夕暮れに滴る朱   作:古闇

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誘拐

 

 

 

 村上が燐子達に接触する少し前、こころは伯父の拠点の一つ暗黒星にいた。

 

 宇宙座標は星座なる太陽系外の恒星達、その内の一つ、おうし座ヒヤデス星団。地球から六五光年以上離れたアルデバランに近いところ、地球から約一〇〇光年離れた星に位置する。

  

 一光年とは一年で光が進む距離であり、一光年をスペースシャトルで進んだなら現代の人類技術の集大成を持ってしても三万九〇〇〇年必要とされる。

 現在のこころの様子を視覚情報で地球に送った場合、約一〇〇年の時間が経過して届く距離だ。どの程度遠いかがなんとなくわかるだろう。

 

 そして、こころのいる地は、びょうびょうたる荒れ地が淋しく広がり、毒々しい色で所々に生えた背の高い枯れ草や肉々しい細った木が湿った風に揺らされるところである。草木があるのに反して、酸素が限りなく薄く、地球の生物であれば間違いなく酸欠に陥ってしまう。

 

 にもかかわらず、こころは緑を基調としたストリート系の軽装だ。

 

 加えて、荒野を埋め尽くすほどの怪物達がこころを襲い、こころは振るう大槌で一体、また一体と怪物達を破裂させ、飛沫となった血肉で化粧をしている。

 大地をうず高く赤く彩るミンチ状の肉は、数を数えるのも馬鹿らしいほどだ。

 

 伯父に呼び出されたこころは伯父と短い文言を交わしたあと、帰宅することもできず、足止めをくらっていた。

 

 そんなこんなで伯父の我儘に付き合い、離れた場所でこちらを観察してる伯父に一撃いれるべく奮闘しているのだが、弦巻邸より亜空間から飛んできた電波を受信した。

 

 

――弦巻邸や街で一際癖のある者達が暴れまわっている。

 

 

 そろそろ一部の者が襲って来る頃合いだと予期していたため焦りは現れない。が、言葉が続き、街中を取り囲む異次元空間の発動が一部防がれていると聞いては心穏やかではいられない。規模によっては街に死人が発生する。

 

 

(土着の存在であれ、自然霊であれ、あたしのテリトリーを荒らせるモノや人はそういないのだけれど)

 

 

 聖職者や人外排斥集団が動く時期でもない。伯父が何かしらの物を渡したのだろうと見当はつく。今回の件はテロリストとして処理するべきかしら、などと考えながら、土地を埋め尽くすほどに溢れる怪物達を駆逐していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈んでいく中、巴は街の中を交通ルールがどうしたといわんばかりに自転車で全力疾走していた。着崩した格好も相まって不良と言われても仕方ない。

 

 というのも理由があり、ターミネーターばりの、もしくは機械人形のような走り方をする喪服の女性が、叫ぶあこを抱えて建物の屋上を次々と跳び移っているからだ。

 飛び移っているのだが、体の重みで時折木造の屋根を踏み破り、住居人に迷惑をかけては街中を走っている。そんな女が喚くあこを脇に抱えているのだから、巴にあこを取り返すことしか頭にない。

 

 喪服女があこを誘拐しているのを見かけたのは、商店街の居酒屋である。仲のよいおっちゃんに荷物運びの手伝いをお願いされたのだ。人の良い巴はもちろん了承した。

 

 偶然というべきか、荷物運びの手伝いをしている最中にあこの声が聞こえ、店を出て外を確認してみれば、喪服女があこを連れ去っていたのだ。

 

 そういうこともあり、巴は店の手伝いを放棄、おっちゃんに謝罪して、勝手に借りた自転車で駆けろとメロスのごとく危機迫り、喪服女とあこを追っているわけだ。

 

 

「くっそ、あの喪女どこまで行くんだよ……!」

 

 

 肩で上下するほどの荒い息で吐き捨てる。

 

 人生最高峰の速度で路上を駆け抜け、市をいくつも通過しており、足の悲鳴を抑えつけて無理やりペダルを漕ぐのも限界に近い。

 抵抗していたあこも揺らされ続けたことで次第に大人しくなっており、見失ってしまえば追跡するのも至難であり、焦りが募る。

 

 喪服女は低所恐怖とでもいうのか、相変わらず高い場所を好んで走っていたのだが、突如路上に飛び降り、民衆を驚かせた。

 そしてついに、あこの声も聞こえず、喪服女が賑わう人々の群れに突入したことにより巴は目印を失い、あこ達を見失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あこが水鬼に連れ去られたばかりの頃、薫は演劇部で活動をしていた。

 

 皆で集まり、次の演目をどうするかと打ち合わせをしていると薫の携帯に着信が入る。薫の上着から壮大な音楽が鳴り響くと、注目が椅子にかけた上着に集まる。

 薫はメンバーに一言謝って、部活仲間に携帯の切り忘れですかと問われつつ言葉を濁して輪を抜けた。

 

 それから、鞄から携帯を取り出し連絡先を確認すると電話に出ることなく通話を切る。何が始まったのか理解したのだ。携帯をポケットに仕舞い、輪の中に戻ると麻弥の傍に寄る。

 資料をめくって、次の演目について考えていた麻弥は薫の接近に気づくこともなかった。

 

 

「麻弥ちゃん、私の話を聞いてくれないかい?」

 

 

 資料を持つ麻弥の手を優しく手に取り、肩を包むように抱き寄せる。

 麻弥はいきなりのことで「ひゃうう」と奇妙な泣き声を漏らしてしまった。

 

 

 

 

「ふふっ、驚かしてすまない。避けることができないものは、抱擁してしまわなければならない事態でね、麻弥ちゃんやみんなには悪いと思うけれど、火急すみやかに帰宅させてもらうよ」    

 

「と、時折ある急用ですね? こうして抱くことなく、前みたいに普通に話していただけるととても嬉しいんですが……!」

 

 

 顔を赤らめた麻弥は自身の扱いについて訴える。

 けれど、けんもほろろ。薫は密着した麻弥を離し、「いつかね」と置き台詞をして室内から出て行った。

 

 残された麻弥は部員達からにやけた顔で「惚れ直してるよね」や「最近、停滞期から脱してるね~?」などと思い思いに言われ、否定するも赤い顔では説得力もなく弄られるのであった。

 

 薫は胸ポケットに入れた携帯を通話状態にし、肩耳にワイヤレスイヤホンを装着した後、校門前で待機している愛馬シルバーへと走って飛び乗る。

 部室から移動している間に現在の戦況について軽く説明を受け、あこが誘拐されたと聞いたのだ。予想外の状況に、薫は攫われたあこの元へ急いだ。

 

 ワイヤレスイヤホンを通して、オペレーターから説明される最短距離で馬を走らせる薫。

 

 いくつか市を通過して街中に入ると自転車を蛇行させ右往左往する巴を発見した。

 何故、巴がこんな場所にいるか疑問に浮かんだのも一瞬、自身が追跡しているルートを考えれば簡単に理解した。

 

 

「巴ちゃん!」

 

 

 巴は聞き覚えのある声に反応し、薫の姿を確認すると目を剥く。薫は「こっちへ、あこを追うよ!」と巴に発し、薫の意図を理解した巴は自転車を乗り捨て、薫の助けを借りて馬に移った。

 

 薫の後ろへ乗ったのはいいものの、薫の腹へ腕を回し密着したことで汗で重みのある巴の上着が薫の背中を濡らす。男勝りのところはあるが、流石に申し訳なさから縮こまる巴。

 だが、薫は気を使うなとばかりに自らに回された腕をしっかりと掴まらせ、誘拐犯のいる先へ向かった。

 

 そうして馬で進み、時間が掛からず辿り着いた場所は、廃墟に近しい雰囲気の閑静な昭和レトロなビルだった。

 

 

 

 

 


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