では本編スタート
――――士道視点――――
――――久しぶり。
頭の中で、声がする。どこかで聞いた事のあるような、ないような。そんな不思議な声だ。
――――やっと、やっと会えたね、×××。
まるで、懐かしむように、慈しむように。
――――嬉しいよ。でも、もう少し、もう少し待って。
お前は誰だ、と問いかけても答えはない。声は、ただ自分に向かって語りかけてくる。
――――もう、絶対離さない。もう、絶対間違わない。だから、
それを最後にして、不思議な声は途切れた。
「……ん」
士道はうめき声を出しながら、目を覚ました。何やら不思議な夢を見ていた気がするが、夢の内容がなんだったのかよく思いだせない。それに、思い出す暇もなかった。
「うわっ!」
と、士道は思わず叫んでしまった。
何故なら、見た事も無い女性が士道の瞼を開いて、小さなペンライトのようなもので光を士道の目に当てていたのだから。
「……ん? 目覚めたね」
その女性は、目元にくっきりと濃い隈を浮かべた女性だった。どうやら気絶した士道の眼球運動を見ていたらしく、妙に顔が近い。女性からわずかに漂ってくる良い香りに士道は自分の鼓動が高鳴るのを意識してしまいながら、女性に尋ねる。
「だ、だだだだ誰ですか?」
「ああ」
女性はぼーっとした様子のまま体を起こすと、垂れていた前髪を鬱陶しげにかき上げる。
軍服らしき服を纏った二十歳ぐらいの女性である。無造作にまとめられた髪に、眠たそうな瞳、そして何故か軍服のポケットから顔を覗かせている傷だらけのクマのぬいぐるみが特徴的だった。
「……ここで解析官をしている、村雨むらさめ令音れいねだ。生憎医務官が席を外していてね。……まぁ安心してくれ。免許こそ持っていないが、簡単な看護くらいならできる」
と女性――――令音はそんな事を言うが、士道はまったく安心できなかった。
だって明らかに士道よりもこの令音という女性のほうが不機嫌そうに見えるである。
と、状態を起こした士道は令音の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……ここ?」
言いながら周囲を見回す。
士道は簡素なパイプベッドに寝かされていた。その周り取り囲むように、白いカーテンが仕切りを作っている。まるで学校の保健室を真似て作ったような部屋だった。
天井で剥き出しの状態になっている無骨な配管や配線だろう。
「何処ですか、ここ」
「・・・・ああ、〈フラクシスナス〉の医務室だ。気絶していたので勝手に運ばせてもらったよ」
「〈フラクシスナス〉・・・・?ていうか気絶って・・・・あ――――」
そうだ、士道は謎の少女と紘太兄さんの戦闘に巻き込まれ、気を失っていたのだ。
「・・・・・・え、ええと、質問いいですか。ちょっとよくわからないことが多すぎて―――」
頭をくしゃくしゃとやりながら声を発する。
しかし令音は応じず、無言で士道に背を向けた。
「ちょ、ちょっと……」
「……ついてきたまえ。君に紹介したい人がいる。……気になる事はいろいろあるだろうが、どうも私は説明下手でね。詳しい話はその人から聞くと良い」
言いながら令音はカーテンを開けた。カーテンの外は少し広い空間になっていた。ベッドが六つほど並び、部屋の奥には見慣れない医療器具のようなものと妙な機械が置かれている。
令音が部屋の出入り口らしい方向に向かって歩みを進める。
だが、すぐに足をもつれさせると、ガンッ! という音を立てて頭を壁に打ちつけた。わりとシャレにならない音だったので、士道が慌てて声をかける。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……むう」
令音は壁にもたれかかるようにしながら呻く。
「……ああ、すまないね。少し寝不足なんだ」
「ど、どれくらい寝てないんですか?」
士道が尋ねると、令音は少し考え込んでから指を三本立てた。
「三日もですか。そりゃ眠いですよ」
「……三十年、かな」
「ケタが違ぇ!」
三週間くらいまでの答えだったら覚悟していた士道だったが、さすがに予想外の答え過ぎた。しかも明らかに彼女の外見年齢を超えている。
「……まあ、最後に睡眠をとった日が思い出せないのは本当だ。どうも不眠症気味でね」
「そうですか・・・・・」
「……ああ、すまない。薬の時間だ」
言いながら懐を探ると、錠剤の入ったピルケースを取り出した。そしてピルケースの蓋を開け、ピルケースの逆さまにして中に入っていた錠剤を一気に口の中に放り込む。
「っておい!」
ついに敬語すら忘れて士道が叫ぶ。彼女はかなりの量の錠剤をバリバリグシャグシャバキバキゴクゴクと中々凄まじい音を立てながら飲みこむと、士道に視線を向ける。
「……何だね、騒々しい」
「いや、なんて量飲んでるんですか! 何の薬ですかそれ!?」
「……全部睡眠導入剤だが」
「それ死ぬッ! さすがにシャレにならねえ!」
「……でも今一つ効きが悪くてね」
「マジですか!?」
「……まあでも甘くておいしいから良いんだがね」
「それラムネじゃねえの!?」
ひとしきり叫んでから、士道ははぁ、とため息をついた。
「……さ、こっちだ。ついてきたまえ」
令音は空になったピルケースを懐にしまい込むと、再び危なっかしい足取りで歩き始め、医務室の扉を開ける。
「なんだこりゃあ・・・・」
部屋の外は狭い廊下のような作りになっていた。
こちらはスペースオペラなどに出てくる宇宙戦艦の内部や潜水艦の通路を連想させる。
「なにをしているんだ?」
その光景に戸惑いながらも、士道は令音の背中を追いかけていく。
しばらく歩くと、令音が突然立ち止まった。
「……ここだ」
二人が立ち止ったのは、横に小さな電子パネルが付いた扉の前だった。すると次の瞬間、電子パネルが軽快な音を鳴らして扉がスライドする。
「……さ、入りたまえ」
令音が中に入ると、士道もそれに続くように部屋の中へと足を踏み入れる。
「……こりゃあ……」
扉の向こうに広がっていた光景に、士道は思わず声を漏らした。
一言で言うならば、船の艦橋のような場所だった。半楕円形の形に床が広がり、中心には艦長が座ると思われる椅子が設えられている。左右両側にはなだらかな階段が伸びており、そこから下りた下段には複雑そうなコンソールを操作するクルー達が見受けられる。全体的に薄暗いせいか、あちこちにあるモニタの光がいやに存在感を主張していた。
令音が頭をふらふらと揺らしながら誰かに言った。
「……連れてきたよ」
「ご苦労様です」
礼をしながらそう言ったのは、艦長席の横に立った長身の男だった。ウェーブのかかった髪に、日本人離れした鼻梁をしている。一言で言ってしまえば、かなりのレベルの美青年だ。
「初めまして。私はここの副司令、神無月かんなづき恭平きょうへいと申します。以後お見知りおきを」
「は、はい……」
士道は戸惑いながらも、小さく頭を下げる。
士道は一瞬、令音がこの男に話しかけたのだと思った。
だが、実際には違った。
「司令、村雨解析菅が戻りました」
神無月が声をかけると、士道達に背を向けていた艦長席が低い唸りを上げながらゆっくりと回転した。
それと同時に、士道に聞き覚えのある声がかけられた。
「――――歓迎するわ、士道。ようこそ、ラタトスクへ」
可愛らしい声を響かせながら、真紅の軍服を肩掛けにした少女の姿が明らかになる。
黒いリボンで二つにくくられた髪に、小柄な体躯。どんぐりのようなくりくりっとした丸い目に、口にはくわえたチュッパチャップス。
その少女の姿を見て、士道は思わず眉をひそめながら、少女の名前を口にする。
「………琴里?」
そう。いつもの姿と違いは結構あるが、艦長席に腰掛けている少女は紛れもなく士道の妹である五河琴里だった。
「で、これが精霊って呼ばれてる怪物で、こっちがAST。陸自の対精霊部隊よ。厄介な物に巻き込まれてくれたわね。私達が回収してなかったら、今頃二、三回ぐらい死んでたかもしれないわよ? で、次に行くけど――――」
「ちょ、ちょっと待て!」
いきなり説明を始めた琴里を制するように、士道が声を上げた。
「何、どうしたのよ。折角司令官直々に説明してあげるっていうのに、もっと光栄に咽び泣いて見せなさいよ。今なら特別に、足の裏くらい舐めさせてあげるわよ?」
軽く顎を上に向け、士道を見下すような視線を送りながら、いつもの無邪気な琴里とは思えないほどの暴言を吐いてくる。
「ほ、本当ですか!?」
何故か琴里の横に立っていた神無月が喜びの声を上げると、琴里が「あんたじゃない」と言いながら彼の鳩尾に肘鉄を放つ。
「ぎゃぉふっ……!」
苦しそうな声を出しながらも、何故か神無月は嬉しそうだった。ああ、この人ドMなんだな……と士道は半眼で神無月を見ながらそう思った。それから琴里に視線を戻して、改めて彼女に問う。
「……ってか、お前琴里だよな? 無事だったのか?」
「あら、妹の顔を忘れたの、士道。物覚えが悪いと思っていたけど、さすがにそこまでとは私も予想外だったわ。今から老人ホームを予約しておいた方が良いかしら」
妹の毒舌に目を丸くしながらも、士道は後頭部を掻いて琴里に言う。
「……なんかもう意味が分からなすぎる。とりあえず一つ一つ説明してくれ」
「安心しなさい、言われなくても最初からそのつもりよ。じゃあまず、こっちから理解してもらうわ」
言いながら琴里が艦橋のスクリーンを指さす。
そこには、先刻士道が遭遇した黒髪の少女に、機械の鎧を身に纏った人間達の姿が映し出された。
「確か、精霊って言ったっけ?」
先ほど、琴里は彼女の事を説明する際にそう言っていた。
不定期に世界に出現する、正体不明の怪物。
「そ。彼女は本来この世界には存在しないものであり、この世界に出現するだけで己の意志とは関係なく辺り一帯を吹き飛ばしちゃうの」
ドーン! と琴里が両手を思いっきり広げて爆発を表現する。そこだけは何故か歳相応な気がして微笑ましいが、今の士道はそれだけではない。まだ琴里の話を完全に理解できていないのだ。
「……つまり、どういう事だ?」
すると琴里が肩をすくめながら息を吐き、事実を告げる。
「つまり、空間震って呼ばれてる現象は、彼女みたいな精霊がこの世界に現れる時の余波なのよ」
「なっ……」
士道は思わず声を出した。
空間の地震。空間震。
人類を、世界を破壊する理不尽極まる現象。
その原因が、彼女だというのだろうか?
「ま、規模はまちまちだけどね。小さければ数メートル程度、大きければ……それこそ大陸に穴が開くくらい」
それは、三十年前確認された最初であると同時に最悪の空間震、ユーラシア大空災の事を言っているのだろう。そして彼女の言葉は、それも精霊がこの世界に現れた事で発生したものだという事を暗に意味していた。
「運が良いわよ士道。もし今回の爆発規模がもっと大きかったら、あなた一緒に吹っ飛ばされてたかもしれないんだから」
「………っ」
確かに妹の言うとおりだった。今思えば、あの時の状況は本当に空間震に巻き込まれてもおかしくないレベルである。運が悪ければ、士道の五体は今頃この世に存在してないだろう。そう思うと、士道は自分の体が震えるのを感じた。そんな士道を琴里は半眼で見つめ、
「大体、あなた何で警報発令中に外に出てたの? 馬鹿なの? アホなの? 死ぬの?」
「いや、だってお前……」
ポケットから携帯電話を取り出し、琴里の位置情報を表情させる。やはり、琴里の位置を示す赤いアイコンはファミレスの前で停止していた。
「ん? ああ、それね」
だが琴里はポケットからある物を取り出して士道に見せた。それは琴里の携帯電話だった。
「あれ? 何でお前、それ」
士道は自分の携帯電話の画面に表示されている赤いアイコンと、目の前に掲げられている琴里の携帯電話を交互に見る。こんな所に琴里がいるので、てっきり士道はファミレス前に携帯電話を落としたのかと思っていたのだ。
琴里は肩をすくめ、はあと嘆息した。
「何で警報発令中に外にいたのかと思ってたら、それが原因だったのね。私をどれだけ馬鹿だと思ってるのかしらこのアホ兄は。空間震警報が鳴ってるのに、外に出てると思ってるの?」
「じゃあ、このアイコンは……」
「簡単よ。ここがファミレスの前だからよ」
「……? どういう事だ?」
「そうね、百聞は一見に如かずって言うし……。一回フィルター切って」
琴里がそう言うと、薄暗かった艦橋が一気に明るくなる。
証明が点けられたわけではない。どちらかと言うと、天井にかけられていた暗幕を一気に取り払ったという表現の方が正しい。
事実、辺りには青空が広がっていた。
「な、何だこりゃ……」
「騒がないでちょうだい。外の景色がそのまま見えてるだけよ」
「外の景色?」
「ええ。ここは天宮市一万五千メートル。位置的にはちょうど、待ち合わせしてたファミレスのあたりになるかしらね」
「一万……って、ここってまさか……!?」
「そう。このフラクシナスは空中艦よ」
腕組みし、まるで誇るように琴里がふふんと鼻を鳴らす。一方、士道は愕然としていた。「ってか、何でお前が空中艦なんかに乗ってるんだよ」
「だから順を追って説明するって言ってるでしょう? 鶏だって三歩歩くまでは覚えるでしょうに」
「む……」
「でもケータイの位置確認で調べられちゃうなんて盲点だったわね。顕現装置リアライザで不可視迷彩インビジブルと自動回避アヴォイドかけてたから油断してたわ。あとで対策打っておかないと」
最後はこっちよ。AST。アンチ・スピリット・チームでAST。精霊専門の部隊よ」
琴里はスクリーンを先ほどのものに戻すと、そこに映し出されている一団を指さす。
「精霊専門の部隊って……。まさか、殺す、とか?」
士道が恐る恐ると言った状態で言うと琴里はあら、と意外そうな表情を浮かべた。
「よく分かったわね。その通りよ」
「………っ!」
昔紘太兄さんに聞いたことがあるどんなことがあっても殺しちゃいけないと殺せば一生後悔するとそんな士道の頭にあの少女の顔が浮かんできた。
『だってお前も、私を殺しに来たんだろう?』
少女があんな事を言った理由が、ようやく理解する事が出来た。
そして彼女が浮かべていた、今にも泣きだしてしまいそうな顔の意味も。
「まあ、普通に考えれば死んでくれるのが一番でしょうね」
特に何の感慨もなさそうに、琴里が言った。士道は拳を強く握りしめながら口を開く。
「なん……でだよ」
「なんで、ですって?」
士道の言葉を聞いて、琴里が興味深そうに顎に手を当てながら言う。
「何もおかしい事はないでしょう? あれは怪物よ? この世界に現れるだけで空間震を起こす最凶最悪の猛毒よ?」
「で、でも空間震は精霊の意思とは関係なく起こるんだろ?」
「ええ。少なくとも現界時の爆発は、本人の意思とは関係ないっていうのが有力な見方よ。まあ、その後のASTとドンパチした破壊痕も空災被害に数えられるけどね」
「だってそれは、ASTの連中が攻撃するからじゃないのか?」
「そうかもしれないわね。でもそれはあくまで推測の話よ。もしかしたらASTが何もしなくても、精霊は大喜びで破壊活動を始めるかもしれない。」
「………それは、ねえだろ」
士道が俯きながら言うと、琴里が不思議そうに首を傾げる。
「根拠は?」
きこのんで街をぶっ壊すような奴は……あんな顔は、しねえよ」
それは、根拠と呼ぶにはあまりに曖昧で薄弱すぎるものだった。しかし、何故か士道はそれを心の底から確信していた。
それよりも、暴れるのは精霊本人の意思じゃねえんだろ? それなのに……」
「随意か不随意かなんて、大した問題じゃないのよ。どっちにしろ精霊が空間震お起こす事に変わりはないんだから。士道の言い分も分からなくはないけど、かわいそうって理由だけで核弾頭レベルの危険生物を放置しておくことはできないわ。」
「でも……それでも殺すなんて……」
士道が追いすがると、琴里はやれやれと言うように肩をすくめた。
「数分程度しか接点のない、しかも自分が殺されかけた相手だっていうのに、随分精霊の肩を持つじゃない。もしかして、惚れちゃった?」
「……っ、違ぇよ。ただ、殺す以外に方法があるんじゃねえかって思うだけだ」
「……方法、ね」
士道の言葉を反芻すると、琴里はふうと息を吐いた。
「それじゃあ聞きたいんだけど、他にどんな方法があると思うの?」
「それは……」
琴里に言われて、言葉が止まってしまう。
頭では理解できてしまっているのだ。
出現するだけで空間震を起こし、世界に深刻な爪痕を残す異常、精霊。
そんなものは迅速に殺さねばならないのかもしれない。
しかし、たった一瞬ではあるが士道は見た。
あの少女の、今にも泣きだしてしまいそうな顔を。
そして、聞いてしまった。
あの少女の、今にも泣きだしてしまいそうな悲痛な声を。
「……とにかく」
気が付けば、士道の口は自然と言葉を紡いでいた。
「一度、ちゃんと話をしてみないと……分かんねえだろ」
確かにあの時の死の恐怖は未だ体に残っている。
それに士道には、あの少女をこのまま放ってはおけなかった。
だって彼女は、士道と同じだったのだから。
すると、その士道の言葉を待っていたかのように、琴里は笑みを浮かべた。
「そう。じゃあ手伝ってあげる」
「は……?」
思いもよらなかった言葉に士道が思わず口をぽかんと開けると、琴里が両手をばっと広げた。
まるで、令音を、神無月を、下段に広がるクルー達を、この空中艦『フラクシナス』を示すように。
「私達が、それを手伝ってあげるって言ったのよ。『ラタトスク機関』の総力をもって、士道をサポートしてあげるって」
その言葉に、士道は戸惑いながらも声を発する。
「な、何だよそれ。意味が……」
だが士道の言葉を遮るように、琴里が声を上げる。
「良い? 精霊の対処方法は、大きく分けて二つあるの。一つはASTのやり方。戦力をぶつけてこれを殲滅する方法」
「……じゃあ、もう一つは?」
士道が尋ねると琴里は笑みを浮かべながら、
「もう一つは、精霊と対話する方法。私達は『ラタトスク』。対話によって、精霊を殺さず空間震を解決するために結成された組織よ」
士道は眉をひそめた。何の目的でそんな組織が結成されたのかとか、琴里が何故その所属しているのとか、聞きたい事はたくさんある。しかし、今はそれよりも気になる事が一つある。
「……で、何でその組織が俺をサポートするって話になるんだよ」
「ていうか、前提が逆なのよ。そもそも『ラタトスク』っていうのは、士道のために作られた組織だから」
「は、はぁっ!?」
士道は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ちょっと待て。俺のため?」
「ええ。まあ、士道を精霊との交渉役に据えて精霊問題を解決しようって組織って言った方が正しいのかもしれないけれど。どちらにせよ、士道がいなかったら始まらない組織なのよ」
「ま、待てって。どういう事なんだよ。ここにいる人達が、全部そんな事のために集められたって事か? ってか、何で俺なんだ?」
士道が問うと、琴里はキャンディを口の中で転がしながら告げた。
「そうね……。一言で言えば、あなたが私達の『切り札』だからよ。士道」
「……切り札」
士道は口の中でその言葉を繰り返した。自分が何故彼女達の切り札なのかは分からない。だが、琴里が発したその言葉には、どこか確信じみた響きがあった。士道が黙り込むと、琴里がさらに続けてくる。
「まあ、理由はその内分かるわ。良いじゃない、私達が全員、全技術を以て士道の行動を後押ししてあげるって言ってるのよ? それとも、また一人で何の用意もなく精霊とASTの間に立つつもり? 死ぬわよ、今度こそ」
「……で、その対話っていうのは具体的に何をするんだよ」
すると琴里は再び小さく笑みを浮かべた。
「それはね」
そして顎に手を置き、
「精霊に、恋をさせるの」
ふふんと得意げに、そう言った。
「………」
それを聞いた士道は一瞬聞き間違いかと思ったが、どうやら自分の鼓膜はいたって正常らしい。しばし魔を開けてから、
「………はい?」
と、思わず間抜けな声を出してしまっていた。頬に汗を垂らしながら、眉をひそめる。
「……すまん、ちょっと意味が分からん」
「だから、精霊と仲良くお話してイチャイチャしてデートしてメロメロにさせるの」
「……ええと、それで何で空間震が解決するんだ?」
琴里は指を一本顎に当てながら、んーと考えるようなしぐさを見せた後に口を開いた。
「武力以外で空間震を解決しようとしたら、要は精霊を説得しなきゃならない訳でしょ?」
「そうだな」
「そのためにはまず、精霊に世界を好きになってもらうのが手っ取り早いじゃない。世界がこんなに素晴らしいものなんだー、って分かれば精霊だってむやみやたらに暴れたりしないでしょうし」
「……まあ、そうだな」
「で、ほら、よく言うじゃない。恋をすると世界が美しく見えるって。――――というわけでデートして、精霊をデレさせなさい!」
「いや、意味が分からない」
明らかに論理が飛躍しすぎている。だがここで駄々をこねれば、ではどういう手段を取れば良いのだという話になってくる。士道がうーんと悩んでいると、士道の考えを察したのか琴里が言ってくる。
「腹の底では全部に賛同してなくたって良いわ。でも、あなたが本当に精霊を殺したくないって言うのなら、手段は選んでいられないんじゃない?」
精霊相手に動いてくれるとは考えにくい。
かと言ってASTのやり方は論外だし、琴里達だって要は精霊を籠絡して良いように利用しようとしているようにしか思えない。
だが、他に方法が無いのも事実だった。
「……分かったよ」
士道が苦々しく頷くと、琴里は満面の笑みを作った。
「よろしい。今までのデータから見て、精霊が現界するのは最短でも一週間後。早速明日から訓練よ」
「……は? 訓練?」
士道は、思わず呆然と呟いた。
その会話をある場所から聞いているものがいた
「・・・・・あいつは精霊ていうのか」