夕暮れに滴る朱 作:古闇
夏休み後半、宿題に手を付けていないと地獄が始まる時期。
私は千聖ちゃんのお兄さんのことを報告するため、お昼前に千聖ちゃんのお母さんに会いに行く。
こうしたお出かけは勉強会が終わってから2回目だ。
最初は千聖ちゃんにそれとなく聞いてみた。
けれど私が変な事件に関わったら嫌だと、これ以上踏み込ませまいと断られてしまった。
一回目のお出かけ。
千聖ちゃんの家の出来事もあって心配になり、千聖ちゃんがいない時にこっそりと千聖ちゃんのお母さんに会いに行った。
千聖ちゃんのお母さんは私が家に来たことを歓迎してくれる。
家の中で千聖ちゃんのお兄さんのことを聞くと、少し考えた様子を見せてから教えてくれた。
千聖ちゃんのお兄さんは一度家に帰ってきているものの、そこから行方がわからないそうだ。
夜に、車で一緒に出掛けていなくなったらしい。
警察には届け出を提出しているけれど大々的には探してもらってないそうだ。
警察の方も「事件性がなければ積極的に動かない」ということだった。
女優業をしている千聖ちゃんがマスメディアの餌になりそうなことを教えてくないみたい。
理由もあって、最近の千聖ちゃんはお兄さんがいなくなってから、たまに体調が目に見えて悪くなるようだった。
病院で検査してもらったようだけど、精神的なものだそうだ。
千聖ちゃんは過去に似たようなことを経験したから、お兄さんには悪いけれどあまり刺激を与えたくなかったそうだ。
だから、お兄さんを見たときだけ報告して欲しいみたいだ。
手伝ってくれる気持ちは嬉しいけど学生なのだから無理はしないでと注意された。
あとは、千聖ちゃんに知られたり事件性がありそうなことがあるなら、すぐに中止するように忠告を受ける。
最後に家の中を確認させてもらい、お兄さんをみた見た現象はなく家を後にした。ついでにとお兄さんの学校も聞いた。
まずはお兄さんの学校を携帯で調べて事務所へ連絡してみる。
若い女性の人が通話に出た。
その人に、お兄さんの知人で最近実家に帰ってこないみたいでなにか知りませんか的なことを聞く。
女性は「ご家族か、血縁関係の方でなければお答えできません」と言われてしまい拒否された。
応対のマニュアルなのか、「お名前と電話番号をお聞かせ下さい。返答できる内容なら今日中に折り返しお電話します」とのことで自分の名前を教えると女性の声音が変わる。
その女性は千聖ちゃんのファンの人で、千聖ちゃんは以前インタビューで仲の良い友達は誰かで私の名前をあげたことを知っていた。
私も千聖ちゃんのそういったことは了承済みだけどとても恥ずかしい。
まさかこんな所で役に立つ日がくるとは思わなかった。
今度は逆に女性の人が私に質問をしてくる。
千聖ちゃんがアイドルバンドを組んだのは自分の意思かということだ。
私が返答に困っていると、余計なことを聞いたと謝られた。
愚痴として、「人気女優が無名のアイドルバンド結成はないよね」と、笑いの中に怒りが含まれている。
「どうせ事務所の圧力か事務所同士の癒着でしょ」とも。
落ち込みながら「中堅どころの女優としての評価なら仕方ないかも……トップレベルだと思ってたのになぁ」とかで起伏があった。
女性がそう思うのも無理はない。
調べればわかることで、パスパレの全員がそれぞれ別の事務所。
表からみれば、千聖ちゃんは女優一本の路線を事前の宣言無く突如変更、ファンのことを考えているなら事前通告はあっていいはず。
無名に組み込まれるのも、センターでないのも千聖ちゃんにメリットがないように思える。
CMの出演契約を持っている千聖ちゃんだから、裏で何かがあったのではないかと考えてしまう人もいるだろう。
そしてセンターが研修卒業アイドルの彩ちゃん。
有名どころをつかって彩ちゃんの人気を上げたいなら自分の事務所の娘を使うはず。
私としては、今のパスパレのみんなはとっても仲がいいんですと言いたいけど、女優のことに詳しそうな女性でちょっと黙る。
表向きだとデメリットが先立つ。
感情的になりやすい人は黙って話を聞くだけでも満足する人が一定数いる。この女性も同様のようで、なんとも言えない気分になった。
女性は電話越しに感情が落ち着いてきた様子の声になると、決まりが悪そうに慌てて私に謝って色々聞いていいよと話す。
再度お兄さんのことを聞くと、調べたあとに教えてくれることになった。
連絡を待っている間、図書館に趣味の絵本を借りに行くことにした。
夏休みの図書館は長期休暇以外の土日に比べて人がいる。
主に小学生から大学生まで勉強をしに集まるからだ。大人もちらほらとスタディールームで勉強しているけれど学生が圧倒的に多い。
私は児童コーナーで絵本を二、三冊借りた。
その後でここ最近の新聞紙の保管がないか図書職員に聞く、ネットにはない情報が新聞にはあるかもしれないから。
図書職員の人が図書カードを求めて来たので渡す。
パソコンを打ち、バーコードを読み取ったあとに部屋へと引っ込む。
新聞紙を台車に乗せて戻ってきた。
それなりに量があり、今の所より離れたテーブルに置く。
その場所で調べて欲しいとのことだった。
調べた結果。予想は外れてお兄さんの手がかりになりそうなことは見つからなかった。
けれど、十年前前後の新聞記事が荒らされていた。虫食い状態だ。図書館の人に尋ねればいつのまにかそうなっていたようだ。
お礼を言ってまとまった新聞記事を返却した。
図書館の外に出ると丁度に携帯が鳴る。
電話に出るとお兄さんの学校の電話対応をした若い女性の人だ。色々と調べてくれたそうだ。
お兄さんは京都の大学に通っていて、その周辺でアパートを借りて暮らしている。
バイト先の店長の人がお兄さんを心配してアパートの大家へと連絡を入れるも帰宅した形跡はなかった。
千聖ちゃんのお母さんにも連絡を入れて、そこで行方が知れないと知った。
その店長に気になることを教えてもらう。
バイト先と関係ない人で、お兄さんの他に京都から東京へ向かった人が一名戻ってきていなく行方不明になっているらしい。
そのあとは特に興味の引く話はなかった。
女性の人は私を心配してお兄さんのバイト先の連絡やアパートの住所などは伏せるそうだった。
そうして、その日のお出かけは終る。
話が戻って、日数を置いての本日二回目。
千聖ちゃんのお母さんにこのことを報告すると知らないこともあったらしくお礼として、カフェチケットを貰った。有効期間は半年で好きに使っていいそうだ。
そして、今日でこのことに関わらないでとキッパリ言われた。
場所は違うけれどお兄さんがいなくなった同じ日に行方不明者が出ているためだ。
私はそのことに了承して、カフェチケットのお礼を言って千聖ちゃんの家を出た。
私がこうした慣れないことをしたのは、千聖ちゃんの家で幻視したお兄さんがやけに生々しかったから調べたくなったのかもしれない。
お昼まで時間がある。
今日はお兄さん関連でちょっと遠目のカフェに行こうといくつかピックアップしてあるから、カフェチケットも貰ったし使いに行こう。
お兄さん探しはお終い、大人が心配するように事件にでも巻き込まれれば目も当てられない。
私は駅の電車で住み慣れた町を出て目的のカフェを目指した。