Vivid Strike Loneliness 作:反町龍騎
少年は夢を見た。あの日の、自分が自分を嫌いになった日の記憶だ。
頭から血を流し、地に倒れている少年は、薄く目を開き、ぼやけた視界で目の前の光景を見ていた。
化け物のような雄叫びを上げ、自分を襲う男たちを蹂躙する少女。その少女の周りには、血を流した男たちが倒れている。
一人は腕が千切れ、一人は臓腑が零れ、一人は関節が曲がってはいけない方向に曲がっている。
男たちをそんな無残な状態にした少女は、返り血で赤く染まっている。金色の髪も、黒い服も、少女のなにもかもが赤く染まっている。
空に浮かぶ男たちは、杖状のデバイスを少女に向け、魔法を放っている。だが、少女の放つ一つの魔法が、男たちの魔法を相殺する。
少女が、男たちと戦っている最中、空中の男たちの後ろで、巨大な魔力反応がした。
少年は、おぼろげな目で空を見上げる。
見上げた先には、魔力を収束している男が一人。その魔力の色は黄色。
そして男は、少年と少女に対して無情な言葉を口にする。
「サンダーレイジブレイカー!」
男が放ったそれは集束砲撃魔法。彼のエース・オブ・エースの使う高難易度の魔法を、少女に向けて。
その魔法が、少女の命を刈り取るのに十分な威力を持っていることを、少年は知識ではなく勘で理解した。
だから少年は、少なくなった力を振り絞り、叫んだ。
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
そこで、少年は目覚めた。そこには知らない天井があった。
訝しげに天井を睨む少年の視界に、紺藍の髪と、翠の瞳の女性が入って来た。
「うわッ」
とりあえず氷粒を女性に放ち、自分はベッドの端っこに逃げる。
そして、何かあれば氷や炎で迎撃できるように構える。
「あ、ご、ごめんね。びっくりさせて」
少年は、何も言わずただ女性を睨んでいる。
「――えっと、私の名前はスバル・ナカジマ。君の名前は?」
「⋯⋯」
「あの⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
二人の間に沈黙が流れる。
不意に聞こえたコンコン、という音が、沈黙を破る。
「スバル。その子起きた?」
「あ、ティア!」
沈黙を破った救世主に笑顔を見せるスバル。
「なんだ、起きてるじゃない」
そう言い少年に微笑みかける女性。長く艶のあるオレンジ色の髪を下し、優しく細めた眼は透き通るような青。服の上からでも分かるほど、女性らしい体をしている。
「私はティアナ・ランスターよ」
「⋯⋯」
「⋯⋯えっと、君の名前は?」
「⋯⋯」
自分の名前を名乗っても、名前を聞いても何も喋らない少年に困ったティアナは、どうしたらいいのかとスバルに表情で問う。
⦅さっきからずっとあの調子で⋯⋯⦆
⦅あんたと戦ってた時は喋ってたんでしょ?⦆
⦅うん⋯⋯⦆
念話でのスバルの声は、心なしか沈んでいた。
ティアナが心の中で溜息を吐き、何事かを話そうと口を開きかけた時である。
「ぐうううううぅぅぅぅぅぅ」
という音が、三人のいる部屋に響いた。
それは少年の腹から放たれた音。
ティアナは少年の羞恥心の無い腹に、クスリと笑い、
「とりあえず、ご飯食べましょ」
「⋯⋯いらない」
「え?」
「いらないって、でも、お腹空いてるでしょ?」
スバルの問いに、少年はバツの悪そうなをした。
「⋯⋯施しは受けない」
言って立ち上がる少年。ただ、立ち上がる際に、疲労の所為なのか空腹の所為なのか、少しよろけた。
よろける少年を、スバルは少年の肩を持って支える。
「ほら、まだちゃんと動けないんだし」
「――離せ」
少年は、スバルの手を払い、扉の方へ向かう。
「待ちなさい」
ティアナが少年の腕を掴む。
「あんたは罪を犯したのよ。暴力を振るったって罪を。被害届こそ出てないけど、それでも罪を犯したことに変わりはないの」
「――それで?」
「――なんとも思わないわけ?」
「⋯⋯」
「⋯⋯あんたがやったことは、スバルぐらいじゃなきゃ大怪我じゃすまなかったかもしれないのよ?」
ティアナの言葉を聞いて、少年は短く溜息を吐く。
その時だ。ティアナの少年の腕を掴んでいる方の腕が、凍ったのは。
「なッ」
そこで手を離してしまったのが失敗だ。腕に続いて足まで凍らされてしまったのだから。
「ティアッ!」
スバルがティアナに駆け寄ろうとするが、足が動かせない。スバルの足も凍らされている。
「――他人の施しは受けない。それが管理局の人間ともなれば尚更だ」
二人に背を向けた少年は、首だけを動かし、冷たい目を二人に向けてそう言った。
外はもう朝だ。
燦々と照る太陽を憎々しく睨みつけ、少年は、悲鳴を上げる腹をさすりながら、道を歩く。
そこは住宅街だった。
目の前の家の玄関先では、親子仲良くハイタッチをする姿が見える。そして子供の方は元気よく走って行った。親の方は、子供の背中を手を振りながら見送っていた。
少年は、その光景に舌打ちをし、子供が走って行った方とは違う方に九〇度向きを変え、その家に近づかないようにした。その時、
「ねぇ、君、どうしたの?」
一人の女性に声を掛けられた。先ほどの親だ。
茶色の髪を横で一つに纏め、綺麗な黒い目をしている。この女性も、大半の女性が羨み妬む、女性らしい体つきをしている。
「⋯⋯」
「ねぇ、どうしてそんなに顔が汚れてるの?」
「⋯⋯」
「ねぇってば」
女性の言葉を無視してその場を去ろうとしたところ、女性に腕を掴まれた。
振りほどこうとしても、そこは大人と子供。相手が女であっても、腕力には差があった。
振りほどこうとしても無理なので、女性の腕を凍らせてみることにした。
「――ッ」
女性は、突然の事に驚きはするものの、その手は離さないまま、真っ直ぐに少年を見つめていた。
「私の家においで」
「放せ」
「いいから」
女性は少年を、半ば強引に自宅へと連れ込んだのだ。
「それで?どうしてそんなに顔が汚れているのかな?」
「⋯⋯」
二人とも、向かい合うように椅子に座っている。
自分の質問に答えないまま黙っている少年を、じっと見つめる女性。
「答えてくれないと分からないよ」
「――分かってもらう必要なんかない」
「⋯⋯どういう事?」
女性の問いに答えようとせず、少年は玄関へと向かう。
「ッ!待って!」
少年を追いかけようとした女性の前に何本もの氷柱が現れる。
終いには、玄関とリビングを繋ぐ廊下を、氷の壁で塞いでしまった。
「俺に関わるな」
少年は、玄関のドアノブに手を掛け、玄関を開ける。
「えっと⋯⋯?」
少年の視界に入ったのは、サラサラとした金色の髪を風に靡かせ、吸い込まれそうなほど綺麗な赤い目。今までの女性よりもさらに女性らしい体つき。バスト、ウエスト、ヒップのバランスが、服の上からでも分かるほど良い。
そんな女性は、首を傾げ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
その女性を見て少年は、目を見開いて固まっていた。
「ねぇ、君」
金髪の女性に話しかけられ我に返った少年は、女性の横を通り過ぎようとする。
そこでまたも、腕を掴まれる。
「待って!」
「――チッ。離せって!」
そして少年は、過ちを犯してしまう。
女性の腕を燃やしたからだ。
しまったと、一瞬思ってしまったが、どうせすぐ離すだろうと高を括っていた。しかし、それが間違いだった。
「はぁ!?」
女性は離さなかった。
熱いはずなのに、痛いはずなのに、少年の腕を離さなかった。
「離せよ!放っておいてくれよ!」
少年の言葉を聞くと、女性は悲しい顔になり、
「無理だよ」
涙で声を震わせながら、少年を抱きしめる。
「そんな悲しい顔で拒絶されたら、放っておけないよ」
「――ッ!」
少年は気付かなかった。その時少年が涙を流していたことに。
「――ごめん、⋯⋯なさい」
掠れる声で必死に紡いだ言葉は、少年が人生で二度目の、心の底からの謝罪だ。
庭から回って来たサイドテールの女性も、その光景に、顔を綻ばせた。