夕暮れに滴る朱   作:古闇

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 ゲームアプリ・ハロハピの思い出ストーリ第一話。花音の部分を抜粋と捏造文を入れてます。
 


九話.金姉

 

 

 

 

 音源に合わせながら、タンッタタンッとスティックを振ってドラムを叩く。

 前日から個人練習で予約したスタジオの中で私の音が聞こえた。

 

 最初は楽しかった音も今となっては色褪せて聞こえる。

 

 ドラムに手を出したキッカケは、ストリートミュージシャンが街中で身近にある物とスティックで演奏を楽しそうに披露していたのが印象的で簡単そうに思えたからだった。

 

 音楽に手を出せば、内気で臆病な自分が変わることができるんじゃないかと安易な考えだ。

 その中でもドラムは叩けば音が出る楽器。ちょこちょこ弾く楽器じゃないから、もしかすると自信がつくんじゃないかとその時は確信を持った。

 

 普通の家庭より裕福で親が私に甘い。

 スネアドラムやスティックを欲しがるとすぐに買ってもらえた。

 

 楽器を傍に置いて楽譜を読む勉強をする。

 演奏することが楽しみで勉強は進んだ。

 

 お昼に部屋で練習したけど音が大きい。

 両親にお願いして、一緒に練習できる場所がないかを探した。一時間六〇〇円で予約制だけど、楽器は預かってくれるし個人に部屋を貸してくれるスタジオを見つけて、そこが私の練習場所になった。

 

 今、現在。初めてで怖かったスタジオは通い慣れてしまった。

 

 一部借りたドラムセットもそれなりに叩けるようになったと思う。

 でも上手とは思えず、義務感でやるようになってきた。義務感で演奏する日々が続いた。

 頑張って練習しているけど、なんでこんなに練習しているのかわからない。

 

 ある日。自分がドラムを初めたキッカケだったストリートミュージシャンが街中で演奏をしていた。

 

 

 笑顔だった。

 

 

 パフォーマンスのためかスティックを上に軽く投げて取り損ねる。音が途切れた。

 でも、演奏を失敗しているのに楽しそうだった。自信に満ちて輝いているように見えた。

 

 じゃあ、自分はどうだろうか。私は楽しくドラムを叩けているだろうか。

 ドラムを初めたときから何か変わっただろうか。そう振り返って、ドラムを叩けるだけかなって思った。

 

 こんなに時間を費やしているのに目的だったことは何も変わっていない。未だに臆病な自分がそこにいた。

 

 臆病だから音楽のサークルに入るとか、路上で演奏とかなんてできない。

 部活だって茶道部で高校二年生になってしまう……ドラムに関して少しずつ冷めていった。

 

 高校二年になった春、スネアドラムを手放す決心をした。

 

 両親に事情を話して謝る。

 学園の放課後に、お世話になったスタジオに最後のお礼を言って少しずつ増えたスネアドラムたちを引き取った。

 

 スタジオの人の好意で大きい台車を貸してもらえた。

 

 スタジオの人に楽器屋さんのことを聞く。

 スタジオの方で買取があるそうだけど、いざ手放すのが惜しくて他の場所を探しに行くことにした。

 

 街中で一度、ネットで道を調べてそこに向かう。

 

 向かっているけど目的地にたどり着けず、周囲を見渡しながら台車を押して車輪をコロコロと転がす。

 そうしている内に、通行人にぶつかってしまった。

 

 

「ご、ごめんなさい……っ。私っ、道に迷って……。こ、この近くに楽器屋さんがあるって聞いて……」

 

「こちらこそごめん。君の楽器傷ついて――」

 

「そこのあなたっ。それはとても勿体無いわ!」

 

 

 通行人の人が話している途中に、私と同じ制服を着た金髪の少女が離れた場所から会話に割り込んできた。

 

 

「えっ、そこの君は?」

 

「えっ、えっ!? あ、制服……花咲川の……?_」

 

「そうよ! あたしは花咲川女子学園高等部一年、弦巻こころ! あなたの名前は? その荷物って楽器でしょ? 今、楽器店について聞いていたわよね?」

 

 

 大きく元気な声でハッキリと話して、私との距離を詰めてくる。

 弦巻こころ……何処かで聞いたことがあるけど、突然のことが続いて混乱して上手く頭がまわらない。

 

 

「一年……あ……っ。ま、松原 花音と、いいます。たっ、たしかに、楽器……ですが……」

 

「やっぱり! 花音ね! ありがとう! あたし、今歌っているの。だから一緒に演奏してくれる?」

 

 

 とても機嫌のいい調子で話しながら弦巻さんの手が私の片腕を掴んできた。

 腕を掴んだまま、近くの駅前の広場に顔を向けて歩き出そうとする。

 

 

「へ……? あっ、待って、離して、ください……っ。私、このスネアドラムはもう、売るつもりで……」

 

 

 弦巻さんは歩くのをやめて振り返る。

 子供のような純真の笑顔で生に溢れた表情で自信に満ちていた。

 

 

「売っちゃうの? なんで? あたしと一緒に演奏するんだから、売るのなんてやめましょうよ!」

 

「そ、そんな……めちゃくちゃな……っ。わ、私、もう行くから……」

 

「めちゃくちゃじゃないわ! だってあなたも、世界を笑顔にしたいでしょ?」

 

「い、意味がわかりません……っ!」

 

 

 台車を奪われ、今度こそ駅前の広場まで引っ張られ、少女とは思えない力でぐいぐいと連れて行かれる。

 

 途中で先程ぶつかった通行人の人が止めようとしてくれたけど、視界の端から弦巻さんの腕を掴もうと通行人の人の腕が見えた瞬間、通行人の人の腕が消えた。

 人々の喧騒と弦巻さんの強引な誘導によって通行の人の現状がわからない。

 

 弦巻さんは私の後ろを見ながら前の人を避けていく。まるで背中に目でもついている様だった。

 

 

「ごめんなさいね? あたしには彼女が必要なのっ、さぁ、花音行くわよ!」

 

「ご、ごめんなさいでした……っ」

 

 

 弦巻さんがぐいぐい引っ張るせいで転ばないように前を歩かないといけない。

 そのため、後ろを見ることもできずに言葉だけ謝罪して通行人の人から離れた。

 

 そうして、駅前の広場に私達はいる。

 

 

「こ、この広場で演奏なんて……目立っちゃう……それに土地の人に許可をもらわないと……他の人の笑顔が曇っちゃいますよ……っ」

 

「土地? 土地ってこの広場のこと? なら問題ないわよ、だって私の家の土地だもの!」

 

「えぇ!? ……なら、いいのかな……? ……でも、こんな人通りの多い駅前の近くで演奏するなんて……」

 

 

 私の通う学園で土地関連に強い地主の家で弦巻姓を持つ少女といったら一人しかいなかったことを、今更ながら思い出した。

 

 弦巻さんの家もさることながら、彼女自身も奇人変人として噂され「花咲川の異空間」として名をはせている。

 私の通う学園を含めて、近隣学校で二つ名を持つのは弦巻さんだけだった。

 

 弦巻さんに絡まれちゃったな、と思うのと同時に、偶然とはいえ初めての路上演奏になる。

 人にお願いされて路上演奏、臆病な自分には都合のいい言い訳だった。

 

 それに弦巻さんが早く演奏して欲しそうに、キラキラした目でこちらを見てくるのだからちょっとだけ演奏する気になる。

 

 

「うぅ……や、やります。演奏しますから……こ、これっきりですよ……?」

 

 

 台車からスネアドラムたちを下ろして広場に広げる。

 

 弦巻さんはいつでも歌えると待機して、私はスティックを持つ。

 しかし、スティックを宙に泳がすだけでドラムを叩けなかった。

 

 

「どうしたの花音。緊張でもしてるの? ここで、今からすぐに演奏するのよ!」

 

「き、緊張……します……っ。だって私っ、一人でも上手に叩けないのに……こ、こ、こんな人前で……っ!」

 

「? それはそうよ? 一人で演奏しても、上手く叩けないなんて当たり前よ」

 

 

 上手にドラムを叩けているとは思ってないけど、そう、ストレートに言葉をぶつけられると心が痛い。

 悪意のなさそうに言うのだからなおさら辛かった。

 

 

「だって、あなたが上手いかどうかをどうしてあなたが決めるの? 人に聴いてもらわなきゃ、わからないじゃない!」

 

「え……そ、それは……私……で、でも……そんな勇気、なかった……し……」

 

 

 臆病なのだ。スタジオの人が一緒に練習できそうな人達がいると声をかけてくれたのに断ってしまった。

 今だって、こうして弦巻さんが強引に連れてこなかったなら私はドラムを広げてここにいないだろう。

 

 

「勇気なら、あたしがあげるわっ!」

 

「――!!」

 

「あたし、今ここで歌うことが、とっても楽しいの! あなたも一緒にドラムを叩いてくれたら、もっともーっと、楽しくなるっ!」

 

 

 輝いた笑顔で断言して私を誘ってくる。私と一緒にやりたいって表情から伝わってくる。

 

 

「楽しくなったら、あなたも笑顔になる! そうしたらね、上手いとか下手とか、そんなこと、すぐどうでもよくなっちゃうんだからっ」

 

「楽しくなったら……下手とか……どうでも、いい……」

 

「そうよ! 楽しくなくっちゃ意味ないわ! だから、花音、あなたが必要なのっ。さあさあさあっ!」

 

 

 弦巻さんに促されてスティックを振りそうになって……人の視線に気づいた。

 

 

「で、でもやっぱり、恥ずかしいですっ。ひ~~んっ」

 

「わかったわ! ほら、あたしの勇気、もっともっと、花音に届け~っ!」

 

 

 それが私とこころちゃんとの出会いで、友達になるキッカケだった。

 

 駅前の広場で演奏して、もうお終いだと思っていたのに学園で私を見つけて二人だけのバンドを組まされる。

 二人だけの音ではバンドに足りないと私が話すと、こころちゃんがメンバーを集めてはじめた。私はこころちゃんについて行って気づけば女の子達でライブができるだけの人数が揃っていた。

 

 私とはぐみちゃん以外は楽器に触れたことのない未経験者。

 自主練習後の初めてのセッションで、こころちゃんがバンド名を『ハロー、ハッピーワールド!』と名付け、ライブスタジオで初めてお披露目をした。

 

 こころちゃんの家の力をなるだけ借りないで、商店街、保育園、公園とあちらこちらで許可をもらってライブをする。

 そうしている内に自分の性格が人に指摘される程度には前向きに変わった。

 

 とても喜ばしく嬉しいことだった。なにせ、臆病な自分を変えるためにドラムに触れたのだから。

 

 順調だったバンドの活動に一つの壁が立ちはだかる。

 はぐみちゃんの後輩の女の子、あかりちゃんという子が事故の手術成功あとにリハビリが怖くて拒否を続けていたからだった。

 

 色々やって、その子に曲を送りサプライズも仕掛けてようやくリハビリをはじめる気になって事が終わった。

 

 夏休みに入った辺りからこころちゃんが用事のある日が続いたためか、バンドの集まりも減ってしまった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――といったことをアンナちゃんに話した。

 

 話し疲れ喉が乾いて、氷の入ったピーチティーに刺ささったストローを咥えて黄金色の液体を吸って潤す。

 

 アンナちゃんは終始機嫌のいい様子だった。

 

 それから、アンナさんが頼んだワインのボトルはこれで五本目だ。 なのに、顔は全く赤みを帯びていないし飲んだ量もおかしい。

 彼女の身体はどうなっているんだろうか。

 

「やっぱり他の人の話は時として違った内容が聞けるわね、楽しかったわ。ところで松原さん、あなたは読書は好き?」

 

「難しい本は苦手だけど、絵本は好きですよ」

 

「これ、家に帰って読んで。次に会う時に感想を聞かせて欲しいの」

 

 

 アンナさんはハンドバックから分厚い赤茶のような本を取り出して、私に差し出す。アンティークな装丁だ。

 それを受け取ると、本の表紙は皮でできていてることがわかった。表紙の中央には大きなベルトが一本巻いてある。

 

 

「……難しそうな本ですね。あ、あれ? 外れない……」

 

 

 一度中身を見ようとしてベルトを解こうとしたけれど、どこを探ってもベルトが緩む気配がなかった。

 

 

「鍵はこれよ、金具の横にスリットのような穴があるから差し込みなさい。内容は怖くないグリム童話に似たおとぎ話ね。古い本で紙媒体が丈夫でないの。だから、家で読んでもらえると嬉しいわ」

 

「ありがとうございます。家に帰って読みますね」

 

 

 鍵を受け取ったあとはアンナさんが泊まっているホテルや私が通っている学校の話題で花を咲かせる。

 

 お互いに話す言葉が少なくなってきた頃、アンナさんにカフェを出ようと促されて席を立つ。

 支払いのときにカフェチケットを渡そうとしたけれど、私の行動を手で制止するとクレジットカードで精算を済ませてしまった。

 

 

「わたしが支払いを持つと言ったわ」

 

「でも、私も結構食べましたし……全部払ってもらうのは申し訳ないですよ」

 

「あなたは子供で未だに親に手助けしてもらっているでしょう? お酒を飲んでいたから見てわかる通り、わたしは大人よ。子供は大人に気負いなく奢られなさい」

 

「は、はいっ」

 

 

 お店を出ると外はまだ明るい、お日様を見れば景色はもうすぐオレンジ色に染まることがわかった。

 

 私は家に帰ると言うと、アンナさんは新宿に用があるらしい。

 なので、途中まで一緒の電車に乗って駅を先に降りて帰宅した。

 

 自分の部屋に戻り一息ついたあと、アンナさんにお礼のSNSを送る。

 

 弦巻家の名字を持たいないアンナさん。次回話すときに地雷を踏んだら嫌なので、こころちゃんを陰ながらサボートしている黒服の人にSNSを送る。

 本当はこころちゃんに聞くべきことかもしれないけど、この時代に珍しい携帯を持たない人だった。

 

 すぐに黒服の人から返信が返ってくる。

 確かにアンナさんはこころちゃんと血が繋がった妹だった。

 

 面倒事になるため、血筋を調べるなど弦巻家に関わる話は遠慮して欲しいそうだ。 

 アンナさん個人の話だったら遠慮なく会話を楽しんでも大丈夫らしい。

 

 日常的に過ごした夜。勉強机でアンナさんから受け取った本の錠を鍵で開けて本を読む。

 内容は童話に似たおとぎ話だった。

 

 漢字が少なくひらがなが多いのは子供向けだからだろうか。

 

 読み進めていると本からカチリと金属音が鳴る。

 音が気になり、読んでいるページを栞で挟んで音の原因を探した。

 

 本と分厚い裏表紙が分離する。

 本が破れたかと思ったけれどそうではなかった。

 

 理屈はわからないけれど分離するような仕掛けだとわかる。

 よくできているなと思いつつ、裏表紙を手に取るとそれは羊皮紙だった。

 すると、幾つかにバラけ、黄土色のそれには黒い文字が日本語で書かれていた。

 

 日本語の文章を読む。

 何を伝えたいかわからないけれど、それが怪文書っぽいものだと伝わった。

 

 興味が無くなって羊皮紙を机の上に置こうとした。

 

 置こうとしたのに私はまだ羊皮紙に書かれている文章を読んでいる。

 まるで別の私が自分の体を操っているかのような不思議な感覚、現実味がないと言えばいいだろうか。

 

 それを読み終えてようやく机の上に置く。

 運動していないのに身体が少しだけ気怠い。勉強疲れとは違った疲労感を覚えた。

 

 目を閉じれば読んだ文章が、身体に刻み込まれたかのように思い出せる。

 文字を読むように頭の中で反芻すると、視界がゆらゆらと揺らめきぼんやりしてきた。

 

 寝る前に本を読むことにして良かった。

 

 気分は悪くないけれど、頭と身体が重い。

 眠りに就く前に本を片付けようと手を伸ばす。

 しかし、白い塩のような粗い粒に触れただけだった。羊皮紙が見当たらない。

 

 ……眠気が限界にきている。

 私はベッドまで移動して就寝した。

 

 

 

 


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