Vivid Strike Loneliness 作:反町龍騎
親に捨てられてからというもの、アイズは一日を生きていくので精一杯だった。
掏摸、空き巣、媚びて金を貰うなど、あの手この手でなんとか生活していた。
そんなある日の事だった。
あれから四年の月日がたった。九歳になったアイズは、まとまった金が欲しいと、魔法で体を変え、覆面を被り銀行へと足を運んだ。
大きなカバンを窓口に置き、女性に言った。
「金庫の金を入るだけ詰めろ。やらなきゃお前も、他の奴らみたく氷漬けになるぞ?」
「――っ!」
女性はアイズに言われ、周りを見る。
皆、凍っていた。
やらなければ自分もこうなってしまう。女性はアイズに懇願する。
「私は金庫の暗証番号を知らないんです!知っているのは支店長だけで!本当なんです!」
女性が、支店長であろう人物を指差す。
「そうか」
アイズはそれだけ言うと、女性を凍らせ、女性が指さした人物の氷を溶かす。
「お前が支店長か」
「――は、はい。これはいったい⋯⋯。あなたは――」
「この中に、金庫の金を入るだけ詰めろ。やらなきゃお前も、氷漬けだ」
「――ッ!わ、分かりました!」
言って男はカバンを取り、奥へと消えた。
これが失敗だった。自分も一緒に付いていけばよかったのだ。
「あ?」
サイレンの音が聞こえた。
そして十台を超えるパトカーが、アイズの入った銀行の前で停止した。
「チッ!あいつ、警察呼びやがったな」
とりあえず、銀行の入り口や窓を凍らせる。これですぐには入って来られないだろう。
アイズは窓口を飛び越え、男が行った奥へと向かう。
「おい、お前!」
「ひっ、ひいぃ」
アイズは手のひらサイズの氷柱を作り、男の喉元に突き付けた。
「さっさとこの中に金を入れろ。じゃなきゃ殺す」
「わ、分かりましたぁ!」
男は慌てて金庫を開け、その中から札束をカバンの中に押し込んでいく。
男がカバンいっぱいに札束を詰め、チャックを閉めたところで、男から乱暴にカバンを取り、男を氷漬けにして出口へと向かう――ことはせず、金庫の中の壁をぶち破り、そこから逃走を試みる。
「はぁ、はぁ⋯⋯」
なんとか逃走に成功した。
肩に下げたカバンを地面に置き、魔法を解除し覆面を脱ぎ、地面に座り込む。
「なんとか、なったか」
そんな安堵と成功に浸っているアイズの耳に、一つの声が届いた。
「ねぇ、君。ここで何をしてるの?」
「ッ!」
声の主の方を向く。
その声の主は少女だった。
腰までありそうな長い金色の髪に、吸い込まれそうなほどに綺麗な赤い瞳、そして、何処か大人びた雰囲気を持つ少女だ。
「――どこから見た」
「どこからって言われても⋯⋯ッ!」
少女が言い終わる前に、少女の足元から氷柱が生えた。
間一髪それを避けた少女は、それを見て驚愕の表情を見せる。
「魔法――!」
「⋯⋯」
「⋯⋯そう。君も魔法が使えるの」
「――魔法。惨禍の力じゃないのか?」
「惨禍?違うよ。それは、人を救う力だよ」
少女の言葉にアイズは、馬鹿馬鹿しいと鼻を鳴らし、その場を去ろうとする。
「あ、待って!」
「チッ、離せ」
振り解こうとしても振り解けない。だから、少女の腕目掛けて氷柱を生やす。
これも避ける。そう思っていた。でも違う。
「――!」
血飛沫が舞う。アイズのものでは無い。少女の血だ。
氷柱が腕に突き刺さっているというのに、表情一つ変えず、少女はアイズを見つめる。
「――離せよ」
「離さない」
「離せってッ!!」
少女を億劫だと感じたアイズは、少女の体に何本もの氷柱を突き刺す。
「――グッ」
刺さった箇所全てから、血が流れ出る。しかしそれだけでは飽き足らず、少女の体は、口からも血を流した。
それでも、少女はアイズを離さなかった。
「離せって、言ってんだろ。殺すぞ⋯⋯ッ!」
「⋯⋯離、さないよ。絶対」
「――だったらもう、死ねよッ」
アイズが少女に右手をかざした時だった。アイズは初めて、少女の顔を見た。
泣いていた。泣いていたのだ。
多分、痛みからくるものではない。
しかし、アイズに少女の心情は分からない。分かりたくもない。
だというのに、何故だろうか。こんなにも、胸が締め付けられる思いなのは。
その所為で、アイズは一瞬躊躇ってしまう。
「――無理だよ」
「ッ!」
「そんな悲しい顔で拒絶されたら、放っておけないよ」
少女に抱きしめられた。
少女の体に刺さっていた氷柱は、いつの間にか粉々に砕けていた。
アイズは、抵抗しなかった。出来なかった。
アイズは気付いていない。自分が涙を流していることに。
「まずは、自己紹介だね。私はアリア・ハシャトルテ。君は?」
「――アイズ」
「そう、アイズ君。それで、アイズ君は何をしてたの?」
「――強盗」
「は?」
「銀行強盗だ」
アイズは金の入ったカバンを指差し言う。
「⋯⋯生活に困ってたの?」
「当たり前だろ。親に捨てられてんだ」
「あ、その、ごめん」
「チッ」
その舌打ちを最後に、二人の間に沈黙が流れる。
「――あのね、私も、その、親に捨てられたんだ」
「――それで?」
「アイズ君の気持ちが全部分かるなんて、そんな事は言わないけど、ちょっとぐらいなら分かるよ。その気持ち」
「⋯⋯」
「ところでアイズ君は、魔法の事を惨禍の力、なんて言ってたよね?それは何で?」
「何でも何も、この力の所為で俺は、捨てられたんだ」
「そう、か。でもね、それはアイズ君も魔法も悪くない。アイズ君の親も悪くない。誰も悪くないんだよ。ただ、アイズ君のすぐ近くに、魔法を知る人が居なかったってだけで」
「⋯⋯」
アリアの言葉は正しい。誰も悪くない。
アイズは拳を握っていた。それは何故なのか、アリアには分からなかったが。
「そうだ!」と手を打ち、
「ねぇアイズ君。私の家に来て、魔法の勉強、しよう?」
「――はぁ?」
それからアイズは、暇さえあればアリアの家を訪ね、魔法の勉強をしていた。
まずは魔法がどういうものなのか。魔法という強大な力は、どんな時に使うべきものなのか。
そして魔法の基礎。
アリアはアイズに、どんな事だろうと基礎がなっていなければ、何もできはしないと教えた。
「アイズ君の魔法は強力だよね。炎熱と凍結の魔力変換資質」
「そんなに凄い事か?」
「凄い事だよ!一つだけなら偶にいるけど、二つ持ってるなんて稀なんだよ!」
「お、おう」
と、たまにアリアの鼻息が荒くなる事があり、アイズが引いてしまう一面などあったが、それはまた別の話。
アイズにとって、アリアは初めて人の温かさを教えてくれた存在だ。
そのアリアと接し、アイズの表情も心も豊かになっていった。
アイズはアリアといる時間を楽しいと感じ始める。
だが、楽しい時間程、あっという間に過ぎていくというものだ。
~余談~
アイズが銀行強盗をした翌日の事。
アイズが襲った銀行に、最初に出勤してきた人の目に入ったのは、昨日奪われたはずの札束の山だった。
そして、犯人に壊された筈の金庫内の壁が修復されていた。
世間では、何処かの善人の仕業だと言われている。