暑い。
攻撃中に演奏してる時は暑さなんか気にならないのに、どうして守りの何もしてない時はこんなに日差しが気になるのかしら。
帽子を深く被り直し、応援用のタオルで汗を拭った。甲子園出場を記念して作られた「第XX大会出場 あさひが丘高校」と印字されただけの安物で、ハッキリ言って吸水性はよくない。
2回の裏、相手の横浜港洋学園の攻撃がずっと続いている。
中島くんとその次のバッターに2者連続ホームランを打たれ、その後もヒットを立て続けに打たれた。なんとかツーアウトにはなってるけど、ランナーは一塁三塁の大ピンチ。
「ワカメちゃんのお兄さん、調子悪いみたいね」
「ホームランなんかあんまり打たれたことないから・・・ショックだったのかもね」
右ピッチャーのお兄ちゃんの表情は、一塁側アルプスからは見えない。
でも、なんとなくその背中が「あの時」の雰囲気によく似ていたから心配になった。
忘れもしない、5年前のあの日。
中島くんが転校した日、その日からお兄ちゃんは何もかも無気力になって、野球からも離れてしまった。魂が抜けたみたいに覇気がなくて、泣くでもなく、怒るでもなく、ただボーッとしてた。
いつもはダラダラしてるとカミナリを落とすお父さんも、その時だけは躊躇ってただ見守るだけだった。
その時のお兄ちゃんに似た背中だったから心底心配になった。
グラウンドの方で打撃音と歓声が沸く。
地を這うような速いゴロが一二塁間へ、これが抜ければ3点目が入る。
セカンドが回り込んで捕球し、なんとか一塁で3つめのアウトを取った。これでようやくチェンジ。
ベンチに戻る選手に拍手を送る、お兄ちゃんが一足遅れてゆっくりと戻っていくのが見えた。
相変わらず、重い雰囲気を引きずったままだ。
「バカモーン!下を向くな!前を見ろ!」
アルプススタンド中段から発せられた、球場中に響き渡るようなその声に応援団が一瞬静まり返る。そして間をおいてから失笑が起こった。
私には聞き慣れた声だったので、恥ずかしさで顔が真っ赤になりそうだった。
「なに今の?ワカメちゃん、今の人やばいよね」
「そ、そうね」
話を区切るようにトランペットを構え、グラウンドの方を向けて演奏の準備をする。
その時、2回裏まで終了したことを記すスコアボードを見て、不思議な感覚に陥った。
あと7回しかない。
逆転のチャンスが7回しかない。ということでなく『この試合があと7イニングしか残されていない』ということに、どこか虚しさを感じたのだ。
折角、中島くんとお兄ちゃんが久々に会えたのに、その試合もいつか終わってしまうのだ。それならば、試合はずっと長いほうがいい。
お兄ちゃんがまた元気を取り戻して、中島くんと、もっと野球できますように。
応援曲を指示する係の先輩が『タッチ』と書かれたボードを掲げる。
力を込めてトランペットに息を送る。頑張れ、お兄ちゃんも、中島くんも。