**27.
モウイヤダ。タスケテヨ。
何処からか声が聞こえてくる。
ナニモナイ。クライダケノセカイニカエリタクナイ。
泣いているの…?
クライノハヤダ。ダレカソバニイテ。
ここにいるよ。
ナンデダレモミテクレナイノ? ソノチカラハワタシガアタエタモノナノニ。ナンデ、アルジバカリミルノ? ワタシモミテヨ。
見てるよ。
ウソツキ。ウソツキ。ウソツキ。ウソツキ。ウソツキ。ウソツキ。ウソツキ。ウソツキ。ウソツキ。ウソツキ。
嘘じゃないよ。
ドウセステルンデショウ? ホシイチカラヤチエヲワタシカラウバッタラ。
そんな事ない。
ウバワレルダケナラ。ダレモワタシヲミトメテクレナイノナラ。ワタシトイテクレナイノナラ…。
待って!
ワタシハ……イイヤ、ワレモウバオウ。タイセツナモノヲ。
そんな事したって、誰も君の本当の望みを理解してくれないよ!!
ホントウノコトイッタッテ。ダレモリカイシテクレナイヨ。ダッテ、ワレハアクマ……ベルフェゴールナノダカラ……。
その声の後、自分へと流れ込んでくる思い出に少女は目を伏せる。
ミイラ取りがミイラになる。木菟引きが木菟に引かれる。人捕り亀が人に捕られる。
つまりそういうことか。
君も最初は人が好きな優しい子だったんだね。
だけど、認められず。
力や知恵のみを奪われていくうちに人を憎み、人を蔑んだ。
本当は側にずっといて欲しかったのに……ただそれだけが君の望みだったのに……
分かったよ、ベルフェゴール。
なら、僕が君の側に居てあげる。
だから、教えて……
君の本当の
ワレノ……ワタシノノゾミハ……
ー➖__ー➖––––ー–––___ー
うん、分かった。
それが望みなんだね。
君の
だから、今は少しの間
「………おやすみなさい」
カーテン越しに見える横顔へと小さく"ごめんなさい"と呟いた少女はその場を後にした。
伏せられる瞳に浮かぶ感情を読み解けるものは誰も存在しなかった。
**28.
暁歌兎を乗っ取った完成聖遺物・ベルフェゴールを装者達から逃走して数週間がすぎたある日。暁切歌は一人、毎日の日課となった麻婆豆腐の練習を行うために親友から教えられた材料が安いスーパーをはしごして、買い終えた荷物を揺らしながら、帰路を急いでいた。
そんな切歌を見下ろしている少女の腰まで伸びた銀髪が赤い夕焼けに照らされ、茜色に光を放つ。
(さてとここを通り過ぎたら、もう学生寮デ––––)
「––––」
目の前に降り立った小柄な人影は紛れもなく失踪していた暁歌兎で、おどけてみせる仕草からしてまだ操られていることに違いないだろう。
切歌は唇を噛みしめる。はっきり言ってタイミングも何もかもが最悪だ。
あの時に比べて、身体の回復はしているがまだ痛む場所も少なからずある。
(ここは一旦退却して、助けを……)
後ろを振り返って逃げようとする切歌の前に回り込んだ歌兎。いや、ベルフェゴールが挑発するように片眉を上げながら、尋ねてくる。
「ふん。あたしが会いたかったのは歌兎デス」
「冗談は寝て言えデス。お前みたいな奴、誰一瞬たりと妹って認めてやるかデス。それに……あんたがここに来たのはあたしにお姉ちゃんって認めさせるだけじゃないデスよね? 大方、あたしを倒して、歌兎を完全に我が物にしようとしている、とかデス?」
赤く染まった半開きの瞳がまん丸になり、マジマジとあたしを見つめ、感心したように口笛を吹く。
こーの"ーぉ、あ"くーまーぁ"ぁ"。
響さん達の前など自我を失って、本来の素の状態で会話していたっていうのに……あたしには随分と上から目線じゃないデスか。
勝手に人の妹を乗っ取って、好き勝手動かした上に大きな傷も負わせたと聞いた。女の子なのに生傷が増えたらどう責任を取ってくれるというのだろうか、この悪魔は。
「で? もう少し世間話をするんなら、一ついいデスか? さっさと歌兎を返せ。この悪魔」
「はぁ…頭の悪い悪魔にいうことじゃなかったデスね。なら……」
首元から赤い結晶を取り出し、突きつける。さっさと返さないと此方は実力行使もいとわないという意を込めて。
これをハッタリと見るか本気と見るかはベルフェゴール次第だ。
もしどっちに転んだとしても妹を取り戻した瞬間、一発は頬へと埋め込まなければならないと思っている。
怒りを露わにし、自分を睨みながら、結晶を突きつけ続ける切歌に困ったようにベルフェゴールは肩を上下させる。
「何も? 何を?」
左手を自分の胸へと押し当て、ニンヤリと片頬をあげる。
(あたしが分かってないデスって? 歌兎の事を?)
あたし、カッチンってきちゃいましたよ。
誰が誰よりも歌兎を知らないって? 少なくともあんたよりもあたしの方が歌兎のことを知ってるし、愛している。
ほんのちょっと歌兎と一つになったからって調子に乗りすぎだ、この悪魔。
何度だって言ってやる。あたしがあんたよりも歌兎のことを知らないだって、劣ってるだって……巫山戯るなッ!!!
あたしほど歌兎の事を愛してる人、知っている人、時間を共にしてきた人は世界中探しても居ないだろう。
「初めて、言ってくれた言葉が『ねーね』だったデスよね…」
遠い昔を思い出すように遠目を見ながら、ポツリと声を漏らす。
呟きを聞いたベルフェゴールが"なんだ、こいつ"とマジマジと見てくるのを心で笑いながら、続ける。
「初めて、歩いてきてくれたのもあたしのところだったデス」
「ギュッて抱きしめてくれたのも、小さな手を重ねて散歩したのも、頭を撫でてくれたのも、離乳食もあたしがあげないと食べてくれないって言ってましたっけ……」
「にこって笑ってくれたもの、あたしが最初だったデスよね…」
聞くに耐えないと声を荒げるベルフェゴールへとビシっと右指を突きつけた切歌は鼻で笑うと結晶をギュッと握りしめる。
やはり何も分かってないのはそっちの方だ。あたしが知っている事を何も知らないなんて……お前にとってはどうでもいいものでもあたしにとってはどれも大切な記憶だ。
「意味わからないことないデス。あんたはさっきあたしが歌兎の事を何も知らないって言ったから話しているんデスよ。あたしは歌兎との思い出を一つも忘れたことはない。生まれた時の事もさっきのことのように思い出せる………つまり、あたしと歌兎の絆、舐めんなよッて事デス!」
そして、胸に浮かんだ聖詠を口ずさむ。
「Zeios igalima raizen tron」
身に纏うイガリマのギアを揺らしながら、先手を取るために身を屈めて、ベルフェゴールへと二つに分裂した鎌を交互に突きつける。
「警告メロディー 死神を呼ぶ 絶望の夢Death13 レクイエムより 鋭利なエレジー 恐怖へようこそ」
【怨刃・破アmえRウん】
切歌の乱撃から逃れようと後ろに飛ぶベルフェゴールに向かって飛んでくる緑色の波動に着ていた服を切り裂かれ、可愛らしい顔が激怒に染まる。
「本当に忌々しい……お前も同胞もお前らが奏でる歌も何もかもッ! Multitude despair mjolnir tron」
【分気・鳥兎匆匆】
【切・呪りeッTぉ】
分裂し、切歌を潰そうと振り上げられるダガーを三つに分かれた緑の刃が追撃し、当たる直前で躱すベルフェゴールの運動神経に
「不条理な未来叫んでみたけど ほんとは自分が許せない すべて刈り取り 積み上げたなら 明日へと変わるの?」
防御に徹してぐらつく身体へと刃を振り下ろしながら、切歌は至近距離でベルフェゴールの眠そうに開かれた瞳を睨みつける。
「何故そこまでして歌兎を狙うんデス! 貴女の力を欲しいって奴なら他にあるでしょう」
「歌兎をモノのように言うなァァァァァッ!!」
ダガーを重ね合わせ、切歌の攻撃を受け止めているベルフェゴールへと一閃食らわせるべく、力を更に加えていく。
膝をつき、こっちを見上げてくるベルフェゴールの眠そうな瞳を睨みつけながら、覆いかぶさるように取手へと両手を添えて力を加えていく中、ダガーが傾き、バランスを崩す切歌へと淡く光る刃が突き刺さる。
【攻気・鳶目兎耳】
無防備になった腹部へと入った技にゴホッと唾を吐き出した切歌へと回し蹴りをするベルフェゴールの脚を代わりに掴み、放り投げる。
「いますぐに just saw now 痛む間もなく 切り刻んであげましょう」
放り投げられたベルフェゴールへと飛び上がった切歌は脚へと鎌を装着し、背中のブースターが着火し、スピードを増して、ベルフェゴールへと突き刺さろうとして寸前で交わされる。
【断突・怒Rぁ苦ゅラ】
地面へと突き刺さる切歌へとダガーを振るいながら、かわしていく切歌を睨む。
ギュッと取手を握りしめて、強まる力によって軋む取手の音を聞きながら、切歌は目の前にいるベルフェゴールを睨む。
垂れ目がちな黄緑色の瞳に映るベルフェゴールの半開きした瞳が意思の強い光を放つ。
「歌兎が……歌兎がっ。お前に操られている方が幸せって言うんデスかっ。そんなわけないでしょう! あの子は今まで辛い思いを沢山してきたッ。今度はその分、楽しい思いをする番デス!」
「貴様ァァァァ!!!!」
分裂した鎌を交互に振るいながら、自分へと襲いかかってくる切歌の攻撃をニンヤリと片頬を上げながら、ひょいひょいと躱すベルフェゴールに切歌の怒りのポルテージが上がっていく。
(歌兎があたし達といるよりも早くベルフェゴールといる方が幸せ? そんな事ない! だって、みんなと居る時の歌兎は幸せそうだった。その幸せを壊すことは誰であろうと許さない!)
「信じ合って 繋がる真の強さを「勇気」と信じてく そう紡ぐ手 きっと きっと まだ大丈夫、まだ飛べる 輝いた絆だよ さあ空に調べ歌おう」
【切・呪りeッTぉ】
後ろへと後退りながら、逃げていくベルフェゴールを追い詰めるべく、放つ三つの刃は両手に持ったダガーにより弾き返され、代わりにベルフェゴールは両手に持ったダガーを地面に突き刺す。
【鬼気・狐死兎泣】
地面から噴き出る
「くっ」
【分気・鳥兎匆匆】
立ち上がる切歌の懐へと潜り込んだベルフェゴールは交わそうとする切歌の行動を先読みし、後ろに飛び退ける無防備な背中へと技を決めていく。
左右に高速で動くダガーにより肢体が切り裂かれていき、倒れこもうとする切歌に追い討ちとばかりに両手に持っているダガーを前へと放り投げる。
【効気・鳥飛兎走】
放り投げれたダガーは切歌の右肩、左腰へと切り傷を作った後にベルフェゴールの元へと帰ってくる。
二つのダガーを
「ゴホゴホ……。くっそ……」
立ち上がる切歌を見下ろすベルフェゴールを睨みながら、切歌は先程から感じる違和感を再認識する。
素早く辺りを見渡し、挑発されるがままに誘導された場所が周りに住宅街がない空き地ということを確認し、見慣れた構えでダガーを持ち、こっちを見やるベルフェゴールに違和感が増していく。
数週間前に戦ったベルフェゴールは激怒に身を任せており、周りに民間人が居ようが関係なく技を繰り出して、一撃でビルを半壊させるほどの力を遺憾なく発揮していた。
だが、目の前にいるベルフェゴールはなんだ? 前のように無闇に膨大な力を放つのではなく、こちらの隙を見て最小限の技を繰り出してくる。
「チッ」
【攻気・鳶目兎耳】
淡い光を放ち、自分へと攻撃を放ってくるベルフェゴールの技を捌きながら、間近でベルフェゴールを見ていく。
言動、仕草に見知ったものがないかを記憶の中に刻みつけている妹と重ね合わせていく。技を放つタイミングや溜め方、身のこなしまでありとあやうるものを重ねていくうちに照合していくものが増えて、切歌の表情に動揺が走る。
「キラービートMAX ボリュームフルテン 脳髄の隅まで教えるDeath 断頭の音階 背筋も凍る 冥府のマスカレード」
君から託されたこの力 君から託されたこの心 君から託されたこの命 僕は守り 繋いでいく そう、繋ぐッ! だからこそ望む未来をこの手で掴み 僕はここに戻ってくる
【鬼気・狐死兎泣】
【怨刃・破アmえRウん】
技と技がぶつかり合い、爆風が巻き起こり、一定の距離を取る二人の中で流れる沈黙を破ったのは切歌だった。
動揺を顔全体に覗かせ、目の前にいるベルフェゴールの風に揺れる日の光を浴びると水色に光る銀髪を見やり、自分を感情が消えた眠そうに半開きしている黄緑色の瞳を見てから記憶にある妹を思い浮かべると震える声で問いかける。
「………お前、誰なんデスか…?」
「お前は誰なんデスか!!」
ベルフェゴールを見る瞳が懇願の色を覗かせる。
目の前にいるベルフェゴールは余りにも
鏡で写したかのように、言動も仕草も動作も何もかもが妹なのだ。
口調も何度も真似をして、コツを掴んで、一生懸命演じているような違和感を感じる。
ここまで瓜二つということは考えられる可能性は二つ。
一つ目は、逃走したベルフェゴールが姿を消していた数週間の間に歌兎を完全に支配し、前は操れなかった所まで操れるようになってしまった。
二つ目は、逃走した数週間の間に何かベルフェゴールと歌兎の間にあり、歌兎がベルフェゴールの支配から逃れており、暁歌兎に支配権が渡っている。
もしも、一つ目ならばこれまで対策してきた方法が全部無駄となってしまう。だが、二つ目の場合ならば、ベルフェゴールから身体の支配権を奪った歌兎が何故、ベルフェゴールの真似事をして、切歌に襲いかかっているのか? という疑問が発生する。
(分からない。何も分からないデスよ……)
切歌は頭がこんがらがってくるのを感じ、ベルフェゴールの重い口を開くのを深呼吸して待つ。
頭がジリジリする。嫌な汗が流れる。頼んでもないのに、頭の中でカンカンと警戒音が鳴り響く。
「……」
"暁歌兎"と名乗るベルフェゴールに納得してしまう。前に戦った時はその口から名前を挙げられるだけでも、違和感の正体に気付く数分前も同じように嫌悪感が湧いてきた。
なのに、今は納得してしまっている。
目の前の人こそがその名前を口にするべきだ、言って欲しいと本能が叫ぶ。
両手に持つダガーを構えながら、切歌との距離を図っているベルフェゴールを……いいや、歌兎を見やり、気づくと両手を握りしめていた。
訳がわからなかった。なんでそんな事をしているのか、意味が分からなくて、イライラして、切歌は両手に持つ大鎌を
切歌の鎌を受け止める歌兎の吊り上がる眠そうな瞳を間近で睨みつけながら、視線で訴える。
教えて欲しかった。なんでそんな事をしているのか。なんで敵に屈しているのか。なんで自分を襲っているのか。妹の言動全てが意味不明で理解できなくて………思いを増していく切歌の押さえつけていく力が強くなっていく。
「交錯してく 刃の音が 何故か切ないラプソディーに 籠の中から 救ってあげる 両断のクチヅケで」
口ずさむ歌声、
その一文は今の歌兎に歌って欲しくなった。
今までどんな気持ちでみんなが貴女を探すために尽力を尽くしてきたのか、S.O.N.Gのスタッフは今も寝る間も無く、貴女を捜索してくれている。なのにどうして、その人達の気持ちを、苦労を踏みにじるような行動に出ているのかが理解できなくて、切歌は二つに分裂した大鎌で歌兎へと切りかかる。
切歌が振るう緑の刃を受け止める
「叫んでみて call now 涙ごと全部 切り刻んであげましょう 伝えきれない ココロをいまぶつけよう 「遠慮」なんていらない さあ試す愛」
戦場に響く旋律と旋律は重なり合い、それぞれのアームドギアの様に火花を散らし、其々の魂を揺さぶる。
一つは問いただす様に。もう一つはのらりくらりと追及を交わす様に。
感情のままに鎌を振り続ける切歌の攻撃を弾き、歌兎は回し蹴りを食らわせる。
ガチャンを音を立て、激しい二人の戦闘によりぐらついていた留め具が外れ、切歌と歌兎へと降ってくる。
「きっときっと そう「大好き」伝えたい 煌めいた運命に 嗚呼溶ける月と太陽」
切歌は降ってくる鉄骨が逃げようと身を翻そうとしたその時、自分目掛けて降ってきている鉄骨から逃げようとせずに上を向いて、その場に留まろうとしている歌兎へと抱きつく。
降ってくる鉄骨から歌兎を守りながら逃げる切歌の手に握られている大鎌を見ている歌兎が一瞬、寂しそうに…申し訳なさそうに微笑んだ後に緑の刃が自分の心臓を貫く様に設置する。背骨に当たる刃に歌兎はゆっくりと目を瞑る。
「はぁ……はぁ……っ、っ…」
そして、遂にその時はやってきてしまった……。
鉄骨から逃げるのに必死だった切歌が歌兎と共に鎌を地面へと下ろしてしまった。
グチャとやな音が鼓膜へと響く。右手には柔らかいものを尖ったものが突き刺さる感触を感じ、切歌の垂れ目がちな瞳が更に丸くなり、目の前の光景を網膜へと嫌でも焼き付けていく。
「ごほ……けっほ………」
寝かせて持っていた筈の大鎌の緑色の刃の先が主張があまりない妹の胸の間から伸びており、そこからドボドボと溢れてくる赤黒い粘液が
「…え?」
(へ? え?)
突然の事に頭が回らない。
目の前のこの光景はナンダ? なんで、歌兎から血がデテイル? なんで守ろうとしただけなのにコンナコトニナッテイル?
切歌は訳が分からなくて、訳が分からないことが分からなくて、何をしたらいいのさえ分からなくて、分からないことが辛くて苦しくて……歌兎の血に濡れた手を握りしめる。
「歌兎っ…うた、う……歌兎…ぅ、あたし…お姉ちゃんは…っ」
ポロポロと大粒の涙を流す切歌の頬を流れる涙を拭ぐろうと手を伸ばした歌兎の掌から肢体、身体全体が黄金の光となる。
そして、何かを伝えようと唇を開く歌兎が切歌に触れた瞬間、彼女を模っていた黄金の光が小さな玉となり弾け飛び、夕暮れの空へと舞い上がっていく–––––。
「…あ"あ"ぁぁぁぁぁ…」
切歌の喉から声にならぬ声が漏れ出て、風によって攫われていく歌兎だった粉を少量無我夢中で手繰り寄せようとする垂れ目がちな黄緑の瞳には瓜二つの姿を持つ少女達が笑顔を浮かべて、仲よさそうに手を繋ぎ合わせてから空へと歩いていこうとしている姿が映る。
右は日の光に当たると水色に光る銀髪を腰まで伸ばし、眠そうに黄緑の瞳を開いた可愛らしい顔立ちをした少女。
左は右の少女と同じように腰まで伸ばした銀髪の毛先を青紫に染めて、眠そうに開かれた瞳を真っ赤に染めた可愛らしい顔立ちをした少女。
二人はお互いの顔を見合って笑い合うと右の少女だけが切歌の方に振り返って、小さく何かを呟いた後に左の少女の手を引いて、空へと登っていく。
遠ざかっていく小さな背中から溢れる黄金の光が切歌の掌へと乗っかり、切歌はそれを抱きしめながら嗚咽を漏らしながら崩れ落ちる。
「ゔぅっ……ぁっ……ッ」
抱きしめる黄金の光から微かに『…姉様、痛いよ』と困ったような妹の声が聞こえ、切歌はより一層胸へと抱きしめる。
(歌兎。歌兎歌兎歌兎…うた、う…っ…)
お姉ちゃんはどうしたらよかったんデスか? 貴女を守る為に……貴女が笑顔で居られる為に……。お姉ちゃんはどうすれば……。
あたしは…お姉ちゃんはただ、貴女と居られるだけで、貴女の可愛い笑顔を近くで見ているだけで幸せだったのに……なのにどうして…ッ。
なんで、こんな事になってしまったのだろう…どこで何を間違えてしまったのだろう…、もう何も分からない…分かりたくもない…何もする気にならない…。
もう埋まることはない胸にぽっかりと空いた穴、そして脳へと反響するのは、最後に
『ごめんね…』
こんな苦しい役割を切歌に押しつけてしまったこと。辛い・悲しい思いをさせてしまった事への謝罪。
『ありがとう…』
ここまで育ててくれたことを、愛情を注いでくれた事への感謝。
そして、『大好き』
(バカ…。バカ歌兎…っ。あたしの方が、お姉ちゃんの方が貴女のよりも何倍も何十倍も何百倍……ううん、何億倍だって貴女のことが大好きデス!!)
大好きで大切だからこそ––––
–––––生きてて欲しかった。隣で笑っていて欲しかった。一緒に歳をとって欲しかった。大人になって欲しかった……。成長した貴女の姿が見たかった……。
「………うた、う…」
そう名前を呼ぶたびに自分へと抱きついてきてくれた。親愛を込めて『姉様・お姉ちゃん』と言ってくれていた。幼い頃は切歌が居ないと顔をぐちゃぐちゃにして泣くほどに泣き虫で甘えん坊で、大きな音などに震えてしまう弱虫だった。だから、守ってあげなくては、と思い、ここまで生きてきた。
切歌は気付くと顔を覆っていた。
(……なんで、あたしの周りからは大切な人も記憶もなくなってしまうんデスか……)
歌兎との思い出も忘れてしまった思い出達の様に忘れてしまうのだろうか……。辛い悲しい思い出もあったが殆どが幸せな思い出なのに……自分は忘れてしまうのだろうか?
妹の存在を全て忘れて、自分には妹がいないと振舞って生きていくのだろうか?
(そんなの嫌デス! あたしにとって歌兎は……歌兎はッ!)
「切ちゃん!」
「……」
切歌の耳に調の声が届く。
背後に無数の足音が聞こえてくる。どうやら、調だけでなく装者全員が駆けつけくれたらしい。
ならば、みんなにあまり心配をかけない様に早く振り返って、答えなくては…………。
そう考え、切歌は乱暴に溢れてくる涙を拭いながら、顔を上げる。
「しらべ。みんな……」
「!?」
振り返った切歌は顔を涙でぐちょぐちょにし、大粒の涙を垂れ目の黄緑色の瞳から絶え間なく溢れさせながらも––––桜色の唇は両端、上へと上がっている。
そう、それはいつか調が見た…見ているこっちも胸が苦しくなる
–––––痛々しい笑顔、だった。
【__ー––––__side】
__––––ー
え? どうしたの?
__––––ーー
そんな事を気にしてたの? 大丈夫。姉様ならきっと分かってくれる。
それに僕は約束したから……
君をもう二度と一人にしないって
➖___–––
お礼なんていいよ。僕はあの時、決めただけだから。
自分が信じた道を命が枯れても貫き通す、って。
–––➖––___
うん、そうだね。そろそろ、つ___➖––➖➖––。
次回 第一章・最終話
1ー10/リフレイン–––もう一度、
失ったものを取り戻す為、少女は一人。
–––––もう二度と繋いだこの手を離さない
第一章 クライマックスまで 後一話…