※※※※※※
戦闘曲で一緒に歌う所は其々の装者の歌詞を「」『』の中に収めております。
※※※※※※
14.
周りを見渡しても、天井を見ても、床を見ても漆黒……底なし沼の底のような場所で僕は両膝を抱えて、目の前にあるスクリーンを気怠げに観ていた。
縦は自分の身長くらいある大きなスクリーンの中では
垂れ目がちな黄緑色の瞳はまっすぐ正面を睨みつけ、怒りからか構えている大鎌がギシギシと軋んでいる。
『……歌兎を。あたしの
八重歯を覗かせ、吼える姉様の姿観て、僕はそっと目を伏せる。
スクリーンから聞こえてくる姉様の声からも、真っ暗な部屋に響く
(……僕、何してるんだろ…)
–––
いつか自分の口から出た言葉––––。
その言葉が今自分へと突き刺さる。
思い出すだけで目の前がぼやけ、胸が罪悪感で苦しくなっていく…。
––––誰かが幸せになるために誰かを犠牲にするなんて……そんなの僕が望んでいるやさしい世界じゃないよッ。
今、そんな世界を作ろうとしているのは誰だ? –––僕だ。
「ゔぅっ……」
ポロポロと涙がとめどなく奥から溢れては床に広がっている粘ついた漆黒の水へと落ちていく。
"こんなはずじゃなかった"っていう白々しい言葉が頭中を駆け巡り、より一層顔をスクリーンから晒した。
『お前が……お前みたいな悪魔があたしの妹なわけ…っ––––』
(そんな事ない。僕、姉様の大嫌いな悪い子になっちゃった……。ごめんなさい…ごめんなさい……姉様……)
いつしか溢れ出した涙は堰を切ったように頬を濡らし、僕はその涙をがむしゃらに拭う事で止めようとするが、より一層強くなってしまう。
いつかいった僕が望むやさしい世界。
それはみんなが毎日ニコニコ笑ってて、美味しいものをお腹いっぱい食べられて、綺麗な風景を"綺麗だね"って言い合えて、今日も一日幸せだったね、楽しかったねと起きた出来事を思い出して笑顔になれる–––そんな世界。
そっと手紙に添えられていた一文『この世界ぜんぶハッピったらいつか笑おうデス! 』は時折、姉様が口にしていた台詞でそれを聞いて育った僕はその言葉が現実になったことを夢見るようになった。
世界がハッピーになって、そんな世界で笑いあっている姉様達と僕を思い浮かべたら、胸が熱くなった。そんな世界があるのなら行ってみたい、住んでみたいって思った。そんな世界を作るための活動があるのならば参加したいと思った、手助けしたいって思った。その力を僕は受け継いだのだから……。
そっと、右下腹部を撫でる。そこから伝わってくる硬い感触は昔ある人から受け継いだ力の証、ピリッと指先を流れる雷は不甲斐ない僕を責めるある人の怒り。じんわり熱くなる指先にはある人から受け継いだ願い。
受け継いだ願いは僕の"強くなりたい"という身勝手な考えのせいで踏みにじられ、壊されそうとしている……他ならぬ僕の手で。
やはり、あの時受け入れるべきではなかったのだ、
「……僕は…ただ、笑っていたかった……っ。笑っていて欲しかった、お姉ちゃんに…大切な人達に……なのに……っ」
(……僕、大好きな姉様からも他の人からも笑顔を奪っちゃった…)
スクリーンの向こうでがむしゃらにアームドギアを振るい、僕を元に戻そうと奮闘してくれている姉様が居る。
大鎌の刃が四肢を切り裂くたびに揺れるスクリーンと閉じ込められている真っ暗な部屋、反響する声も憎悪に満ちている。
その声を聞くたびに、ボクが行なっている言動に
その度に思うのだ、そんなに気にしないで、と。姉様は自分の使命を全うしようとしているだけなのだから……姉様との約束を、マム達との約束を破った悪い子の僕がこれからどんな目に遭ってもそれは自業自得だ。姉様が悔やみ、悲しむことはない。悪いのは全て僕。そう割り切ってくれればいい。
そう思っていたのに––––
『お姉ちゃん』
僕の声音でボクが放った
––––思わず、笑みが溢れてしまう。
やっぱり僕は悪い子だ。
姉様がピンチな時に笑ってしまうなんて……僕は悪い子。ううん、いつか言われた悪魔の子、なのかしれない。
だけど、そんな悪い子を助けてくれようとしている
真っ黒い水から立ち上がり、黒い壁に向かって拳を振るうその度にぐちゃぐちゃと嫌な感触が両手に広がる。
その間にもボクの声が部屋へと響き渡り、スクリーンには痛みに歪む姉様の顔が写り、揺れる黄緑色の瞳に大槌が映し出され、その側面が徐々に近づいていく。
「…誰か……っ。誰か助けてくださいッ!! 僕のお姉ちゃんを……助けてください…」
真っ暗な部屋の中、僕の叫び声だけが反響し、やがて消えていった……
**15.
「おい、あそこ。チビと過保護じゃねぇか?」
雪音クリスが作り出したミサイルに乗り、先行して暁切歌と歌兎の救出、援護を目的として結成された組にはクリスの他に風鳴翼と立花響がいる。
並走する三つのミサイルは右から翼、クリス、響の順で三人の目には歌兎と小日向未来と別れたショッピングセンターが映る。
数分前とは異なる周りのビルも含めて粉砕され、瓦礫まみれになったその区画に二人の姿を見かける。
遠目にしか見えないため、詳しくは状況はわからないが緑と
「確かに暁達だな。だが…」
「様子がおかしいですね。二人共、戦っているように見えます」
薄紫の瞳が挟まり、刃を重ねあっている二人を捉えた瞬間、驚愕で大きくなり、眼球が揺れる。
「戦ってるんじゃねえ! あのチビ、過保護を
「
琥珀色の瞳が瓦礫の山から出て来た切歌を足で踏み倒し、大槌を振り下ろそうとしている歌兎を捉える。
風にそよぐ銀髪は先の方が青紫に色づき、地面に背中を預け苦悶の色を滲ませる切歌を見下ろす瞳は真っ赤に染まっている。浮かべる笑みも仕草も普段の彼女とは異なり、禍々しくなっており…翼はそれを見た、唇を噛みしめる。
「くっ。どうやら、マリア達が危惧していた事が現実になってしまったようだな」
「ベルフェゴールの支配か。くっ、厄介な時になりやがる!」
ミサイルは二人に近づいていく中、翼は響とクリスへと視線を向けると最終確認とばかりに指示を出す。
「まずは暁達を切り離すことだ。暁は遠目に見てもアカツキと対峙したことで重傷を負っている。一旦、
「そうですね。そういう事なら切歌ちゃんは私に任せてください。私が安全なところまで運びます」
「ならば、私と雪音は立花が暁を連れて、
「ああ、あのチビには少しお灸を据えてやらねぇーとな」
バキバキと両手を鳴らすクリスとギュッと右手を握りしめる響へと翼はミサイルから足を踏み出しながら、声をかける。
「立花、雪音、いくぞ」
「はい!」
「ああ」
ミサイルから身を投げ、暴風に身を任せる翼は二人の間に向かって大きな剣を整形すると柄の端へと足を乗せ、そのまま二人に向かって刃先が向かっていく。
【天ノ逆鱗】
二人の間に深く埋まった大きな剣を見て、歌兎はトドメを刺そうとしていた時に邪魔されたからか『チッ』と大きな舌打ちをし、目の前に刺さる剣をどうにかできないかと眉を潜める。一方の切歌は苦しそうに上半身を動かして剣を見つめ、暫くしてハッとしたような顔をしたところで歌兎が目の前の正体に気づいたようだった。
「––––剣だッ!」
翼がそう声高らかにいい、飛び降りるのと同刻クリスがガチャっと両手に銃を歌兎に向けて全銃弾を放っていくのを歌兎は両手に持った大槌で弾き返しながら、後ろへと大きく飛躍する。
「挨拶無用のガトリング ゴミ箱行きへのデスパーリィー」
クリスの胸にある想いをイチイバルが汲み取り、作り出したのが《Bye-Bye Lullaby》。
戦場に響く歌声に歌兎は大きく舌打ちし、両手に持っている大槌を横にスライドするとクリスに向かって飛び出していく。
赤く染まった両目にあるのは憎悪と激怒。いつもなら眠そうに見開かれている瞳も怒りのあまり釣り上がり、普段の彼女の面影は最早ない。
「舌打ちとは貴女らしくない。どうやら、ベルフェゴールに飲み込まれてしまったのは本当のようだ」
クリスに近づこうとしている歌兎の右横へと迫った翼が大きく両手に持った剣を振りかぶるのを見て、赤い瞳が丸くなる。
咄嗟に受け身を取ろうとした歌兎の肢体へと斜め右方向に薄青色の疾風が襲いかかり、後方へと吹き飛ばされてしまう。
【蒼ノ一閃】
瓦礫にぶち当たり、咳き込みながら起き上がった歌兎の怒りの矛先は翼へと移行してしまったらしい。
攻撃を食らうたびに、歌を聴くたびに燃え盛る瞋恚の炎は最早消えることはないだろう。
(別人じゃねえーか)
剣を構える翼に向かって駆けていく歌兎の横顔は歪み、血管が浮き出る程の怒りを自分達へと向けていることは明白だった。
今までここまで感情を露わにした彼女を見たことがあっただろうか……否、クリスと翼が見たことがあるのはいつも眠そうに切歌に手を引かれている姿だった。
うとうとと小舟を漕ぎながら歩く姿と目の前で怒りに任せる姿のどっちが似合っているかは……見比べる間も無く、姉に手を引かれている姿だった。
(似合わねえ事してねぇで、さっさと戻ってきやがれッ。ドチビッ!!)
「One.Two.Three 目障りだ」
【QUEEN's INFERNO】
歌兎の横腹へと鉛玉が撃ち込まれ、ミョルミルのギアの装飾品が砕かれ、砕かれたところから赤い血が流れるのを赤い瞳が見て、おでこに浮かぶ血管がより深くなっていく。
「これは……」
「馬鹿には急いでもらわないとヤバイかもな……」
翼は剣を、クリスは銃口を歌兎へと向ける。
そんな二人へと視線を向ける歌兎から漂うオーラはより禍々しくなり、毛先だけだった青紫色が真ん中進み、
対面した時とは違う古風な言い回しに翼とクリスは眉を潜め、目組ませ、ジリジリと歌兎との距離を計りながら警戒は解かずに意見を交わす。
「一種の暴走ってことか?」
「いや、どうやら今目の前にいるものこそが我々が求めていたものらしい」
ニヤッと片頬を上げた歌兎は青紫に染まった大槌を振り上げ、クリスに向かって駆けていくのを翼が割り込み、剣を振るうのを大槌で迎え撃った歌兎との間で火花が散り、苦悶の色をのぞかせ、両手を添えて歌兎の攻撃を止めている翼。
「くっ……威力も腕力も前とは比べ物にならない。やはり貴女こそベルフェゴールなのか? アカツキはどうした? その身体の主は無事なのだろうな」
両手を添えて、歌兎の攻撃を押し返している翼からの問いかけに歌兎、いや、ベルフェゴールは鼻を鳴らして、馬鹿にするように笑う。
「ドタマに風穴欲しいなら キチンと並びなAdios」
【MEGA DETH PAPTY】
自分目掛けて飛んでくる銃弾やミサイルを大槌で弾き返したベルフェゴールは舌打ちしながら苦々しく吐き捨てる。
「ハッ。その歌をさっきまで歌っていたんだろ?」
クリスの問いかけにベルフェゴールは自分の身体を両掌で撫でながら、眉をひそめるクリスと翼へと片眉をあげて挑発する。
(堪えていた? この身体が我のものになる? 妙な言い方をする…。もう既にアカツキの体はベルフェゴールのものではないのか?)
マリア・カデンツゥヴナ・イヴから聞いた《完全聖遺物・ベルフェゴール》の話はそうであった。
暴走を繰り返していくうち、ベルフェゴールに精神を乗っ取られて、終いには心身の自由がきかなくなり、身体の機能が全てがベルフェゴールのものになる、と。
見た感じ、目の前にいるのはベルフェゴールで間違いない。一瞬もアカツキの雰囲気を感じられない。
だがしかし、さっき語った台詞が全くのデタラメで切り捨てたいかといえば判断しかねる。
(少し揺さぶってみるか?)
「…つまりアカツキはまだ貴女に屈してないということか? 完全に支配してないとギアの力もアカツキの身体も制御できないところがある、違うか?」
つまり肯定。
アカツキが暴走し、ベルフェゴールに心身を乗っ取れてしまった。
だが、完全に屈してないと思われるアカツキの抵抗により、ベルフェゴールは本来の力を完全には引き出せてない。
それは身に纏うミョルミルのギアも同じ。
(相手が相手なだけにどこまで信じればいいか判断できない。だが、この情報が戦いの突破口になることは違いないだろう)
翼は弾き返したベルフェゴールの身体へと一閃入れようとして、その攻撃を弾かれ、代わりに大槌の側面が彼女の身体へとカウンターを食らわす。
弾かれ、後方に飛ぶ翼の援護をする為にクラスの両手に持つ銃口が火花と騒音を辺りへと散らす。
「One.Twe.Three 消え失せろ」
そのクリスの鉛玉を弾き返しながら、ベルフェゴールは切歌が眠っていたところに一直線で向かう。
この戦い、切歌が鍵を握るだろう。切歌が傷ついていくときに揺らぐ歌兎の心は激しかった。もう少し揺さぶり、甘言を囁けば堕ちてしまうくらいに。
少し痛ぶっただけでそれほどなのだ、もし目の前で切歌が操られているとはいえ自分の手で
歌兎へと行った通り、歌兎の住みやすい世界に作り変えるのも一興。思うがままに世界を壊して回るのもまた一興かもしれない。
今は緑のギアを纏ったあの少女を両手に握る大槌で潰すだけ。
その後は考える間も無く終わるだろう………とベルフェゴールは考えていた。
しかし、その考えはすぐに浅はかであったことを知る。隙をつき、一直線で戻ってきたところには緑のギアを纏った少女は居らず、瓦礫のみが転がるのみ。
ベルフェゴールは舌打ちをし、こちらには目もくれずに戦場を後にする黄色いギアを纏い、白いマフラーをはためかせている少女・響へと襲いかかろうとし、忽ちミサイルと一閃により妨害され、地面へと墜落した。
苦々しく顔を歪め、起き上がるベルフェゴールの行く道を塞ぐようにそれぞれのアームドギアを向けるのはクリスと翼。
「待ちな。あんたの相手はあたしらだ」
「貴女に立花の邪魔はさせない。それにまだまだアカツキに対して聞きたいことがあるからな」
ベルフェゴールは唇を噛み締め、翼とクリスの後ろをかけていく白いマフラーを見送るしか出来なかった。
16.
両手についた真っ黒い粘ついた水を振り払うのも忘れ、スクリーンの奥で響お姉ちゃんに抱えられ、戦場を後にする姉様の横顔を見送った僕はその場に崩れ落ちる。
「……良かった…、良かった……お姉ちゃん……っ。うゔっ……無事で、良かった……」
ペチャッと黒い水へと音を当てながら、崩れ落ちてから年甲斐もなくポロポロと涙を溢れさせる。
溢れてくる涙を黒い水に汚れた両手で拭きながら、思い出すのはあのままトドメを刺していたらの事だ。
もしも、あのまま姉様の事を
(もう嫌だ。こんな暗いところでうじうじ悩むなんて……)
『待ちな。あんたの相手はあたしらだ』
『貴女に立花の邪魔はさせない。それにまだまだアカツキに対して聞きたいことがあるからな』
スクリーンから聞こえてくる見知った声に奮起する、両手両脚を絡めようとしている黒い水から抵抗するように。
『撃鉄に込めた想い あったけぇ絆の為 ガラじゃねぇ台詞 でも悪くねぇ』
スクリーンから流れる
部屋に響く苦悶の声に耳も貸さず、僕はこの部屋から出る為に近くにある壁をひたすら叩き続けた。
**17.
S.O.N.Gが用意した救護ヘリから目下に広がる光景を心配そうに眺めている月読調の頭をポンポンと撫でるのは桃色のロングヘヤーを揺らし、淡く微笑むマリアだ。
「そんなに慌てなくても大丈夫よ、調」
「暁さんも歌兎ちゃんも強い人達です。きっと負けませんよ。それに立花さん達が先に向かってくれてます。きっと、きっと大丈夫です」
調の両手に自分の両手を添えて、微笑むセレナとマリアに調は潤みそうになる瞳をギュッと詰まるとぶんぶんと頭を振るい、迷いや不安を払拭してから桜色の唇へと笑みを浮かべる。
「うん、二人ともありがとう」
『三人とも聞こえるか?』
三人が互いを励ましあっている中、デバイスからS.O.N.Gの司令・風鳴弦十郎の声が聞こえ、
「聞こえているわ。現状はどうなのかしら?」
『響君達が先行し、得た情報は歌兎君はベルフェゴールに取り込まれ、切歌君はその歌兎君と戦闘を繰り広げ、重症だ』
調の喉から変な声が漏れ出る。
心配していた事が現実に起きてしまった、やっぱり自分も無理を言ってクリスにミサイルに乗せてもらうべきだった。
今の自分から歌兎と切歌が失われてしまうなんて考えられない。
空いている手を握りしめているとそっと掌が添えられる。
前を向く調へと優しく微笑みかけているのはセレナだった。添えられている掌が震えているところ見ると彼女も先程の弦十郎の報告に心を乱し、二人の身を案じているようだった。
そんな二人へと視線を向けていたマリアは弦十郎へと問いかける。
「切歌は……大丈夫なの?」
微かに揺れる声音からマリア自身も切歌の身を案じている事が伝わってくる。
『切歌君は響君に救出され、安全なところにいる』
その報告に安堵のため息を同時に吐き出してしまった三人は気恥ずかしさから笑い合い、マリアは気を引き締めると弦十郎へと自分たちの役割の確認を取る。
「なら、私たちの役割は切歌の保護ね?」
『切歌君の保護とは別に未来君もいいだろうか?』
「未来さん?」
意外な人の名前に調が小首を傾げる中、セレナがハッとした様子でデバイスへと問いかける。
「小日向さん、まだ逃げてないのですか? ショッピングセンターから」
セレナの問いかけに調は思い出す、あのショッピングセンターから離れる前に装者みんなと未来と買い物等を楽しんでいる時に呼び出しがかかり、切歌が歌兎の事を預けていた事を。
そして、未来がノイズが現れた時に取る行動と歌兎が戦っている時に取る行動を思い浮かべ、ショッピングセンターから離れないことの方が可能性が高いと判断し、デバイスからの情報を聞き逃さないように耳を傾ける。
『切歌君と合流し、戦場を離れたようなのだが我々の部隊が到着する前にノイズの群れに襲われてしまったようで、今は––––』
「––––悠長に話している場合じゃ無いじゃないッ!!」
マリアは乱暴にデバイスを切った後にヘリコプターの窓を開けると後ろへと振り返る。
振り返った先には私服から赤い結晶を取り出して、瞳へと闘志を滾らせた調とセレナの姿がある。
「それでは行くわよ! 二人とも!」
「うんっ」
「うん…」
ヘリから身を投げた三人は胸に浮かんだ其々の聖詠を歌う。
「*1Shield Ionginus defend tron」
「Various shul shagana tron」
「Seilien coffin airget-lamb tron」
空で三つの光が半壊し、瓦礫が道路へと落ちている元ショッピングセンター跡に向かって、ゆっくりと落下していく。
18.
「ぐっ……」
(痛い痛い痛い、イタイッ!! 飛び上がりたいくらい痛いのデスッ)
激痛で顔が歪む、激痛で動きが鈍くなる。
ギアを纏っているというのに肢体が鉛を抱えているように遅くなり、ノイズの攻撃が寸前でないと交わせない。
だからと言って、未来さんを抱っこしてビルの上へと飛んだり、安全地帯まで運ぶことも今のあたしでは無理だろう。
先程までの戦闘で歌兎を乗っ取ったベルフェゴールから受けた攻撃がここまで深く、長引くものだとは知らなかった。最後にグリグリと踏まれた時の痛みが今だ全身を駆け抜け、脂汗がおでこを濡らし、背中をも濡らしているように思える。
軋む身体、広がる痛みは正直、未来さんの手を引いて走って逃げられている事自体が不思議だった。
(
そんな事を言えば、妹がベルフェゴールに乗っ取られる事自体も望んでいたわけではないのが……ぐっ……痛すぎて、意識が朦朧としてきた。目の前が霞む、ギアが自然と解除されそうになる。
(しっかりしろッ! 暁切歌ッ)
ぶんと首を横に振り、持っていかれそうになっていた意識を無理矢理引き戻してから、大鎌を握りしめる。
今ここであたしが倒れれば、待つのは未来さんがノイズに襲われ、灰になる
響さんに歌兎のことを託したあたしが真っ先に響さんの大切な人を犠牲になるような選択をしてどうする! あたしは歌兎だけじゃない、みんなが笑ってる世界に住みたいんデス。その
(女は愛嬌。長女は度胸。お姉ちゃんは根性デスッ!! どんな時だって、お姉ちゃんは強しって事をノイズに分からせてやるデス!)
その為にはひとまず未来さんを安全な場所へと送り届けなければっ。
【怨刃・破アmえRウん】
大鎌を下から上に掬い上げるように攻撃を放ったあたしは未来さんに断りを入れてからお姫様抱っこする。
「未来さん少し失礼するデス」
「わっ!? き、切歌ちゃん……?」
「少し揺れますけど、許してくださいね」
びっくりした様子であたしを見上げる未来さんに笑いかけながら、背中をブースターを着火し、半壊したビルに向かって走り寄ると砕けたところへと思いっきり踏み込み、近くにあるビルへと飛び移る。
全身を駆け巡る痛みは無理矢理忘れる為に脳内で歌兎の事を考えることにする。痛みと歌兎への愛ならば愛が勝つに決まっている。
(歌兎が一人。歌兎が二人。歌兎が三人。歌兎が四人。歌兎が五人。一気に飛んで、歌兎が百人)
脳内では一面見渡せば歌兎だらけの空間にあたし一人がぽつーんと真ん中に突っ立っており、そんなあたしに向かって歌兎達がそれぞれ『姉様』『お姉ちゃん』と言っている。それもバリエーションがあり、恥ずかしそうに言ってたり、嫉妬してたように言ってたりと…様々な呼び方をされる中であたしは頬を自然でだらしなく緩んでいた。
(ななッ!? ここは天国デスか!? 一生離れたくないんデスけど!?)
「切歌ちゃん、さっきから顔を青ざめさせたり真っ赤にしたり大丈夫? もし重いなら、私を置いても」
「心配無用デス! 少し歌兎の事を考えていたら、歌兎まみれの部屋になっただけデスから」
「そ、そうなんだ……」
一気に未来さんの心配そうな目が可哀想な人を見る目に早変わりしたデス……。
そんなにイケナイ想像だっただろうか? 歌兎が百人いる部屋というのは……。
しかし、憐れむ視線とは裏腹に百人から可愛らしく名前を呼ばれた途端、全身を駆け巡っていた痛みは一気に吹き飛び、今はいつも以上に身体が好調な気がする。
(このまま、未来さんを連れて逃げ切れたらいいんデスが………って、そんなにうまく物事が進むわけないデスよね……)
とほほ…と肩を落とすあたしの瞳に映るのは翼を持った飛行するノイズでそれをあたしと同じように発見した未来さんが心配そうに肩に添えていた手に力がこもるのを感じ、不安をかき消す為にニコッと笑う。
「切歌ちゃん……」
「未来さん、大丈夫デスよ。あんなのサクッと終わらせるデスよ。なので、未来さんはしっかりあたしにしがみついててくださいね、落ちたら危ないんで」
そう言いながら、近くにあるビルの屋上に飛び移り、ブースターを使いもう一つ飛び乗ったあたしは未来さんをゆっくりと下ろす。
「未来さんはここで待っててください。ここなら地上にいるノイズとも距離がありますし、飛んでるヤツとも離れてるデスから」
そう言って、くるっと向き直ったあたしは飛んでるヤツを睨みつける。
距離があるといっても近づかれるのは時間の問題だろう。出来る限り迅速にあの大きなヤツを切り刻んで、マッハで未来さんの所に戻って来られるでだろうか?
いや、だろうかではない。するのだ。助けが来るまで未来さんを守れるは自分一人なのだから。
「それじゃあ、あたしはちょっくら行ってくるデス」
「うん、気をつけてね」
「はい、未来さんを気をつけてくださいね」
ビッシと敬礼し、ニカッと笑ってからビルから次のビルに向かってブースターで飛び乗りながら、飛行ノイズへと近づいていく。
(うわ……遠目でも大きいデスが、近づいたらもっと大きいデスね)
「警告メロディー 死神を呼ぶ 絶望の夢Death13」
飛行ノイズが生み出している小さなノイズを切り裂きながら、辺りを見渡し、どのビルに飛び移れば飛行ノイズに近づけるかを見極め、そこに陣取るノイズを片っ端から灰へと変えていく。
「邪魔するなァッ!」
【切・呪りeッTぉ】
三つに分かれた刃を前へと投げ飛ばし、その刃に触れた瞬間灰へとなるノイズの亡骸を踏みつけながら、ビルの端に片脚をつけたあたしは思いっきり踏みしめると隣のビルへと飛び移り、そこに広がる惨状に頭を抱えた。
「次から次へと。飽きもせずに……。でも、ここが踏ん張りどころデス。早く倒して、未来さんの所に戻らないと」
屋上にいっぱいに産み落とされていたノイズを二つに分裂したアームドギアで切り裂いていく。
「レクイエムより 鋭利なエレジー 恐怖へようこそ」
産み落とされたノイズは半分位は葬った。
後は空いた場所から飛んでるやつの近くまで飛び上がって、切り裂くだけ。
背中にあるブースターが着火し、ブーブーと爆音を辺りへと響かせ始めたのを見計らって、両手に持った大鎌をギュッと握りしめ、トントンと床を駆け抜け、空を飛んでいるノイズに向かって飛躍していく。
「今までの恨み辛み全部まるごと詰め込んで、一気に決めさせてもらうデス!」
思惑通り飛んでいるノイズへと近づいていくあたしに気付いたのか、はたまた偶然か。タイミングを見計らったかのように小さなノイズがあたしに向かって降り注いでくる。つまり、空を飛んでいるノイズが小さなノイズをまた産み出してしまったのだ。
「……痛ぅっ……」
背中から思いっきり落ちたせいか、忘れかけていた痛みが全身へと広がり始めている。
迫ってくるノイズを鎌を杖に起き上がったあたしは寸前で躱すとカウンターを決め、灰へと変えてから、息をする度に顎から流れ落ちる冷や汗を拭い、痛みを忘れるためにさっき行ったことをもう一度行う。
(こう言う時は歌兎デス。歌兎パラダイスデス。百人で駄目なら千人。千人で駄目なら億人。億人で駄目なら兆人デス。………、………。やっぱりここは天国デス!?)
兆人の歌兎に『お姉ちゃん、頑張って』『姉様、頑張って』と言われる度に冷や汗が引き、ギュギュ–––ッと押し付けられる小さな身体から伝わる感触、ぬくもりで痛みが引いて行き、淡く可愛らしい笑顔に頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
「……えへへ。やっぱり歌兎は最強の妹であたしの宝物デス」
(そんな妹が慕ってくれてるお姉ちゃんがこんなことでへこたれてたら駄目デスよね)
歌兎は響さん達がなんとかしてくれる。あたしは三人が心配なく前線を戦えるように後方でサポートに回るだけだ。今のあたしではそれしか出来ない。
「って事で悪いデスが、生まれて数分で地獄へと舞い戻ってもらうデスよ」
【怨刃・破アmえRウん】
生み出した緑色の波動が新たに生み出されたノイズも残っているノイズも一直線に葬っていくのを見て、両手に持った大鎌を振るいながら飛行ノイズを見るとそこには大きく空いた穴から生み出されそうになっている無数のノイズがいて––––
(ってうわわわ!? そんなのありデスか!?)
––––そのノイズはあたしの上に降ってくるのと周りに落下するので忽ち辺りがノイズまみれになる。
切っても切っても増え生まれ続けるノイズ。これには苦笑いと溜息を漏らさずにはいられない。漏らしたところで弱音は呟かないし、諦めも湧いてこない。
あたしには帰る場所も守りたい場所も両方あるのだから……。
そんなあたしへと一斉に攻めてくるノイズの何処から突破口を開こうかと辺りを見渡している時だった、旋律が聞こえたのは–––。
「DNAを教育してく エラー混じりのリアリズム」
【γ式 卍火車】
ぶん投げられた桃色の刃を持つ鋸があたしを取り囲んでいたノイズを真っ二つにしていくのを見て、ハッとしたようにそちらを見ると
「切ちゃん、お待たせ」
キュッという音を響かせ、あたしを見上げてくる調に安堵と心細かった気持ちが満たさせ、思わず目の前が潤む。
「今日の調も響さんたちもカッコ良すぎデスよ…」
ゴシゴシ目の前を乱暴に擦る。
来て欲しい時に、居て欲しい時に駆けつけてくれるのだから、調も響さん達も。これがカッコよくなくてなんだというのだろう。
「そんな事ない。私にとって切ちゃんはいつだってカッコいいよ」
「えへへ、ありがとうデス」
背中を合わせ、互いのアームドギアを構える。
そして、じわじわと近づいてくるノイズを睨みつけながら、小声で話しかける。
「まだ行ける?」
「もちのろんデス。これくらいでへこたれてたら歌兎に笑われちゃいますからね」
「うん。早くノイズを片付けて、響さん達の所行こ」
それを合図にあたしは目の前を、調は後ろのノイズへと刃を振るうっていく。
碧刃と紅刃によって切り裂かれていくノイズは忽ち分解し、ビルの上を真っ黒な灰で染め上げていく。
「人形のようにお辞儀するだけ モノクロの牢獄」
調の背後にいるノイズを切り裂き、またノイズを産もうとしている飛行ノイズを見上げながら、思うのは助けに来てくれたのが調だけなら足止めをここでされている間に待っていて欲しいと置いてきた未来さんの安否だった。
「調。未来さんは? 未来さんは大丈夫なんデスか?」
「うん。マリアとセレナがS.O.N.Gの人のところまで連れて行ってくれてる」
なるほど。まず、調とマリア達が未来さんに気づいてくれて、調はきっと未来さんからあたしの居場所を聞いたのだろう。
経路はどうにせよ、未来さんが無事なら良かった。マリアとセレナの二人ならきっと未来さんをS.O.N.Gまで届けてくれるだろう。
「なら、遠慮なく
「うん、二人であの大きいの倒そう」
「調となら大きなだけじゃなく下にいるノイズも全部倒せそうデス」
ギュッと大鎌を握りしめながら、背中にあるブースターを着火させ、ビルの端から近くにあるビルの壁へと飛び移り、飛行ノイズに向かって、ワイヤーを放ち、引っかかったのを見て、思いっきり自分の方へと引き寄せる。
「だから そんな… 世界は… 切り刻んであげましょう
いますぐに just saw now 痛む間もなく 切り刻んであげましょう」
生み出されたノイズは調に任せて、あたしは体に巻きつくロープから逃れようと暴れるデカブツを引き寄せることだけに専念する。
【α式 百輪廻】
ツインテールの所から無数の小さな鋸が放出され、生み出されたノイズが倒れていくのを横目に最後の踏ん張りとばかりに両手へと力を加えていく。
(うりゃああああああ!!!!)
ギアが壊れてしまうかもしれないと思うくらい力み、暴れる飛行ノイズを無理矢理屋上へとくくりつけたあたしは自分に近づいてきているノイズを横払いで追い払ってから調へとワイヤーを放つ。
「誰かを守る為にも 真の強さを「勇気」と信じてく そう夢紡ぐTales
信じ合って 繋がる真の強さを「勇気」と信じてく そう紡ぐ手」
ガチャガチャと接続される音が聞こえ、其々のアームドギアを変形させていく。
あたしはギロチンの形に、調はタイヤの形に。
ロープでぐるぐる巻きにされた飛行ノイズは自分を切断しようとしている二つの刃を見る。
一つはギロチンのように変形した碧刃の上に乗っかり、背中にあるブースターが火を吹き、自分を見ているあたし。
もう一つはツインテールが重なり合い、紅刃の部分が体を包み込むように円を描いて、その中央にいる調。
黄緑の瞳と桃色の瞳の視線が交差した瞬間、ブースターによって加速する碧刃と高速で近づいてくる紅刃が重なり合った。
「忘れかけてた笑顔だけど大丈夫 まだ飛べるよ 輝く絆抱きしめ 調べ歌おう
きっと きっと まだ大丈夫、まだ飛べる 輝いた絆だよ さあ空に調べ歌おう」
【禁殺邪輪 Zあ破刃エクLィプssSS】
大きな爆裂音と共に飛行ノイズが撒き散らす灰が辺りに舞い、あたしと調はハイタッチをしていた。
辺り一面にはノイズの灰、地面にはまだ飛行ノイズが産み落としたのであろうノイズが存在しているが、地上のノイズを増やしていた飛行ノイズを撃破出来たのだ。充分勝利と位置付けてもいいだろう、油断はまだ出来ないが。
「やったね、切ちゃん。私たちの勝利だよ」
「当たり前デス! なんたって、あたしと調は最強無敵コンビ……向かう所敵無し……なん……デ、スか……ら………………」
バタッと言っている途中で全身の力が抜け、ビルの屋上にコンクリートの固さと冷たさだけが身体に広がる。
調に心配かけてはいけないと身体に力を入れようとするが上手くいかず、代わりに瞼がゆっくりと閉じていく。
(あれ……可笑しいな……。さっきまであんなに元気だったのに……)
「切ちゃん!? どうしちゃったの!? ねぇ、切ちゃんッ!!」
あたしの体を揺さぶる調へと"えへ…"と照れた笑顔を浮かべてから、あたしの意識は闇へと落ちていった……
**19.
「撃鉄に込めた想い あったけぇ絆の為 ガラじゃねぇ台詞 でも悪くねぇ」
(チッ。なかなか隙を見せねえ)
バンバンと銃口から火炎が飛び散り、硝煙が鼻を燻る中、クリスは自分の攻撃と翼の攻撃から器用に逃げ惑うベルフェゴールに攻めあぐねていた。
追い詰めようと攻めれば、クリスは翼に。翼はクリスに攻撃が当たるように誘導され、謝って相手に当たることが少なくともあった。
つまり、今の二人にできるのはベルフェゴールが見せる隙に全力の技を叩き込むだけ。
【QUEEN's INFERNO】
【蒼ノ一閃】
ひょいひょいと技を交わしたベルフェゴールは小さな口元を上げる。
その仕草でクリスと翼は思うのだ。さっきの隙は
「ちっ。ペラペラと減らねぇ口だな」
パンパンと自分に向けて撃ってくる鉛弾を避け、身を屈めて、クリスへと近づいてくるベルフェゴールを翼が追撃するべく並走する。
「Hyaha! Go to hell!! さぁスーパー懺悔タイム 地獄の底で 閻魔様に土下座して来い」
【MEDA DETH PARTY】
迫ってくる鉛弾、ミサイルを弾き飛ばし、一気にクリスへと両脚に付いたブースターで加速して近寄ったベルフェゴールはニヤァと肩頬を上げる。
そして、両手に持った大槌が淡い光を放ち、身を屈めたベルフェゴールに技が繰り出されると予感したクリスはその場を離れるべく、受け身を取りながら後ずさるがベルフェゴールの攻撃の方が一足早かった。
「Hyaha! Go to hell!! もう後悔はしない 守るべき場所が出来たから…もう逃げない!」
【攻気・鳶目兎耳】
「がっは」
クリスへと入った膝蹴りはお腹へとのめり込み、空気を吐き出し、唾液も橋から垂れる。
お腹を庇いながら、倒れるクリスをベルフェゴールは冷めた赤い目で見送る。
地面に倒れるクリスへともう一度蹴りを入れ、近くにある瓦礫へと蹴飛ばしたベルフェゴールへと翼の太刀が迫っていた。
「一つめの太刀 稲光より 最速なる風の如く」
【蒼ノ一閃】
【千ノ落涙】
自分に向かって飛んでくる水色の波動を交わしながら、降り注いでくる小太刀を大槌からダガーへと変えていたベルフェゴールが弾き返しながら、攻撃を終えた翼を切り裂こうとしていたベルフェゴールの赤い瞳が驚きに充ち満ちる。
一歩も踏み出せない身体に赤い目がまん丸に変わっていく。
一ミリも動かせない身体を見やり、唯一動かせる目で原因を探してみるが原因が見つからず、苛立ちがこみ上げていく。
「貴女はもう少し周りに目を向けるべきだ。思わぬ所に落とし穴があるかもしれない」
そういい、ベルフェゴールの影を流し見る翼の視線を追った悪魔は赤い目をさらに邪悪なものへと変貌させる。
【影縫い】
影に刺さっているのはさっき弾いていたはずの小太刀。
自分の影に突き刺さって居る小太刀は影を縫ったように動きを封じれており、ベルフェゴールは身体の主人である歌兎の記憶からこの技が"影縫い"であることで知り、その才能や効果を知って、更に激怒が湧き上がっていく。
メキメキとベルフェゴールのおでこが怒りに満ち満ち、血管が浮き出る。
「雪音。大丈夫か?」
一方の翼は瓦礫へと倒れこむクリスへと手を差し伸べ、立たせると笑いかける。
「ああ、心配いらねぇ。少し擦り傷が出来たくらいだ」
「そうか。ならばもう少し行けるな?」
「ああ、あのチビを連れて帰らないと過保護に怒鳴られるからな。それにバカが戻るまであたしらがあいつを食い止めねぇーとな」
其々のアームドギアがベルフェゴールの方を向き、キラリと光りだす。
赤い瞳を見つめる藍と薄紫の瞳には一踏ん張りと意気込む色が滲み、奥の方ではこれで終わって欲しいという願いが見え隠れしていた。
【千ノ落涙】
「百鬼夜行を恐るるは 己が未熟の水鏡 我がやらずて誰がやる 目覚めよ…蒼き破邪なる無双」
「もってけ。全部盛りだッ」
【MEGA DETH PAPTY】
翼の千を超える小太刀が、クリスが放つ無数の銃弾とミサイルが小さな身体を貫き、纏うミョルミルのギアを破壊していく中、ベルフェゴールは自身の激怒のみで影縫いから逃れようと身体へと力を込めていた。
ベルフェゴールのこめかみに浮かぶ血管が破裂しそうなほどに浮かび上がり、小さな唇から溢れでる声は獣のソレ。
「くそ、あの野郎。まだやるつもりだ」
「くっ……」
其々のアームドギアを構える中、ベルフェゴールは遂に目的を果たすことになる。
影縫いを無理矢理解いたベルフェゴールは声にならない声を漏らしながら、ただただ目の前に立つクリスと翼を睨む。
純粋な怒りのみに支配された赤い瞳から視線を下へと向かわせれば、青紫に色を変えたミョルミルのギアはボロボロとなっており、露わになったところからは血が滲み、肌が見えているところは最早隠せてない。
その姿からも声からも小さな身体は既にボロボロで限界が近いことも目に見えてわかる。
「………これ以上、ダメージを与えるとチビに何かありそうだな」
(雪音のいうとおり。中身は違くともアカツキはアカツキだ)
さっきの攻撃で活動を停止してくれ、眠ってくれるか気絶してくれると良かったのだが、それは高望みということを突きつけられる。
だが、
「雪音、一気に決めるぞ」
「ああッ!」
漏れ出る禍々しいオーラを放ちながら、翼とクリスの間に爪を振るったベルフェゴールはつり上がる赤い瞳に捉えた者を無作為に襲っていく。
「もう自我も保ててないのか」
「早く眠らせてやろう。それが彼女とアカツキの為だ」
自分へと右拳を振るってくるベルフェゴールの攻撃を交わし、身を屈めた翼は腹部へと剣を振るう。
「幾千、幾万、幾億の命 すべてを握りしめ 握り翳す その背も凍りつく断破の一閃 散る覚悟はあるか?」
「雪音。今だ!」
「これでさっさっと元に戻りやがれッ! ドチビ!!」
【QUEEN's INFERNO】
体勢を崩すベルフェゴールへと叩き込まれる無数の鉛玉にミョルミルのギアが剥がれ落ち、露わになるのは華奢な身体のラインを露わにしている
「今宵の夜空は刃の切っ先と よく似た三日月が
【天ノ逆鱗】
胸へと埋まる刃先は確実にベルフェゴールへとダメージを与えていき、地面へと大きな窪みを作って、ベルフェゴールの動きはようやく止まったかのように思えた。
しかし、それではベルフェゴールの怒りの感情を止めるには弱すぎた。
砂場が舞う窪みから起き上がるベルフェゴールは身を屈めるとひょいと翼とクリスへと飛来する。
「くっ」
「チッ」
お返しとばかりに放ってくる拳を庇いきれずに身に受け、よろめく二人へと渾身の一撃が見舞われる。
横殴りにされ、重なって地面へと倒れこむ二人へと再度拳を埋めようと飛来するベルフェゴール。
「ぎゅっと握った拳 1000パーのThunder 解放全開…321 ゼロッ!
倒されると覚悟して、拳を振り上げるベルフェゴールを見ていた二人の目の前から突然姿を消したベルフェゴールは横へと吹き飛び、代わりに現れたのは二人が待ちわびていた人物だった。
「クリスちゃん、翼さん、遅くなりました」
ふわりと白いマフラーを風に揺らして、振り返る響に翼とクリスは安堵の声を漏らす。
「立花」
「バカ。遅すぎるんだよ…」
「二人は少し休んでてください。あとは私が……」
そう言って、二人の前に立つ響の横へと並ぶのは其々のアームドギアを握りしめる翼とクリス。
「バカ言ってんじゃねえーよ。ここで逃げたりしたら後味悪いだろ」
「クリスちゃん……」
そう言って、起き上がっているベルフェゴールを見る薄紫色の瞳が揺れる。
言葉には出さなくとも彼女も歌兎の事が心配なのだ。
「皆を守るのが防人の務め。ここで折れるようならば、それは最早剣と言うまい」
「翼さん……」
そして、それは翼も同じようだ。
(ねぇ、見えてる? 歌兎ちゃん……)
起き上がるベルフェゴールの真っ赤に染まった目を見つめた琥珀色の瞳が僅かに揺れる。
ボロボロになった彼女の姿を見せたくない人がいる。きっと待っているその人は元気な彼女が見たいはずだから。
ギュッと握っている右拳を胸へと押し付ける。
(見えているのなら、聞こえているのなら、答えて。ここにいるみんな。遠くで戦っているマリアさん達。そして何よりも切歌ちゃんが歌兎ちゃんの帰りを待っているんだよ。受け取った気持ち、今全部
立ち上がるベルフェゴールに向かって走り寄る響の右拳が光りだす。
「最短で 真っ直ぐに 一直線 伝えるためBurst it 届け」
響の右拳がめり込む下腹部が押し出される空気を吐き出しながら、ベルフェゴールは近くの瓦礫へとぶち当たった。
20.
『最短で 真っ直ぐに 一直線 伝えるためBurst it 届け』
響お姉ちゃんの右拳に溜め込まれた爆発的なエネルギーはボクの下腹部で爆発し、その衝撃で近くにある瓦礫へとぶち当たった衝撃で白いヒビが生まれた。
そして、そこから流れて出してくるのは、生を受けたその日から側で聴いてきた声。
–––歌兎が優しい子ってことはお姉ちゃん知ってるからね。
そう言って、抱きしめられて、頭をポンポンと撫でられたことは沢山あった。
「…おねえ、ちゃん…っ」
頬を涙が伝う。
–––…歌兎の事、よろしくお願いします。あの子は…本当は甘えん坊でさみしがり屋であたしがいないと泣いちゃう弱虫さんなんデス…。だから、あの子がこんな事を望むわけないんデス……歌兎は、誰よりも優しくて思いやりに溢れたあたしの自慢の妹なんデスから
きっとそれは響お姉ちゃんに言った台詞。
両手で顔を覆い、首を横に激しく振るう。
「…そんな、こと……ないよ…っ。僕、お姉ちゃんの事もみんなの事も沢山傷つけた。優しくて思いやるのある子なんて……そんな事ない……。だって、僕悪い子だもん!」
また頬を流れる涙に、僕は昔と変わってないことを思い知らさせる、泣き虫で弱虫で人見知りで、姉様が居ないと何も出来ない幼い自分と。
そんな自分に決別したくて、望んだ力に逆に支配され、親しくしてくれた沢山の人を傷つけている現状を。
その現状を作り出している自分の弱さにまだ立ち向かう勇気が出なくて、僕はヒビ割れた壁に両手をつきながら、その場に腰を落とす。
**21.
「歌兎ちゃん、聞こえているなら答えて! みんな、歌兎ちゃんの帰りを待ってる。切歌ちゃん、すごく心配してたよ………ね? そんな所いないで、一緒に帰ろうよ」
響に一撃くらい正気を取り戻したベルフェゴールは内側に閉じ込めたはずの歌兎が頑丈な壁を叩き割り、少しずつ
「ねえ、歌兎ちゃん!!」
自分から解放されそうになっている歌兎を無理矢理奥へと封じ込め、ベルフェゴールは響を黙らせるべく殴りかかるが交わされ、代わりにお腹へと拳を埋め込まれる。
体を折りたたみながら、数歩下がったベルフェゴールは身体を起こし、構えを取る。やっと外に出られたのだ。またあの場所に閉じ込められるなんてうんざりだ。
「出来るなら貴女とも手を取り合いたかった。だけど、歌兎ちゃんを……私の大切な仲間を傷つけるのならば、私は貴女を許さない」
「違うッ! 貴女がしているのはただの支配。それでは誰も貴女の事が分からないよ! だから、教えて。私は貴女の事を知りたい」
ああ……イライラする……。
ベルフェゴールはガリと奥歯を噛みしめる。
お前達のように恵まれた環境に生まれたものは口を揃えてそう言う、"貴女の事を分かりたい"と綺麗事を並べて、それを信用して、失ったものをお前達知らないくせに……。
信用して裏切られて失って……もう虚しい思いをするのも、真っ暗で何もないだけの世界に閉じ込められ続けるのもごめんだ。
「「何故私でなくちゃならないのか?」 道無き道…答えはない」
ベルフェゴールは響が放ってくる拳を交わし、代わりに拳を埋めるべく右腕を振るうが回避され、代わりにお腹へと埋まる。
「君だけを(守りたい) だから(強く)飛べ 響け響け(ハートよ) 熱く歌う(ハートよ)」
巫山戯るな。こんな所で終われるわけないだろう。
やっと出られた外の世界、光に溢れた世界を自分好みに作り変えてやるんだ。
その野望を邪魔するものはどんな奴でも敵だ。
ぶつかり合う拳と拳は大気を揺らし、巻き起こる爆風は砂埃を巻き起こす。
「へいき(へっちゃら) 覚悟したから 例え命(枯れても) 手と手が繋ぐ(温もりが)」
忌々しい。腹ただしい。
戦場に響く
それがベルフェゴールには悲しく、激怒を覚えるものだった。
「ナニカ残し ナニカ伝い 未来見上げ 凛と立って きっと花に 生まれると信じて…」
響の攻撃を喰らい、半壊したビルへと叩きつけられたベルフェゴールは降り注ぐ瓦礫を跳ね除けながら、頑丈に作った壁が崩れ、ゆっくりと表へと歌兎が歩いてきているのを知り、大きく舌打ちをした。
22.
黒い部屋へとヒビが入った白い隙間から聞こえるのは響お姉ちゃんの声。
スクリーンに映る顔は、瞳はまっすぐ僕を貫き、此方へと向けられる両手に思わずたじろいでしまう。
『歌兎ちゃん、聞こえているなら答えて! みんな、歌兎ちゃんの帰りを待ってる。切歌ちゃん、すごく心配してたよ………ね? そんな所いないで、一緒に帰ろうよ』
見えているのだろうか?
そんな風に思える台詞に僕はもう一度ギュッと拳を握り締める。
スクリーンへと伸びる手へとこの手を重ね合わせてもいいのだろうか?
元を正せば、僕がベルフェゴールを解放しなければ……こんな事には……。
躊躇する僕の耳へと
『「何故私でなくちゃならないのか?」 道無き道…答えはない』
そう思ったことは沢山あった。
ほんとは僕なんかが受け継ぐべきではなかったのでは…? と感じることさえあった。
小さくて未熟で弱い自分が昔と全然変われてないって痛感させれたから。
メキメキと強くなっていっている姉様達と僕との溝が深くなっていくようで……。
無力な自分を突きつけられているようで目を逸らしたかった。
ああ、そっか。そういうことか……。
(……結局僕は姉様の為とかねぇやの為とか都合のいい言い訳を探して、理由に無理矢理埋め込んで、自分を守っていただけなんだ……)
ゆっくりとヒビが入った場所へと歩み寄り、そのヒビへと右手を添えるとそこから聞こえてくる声、ぬくもりに思わず涙が溢れる。
(……こんなに待ってくれている人が居る)
今度は受け継いだ力を正しい事に使いたい。姉様達の為に使いたい。
こんな僕を必要としてくれる人の為にこの力を。
『君だけを(守りたい) だから(強く)飛べ』
ヒビから聞こえる
握った拳を開き、もう一度
『響け響け』
「ハートよ」
ぶん殴る。
二つあった大きなヒビから木々の枝のように小さなヒビが生まれる。
『熱く歌う」
「ハートよ」
胸が熱くなる。
喉がひりつき、渇望する––––歌いたい、と。
「へいき」
「へっちゃら」
どんな事があっても平気な気がしてきた。
「『覚悟したから
覚悟したから』」
うん、した。
もう何からも逃げない。
自分がしたいと思う事を、やりたいと思う事に全力投球する。
『例え命』
「枯れても」
うん、枯れても信じた道を歩む。
この決意は揺るがない。
もう迷わない。
『手と手繋ぐ』
「温もりが」
生まれた時から繋いできたその手は僕にはもったいないくらいに暖かく、僕のことをここまで守ってくれ、僕のことを見守ってくれていた。
今度は僕が守りたい、お姉ちゃんをッ!!
「『ナニカ残し ナニカ伝い 未来見上げ 凛と立って きっと花に 生まれると信じて…
ナニカ残し ナニカ伝い 未来見上げ 凛と立って きっと花に 生まれると信じて…』」
思いっきり振り上げた拳が埋まったところから網目のように小さなヒビが入っていき…パリンッと大きな音が鳴り、叩き割った壁の向こう側に広がる世界を見つめながら、僕は一歩前へと歩き出した。
23.
(あれ? ここは……? 確か、あたし、響さんと別れた後にノイズに追われている未来さんと合流して……調と一緒に空飛んでるのを倒して……それで。それでどうしたんでしたっけ?)
ぼやける視界を数回瞬きする事で正常に戻したあたしは見知った真っ白い天井に眉を潜める。
さっきまで戦っていたのは屋外で、確かビルの上だったはずだ。ならば、倒れてみるのは必然と空に––––
「切ちゃんっ」
「ぐへッ!?」
––––思いっきりに痛む身体を抱きしめられ、その衝動でいままで無理していた分の痛みが全身を駆け巡り、悶絶してしまいそうなほどになる。
思わず潤む瞳で抱きついてきた人を見るとピンクのシュシュで黒髪をツインテールにしている後頭部が映り、その後頭部が僅かに震えているのに気付き、言葉を失う。
「切ちゃん…良かった……良かったよ、切ちゃん…」
「……」
ポロポロと涙を流し、強く抱きついてくる調の背中を撫でながら、心配を掛けてしまった事を心の中で謝る。
謝る代わりに撫でていた手へと力を加え、自分の方へと抱き寄せると顔を上げる調の涙を指先で拭う。
「切ちゃん……」
「調、もう泣かないで…。あたしはほら、もう元気になったから」
「…嘘。こんなにボロボロになって……、突然倒れて……私、もう目を覚まさないかもって……心配、したんだから……っ」
指を拭うあたしの手へと自分の手を重ねる調のつり目がちな桃色の瞳を見つめる。
電灯にあたり、キラキラと間近で光る桃色の瞳は場違いかもしれないがずっと前に偶然見た宝石の何かに似ているように思えた。
キラキラと光るその瞳をもっと近くで見たくて、背中に回していた手を腰へと添えて、自分の方にもっと寄って欲しいという意を込めて、抱き寄せる。
「もう無理しない?」
その意を汲み取って、近寄ってくる調の小さな桜色の唇から涙に濡れた問いが聞こえてくる。
「時と場合によります。それに歌兎の事になるとあたし……我を忘れることとか、沢山ありますから」
"えへへ"と笑うあたしの瞳をまっすぐ見つめてくる瞳が潤み、縋るような色になるのを見て、更に腕へと力を入れる。
「なら、切ちゃんが無理しちゃう分、私が頑張るから。だから、私も頼って欲しいな、頼りないかもしれないけど」
「そんな事ないデス。調はいつもあたしのヘマや暴走を止めてくれて、その上に歌兎の事もサポートしてくれて…感謝してます」
「私にとって切ちゃんと歌兎も大好きで大切な人だから」
間近でそうはっきりと言われ、ボッと頬が赤くなるのを感じて、誤魔化すために笑い声を漏らす。
「面と向かって、そう言われるとなんか照れちゃいますね」
「本当。切ちゃんの顔真っ赤」
その後は自然と口元が緩み、笑い声が病室へと響く。
ひとしきり、笑った後はおでこをくっつけて、繋いだ手へと指が絡まってくる。
掌から伝わってくるぬくもりに口元が緩み、同時にやる気も出てくる。もうひと頑張りしようと思うやる気が。
「歌兎が帰ってきたら、三人で何処か行きましょう」
「ピクニック?」
「はい。歌兎とあたしと調の大好物を沢山作って、お弁当に入れるんデス。あたし、それまでに麻婆豆腐作り頑張りますから」
「でも、それ運んでいる最中にぐちゃぐちゃにならないかな?」
「なんと!? 麻婆豆腐をそのままお弁当に入れてはいけないのデスか!?」
顔をくっつけていたのを外し、目をまん丸にするあたしを見て、クスと笑う調。
不安な出来事よりも未来のことだが楽しい事を調と話している方が楽しい。笑った調の顔も見れたし、この話題を振ってよかった。
「だから、切ちゃんの麻婆豆腐は水筒にでも入れて、待っていこう」
「そうデスね。アツアツのまま持っていけますし、ああ、でもそれだと歌兎が火傷を……しかし、歌兎の麻婆豆腐は譲れないデスし……代わりに梨を? いいえ、出来ればどっちも食べて欲しいデスし……ぐぬぬぬ……どうすれば……」
悩むあたしの耳へと勢いよく扉が開かれる音が聞こえ、そちらを見るとマリアとセレナが肩で息をして、ベッドの上で向き合って話をするあたしと調を見て、安堵の笑みを浮かべる。
「切歌、目が覚めたのね」
「暁さん、良かったです……本当に……」
「二人とも心配をかけちゃってごめんなさいデス」
駆け寄ってくるマリアとセレナにニコッと笑ってから、調を身体から外しながら、二人へと頭を下げてから顔を引き締めると尋ねる。
さっき話した未来を迎える為にもあたしにはしなくてはいけない事が、迎えに行かないといけない人がいるのだから。
「戦況は。戦況はどうなってるんデスか?」
そう言いながら、無理矢理ベッドから立ち上がろうとするあたしに慌ただしく駆け寄るマリアの手がベッドに戻そうと押すのを払いのける。
「貴女。その状態で行くつもり。今日は––––」
「––––歌兎がッ。響さん達が頑張ってるんデス。あたしが行かないで、誰が行くっていうんデスか? マリア」
マリアの水色の目を真っ直ぐ見つめ、"行かせて欲しい"と目で訴えるとマリアが小さなため息の後、困ったように眉を下がらせる。
「……。全く……頑固な子。調、セレナ、切歌を支えるわよ。私達も司令のところに向かうわ」
「うん」
「分かった」
三人に支えられ、一歩一歩と進んでいく、永く感じる真っ白い廊下を。
進んだ先に望んだ未来がある事を願って。
**24.
「……くっ」
ダメージが蓄積され、思うように動かなくなった小さな身体を庇いながら、ベルフェゴールは目の前に立ち塞がる
ベルフェゴールは自分の束縛から脱出し、動き出している歌兎の気配を感じ、ここで粘るのは得策ではないと悟る。
もう既に身体のダメージの蓄積は限界を軽く超えており、無理を押し倒しての身体の運営はもう制御が出来ない。そして何よりもここで粘っていても鍵を握るあの緑色の装者は帰ってこないだろう。ならば、もうここに留まる必要はない。
「……ふ」
まさかここまで自分が人間如きに追い詰められるとは思いもよらなかった。
警戒するべきは緑色の装者と認識していたが、どうやらその認識は改めないといけないらしい。
そして、もう一つ。自分の核心部へと歩いていっている歌兎の強い意志にも敗北する原因があったのだろう。
総合して、今回の敗北は人間の底力を侮っていた自分自身という事だろう、イレギュラーな事があったとしても。
「何がおかしい」
銃口を自分へと向けてくるクリスへとお手上げの意味を込めて、ひらひらと両手を振るうベルフェゴールにクリスは眉をひそめ、翼は両手に持った剣を強く握りしめ、響は強張っていた表情を解かさせる。
ニコッと笑うベルフェゴールに響が近寄ろうとして、翼が手で制して、笑みを浮かべる赤い瞳を藍色の瞳の視線が貫く。
「つまりそれはアカツキに身体を返す事に賛同したという事でいいのだな?」
はっきりとそう言うベルフェゴールにクリスの手に持っていた赤いピストルが火を吹き、発射された弾がベルフェゴールを貫こうとした瞬間、俯いていた唇がニンヤリと気味悪い笑みを浮かべる。
「寝言は寝て言いやがれ!!」
いつの間にか手に持っていた大槌を思いっきり地面へと叩きつけた瞬間、バァン!! と耳を塞ぐほどの爆音と風が巻き起こる。
【鬼気・狐死兎泣】
巻き起こった風により、砂を吸い込んだクリスは咳き込みながらも辺りを見渡し、姿を消したベルフェゴールを探そうと視線を巡らせる。
「ゴホゴホ…。あいつ……」
「ベルフェゴールは……あんなところに」
翼の視線の先には半壊したビルを駆け上がり、次のビルへと飛び移ろうとしているベルフェゴールの姿があり、響はその後ろ姿へと呼びかける。
「待って、歌兎ちゃん!!」
響の呼びかけに立ち止まり、振り返ったベルフェゴールの腰まで伸びた銀髪が光を浴びて、水色の光る。
近寄ってくる響を見下ろすベルフェゴールは素っ気なくそう言うと勢いよく振り返る。
ぴょんぴょんと瓦礫を跳ね、ビルの上へと登っていくベルフェゴールの背を響達は見送るしか出来なかった……
**25.
その様子を見送るしか出来なかったのは指令室も同じだった。
目の前で流れるスクリーンにはビルとビルの間を飛び乗りながら、響達から離れていくベルフェゴールの姿が映っており、行先を調べていたS.O.N.Gのクルーザー・藤尭朔也と友里あおいの動きが止まり、瞳が驚きで小刻みに震え、唇から乾いた声が部屋に響く。
「ミョルミル、ベルフェゴール共に反応消失。スクリーンからも各地に設置した防犯カメラからも確認出来ません」
「……そんな、歌兎……」
そのセリフに切歌の瞳から光が消え、両脚の力も無くなって崩れ落ちそうになり、近くにいる調とセレナに支えられるのを見ながら、風鳴弦十郎は指示を出す。
「直ちに装者たちの回収を」
響達を回収するべく向かうヘリが飛び立つのを確認して、数分後、響達が指令室へと集まるのを見て、弦十郎は装者へと向き直る。
「皆、ご苦労だった。ショッピングセンターの周りは半壊・全壊したビルが多いが、人害は出ていない。これは皆が食い止めてくれたおかげと言える、ありがとう。だが、その反面我々は歌兎くんを失う事になった。逃げ去った先も行く先も検討はつかない。しかし、歌兎を取り戻す機会は今後もあると俺は思っている」
「そうデス! まだ、歌兎が死んだってわけじゃないんデス! 取り戻す機会も会える機会もあります!」
弥十郎のセリフにオーバーなほどにリアクションを取る切歌にさっきまでの落ち込みを見ていた調、セレナ、マリアは安心したような呆れたような笑みを浮かべ、響と未来も同じように笑い、クリスは呆れたような表情を浮かべつつも口元へと薄い笑みを浮かべ、翼も同じように笑った後に表情を引き締める。
「だが、我々はその機会を今回のように見逃すわけにはいかない。確実にベルフェゴールからアカツキを取り戻すためにも」
「翼の言う通り。我々は歌兎くんを確実に取り戻すために情報を共有されねばならない。ということで、今歌兎くんに起こっていることを順を追って整理してみよう」
そう言い、弥十郎はスクリーンへとショッピングセンターでギアを纏った歌兎の姿とアウフヴァッヘン波形を映し出す。
そこにはミョルミルのアウフヴァッヘン波形が映し出されており、その波形の隙間から見えるのがベルフェゴールのものだ。
「まず、歌兎くんは切歌くんが到着するまで一人でノイズと闘い、ベルフェゴールを解放。飲み込まれたと予測される」
「その事に関して、我々」
「私達も同じね」
弥十郎の推測にうなづくマリアと翼。
そして、翼達が
そうするしかなかった事は想像出来るし、何よりもいずれは彼女に話す予定だった話だ。心配していた事は起きずに。知った後も歌兎から離れずに救おうとしてくれている翼達に感謝の気持ちを抱きながら、自分へと視線を向けている弥十郎にうなづき、口を開く。
「翼達、マリア達、司令達、みんなが知っている通り、歌兎の左腕には《完全聖遺物・ベルフェゴール》が埋め込まれているデス。性能は装着者を誑かし、自分の力を与え、暴走させる。そして、それを繰り返していくうちに装着者の意識は薄れ、ベルフェゴールに乗っ取られる。それが歌兎の身に起きたのだと思うデス。あいつからは歌兎の気配は感じられなかった……確かに目の前にいるのは歌兎なのに……」
そう言いながら、下がっていく視線を無理矢理前に向けさせる。
心配そうに見上げてくる調へと弱々しく笑い、重ねてくる手をギュッと握る。
掌に伝わってくるぬくもりに取り乱しそうな心が鎮まっていく…。
「つまり、歌兎くんは
「ええ、その認識で間違いな–––」
「–––割って入ってすまない。その点はマリア達は認識を間違えている」
「間違えている? どういう事かしら?」
マリアにそう尋ねられた翼の横にいるクリスが腕組みしながら、答える。
「バカが過保護を安全なところに避難させに行っている時にベルフェゴールが言ってたんだよ」
「––––主らが纏っているシンフォギアというのはそうした方が効果があるようだからな。それに同胞も自身が奏でる歌によって緑のが傷ついていく姿には随分と堪えていたようだからな。この身体が我のものになるのはもう目の前だ、とな」
翼のセリフに"訳わからない"と小首を傾げる響。"何かおかしな事があっただろうか? "と考え込む切歌の二人へと視線を送ったマリアはヒントとばかりに注目するべきところを言う。
「確かに変よね。この身体が我のものになるのはもう目の前だ、なんてね」
「た、確かに!! 可笑しいです!?」
「歌兎はベルフェゴールに乗っ取られてました。なのに、なんでベルフェゴールはそんな言い方をッ。確かに変デス!?」
難問を自力で解いてスッキリした時のようにはしゃぐ響と切歌の隣では未来と調が小さく溜息をついていた。
そんな四人へと視線送り、"もう続きを言っていいか? "とわざと咳き込む翼に騒いでいた響と切歌が静まるのを待ってから知り得た情報を伝える。
「さっき暁が言った通り、私も思ったのだ。既にアカツキはベルフェゴールに乗っ取られていた。つまり、アカツキの身体の自由はベルフェゴールにある。なのに何故"この身体が我のものになるのはもう目の前だ"なんて遠回しな言い方をするのか、と。
それでカマをかけてみたのだ。アカツキの身体を完全に支配してないとミョルミルも身体も制御出来ないのか? とな」
「結果はどうだったんですか?」
セレナの問いかけに翼は一息ついてから、静かに答えを言う。
「肯定だった」
肯定。つまり、ベルフェゴールに歌兎は完全に乗っ取られてなく、本来の力も出し切れてないので弱体化していると……朗報ではないか!
「なら、今すぐベルフェゴールを探しましょう! そんでもって、パパッと倒して、歌兎を取り戻しましょう! だって、弱体化している今なら簡単に–––あいたッ!」
「これで少しは落ち着いたか、過保護」
「ひ、ひどいデスよ、クリス先輩…。あたし、病人なのに……」
涙目を浮かべる切歌を鼻で笑ったクリスは苦々しく、ミョルミルを包んでいくベルフェゴールのアウフヴァッヘン波形を見る。
「相手はベルフェゴールなんだぞ。簡単に信じてんじゃねぇよ。それに今のあたしらじゃ、その弱体化したベルフェゴールを数人がかりでも倒せなかったんだろ。まだ、実力差があるって事だ」
「クリスの言う通り、今の私達では立ち向かったとしても完全に回復したベルフェゴールにはすぐに倒されてしまうわね。だからこそ今は些細な情報が必要なの。その情報が突破口になるのかもしれないのだから」
そう言ったマリアは黙って、翼達の会話を聞いていた弥十郎へと視線を向ける。
「というわけで、私たちが知り得る情報はこれだけよ。次は司令の憶測、情報を教えてもらえるかしら?」
「我々のベルフェゴールへの理解はマリアくん達と変わらない。だが、一つだけ確信しているのは–––––」
そこで言葉を切った弥十郎は真っ直ぐ切歌を見る。そして、その切歌は何故自分が見られているのか分からずに小首を傾げる。
「––––歌兎くんを奪還する鍵は切歌くんのイガリマかもしれない」
「ふぇ? あたしのイガリマ、デスか?」
「女神ザババの双刃の一つ、
「そうデス、けど……」
切歌は思う、確かにそうだが。何故それが今話題に上がるのか? と。今は歌兎をベルフェゴールから取り戻す為の話し合いをしていたはずだ。なのに何故、突然イガリマの話になるのだろうか? 意味が分からない。
考え込む切歌、悩む響と違い、弥十郎の説明には他の装者達は理解しているようで理解してない二人にも分かるように代わり番のに説明していく。
「…なるほど。切ちゃんのイガリマは魂を切断する力を持っている」
「そして、歌兎ちゃんとベルフェゴールは今魂までも重なり合っている状況ですが」
「あいつの言ってる事が正しいなら、チビとあいつはまだ完全に重なっているわけじゃねぇ」
「つまり、どこかに
「その隙を暁のイガリマで両断もしくは切断すれば一つになった二人を分裂できるかもしれないという目論見というわけですね、叔父様」
「そういう事だ。完全に重なってない今だからこそ出来る荒技」
弥十郎は切歌を見る。
真っ直ぐ見てくる視線には"それでもやるか? "という意味が込められている。
「上手くいくかは分からない。雲をつかむよりも困難で、先の見えない戦いになるか可能性が高い。それでも––––」
「––––するデス!」
「切歌」
「切ちゃん」
「暁さん」
弥十郎のセリフを切り、切歌は即答する。
問われる前から決まっていた。あの子を救える方法があるのならどんな些細なものでは行うと。
もう二度とあの子を悲しい思いをさせない、辛い時泣きたい時は側にいて支えてあげるのだと誓ったのだ。もう一度手を繋ぎ合わせる事ができるのならば、もう二度離さないと。
「それで歌兎が救えるんデスよね? 少なくても先が見えなくてもあの子を救えるのならあたしはするデス! 決めたんデス! あの子を救う為ならばなんだってするって!」
「だからって、貴女はまだ傷が癒えてないじゃない」
「なら、危なくないところまで参加するデス」
「参加って貴女の性格では危険てみなされても撤回しないでしょう。それに歌兎の事が絡むと貴女はいっつも無茶を……」
「無茶をしなくちゃいけない時にするだけデス。それに歌兎を救えるのならあたしがなくな––––」
切歌が反対しようとしているマリアと口論を繰り広げている中、ホールへと驚きの声が聞こえた。
「––––これは……」
「どうした?」
白熱していく喧嘩を止めようと動き出した弥十郎は後ろを振り返り、声がした方を見ると藤尭が画面を真剣に見ていた。
「さっきから歌兎ちゃんと切歌ちゃん、響ちゃん達の戦闘を見返し、分析していたのですが……司令これを見てください」
「これは……同化していたミョルミルとベルフェゴールのアウフヴァッヘン波形が乱れ、一瞬ミョルミルが強くなってる?」
キーボードを打ち、スクリーンへと画面を転送した動画には乱れるベルフェゴールのアウフヴァッヘン波形からミョルミルのアウフヴァッヘン波形が現れ、忽ちに表に出るのまでが一瞬だが映っていた。
その動画に切歌の曇っていた瞳が明るさを取り戻し、我先に情報を得ようと藤尭のところへと駆けていく。
「ど、何処デス! その時は何処なんデスか! 藤尭さん」
階段を駆け下り、藤尭のところまで駆け寄った切歌に画面が見えるように席を譲りながら、藤尭は見つけたところを指差していく。
「ここだよ。切歌ちゃんにトドメを刺そうとした時と響ちゃんと戦闘している時」
「それじゃあ……」
今まで乗っ取られた歌兎には声が届かないものだと思っていた。
だが、違ったのだ。確かに届いていた、声も
切歌はギュッと手を握りしめる。嬉しかった、これで歌兎を取り戻せる可能性が上がったから。もう一度この腕に抱きしめてあげれると分かったから。
「……」
切歌から遅れて、スクリーンへと流れたそれはその場に集うもの達を勇気付けた。
響は嬉しさのあまり、涙目になりながらも声を上げる。
「師匠の作戦は無謀でも無茶でもなかったってわけです!」
「ああ。歌兎君の心を揺さぶり、ベルフェゴールとの同化を緩め、我々はその緩みから隙を見つけ出し、そこを切歌くんに切断してもらう。今まで以上に辛く長い戦いと思う、だがここが正念場だ。我々で必ず歌兎くんを救うぞ」
「はい! (デス! )」
装者の返事が揃い、ホールへと力強い声が響き渡るのを聞き、満足そうにうなづいた弥十郎はすぐに指示を出す。
「撤回した歌兎君がいつ現れるか、分からない。各々、準備は怠らずに身体を休めてくれ。それでは解散だ」
弦十郎からの指示に装者が各々帰り支度する中、切歌のみが藤尭のところで俯いたまま、動く気配が感じられず。
「切歌ちゃん…?」
藤尭が声をかけながら、顔を除きこもうとした瞬間、勢いよく顔上げて、ニコッと笑ってから頭を下げる。
「藤尭さん、見せてくれてありがとうございます。司令も友里さんもスタッフの皆さんも歌兎の事よろしくお願いします」
しばらく深く腰を折った切歌は身体を正すと階段を駆け上がり、もう一度頭を下げてから調の元へと駆けていく。
ドアが閉まる前に調と並んで、ニコニコと笑いながら廊下を歩く切歌の横顔を見て、友里が口を開く。
「切歌ちゃん、無理をしているみたいですね」
「無理もないさ。歌兎ちゃんがあんな事になっちゃったんだから」
「だが、まだ全部終わったわけではない。歌兎くんを取り戻せる機会がある。我々はその一瞬のより良いものにするために仕事するのみだ」
弥十郎の言葉に首を縦に振るのは友里と藤尭のみだけではない。クルーザー全員がそう思っているのだ。
KODOMOの幸せを守るのがOTONAの役目、二人の幸せを守るのが自分たちの役目だと。
その日、潜水艦は日があけても光がついていた。
**26.
深夜3時を過ぎた頃、調は喉の渇きを感じ、ベッドから起き上がるとリビングに明かりが点いていることに気付き、ゆっくりと扉を開ける。
そして、リビングのソファに腰掛け、一生懸命に右手に持った針でチクチクと指に間違って突き刺しながら、編み目が破け、中から綿がはみ出している古い兎のぬいぐるみを縫っている寝間着の切歌が居て、目を丸くする。
「……切ちゃん…?」
声をかける調に気付いた切歌はハッとした様子で電灯の光を見ると眉を潜める。
「ごめんなさい、起こしちゃったデスか?」
「ううん。丁度お水飲もうと思ってたから。それって歌兎の誕生日に切ちゃんがあげた兎のぬいぐるみ?」
切歌の横に腰を落としながら、さっきまで縫っていたぬいぐるみを見るとやはり見覚えがあるものだった。
確か、歌兎が12歳になるときに切歌がマム…ナスターシャにお小遣いを前借りして、ゲームセンターで取ってきたものだったと思う。
そして、調の記憶はあっていたようで切歌はコクっとうなづく。
「あの時、あげてから所々破けているのは知っていたんデスが、なかなか直してあげられなかったデスからね…」
直しかけのぬいぐるみの頭へと手を置いた切歌はいつも歌兎にしているように撫でる。
垂れ目がちな黄緑の瞳には目の前にいるぬいぐるみが何に見えているのか、調には分からなかった。
「帰ってきた歌兎をびっくりさせたくて、さっきから縫ってるんデスけど…あたしってば不器用デスね……あまり上手に出来なくて……」
"えへへ…"と照れたように笑う切歌の笑顔は疲れが滲んでいるように思え、調はそっと切歌の手へと自分の掌を添える。
「調…?」
びっくりしたように自分見てくる切歌の瞳をまっすぐ見つめる。
すると僅かに視線を晒された気がして、心配になる。
「あまり無理しちゃダメだよ」
「無理しているように見えますか?」
おちゃらける切歌を顔を見て、調はコクリとうなづく。ずっと見てきた切歌の顔、仕草、笑顔、記憶にあるその全てを比較しても今の切歌は無理をしている。そう判断できた。
「少なくとも私には」
「あはは〜、やっぱり調には敵わないデスね」
そう言って、切歌はテーブルの上にぬいぐるみを置いてから調の手へと自分のを添える。
途端、震えだす切歌の両手を安心させようともう一つの手を添えて、切歌へと向き直る。
「あれ……可笑しいな……調にバレただけなのに……。両手が震えて止まらない……」
弱々しく笑う切歌は調から視線を逸らすとゆっくりと自分の気持ちを吐露する。
「切ちゃん……」
「嬉しかったんデス、あの子をベルフェゴールから取り戻せるって聞いて。でも、安心したら、凄く心配になってしまって…あたしに出来るのかなって、歌兎の事を救えるのかなって……あたし、今まで沢山失敗してきたから……」
"失敗してきた"という言葉に調も思うところがあった自分だって、歌兎が苦しいときに辛いときに助けてあげられなかった。
行動に移した切歌を呆然と見ることしか出来なかった時もある。
そんな自分と違って、ちゃんと行動し、歌兎を守ろうとしている切歌は凄いと思う。そして、そんなに切歌に思って貰っている歌兎の事が少し羨ましく思う。
「きっと大丈夫。切ちゃんなら歌兎の事助けられる」
「うん、ありがとう……調……」
切歌をギュッと抱きしめる調は耳元で囁く。
「だから、今から麻婆豆腐の練習して、歌兎の事もっとびっくりさせようね」
「うん、そうデスね!」
調のセリフにうなづく切歌をカーテンの隙間から一人の少女が見ていた。
月夜に照らせるのは腰まで伸びた銀髪、どんな感情も浮かんでないように思える半開きの瞳は黄緑。
その後、ゆっくりと伏せられる瞳に浮かぶ唯一の感情を誰も知る由はない。
ミョルミル、イガリマ等と共に渡ってきた聖遺物。
神話にて神のトドメを刺した槍と言われ、"神殺し"と呼ばれている。だが、ガングニールと同じものなのかは研究者の中では把握できてない。
今の装者、マリア・カデンツァヴナ・イヴに渡った経緯は立花響にガングニールを渡し、ギアを纏う事が出来なくなった彼女にS.O.N.Gが渡したのがロンギヌスだった。
ガングニールと同格の装者を生み出すために造られたが、纏える装者が居らず。厳重に保管されていたのをマリアがお試しで触れた瞬間、同調し、ロンギヌスの装者となる。
聖詠/Shield longinus defend tron
メインアーム/槍
ギアの色/金と黒
タイプ/トリッキーに攻撃を繰り出すバランスタイプ
次回、
第一章、クライマックスまで 後 ニ話…
〜投稿予定表〜
2020/3/31 記
▼#1ー8 【投稿時間/0:00】
▼#1ー9 【投稿時間/12:00】
▼#1ー10 【投稿時間/17:00】
切歌と歌兎の二人が織りなす最初の物語の
最後まで見守っていただけると嬉しく思います。
どうかよろしくお願い致します(土下座)