もしも織斑一夏が現実的だったら 作:舞波@現在進行形ゴールデン
朝。起きると既に10時過ぎていた。何となく指が温かい気がして見てみると、円夏が俺の指を咥えていた。完全に寝ているので無意識である。偶にある事だが時間が時間なのでついでに明かす事にする。指をくすぐる様に動かす。
「んにゅ、んぅ、ん、ん、ふぁ…?」
「起きろ。今日は用事があるだろう?いつまで咥えてる」
「あ…ご、ごめんお兄ちゃん‼︎//////」
「目は覚めたか。早く用意しろ」
本日は束さんの用事である人と重要な話をするのだ。三年生の寮に向かう。待ち合わせはそこの食堂だ。
「今回はわざわざありがとうございます、ダリル・ケイシーさん」
「あ、ありがとうございますダリル先輩」
「あんまり堅苦しいのはやめてくれ、こっちがやりづらい」
今回の用事の相手は3年のダリル・ケイシー、ひいては所属する組織、亡国機業だ。円夏は少し萎縮しているが、向こうで自分より上の人間だったからだろう。
「えーと確か篠ノ之博士の使いだよな?ウチの組織に何かしようとでも?」
「いえ。寧ろ逆です。御宅の組織がこの学園で何をしようと邪魔をしない、という趣旨を伝えに来ました」
「へえ?幾らウチらに恩があるからってそれで良いのか?」
恩というのは円夏を取り戻す過程の話である。簡単に言えばかなり過激な裏組織に円夏は捕らえられていたのだが、その組織を亡国が潰し、そのまま保護された。で、それを細かい技術提供に来た束さんが知り、引き取り俺の所に来た…まあ大体そんな感じだ。
「それについては俺と束さんがこの学園にあまり良い感情を抱いていないからです」
「ま、ここは甘ちゃんが多過ぎるよな?やろうと思えば三重苦とか全く意味のないものになるかもしれねーからな。学会のお偉いさんは兵器好きか?まー何にせよ納得したぜ。上には伝えといてやるよ」
「ありがとうございます。それではーーーー」
「あー、すまん。一つ個人的な用を頼まれてくれねえか?」
「ダリル先輩の個人的な用?」
円夏はきょとんと首をかしげる。
「ウチのが風邪ひいて、看病してほしいんだが…」
「「は」」
「それにしてもまさかこんな場所にビルを建てているとは…」
「誰も気づかないだろーね」
駅近くのビル群、そのど真ん中。裏世界ではかなり有名な組織、亡国機業。日本に有るのは多分IS関係の変化が最も伝わり易いというのと、更識家が有るからだろう。俺達としては『法では裁けない悪を斬る』方針なので奴らは敵と言って間違いないだろう。まあ向こうが仕掛けて来なければこちらも向こうに何もしないが。
「取り敢えず入るか…」
「そうだね…ってわっ⁉︎」
入ろうとすると、中から白い大きな影が円夏に飛び込んで来た。それはーーーー
「くすぐったいよう、ルーク」
ワン、と鳴くそれは狐と犬が混じったような白い毛の生物だった。少し解りづらいが多分犬だろう。
「知ってる犬か?」
「うん!ここの番犬のルーク!」
「ワン!」
「かなりデカいな?」
「…それについては中で話すよ。早く入ろ」
入ってみると案外普通の企業だった。見た所IS関係であるのは間違いないが。と、入って来た俺に妙齢の女性が声をかけてきた。
「貴方…知らない顔ね。ここに何の用かしら?」
「初めまして。織斑一夏と申します」
「織斑…?じゃあ隣のその子は…」
「お久しぶりです、スコール様…ってわわ」
「Mじゃないの〜久しぶりね。まーた可愛くなっちゃって」
素早い動きで抱き上げられた円夏は背丈の差で足がつかなくなり、抵抗できないようだった。
「そういえば貴方たちどうして来たの?」
「御宅のダリル・ケイシーさんに束さんの使いとして話をしに行ったら風邪をひいた奴がいるから看病してやってくれと…」
「束博士の⁉︎ちょっと来てくれるかしら」
束さんの名前を聞いた途端なんか連れて行かれる。あ、多分ダリルさん、ついでに例の話も俺たちにさせるつもりだったな?
「あ、そう言えばお兄ちゃん」
円夏が小声で呟く。
「ルークはね、元々はバカな科学者が行なった『ISを動物に使用させる』実験でできた、遺伝子改良された犬なの。元は犬と狐のモノが使われてて、普通の動物より頑丈で長生きで、造った所は潰されたんだけど、ほっとくワケにもいかなかったからここで飼われてるの」
中々興味深い話を聞いた。ISの実験に動物を使う…もし起動できさえすればISが一体何に反応して起動してるか解るだろうし、場合によっては生体部品化すれば……。少しマッドな事を考えていると『会長室』と書かれた部屋に着いた。中にいたのはかなり威厳のある漢だった。
「初めまして。織斑一夏と申します。今回は篠ノ之博士の使いとして用件を伺いに来ました」
「…オウ。オレは牙研断斬。この亡国機業のトップをしている。何だ、その要件ってのは」
「篠ノ之博士及び博士に属する俺と円夏はあなた方がIS学園で何をしても邪魔をしません」
「…お前らに何の益がある?」
「俺達は半ば更識家とは敵対しているようなモノです。ならば敵の敵は味方、というでしょう?」
「良いだろう、その言葉信じてやる。更識の娘…楯無はつくづく邪魔だと思っていた所だ、ダリル以外に学園内に協力者がいるならこちらもやり易い」
「まあ、そこは任せて下さい。生徒会長権限ぐらいなら直ぐに剥がしてやりますよ」
不敵な笑みを浮かべていると、円夏が小声で突っ込みを入れる。
「お兄ちゃん、私達看病しに来たんだよね?」
「そうだったな。では最後にグレーゾーンな事について」
「…何だ?」
「一応学園所属になってしまうので、ここの機体と戦う事になるかもしれません。なのでその場合はなるべく大破させないようにするつもりですが、それについてはご容赦下さい」
「了承しよう、篠ノ之博士の使いなら信用できる。こちらも宜しく頼む」
「宜しくお願いします」
そこまでしてようやく会長室を出る。さて、これからが本題だ。
「スコールさん、その風邪の人は何処に?」
「一応医務室にいるわ。ただ今ある大掛かりな作戦で全員出払っちゃってて、医者が居ないのよ」
「わかりました。では早速」
「ありがとうね。私の大事な人だから、ダリルが気を使ってくれたんだと思うわ。今日休暇を取れなかったってメールまでしちゃったから」
「まあ多分今回の報告が面倒だったから、というのが半分くらいありそうですが」
苦笑いしながら歩いて行き、ついたのは見た所かなりの設備が整った医務室だった。
「私はここまでね。キッチンとかもあるからもし良ければ使ってね」
「わかりました。後は任せておいて下さい」
「ごめんね。こっちが片付いたらなるべく来るようにするわ」
スコールさんは足早に去って行った。
「円夏、スコールさんってやはり上の人間なのか?」
「うん。幹部だって言ってた。あと下の方の纏め役もしてるから仕事が多いんだ」
能力のある人間は人の上に立ち苦労するものだ、更にこの手の組織の纏め役とは、それは多忙な日々だろう。
「まあ何にせよ中に入るか」
「そう言えば風邪ひいたのって誰なんだろうね?」
中はかなり清潔に保たれているようで、あくまでビルの一室とは思えない程設備が整っていた。病院特有の薬品の匂いも少しする。一番奥のベッドが使われているようだったのでそこを開けると、横になっていたのは長髪の女性だった。
「…ってオータム⁉︎風邪ひいたのってあなただったの⁉︎」
「あー、うるせー…頭痛えから騒ぐな……ってM?」
「明日は雪でも降るの?身体頑丈なのが取り柄だーーって言ってたのに」
「あーー、円夏、知り合いか?」
「オータムだ……怠い、以上」
そこまで言って彼女は気を失う様に眠り始めた。寧ろよく今まで起きていたなと思う。試しに額に手を当てるとかなり熱い。俺の平均体温が37度1分だった筈なので、38度を超えているのは間違いない。
「本人が寝ちゃったあとだけど説明するね。私はここに保護された後、スコール様の部下としてお世話になってたんだけど、オータムはスコール様のお気に入り…というか恋人…なの」
「…そこらへんの事情は突っ込まない方が良さそうだな…にしても何で風邪をひいた事にあんなに驚いてたんだ?」
「私もだけど、ナノマシン投与してるし、元々オータムって頑丈だったし」
「俺も投与してるがあまり効果無いのか?」
「お兄ちゃんのは束さんのだから効果が段違いなんだってば…」
「つまりここのナノマシンは完成してないのか」
雑談も程々に、まずタオルを水に浸し、オータムさんの額に乗せてやる。湯を沸かし、米は水を多めにして炊き始める。後は起きるのと炊き上がりを待つだけ。
「始めれば呆気ないんだがな…」
「人がいないからね、だからどうしてもスコール様みたいな上層部の人達は忙しくなっちゃう」
「ここまでの集団で事を起こすのは難しいだろうしな…円夏、何なら顔出しにでも行ってきたらどうだ?」
「いいの?」
「1人で事足りるしな。なんかあったら連絡する」
「じゃあ行ってきまーす!」
ぴゅーっと何処かへ走って行った。さて、俺は……
「あちぃ…ってええぇぇぇっ⁉︎」
「起きたか、どうだ調子は」
「いやいやおま…!」
「ん?ああこれか。癖だ」
俺の手には6本の黒い短剣。それを只々磨いていただけである。
「心臓に悪い…具合悪くて起きたら自分の横で刃物磨いてたら驚くに決まってんだろ…」
「それはすまない。ところで食欲はあるか?」
「何とかな…自分で食うとなるとしんどいが…」
「なら食わせてやるか…」
持ってきたのは卵粥それに2種類の粉をかける。
「何かけたんだよ…」
「まあまずは一口。口を開けろ」
一瞬躊躇するもののすぐに口に入れた。食欲は確かにある様で何より。
「以外と…イケる?」
「その粉は香辛料だ。発汗しやすくなるモノと普通に風味づけにな」
その後は割と普通に食べていた。寝る前と比べて少しはマシに見える。
「汗はどうだ?タオルぐらいなら持ってくるが」
「正直気持ちわりぃが動きたくねぇ…」
なら円夏を呼ぶか。と考えた辺りで呼ぼうと思ってた妹はスコールさんと一緒に入って来た。
「お疲れ〜…お兄ちゃ〜ん…」
「お疲れじゃないか、どうした?」
「ちょっと新人のパイロットをしごいてもらってたのよ。ついでにオータムの着替え持って来たわ」
「丁度呼んで着替えるのを手伝ってもらおうと思っていたところだ。俺は出てるので着替えさせてやってくれ」
「あ、それなら大丈夫よ。今日から明日まで休み取れたから、後は私が看病するわ。ありがとうね」
「そうですか。色々用意してましたがそれならそれで良かった」
「あと一応コレ、持ってって」
渡されたのは『対更識用マニュアル」と書かれたものだった。ご丁寧にブックカバー付き。
「ウチの構成員が纏めた更識がやりそうな手口・及び仕掛け方について書かれてるわ。念には念を、ね」
「有難うございます。時間もあるのでもう帰りますね」
礼を言って医務室から出る。時刻は午後6時半を過ぎていた。
「…疲れたよ〜〜…」
「おぶってやるから問題無いだろう?夜は食えるか?」
「お風呂入って、寝る」
ひょいと円夏をおぶり、速歩きするぐらいの速度で歩いていく。円夏はもう寝ているようで、寝息をたてている。それを見た亡国の人達がほっこりしていたが、つくづく此処が裏の組織だとは信じ難い。束さんは確か『IS被害者の会みたいなモノだよ』と言っていたが、それ故に元は一般の人間も多いのかもしれない。
「まあ、やるべき事をするだけかね」
帰りに簡単な食事を買う。学園に戻ったらまずは本に書いてあった『盗聴器の隠し方』に倣って調べてみるか。
「円夏、そろそろ起きろ」
「んぁ…ありがとお兄ちゃん」
電車内でおぶり続ける訳にもいかないのでここで起こす。風呂に入ればまた眠くなるだろう。
「長い1日だったな」
「ぅん……」
何気無く鍵を開けると中にはーーー
「ご飯にする?お風呂にする?それとも…私?」
(恐らく)裸エプロンの謎の痴女がいた。
「「っ‼︎」」
2人同時に眼を見開き、臨戦態勢に入る。円夏は着弾起爆弾を装填した銃を二丁、俺は4本のワイヤーと3本の短剣、『黒鍵』を構える。相手は知らないが確実に味方で無い事は間違いない。ワイヤーは両手足首に絡み付き、拘束する。
「貴女誰?何でここにいるの?30秒以内に言わないと内臓から破裂させてやるから」
「素人なのは見れば解るが…相手を考えろ、身の程を知れ」
「ちょ、何よこれ⁉︎」
驚いて答えないのにイラついたのか円夏は後ろに回り、背中に銃を突きつける。
「早く言わないんなら脊椎を捻り出すよ?」
「言う、言うわよ!私は更識楯無、ここの生徒会長よ!」
更識楯無。つまり早く現当主か。ここまであっさり捕らえられるのがトップとは…、トップとは…ふふっ。
「久々だね愉悦顔」
「どうでもいいだろう、それは。さて、お前は何故ここにいる?他人の部屋に勝手に入るのを許される程生徒会長とは大したモノではないぞ?」
「護衛と挨拶のつもりで…!」
「不審者に護衛される程弱いつもりはない。早く出て行け」
「服を置いてるからそれだけ取らせて!」
「30秒で支度しろ」
30秒以内に着替え終わると不審者は逃げる様に出て行った。
「更識って…」
「大した事はないな。恐らく人を殺した事も無いだろう」
風呂に入る用意をしながら盗聴器を探す。見つかったのは5個。いずれも書いてある通りだった。黒鍵で潰し、さっさと風呂に入る。もう食欲は失せてしまい、丹念に円夏の身体を洗って、軽く流し、3分程浸かってその後は早々に寝た。
亡国はマジ友人。命はる以外はホワイト。急な有給OK、週2以上休みあり。ただ上層部はわりかしハードワーク。急な有給が難しい。
あと暗部に対するカウンターの更識家は、正直裏世界の住人たる一夏からすれば邪魔。
「カウンターよりもっとやるべき事が有るだろう」(by一夏)
次回からようやく1学期。