磯野、野球しようぜ   作:草野球児
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7話 望み、失望、怒り。

『3回の裏、横浜港洋学園の攻撃は。2番、ショート、鷺山くん』
 甲子園球場独特のアナウンス声が、バックネットの「銀傘」で反響する。

 磯野とは5年ぶりの対戦、第2ラウンド。できれば完璧な状態で戦いたいが・・・。

 そんな俺の期待とは裏腹に、磯野はまだどこかボールが全体的に浮ついていた。この回先頭バッターは高めに抜けたスライダーを打って痛烈なピッチャーライナー。
 ひとまずはアウトにホッとしていた様子だが、次の打者は意表を突いたセーフティバントを仕掛けた。磯野は反応が完全に遅れ一塁はセーフ。
 やはりまだ、いつのもの「鋭さ」というか「隙のなさ」のようなものが欠けている。不安定極まりない。

『四番、キャッチャー。中島くん』
 
 第二打席。
 右打席に入り、磯野と対峙する。

 頼むぞ磯野、俺は本調子のお前と戦いたいんだ。
 
 表情を窺う、目が落ち着いている。いや、落着きすぎている。
 少しだけ違和感がした。嫌な違和感が。

 大きく振りかぶって投じられた第1球。
 外角に外れるボール。

 早いテンポで、振りかぶって第2球。
 これも外角に外れた、ツーボール。

 『敬遠』。それが頭によぎった。
 嘘だろ、そんな愚直な作戦はないぜ。
 
 次の投球はややボール気味のアウトロー、見逃せばスリーボールになる。そんなことにはさせない。
 肩を開かないようにしながら、外角低めに向かって一直線にバットを出した。

 カキィン!!

 流し打った大きなフライは、猛烈なスピンと共にライトスタンドへと向かう。飛距離としては充分、一応走り出す。
 猛烈にスライスしファールゾーンへと曲がる。いや、スタンドに届くのが先か?
 打球の行方に大観衆が注目する。
 ライトの真横にまで走ってボールの行方を確認した一塁審判が、両手を開いた。
「ファールボール!!」
 おぉ、というどよめきに近いざわめきが起こる。

 ファールになってしまったが、不思議と口惜しさは浮かばない。ホームランを打つに越したことはないが、できれば「渾身の一球」それを打ち返したい。

 打席に戻る途中、マウンドの磯野を見た。
 両手を膝に突いたまま肩を落とし、まだ打球の飛び込んだライトの方を見て目を見開いている。
 ゆっくりと顔を落とし、その表情は見えなくなった。

 なんだその仕草は、まるで「負けた投手」のようじゃないか。
 さっきからの有様に、怒り、憤怒に近い感情が込み上がる。

 もういい、腑抜けた磯野と勝負したって楽しくない。
 なら俺が目を覚まさせてやる。いや、トドメを刺してやる。

 試合前は希望に満ちていたはずだが、今では単純な怒りに変わっている。俺が高校生活を賭けて目指した「磯野と最高の舞台での再会する」。その結果がこれか。物足りない、足りない。こんな薄っぺらい勝負のために必死になっていたかと思うと馬鹿らしい。

 カウント2-1、ランナー一塁。磯野がゆったりとモーションを起こし、第4球を投げた。
 再び外角のストレート。馬鹿の一つ覚えのような相変わらずの「弱気」なピッチングだ。

 怒りをぶつけ、ボールを粉砕するような気持ちでバットを振り出した。これで終わりだ。
 スイングを始め、ボールのインパクトがイメージできたその時。ボールがこちらに向かって曲がって来た。
 シュートした!?
 
 ガキィン!!

 シュート。この決勝まで、今の今まで、磯野はそんなボールを投げなかった。「付け焼刃」「誤魔化し」などという精度ではない、実践で打者を討ち取るための、ウイニングショット。まさか、この場面のために隠してしたのか。

 マウンドへ向けてふわりと飛ぶハーフライナー。そのボールと、ニヤリと笑みを零してグラブを構える磯野が重なった。

 パシッ!
「アウト!」
「磯野さん!ファースト!」
 モーションに合わせてスタートを切っていたランナーが、一二塁間で砂塵を立てて止まる。
 磯野は遊撃手のような軽快な切り返しで一塁転送。
 ダブルプレー。スリーアウト。

 一瞬の出来事だった。
 逃げの外角球に怒り狂ったこと。一級品のシュートで詰まらされたこと。ダブルプレーになったこと。
 ガッツポーズを繰り返してベンチに戻る磯野の背中を見ながら、俺はどこか満足感で一杯になっていた。
 
 さすがだ、それでこそ磯野カツオだ。
 「キャッチボール部」だった頃、嫉妬すら忘れてしまう程のセンスの持ち主だった。俺がちょっと教えただけで何でもこなしてしまう天才。
 ここぞで何かをやってくれる、本当の天才。

 ホームランを打った時よりも気分がいい。楽しい。最高だ。
 第一打席のホームランよりも、今の方が楽しい。
 
 次の打席への希望を膨らませ、胸を張ってゆっくりとベンチへ引き下がった。

「中島、残念だったな。完全に詰まらされたな」
 腕組をして憮然とする監督から、労いの言葉を掛けられる。
 「最高ですよ」と言い返すことは堪えられたが、思わず口元が緩んだ。




◇甲子園決勝
     一二三 四五六 七八九 計
あさひ丘 000         0
横浜港洋 020         2