2回の表、あさひが丘高校はツーアウトからヒットが出たものの、後続が続かず無得点。先制点を奪うことができなかった。
そして、この回の3つ目のアウトが成立した瞬間から、スタンドがざわつき始めた。
それもそうだ。なんたって今から、観客たちが最も待ち焦がれていた対決が実現するのだから。
『二回の裏、横浜港洋高校の攻撃は・・・四番、キャッチャー、中島くん』
球場全体から拍手が巻き起こる。
これはマウンド上の俺に向けたものなのか、それともバッターボックスの中島に向けられたものなのか。もしくはこの対決そのものへの拍手か。
中島はこの対戦を勿体ぶるように、ゆっくりと打席で構えた。
丸い眼鏡の奥の瞳は、真っすぐと俺を捉えている。相手を吞んでかかろうとする『スラッガー』の眼だ。
堀川君が出したサインは外角低めのストレート。
自信を持って頷く。まずい、今の表情で中島にバレたかもしれない。
気持ちを引き締め、堀川君のミットを見据えた。
胸の前に構えたグラブを大きく振りかぶる。
5年越しのストレート。目一杯の力で投げ込んだ。
バチン、とミットに収まる音がする。
「ストライク!」
球場中から怒涛のようなどよめきが巻き起こった。スピード表示を見ればその理由はすぐに分かった。
【157km/h】
自己最速。いや、それどころか甲子園最速記録。
どよめきはまだ収まらない。それだけインパクトは強烈だ。
この雰囲気のまま追い込んでしまおうと速いテンポで、外角へ逃げるスライダーを投げた。
打者の手元で急激に変化する、中島は途中でバットを止めた。
「ストライク、ツー!」
2球で追い込む、追い込まれるという圧倒的な展開に、拍手が巻き起こる。
今のところ完璧。
堀川君が内角への見せ球を要求する。バッティングの姿勢を崩す慎重な攻めだ。
見せ球といえど手抜きはしない。内角高め、デッドボールになってもおかしくないギリギリを狙って腕を振りぬいた。
そこからの信じられない出来事は、スローモーションのようにひとつひとつの動きが明確に見えた。
中島は、デッドボールになろうかという際どいボールに対して、身体の軸を後方に流し、腕を器用に折りたたんだスイングで捉えた。俺の渾身のストレートを、しかも内角のボール球を、そんな余裕を持ったスイングで打つのか。
それが認識できた瞬間、視界からボールが消えた。
反射的にレフト方向を振り向く、打球が見えない。どこだ?
探そうとした瞬間。遠く上空から轟音が聞こえた。
レフトのポール最上部直撃。今大会6本目のホームラン。
【158km/h】
最高のまっすぐ。
それをあんな遠くまで飛ばされた。人生で最高のストレートを砕き、自信までをも完膚なきまでに叩く完璧なアーチ。
じわり、と気持の悪い汗が流れる。
審判からニューボールを受け取ったときに、やっと意識が戻った。
俺が放心している間に、中島はベースを回ったようだ。打席には五番打者が入り、すぐさま球審がプレーを掛ける。
試合の流れから、俺一人が取り残される。
さっきまでの感覚の鋭さがない。まずい。
間を取って落ち着こう。そう思ったはずなのに、気付けば投球モーションに入っていた。
あれ、サインは何だっけ?俺は今どの球種を投げようとしてるんだ?投げるコースはどこだ?
投げたボールは吸い込まれるように甘く入る。
カキイイィィン
打たれた瞬間、ボールの行方を確認することすら諦めた。
打球はあっという間にライトスタンドへ消えた。
◇甲子園決勝
一二三 四五六 七八九 計
あさひ丘 00 0
横浜港洋 02 2