Vivid Strike Loneliness 作:反町龍騎
疲れた。疲れたよパトラッシュ⋯⋯
「ねぇ⋯⋯、今僕の事、呼んだよねぇ」
その声を聞いてやっと、二人は腸喰いを認識した。周りに意識を向けていなかった訳ではない。むしろ充分に警戒していたのだ。それでも気づけない程、気配を消す事が出来る男。それに間をあけようと後ろに飛ぼうとしたところで、それは愚行だと思う。
何故なら腸喰いは今、ティアナの首に手を触れているから。
腸喰いはティアナの首を指でなぞり、
「この細い首をへし折ったら、どんな音がなるのかなぁ⋯⋯?グキッかなぁ?ボキッかなぁ?それとも、ゴギリッて漫画みたいな音がなるのかなぁ?――血はどんな風に出るかなぁ?噴出しちゃうかなぁ?いっぱい大事な動脈が通ってるもんねぇ⋯⋯」
そう言い、涎をまとった舌でティアナの首を舐める。その所為で、ティアナから短い悲鳴が上がる。
「君からはさぁ⋯⋯、凄くいい臭いがするんだよねぇ。――ねぇ、食べてもいいかなぁ?いいよねぇ?」
そう言い、腸喰いがもう片方の手を動かした瞬間、腸喰いの足元から氷柱が生える。それを避けると腸喰いは、
「危ないなぁ」
と、それを行った人物、アイズへと目を向ける。氷柱を見ると腸喰いは、
「凍結の魔力変換かぁ。珍しいねぇ」
と、ニタリと笑う。その腸喰いをアイズは睨む。
「――気持ち悪いぞ、お前」
「良く言われるよぉ。でも、僕は僕の事好きだから、どうとも思わないんだけどねぇ」
アイズの氷柱を避けたがために、ティアナから離れた腸喰い。アイズの方を向いたがために、ティアナに背を向けている腸喰い。
今がチャンスだ、と思うより早く、ティアナの体は動いていた。ティアナのデバイス、クロスミラージュを腸喰いに向け、渾身の魔力弾を放つ、その瞬間である。腸喰いが首だけを動かしティアナを見やると、目を見開き口角を釣り上げていた。
ティアナの魔力弾は腸喰いに命中し、煙が上がる。
(煙?なんで煙が⋯⋯)
煙が晴れると、そこには無傷の腸喰いがティアナの方を向き立っていた。
「今のはちょっと、気持ち良かったよぉ」
そう言い腸喰いは、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべる。そして腸喰いがティアナへ一歩進んだ瞬間である。腸喰いの前後上下左右より氷柱が出現。このままだと腸喰いは氷柱により串刺しだ。だが腸喰いは、出現する氷柱を全て燃やした。
「僕ねぇ、炎熱の魔力変換資質があるんだぁ」
腸喰いはニタリと笑う。厄介だなとアイズは思う。なのははこの事を言っていなかった。なのはがアイズにそんな重要な事を喋らないなんて事は無いはずだ。だとするならば、腸喰いは、炎熱を使わずなのはを手こずらせたという事か。
「君には少し興味が湧いたよぉ」
「――ッ!?」
アイズが思考を巡らせていると、鼻がくっ付く距離まで腸喰いが迫っていた。そしてどこからか取り出したナイフを振りかぶる。だが腸喰いに攻撃される事は無かった。理由は腸喰いの背後にいるティアナだ。ティアナが複数の魔力弾により攻撃。それを腸喰いはナイフで切り落とす。そのためアイズは攻撃される事が無かったのだ。
「二対一って事忘れないでくれる?」
「――いいねぇ。好きだよぉ、そういう気が強いのぉ」
ティアナに狂気の笑みを向ける。その隙にアイズは自身の側に幾つかの氷柱を出現させ、それを腸喰いへと放つ。音の無い攻撃。だというのに腸喰いは、後ろに目でも付いているかのように、アイズの氷柱を燃やし、アイズに投擲する。アイズは投擲を氷で防ぐ。その所為で一瞬、視界が狭まる。だから腸喰いに間を詰められた。
「がら空きだねぇ」
腸喰いはナイフを下から上へ振り上げる。その腸喰いの腕を、アイズは氷で弾く。そして炎を右手に纏わせる。
「火掌・炎鎚ッ!」
炎を纏った右手が、腸喰いの腹を突く。それにより、腸喰いは胃液を吐き出す。クリーンヒットに見える攻撃にも関わらず、胃液に留まったのは、腸喰いがナイフで防いでいたからだ。だから喀血に至らなかった。
この攻撃を受けた腸喰いは、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべる。
「君、炎熱の魔力変換資質もあるんだぁ⋯⋯。――油断大敵。思い知らされちゃったなぁ」
次の瞬間、ティアナは嫌な予感に全身の毛が逆立つ感覚を覚える。
「アイズ!逃げなさい!」
ティアナの叫びと同時。空から炎が降ってきた。アイズは同じ炎でそれを迎え撃つ。そして腸喰いに向けて氷柱を幾つも飛ばす。勿論それは腸喰いの炎により燃やされる。
腸喰いが間を詰めようとすれば、そうさせまいとアイズは氷柱を放つ。それを燃やし、斬り、時には避けてアイズへと向かう腸喰い。足元を凍らせようとすれば、飛び上がり避ける。アイズが炎を放てば腸喰いも炎を放つ。二つの炎がぶつかると、爆炎が上がる。
その様子を見てティアナは、手を出す隙がない、と思った。ならばこの隙に、応援を呼んでおこう。と、クロスミラージュを操作した瞬間。ナイフが飛来し、クロスミラージュを突き刺した。
「そうはさせないからねぇ」
勿論そのナイフは腸喰いのもので。腸喰いはアイズを炎で攻撃しつつ、ティアナの方へ向く。
「これ以上人が増えたら、楽しみが無くなっちゃうかもしれないからねぇ。君は腸、君は手足。食べたいんだよねぇ⋯⋯ッ!」
言って腸喰いはケタケタケタケタケタケタケタケタ――と笑う。
一方ティアナは苦虫を噛み潰したような顔をする。デバイスが無ければ、通信出来ず、魔法を使うにも発動までに時間が掛かる。デバイスを持っているアイズは腸喰いへの対処で忙しい。故に通信する暇は無い。だから応援は望めない。この腸喰いという狂人を、アイズと足でまといの自分の二人で何とかしなければならないという事。
なんという絶望的な状況か。あの腸喰いという狂人は、炎熱無しでなのはに善戦した男。炎熱ありの腸喰いはなのはでも対処出来るか怪しいはず。アイズも粘ってはいるが、必ず限界が来るはず。ならば逃げた方が得策か。だがどちらかは必ず交戦状態に陥る。やはりここで対処しきるしかない。ならば、
「アイズ!」
ティアナは短く、名前だけを呼ぶ。要件は伝えない。どうせ相手にバレている。だからこの一言で、アイズが分かってくれればいい。
「――ああ」
短く小さな返事。だがそれは、確実にティアナの意図を理解している返事。
その二人に腸喰いは、
「いいねぇ。つうかあってやつだねぇ。羨ましいなぁ。妬いちゃうなぁ」
と、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべる。ゆらりと左右に上体を揺らし、手に持つナイフを斜めに大振りする。するとその延長線上に刃が飛ぶ。飛ぶ斬撃というやつだ。
そんな高等技術を目の当たりにしたアイズは、冷静に氷で防ごうとする。しかし、刃は氷を切り裂きなおも勢い劣らずアイズへ飛翔する。それを左へ躱し、特大の炎を放つ。
「飛翔・炎帝!」
腸喰いは避けるでもなく防ぐでもなく、同じ炎をもって迎え撃つ。二つの炎がぶつかり合い、爆炎が上がる。
その爆炎が晴れると同時にアイズは動く。勿論、腸喰いの懐へ。
「いいねぇ。おいでよぉ。可愛がってあげるからさぁ――ッ!」
が、腸喰いは動かない。いや動けない。足元が凍っている。その事実を認識して驚愕の表情を浮かべている腸喰い。それは一瞬。されど一瞬。一瞬あれば、腸喰いは足元の氷を溶かし、アイズを迎撃する構えが取れる。だがそれは、アイズが動いていなければの話。腸喰いが足元の氷を溶かした時にはもう、アイズは腸喰いの懐に潜り込んでいた。
「火掌・炎帝ッ!」
炎を纏った右手から繰り出された攻撃は、腸喰いの鳩尾へ、深々と突き刺さる。
「ガハァ――ッ」
喀血。腸喰いの口から、大量と呼べる血が流れた。
だというのに、腸喰いはまだ、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべている。
理由。それは、
「まずは、右腕ぇ」
鮮血。それが、アイズの上腕部より噴き出していた。
「――え?」
アイズがそれを確認した後、
「ああああああああァァァァァッッッ!!」
二度目の絶叫。一度目はアリアが殺される瞬間に。
「アイズッ!」
ティアナが叫ぶが、彼女がアイズの元へ行ったところでなにが出来る訳でもない。なので、行きたくても行けなかった。
「肉を切らせて骨を断つ。思い知ったよぉ。自分が楽しみたいならぁ、相手も楽しませなきゃねぇ」
凶悪な殺人鬼。腸を好物とする狂人。腸喰いの恐るべきところを、警戒すべきところを、警戒していなかった。なのはに言われていた筈なのに。『隙に見えるそれは、相手を誘う為の罠』だと。
ニヤニヤと、腸喰いがアイズの切れた右腕を取りに行こうとしたところで、背後にナイフを振る。
「させないわよ、そんな事!」
ティアナがデバイス無しで魔力弾を放ったのだ。それを腸喰いは斬った。
「邪魔しないで貰えるかなぁ」
苛立ちを孕んだ声で言うと、ティアナへと間を詰める。そしてナイフを横薙ぎしようとしたところで、腸喰いは横に飛ぶ。
「なんだぁ、壊れちゃったかと思ったけどぉ、まだ元気じゃないかぁ」
腸喰いの目線の先には、口から血を流し腸喰いを睨むアイズがいた。腕は氷で止血している。そのアイズが、腸喰いの足元に氷柱を生み出したというわけだ。そのアイズを見て腸喰いは、
「じゃあ次はぁ、左腕だねぇ」
アイズへと肉薄。アイズは氷柱を放ち、炎を放ち、腸喰いを迎撃する。だが腸喰いはそれらをいなしてアイズの元へ行く。幾らやっても止まらない腸喰いを煩わしく感じ、アイズは地面に掌を叩きつける。
「飛昇・炎柱ァッ!」
何本もの火柱が、腸喰いの道を塞ぐように地面より現れる。アイズの炎熱変換魔法最大威力の技である。それを腸喰いは、顔色一つ変えずに避けていく。
これでも駄目かと。腸喰いを止めることは出来ないのかと。絶望である。
(後はあれしかない。でもあれは、発動までに時間が掛かる)
覚悟を決めるしかない。そう思った瞬間である。血飛沫が舞う。だがそれは、アイズのものでは無い。
「違うんだよぉ。君は腸が食べたいんだよぉ」
そう。その血はティアナのものだ。咄嗟である。ティアナが咄嗟にアイズを庇い、右腕を切り落とされたのだ。
なんで?なんで?この女は、自分を庇った?何故自分から傷付く事を選んだ?
疑問による戸惑い。そのアイズに、ティアナは、
「――だい、じょうぶ⋯⋯?アイ、ズ⋯⋯」
覚悟を決めていたにも関わらず、想像を絶する痛みにたどたどしい言葉遣いになってしまう。
「あ、あ、ああ⋯⋯」
「あああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
三度目の絶叫。そして制御出来ず溢れ出る魔力。右を見れば火炎地獄。左を見れば氷結地獄。
流石にこれには腸喰いも、
「流石にこれはぁ、不味いかもなぁ」
と、逃げようとした時だ。
「インパクトシューター」
「ガハァ――ッ!」
背後から、意識を刈り取られかねない程の衝撃が襲った。振り返るとそこには、金髪逆毛、金色の瞳、全身黒のバリアジャケットの男が滞空していた。
「よぉ、初めて会うな、腸喰い」
「誰だよぉ、君はぁ」
「そいつらの上司だよ」
言って男は無数と言える程の電気を纏った槍を出現させる。
「インフィニットサンダーストーム」
その槍たちを全て、腸喰いへ放つ。腸喰いは炎を放ち、ナイフで斬り、応戦するが、手数が足りず被弾する。一度被弾してしまえば、留まることを知らず、後の攻撃も食らってしまう。そして雷槍は腸喰いの四肢に幾つも刺さり、腸喰いは地面に貼り付けの状態になる。
「逮捕するぞ、腸喰い」
「近付かないでくれるかなぁ?君からはぁ、嫌な臭いがするんだよねぇ――ッ!」
「怖いなぁ。威嚇すんなよ。間違えて攻撃しちゃうかもしれないだろ?」
男は腸喰いを見下すと、二人の元へ行く。
「大丈夫か?ティアナ」
「――パルトメスト、さん」
「とりあえず止血か」
そう言うと男は、袖を千切り、ティアナの腕を圧迫して血の流れを止める。そして周りを見渡すと、
「腕はあるな。ならまあ、傷は大丈夫か」
二人の腕を拾ったところで、空から茶髪ツインテール、白いバリアジャケットの女性がやってくる。
「パルトメスト君、二人は?」
「気絶してるだけだ」
「そう、良かったぁ」
男から二人の様子を聞くと、女性は安堵に胸を撫で下ろす。そして腸喰いを見ると、
「大丈夫なのかな?」
「大丈夫だろ。串刺しの状態から逃げれたら、そいつはもう人間じゃない」
スンスンという音が聞こえる。
「いい臭いがするよぉ。君だねぇ?このいい臭いはぁ」
腸喰いは、凶悪で残虐で残酷で残忍で非情で非道で外道な笑みを浮かべる。
その腸喰いに男は手を添えて、電気を流す。
「アアアアアアアアッ!」
それにより腸喰いは気絶する。
「容赦無いよね、パルトメスト君」
「こういう奴に容赦してたらキリねぇだろ」
言って男は腸喰いを肩に抱える。
「なのはは二人と二人の腕を頼む」
「うん。分かった」
第一級犯罪者、腸喰い。第六一管理外世界「アスモデウス」出身。年齢二七歳。過去逮捕歴無し。今までに起こした犯罪の数、不明。新暦〇〇七九年、逮捕。第十三無人世界「アスタムシア」軌道拘置所第一監房に収容。