Vivid Strike Loneliness 作:反町龍騎
「⋯⋯そんな事が」
アイズは二人に、簡潔に起きた出来事を話した。
自分が捨てられた事、アリアに救われた事、アリアが死んだ事、アリアを殺した者が管理局員である事。
後ろ二つは、しょうがない事である。だが心情はそうではない。しょうがない事だと分かっていても、納得出来ないものがある。受け入れられないものがある。
だから、やってはいけない事だと分かっていても、アリアが望んでいないと知っていても、自分を抑えることが出来なかった。
あの日、アリアを殺されたあの日から、ずっと恨み続けてきた。あの金髪金瞳の男を。管理局にいるのなら、管理局員に話を聞けば早いだろうと、昨夜、紺藍色の髪の女性を襲ったわけだ。
その女性に恨みがある訳じゃない。本当に恨んでいるのは、憎んでいるのは、自分なんだ。無力である自分なんだ。力が無いから止められなかった。力が無いから殺してしまった。
本当に恨むべきは、本当に殺すべきは、自分。なのにその答えに納得がいかず、あの男を恨んだ。それが自分の弱さだと知っていても。
あの日、アリアが自分に見せたいと言っていたものは分からないまま。あの日、アリアが何故ああなってしまったのかも分からないまま。
あの日から泣いたことは無い。悲しみはなく、ただ悔しさだけが募っていたのに、怒りだけがふつふつと煮えたぎっていたのに、目の前のアリアによく似た容姿をしている金髪の女性は、自分に涙を流させたのだ。あの時のアリアと同じ言葉で。
抱きしめられた時の、温もりが心地よかった。愛情なんて、感じないと思っていたのに、子供が母親に抱きしめられた時の安心感が、自分も感じてしまった。それはいけないことではない。アイズの年の者なら誰でも感じる事だ。
だがアイズはその愛情というものをアリアからしか感じたことは無い。それをアイズに感じさせたこの女性は。
「⋯⋯あんたは一体、何なんだ」
「え?」
「こんな気持ちを、――俺に与えるあんたは、一体なんなんだよ⋯⋯ッ」
涙でぼやける目でフェイトを見つめ、苦しむ様に胸を押さえたアイズは、震える声で訴える。
アイズのその訴えは、フェイトの名前や立場などではなく、身の上を聞いているような気がして。
「――私ね、クローン⋯⋯なんだ」
「――ッ!」
アイズは驚く。当然である。目の前の、人間にしか見えない女性がクローンだと言われれば、驚いて当然だ。
「私には、アリシアっていうお姉ちゃんがいたんだけど、死んじゃってね。⋯⋯私はそのアリシアの遺伝子で造られたクローンなんだ。アリシアとは違う一人の女の子、フェイトを、お母さんは嫌って⋯⋯。それでも、お母さんに愛してもらう為に、ずっとずっと、いい子で居ようってして来たんだけど。それがお母さんには、余計に腹立たしく思えたみたいで。――出来損ないって、あなたなんか娘じゃないって、ずっと、言われてきた。多分、そのまま捨てられてたら、私もアイズ君みたいになってたかもしれない」
悲しそうに、目に涙を溜めながら、笑顔を作るフェイトを、やはりどこか似ていると、アリアの面影を重ねてしまう。
「でも、私には友達が居たの」
そう言って、なのはを抱き寄せ、
「この、高町なのはさんって人が、私にずっと話しかけてきてくれて、名前を読んでくれて、私をアリシアの出来損ないのクローンから、一人の人間に変えてくれたの」
「フェイトちゃん⋯⋯」
「だから私は、なのはが私を救ってくれた様に、私が誰かを救うんだって、決めたの」
「⋯⋯それが、俺なのか」
「――そう出来たらいいな、とは思ってるんだけどね」
一層胸が苦しくなる。彼女の笑顔を見ていると、苦しくなって、切なくなって、悲しくなって。彼女は自分を救ってくれるのだろうか。自分は彼女を救えるのだろうか。
愛を知らない自分に、感情の一つが抜け落ちた自分に、出来るのだろうか。
自分は求めていただけなのかもしれない。自分が愛すべき人を。自分を愛してくれる人を。この女性なら、きっと。
でも、その前に、
「――なぁ、俺を捕まえてくれないか?」
「え?」
呆けた様な声を出すなのは。そのなのはの目には涙が浮かんでいた。
「どうして?」
「⋯⋯俺は過去に、色んな事をやって来た。窃盗、殺人、強奪。自分が生きる為に、色んな罪を犯してきた。その償いをしたい」
二人は言葉が出なかった。強情だった男の子が、自分からそんな事を言い出すなんて。ならば、と。
「――しなくて、いいんじゃないかな」
「はぁ!?凶悪犯だぞ!」
「――うん、そうだね。見過ごせる事じゃない」
「ちょっ!フェイトちゃん!?」
「見過ごせる事じゃないから、管理局に着いてきてもらう。そこで、私が何とかして、保護観察処分になる様にする」
優しく微笑むフェイト。これなら反論は無いだろうとなのは。だが、異論の声は上がった。
「――嫌だ」
「――え?」
「嫌だよ、そんなの⋯⋯。俺は、人を殺してるんだぞ!?それなのに、それなのに!保護観察処分だなんて、納得⋯⋯出来ない」
アイズの異論に、フェイトは目を瞑ると、
「なら、管理局で働こう」
「――は?」
「保護観察処分だけじゃ駄目だって言うなら、管理局で働こうよ。実際にそれで罪を償った人もいるわけだし」
「本当、なのか?それは」
「うん」
フェイトの笑顔。やはりそれは何処か苦しくもあり、切なくもあり、悲しくもある。でもそれ以上に、暖かい。抱きしめられた時の様な暖かさが、温もりが、安心感が、それにはあるように思えた。
だからアイズは、震える声で、一言。
「――ありがとう」
「うん」
フェイトはそれに笑顔で応える。
――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、アイズ君」
「――ん?」
初めは無視していたなのはだが、フェイトの事情を聞いてからは、間を開けてではあるが、返事をする様になった。
「アイズ君って、親戚とか、いたりする?」
「――いない。いたとしてもどうでもいい」
「そっか⋯⋯。じゃあ、私の息子にならない?」
「嫌だ」
「え!?」
今までで一番反応の速かった返事である。
「⋯⋯我儘を言うようだけど、引き取られるなら、その、フェイト、さんがいい」
「⋯⋯」
アイズの言葉に呆気に取られる二人。名前を呼ばれたフェイトは、困惑した表情で自分に指を指している。
「駄目、かな?」
「いや、ダメじゃないよ!うん、そうしよう?なのは。本人がそう言ってるんだし」
フェイトに言われても、何処か納得のいっていないなのはは、
「じゃ、じゃあせめて、住むところだけでも、ここにしよ?ほ、ほら、フェイトちゃん執務官で、家にいない日も多いし、私、十歳になる娘も居るから、退屈しないよ?それにフェイトちゃん、ここによく来るし、ね?」
「――あ、いや、そのつもりだったんだけど⋯⋯」
「へ?そ、そう、なんだ」
こうしてアイズは、管理局嘱託魔導師となり、なのはのもとで保護観察を受ける事となる。