ!てめえにゃ良心ってもんがねえのか!

人の家族殺して、俺の家まで……あああ!変なマスク付けた連中が!』

 

「B.S.A.Aだ。死ぬまで頭に刻んどけ」

 

『ああ、あいつら!俺の傑作に汚ねえ手で触りやがって!

ぜってえぶっ殺す!マジぶっ殺す!』

 

「やめとけ、お前のほうがアサルトライフルでバラバラにされる」

 

『どうすんだよ、おい!どうすりゃいいんだ俺はよォ!!』

 

「お前もこっちに来たらどうだ?カワイコちゃんとウハウハコースを楽しめるぞ」

 

『冗談言ってる場合じゃねえんだよ!早くしねえとマジで……』

 

 

 

ピッ。俺は通話を切った。あいつとの会話で愉快な気持ちになったのは初めてだ。

ゾイも、ミアも、やってくれたんだな。

その時、非常階段からカンカンカンと簡素な鉄板の階段を上がる音が聞こえてきた。

提督たちが迎えに来てくれた。俺は手を振りながら走ってくる彼らに手を上げて応える。

さて、延期になってしまったが、明日こそ防空壕の捜索に当たらなければ。

俺は左手に持ったままだった新たな切り札に目を落とした。

 

 


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