艦隊これくしょん with BIOHAZARD7 resident evil   作:焼き鳥タレ派

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File10; Girls, be ambitious

──本館2階 作戦会議室

 

「う~ん、やっぱり納得行かへん!!」

 

大声を上げて両腕を振り上げる龍驤。小柄な身体を目一杯使って不信感を露わにする。

今日は誰も使っていない広い会議室に、彼女を含めて3人の艦娘が勝手に集まっていた。

 

「確かに、あいつについては提督から正式な通達はあったが、

まだまだわかんないことは多いよな」

 

加古も机に足を乗せながら龍驤に同意する。

 

「そうそう、昨日はなぜかフランスからの新型艦兼親善大使と親しげにうろついてたし、

提督とも妙に仲がいいみたいだし、どうなってるのかしら」

 

伊勢も艦隊新聞で読んだ内容に疑問があるようだ。

 

「イーサンとかいうオッチャンには秘密があるで!言うとることが矛盾しとる!

外に置いとる変な箱が異世界のオッチャンにしか壊せへんなら、

一週間前に攻めてきた怪物を赤城さん達が倒せたのはなんでやねーん!」

 

ずっと立ちっぱなしで大声を張り上げ疑問を口にする龍驤。

その小さな体格に似合わず自己主張が強い艦娘らしい。

 

「あたしもそれは気になってたんだよね。その赤城さんも最近ずっと塞ぎ込んでるし、

その件について提督に聞いたんだけど、“機密事項”だとさ」

 

「私、聞いたんだけど、それにもイーサンが関わってるって噂よ。

あの人一体何者なの?」

 

加古も伊勢も、龍驤と同じくイーサンに対する疑念を抱いているらしい。

どうも提督の情報統制が逆効果になっているようだ。

 

「とにかく!」

 

その時、龍驤が両手でドンと机を叩いた。

 

「こうなったら青葉やないけど、本人に突撃取材や!

みんなでイーサンの秘密を暴くんや!」

 

残る二人も少し目を見合わせて、頷いた。

 

「うん、あたしもそれがいいと思う。

モヤモヤしたまま放ったらかしとくのは我慢できなくてさぁ」

 

「私も賛成。別にイーサンに近づくな、なんて言われてないんだし」

 

「決定やな!……ところでイーサンはどこにおるん?」

 

「3階の客室で寝泊まりしてるって聞いたよ?ちょうど真上だね。

そうと決まれば今から行こうよ」

 

加古、伊勢が席を立つ。そして龍驤が宣言する。

 

「イーサンの潜入調査大作戦、ここに開始や!」

 

「うん!取材拒否は断固拒否だ、行こうぜ!それじゃあ、婆さん。またな!」

 

「行きましょう、私達の疑問は、きっとみんな知りたがってるはずよ。

お婆さん、また後で」

 

「よっしゃ、イーサンの部屋にれっつごーや!お婆ちゃん、ほなな(じゃあね)!」

 

こうして3人のかしまし娘は、上階のイーサンの部屋に駆け出していった。

 

 

 

──本館3階 イーサンの客室

 

『とりあえず、2人分の血清は完成した。本当にありがとう』

 

「よかった。ミアにも射ってくれたんだな?」

 

『うん。血清の副作用で少し熱が出てるけど、じきに冷めるよ』

 

「ゾイはどうなんだ?」

 

『心配してくれてんの?ふふ、ありがと。あたしも最初は熱っぽかったけど今は平気』

 

「そうか。とにかく、準備が整ったらそこから脱出してB.S.A.Aを呼ぶんだ。

エヴリンやジャックがいない今がチャンスだ」

 

『わかった。でも……』

 

「なんだ?まだ何か問題か」

 

『あんたはどうするの。B.S.A.Aがここの存在を知ったら屋敷ごと空爆しかねない。

あんたは、どうやって帰ってくるの?』

 

「……そうなる前に帰る方法を探す。他にはない」

 

『外で、待ってるから』

 

「ああ。ミアに、愛していると伝えてくれ」

 

『必ず伝えとくよ。それじゃあね』

 

 

 

会話を終えると受話器を置いた。ミアが、助かった。エヴリンの呪縛から開放されたのだ。

後はゾイが屋敷から連れ出してくれるだろう。

大きなプロジェクトを片付けた後よりも安堵した。足から力が抜けそうだ。

 

B.S.A.Aがどう動くかは分からない。調査が必要と判断し隊員を派遣するのか、

即座に滅菌すべきとあの屋敷をふっ飛ばすのか。

いずれにせよ、ビデオの世界に閉じ込められた俺に出来ることはここまでだ。

帰還の方法は見当もつかないが、

とにかく昨日感じた奇妙な現象を──

 

ドンドンドン!

 

ドアから派手なノックの音が。なんだ、人が考え事をしている時に!

 

「誰だ!」

 

この、小さいが乱暴なノックは巻雲ではない。

俺はドアロックを掛けてドア越しに尋ねる。開けるつもりはない。

隙間を開けた瞬間、物を挟まれたら厄介だ。

 

ドンドンドン!

 

「返事をするまで絶対開けないからな!」

 

“……軽空母・龍驤や。オッチャンに話がある!”

 

ドアロックを掛けたまま少しだけ扉を開ける。

そこには艦首を象ったバイザーを着け、不思議な赤い衣装を着た小柄な少女。

なんとなく頭に引っかかる。そうだ、海で深海棲艦モールデッドと戦った時に会ったな。

 

「何の用だ、朝から騒がしい」

 

「オッチャンに聞きたいことがあるねん!中に入れてんか!」

 

「用件が先だ。聞きたいことって?俺の名前はイーサンだ。この前言っただろう」

 

「イーサンこないだ言うてたやろ、オッチャンの世界のモンはオッチャンしか触れへん。

この前の腐った深海棲艦もそうや。でも、1週間前に来たバケモンは

戦艦の人らでも倒せてたで。その理由を聞きたいんや」

 

俺はハッとなる。確かにそうだ。

なぜあのモールデッドの群れは艦娘でも倒すことができたんだ?

完全に転化していたというのに。

とりあえず俺は彼女を中に入れて考えてみることにした。

 

「それに関しては俺もよく分からない。とりあえず中で話をしよう。今開ける」

 

ドアロックを外して少し開けた瞬間……

 

「今や!」

 

すると誰かがドアを掴み、一気に開いた。

そして龍驤に続いて二人が部屋になだれ込んできた。

思わずマグナムに手を掛けるが、よく見ると全員艦娘だ。

皆、人の部屋に乗り込むなり、好き勝手し始めた。

 

「う~わっ、この部屋広っ!あ、蓄音機!」

「あたしなんて4人で雑魚寝なのに、許せなーい!

あっ、このベッドフカフカじゃん!気持ちいい!」

「戦艦も個室だけど、快適さは断然上ね。扇風機もストーブも完備。

この待遇も怪しすぎるわ!」

「なんだお前らなんだ!」

 

一体どこから湧いてきた、このおかしな集団は!龍驤一人だと思って油断した。

面倒事はご免なので追い出そうとする。

 

「おい、騒ぐなら出てけ!何しに来たんだ一体!」

 

すると3人が突然黙ってこちらを向き、龍驤が椅子をこちらに向け、

二人が俺の両脇を掴み、無理矢理に引っ張りだした。

物凄い腕力に抗いきれず、俺はただ引きずられて座らされた。

そして彼女達が俺を逃すまいと立ちはだかる。

 

「何のつもりだ、お前らは誰だ!」

 

「あたしは重巡・加古。龍驤と同じくあんたに聞くことがある」

 

「戦艦・伊勢。目的は二人と一緒。あなたの事が知りたいだけ」

 

「やり方ってもんを考えろ!押し込み強盗みたいな真似をするんじゃない!」

 

「悪いね。龍驤だけだと上手くはぐらかされそうでさ」

 

「まぁ、それは……そうかもしれないが」

 

俺はちらと龍驤を見た。ここに来たときから、なぜかずっと怒っている。

 

「な、なんやて!うちが簡単に言いくるめられる単細胞やて言いたいんか!」

 

ああそうだ、と言ってみたかったが、

余計ややこしい事態になりそうなのでやめておいた。

今はこいつらを一刻も早く帰らせたい。改めて彼女達の問いに答えてやることにした。

 

「……で、知りたいことってなんだ?」

 

「一個目は、さっきも言うたけど一週間前の事件。

木箱やでっかい緑色の箱は触れへんのに、

なんでうちらでもあのバケモンだけは倒せたんか」

 

「そこか……改めて考えてみたが、それに関しては、俺にもわからん。

俺の世界のものには俺しか干渉できない。そもそもこの仮説を立てたのは提督だからな。

他に何か条件があるのかもしれない」

 

「隠すとためにならへんで!」

 

「うるさい、今考えてるから黙ってろ」

 

「なんやてー!」

 

「まーまー、落ち着きなって。

どうせ逃げられやしないんだから、わかるまで考えてもらおうよ」

 

軽く頭を振って状況を整理する。

あの深海棲艦モールデッドと、一週間前に襲撃してきたモールデッドとの違いはなんだ。

考えられるのは、エヴリンがこの世界に現れる前と後か?

だが、俺が知らなかっただけで、

実際は一週間以上前からこの世界に潜伏していたのかもしれない。わからない。

 

この点については後で考えるとして、発想を変えてみよう。

逆になぜ俺はこの世界のものに干渉できるのか。

そもそもあの化け物達の出どころがわからない。

警報が鳴って外に出ると既にB.O.Wだらけだった。

あのモールデッド達はこの世界の人間が転化したものなのか?

いや、それだと艦娘達が撃退できた説明が付かない。

 

なら、残る可能性はルーカスが送り込んできたことになるが、思い返すと腹立たしい。

こうして俺が悩ませている様も、あのイカれた骸骨野郎はゲームみたいに楽しんで……

待て、ゲーム?俺はあまりにもぶっ飛んだ考えを頭から振り払おうとするが、

残念ながら思い当たる可能性がこれしかない。

 

「なあ、ひとつだけ可能性らしきものが浮かんだんだが、

多分お前らは信じないだろうし、俺も自分が信じられない」

 

「もったいぶらないで教えて!」

 

「この世界は、ルーカスの作ったゲーム、なのかもしれない」

 

3人が同時に素っ頓狂な声を上げる。異口同音に3つの”はぁ?”。まあ無理もないが。

 

「俺がルーカスの用意したビデオを再生したら

この世界に飛ばされた、ってことは知ってるよな?」

 

「ああ、それに関しちゃ提督から通達があったぜ。あたしはまだ信じちゃいないが」

 

「今はそれでいい。これからもっと信じられない話になるからな。

あのビデオはルーカスの作ったゲームだった。

プレイヤーは俺、深海棲艦やモールデッドが敵キャラ、

お前達のようなこの世界の住人はNPC、そう考えれば“一応”辻褄が合う」

 

「えぬぴーしーって何や……?ほんで要するに結局何が言いたいねん!」

 

「Non Player Character。

つまり、誰も操作してない、人工知能で勝手に動くキャラクターのことだ。

その辺を歩いてる村人なんかがこれに当たる」

 

「ちょっとちょっと!

それじゃあ、私達の生きてる世界はルーカスとかいう奴に創られたもので、

私もゲームの住人だって言いたいの!?」

 

「落ち着け、仮説の一つだ。今のところ全部の疑問を解消できる説がこれしかない。

一週間前のモールデッドをお前達が攻撃できたのは、

あの襲撃がイベント、つまり予定された出来事だったから。

深海棲艦モールデッドをほとんど攻撃できなかったのは、

奴らがNPCからプレイヤー向けの敵キャラになりつつあったから。

逆に奴らからも攻撃を受けたことは殆どなかっただろ?

ゲームに出てくる敵キャラは、勇者は攻撃してくるが、

都合のいいことに村人を襲うことは絶対ない。

王様や賢者が死んじまったらゲームが進まなくなるからな」

 

自分でも何を言ってるのかさっぱりだ。

彼女達はもっとさっぱりだったようで、しばらくすると加古が怒りを露わにした。

 

「ふ、ふざけんな!それじゃあ、あたしたちは、

ルーカスって野郎が作った世界で動かされてる、ただの村人Aだってのかよ!」

 

「加古、落ち着いて」

 

「落ち着いてられるか!

あたしらは今まで死ぬ気で戦ってきた!世界から海を取り戻すために!

一週間前だってそうだ、あたしらが帰れるただひとつの家を守るために必死で戦った!

それが全部、ルーカスが作った予定調和だったっていうのかよ!」

 

「仮説の一つだと言ってる。何一つ確証もない。俺だってこんなこと信じたくはない。

だが、プレイヤーの俺がゲームスタート、つまりこの世界に来る。

そして一週間前の襲撃という、モールデッドとNPCの君達が戦うイベントが発生。

次に半ば深海棲艦、半ばモールデッド、という敵キャラが現れる。

つまりほぼ敵キャラになった元NPCはプレイヤーである俺にしか倒せなかった。

モンスターと村人が戦うことが絶対にないようにな。

今のところ、こう考えるしかないんだよ。繰り返すが、これだってただの仮説だ。

新たな手がかりが見つかれば状況が変わる可能性は十分にある」

 

加古の目に涙すら浮かぶが、俺は淡々と答える。

俺まで大声を出したら余計に彼女を刺激するだけだ。

その時、ピピッとコデックスに着信。

 

「全員静かに。……ルーカスだ」

 

皆、息を呑む。俺は着信ボタンを押した。

 

 

 

「……何の用だ」

 

『駄目だぜ、相棒。女の子泣かせたら。せっかくのモテモテパラダイスが台無しだろ?』

 

「切るぞ」

 

『待て待て!お前らの話を聞いててちょーっと気になるところがあってな。

言いたいことがあるんだよ、あるんだよ』

 

「なんだ、言いたいことって」

 

『お前が立てた仮説だがな。う~ん、まぁ、サービスして70点ってとこか。

いや、肝心要なところが抜けてるからやっぱ0点だな!

俺は世界なんか作っちゃいないし、

お前はそっちの世界がゲームだって言いたいみたいだが……本当にそうなのかぁ?』

 

「どういう意味だ!」

 

『おおっとこれ以上教えると答えになっちまう。

だから、そっちの嬢ちゃん、涙を拭いてくれよぉ。

お前らのやってきたことは、とりあえず無駄じゃねえ』

 

「とりあえずってどういうことだテメエ!」

 

加古が俺の左腕に飛びついて、涙混じりの声で叫んだ。

 

『これから無駄になるかもしれねえってこった。それは目の前のイーサン次第だ。

じゃあ、今日の連絡は以上だ、あばよ!』

 

 

 

ピッ。通話が切れた。しかし尚も加古は叫び続ける。

 

「待て、待てこの野郎!質問に答えろ!……畜生!」

 

加古は俺の腕を落とすと力なくうなだれた。伊勢が彼女の背中を撫でる。

 

「大丈夫。私達の生きてきた世界は作り物なんかじゃない。

あなたと私、ずっと一緒に戦ってきたじゃないの。今もこうして一緒にいる。

その生きている証は誰にも否定できないわ」

 

「くそっ!……悪い、みっともないとこ見せちまったな」

 

俺は彼女が落ち着いたタイミングで話しかけた。

 

「他に、聞きたいことは?」

 

「あることにはあるんやけど、なあ?」

 

龍驤が伊勢を見る。

素朴な疑問の答えらしきものが、自分達の存在そのものに関わるものだと知り、

当初の盛り上がりはすっかり静まり返ってしまった。

残りの問いもあるらしいが、加古の様子を見る限り

それどころではなくなったのかもしれない。

 

「聞きましょう。どうでもいいことでも、この際全部聞き出してスッキリするの。

そのほうがいい」

 

「わかった!

ほな、オッチャンをひっくり返して振ってでも、洗いざらい吐いてもらうで!」

 

「できるもんならやってみろ。まあいい、俺に分かる範囲でいいなら答えるよ」

 

「じゃあ遠慮なく。

ねえ、貴方昨日フランスからの艦娘と親しげに歩いてたみたいだけど、

どうして客人の貴方が親善大使でもある彼女を迎える事になったのかしら」

 

「そうだそうだ、それがあたしも気になってたとこなんだよ!」

 

伊勢に続いて若干気持ちを持ち直した加古も続いた。

 

「それは香取や提督に聞いたほうがいいと思うぞ?

簡単に説明すると、日本語がわからない彼女が門の前で困ってた。

俺が筆談や身振り手振りでなんとか提督のところに連れてった。

なぜか話の流れで彼女の装備を整えるために工廠に案内することになった。

こんなところだ」

 

「異議あり!」

 

一番小さいのに一番うるさい龍驤が大声で手を挙げた。

 

「なんだ。たったこれだけの話だろう」

 

「オッチャン嘘ついとる!フランスの娘は日本語わからん言うてたけど、

今朝、日本語ペラペラでみんなに挨拶しとったで!」

 

「なんだとー!イーサンこれはどういうことなんだ?返答次第じゃ容赦しないぜ」

 

すっかり自分のペースを取り戻した加古が俺に凄んでくる。

元気になったのは何よりだが、さっきの問題に触れなければならない。大丈夫だろうか。

 

「信じるかどうかは勝手だが、初めは本当に彼女は日本語がさっぱりだった。

なんとか彼女を鎮守府に連れて入ろうとした時、突然妙な感覚に見舞われた。

俺の脳内で世界が崩壊したり再生したり、とにかく説明し難い現象だ。

まるで、この世界のシステムが変更されるみたいな感覚だったな。

それはしばらくして治まったんだが、気がつくと彼女が流暢な日本語で話しかけてきた。

そこから先は成り行きだ。執務室に彼女を送ったら、

提督に彼女の案内を頼まれたというわけだ」

 

「ねぇ。その変な感覚なんだけど、世界のシステムを変更、ってどういうこと?

……まるで貴方がさっき言ってた“この世界はゲーム説”を

裏付けたいように聞こえるんだけど」

 

「信じるかは勝手だって言っただろ。俺にもよくわからないんだ。

まるで潜在意識に直接書き込まれたようにそういう情報が流れ込んで来たんだよ。

……そうだ、香取が証人だ。日本語がわからなくて困ってた彼女を実際見てる。

というか、テスト本人に聞くのが一番早い」

 

「テストだって?かーっ、もうあだ名で呼んでらっしゃる。仲のおよろしいこって」

 

「香取さんが?う~ん、彼女が下らない冗談に付き合うはずないし……わかったわ。

この件については今のところ信じとく」

 

首を傾げながら伊勢が判断を下した。半信半疑ながら信じてもらえたようでなによりだ。

 

「他には?俺もこの際余計な疑問は全部片付けたい」

 

「なあ、最近第一艦隊の赤城さんがずっと元気がないんだよね。

暗い顔して部屋に閉じこもってる。

イーサンと関係があるって噂が立ってるんだけど、何か知らない?」

 

陸軍兵がジャックに虐殺されたあの夜か。まだ心の傷を引きずっているらしい。

無理もない。自分のせいで10人以上もバラバラにされたのだから。

どうする。知らぬ存ぜぬで通すか、話せない事情を話すか……

 

「それについて、提督はなんて言ってる?」

 

「軍事機密、だってさ」

 

「なら、俺から言えることはない。

軍事機密ってのは、漏洩すると大なり小なり鎮守府に悪影響が出るから軍事機密なんだ。

世話になってる提督は裏切れない」

 

「そんなこと許さへんでー!喋るまでずっとここにおるからな!」

 

「ならずっとここにいろ。この件については墓場まで持っていく」

 

「うっ……」

 

俺に真っ直ぐ見つめられた龍驤が追及の手を止める。

このメンツの中でも話のわかる伊勢は、ふぅ、と一つ息をつく。

 

「何か赤城さんに出来ることがあればと思ったんだけど、

これに関しちゃ本当に駄目みたいね」

 

「そういうことだ。さあ、どんどん来い」

 

「最後だよ。そもそもあんたは何もんなの?」

 

加古がシンプルである意味最も難しい問いを投げかけてきた。

 

「俺の名前はイーサン・ウィンターズ。

向こうの世界ではロサンゼルスに住んでいて、システムエンジニアって職業に就いてる」

 

「しすてむえんじにあ?何やのそれ?」

 

「この時代にも大型でもコンピューターはあるはずだ。

それを動かすプログラム、つまり電子命令文を作るのが主な仕事だ。

それと、こう動くプログラムが欲しい、ああいうプログラムを作ってくれ、っていう

顧客の要望を聞き取るのも工程の一部なんだが、

むしろこっちのほうが難しい場合も多い。

相手が欲しいものと、こっちが想像した完成品が食い違うことが往々にしてある。

綿密な打ち合わせと設計も必要になってくる。そんな仕事だ」

 

「あー、うん。わかった、もうええよ」

 

多分わかってないんだろうが、話を進める。

 

「で、俺がこの世界に来た経緯はもう提督から聞いてるだろう。

俺は妻を探しにルイジアナのある屋敷を尋ねたんだが、

そこに閉じ込められて化け物と戦っているうちに、映像を再生する装置を見つけ、

動かしたんだが、突然それが光り出して、気がついたら鎮守府の海岸にいた」

 

「それは聞いた。でも、貴方がどうして海で戦ったり工廠に入り浸っているのかしら」

 

「明石から海での移動手段を提供してもらったから俺も戦うことにしたんだ。

一度目は成り行き、二度目はモールデッドの気配を感じて突っ込んでいったら案の定だ。

工廠にある妙な機械は見たことがあるか?俺はあれで武器弾薬や薬を作ってる。

あれも俺の世界から転移したものだが……あれは70年経っても世に出ることはないぞ。

付属の冊子を読む限り、怪しい組織が極秘に開発したものらしいからな」

 

「ふぅん、まあいいわ。提督や長門さんとの関係は」

 

「まぁ、初めは不審者扱いだったが、わかりやすい証拠があったし、

俺の世界の兵器で化け物と戦ううちに、

提督がこの鎮守府の構成員ってことにしてくれたんだよ。

それ以来この部屋を借りて、長門と組んで帰還する方法を探しながら、

この化け物騒ぎの終息に向けて努力してる」

 

「わかりやすい証拠?」

 

「前に見せたと思うんだが」

 

俺は左腕の袖をまくって、改めてチェーンソーで切断された左腕の痕を見せた。

間近で不気味な傷跡を見た彼女達が少し身体を引く。

 

「化け物屋敷の主人にちぎられた。あの屋敷には特異菌に感染して発狂、

体組織が異常な発達を起こして怪物になった家族が住んでたんだ。

ルーカスもその一人だ」

 

今度も左腕の犯人をジャックにしておいた。

今更あの出来事について説明しても状況をややこしくするだけだろう。

 

「……特異菌って何?」

 

伊勢が言葉少なに尋ねてきた。話題が不気味な方向に進み、皆静かになる。

 

「エヴリンっていう少女が発している特殊な菌だ。

そいつに感染したやつの末路が一週間前の事件だったり、

大砲すら撃てなくなった深海棲艦だ。

黒髪に真っ黒なドレス姿なんだが、見たことないか?

仲間の話によると、彼女は特異菌が届く範囲ならどこにでも現れるらしい。

初めて長門と海に出た時に遭遇して以来、見ていないんだ」

 

「知らん……」

「あたしも」

「部外者がウロウロしてたら、すぐ目につくでしょ」

 

皆、知らないようだ。確かにこの広くて狭い鎮守府の中で、

そんな特徴的な少女が歩いていたらすぐに見つかるだろう。

 

「ね、ねえ、大事な話!それって私達にも感染するの?」

 

「それはわからないけど、今のところは大丈夫だと踏んでいる。

提督も言ってたが、俺と毎日会ってる彼にも異常は見られないし、

俺自身6日もここをうろついたが、誰も体調を崩したり幻覚を見たやつはいない。

とりあえず空気感染はないと考えてもいいんじゃないか」

 

「でも、それってまるでイーサンが感染してるような言い方じゃない」

 

「万一の事を考えての話だ。あの屋敷で何度もモールデッドの攻撃を食らったからな。

でも、今言った通り俺を含めて誰にも異変は起きてない。

だから今、特異菌についてあれこれ心配しても対策のしようがない。

話題を変えよう、もう質問はないのか」

 

3人の艦娘が困惑した表情でお互いを見る。しばらくして伊勢が口を開いた。

 

「もう十分。

正直まだ自分の中で消化できてないことも多いけど、貴方は正直に答えてくれた。

今日は強引な真似をしてごめんなさい。エヴリンについては私達も注意しておく。

……みんな、もう帰りましょう」

 

「うん、ほなな。オッチャン……」

 

「半分ノリで来ちゃったけど、あんたにも複雑な事情があったんだな。

でも、あたしらだって遊びで戦ってるわけじゃない。

艦娘にはここ以外行く場所がないんだ。それを守りたい気持ちは本当だったんだ。

それは、わかってくれ」

 

「ああ。君らの事情は提督から聞いてる。気にするな」

 

皆、今度は静かに退室して行った。

パタンとドアが閉じられると、彼女達を見送るように、

俺はしばらくその扉を見つめていた。

その後、俺は机に向かい、1枚の走り書きのメモを書いた。

 

 

 

──執務室

 

「……と、そんなことがあったんだ。

この際、今後はB.O.W関連の情報は全て共有した方がいいんじゃないか?」

 

あの後、俺は執務室を訪ね、今朝の騒動を提督に報告した。

 

「やれやれ。そんな事が起きていたなんて」

 

「あいつらにも困ったものだ。

知りたがりは女の常だが、イーサンの存在が外部に漏れてはまずい」

 

提督も長門もため息をつく。

 

「まあ、そこは彼女達を信じたいと思う。最初は興味本位だったようだが、

話していくうちに事の重要性を理解してくれたみたいだからな」

 

「だといいが……提督、どうする?」

 

「まだ総員に全情報を開示するのは時期尚早だろう。

特に、新たにイーサンが提唱した、この世界が仮想現実だとする説は、

確証もない上に皆に混乱を招く可能性が高い」

 

「そうだよな。言ってる俺も自分が何を言っているのか、

途中でわからなくなったくらいだ」

 

そんなあやふやな説に、

白黒はっきり付けないと気が済まない長門が苛立つのは当然のことで。

 

「ええい、しっかりしないか!

B.O.Wについてはお前が先陣を切らなければならないというのに!」

 

「それについては返す言葉もない。

……そうだ、頭の痛くなる報告ばかりじゃなかったんだ」

 

「どうしたというのだ」

 

「ミアが、妻が助かったんだ。何があったのかはわからないけど、

マーガレットが落としたランタンで、血清の材料が手に入ったらしい。

ゾイもミアも特異菌から開放された」

 

「本当かい!それはよかったね、おめでとう」

 

「よかったではないか!私の言った通りだったろう、諦めなければどうにでもなると!」

 

二人の仲間が妻の無事を喜んでくれた。

 

「そんなこと一言も聞いちゃいないが、とにかくありがとう。

残る問題はB.S.A.Aがどう出るかだが」

 

いきなり話題が変わり、提督も長門も佇まいを直して俺を見る。

 

「何か問題でも?」

 

「B.S.A.A.はあくまでバイオテロを未然に防ぐこと、

あるいは速やかに鎮圧することを最優先としている。

脱出したゾイ達の通報を受けた彼らが、あの屋敷を調査するのか、

特異菌が蔓延する前に全てを焼き払うのかが不透明だっていうことだ」

 

「なっ……!」

 

「それじゃあ、イーサンがこの世界に来たビデオテープとやらも、

焼却されてしまう恐れがあるということか……」

 

「俺だけじゃない。そうなればこの世界もろとも燃え尽きる可能性がある。

運が良ければ俺が帰れなくなるだけで済むが、

最悪鎮守府も俺と運命を共にするかも知れない」

 

「ど、どうすれば、どうすればその事態を防げる!?」

 

長門が俺の肩を掴んで必死に問う。

 

「落ち着け、まだそうなると決まったわけじゃない。

むしろ、ウィルスの発生源を突き止めるために調査隊を派遣する可能性のほうが高い。

……今のうちに、帰還してあのビデオテープを回収する方法を探すんだ」

 

「ああ、そうだな……私としたことが。

生死のかかっているイーサンよりも、私が冷静さを欠いてどうする」

 

「なにか、当てはあるのかい?」

 

提督が真剣な面持ちで聞いてきた。

 

「ほぼ、ない。とりあえず、俺がこの世界に降り立った海岸を探してみる。

提督も何か怪しい場所に心当たりがあれば教えてくれ。

……と言っても、異世界への入り口なんか誰にもわかるわけないけどな」

 

「関係あるかどうかと聞かれると、正直可能性は低い。

でも、誰も行ったことのない場所ならあるよ」

 

「本当か、教えてくれ!」

 

「倉庫区画にある第六倉庫の隅に、昔掘られた防空壕があるんだが、

私も入ったことがない。防空壕としては広大なものだったと聞いている。

この世界では大きな戦争は何十年もなかったから、きっと蜘蛛の巣だらけだろうが、

調べる価値はあると思う」

 

「ありがとう。海岸を調べたらそっちに向かう。

ああ、だが戦いのことも忘れちゃいない。

モールデッドが現れたらすぐ無線機で呼んでくれ。

……ところで長門、コマンダン・テストの調子はどうだ?

第一艦隊のピンチヒッターになると聞いたんだが」

 

昨日知り合った異国からの艦娘の様子を訪ねた。

単なる道案内とは言え、名前を知る程度の仲になったからにはその後が気になる。

 

「今日の演習に関して言えば、惨敗だ。だが案ずるな。

戦いが初めてで練度が1の艦娘は誰でもそうだ。今日だけで7も練度が上がった。

演習を重ねればすぐに頼れる戦力になるだろう」

 

「そりゃよかった。伊勢達が言ってたが、まだ赤城は立ち直れてないようだったからな」

 

「それは時間が解決してくれるのを待つばかりだな」

 

「戦いで思い出したが、あれ以来モールデッド化した深海棲艦は現れてないか?」

 

「ああ。どこに出撃しても普通の深海棲艦だ。

一体あいつらはどこで怪物化したというのか……」

 

「エヴリンだ」

 

「あの黒い服の少女か?」

 

「ああ。あいつが特異菌の発生源である以上、俺達が初めて彼女を見た後、

特異菌を撒き散らしながら海を移動したとしか考えられない。

俺が戦った深海棲艦モールデッドはその時に感染したんだ」

 

「なるほど、奴らも哀れなものだ。戦っては沈みまた戦っては化け物にされ……」

 

「どういうことだ?浮いたり沈んだりするような言い方だが」

 

「ん!?あ、いや、なんでもない。言葉の綾だ」

 

「そうか?なら別にいいが……」

 

長門が何かを誤魔化そうとしていたことは明らかだが、

彼女の性格からして絶対口を割らないだろうし、話の流れから考えても、

恐らく今問い詰める意味はないだろう。俺は会話に戻った。

 

「じゃあ、提督。俺は今から海岸に行くが、

出撃が必要なときやモールデッドが現れたらすぐ呼んでくれ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

「お前も一度くらい演習に参加しろ。軍人としての練度を上げるんだ」

 

「向こうのチームにどう説明するんだよ。

生身の人間ですがよろしくお願いしますとでも?」

 

「うむむ……確かに」

 

「俺はこれで失礼するよ」

 

退室してドアを閉めると、ドアの脇にある提督宛郵便物のポストにメモを入れた。

内容は一行だけ。

 

“俺は感染している イーサン”

 

階段を下りて本館を出る。そして海岸へ歩いていく。俺の始まりの場所に。

モタモタしている余裕はない。ミアも俺も助からなければ意味が無いのだ。

 

 

 

──現実世界 B.S.A.A.ヘリポート

 

B.S.A.A所属、SOU(Special Operations Unit)が所有するヘリポートに、

数機の輸送ヘリがローターを回転させて待機し、今にも飛び立とうとしていた。

フルフェイスの防護マスクを着けた隊員達が無駄のない動きで次々と乗り込み、

最後に隊長格の男が乗ると、ハッチが閉じられ、ヘリがゆっくりと離陸した。

その機体には白と青の傘のロゴ。隊長格の男が司令室と交信する。

 

「こちらチーム・アルファ、レッドフィールド。全機離陸した。

これより目標地点に向かう。オーバー」

 

『こちらHQ、作戦内容を再確認する。チームアルファは情報提供者の家屋に突入、

B.O.W.を殲滅し、例の男を確保せよ。オーバー』

 

「レッドフィールド、了解した。HQ、通報者の状況は?オーバー」

 

『現在2名とも無菌室に収容し、経過観察中。

血液サンプルを採取し、新種ウィルスの発見に全力を挙げている。

ターゲットの男も既に感染しているとのこと。速やかに無力化し捕縛せよ。オーバー』

 

「了解。レッドフィールド、アウト」

 

『HQ、アウト』

 

そして、アンブレラ社のヘリはルイジアナへ向けヘリポートから飛び去った。

英雄と呼ばれた伝説の兵士を乗せて。

彼を運ぶのは、かつてB.O.Wを世に放ったアンブレラ社の装備。

この呉越同舟が何を意味するのか、今はまだ、誰も知らない。

 

 


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