夕暮れに滴る朱   作:古闇

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一名、オリキャラ追加。



八話.銀妹

 

 

 

 慣れない道を一人で行くべきではなかった。

 

 アスファルトが溶けたような狭い路地を進む。

 地図に従っているのに林立するコンクリートの迷宮から出られない。

 

 熱を持ち重くなった足を引きずるのを堪えて、足を上げて一歩また一歩と歩みを続ける。

 許されるならこの場で寝転がりたいくらいだった。

 

 ソレがもうそろそろ私に追いついてしまう。

 その声に私は絶望するだろうか、それとも自暴自棄になってしまうだろうか。

 

 狭い路地の出口が見えた。

 しかし、出口という名のスタート地点。なにせ同じ場所をグルグル周っているのだから。

 

 それでも私は歩みを止められない。

 ここまで来たのだからせめて目的は果たしたい。

 

 あぁ。でも、もうダメかもしれない。

 何せソレはもう私のすぐ間近まで迫ってきている。姿も足音も聞こえないけれど私にはわかる。

 

 出口前でソレが追いついた。

 

 

――ぐぅ~~~。

 

 

「うぅ、お腹へったよぅ。携帯アプリの地図案内は中途半端だし、それっぽいところに入ったのに道は迷うし、こういう時に方向音痴って嫌だなぁ……コンビニは見つけたから何か買っちゃおうかな……」

 

 

 私は池袋で道に迷ってしまった。

 携帯の地図を頼りにしているのに目的地に着かずに同じ場所をグルグルと周っている。

 

 お昼はもう過ぎている。

 大通りに出て見かけたコンビニやそこら辺の飲食店に入りたくなる誘惑に耐えつつ目的のカフェを目指し続けた。

 

 いくつか通った狭い道の他に、通ってない道を見つけた。

 

 

「ん~? この道って通ってないよね……今度はこの道に行こうかな」

 

 

 私は携帯の地図を見てから目的地近くの路地に足を踏み入れる。

 

 

「そこのあなた。ちょっと、水色の髪をしたあなたよ」

 

「え? わ、私ですか?」

 

 

 後ろから声を掛けられて振り返る。

 そこにはハンドバックを片腕に下げた、ふわりとした長い銀髪の白人の女性がいた。紫色の瞳で、背丈はあるけど薫さんよりは低い。

 

 銀髪の女性は私が通ってきたコンビニを指差す。

 

 

「ええ。そこのコンビニで暇を潰していたんだけど、辺りを見渡しながら三回も四回も同じところを周ってどうしたのよ。気になるじゃない」

 

 

 日本人には見えない容姿なのに流暢な日本語だ。日本に住んで長いのかも知れない。

 千聖ちゃんの仕事関係の人に若い外国人がいるそうだけど、その人も日本人と変わらない日本語だって千聖ちゃんから聞いたことがある。いる所にはいるんだなって思った。

 

 それはそうと質問されているから答えないと。

 

 

「……あの、実はですね。道に迷ってしまって……この近くにカフェがあるんですけど、良ければ道を教えてくれると嬉しいです」

 

「ふぅん。どこなの? 教えなさい」

 

 

 知っているといいなと、私はポシェットから雑誌を取り出し付箋のしてあるページを広げた。

 

 

「これ、です」

 

「一応知っているわ。でも、しっかりとした道は覚えていないから待ってなさい」

 

 

 女性はハンドバックから携帯を取り出し操作しはじめた。

 

 

「確認できたわ」

 

「あ、ありがとうございます! ……あれ?」

 

 

 女性は道を教えず私の横を通り過ぎた。

 

 

「わたしも行くわ、暇だしね。あなたでは道を教えても迷いそうだから一緒に行ってあげる。着いてきなさい」

 

「えっと……はいっ」

 

 

 女性は先頭を歩き、私はそれについて行く。

 

 五分も歩かないで雑誌に載っているお店に到着した。そこは私が一度通った道でお店を見ていたのに認識してなかったのだろう。

 

 

「ここね」

 

「あ、そうです。ここまで道案内して頂きありがとうございました」

 

 

 頭を下げてお礼を言う。これで道を教えてもらったのは何度目だろうか。

 

 

「ええ、でも気が変わった。あなた、一人でしょう? わたしの名前はアンナ=サルヴェ=レジナ。アンナでいいわ。相席させてもらうから」

 

 

 道案内してもらって、こう言われたのは初めてで私は慌てた。

 

 

「ふぇぇ!? で、でも、いきなりあった人ですし。し、知らない人ですし……それに私、話すの苦手で……っ」

 

「お姉ちゃんの話ならできるでしょう? 騙して悪いけれど、あなたのことは知っているのよ」

 

「えっと、お姉ちゃんって誰ですか?」

 

「弦巻こころ、その人がわたしのお姉ちゃん。血も繋がっているんだから」

 

 

 女性は胸を張って自慢げに話す。

 けど、女性が自己紹介してきた名前と全然違う。容姿も全く似てないし若い外人さんだけど成人しているようにも見える。

 

 私の知っている弦巻姓はこころちゃんしかいない。違うのでは、と思いながらも問いかける。

 

 

「弦巻財閥……の、こころちゃんのこと、ですか?」

 

「ええ、花咲川女子学園に通っている金髪の少女よ。お姉ちゃんでない人からお姉ちゃんの話が聞きたいの」

 

 

 ものすごく期待の眼差しで見られる。

 こころちゃんより、アンナさんという女性の方がお姉さんの見た目をしているから違和感が拭いきれなかった。

 

 

「こ、こころちゃんのこと好きなんですね」

 

「当然よ! わたしのお姉ちゃんなんだから、そういうことだから中に入るわよっ」

 

 

 素早い動作で腕を掴まれた。

 

 

「あ、待って。まだ私、いいって言ってない……って、凄い力!」

 

 

 私は反対方向に抵抗しているのにびくともしない、二人でそのままお店の中に入ってしまう。

 

 絶対に話を聞くという確固たる意思がありそうで、その強引さという点では姉妹なのかもしれない。

 私がドラムを辞めて売ろうとしたところを、こころちゃんは見ず知らずなのに強引に止めた張本人なのだから。

 

 カフェの中に入った私達に、定員さんがこちらにきて挨拶をする。

 しかし、アンナさんは腕を掴んだままなので違和感を感じている様子だった。

 

 

「二名よ」

 

「えっと、はい……二名です」

 

 

 自信ありげに言うアンナさん。お店の中で騒ぎを起こしたくない私はしぶしぶ従う。

 

 席に着くとアンナさんは強引に相席させた謝罪として、お金は払うから好きなメニューを頼んでも頼んでもいいそうだ。

 食べ切れるなら全て頼んでもいいという。

 

 お互いメニューを選び終えて、どれを食べるかと聞かれる。

 

 大食い選手でもないので、遠慮気味に選んだ安めの食べ物を答えると却下される。

 デザートを追加して高い物を選びなさいと言われて選び直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅いお昼になった食事を終えて一息つく。

 デザートも食べ終えてテーブルには飲み物だけ。

 

 私の方には紅茶で、アンナさんは白ワイン。横にはワインクーラーに入ったボトルがある。

 

 

「あなたのことは松原さんでいいわよね?」

 

「あ、名前も知っているんですね。はい、私はアンナ……さん? って呼んでいいですか?」

 

 

 むしろそう呼びたい。

 

 本人はこころちゃんの妹というけれど、ちゃん付けするには見た目や会話からもある。

 何よりもワインを頼み、定員に身分証の提示をお願いされて承認されたのだから明らかな年上だった。名前で呼んだのは本人からの要望から。

 

 それにしても、ワインをメニューにないのにボトルで欲しいと言って持ってきてもらって、二本目なのに顔色が赤くない。流石は外国人。

 

 そんな人がこころちゃんのことをお姉ちゃんと言うのだから違和感がますます酷い。

 

 

「ええ、それと丁寧語不要よ、好きな話し方で喋りなさい。あと、松原さんが知っているお姉ちゃんのことを軽く教えて、そこから話す内容を決めるから」

 

「は、はい」

 

 

 丁寧語不要と言われましても年上で初対面の人に気軽な話し言葉は不慣れで嫌なのです。

 それと、語気が強いから雰囲気が怖い。丁寧語で話すことにした。

 

 

「て、天真爛漫で、いつも楽しいと思うことを探している超のつくお嬢様ですね。今から一年ほど前に花咲川女子学園の中等部に中途入学……かな? でも、入学前から町中の人に声を掛けたり芸を披露してたから有名ですね。中等部に入学するまでは家庭教師から勉強を学んだって話でした……」

 

「……そうね。話が複雑になるからわたしの年齢は伏せるわ」

 

 

 私が話している間に、グラスに入ったワインを飲み干す。

 

 推定一六歳のこころちゃんに対して成人しているアンナさん、複雑になりそうなのは最もだった。

 だったら、せめてお酒を我慢しても良かったと思う。

 

 

「わたしとお母様はお姉ちゃんと離れて暮らしているの。今はこうしてお母様の用事でお姉ちゃんに会いに来たのよ。もうお姉ちゃんには会ったけれど、弦巻家の家にはお世話にならずにホテル住まいね」

 

「お母様は研究者で世俗に興味が薄いようでね、普段は研究室に引きこもっているわ。わたしは子供の頃からお母様の手伝いをしているから学業を学ぶ校舎には通ったことがないのよね。日本語に関してはお姉ちゃんが日本にいるからそれなりに学んだのよ」

 

「わたし自身の趣味は園芸と薬物かしら、植物が毒にも薬にもなるところが面白いわね。今の御時世、気軽に人間の被検体を募集できないから大変だわ。日本でも健常者の骨を折って治療するという募集があるそうだけど、被験者の実入りが悪くて人数が集まらないようね。話せるとするなら、こんなところかしら」

 

 

 アンナさんのお母さんって妾なのだろうか、深い闇がありそうでつついちゃいけない気がする。

 

 喜々として痛い方の医学っぽい話をするのでちょっと怖い。

 研究者として育っているみたいだけど人間関係が希薄らしい、そこに不安を感じた。

 

 

「質問いいですか?」

 

「当然ね、どうぞ」

 

「アンナさんってハーフ?」

 

「アジア系の血は一切混じってない、見た目通りの出身地よ。調べてもいいけれど、わたしからは話さないわ」

 

 

 ワイン好きみたいだしフランスの人なのかな……。

 

 

「学校に通わないでずっとお母さんの手伝いをしているんですか?」

 

「基本はそうね。身内であれば、お母様の手伝いは何歳からでもできるの……働く年齢制限のないタイの国と同じでね。直の血縁でなければ、適正能力や職務経験などは必要よ?」 

 

「私以外にもこころちゃんの話は聞いたのですか?」

 

「瀬田 薫という女性から話を聞いたわ。瀬田は余計な表現ばかりするから聞く気が失せて途中でやめた。音楽活動している中で、松原さんは一番初めにお姉ちゃんと知り合ったのでしょう? あなたの特徴は聞いているのよね。丁度よく見かけて憶測で質問したら予想通りの結果だったわね」

 

 

 迷子が予想通りって……合ってるけど恥ずかしかった。

 

 

「松原さんは東京出身よね。池袋に行き慣れてないのかしら、片手に地図ってそうそう迷うものなの? ここの道は慣れてないけど、わたしはあっさりこのカフェに辿り着いたから不思議なのよ」

 

「だ、だって、それは……地元でも……たまに迷いますし……?」

 

 

 たまにと言ったけど、実家が肉屋さんで配達途中のはぐみちゃんに迷子になった私を何度回収されたかわからない。

 

 

「瀬田から聞いたけど、地元の道に迷って瀬田の通う学園に行ったり、北沢 はぐみっていう娘に迷子から救助されたりというのは本当だったのね。あなた、その内死ぬわよ?」

 

 

 断言して遠慮なく言う人だ。

 こころちゃんも遠慮なく言うけど、アンナさんの方がちょっと辛かった。

 

 

「し、死ぬって大げさです……。た、たしかに、道に迷ってお腹を空かせたことは何度かあるけど普段からお金は多めに持っているし、見かけた友達が助けてくれるし、交番の人にだってお世話になってから気にかけてくれるし、大丈夫ですよ。それに、休みの日は家にいることが多いですからっ!」

 

 

 なんだろう、自分で言葉にして改めてわかったけど遠出しちゃ駄目な人だった。

 森の中を一人で散策したら遭難して死ぬかもしれない。

 

 

「なら、その友達と一緒に出掛けなさいな。今日だって迷子になっているじゃない」

 

「うぅ……私だってたまには冒険がしたいときがありますよ……それに、こうしてアンナさんと知り合えましたし……」

 

 

 童話に出てくる意地悪のお嬢様な人みたいで慣れが必要だけど、道案内してくれたし、奢られるから気を遣うと遠慮するなって指摘するし、こころちゃんのことを好きって言える人だから悪い人ではないと思う。

 

 

「そう。なら、出会いを記念して携帯番号とSNSでも交換しましょうか」

 

「あっ、それいいですね。交換します」

 

 

 椅子の上に置いたポシェットから携帯を取り出すと、こころちゃんから貰ったキーホルダーが揺れる。

 アンナさんは私の携帯のキーホルダーが気になるのか、眺めてから指差す。

 

 

「その蝶のキーホルダー……それってお姉ちゃんからのプレゼント?」

 

「これ? そうですよ。部活の友達から贈り物を渡してってお願いされて、こころちゃんに渡したら、お使いのお礼に貰ったんです」

 

 

 アンナさんは自身の携帯を手遊びしながら言葉を発して、意味ありげに頷く。このキーホルダーがどうかしたのかな。

 

 

「それ、普段から身につける物に付けてなさい。きっといいことがあるわ」

 

「いいこと?」

 

「ええ、いいことね。お姉ちゃんはおまじないが得意なのだけど、加減というものを知らないからきっと分割した片割れでしょうね」

 

 

 こころちゃんのおまじない、何処かで聞いたことがある気がするけど、いつのことだったか思い出せない。

 夏休み辺りだった気がした。

 

 

「片割れって……何の物なのかわかりますか?」

 

「おまじないが掛けてある鉱物でしょうね。触っても良ければ貸して」

 

 

 私は自分の携帯をテーブルの上で差し出す。

 アンナさんは自身の携帯をテーブルの上に置いて私の携帯を手に取った。

 

 キーホルダーをひとしきり眺めてから、ハンカチを取り出しキーホルダーを包んで触れる。

 それから片付け、携帯を返してきたので受け取った。

 

 

「ポードレッタイトの宝石ね。希少宝石だけどそれ以上に加工に手間がかかっていそうよ。特殊な加工を施してあるから費用を考えるとそこらの学生が持てる代物ではないわね」

 

「ふぇぇ……さり気なく高価な物を贈るのは困っちゃうよ……手が震えそう……」

 

 

 驚きの結果だった。

 こころちゃんからの贈り物だし、鮮やかな宝石みたいで一目で気に入ってはいたけど本物の宝石とは思わなかった。

 

 

「あら、お姉ちゃんのお友達のためにバッティングセンターを建てているらしいわね。それより安価ではあるわ」

 

「はぐみちゃんに永遠の秘密のことですよ……はぐみちゃんのお父さんが卒倒しちゃうから。でも、そうなんだ……プレゼントは嬉しいけど……うぅ……」

 

 

 少しずつ時間が経つごとに贈り物のことで落ち着かない。テーブルに両手を置いて顔を伏せて身体を揺すった。

 私ってこころちゃんに何も返せてないからもどかしい。

 

 

「貰った時点であなたの物よ。けれど、高価な宝石をわざわざキーホルダーに変えているのだから、出掛ける際にはしっかりと所持しなさいよ?」

 

「は、はいっ」

 

 

 顔を上げて頷いた。

 

 アンナさんの語調が強い。注意しているような、それ。携帯のキーホルダーは変えないようにしよう。

 

 

「しかしながら、困ると言った方が適切だけれど、極端なことを言ってしまえば迷惑よね」

 

 

 まさかアンナさんがこころちゃんの行いを迷惑と言い切るとは思わなかった。そこも遠慮なく話す。

 こころちゃんなら平気だろうけど、苦手な人は辛い性格かもしれない。

 

 

「え? えっと、アンナちゃんってこころちゃんが好きなんですよね……?」

 

「もちろんよ。でも常識観点で見るなら当然よね、やりすぎ。それを否定するほど狭量ではないわよ? 相手の言葉の裏に悪意があるなら、いずれはぶち転がすけれど」

 

 

 嫌なことでも思い出したのか、無表情でグラスにボトルからワインをなみなみと注いで一気にあおった。

 ボトルが空になったようで定員さんを呼んで三本目のを注文する。あとどれだけ飲むつもりなんだろう。

 

 

「次はあなたの番よ、お姉ちゃんとあなたの出会いからお願いね?」

 

 

 私は定員さんが次のボトルを持ってくるのを眺めながら、こころちゃんとの出会いを思い出す。

 

 

 

 




バッティングセンターネタ。公式四コマ:第二〇話「はぐみと永遠の秘密」

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