磯野、野球しようぜ   作:草野球児
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2話 堀川くん

「磯野さん。今日もよろしくお願いします」
 相変わらずの丁寧な口調は、どこかよそよそしさが感じられる。キャッチャーの「堀川君」からボールを受け取った。
 
 今、自分はこのキャッチャーに「君」を付けて名前を呼んだが、堀川君はまだ一年生。自分の二つ下の後輩にあたる。
 堀川君は小学校の頃からの幼馴染。この呼び方は小学校からずっと続いているので自然と染みついてしまった。向こうもこの呼ばれ方に慣れきっているので今更変える必要はない。

「相変わらずだな、堀川君は」
「そうですかね。ボク、結構緊張屋なんで大変ですよ」

 「緊張屋」といいつつ屈託のない笑顔を見せる堀川君。そのメンタルの強さは計り知れない。

「頼むぞ、相棒」
「こちらこそ」
 なんとも丁寧に、ヘルメットを少し上げて会釈で返してきた。憎めない奴だ。
 
 一塁側、あさひが丘高校のアルプス席を望む。スクールカラーであるワインレッドのポロシャツで埋め尽くされ、左右にうごめいている。東京から駆けつけた大応援団の中には、磯野家の家族全員も含まれている。
 姉さんもお父さんも、タラちゃんも見に来ている。どこに座っているだろうか。
 俺と同じあさひが丘高校に入学し、吹奏楽に所属しているワカメは恐らくブラスバンドの一団のどこかにいるはずだ。
 ・・・マウンドから探しても見つかりっこないか。
 探すことを諦め、投球練習を始める。


 甲子園に来て6回目のマウンドを踏みしめる。
 神宮球場のマウンドの感触も好きだが、甲子園のマウンドが最高であることに間違いない。
 土とは思えない柔らかさ。足を踏み出した瞬間のしっくりくる感じはなんともいえない。まさに投手冥利に尽きる、というものである。

 今日はストレートがいつになく伸びやかだ。堀川君のミットに寸分の狂いもなく収まり、スライダーのキレも自分では制御が難しいほどに素晴らしい。
 最高の舞台に、最高のコンディションを合わせることができる自分の才能に驚く。

 両手をグッと広げて胸を張る。これも甲子園に来てから続けてきたひとつのルーティンだ。
「よし、いくか」

『一回の裏、横浜港洋高校の攻撃は・・・』
 アナウンスの声と共に三塁側アルプスで太鼓が連打され、力強い応援団の演奏が始まった。

 横浜港洋学園はチーム打率三割後半の強力打線。初回の先頭打者から最後まで気の抜けない戦いになるだろう。
 大きく振りかぶって第一球を投げた。
 
 ミットの音が響く。
「ストライクワン!」

 球場全体から「おぉ」という歓声があがる。バックネット方向のスピード表示を見ると
【151km/h】
と表示されていた。

「磯野さん!ナイスボール!」
 
 二球目は左打者の内角を抉るスライダー。
 バットの根本に当たり、力のない打球が三塁側スタンドに飛び込む。
 打者はスライダーのキレに驚いているようで、内角を意識した素振りを二度三度繰り返して打席に戻った。

 こうなれば抑えることは容易い。仕上げは、外のストレートを中途半端にスイングさせ空振り三振。ワンナウト。

 続く二番打者は甲子園でホームランも放っている強打者。それでも力勝負の152km/hのストレートでピッチャーフライに討ち取った。
 
 三番打者と対峙すると共に、ベンチから中島が出てきてネクストサークルへ向かう。
 威圧感は抜群。ジッとこちらを見つめて目を離さない。

 次打者の中島を意識しすぎたのか、スライダーが甘く入った。

 キィン!
 
 大きなフライがセンターへ。しまった「最後まで気が抜けない」と心に留めたはずなのに、いきなりやらかした。
 中堅手が後退すると共に歓声が大きくなり、後悔感が募る。
 
 失点の覚悟を決めた時、フェンスの手前でセンターの足が止まりグラブを構えた。そのままフェンス一杯でキャッチ。ものの数メートルという距離で間一髪難を逃れ、胸をなでおろす。

「磯野さん、ナイスです!」
 堀川君が親指を立てて俺を労う。
 センター最深部まで飛ばされて何がナイスだよ。と苦笑しながらも、親指を立てて返す。

 今、センター一杯にまで飛ばされたように、このチームは甘い球を確実に飛ばす「巧さ」がある。似非強力打線が陥りがちな「パワーだけで押し切る雑さ」はない、技術と力の共存したまごうことなき強力打線だ。
 そして、こういうチームが相手だと先取点が重要になる。
 2回表、あさひが丘の攻撃は俺から始まる。つまり、俺が打つしかないわけだ。



◇甲子園決勝
     一二三 四五六 七八九 計
あさひ丘 0           0
横浜港洋 0           0